白は悪意に染まる

作者:猫鮫樹


 冬特有の冷たく乾いた風が緩やかに公園内を吹き抜けていく。
 黎明の空の下、真っ白な花を咲かせた水仙が静かに、そう、まるで何かを見つめるかのように小さく揺れた。
 水仙の真上には黒衣に身を包んだ女性の姿をした死神がいた。纏っている黒の衣服を冬の風に遊ばせると、死神は球根のような『死神の因子』を水仙へと植え付けていった。
「さぁ、お行きなさい。そして、グラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
 冷たく乾いた風と共に流れる死神の声に、水仙が呼応するようにその体を大きく揺らすと、グラビティ・チェインを取り込む為に人々がいるであろう元へ向かっていくのだった。


「集まってくれてありがとう、神奈川県海老名市にある公園で、死神によって『死神の因子』を埋め込まれたデウスエクスが暴走しているんだよ」
 紐閉じの本を置き、赤色の瞳を細めて中原・鴻(宵染める茜色のヘリオライダー・en0299)は、挨拶もそこそこに集まったケルベロス達へと告げた。
 『死神の因子』を埋め込まれたデウスエクス――水仙の攻性植物は、大量のグラビティ・チェインを得る為に、人間を虐殺しようとしている。もし、この攻性植物が人々を虐殺して大量のグラビティ・チェインを獲得してから死んでしまえば、死神の強力な手駒になってしまうだろうと鴻は続けて少しだけ息を吐いた。
「人々を殺してグラビティ・チェインを得るよりも早く、倒してほしいんだよねぇ」
 細い指を本の表紙に這わせ、鴻の赤い瞳はただケルベロス達へと向けられている。
「このデウスエクス、水仙の攻性植物なんだけど……倒すと残骸から彼岸花の様な花が咲いて、どこかへ消えてしまうんだ」
 消えてしまう。とはいうものの、これはきっと死神に回収されてしまうのではと鴻は目を細めて少し考えるように言葉を続けていった。
「攻性植物の残り体力に対して、過剰なダメージを与えて倒した場合は、死神に回収されないんだ」
 『死神の因子』を埋め込まれた水仙の攻性植物だが、鴻の説明通りなら過剰なダメージを与えてしまえば『死神の因子』ごと破壊できると。
「死神の因子を埋め込まれた攻性植物にグラビティ・チェインを集めさせないように、そして人々の命を守る為にも、この事件を食い止めておくれ」


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)
清水・湖満(ペル竜おめでとう・e25983)
天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)
ローゼス・シャンパーニュ(赤きモノマキア・e85434)

■リプレイ

●早朝の公園にて1
「この辺りは危険ですので、公園から退避を!」
 冬特有の肌を刺すような冷たい風を感じながらミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は公園付近にいる人達へ逃げるようにと声をあげていた。
 ミリムの眼前には大きく不気味な水仙の姿がある。『死神の因子』を埋め込まれたこの水仙に、自我なんてものは存在してないのだろう。
 人を宿主にする攻性植物とはどこか違うような雰囲気を醸し出していた。
 蠢く蔓、揺れる細い葉が、人々に牙を剥かないようにとミリムは無数の黒鎖を具現化して水仙を絡めとっていく。
「ここは危険です! 皆様公園からお立ち退きを!」
 巨大な水仙を見ていた近くの人達も早々に逃がすべく、ローゼス・シャンパーニュ(赤きモノマキア・e85434)も同じように声をあげる。だが興味を惹かれてしまい、野次馬根性まるだしの人達は動く気配がなかった。
 中にはスマートフォンを構える人の姿も見られる。早朝の時間帯なんて人々が行き交って当たり前なのかもしれない。
 それでもローゼスは、水仙がグラビティ・チェインを奪う為にその白色を血の色に染めるのを阻止しなくてはと公園から自分達ケルベロス以外の気配が消えるのを待つ。
 その最中、鋭い殺気が辺りへと放たれた。
 艶やかな黒髪を風に揺らし、そこから覗く赤い瞳を細めた死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)が『死神の因子』を埋め込まれた水仙を静かに見上げている彼女から放たれた。
 この因子、いや花は決して咲かない。刃蓙理が小さく呟いた言葉は『予言』となるのだろう。
 刃蓙理が放つ殺界形成で周囲に満ちた公園や、その付近からは人の姿が消えた。これで心置きなく戦うことができる。
「自身には死神に利用されていると言う自覚は無いのでしょうけど、これ以上好き勝手にはさせませんわ」
「ええ。死神の目論見を打ち砕きましょう」
 真っ赤に咲き誇る薔薇の様な色の髪を揺蕩わせるカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)が日本刀を構え、それに続くように彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)もラベンダーの花を身に咲かせて大きく頷く。
 気高き赤い薔薇――カトレアは地面を蹴り上げ、水仙の身へと一撃。
「その固い身体を、砕いてあげますわ!」
 ミリムの暗黒縛鎖が絡みつく水仙にダメージと状態異常を重ね、ギリギリまで体力を削る作戦だろう。
「ドラゴンよ、敵を焼き払いなさい」
 紫がそう言って掌を広げるとそこから『ドラゴンの幻影』が放たれ、水仙の葉や蔓を焼き捨てていく。
 人気がない公園での被害もさほど出ないだろうと、序盤に水仙の体力を大きく削る為に皆が攻撃へと動いていた。
「これ以上死神の手駒を増やさせるわけには行きませんね」
 ふわりと地面を蹴り上げて湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)がぽつりと漏らす言葉は、ゆっくりと空気に溶けて消える。
 宙を舞う深海の様な髪が早朝の太陽に照らされ輝き、麻亜弥の重力を宿す飛び蹴りが舞った。
「この飛び蹴りを、避けきれますか?」
 麻亜弥の鋭い蹴りが水仙の体に刺さると、水仙は藻掻くように蔓をくねらせていく。
 求めるものはただ一つ、グラビティ・チェインのみだと言うかのように水仙の目の前にいる己を邪魔する存在へと、蔓触手を伸ばし叩きつけた。
 地面を抉るほどの威力があるそれを麻亜弥が受け止めれば、その後方。
 水仙を見つめていた清水・湖満(ペル竜おめでとう・e25983)がにこやかな笑みを一つ浮かべていた。
「この草をじーっくり痛めつけていけばええてわけね……そういうの、私初めてやからなー」
 うまくできるかな、なんて湖満は笑みを浮かべたまま、楽しそうに砲撃形態に変形させたドラゴニックハンマーを構え、撃ち放ち轟音を響かせた。
 湖満の放った轟竜砲の衝撃から生まれた風が公園内を駆け抜けるのと同時に、天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)の澄んだ色の青銀の髪をその風に遊ばせて、そっと手に持つスイッチを押し込んだ。
「グラビティ・チェインの回収は阻止せねばなるまい」
 水凪が押し込んだスイッチによって、風が更に吹き抜け、それに合わせてカトレア、ミリム、紫、麻亜弥の四人の後ろにカラフルな爆発を発生させて士気を高めていく。
 カラフルな爆風を切り裂くように、闇の炎を纏った刃蓙理が水仙へと突撃した。
 水仙の体に刃蓙理の掌が触れた途端、
「……爆発……ッ!」
 刃蓙理が通った跡に黒き炎の道が描かれ、水仙の体に叩き込んだ力によって爆発が起き三度目の爆風が吹き荒れた。その黒い道を今度は戦場を駆ける赤と呼ばれたセントールのローゼスが辿っていく。
「この剛脚の真の威を知れ」
 地に立つ者を裂く震脚。ローゼスの鍛え抜かれた躯体と重装駆動機から繰り出される踏み込みによって揺れる公園。
 水仙は足の代わりの根でひたすらに、その揺れから、ケルベロスの攻撃から耐え抜こうと踏ん張っていた。

●早朝の公園にて2
 水仙から飛び出すハエトリグサや蔓触手から麻亜弥と刃蓙理は、お互いの体力を考えつつ仲間を庇いあっていた。
 乾燥した冬の空気を切り裂き、冷たい風があたりを漂う公園内にはただケルベロス達の声と水仙が時折響かせる不気味な音だけが木霊する。
「それにしても、まだ死神は厄介なものを撒いていくのだな」
「そうどすなぁ……けど、花もそのしらがみから解放してあげれば幸せにならはるやろ」
 水凪が風で揺れる髪をかき上げ、見上げる先。因子を埋め込まれた水仙がどことなく悲し気に揺れているように見えるのかもしれない。だが、それに湖満が白い着物の袖を翼の様にはためかせ、にこやかに笑うと悲しい逸話とその因子から解放した方が、水仙にとっての幸せではないかと零す。
 戦いを楽しむ笑みを浮かべる湖満に水凪は少しだけ視線を向けて、その様子を伺った。
 二人の会話を耳にして、ミリムがふとピコハンを手にして目の前の水仙を見上げる。
 揺れ動く艶々とした細い葉が日の光を透かして、その合間から覗く蔓が顔を出して自分達へと向けられる殺意。
(「それにしても、何の為に戦力を増やそうとするのでしょうか……?」)
 幾度となく『死神の因子』絡みの事件を経験してるからこその、ミリムの疑問だった。
 死神がこうしてデウスクエクスに因子を埋め込んで野に放つ。
 ぐるぐると回る思考がミリムの頭を駆けまわっていくが、
「いえ、それよりも今は目の前!」
 そう言って思考を切り替え、ミリムはピコハンを大きく振りかぶって水仙へと投げつけていった。
 小気味良い『ピコっ☆』という音がとてつもなく不釣り合いだが、それに突っ込むものは誰もいない。
「敵を倒してしまわないように気を付けてください!」
 水仙目掛けて駆け抜けていくカトレアがそう叫ぶと、赤く燃える薔薇を散らすかのような炎を纏った蹴りを白い花びらへと穿つ。赤と白の対照的なそれらはまるでどこか絵画の様に思わせる。
 そんな絵画的美しさに更なる色を紫が重ねた。
「貴方の血を、分けて下さいませね」
 ナイフをくるりと回した紫は、そのまま水仙へ一閃。
 光に反射するナイフと切り開かれた茎の緑に、今度は鮫の牙が食らいつく。
「海の暴君よ、その牙で敵を食い散らせ……」
 麻亜弥が袖から引き出した暗器【鮫の牙】は水仙の茎を深く抉り、切り刻まれて地面に落ちていていく。
 砂地に落ちる緑は薄汚れ、慈悲もなく切り裂かれた茎から溢れ出る水はまるで人の体に流れる血の様に滴っては、地面を濡らした。
 濡れた地面に足をつき、湖満が漆黒の瞳を細めて微笑んで小さく言の葉を降らす。
「骸と成って沈め」
 踊るように放たれる湖満の斬撃は、逃げる獲物を何処までも追いかけていくようなものだった。
 緩やかに弱っていく水仙を嘲笑う湖満が、死の舞踏で葉を斬り落としてすぐに、今度は水凪が澄んだ空の様な青い瞳を閉じて凛とした声を響かせる。
「……頼むぞ」
 死者の無念は水仙の動きを更に鈍くさせ、刃蓙理のガレイソード・灰土羅が水仙へと突き立った。
 無数の切り口はあっという間に穢れていくだろう。
 数多の状態異常を更に増やし、ギリギリまで水仙の体力を削っていくにはどうするべきか。
「制圧と蹂躙こそ我らの領分ですが、これは中々に難しい」
 水仙の状態を見つつ、ローゼスは晴れ渡る早朝の空にセントールランスを一度掲げ、そして―――。
 戦場に誇りを持つ彼だからこその一撃を水仙へと叩き込んでいく。
 突き刺したローゼスのランスは、先端からオーラを噴出させると、突き刺した箇所を爆破した。

●早朝の公園にて3
「だいぶ水仙もボロボロのようですわね」
 乱れた髪の毛をかき上げながらカトレアは、目の前で今にも崩れ落ちそうな水仙を見つめていた。
 純白の花弁なんて見る影もないほどに切り裂かれ、同様に細い葉も無残な姿を晒している。
 今にも朽ち果てそうな水仙を水凪は青い瞳で捕らえ、カトレアの言葉に大きく頷いていた。
 機動力を使い、水仙を攪乱しては攻撃を繰り返していたローゼス。一気に攻め立てて、水仙の体力を削り切ってしまわないようにと気を遣っての戦いでもどかしい状態だったのももう終わると、ローゼスはその身に滾る熱を抑え込む。
「弱っていくんも、もう終わりやろか?」
「ええ、後はとどめを刺すだけですわね」
 着物の袖を口元に持っていき湖満はにこやかに笑って、私らに会ったのは運の尽きやったねと小さく零し、紫もカトレアへと視線を向けとどめを刺す準備へと入る。
「援護します、さあ、強力な一撃をお願いしますね」
 狙いを正確なものにできるようにと、麻亜弥は光輝く粒子を放出させて攻撃をカトレアと紫に託す。
 麻亜弥の思い、皆の協力、全てを最後の一撃に乗せるために二人はお互い頷きあって……。
「カトレア様、お任せ致しますわ」
 交わした視線を外すことなく、紫がそうカトレアに伝える。
 渡されたバトンの代わりにとカトレアは艶刀 紅薔薇の柄を強く握り、水仙へと一気に駆け出していった。
 駆け出していくカトレアの背を更に押すように、
「あとは任せます! 思いきりいってください!」
 とミリムがルナティックヒールをカトレアに施した。
「その身に刻め、葬送の薔薇! バーテクルローズ!」
 切っ先が水仙の体をなぞって鮮やかな薔薇の模様に斬り裂いていき、最後のカトレアの一突き。
 薔薇の花弁、そして水仙の花弁を散らすようかのように爆発が起きると、水仙だった欠片が周囲に散らばった。
 花は決して咲かない。刃蓙理の零した予言は確かなものになったのだった。

●因子は咲かず
「死神の因子は……破壊できたでしょうか?」
 とどめを刺して、武器をしまいながら戻ってきたカトレアが不安げにそう口を開く。
 水仙の攻性植物自体はもう見る影もないが、肝心の『死神の因子』を破壊できたかはまだ自分で確認できていないからだ。
 風化していく水仙の葉などを紫は手で避けて、因子が残っているかを確認していた。デウスエクスを倒すとその死体から彼岸花のような花が咲く、とヘリオライダーは言っていたが……そんな花はこの死体からは咲いていなかった。
「因子は芽吹かずに済みましたね……」
「これで、死神の目論見を阻止出来ましたでしょうか?」
 刃蓙理が何も残すことなく風に乗って消えていく水仙を見つめて言うと、麻亜弥も同じように見つめてそう呟いた。
 この水仙に埋め込まれた因子を破壊しても、きっと死神は他のデウスエクスにまた同じように因子を埋め込むだろう。だが、そうなってもきっと自分達ケルベロスが倒すのだ。
「水仙か……悲しい物語がある花ね。この個体だけでも、解放してあげられてよかった」
 湖満はそう言うと着物の襟元を直し、おつかれさんと続ける。水仙があったところを囲んで、そして自分達の戦ったあとで壊れたり乱れたりした場所をそれぞれヒールで直していく。
 荒れた公園にヒールを施していけば、こんな感じかなとミリムは満足そうに周りを見渡し、同じくヒールを施していたローゼスも、
「ここに植わっていましたか。何事もなければ……」
 水仙が植わっていたであろう場所を見て、静かにそこにあったはずの水仙の姿に想いを馳せていた。
 こうして無事に死神に回収させることも、因子を芽吹かせることも阻止することができて、8人の胸には安堵が広がっているのかもしれない。
 周囲のヒールでの修繕も終えて、水凪はそう小さくはない公園を散策しようと冷たい風とともに足を運んでいくのだった。

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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