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まだまだデウスエクスとの交戦が続く忙しない日々を過ごすケルベロス。
戦い続きだと、どうしても心がすさんでしまいがちになってしまうもの。
だからこそ、そんな彼らには、一時の癒しが必要だ。
デウスエクス討伐を終えたケルベロス。
この後の予定を語り合うメンバー達の中、雛形・リュエン(流しのオラトリオ・en0041)がこんな話を持ち掛ける。
「流氷を見に行こうと思っているのだが、皆もどうだろうか」
この後、リュエンは北海道、知床へと向かう予定だ。
彼はそこからオホーツク海へと、流氷砕氷船によるクルージングをしようと考えているらしい。
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今年は暖冬と言われているが、オホーツク海には流氷が流れ着いており、それを見に訪れる観光客は少なくない。
知床の地で、流氷カレーを楽しみながら流氷を見たり、直接流氷に乗って楽しんだりする人もいる。
日常生活ではなかなかできない体験をしてみるのもいいが、リュエンは流氷の上で夕日を眺めてみたいと言う。
「きっと、いい曲ができると思っている」
リュエンは普段から依頼の合間に各地を巡り、デウスエクスの被害に遭った場所で弾き語りを行い、人々に活力を与えている。
今回も、その流れで立ち寄るつもりで、知床へと向かおうと考えていたようだ。
折角、この時期の北海道に向かうなら、直に流氷を見ようと考えたようである。
日本でいち早く夕日を見ることができるオホーツク海で、悠然たる自然の美しさを実感しながら、のんびりとした一時を過ごすのもいいだろう。
どうやら、ヘリオンも北海道へと向かう用事があるらしく、希望者はリーゼリット・クローナ(ほんわかヘリオライダー・en0039)が運んでくれるとのこと。
「折角だから、楽しいひと時を過ごしてくるといいよ」
彼女はにこにこしながら、参加を決めたケルベロスをヘリオンへと招き入れるのである。
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北海道の北東部から臨むオホーツク海。
海水が凍った流氷が漂着してくるこの時季、誘いを受けてこの地へとやってきたケルベロス達は、それぞれ興味のある事柄へとチャレンジしていた。
もみあげのみ長く伸ばした金髪ショートボブのローレライは、狼のウェアライダーでお嬢様のミリムと共にオホーツク海を臨む水辺へとやってくる。
「リュエンさん、お誕生日おめでとう! 素敵なお誘いをありがとう!」
「リュエンさん、お誘いありがとう!」
クルージングに向かうというリュエンに、誕生日の祝いの言葉を伝えた2人にリュエンが手を振る。
「こちらこそ、感謝だ。……君達に同行できなくてすまない」
少しだけ申し訳なさそうに流氷ツアーの乗り場へと向かうリュエンと別れ、2人はとある場所に向かって移動する。
「広大な海に浮かぶ大きな白が不思議です……」
流氷を初めて見たミリムはローレライとしばらく、この雄大な海に浮かぶ真っ白な氷に見とれてしまっていた。
そんな流氷の光景を眺めていたローレライ、ミリムが入ったのは、とあるレストランだ。
事前に聞いた話を元に興味を示し、卓についた彼女達は運ばれてきた皿に目を丸くしてしまう。
「流氷カレー……青いの!? ひゃー、初めて見たわ」
「青いカレー……?! 流氷に見立てた白いお肉?!」
食べ物で青は食欲を減退させる色として知られているが、敢えてその色に調合されたルーを使った流氷カレー。
合成着色料は一切使用せず、天然素材で海の青い色を表現している。なお、白いお肉は鶏肉だ。
クリオネの形をしたナンにつけて、彼女達はそのカレーをいただく。
「味は普通なのね」
その味を噛み締めるローレライは、思ったより普通のカレーの味に驚く。
「スパイスが効いてて、それでいてまろやかで美味しい」
これをリュエンと食べられず、ミリムは少し残念がっていた。
クルーザー出港の時刻まで、ほとんど余裕がなかったことが実に悔やまれる。
そんな彼の分もと、ミリムは流氷ドリンクとして海の淡いブルーのソーダと氷山のアイスな流氷を口にする。
ローレライもそんな変わり種の料理も楽しんではいたが、数品平らげたところで手を止める。
「折角、北海道に来たんだから、海の幸も食べたいわ」
ここはインド料理店とあって、北海道の幸を食べるなら別所に向かう必要がある。
「ローレ、ローレ、大好きなエビフライ、北海道のエビを堪能するのもどうでしょうか?」
「いいわね。心行くまで、北海道の食を楽しみましょう!」
悩んだ末でかなりのメニューを平らげたにもかかわらず、ローレライはまだまだ食べられると気合十分。
「っと、その前に……お土産を買っていきましょう!」
ローレライは流氷カレーのレトルトを購入すべく、お会計を済ませる為にレジへと向かう。
「ミリムさんは何を買うの?」
そんなローレライの質問に、ミリムはクスクスと笑って。
「おみやげ? 流氷ビールでしょう! 青いビールは大人の特権ですっ」
成人済みのミリムはどやっとその瓶をローレライに見せつけた。
中身は水色の液体に白い泡と、こちらも流氷を感じさせる飲み物。その大人向けの飲み物を、ミリムは帰ってから存分に味わう心づもりだ。
レストランを出た2人は北海道の食を楽しむべく、スマートフォンでどこに向かうかを調べてから、出発する。
「流氷、また来年も見られたらいいなあ」
少しだけ名残惜しそうに、ローレライはオホーツク海を背にするのだった。
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金の長髪のベルカント兄弟、赤い瞳のルーチェと青い瞳のネーロは共に流氷の上をゆっくりと歩く。
流氷の上を直接歩くのは危険なので、一般人であれば止められる行為ではあるが、ケルベロスであれば問題なく行うことができる。
とはいえ、ケルベロスであっても、滑って冬の海にダイブするのは風邪を引きかねないので避けたいところ。
ルーチェは凍った湖の上を歩いた経験はあるものの、さすがに流氷の上は初体験だったようだ。
それでも、表情こそ変えないルーチェだが、その声から上機嫌だったのは明らかで。
「スリルがあって面白いねぇ、ネーロ?」
そのネーロは恐る恐るといった態度で歩いていたが、徐々に慣れてきていたようでザクザクと小刻みに音を立てるようになっていた。
(「さすがだなぁ」)
流氷の上を暢気に歩き、面白いとすら告げるルーチェに感嘆するネーロもまた、流氷ウォークを楽しんでいることを自覚して。
「ここでジャンプとかして滑ったら、楽しそうだよねー」
普通の人なら冬の海に落ちてしまうこの状況でも、オラトリオの2人なら飛ぶことができる。
「……どこまで歩いて行かれるかな?」
機嫌よく歩を進めるルーチェは、珍しい生き物がいないかと漆黒の淵を覗く。
「ああ、でもそうか、珍しい生き物とかいるんだったら、はしゃぐのはよくないね」
一度、思いっきり両足で流氷を踏みしめたネーロはクリオネの姿を見つけ、ゆっくり歩を進めることにしていた。
「ふふ、そうだね。野生の世界にお邪魔しているのだから、お行儀良くしていよう」
少しだけ、大人しく歩き出す2人は、何か素敵な生物はいないだろうかと時折海中を見下ろして。
「ネーロ、何か発見したら教えてよ」
「俺も何か見つけたら教えるから、ルーチェも見つけたら教えてね?」
発見したら、互いに教え合おうと声を掛け合う2人。
「僕、シャチとかイッカクとか珍しいのと大きいのが見たいのだよねぇ」
「いっぱいカメラにおさめて、星の子にたくさん見せてあげよう」
ルーチェがカメラを構えると、ネーロも今回は来られなかった星の子に見せてあげたいと海中にカメラを向けた。
「次は連れて一緒に見たいな!」
可愛らしく笑う弟をファインダーに捉え、ルーチェはシャッターを切る。
撮れた1枚は、アザラシの姿を見つけて歓喜するネーロの姿だった。
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冬のオホーツク海に浮かぶクルージング船の上にも、数人のケルベロス達の姿がある。
デッキにいたリュエンに近づいてきたのは、全身を青い装甲で包むセントールのローゼスだった。
「初めまして、雛形さん。誕生日おめでとうございます」
ローゼスは銀髪ポニーテールのヘリオライダーを通じてこの誘いを耳にし、別件で北海道に滞在していた縁もあって参加したという。
「これも何かのご縁、お祝いをさせてください」
「ああ、誘いに応じてくれただけでも嬉しい」
また、ローゼスは地球に来てから興味津々のワインについて、後程贈り物もあるそうで。
「ぶらりと北海道を巡って見つけたものです」
クルージングへの持ち込みは避けたそうだが、迷惑でなければとローゼスは勧める。
「そうだな、いただこう」
普段、日本各地を回る彼はあまり酒を飲まないそうだが、折角だからとローゼスの好意をありがたく受け取っていた。
2人がしばらく会話していると、長い銀髪に褐色の肌の小柳姉妹がやってきて。
「誕生日おめでとう、同い年だったんだね、偶然だ♪」
先に声をかけたのは、2月にリュエンと同じく23歳になる姉の玲央だ。
彼女は宿敵との戦いで随分と手伝ってもらったらしく、言えなかったお礼も兼ねての参加とのこと。
「お誕生日おめでとう」
続いて、妹の瑠奈。
お祝いをしたいという姉に連れられての参加だが、この間お世話になった経緯もあり、瑠奈本人も否はないと考えていたらしく。
「姉様のような美人に祝って貰えたのだし、幸せは間違いなし」
「そうだな、2人に感謝だ」
瑠奈の軽口にリュエンは微笑み、小柳姉妹に心からの礼を返す。
「おめでとうございます!」
ミミック『相箱のザラキ』を連れ、ちょび髭をつけたドワーフ男性、イッパイアッテナがリュエンの姿を見つけ、彼の生誕の日を祝福する。
「また情緒ありそうな旅行で楽しみです」
イッパイアッテナは以前も行動力のあるリュエンから旅の誘いに参加しており、今回のクルージングも心待ちにしていたという。
「そう言っていただけたなら、私も嬉しい」
イッパイアッテナの言葉に、彼も心から喜んでいたようだった。
出港の時間となり、クルージング船はゆっくりと陸を離れていく。
流氷の中を突っ切るように進む船上で、リュエンはケルベロス達に囲まれながらも、作曲を行う。
「知床ではどんな弾き語りを?」
大きな流氷か、それとも、ぷかぷか揺れる小さな流氷か。
イッパイアッテナの問いに、リュエンは幾度か音色を奏でてから口を開く。
「この広大な海に浮かぶ流氷と夕日……。それらを表現できる1曲があればと思ってな」
リュエンはギターを手にしつつしばらく前に購入したタブレットも合わせて使い、フレーズ、旋律なども客観的に確認しつつ曲を作る。
「この情景から良い曲はできそうでしょうか?」
「どうだろうな。できるだけいいものをと思ってはいる」
そこで、玲央が徐に尋ねる。
「どうやって曲を作っているのか、聞いてみたかったんだ」
彼女がパラディオンになったのは最近だそうで、即興曲に慣れておらず、どうしたものかと考えていたそうだ。
「例えば……」
傾き始めてきた夕日を目にし、すっと息を吸い込んだ玲央は瞳を閉じて歌い始める。
――黄昏を飲み込んで 夜空のカーテンが幕を開ける。
――星灯り纏う流氷の囁きが 新しい音を君の歌に変えるはず。
「……とかね、お粗末さまだよ♪」
玲央の即興曲に、耳を澄ませていたクルージング客が一斉に拍手する。
妹、瑠奈も楽器の心得はあるようだが、今回は持ってきていないらしい。
「え、私の得意楽器? ふふ、ナイショだよ。当ててごらん?」
なお、リュエンはピアノだろうかとその問いに答えていたが、挙がってくる楽器の名を楽しそうに耳にしていた瑠奈は、どんな楽器を奏でるのだろうか。
徐々に、周囲の流氷が赤く染まってくる中、一曲歌い終えた玲央へリュエンは自らの作曲について語る。
「曲はふと出るものだと思っている」
そのほとんどはインスピレーションによるものであり、曲を作る為には、多くの引き出しが必要とのこと。
――北の海オホーツク 水面に浮かび悠然と。
――北風に乗り氷丘は 夕日に照らされ流れゆく。
そんなリュエンの曲に、瑠奈は耳を傾ける。
流氷が漂う海上という異質な場所で、曲を聴けるというのは一興だと考える彼女は、聞き役に徹していた。
ゆっくりと沈んでいく夕日の帯。
その色の移り変わりによって浮かぶ氷に影が付く海を、夜目を働かせて焼きつけようとしていたイッパイアッテナも仲間と共にリュエンの即興曲に拍手する。
「これまでの生では、こういった時は無かった」
ギターの弾き語りを楽しんでいたローゼスはふと、流氷を眺めながらも独り言ちる。
戦い、眠り、そして戦う。
戦場を駆ける赤と呼ばれたローゼスにとって闘争は誇りではあるが、それだけとのこと。
「比べて、地球の時の流れのなんと芳醇な事か」
定命化したローゼスは心底、地球という星をこの上なくいつくしんでいたようだった。
デッキで一通り、ギターでの弾き語りを終えたリュエンにも、客から拍手が起こる。
そんな彼に、イッパイアッテナが近づいて。
「今度は流氷の上で、夕日を眺めたいですね」
クルーザーの出港のタイミングが合えばよかったが、残念ながら今回、流氷ウォークは叶わなかった。
ただ、明日、クルージング船を降りた後、両方の都合が合えばとリュエンが提案する。
「そうですね。行きましょう!」
ミミック『相箱のザラキ』にブーツを履かせ、一緒にザクザクと歩いてみたいと、イッパイアッテナはしばらく希望を語っていたのだった。
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やがて、日は暮れ、夜の帳がオホーツク海にも降りてくる。
澄んだ冬の空に瞬く星々や、北海道の幸を存分に使ったディナーを楽しんでいたクルージング客も自室に戻り、それぞれ眠りにつく。
「久しぶりに一緒に寝ようか♪」
小柳姉妹は同じ部屋を取り、布団も共にすることにしたらしい。
「姉様と同室……♪」
胸の高まりを感じる瑠奈に、玲央はそういえばと子供の頃を思い出して。
「小さいころ、子守唄とか歌ってただろう?」
「……昔は確かによく、ね」
折角だから歌ってほしいと瑠奈がおねだりすると、玲央は微笑みながらも、妹だけに聞こえる声で懐かしい歌を聞かせていたのだった。
作者:なちゅい |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2020年2月5日
難度:易しい
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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