ダモクレスはスキー場を走る

作者:青葉桂都

●スキー場のダモクレス
 1月に入り、北国には本格的に雪が降り積もる時期となっていた。
 ウィンタースポーツに興じる人々も増える時期。
 だが、とあるスキー場で、事件が起きようとしていた。
 スキー場の片隅に、スノーモービルが置いてあった。
 シーズンに入ってから1度も使われていないであろうことは、積もった雪を見ればわかる。
 ガレージにも入れられずに放置されているので、故障しているのかもしれない。
 そんなスノーモービルに近づくものがあった。
 拳大の宝石。コギトエルゴスムに、手足が生えたもの。
 雪の中に飛び込み、スノーモービルにとりつくと、中からはなにか機械をいじる音が響き始めた。
 やがてスノーモービルは動き始める。
「セツジョーシャー!」
 奇妙な駆動音と共に積もっていた雪が跳ねとんだ。
 キャタピラだけが接地したまま、ボディが縦に起き上がっていく。
 それと共にシートの辺りから直角に折れ曲がり、あたかも胴体と頭部のように見える形に変化していく。
 次いで、キャタピラ部分と胴体をつなぐパーツが伸びて脚へと変わった。前部のスキーのような形をした部分も同様に腕となる。
 2つのライトが目のように光る。
 尖った先端から雪を吐き出しながら、今や二足歩行のダモクレスと化したスノーモービルはスキー場のロッジに向けて滑っていった。

●スキーは好き?
 集まったケルベロスたちに、石田・芹架(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0117)はダモクレスの出現を予知したと告げた。
「北海道にあるスキー場の片隅に放置されていた、故障中のスノーモービルがダモクレス化するようです」
 数を減らしつつも、家電がダモクレス化する事件は今も続いている。
「スキー場にはまだ客が残っていますが、事件が起きるのはスキー場の端ですし、警察等も避難のために動いてくれますからすぐに犠牲者が出ることはないでしょう」
 とはいえ、放置していれば犠牲者が出るのは間違いない。
 可能な限り出現地点から移動させないように戦い、早々に撃破して欲しいと芹架は言った。
 余計な寄り道をしなければ、ダモクレスと出現地点付近で交戦することができるはずだ。
 一息ついてから、芹架は説明を続けた。
「現場は先述の通りスキー場です。雪の上での戦闘になりますので、滑らないように注意してください」
 もちろん、ケルベロスの身体能力があればそうそう足を滑らせることはないし、多少滑った程度で戦闘に支障が出ることはないだろうが。
 周囲には立ち木や小屋などもあるが、戦闘に大きな影響はない。
「敵はスノーモービルがロボットのように変形した姿をしています」
 戦闘になれば、高速移動によって高い命中率を持つ体当たりをしてきたり、雪を巻き上げて相手を凍りつかせる範囲攻撃をしてくる。
 また、尖った先端を開いて、エンジンから伸びた砲で冷凍光線を放つことも可能だ。これには武器を凍結させて威力を弱める効果がある。
 芹架は説明を終えた。
「せっかくスキーを楽しみに来た人たちが、ダモクレスに襲われるなんて放っておくわけにはいかないよねっ!」
 参加者の1人、有賀・真理音(機械仕掛けの巫術士・en0225)が言った。
「無事に事件を解決したら、ボクたちもスキーで遊べるかも。そのためにもがんばらなくちゃね!」
 元気な声で、彼女は仲間たちに呼びかけた。


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)
エレ・ニーレンベルギア(月夜の回廊・e01027)
ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
愛澤・心恋(夢幻の煌き・e34053)
九竜・紅風(血桜散華・e45405)
奈梨木・綾(大槌の鬼・e60889)

■リプレイ

●スキー場へ行こう
 ゲレンデの端に降り立ったへリオンから、ケルベロスたちは素早く飛び出した。
 積もった雪に、靴が沈み込む感覚を覚えながらも、現場へ急ぐ。
「最近は日本も雪の降らない地域が増えてきていると聞くが、あるところには雪があるものなのだな。このような一面の銀世界を見たのは久しぶりだ」
 ひときわ力強く雪を踏みしめ、シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)が言った。
 今年は雪が少ないと言われるが、それでも雪の少ない土地に住む者から見れば驚くほど、スキー場には雪が積もっている。
「うー、ゆきはきらい、じゃないんだけど……」
 ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)は、幼さの残る顔を少しだけしかめた。
「ゆきみち、あぶなくて……ちょっと、にがて。おしごとがんばって、スキーおしえて、もらわなきゃ……」
 ケルベロスでなければ何度転んでいたかわからない危なっかしい足取りで、彼女は雪の上を進んでいく。
 少女の視線の先にいるのは、大人びた雰囲気を持つ猫獣人の少年。
「そのためにも、まずは事件を解決しなくちゃな」
 周囲をうかがいながら、ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)はしなやかな動きで移動する。
「この時期ですし、利用客も多いでしょうし被害を食い止めないといけませんね」
 白い雪を背景に黒髪をなびかせた愛澤・心恋(夢幻の煌き・e34053)の言葉に、ゼノアやロナは同意した。
 警察が避難させているためか、ゲレンデにはもうほとんど一般人はいない。
「そこの者、急げ! もうすぐダモクレスが現れるぞ!」
 逃げ遅れている者を見かけて、奈梨木・綾(大槌の鬼・e60889)が呼びかける。
「ダモクレスが現れたなら、極力私たちのほうに注意を引き付けなくてはいけないな」
 ピンクのツインテールを揺らして綾は言う。
「言ってる間に、出てきたよ! スノーモービルだ!」
 雪とカバーを巻き上げて現れたダモクレスを有賀・真理音(機械仕掛けの巫術士・en0225)が指差した。
「あれがスノーモービルか。実物ははじめて見るな……」
 呟きかけたシヴィルが言葉を切る。
「いや、少し待ってほしい。あれが本当にスノーモービルなのか?」
 わかってはいても、二足歩行ロボットに変形しているスノーモービルを見れば、シヴィルならずとも困惑するのが当然だろう。
「折角のウインタースポーツの時期ですのに、ダモクレス被害はいただけませんね」
 そう言いながらも、エレ・ニーレンベルギア(月夜の回廊・e01027)も深く息を吐いた。
「にしても、何故ダモクレスは、こう、なんていうか、こう、愉快系が多いんですかねえ……それはさておき、早い所駆逐しましょう」
「愉快じゃないダモクレスもたくさんいるんですけどね……」
 機理原・真理(フォートレスガール・e08508)が告げた。……もっとも、向かってくるダモクレスが愉快であることは、愉快でないダモクレスを数多く知る彼女にもちょっと否定しがたかったが。
「見た目は愉快でも、戦力は侮れません。油断は禁物です」
 冷静な声で彼女は付け加える。
 ライドキャリバーのプライド・ワンが危険を示す赤いヘッドライトを敵に向けている。
 もちろん、皆もそのことはよくわかっていた。
「さぁ、行くぞ疾風丸。サポートは任せたからな」
 九竜・紅風(血桜散華・e45405)が、テレビウムに声をかけつつ武器を構える。
 雪上を走るダモクレスがまっすぐにケルベロスたちへ向かってきて、戦いが始まった。

●巻き上がる雪煙
「セツジョーシャ!」
 脚部のキャタピラを回して突っ込んできたダモクレスが、ケルベロスたちに巻きあげた雪を浴びせかける。
 素早く飛びだした真理と紅風が、ロナやゼノアをかばって雪を浴びる。
「ありがと……だいじょぶ?」
 反撃のために身構えながら、ロナがかばってくれた2人へと声をかける。
「この程度の攻撃なら、いくらでも耐えてみせますよ」
「その通りだ。しかし、スノーモービルのダモクレスか、なかなか厄介そうな相手だな。だが、人々が危険に陥るのを黙って見ている訳にはいかないぞ」
 ダモクレスの攻撃は決して弱いものではないが、ディフェンダーの2人は落ち着いた様子で応じてみせる。
「こいつに、いつまでも自由にさせておくつもりはないよ」
 ゼノアは2人の間をすり抜けて、ダモクレスへと一気に接近した。
「虚を突き体を崩すは定石。この手がお前の羽根をもぐ」
 エアシューズで滑るように敵の懐へと入りこんだ少年が、拳に気を纏わせる。接近した彼は、敵の脚部に足を乗せて力強く踏み込み、固めた拳を一気に突き出す。
「スキーシーズンになって、お前も働きたくなったか……? 俺達が遊んでやるから好きなだけ暴れるがいい」
 人間であれば急所に相当する場所に拳を叩き込み、ゼノアは素早く離脱した。
「しかし、私は雪に足を取られるというのに、あのような高速移動が可能とは今回のダモクレスはとんでもないな。あの速度で市民のもとに向かわれたら、私たちは追いつけるのか?」
 シヴィルが靴についたモーターを回転させながら、後衛から狙いをつける。
「包囲してヤツの進路を塞げば、あの高速移動から人々を守れるのではないだろうか……?」
「私もなるべく敵の進路をふさぐように動くつもりです。メロディも、お願いしますね」
 思案する彼女に同意し、心恋がテレビウムにも声をかけた。サーヴァントが手を振って応じる。
「それに、攻撃を集中してなるべく注意を引くことだな。まずは足を止めるとしよう。竜砲弾よ、敵の動きを止めよ!」
 変形させたハンマーで敵を狙う綾が言った。
 飛び蹴りと竜砲弾が、相次いでダモクレスに命中してその足を鈍らせる。
「私もいい考えだと思いますよ。ラズロも、協力してあげてね」
 エレが言った。
 肩の上にいたウイングキャットがその言葉に応じて飛び立ち、翼を広げて仲間たちに加護を与えた。
 心恋の歌声や、エレが大地から引き出した力も前衛たちを回復している。
「真理音さんも中衛から支援をお願いしますよ!」
「りょーかい!」
 真理の言葉に頷いて、中衛まで前進した真理音がオウガメタル龍子を散布する。
「セツ……ジョーシャ!」
 囲まれていることを察した敵は、前部を解放して光線をシヴィルに向けて放ってきた。
 だが、痛打を受けた彼女をエレと心恋がすぐに癒した。後衛同士なら強力な回復のグラビティが届く。
「……清浄なる力を秘めし、空の石よ。……神聖なる輝きで穢れを、祓い賜え!」
 澄みきった空の色を持つ石、天青石の力を借りたエレの祈りがシヴィルに安らぎをもたらす。
「貴方だけに捧げる詩……身も心も、私の歌で癒します」
 ただ1人のために歌い上げる心恋の温かなラブソングが、シヴィルにまとわりついた氷を溶かしていく。
 愉快な外見に反して強力な攻撃を繰り出してくるダモクレスだが、今のところケルベロスたちはそれに対抗できていた。
 雪は幾度も浴びせられるが、回復役の2人にくわえて真理もドローンを飛ばしてそれに対抗する。
「―――これで、全部助けるですよ!」
 密集させることで治癒力を高めたヒールドローンは遠距離まで飛ばすことはできないが、真理自身を含めて最前で攻撃を受けている者たちが癒せるなら十分だ。
 無表情に、しかし的確にドローンを操る真理の体や、一房だけ色の違う髪についた氷が弾け飛ぶ。
 攻撃をしのいでいる間に、他の仲間たちは着実にダモクレスの体力と戦闘能力を削り取っている。
 プライド・ワンが雪原を炎で照らしながら突撃して、スノーモービルを炎上させる。
「悪いが、貫かせてもらおう!」
 シヴィルは間髪いれずに古代語魔法を詠唱し、光の矢を生み出した。
 オラトリオである彼女の翼を模した矢が敵へと降り注ぐ。
 急所を貫いた矢によって、ダモクレスの炎上が、そしてこれまでに与えた様々な攻撃の効果が増加する。
「攻撃も当たるようになってきたな。そろそろ足止めから攻撃に移るとしよう」
 敵の様子を確かめながらシヴィルは呟く。
 弱っているのは間違いないが、それでも敵が動きを止めることはない。
 高速移動する敵がかばおうとしたディフェンダーたちをすり抜けて、ロナへと突撃する。
 流線型をしたスノーモービルの先端部が少女に突き刺さる。
「無事か、ロナ?」
 言葉と共にゼノアのglacerが月のごとく閃いて敵を切り裂く。
「うん、ゼノ……へいき。今から、おかえしする……よ」
 ロナはそう応じると、詠唱をはじめた。
「聖なる果実は地に堕ちる。神の槍も血に濡れる。――あなたに暗い喰らい紅を、魅せてあげる」
 普段の子供っぽい口調とは違う調子で魔力を発動させた。
 魔力によって虚空より現れた吸血槍が2つに、4つに、そして無数に分裂してダモクレスへと襲いかかる。
 名だけは神槍の名残を持つそれらの槍はひたすらに敵を貫いて、血……いや、オイルを吸い上げて、そのぶんロナの受けた傷は癒えていった。
 回復しながら戦うケルベロスたちも、やがて限界が近くなった。
 倒れそうな己の主をかばって疾風丸が雪の中に消えていく。
「やられたか……だが、よくやったぞ、疾風丸」
 紅風はテレビウムをねぎらうと、愛用する包帯を操る。
 雪のように白い肌を持つ彼女の前で、鮮血に紅く染まったそれが踊り、槍のごとく鋭く固まっていく。
「呪われし血の一撃を、食らうが良い!」
 気合いと共に包帯が飛んだ。尖った塊が一気にダモクレスの胴体を貫く。
 今や、ダモクレスももう限界が近いようだった。
 あと1、2度攻撃を受ければ紅風や真理も危ないが、それよりも早く倒すことは可能なはずだ。
 ケルベロスたちはなおも攻撃をしようとする敵に攻撃を集中していく。
 ……突然、ダモクレスが動きを止めた。誰かの麻痺させるグラビティが効果を現したのだと認識する間もなく、皆は攻撃を集中する。
 ゼノアの鋭い蹴りが正面から敵を切り裂いたかと思うと、白銀の刀身を持つロナの日本刀が陰から追撃を加える。
 オラトリオの弾丸をシヴィルが放ち、敵を凍結させた。
 メディックやディフェンダーの4人も好機と見て攻撃に回る。
 エレと真理が、それぞれエクトプラズムと神州技研製の砲弾を放つ。心恋は妖精の加護持つ弓から祝福の矢を射ち、紅風はその美しさによる呪いをかける。
 綾は蒼いオーラを用いて玉を作り出した。
「遠く彼方まで、この打球を受けてみる事だな」
 玉を宙へと放り、七色に輝くハート型のハンマーを振りかぶる。
 ハンマーが玉を打つ快音がスキー場に響き、猛烈な速度で打球がダモクレスへと向かっていく。
 オーラの打球はダモクレスへと吸い込まれるように命中し、ボディに大きなヒビが入る。
「セツ……ジョー……シャ……!」
 そして、断末魔の叫びと共にダモクレスは爆発し、雪原に大きな穴を残して消え去った。

●スキー場で遊ぼう!
 大きな爆発がおさまると、スキー場には静寂が戻った。
「しかし、スキー場でもスノーモービルが使われているのだな」
 改めてスキー場を見渡し、シヴィルが言う。
「スキー場に来るのははじめてなのだが、乗り物が必要なほど広いといった印象がなかったので少し意外に感じてしまうな」
 来るときは急いでいたのでゆっくり見ている暇がなかったが、まだ無事なスノーモービルやゲレンデを改めて彼女はながめた。
「上のほうでなにかあったとき、リフトより早く登れるからじゃないかな?」
 真理音が首をひねりながら言う。
「そういえば、警察もスノーモービルを使ってた気がするな」
 綾が人々が避難していった建物のほうに目を向ける。
「なるほど。そういうことはありえそうだな」
 シヴィルが頷いた。
 ケルベロスならば鎧を着たまま軽く駆け上がれる斜面だが、一般人はそうではないだろう。
 壊れた周囲の設備をヒールしている間に、スキー場には人々が戻って来はじめていた。
「皆も滑っていくつもりなのか? 私はどうするかな……」
「せっかくの機会ではあるからな。俺もスキーを楽しんでいくつもりだ」
「私もだ。スキーはある程度学んだことがあるから、少し滑るくらいなら出来そうだからな」
 シヴィルの問いかけに、紅風や綾が頷いた。
 ロナや心恋もゼノアを見上げて頷く。
「私は経験はないのですけどね。真理音さん、よかったら教えてもらえますか?」
「もちろん! 機理原さんなら、すぐボクよりうまく滑れるようになると思うよ」
 真理が真理音と話している。
 一休みして手当てをしてから、ケルベロスたちは再びゲレンデを訪れた。
「……中々様になっているな。二人とも似合ってるぞ」
 ゼノアはしっかりスキーウェアを着こんできたロナや心恋を見て、微笑を浮かべた。
「あ、ありがとうございます……」
 少し恥ずかしそうに応じる心恋だが、ウェアはしっかり彼女の雰囲気に似合うものを選んでいる。
 どれだけ気合いを入れて選んだかは、もちろんゼノアには秘密だ。
「えへへ……ありがと、ゼノ」
 ロナも嬉しそうにはにかむ。
 リフトに乗って、3人は山の上へと向かった。
 降り場についたゼノアは、前に降りた一般人にならって軽く滑る。雪に新たな弧を綺麗に1つ刻む。
 しばらく降りた場所に平らそうに見える場所を見つけて、少年は雪を巻き上げて止まった。
「よし……こんなもんか。あいつらは……?」
 振り向いたゼノアが見たのは、おそらく自分を追おうとしているロナの姿だった。
「あ、わわ……まって、わぷっ」
 よろけた挙げ句、雪に顔から少女が倒れ込む。
 ゼノアよりもずいぶんと上だ。ケルベロスである彼女はもちろんケガなどしないはずだが……。
「これ、ちゃんとすべ、れる、のかな、わわわ……!」
 立ち上がりかけたロナのスキーが滑りはじめた。
 腰を半ば浮かした不安定な状態で、あらぬ方向へ滑っていく。
 その向こうに見える心恋はボーゲン……の真似事らしき姿勢をとっている。
 もっとも、足の置き方が悪いのか、なかなか板が進んでいかないようだったが。
「ゼノ、あんなにとおい……ま、まってー……!」
 心恋に気をとられている間にロナはどんどん別の方向へ行ってしまっていた。
 まってと言っているが、遠ざかっているのはロナのほうだ。
 追いかけようとしたゼノアは、再び少女が転ぶところがよく見えた。
「うぅ……みみあてできないの、つらい……」
 起き上がろうと四苦八苦している少女の声が聞こえてきた。
 エルフの長い耳が、霜焼けで赤くなっているのが見えた。
「うん……知ってはいたが、先は長そうだな」
 しなやかな動きでそばまで滑り、助け起こして雪を払ってやる。
「……うん、むずかしい……すべれるように、なるかな……」
「一度コツをつかめば、あっさり行けるとは思うんだけどな……」
 言いながら心恋のほうを見上げると、まだ動けずにいるのが見えた。
「戦闘よりも、こっちの方が怖いです……」
 遅々として進まない彼女のもとへ板を逆ハの字にしてゼノアは登っていく。
「そのままでは滑れんぞ……? 足を並行にしたり、ハの字にしたりを繰り返してみろ」
「は、はい~……えっと、こうして……ひゃう!?」
 自分を支えるために腰の辺りへ回された手の感触に、心恋は思わず驚きの声をあげていた。
 理屈の上で言えば、一般人にできることがケルベロスにできないはずはない……が、誰にでも向き不向きと言うのはあるものだ。
 ふとゼノアが顔をあげると、真理が真理音に支えてもらいながら滑っているのが見えた。
「なるほど……こうやって滑ればいいのですね」
「そうそう。やっぱり、すぐにボクより滑れるようになりそうだね」
 多少危なっかしい雰囲気がありつつも、真理は教わった動きを習得していっていた。
 プライド・ワンが2人の周りを走っているが、手本を示しているつもりなのかもしれない。
 練習している者たちの間を、勢いよく紅風と綾が滑り降りてきた。
「長年やっていなかったから少し不安だったが、それなりに滑れるようだな」
 紅風の陶器のように白い肌が、雪の白さとのコントラストを産みながら走り抜ける。
「不安だなどと、謙遜したものだな。それだけ滑ることができれば十分だろう」
 ツインテールを風になびかせて、綾も華麗に滑っていく。
「なに、この程度。そちらほどではないさ」
 より急な斜面から降りてきた2人は、そのまま風のように通りすぎていった。
 ふもとにあるロッジの近くで、エレはラズリと共に雪遊びに興じていた。
「雪、冷たいですね、ラズリ」
 冷たさに驚いた仕草をするラズリに、彼女は笑顔で語りかける。起き上がりざまに、ウイングキャットが雪をかけてきた。
「きゃっ! もう、ダメですよ、ラズリ」
 笑顔で戯れていると、滑り降りてくる仲間たちの姿が時折見える。
 上級者ではないながらも、並の一般人を凌駕する滑りを見せる紅風や綾。
 先ほどまで教わっていた真理は、ライドキャリバーの速度と並走する滑りを見せて、真理音から拍手を送られていた。
 雪まみれになっている心恋やロナが、温かいものを求めてゼノアと共にロッジに行く姿もある。
 他にも、多くの人々がスキーやスノーボードを楽しんでいるのが、エレたちにはよく見えた。
 ケルベロスたちの守った風景をながめながら、エレはラズリとゆっくり雪遊びを楽しんでいた。

作者:青葉桂都 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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