死の生まれる日。

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
「そこの君」
 冬の日の夕暮れ。東京某所の裏通りをそぞろ歩いていた竜派ドラゴニアンの据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)を何者かが背後から呼び止めた。
 赤煙は振り返り――、
「……む!?」
 ――緊張に身を固めた。
 ゆったりと構えることが多い彼にしては珍しい反応だが、それも無理からぬこと。
 声の主はビルシャナだったのだから。
「おや? 以前にも会ったことがあるかな? ……まあ、どうでもいいか」
 そのビルシャナ――白衣を着た痩身長躯の男は赤煙の顔を見て首をかしげたが、自らの記憶を追及することなく、すぐに本題に入った。
「君は生きることに倦み疲れているようだね。それが後ろ姿から伝わってきたよ」
「べつに倦んでもいないし、疲れてもいないが……」
 普段とは違う口調で応じながら、赤煙は得物を取り出した。
 だが、ビルシャナは警戒する素振りも見せず、悠然と語り続ける。
「うん、判る。判るよ。自分の心の弱さを認めたくないのだろう? だが、浮き世の苦しみから逃げることは恥じゃない。人生に疲れたのなら、やるべきことは一つ。その人生を終わらせることだ」
「……」
「さあ、これを飲むがいい。君を苦しみから解放し、安寧をもたらす最良の治療薬だよ」
 ビルシャナが差し出した手には小さな透明のパケが乗っていた。その中に詰まっているのは、琥珀色の粉薬。
「生憎だが、私はケルベロスだ。そんな薬では解放などされないし、安寧も得られれない」
「うん、判る。判るよ。薬なんかで死ぬのはプライドが許さないのだろう? 敵と戦った末に死んだ――そういう態を繕いたいというわけだ。では、協力してあげよう」
 ビルシャナはパケを白衣のポケットに戻し、色も形も異なる一対の翼を広げた。
「暴力を用いるのは主義に反するのだが、これも人助けのためだ」
「貴様の主義など知ったことか」
 そう吐き捨てて、赤煙は足を踏み出した。

●音々子かく語りき
「ビルシャナの出現を予知しましたー!」
 発信準備が整ったヘリオンの前で声を張り上げたのはヘリオライダーの根占・音々子。
 言うまでもなく、彼女の前にはケルベロスたちが並んでいる。
「御多分に漏れず、そいつはかなりイカれたビルシャナでして。人生に疲れた人を見つけては、安楽死できる薬を渡しているんですよー。まあ、安楽死の是非はさておくとして……厄介なのは、そのビルシャナには生きとし生けるものすべてが『人生に疲れた人』に見えてるってことですね。だから、誰彼構わずに薬を渡して回ってるんです」
 ビルシャナではあるが、信者は一人もいない。彼に共感した者は皆、迷わず薬を飲み、死んでしまうからだ。
「もう一つ厄介なのは、皆さんの同業者である据灸庵・赤煙さんがそいつと接触してしまったということです。もちろん、赤煙さんは薬を受け取ったりしてませんけど、それで引き下がるようなビルシャナじゃありません」
 相手が薬を飲まない場合、自らが手を下す――それがそのビルシャナのやり方。その極端な行動理念の根底にあるのが歪んだ善意なのか純粋な悪意なのかは判らない。実は当人にも判っていないのかもしれないが。
「武闘派のビルシャナじゃないとはいえ、赤煙さん一人では手に余る敵です。皆さんの力を貸してくださーい!」
 再び声を張り上げる音々子であった。


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)
ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)

■リプレイ

●死のなかに……
「暴力を用いるのは主義に反するのだが――」
 白衣を着たビルシャナが非対称の翼を広げた。白銀の竜の翼、漆黒の鳥の翼。
「――これも人助けのためだ」
「貴様の主義など知ったことか」
 そう応じたのは、作務衣を着た赤い竜派ドラゴニアン。
 据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)である。
 彼が足を踏み出した途端、アスファルトに覆われた地面が大きく揺れた。
 それほどまでに力強い一歩だったから……というわけではない。
 十人のケルベロスと数体のサーヴァントが空から降下し、赤煙の後方に着地したからだ。
「加勢に来ましたよ、赤煙さん」
 オラトリオの源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)が赤煙に声をかけた。
『金木犀』という名のアニミズムアンクを構える彼の横で、義姉であるシャドウエルフの源・那岐(疾風の舞姫・e01215)が先祖伝来の日本刀『菖蒲』を抜き放つ。
「お怪我はありませんか?」
「はい」
 赤煙は那岐の問いに頷くと、仲間たちを抑えるかのように片腕を水平にあげた。
「私に少しばかり時間をいただけませんかな? 奴と……白露と話したいのです」
「ハクロ?」
 と、首をかしげたのはピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)。白ウサギの人型ウェアライダーの少女である。
「ハクロ?」
 と、ビルシャナが同じように首をかしげた。
「はて? 聞き覚えがあるような、ないような……」
 その演技とも本気ともつかぬリアクションを意に介することなく、赤煙は仲間たちに言った。
「錬丹堂・白露(れんたんどう・はくろ)。奴が人間だった頃の名前です」
「ふむ」
 赤煙と同じく竜派ドラゴニアンの神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)が小さく頷いた。
「古い知り合いか。ならば、赤煙君の好きにするといい。悔いを残さぬようにな」
「お心遣い、感謝します」
 晟に礼を述べると、赤煙は口調を変え、改めて語りかけた。
 生きることに疲れた者を死という形で救うビルシャナに。
 かつて、ともに医学の道を歩んだ盟友に。
「白露よ。貴様は間違っている」
「うん、判る。判るよ」
 ビルシャナは何度も頷いた。
 言葉に反して、なにも判っていなかったが。
「君は、私が間違っていると思い込みたいのだろう? 自分が間違っているという事実から目を背けるためにね。しかし、目を背けたところで、死こそが救いであるという真理が変わるわけではないよ」
「死は救いではない。死を以て苦しみから逃れても、人は幸せにはなれない。やれることをやり尽くして死に至る時、初めてその生が幸せと言えるのだ」
「いやはや。実に傲慢な考えだな。君は相当なエゴイストだね」
「『おまいう』ってやつだな……」
 と、ブレイズキャリバーの水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)が呆れ顔で呟いた。
 それが聞こえなかったのか、あるいは自分のこととは思わなかったのか、『おまいう』なビルシャナは鬼人の相手をせずに赤煙への反駁を続けた。
「いいかい、エゴイストくん。やれることをやり尽くすには数限りない苦痛が伴うのだよ。しかも、やり尽くしても、やり尽くさなくても、死は不可避。ならば、多くの苦痛を味わう前に死ぬほうがいいに決まってるだろう? 現に私が救ってあげた人々は皆、最期は幸せそうに微笑みな……」
「貴様が手にかけた人の話ではない」
 真の『エゴイスト』の長広舌を赤煙がぴしゃりと遮った。
「貴様と……そして、私の話だ。なにもできなかった罪を償うには足掻くしかない。本当は『判っている』だろう?」
『なにもできなかった罪』とやらの詳細を赤煙は語らなかったが、それを聞いたビルシャナは――、
「うん、判る。判るよ」
 ――さも得心がいったような顔をして何度も頷いた。先程と同様に。
 しかし、なにも判っていないかった。先程と同様に。
「『足掻くのに疲れたから、さっさと楽にしてくれ』というのが君の本音なんだろう? それを口にする勇気がないだけなんだろう? だが、安心しなさい。もうなにも言わなくていい。すぐに楽にしてあげよう」
「……」
 赤煙は日本刀を構えた。
 無言で。
 無表情で。
「あなたの説く思想を肯定しようとは思いません」
 シャドウエルフの翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)が口を開いた。
 赤煙の心のうちを代弁するかのように。
「生きるからこそ、救われるものが……また、救えるものがあるはずです」
「然り。死は救済にあらず。永久の微睡みが安楽に至ることはない」
 同意を示したのはユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)。
 サキュバスらしからぬ異様なオーラを全身から立ちのぼらせて、『全存在の母』を自認する彼女はビルシャナに指を突きつけた。
「人間を莫迦にするな。人間は、生命は、仔は、ことごとく私の中に還るべきなのだ。貴様の胸に語りかけてみよ。問いかけてみせよ。果たして、そこには底知れない私への渇望が……そう、母親への信仰があるのだ」
「……は?」
 さすがのビルシャナも困惑を隠しきれずにいる。
「どうだ。貴様の神様は此処に存在するぞ。おいで。貴様は私に抱かれるべきだ」
「……う、うん、判る。判るよ」
 とりあえず、おなじみのフレーズでお茶を濁すビルシャナ。例によって、なにも判ってないだろうが、今回ばかりは彼が悪いわけではないだろう。
「なんつーか――」
 ユグゴトとビルシャナを見比べて、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)が誰にともなく言った。
「――どっちがビルシャナか判んねえな」

●死のなか……
「まあ、とにかく――」
 ビルシャナは気を取り直し、鋭い爪を有した手を顔の横にもたげた。
「――足掻くことに疲れた君を救ってあげるよ。ゆっくり休むといい」
「いらぬ世話だ。どんなに疲れても、私は足掻き続ける。死ぬまでな」
 赤煙は踏み込み、日本刀を逆袈裟に斬り上げた。
 同時にビルシャナも踏み込み、右手を振り下ろした。
 日本刀の刃が月光斬の軌跡を描き、ビルシャナの腱を断ち切る。
 一方、ビルシャナの爪もドラゴニアンの体表を斬り裂いた。もっとも、その体表の色は赤ではなく、青。晟が素早く割り込み、巨体を盾にしたのだ。
「これも『いらぬ世話』か?」
 背後の赤煙に尋ねながら、晟は碇型の得物『溟』をビルシャナめがけて振り抜いた。
 血と羽毛と氷片を撒き散らしながら。真横に吹き飛ばれるビルシャナ。氷片が混じっているのは、晟の用いたグラビティがアイスエイジインパクトだからだ。
「とんでもない。ありがとうございます」
 晟に礼を述べる赤煙の横を青白い弾丸が駆け抜けた。瑠璃が発射した時空凍結弾である。
「今だ!」
 弾丸がビルシャナに命中すると同時に瑠璃が叫ぶ。
 それに応じて動いたのは義姉の那岐。
「死を軽々しく扱うことは――」
 那岐が舞いを披露すると、その動きに合わせて朱色の風が巻き起こった。
「――許しません」
 風が刃に変じ、ビルシャナを切り刻む。
 しかし、彼は屈しなかった。血塗れになりながらも体勢を立て直し、迷いのない眼差しをケルベロスたちに突き刺してくる。
「軽々しく扱ってなどいないよ、むしろ、死を正当に扱っていないのは君たちのほうだ。そう、最後にして最良の救いである死を君たちは忌避している。自分たちの認識が誤りであることを知りながらね」
「否。貴様の認識こそ、誤りである」
 ユグゴトが禍々しい鉄塊剣を振りかぶり、ビルシャナにデストロイブレイドを見舞った。
「救済とは即ち、千を落とす我が抱擁と知れ」
「ほうようとしれー!」
 ユグゴトの言葉を真似て、ピヨリがひよこを……いや、ひよこの姿をしたファミリアロッドを投じた。
「ピヨピヨォーッ!?」
 黄色い顔を真っ青にして悲鳴を上げながら、ひよこは一直線に飛んだ。そして、ビルシャナに命中して爆発。これぞ、必殺の『ピヨコボム』。
 もっとも、ひよこ自身は爆発四散していない(エネルギーを放射しただけらしい)。標的にぶつかった反動と爆風で吹き飛ばされ、地面に落ちて跳ね返ったところを、バセットハウンド型のオルトロスのイヌマルに口でキャッチされた。
 ひよこをくわえた状態でイヌマルはビルシャナを神器の瞳で睨みつけ、パイロキネシスで燃え上がらせる。
「死を願う人だけなら、ともかく――」
 火がついたビルシャナに向かって、ピヨリは言った。
「――手当たり次第に安楽死させるのはどうかと思いますよー」
「いや、手当たり次第になるのは当然にして必然なんだよ。救いを必要としていない人間など、ただの一人もいないのだからね。君も、君も、君も」
 体を燃やす炎を消しもせず、ビルシャナはケルベロスたちを次々と指さしていく。
「皆、生きることに疲れ、死という救いを求めている。とくにそこの君は疲れ切ってるじゃないか。見るからに哀れだよ」
「じゃかましいわ!」
 と、『そこの君』であるところのヴァオが怒鳴った。
 それを横目で見て、無表情で頷く晟。
「うむ。こればかりはビルシャナの意見が正しいかもしれん」
「いや、正しくないから! 正しくなーいーかーらー!」
 涙目で叫びながら、ヴァオはやけくそ君に『紅瞳覚醒』の演奏を始めた。
「まあ、『ただの一人もいない』ってのは大袈裟だけど、人生に疲れて死にたがってる奴ってのは少なくないかもな。しかし、だからこそ――」
 バイオレンスギターの旋律が流れる中、鬼人がビルシャナに斬りかかった。武器は『越後守国儔』の銘を持つ日本刀。グラビティは絶空斬。
「――てめえは質(たち)が悪いぜ!」
 そして、『紅瞳覚醒』に代わって、歌声が流れ始めた。
 歌っているのは風音。
「花の女神の喜びの歌♪ 春を謳う命の想いと共に響け♪」
 ビルシャナの信条を真っ向から否定するかのような生命讃歌。共鳴効果を伴うその歌声が、爪の一撃を受けた晟の傷を癒していく。
 風音のサーヴァントであるボクスドラゴンのシャティレも晟の肩にとまり、属性をインストールした。
 更にイッパイアッテナ・ルドルフが――、
「なにがあっても、皆さんを守り抜きますよ!」
 ――『龍穴』を発動させて、前衛陣にヒールとキュアをもたらした。

●死の……
「死のことを『異様なお客ではなく、仲のよい友人』と例えた詩がある。私の好きな詩だ」
 ビルシャナがケルベロスたちに語りかけた。
 戦いが始まってから数分が経過している。幾度かキュアのグラビティを使用したにもかかわらず、ビルシャナは状態異常にまみれていた。ジグザグ効果を有するグラビティをケルベロスたちが多用したからだ(その上、那岐と赤煙はジャマーのポジション効果を得ていた)。
「それは死を讃えた詩じゃない」
 と、赤煙が吐き捨てたが、ビルシャナはなにも聞こえないような顔をして語り続けた。
「『仲のよい友人』を拒絶し、生に固執したところで、なにも得られはしない。たとえ得られたとしても、それは生の苦しみに見合ったものじゃない。なのに、なぜ、生き続ける? なぜ、足掻き続ける?」
「以前の僕なら、手前の言葉に耳を傾けたろう。でも、今は違う」
 そう言いながら、斉賀・京司が前衛陣にゴーストヒールを施した。
「死も復讐も僕に救いを与えてくれなかったから……」
「はぁ?」
 筋違いな言葉に対して、ビルシャナは露骨に眉根を寄せた。
「君はまだ死んでいないのだから、救いを得られないのは当然じゃないか。私は『死ぬことで救われる』と主張しているのであり、『誰かを殺すことや復讐することで救われる』などと言ったことは一度もないよ。君は人並みの理解力も持ち合わせていないのか? それとも、真理を認めたくないものだから、わざと曲解しているのかな? まあ、どちらであれ、度し難い。とはいえ、そんな君でも――」
 ビルシャナは左右非対称の翼を広げた。そこから光の矢を撃ち出そうしているのだろう(ここに至るまでに彼は何度かそのグラビティを披露していた)。狙いは、京司を含む後衛陣……ではなく、ユグゴトがいる前衛陣。デストロイブレイドで付与された(そして、ジグザグ効果で悪化した)怒りがまだ完全に消えていないらしい。
「――死ねば、救われるよ」
 しかし、光の矢が飛ぶことはなかった。両の翼は広げられた形のままで硬直している。パラライズに阻害されたのだ。
「死は『仲のよい友人』でもなければ、救いでもありません。終わりです」
 那岐が『菖蒲』を繰り出し、ビルシャナの傷口を絶空斬で更に傷つけた。
「私と瑠璃は身内の死をこの目で何度も見届けてきました。それらすべて、人の営みの終わりでした」
「そうだ」
 瑠璃がドラゴニックスマッシュを叩きつけた。
「死は残される人がいる。悲しむ人がいる。他人に安易に押し付けるものではないんだ」
「やれやれ」
 ビルシャナは肩をすくめた。猛攻を受けているにもかかわらず、苦しそうな様子は微塵も見せていない。意思の力で痛みに耐えている……というわけではなく、そもそも痛みなど感じていないのかもしれない。
「君たちこそ、安易に死を否定しているじゃないか」
「死を否定しているのではなく、生の否定を否定しているのだがな」
 晟が『溟』を振り下ろした。渾身の力を込めたアイスエイジインパクト。
 超重量の鎚を肩に食らい、ビルシャナは姿勢を崩した。しかし、その顔には微笑が浮かんでいる。慈しみと蔑みの笑み。衆愚を相手にしている政治家か宗教家のような気分に浸っているのだろう。
「君たちは『残される人』や『悲しむ人』がどうこうと言っていたが――」
 晟を無視して、ビルシャナは源姉弟に目を向けた。
「――残されたことを悲しむ前に、死によって他者が救われたことを祝うべきだろう。他者の救いよりも自分の感情を優先するような無慈悲で独善的な者に生死を語る資格があるとは思えないね」
「えーっと……こういうのを『おまいう』って言うんでしたっけ?」
 鬼人に尋ねながら、ピヨリが『ピヨコボム』を放った。
「ピヨピヨピィーッ!?」
 幾度目かのひよこの悲鳴に続いて、爆発音が響く。
「まさしく、『おまいう』である」
 鬼人より先にユグゴトが答え、ビルシャナの懐に飛び込んだ。叩きつけたグラビティはブレイズクラッシュ。間髪を容れず、ミミックのエイクリィがガブリングで追撃。
「しかし、許そう。気が済むまで駄弁を弄するがいい。愚にもつかぬ言葉を吐き続ける我が仔の相手をすることもまた母たる者の務めなれば」
「こりゃまた優しいお母さまですこと……」
 七分の揶揄と三分の感心を込めた呟きを洩らしながら、鬼人もビルシャナに肉迫し、無銘の斬霊刀による斬撃――『無拍子』という名の奥義を見舞った。
 続いて接近したのは、ずっと回復役を務めていた風音。
 シャドウリッパーの蹴りでビルシャナに斬りつけながら、彼女は仲間の名を呼んだ。
「赤煙さん!」
「……はい」
 静かに答えて、赤煙が走り出す。
 ビルシャナも地を蹴り、走り出した。迫り来る赤煙に向かって。
 半秒後、正面衝突せんばかりの勢いで両者はすれ違った。
 日本刀と爪が交差し、どちらもが夕日を照り返して光を放ち……そして、前者だけが赤い軌跡を残した。
 鮮血の軌跡。
 赤煙とビルシャナは同時に立ち止まり、振り返った。
「いつの日か、『仲のよい友人』が訪れた時――」
 ビルシャナが赤煙に微笑みかけた。先程までの笑顔と違い、蔑みは消えている。
 そこにあるのは慈しみだけ。
 とてつもなく傲慢な慈しみ。
「――君にも判るはずだ、赤煙」
 目の前にいるドラゴニアンの名を初めて口にすると、ビルシャナはゆっくりと頽れた。
 微笑を浮かべたまま。

「なにがあっても、此奴は仔だ。我が仔なのだ」
『全存在の母』であるところのユグゴトがビルシャナの骸をひっしと抱きしめていた。
 それを見て、なんともいえぬ顔をしているのは晟。
「理解できない世界が展開されているな……」
「そもそも、あのビルシャナからして、よく理解できませんでしたけどね」
 イヌマルを撫でながら、ピヨリが言った。彼女に何度も投擲兵器にされたひよこはイヌマルの背の上に座り、羽を休めている。
「理解できなくていいんです」
 風音が腰を屈め、ひよこを指先で撫で始めた。
「理解してしまったら、信者と化して、自死していたでしょうから……」
 風音の脳裏には一体のビルシャナの姿が浮かんでいた。数年前に倒したビルシャナ。彼は家族の仇だった。そして、彼自身も家族だった。風音の弟だったのだ。
 風音と同様、那岐と瑠璃もまた失われた家族に想いを馳せていた。
 その横では鬼人がロザリオを手にして、ここにいない者を想いながら、祈りを捧げている。もっとも、他の者たちと違って、『ここにいない者』は生者(ロザリオの送り主にして鬼人の婚約者)だったが。
 祈りを終えると、鬼人は赤煙をちらりと一瞥した。
 かつての盟友を倒したドラゴニアンは皆に背を向け、ビルの壁をじっと見つめている。
「据灸庵の奴、大丈夫かな?」
 仲間たちに小声で問いかける鬼人。
 すると、誰がそれに答えるよりに先に当の赤煙が振り返った。聞こえていたらしい。
「心配御無用。私は大丈夫ですぞ」
 赤煙は微笑んだ。
 どこか寂しげでありながらも、強い決意を感じさせる微笑み。
「まだ足掻き尽くしていませんからな」

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年2月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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