天守の鏡餅

作者:坂本ピエロギ

 一月中旬、晴天。
 この日、雄大な天守閣を望む御城の広場では、鏡開きのイベントが行われていた。
 賑わう観客の視線を集めるのは三段重ねの巨大な鏡餅。重さにして六百キロ、切餅にしておよそ一万個分、小さなジャングルジムにすっぽり収まりそうなサイズだ。
 イベントは今まさに佳境に入り、鏡餅が開かれようというところ。
 縁起物の餅は汁粉や雑煮となって人々に好運を招き、その胃袋も満たしてくれるだろう。
「それでは、これよりお餅を……っ!?」
 だが、主催者の男性がメインイベントの始まりを告げようとした、その時。
 人混みの向こうに、突如として巨大な人影が降ってきた。
 どよめきが広がる中、砂煙の中からむくりと身を起こすのはエインヘリアルの大男だ。
『ヒヒヒッ! 地球人てのは、どいつもこいつも間抜け面をしてやがる!』
 男は漆黒のバトルオーラを練り上げて、オーラの弾丸を生成すると、視界に入った人々を片っ端から吹き飛ばしていった。
『砕けろ、潰れろ! 爆ぜて死ね! この俺にグラビティ・チェインを捧げてなぁ!!』
 抜けるような青空の下で、人々の悲鳴をエインヘリアルの哄笑が塗り潰す。

「大変っす! 鏡開きのイベントがデウスエウスの襲撃を受けるっす!」
 ヘリポートにケルベロスを迎え入れた黒瀬・ダンテは、そう言って依頼の説明を始めた。
 事件を起こすのはアスガルドの罪人エインヘリアル。放置すれば際限なく人々を殺戮し、重力鎖を奪い、憎悪と拒絶の種をばら撒き続けるだろう。
 そうなる前に撃破を頼みたいっすと続けて、ダンテは詳細な説明へと移る。
「事件が起こる場所は、鏡開きイベントの会場っす」
 この会場は、土地の観光名物である御城の天守閣を望む広場だ。
 エインヘリアルが現れるのは広場のちょうど中央となる。スペースは十分に確保され戦闘に支障はない。周囲の避難も済んでいるので、敵の出現と同時に戦闘に専念できる。
「敵はバトルオーラを装備してるっす。攻撃力の高い相手っすけど、しっかり対策して臨めば問題なく勝てるっす!」
 そうしてダンテは依頼の説明を終えると、ケルベロスたちにひとつ話があると言った。
 先ほど現地に避難の指示を伝えたところ、事件が無事に片付いたらという事でケルベロスへの言伝を頼まれたというのだ。
「『もし迷惑でなければ、ぜひ鏡開きにご参加を』というお話が来てるんすよ」
 主催者の話によると、イベントのメインをはる大鏡餅の鏡開きでは、餅の砕け方で一年の吉凶を占うらしい。折角ケルベロスが来てくれるのだから、もし依頼が成功した暁には催しの主役をお願いしたいという事だ。
 ちなみにここの鏡開きは、砕いた餅の欠片が多いほど縁起が良いという。
 ケルベロスが大勢参加すれば、それだけ鏡餅は派手かつ盛大に開かれる。観客からも喜ばれて、イベントも盛り上がるだろう。
「開いたお餅は汁粉や雑煮にして振舞われるっす。小さな欠片はかき揚げにするっすけど、これも止まらない美味しさで……体を動かしたらお腹も空くでしょうし、思う存分ご馳走になってきて下さいっす!」
 鏡開きに参加するか否かは、各人の自由。
 参加しない場合は町の人達が鏡開きを行ったうえで、お餅料理が振舞われるだろう。
 そうして話を聞き終えたホゥ・グラップバーンは、早くも期待に目を輝かせる。
「鏡開きにお餅……すっごく楽しみです!」
「餅つきとはまた違った楽しみがあるっすからね。いっぱい堪能して来て下さいっす」
 そのためにも、まずはエインヘリアルを倒さねばならない。
 無事に依頼を終えたら鏡開きの楽しい一時を満喫して下さいっす――ダンテはそう言ってヘリオンの操縦席へと駆けて行った。


参加者
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
レヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
花開院・レオナ(薬師・e41749)
ルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)
オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)
兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)

■リプレイ

●一
 ヘリオンを降下したケルベロスたちは、鏡開きイベントの会場へと到着した。
 避難が完了し、シンとした静寂が包む広場で、レヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278)のテンションは早くも最高潮に達しようとしていた。
「大鏡餅の鏡開きと聞いたら、絶対負けられないぜ!」
 餅大好きであるレヴィンの目が、期待でキラキラと輝く。戦いが終わったら立派な鏡餅を開いて、美味しい餅料理を腹いっぱい食べるのだ。
「お雑煮とお汁粉は外せないよな。かき揚げも食べてみたいぜ……!」
 そのためにも邪魔な敵は倒さねばと、レヴィンは改めて気を引き締める。
 そんな彼の横でごつい鉄腕を振るのは、着物姿の尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)。彼もまた、鏡開きを楽しみにする一人だ。
「派手にぶっ壊すイベントか。へへっ、腕が鳴るぜ!」
 モノを破壊する、それも派手なほど縁起がいいと聞いては黙っていられない。
 鏡餅を砕いて、美味しい料理を食べて。それを相棒や仲間たちと共有できたら、どんなに素敵だろう――期待に満ちた笑みが、広喜の顔に浮かんだ。
「頑張って勝たねえとな。よろしくだぜーっ!」
 標的を求め、ぶんぶんと唸る鉄の腕。その後ろでは、熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)がドラゴニックハンマーの素振りを行っている。
「お正月はコタツで寝落ちしてましたー。がんばるぞー」
 実戦は久々という自宅警備員の彼女だが、仕事となれば手は抜かない。鏡開きを楽しみに、戦いの時を今か今かと待っている。
 と、そこへ。
「みんな、敵が来たようだぞ」
 注意を呼び掛けるルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)が指さした空の先には、広場の中央めがけて飛来する罪人エインヘリアルの姿。
 敵の着陸と同時、ルイーゼと仲間たちは一斉に走り出す。
「オルティアせんぱい、今日もよろしく頼む」
「……よろしく。攻撃は、任せて」
 ルイーゼに頷きを返すのはオルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)。ケルベロスの中で唯一、クラッシャーを務めるセントールの少女だ。
 そうして陣形を組み終えたケルベロスたちの眼前で、罪人はむくりと身を起こすと、
『てめぇら……まさか、ケルベロスか!?』
 言い終えるや、濁ったバトルオーラで全身を覆い尽くして戦闘態勢。対するケルベロスも武器を手に、じりじりと敵との距離を詰め始める。
「グラビティ・チェインは渡さないわ。覚悟しなさい」
「めでたい儀式を襲うなんて、迷惑です……!」
 金髪のウェーブヘアをなびかせる花開院・レオナ(薬師・e41749)に、兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)はピンク色の髪を揺さぶって頷くと、
「頑張りますね。宜しくお願いします」
「よし皆、行くぜ! 奴を倒す!」
 先陣を切って相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が駆け出すのに続いて、隊列を組んだケルベロスが次々にエインヘリアルめがけて殺到。
 対するエインヘリアルも、バトルオーラで巨大な拳を覆って吼える。
『面白え。踊れや、番犬どもが!』
 かくして、戦闘は開始された。

●二
『邪魔だ、どけぇ!』
「食らえ、おらっ!」
 同時に動いたエインヘリアルと泰地が、互いに真正面から突進。
 僅かな差で先手を取った泰地が、敵の顔面めがけ跳躍からの蹴りを叩き込んだ。
『がっ!? ……てめえ!!』
 顔面に足形の跡を刻みつけられ、顔を怒りに歪ませたエインヘリアルが、音速の拳を叩きつける。凄まじい威力を誇る突きを、泰地は分厚い筋肉の鎧で受ける。
「これは、お返しだぜ!」
 怯むことなく拳を打ち返し、殴り合いを演じ始める泰地。そこへ広喜が、腕部パーツからパズル型のホログラムを展開、投影された女神カーリーの幻影を罪人めがけ放つ。
「へへっ。今度はこっちの番だぜっ!」
『ぐぅ……っ』
 憤怒の形相で振り返るエインヘリアルに、広喜は悠然と笑う。
「どうした。そんな腕じゃグラビティ・チェインは奪えないぜ?」
『てめぇらぁっ!』
 戦闘開始と同時に受けた屈辱的な攻撃にエインヘリアルは怒り狂い、血走った目で広喜と泰地を睨みつけると、咆哮を轟かせながら飛び掛かっていく。
「まったく暑苦しい敵だねー。これで頭を冷やしてあげるよー」
 そう言ってまりるが、ドラゴニックハンマーを担いで跳躍。ひと跳びで敵の間合いへ潜りこみ、豪快な一撃を振り下ろした。
「鬼は外ーって、節分には未だ早いから、とっととお引き取り下さいってねー」
 進化可能性を奪い取られて、氷に覆われていくエインヘリアル。そこへ更なる追撃を叩き込んだのは、達人の一撃を繰り出すレヴィンだ。
「神聖なる鏡開きを邪魔するのは、お前かああああああ!」
 怒りに燃えたレヴィンが、エアシューズで鳩尾を蹴り上げる。ジャマーである彼が放った一撃は、純白の氷でみるみる敵を包み、命を蝕む枷となってまとわりついた。
『ぐおぉ……っ』
 苦悶の表情を浮かべる敵に向かって、レヴィンは怒りを燃やす。
 餅を食わないのは個人の勝手。しかし、楽しみにする人々から餅を奪うのは――。
「このオレが! ゆ る さ ん !!」
 決意と怒りに満ちた目を、ゴーグルの奥でカッと見開くレヴィン。そんな彼の後ろでは、ルイーゼが地面に展開した鎖で魔法陣を描き始めていた。
「負傷者はわたしが回復しよう。安心すると良い」
 敵の火力は高い。一般人が受けたなら、一撃で木っ端微塵だろう。グラビティを駆使するケルベロスとて、守りの薄い者が受ければ長くはもつまい。
 そんな敵の猛攻を浴び続けている泰地と広喜の負担を少しでも減らすために、ルイーゼは描き終えた魔法陣の力で二人に守護の力をもたらしていく。
「さあオルティアせんぱい。あいつをぶっ飛ばしてやろう」
「任せて。今度は、こっちが攻める番」
 暴れ狂うエインヘリアルを狙い定め、オルティアは半馬の体で一直線に加速。凍気を宿すパイルバンカーを射出し、敵の身体を更なる氷で包み込んだ。
「凍れる一撃を、受けろ……!」
 最前列のオルティアが放った一撃に、たまらず悲鳴を上げるエインヘリアル。
 そこに追撃で浴びせられたのは、レオナの魔力が生み出した青い妖花だった。
「わたしの中に潜む魔法の花よ、敵を取り巻き、その身を侵食しなさい!」
 『妖幻花』によって巨体を縛り上げられ、苦しむ敵。紅葉はエアシューズで加速しながら空高く跳躍すると、桃色の流星となって降り注ぎ、その足を封じる。
「まずは、その動きを封じさせて頂きますね」
『ケルベロス……ども……!』
 エインヘリアルは両目を怒りでギラギラと輝かせ、呪詛の言葉を漏らすのだった。

●三
 天守閣が見下ろす広場で、狂戦士はなおも暴れ続ける。
『ちっ、犬共がウロチョロと!』
 氷に覆われた体で練り上げるは、オーラの弾丸。
 ルイーゼを狙った一撃を、広喜は身代わりとなって庇った。彼は続けざまに斉天截拳撃で反撃を繰り出しながら、眼前の敵に向かって笑う。
「俺な、定命のヒトがいろんな行事で幸せを願う気持ち、わかってきた気がするんだ」
『何言ってやがる――ぐおっ!?』
 唸りを上げて放たれる拳を砕きながら、石突の先端がエインヘリアルの脇腹を抉った。
 人々の命も、鏡開きの催しも、そして何より、よき未来を願う希望も。
 それらは全て、地球で生きる者達のもの。エインヘリアルに収奪を許す者など、ここには一人もいない。
「だからてめえには、何も壊させねえ」
『ふざけるなぁっ!』
 傷だらけになって笑う広喜に、罪人はさらに殴りかかろうとする。
 その刹那、泰地がマッスルレガースで空高く跳躍し、虹をまとった急降下蹴りで敵の注意を引き付けた。
「ルイーゼ、尾方の回復を頼むぜ」
「うむ、引き受けた。誰ひとり倒れさせはしないぞ」
 ルイーゼは髪に留めたアリアデバイスに手を添えて『祈請のエレジーア』を歌う。
 少女が歌い上げる哀歌は、真水のように澄んだ癒しの力となって広喜の体へと染み込み、疲弊したコアに再び力強い鼓動をもたらした。
「さあ、もうひとがんばりだ。行こう皆」
「敵さん寒そうだから、ちょっと温めてあげるねー」
 まりるが抱く誓いの心が溶岩と化し、エインヘリアルの足元から噴き出した。
 炎の重圧にたじろぐ敵。そこをレヴィンは狙い定め、華麗なステップを踏み始める。
「華麗に、軽やかに、情熱的に!」
 その手に握る銀色のリボルバー銃は、とある少女の形見。弾に込めるは己の想い。
 軽やかな足音と共に繰り出す銃撃乱舞は、標的の心を幻惑に包み込んだ。もはやオーラの狙いすら定まらず、エインヘリアルは出鱈目に己の拳を振り回すことしか出来ない。
 そして――最後の拳が空を切った直後、レオナの魔法が煌いた。
「古代語の魔法よ、敵を石化させる光を放て!」
 詠唱完了と同時、ペトリフィケイションの光線が巨体の胸を穿つ。続けて敵を包み込んだのは、紅葉のサイコフォースがもたらす爆発だ。
「遠隔爆破です、吹き飛んでしまいなさい!」
『がっ……』
 虫の息となったエインヘリアルが、力なく崩れ落ちた。
 そこへオルティアが、戦馬のごとき疾走で最後の突撃をかける。
「捉えた。逃がさない……!」
 その手にチェーンソー剣を構え、感知魔術で捕捉した敵へ斬撃を一閃。
 『蹂躙戦技:舌鼓雨斬』の一撃は寸分たがわずエインヘリアルの心臓を両断し、その生命に終止符を打つのだった。

●四
 それから現場のヒールが終わり、避難していた人々も戻ってきた頃――。
「すごい、マジすごい、超すごいぜ……!」
 湧き返る人々の賑わいを背に、レヴィンは震える手をそっと『それ』に添える。
 もち米特有のクリーム色をした、綺麗な三段重ねの巨大鏡餅。汚れひとつない艶やかなる鏡餅は、いまレヴィンらケルベロスの前に鎮座し、開かれる時を静かに待っていた。
「くっ……オレはなんて幸せ者なんだ、最高だ……!」
「すげえーっ。でっけえ鏡餅だっ!」
 幸福の極みに達し、感涙にむせぶレヴィン。その隣では、広喜が子供のように飛び跳ねながら、相棒の君乃・眸に鏡餅を指し示している。
「すげえよなっ、わくわくするぜっ!」
「うむ。これは見事なものダ」
 着物の袖をたすき掛けし、眸が右腕を晒す。彼の相棒と共に、素手で餅を開くためだ。
「拳で、といウのも豪快で良イか。思い切り行こウ」
「おうっ。よろしくなっ!」
 そこへ泰地とルイーゼが、ホゥ・グラップバーンを連れて戻って来た。
 三人とも、鏡開きの道具は己の拳。広喜らと共に手を清め、開始の時を静かに待つ。
「瓦割りの要領で行けそうだな。腕が鳴るぜ」
 と、泰地。
「オウガの腕力をもってすれば、たやすい……はずだな」
「はい。全力で砕いてみせましょう」
 色白の手を握りしめ、グッと力を籠め始めるルイーゼ。隣でホゥが同意を返すと、木槌を担いでオルティアが戻ってきた。
「蹄で砕くのは難しい、と言われた。だからこれで、開くことにする……」
 刃物は駄目らしいので、と呟くオルティア。どうやら諸々の作法を、会場の人から聞いたらしい。同じく紅葉も木槌を手に、準備を完了する。
「頑張ります……! レオナさんも木槌ですか?」
「ええ、そうよ。よろしくね」
 にっこり微笑むレオナの後ろで、イベントの司会者が鏡開きの始まりをアナウンスした。
「それでは、お餅を開こうと思います!」
「やっほー! 待ってましたー!」
 掲げて歓声を上げたまりるが掲げるのは、両手持ちの立派な木槌。紅白のリボンを付けた自前の一品だ。
 そうして大勢の観衆が見守る中、ケルベロスは円を組んで餅を囲む。
「オレは、皆の無病息災を祈って」
「どうか、おめでたい年になりますように」
「皆が元気に過ごせますように……」
 レヴィンが、レオナが、紅葉が、しめやかに木槌を掲げる。
「いっちょ派手にぶっ壊すぜ!」
「ふふ、胸が高鳴ル」
「さあ、いつでも来い!」
 広喜が、眸が、泰地が、その拳を餅へと向ける。
「うむ。オウガの怪力、お見せしよう」
「大丈夫、大丈夫……緊張してない……」
「さあ、ノリよくいこう。カコーンとねー!」
 拳を構えるルイーゼ。木槌を握るオルティア。
 まりるの合図と同時に、木槌と拳が揃って振り下ろされた。
 希望、信念、そして決意。ケルベロスの託した想いを乗せた一撃は、大きな鏡餅を粉々に砕き、鏡開きの催しを大歓声で飾った。

●五
 青空の下に湯気が舞い、熱気と賑わいが会場を満たす。
 訪れた人々を迎えるのは、開かれた鏡餅で作られた餅料理の数々。美味しい料理で力をつければ、今年もきっと良い一年が待っていることだろう。
「美味しそうね、紅葉」
「はい、レオナさん。とってもとっても美味しそうです……!」
 そんな会場の中を、レオナと紅葉はほくほく顔で歩いていた。
 その手には温かい汁粉がある。さっき出来たばかりの一品だ。お椀から漂う餅の香ばしさに、思わず紅葉の頬が綻んだ。
「皆さんはどんな料理にしたんでしょうか……」
「ふふっ。楽しみね」
 微笑むレオナと共に仲間の席へ戻ると、ちょうど彼らも準備を終えたところだった。
 お汁粉、お雑煮、かき揚げ。他にも、シンプルに煮たり焼いたりしただけの餅もあった。こちらは餡子などを塗して食べるらしい。
 程なく、まりるがうきうき顔で仲間たちを見回して、
「準備はいいかなー? それじゃ、いただきまーす!」
「「いただきまーす」」
 こうして始まる、憩いのひと時。ケルベロスたちは好みの餅に箸を伸ばし、ゆったりした空気が卓に流れ始めた。
 泰地はこんがり焼けた餅を頬張りつつ、餅料理のレパートリーをあれこれ考えている。
「ふむ、美味い。カレーとの相性はどうだ?」
 調理師免許を持つ彼の表情は、新たな味を探求する料理人のそれだ。
 一方まりるはお汁粉を一杯一杯、至福の表情で味わっている。どうやら粒餡系と漉し餡系を食べ比べているらしい。
「ふふふ、美味しければみんなウェルカムだよー!」
 お汁粉をペロリと平らげて、次に手を伸ばすのは煮溶けた素餅。これに餡子などを塗して食べるのであるが――。
「しっかり食べないと、もったいないおばけが出るからねー。じゃーん!」
 まりるが取り出したのは、黄粉にずんだにくるみ餡。自前のトッピングだった。
「これぞじゃぱにーず和スイーツ! 皆も遠慮しないで食べてねー!」
「あっ、それじゃあお言葉に甘えて……!」
 煮溶けた餅と甘味のハーモニーをホゥと楽しみながら周りに目を向ければ、雑煮に舌鼓を打つ広喜と眸の姿が見える。
「眸、いっぱい食べてくれな」
「ふふ……そんなに食べきれなイ」
 遠慮の口上を述べながらも、眸が箸を止めることはない。
 いっぱい幸せになってもらいたい――満面にそう書いてある相棒の笑顔を、叶うならもう少し眺めていたいから。
「餅か。甘いものにも塩辛いものにも合ウのがすごイよな」
「へへ、美味えんだぜー」
 雑煮を頬張りながら、広喜は思う。
 大切な相棒と肩を寄せ合って食べる餅の、なんと美味いことか。こうしていると、戦いの疲れも吹き飛ぶというものだ。
「今年もいっぱい幸せになろうな、眸っ」
「ああ。いろいろなこと、また経験しよウ」
 餅を砕いた拳を、二人は静かに打ち合わせるのだった。
 そんな仲間たちの織り成す光景を、レヴィンは感激の表情で見つめている。
「皆笑顔で餅を食ってる……きっとここが楽園なんだ!」
 餅が隠れるほどに小豆をよそった汁粉をすすり、感涙にむせぶレヴィン。舌が、心が、いま最高に幸せだと伝えて来る。
 揚げたての熱々に塩をしたかき揚げも素晴らしい。こちらは後で、少し土産に持って帰ることにしよう。同居しているアイツもきっと喜ぶはずだ――。
「幸せだぜ……ホント、マジで超幸せだぜ!」
 大口でかき揚げを頬張り、レヴィンは幸福を堪能する。
 いっぽうオルティアは、ルイーゼからお汁粉を勧められていた。
「この甘味はお勧めである。育ち盛り同士、いっぱい食べよう」
「ん……それなら私も、もらおう、かな」
 そっけなさの薄れた顔でオルティアは目を輝かせる。
 とある事情で金欠中の彼女にとって食費が浮くのは有難い限りだ。ルイーゼもそんな事情を察したように、とびきりの大盛りをよそってくれた。勿論、お代わりも自由だ。
「さあどうぞ、せんぱい」
「ありがとう……と、今回も、お疲れ様」
 オルティアはお汁粉を受け取ると、ルイーゼに感謝を告げる。
「回復、助かった。おかげで怪我もなく、存分に食べられる……!」
「ふふ、あれ位ならお安い御用である。さあ、冷める前にいただこう」
 こうして、幸せな時間が幕を開ける。
「お餅やわらかそう。甘い香りもいいな……んん、ん」
「おお、これは美味しい」
 ぐんぐんと伸びるオルティアの餅。
 ルイーゼの椀からも、甘い汁のからんだ餅がみょっと伸びる。
「染み入るような、甘さ……ほんとだ、おいしい……!」
 歯を立てた時のもっちりも、噛み切る時のねっちりも、素晴らしい味だった。
 自分たちの手で開いただけあって、美味しさも一入だ。小豆の甘い汁と絡んだ餅の優しい滋味は、まさしく筆舌に尽くしがたい。
「せんぱい、おかわりはどうかな?」
「嬉しい。もっともっと、いっぱい食べたい……!」
 迷わずオルティアは即答する。そっけなさの仮面も今は外すことにしよう。
 そうして二人は最後の一滴までお汁粉を飲み干すと、静かに満足の息を漏らす。
 ――今年も、良い年でありますように。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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