ミッション破壊作戦～黄泉より来たる者たち

■リプレイ

●一
　日本海の潮風を浴びて、１機のヘリオンが飛んでいく。
「見えてきましたね。私たちの目的地が」
　アクア・スフィア（ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743）が機内から眺めるのは、死神勢力によって築かれた強襲型魔空回廊だ。
　ミッション２１－４、富山県高岡市――。
　死神「夜の呼び聲」の魔手からこの地を解放するため、アクアらケルベロスは一路、回廊を目指して向かっている。
　降下ポイント到着が近づくなか、他の仲間たちも戦いの支度を着々と進めていた。
「キヒヒ、もうすぐだねぇ。死神たちに引導を渡してやるよぉ」
　葛之葉・咲耶（野に咲く藤の花のように・e32485）は愛用の御札を数えつつ、いつものように目の描かれた布で顔の上半分を隠し、作戦開始の時を待っている。
　いっぽう伏見・勇名（鯨鯢の滓・e00099）は、グラディウスを固定するベルトのチェックを済ませ、座席にちょこんと腰を下ろしていた。
「んぅ。はやくここも、どかーんできるといい」
「イエース、派手に行くのデス！　ロックは芸術で爆発なのデース！」
　勇名の言葉に頷き、シィカ・セィカ（デッドオアライブ・e00612）がギターをギュインとかき鳴らす。幾度となくミッション破壊作戦に参加してきた、自称ロックなミュージシャンの彼女は、死神のやり口に憤りを覚えているようだ。
「親子の絆を弄んで、子供を差し出せだなんて許せないのデス。必ず叩き潰すデスよ！」
　それは、参加した仲間たちの心境を代弁するものであったかもしれない。
　帰天・翔（地球人のワイルドブリンガー・e45004）は重々しい頷きをシィカに返しつつ、左目と四肢から溢れそうになる地獄炎を必死に抑えていた。
「死神め。罪のない親子を、家族を、これ以上食い物にさせてたまるか……！」
　デウスエクスへ向ける憎しみの炎。少しでも気を抜けば、それは今すぐにでも翔の全身を包んでしまいそうに見えた。
　そこへ鳴り響くのは、降下ポイント到着を告げるブザー。
　細咲・つらら（煌剣の氷柱・e24964）は仲間と肩を並べ、開放されるハッチへと向かいながら、仲間たちが教えてくれた情報を心の中で反芻する。
（「グラディウスは投げると危険っ。グラディウスは投げると危険っ」）
　魂の叫びによって生じる爆炎と雷光は、グラディウスを持たぬ者へ無差別に襲い掛かる。剣を投げ、諸手になったところへ爆炎など浴びては危険極まりない。
（「投擲は諦めるのですっ。つららちゃん危機一髪でしたっ！」）
　気を取り直して降下準備を終えたつららの横で、キソラ・ライゼ（空の破片・e02771）は連れ合いのシャドウエルフにちらと目を向けた。
「それじゃ、とっとと片付けるかね」
「ああ」
　サイガ・クロガネ（唯我裁断・e04394）は短く答え、地上の光景を睨む。
　鎮座する回廊。一帯を蠢くのは「夜の呼び聲」が率いる死神「ノウナシ」の群れ。
「――終わらせてやる。全て」
　そんなサイガの呟きを残して、ケルベロスたちは一斉に回廊へと降下していった。
　ミッション破壊作戦、開始である。

●二
　跳躍、浮遊、そして降下。
　グラディウスを手にしたケルベロスたちが、回廊のバリアめがけて次々と迫る。
「両親を虐待と言う凶行に追い込むとは、許せないですね」
　一番槍で到達したのはアクアだ。
　グラディウスをまっすぐに構え、バリアめがけ突き刺すと、ノウナシたちもアクアたちの襲撃を察知したようだった。頭のない体で空を仰ぐ死神たちをアクアは悠然と見下ろして、魂の叫びをグラディウスへと込める。
「多くの人々の笑顔を守る為に、此処は負ける訳には行きませんよ」
　言い終えるや、挨拶代わりの爆炎が迸った。
　断続的な轟音をまき散らしながら、赤く染まりゆく地上。アクアに続いて降下した咲耶は逃げ惑う死神たちを見下ろして、キヒヒと愉快そうに笑いを漏らす。
「許せないよぉ、夜の呼び聲……！　自分勝手な願いの為に、他人を犠牲にしてぇ……」
　咲耶たちの襲撃は、夜の呼び聲もすでに察知したことだろう。
　己が目的のため、親子の絆を断ち切り続ける――罪なき者への非道を躊躇しない死神へ、咲耶は叫びを込めた。
　あなたの聲はもう誰にも届かせない、と。
「このグラディウスで、全部全部かき消しちゃうんだからっ！」
　咲耶の剣がバリアを切り裂いた。
　直後、雪崩となって押し寄せる爆炎と雷光を浴び、回廊は悲鳴のような轟音を漏らす。
「兎に角やり方がずるいですっ、卑怯ですっ！」
　続くつららは、怒りも露わに叫ぶ。
　小さな子を狙うだけでも許せないのに――と。
「あなたみたいに他人を不幸にする人、つららちゃん大大大、大っっっ嫌いですーっ！！」
　親の心を乱し、精神を操り……小手先での悪事は、つららが嫌うもの。
　夜の呼び聲への怒りを叫びに込めて解き放った力は、そのまま怒涛の爆炎と化して、回廊もろとも地上の死神たちを飲み込んでいく。
　回廊を落とす。死神を討つ。
　その願いが今度こそ叶うようにと、勇名とシィカは次々にグラディウスをバリアめがけて叩きつけていく。
「しょんぼりや、カラコロになってって、おねがいするの、か……モヤモヤする」
　死神の望むものは何一つ渡せない――勇名が叫びに込めたのは、人々を守る決意。
　これ以上の悲しみを増やすまいと、死神の排除を誓う意思だ。
「キミにはノーロック……いえ、ロックという言葉すら使いたくないデスよ、死神！」
　なにひとつ美しくない――シィカが叫びに込めたのは、純然たる怒り。
　己が目的を遂げるため、弱き者たちを平然と踏みにじる死神への憤怒だった。
「キミに渡すモノは一つもないデス！　とっととお家に帰りやがれデスよ！」
「このモヤモヤ、あげるから、どかーんて、なるといい」
　シィカと勇名の叫びが、極限まで高められたグラビティと共に解き放たれた。
　降り注ぐ爆炎と雷光は、一切の慈悲なく回廊と死神を蹂躙していく。
「この歌は、あの子に勇気を与えるために！　レッツ、ロックンロール！！」
　ぎゅいんぎゅいんとかき鳴らされるギター。大空に響くシィカの歌声に包まれながら、次に翔が降下してきた。
「親を狂わせて子供を虐げさせ、その子供を食い物にする……ふざけんじゃねー！」
　仲間に負けじと、翔は荒々しく大声を轟かせながら叫びを込める。
　このミッション地域のどこかにいる、夜の呼び聲に届けと言わんばかりに。
「てめぇらにとって、家族は都合のいい玩具ってわけか？　弄ぶ道具ってわけか！？」
　翔の地獄炎が、一層激しく燃え盛った。
　かつて家族をデウスエクスに奪われた翔にとって、夜の呼び聲のような敵は明白な排除の対象だ。尽きることのない怒りと共に、翔は渾身の一撃でバリアに斬りかかる。
「ぜってー許さねー！　何度でも甦るってんなら、何度でも殺してやる！」
　そうして爆炎と雷が降り注いだ地上を、うっすらとスモークが覆い始めた。
　残るグラディウスは２本。魔空回廊はケルベロスの度重なる攻撃に悲鳴を上げながらも、なお稼働を止めようとしない。
　そうして次に降下してきたのは、キソラだ。
「絶望を与え命を差し出させる……ソレが本人の意思だなんて笑わせンな」
　常日頃は不真面目な笑顔を浮かべ、雲のように掴み所のない男。
　だが同時にキソラは、血の繋がらない弟妹を故郷に残してきた兄でもある。虐待を受けることの辛さを、身をもって知る男でもある。
「奪い脅して自分を癒そうなんざもっての他だが、意思を捻曲げンのが何より胸くそ悪ぃ」
　ゆえに彼は今、その飄々とした空気を一時だけしまい込み――。
　破壊すべき対象をまっすぐに睨み、魂の叫びを解き放つ。
「愛される筈だった子供の未来を、絆を、これ以上奪わせやしない。子供は幸せじゃなきゃならねぇんだから」
　静かで重い叫びと共に、巨大な爆炎が一帯を覆いつくした。
　真っ赤に燃える回廊。降下してきたサイガはその光景を見下ろして、最後の１本に叫びを込めていく。
「ハッ、ガキひとり釣るたび手間暇かけて、さぞ愉しかったろうな？」
　――てめえはな。
　そう呟いたサイガが帯びる獄炎は、傷ついた子供が体につくった青黒い痣の色にも似て、彼の地獄化した「記憶」を激しく燃やす。
「だから死ぬ、殺す。ちんたらしてるヒマがありゃもっと楽に死んどくべきだったと、後悔する日が来たらしいぜ」
　色濃い殺意を込め、サイガはグラディウスの柄を握りしめる。
　今。今この瞬間も生きている死神を、１秒でも早く滅ぼさんとするように。
「――グラディウス。とっとと開けて俺に殴らせろ。腐れ魚類が、一片まで燃やし尽くしてやっからよお！」
　サイガの込めた叫びは雷光と化して、野太い轟音と共に回廊を貫いた。
　全員の攻撃を完了し、次々に着地するケルベロスたち。
　煙幕に覆われた地上から、彼らが祈るような気持ちで仰いだ先には――。
　今なお蠢く魔空回廊の威容があった。
「仕方ねぇ。次の作戦に賭けるかね」
　キソラはそう言ってサイガの肩をぽんと叩くと、グラディウスをしまい込み、仲間と共に駆け出した。
「レッツ、ロックンロール！　脱出ライブ、スタートなのデス！」
「んぅ。次こそ、どかーん、する」
　立ち込める煙幕が晴れる前に、ノウナシの群れが態勢を整える前に。
　ミッション地域の外を目指し、ケルベロスたちは回廊を背に離脱していく。

●三
　乳色の霧が視界を覆うなかを、番犬の群れは一直線に走る。
　稀に遭遇するノウナシの群れが散発的な攻撃を仕掛けてくるが、全く支障にならない。
　そして程なく、先頭をいく咲耶やつららたちの前を、ノウナシの群れを引き連れた女の影が遮った。
『またお出でなさったのですね。地獄の番犬』
　夜の呼び聲――回廊の主たる死神は、含み笑いとも啜り泣きともつかぬ声で言う。
『生憎、私はこんな場所で死ねないのです。邪魔をなさるなら――』
「最後まで、」
「殺す！！」
　死神が言い終えるのを、ケルベロスたちは待たなかった。
　難なく蹴散らしたノウナシたちの屍を踏み台に、キソラが放つ『禍喰ノ雹雨』が凍れる牙となって、夜の呼び聲の体にアンチヒールの爪痕を刻みつける。続くサイガは簒奪者の鎌に降魔の力を伝播させ、跳んだ。
「もひとつ如何？」
　振り下ろす斬撃は死神の身と魂を食いちぎり、その傷跡に綻びを生じさせていく。
　更なる追撃でシィカとつららが投擲した殺神ウイルスは、寸分たがわず死神の傷口にねじ込まれ、その回復能力を完全に封じ込めた。
「グーッド！　ナイスヒーット、デース！」
「デウスエクスなんて地球の病気みたいなものですからねっ！　さっさと根絶ですっ！」
『調子に乗るな番犬どもがああぁぁァァァ！！』
　悠然たる口調を豹変させた死神が、怒りも露わに死出の呼び聲を放つ。
　前衛へと向けられた一撃から、仲間を庇って負傷するアクアと咲耶。トラウマをもたらす呼び聲の力は、しかし勇名がゾディアックソードで描く守護星座と、咲耶のエクトプラズムによる保護の力によって塞がっていった。
「キヒヒ！　妨害の力は大したことないねぇ」
「んぅ。いっきに、ずどーん、する」
　メディックの勇名から受けた支援効果でトラウマを振り払ったアクアは、前衛のメンバーがいる空間へ魔力を込めたシャボン玉を吐き出した。
「水よ、光よ、煌く万華鏡の様に皆に届け」
　シャボン玉万華鏡――乱反射する光によって超感覚を研ぎ澄ませる、アクアのオリジナルグラビティだ。
「許さねぇぞ死神！　跡形もなく吹き飛ばしてやる！」
『小癪な真似を、犬如きが！』
　翔の轟竜砲に脚を吹き飛ばされながらも、死神の攻撃はまるで衰えない。
　キソラめがけ撃ち出された邪尾を庇うシィカは、咲耶がもたらした疑似肉体の力で催眠を振り払うと、エアシューズの滑走で速度をつけた流星の蹴りを、負傷を増やした死神の脚部めがけて叩きこんだ。
「サビのタメは十分デスね？　それじゃ皆さん、レッツ、ロックンロール！」
「うごくなー、ずどーん」
　シィカの鼓舞に合わせ、勇名が射出した小型ミサイルの弾幕がカラフルに咲き乱れ、敵の周りを彩った。それを合図に牙を剥いたケルベロスが、死神の喉笛へ一斉に食らいつく。
『くっ……！　ノウナシ共はまだか！』
　煙幕に足並みを乱され、混乱に陥った配下への呪詛をまき散らす死神。そこへ迫るのは、咲耶が御札から解き放った呪がもたらす、彼岸花の如き斬撃だ。
「四つ裂き八つ裂き！　裂かれに裂かれて咲き誇れ！」
『がぁっ！！』
「奪わなきゃノウナシひとつ作れねぇくせ……消えろ」
　愛を望む事すら叶わない子もいるってぇのに――。
　体を切り刻まれ、不気味な色の体液をまき散らして悶絶する死神へ、キソラは張り付けた「見えない爆弾」を起爆。狙いを狂わせる重圧で死神を絡め取る。
　そこへ飛び掛かるのは、日本刀の鞘を手にしたつららだ。
「つららちゃんが消毒してあげるのですっ！！」
「死神よ、この一撃を受けなさい！」
　抜刀の構えで死神めがけ狙いを定めるつらら。息を合わたアクアが、ブラックスライムの体を槍状に変形させ、防御態勢を取った死神の肩口を突き刺した。
「好機です、とどめを！」
「終わりですっ！」
　言い終えた時には、つららの居合い斬りは死神の胴を袈裟に割いていた。
　呆然とした表情を張り付けたまま、ゆっくりと崩れ落ちる夜の呼び聲。そこへ最後に振り下ろされたのは、サイガの獄炎に包まれた黒一色に這う大鎌だった。
「ほらな。ノウナシはてめえだ、屍肉風情」
　嘲りの一閃。
　死神の首が、綺麗な放物線を描いて宙を舞う。

●四
　程なくして、ケルベロスはミッション地域の離脱に成功した。
「皆さん、無事ですね？」
「大丈夫ですっ、皆さん揃ってますっ」
　翔の確認に、頷きを返すつららと仲間たち。
　重傷者も暴走者もなく、グラディウスも全て揃っている。ミッション破壊作戦の目標は、これで無事に達成された。
　しかし――。
「……次こそは、破壊したいですね」
　アクアはそう言って、先程までいた戦場へと目を向ける。グラディウスのスモークが晴れ行くなか、ふたたび死神の歌声が聞こえ始めた魔空回廊の方角へと。
「んぅ。きっとこんどは、どかーん、できる」
「そうだねぇ。もうこれ以上、アイツの犠牲者は増やしたくないねぇ」
　あの回廊がある限り、夜の呼び聲は再生し続ける。もう少し経てば、あの死神は再び活動を始めることだろう。
「行くかね」
「ああ」
　キソラの言葉に短く頷くと、サイガはミッション地域を後に帰還していく。
　回廊の破壊は為せなかった。だがそれは、サイガにとっては過去のことだった。
　彼には今こそ全て。デウスエクスへの憎悪を獄炎で燃やす、この今だけが。
「皆さん、お疲れさまデース！　ボクたちも帰るのデスよ！」
　ミッション破壊作戦、完了。
　抜けるような青空の下、シィカがかき鳴らすギターの音色を背に、ケルベロスたちは帰還の途に就くのだった。

作者：坂本ピエロギ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2020年1月28日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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