思いをつないだ、古くて大きなミカンの樹

作者:ほむらもやし

●予知
 その古い家の庭にはミカンの大樹がある。
 穏やかな陽射しの降り注ぐ週末の午後、おばあさんが縁側で本を読んでいた。
「また来たのかい? ハサン君。今日はどうしたのかな?」
 砂利を踏む足音に気がついておばあさんは本から目を上げる。
 訪ねて来たのは、少し目の彫りが深い印象の少年だ。
 学校帰りなのか、黒いランドセルを背負っている。
「こんにちは。今日も日本のむかし話聞かせて欲しいんだけど……いいかな?」
「よかですよ——」
 ハサンと呼ばれた少年は縁側に腰を下ろし、おばあさんは家の奥に絵本を取りに行く。
 彼は近くの小学校に通うイラン出身の小学三年生。学校での友だちは少ない。
 そんなタイミングで光る粉を含んだ風が庭を吹きぬける。粉はミカンの木に降りかかった。
「——逃げて!」
 家の奥からお菓子とお茶を持って戻って来たおばあさんは悲鳴のような声を上げる。
 直後、ハサン少年は異形の怪物と化したミカンの攻性植物に飲み込まれる。

●ヘリポートにて
「和歌山県でミカンの攻性植物が発生する。急ぎ対応をお願いしたい」
 バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)さんの抱いていた懸念が現実のものとなってしまったと、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は告げる。
「これから向かうのは有田川町。和歌山市の南およそ10km、地図で言えばこの辺りだ」
 西に向かってのびる有田川近くの山間部の一点をケンジは指し示す。
 和歌山の有田川流域は昔からミカンの産地として知られる。
「到着時点で攻性植物となったミカンの樹は少年を飲み込んでいる。攻性植物の体長7メートル超で、根を蛸の足のように動かす恐るべき怪物だ。目標はこの攻性植物の撃破。味方する配下などは見られず、単独行動と思われる」
 現場は山の麓の一軒家で庭は広い。
 隣家までは数十〜百メートル程度離れているので、戦闘による被害拡大を心配しなくて良い。
 但し家の中には一連の出来事を見ていた、おばあさんがどうして良いか分からないまま立ちすくんでいる。
「急ぎ、この攻性植物を撃破するのが今回の依頼だ。可能ならば、おばあさんと攻性植物に取り込まれた少年も助けて欲しい。僕からは皆の作戦に口出しはしないけれど、攻性植物に取り込まれた人を助ける方法は伝えるから、どこまでの戦果を目指すかは自分たちで考えて、行動して欲しい」
 注意点として、通常通りの攻撃をして、普通に撃破すれば、攻性植物に取り込まれて一体化している、少年は一緒に死亡する。
 被害者の少年を助けるには、敵であるミカンの攻性植物にヒールグラビティを掛けながら戦う必要がある。
 ただし、それだけを機械的に繰り返しても、必ず助かる保証はない。
 精度の高い救助を目指すなら単にヒールを掛けるだけではなく、攻撃とヒールのバランスやタイミングの調整や、バッドステータスの性質を熟知した上で慎重に運用しなければいけないケースもある。
「偶然に頼らず、誰も死傷しない最高の結果を得ようとするほど、神経質な戦いになるはずだ。時間も掛かる。さらに言えば、本来有利である筈の戦いのなのに、敗北するリスクまで生じる」
 おばあさんの家は江戸時代から続いている農家で、庭のミカンの木も相当に古いものだった。
 簡単には終われない、戦いになるかも知れないけれど、出来れば頑張って欲しい。
 ケンジは願いを込めて、出発の時を告げた。


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)
フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)
エリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)
アルケイア・ナトラ(セントールのワイルドブリンガー・e85437)
シルフィア・フレイ(黒き閃光・e85488)

■リプレイ

●一刻を争う戦い
 上空から見たミカンの攻性植物は鮹が身体を伸ばして水中を移動する様子に似ていた。そして今、攻性植物は重そうな頭部を後方に傾け、長い足を家に向かって伸ばそうとしていた。
「そこまでです!」
 ほろびよ。のかけ声と共に、ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)は、黄色いひよこのファミリアを真上からぽいぽいと投げおとす。投げられたことに気がついて慌てて短い羽根をばたつかせたり、青くなったりもするピヨコたち。落下したひよこは次々と熱爆発を起こすと、ひっそりとピヨリの元に戻って行く。
 爆煙が広がる中、家屋に向かおうとしていた攻性植物は後ろを振り向いて、降下してくるケルベロスたちの方に注意をむける。
「はあっ!」
 フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)の意識集中によって生み出された輝きが眩い光ととなって広がり、大爆発を起こす。
 不意をつく連続攻撃に怯む攻性植物。
 息をつく間も与えずに、アルケイア・ナトラ(セントールのワイルドブリンガー・e85437)とシルフィア・フレイ(黒き閃光・e85488)が真っ直ぐに突っ込んでくる。
(「今だ――」)
 激突するかに見えた瞬間、攻撃は仕掛けずに、左右に間合いを広げた2人は攻性植物の脇をすり抜けた。
 そこに一瞬タイミングをずらして跳び上がった、エリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)が、ナイトブレイカーと名付けた、ルーンアックスを振り上げたまま迫ってくる。
 その刃は左右に意識を散らした攻性植物の巨大な頭頂部に振り下ろされた。
「ハサン君、助けに来たよ……、絶対に助けるから、がんばろう……」
 硬い物を打つ衝撃音が響いて、エリザベスの身体が弾き飛ばされる。
 それとほぼ同時、アルケイアとシルフィアは岩の間を流れる水の如きなめらかさで、縁側を踏み越えて、家の中に飛び込んだ。
「歩けますか? ここは危険です。すぐに避難を」
 おばあさんは膝をついて、少し咳き込んで苦しそうに見えた。
 爆風が吹きこんだ影響か、家の中は荒れていたが、家具が倒れたり、何かが壊れたりするような被害は見当たらない。
 何かを飲み込むようにしてから、おばあさんは頷く。
「あなたがたは――?」
「ハサン君は必ず我々が助けます」
「急ぐのよ。あなたは安全な所に」
 背中側の庭では戦いが始まっている。背中をさすり呼吸を落ち着かせつつ、おばあさんの体調を瞬時に判断して、家の奥、庭とは反対側の出口へ向かうアルケイア、その背中側を、シルフィアが守る。
 戦いは序盤からケルベロスが優勢だった。
「敵を治療するのは不本意ですが、これも少年を助ける為です!」
 バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)は、誤って敵を倒してしまわない様、積極的に癒術を繰り出す。魔術切開とショック打撃を伴う、ウィッチオペレーションは莫大な回復力以外に何も敵にメリットを与えないため、最良の選択であった。
「おばあさんの避難は大丈夫そうだね。こっちも早く片付けるんだよ」
 メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)は、Corneille noire――カラスの名を冠するナイフを突き出し横薙ぎに引く。突き刺さった刃は滑らかな軌跡を残して脚部――根のようにも蔦を束ねたようにも見える、それらを盛大に切り落とした。
 ギャアッ!!
 強烈なダメージを象徴するように、切断された傷口から溢れる体液を零しながら攻性植物はバランスを失う。
「かなり効いているかな?」
「そのようだな。しかし厄介な相手だな」
 奪い取った生命力の強さを感じながら、次の一手を思案するメリルディ。
「テラ、頼むぞ!」
 一方、フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)は、ウイングキャットのテラにメディックとしての指示を与えると、自分ではガネーシャパズルを操り、敵の注意を引かんと、女神カーリーの幻影を投射する。
「どうか、耐えてくれ!」
 大ダメージを与えた直後故の不安は杞憂に終わる。しかし注意を引きつけるには至らない。
「そんなに早く倒せるとは思いませんが、迅速かつ、丁寧に取り組みましょうか」
 フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)は手にした矢に、妖精の祝福と癒やしを宿すと、敵に向けて放つ。
 緩やかな放物線を描いて矢は飛翔して敵に突き刺さる。矢に込められた癒力がすぐに効果を発揮する。それに機を合わせたかのようにライドキャリバー『エルデラント』の内蔵されたガトリング砲が唸りを上げて大量の弾丸をばらまいた。
(「それでいいです。こちらの意図を読まれれば、やりにくいですから」)
 癒やされた次に直ぐに攻撃という奇妙な行動に攻性植物は戸惑っているが、目下の関心は自身を治療することと、8人のケルベロスの脅威度判断。
 攻性植物にとっては、最大の攻撃力を見せつけた、メリルディを危険視していた。手数の差を埋める為にもクラッシャーを狙いたいが、フィストとフェルディス、さらにはおばあさんの避難を終えて戻って来た、シルフィアが戻ってきたため、その目論見は実現が難しくなった。

「急ぎたいところですが、徐々に進める他にありませんね」
 おっとりとしていても、確りとしたピヨリの声。男の子とおばあさんの再会を心より願うメリルディ。そして一瞬の躊躇い。そこから何かを振り払う様に首を振り、踏み込んだ足先の力を緩め、ゆっくりと前へ目を向ける。
「……抱えてるもの、教えて?」
 想い起こすのは、ケルスに咲くアルメリア、金平糖の如き球状の花が海からの風に揺られている様。男の子の家族がイランを離れ日本に来たいきさつは何なのだろう?
 ふとした興味を抱きつつ、イメージの世界から摘み取ったアルメリアの花を金平糖として、禍々しい姿の攻性植物に分け与える。
 刹那、メリルディに伝わって来たのは、異国の風景。陽射しに照らされる大きなオレンジの樹だった。
 見た目はグロテクスな怪物だが、か弱い男の子が間違いなく取り込まれている。
「ハサン君、絶対に助けるから……あきらめないで、私の声に耳を傾けて……」
 そこに意識があるのか無いのか、それを示す証拠は無かったが、エリザベスも呼びかけ続ける。
 稲妻を帯びた槍を突き出す。束ねられたような蔦の塊がショートして爆ぜる電気回路の如くに火を噴いた。もしハサン君に意識があるのならば、早く戦いを終わらせて、苦痛を終わらせてあげたい。
 焼け焦げた臭いのする煙と体液を散らしながら、太く巨大な脚を鞭のように振り回し、溜め込んだ怒りを爆発させたように前列への報復に転じる攻性植物。
「必ず助けるから頑張って! おばあさんを悲しませちゃ駄目です!」
 嵐のように吹き荒れる打撃。それを阻もうとするように、アルケイアの描いた守護星座の青白い輝きが浮かびあがる。
 ダメージはさほどでも無かったが、不思議と痛みはひどいものに感じられた。苦痛に狙いを狂わせないように、シルフィアは意識を集中してガネーシャパズルを繰る。
「できた……竜の稲妻よ、敵を痺れさせなさい!」
 瞬間、形を成したパズルから解き放たれた竜の稲妻が飛び立ち、敵に襲いかかる。
 炎に曝されて燃え尽きようとする枝から焦げた果実が落ちるように傾く攻性植物の巨大な頭部。
 可能な限りの速力で前に出た、バジルが緊急の癒術を施す。
「勘違いしないで下さい。斃れるにはまだ、早いというだけです」
 強引な縫合だったが、倒れかかった攻性植物は息を吹き返したように再び蠢きはじめる。
「私は以前に君と同じくらいの少女が攻性植物に取り込まれた時も助けた! その時のように、君も、助ける!」
 決意を孕んだフィストの声が上がる。後続のウイングキャットが横に動いて攻撃の構えを見せる間に、フィストは前進し、樹根状の脚と胴体の境目のあたりに超硬化した爪を振り下ろす。
 鮮やかな黄緑の散らしながら、攻性植物は声にならない悲鳴のような音を上げながら、間合いを広げようと跳び上がろうとする。瞬間、メリメリと音を立てながら身体に大きな裂け目ができる。
「大丈夫だよ。絶対助けるって約束したよね」
 メリルディが小声だが幼子のような良く通る声で攻性植物へと囁き掛け、アルメリアの花の如き金平糖を差し伸べる。口の中に飛び込んできた桜色の甘味を噛みしめた異形の身体が修復されて行く。
「だいぶ削れたし、別に私が倒しても構わないですよね」
 青ざめたようなひよこを投げつけようとしていた、ピヨリが穏やかだが、確かめる口調で言った。
「大丈夫だよ。ボクの分をとっておいてくれても構わないけど――」
 言いかけて得体の知れない嫌な予感がした、フェルディスはライドキャリバーの方を見遣る。
「あなたもしっかり周りを守りなさい。……なんですか?いつもと態度が違うって感じの訴えですね」
 とりあえず慎重に手加減して投げつけたひよこが爆発するも、倒すには至らない。
「やっぱりだね」
 ではもう一回と、手先に紡ぎ出した祝福を込めた矢を放つフェルディス。祝福は癒しとなって攻性植物の身体に注ぎ込まれて、熱爆発に破壊された身体を元に戻す。
「あと少し頑張って! おばあさんを悲しませちゃ駄目です!」
 声と共にセントールランスを構え、アルケイアは傷が癒えたばかりの攻性植物を目掛けて突っ込んで行く。
 衝撃に貫かれる異形の巨体。今度こそは倒したかと思った瞬間、巨体はむくりと立ち上がり、大きく薙いだ樹根の脚が、庇おうとしたシルフィアの脇をすり抜けて、アルケイアを弾き飛ばす。
 そしてシルフィアの眼の前には無防備同然の攻性植物がいて、攻撃の好機だった。
 癒して誰かにとどめを委ねるか、それとも自分で行くか。
 もし自分がとどめをさして、ハサン少年が助からなければ、すっと後悔し続けることになるだろう。
 刹那の逡巡。
「考えるところじゃ無いよね――あなたに届け、金縛りの歌声よ」
 勝利を祈るのと、相手の敗北を願うのは表裏一体。呪われた歌声は、同時に誰かを救いたい祈りでもあった。
 シルフィアの歌声に包まれた異形の巨体は、数秒の後、身体中についていた傷痕から体液を噴き出し始め、穴の開いたゴム風船のように急速に縮んで行く。
 それが縮みきった後には、しわしわの黄土色の袋のようなものが残っていた。

●戦い終わって
 黄土色の袋を裂くと管状の触手が詰まっていて、その中心に裸の男の子が寝かされているように見えた。
 フィストが触手の中から抱え出し、まず脈を診て皆に無事を知らせる。
 それから身体に異常が無いことを確認すると、皆でおばあさんの家にあった布団を借りて寝かせた。
 頬を軽く叩いて刺激を与えながら、バジルは声を掛ける。
「大丈夫ですか、僕の声が聞こえますか?」
「あ、うん。あれ、どうして僕、裸なの? それに懐かしいような匂い……」
 匂いはフィストが焚いているお香のことだが、あっさり目を覚ました上に、状況をすぐに把握しているようで、その対応力に方にバジルは素直に驚く。
「誤解しないで下さい。何も変なことはしていません」
「まあまあ落ち着いて、よかったら金平糖でもいかがかな?」
 甘いものがあればきっと落ち着くと、メリルディが金平糖の入った小瓶を差し出す。
「これ、なんだか初めてじゃないような気がする」
「食べてると、何か思い出せるかもだよう」
 口のなかに広がる甘味、名前を呼ぶ声、しかし真っ暗で生温かくて生きているか死んでいるかも分からない。
「なんだか、遠い昔まで、長い旅をしていたような気がするんだよ」
 まだ太陽は西の空の上にあるが、夕方の気配が強まりつつある。
 ハサンの声を聞いて、おばあさんの紫の瞳が不意に揺らいで、涙の粒が次々と現れる。そして「ありがとう」「よかった」と何度も何度も感謝して、半身を起こしたハサンを抱きしめた。
 かくして、戦いで傷んだ部分にヒールを掛けたり、ハサン君に新しい服を着せたりして、落ち着いたところで、ピヨリがどや顔で解説を始める。
「まあ大雑把に言えば、今回の事件は庭のミカンの樹に不思議な粉がパラッと掛かって攻性植物になったというわけです。あちこちで起こっている事件ですから、気に病むことはありませんよ」
「不思議な粉なんだ。まるで花咲かじいさんの昔話みたいだね」
「なるほどです。そうかもしれませんね」
 花咲かじいさんの他にも、相当に沢山の話をおばあさんから聞かせて貰っているらしい。
(「もう、心配はないですね」)
 そんな愉快なやりとりに、バジルは抱いていた懸念が晴れたことを確信した。

「上手く行って、良かったのね」
 庭の柿の木に凭れて立つエリザベスは、南向きの縁側の大きな窓から出て来たフェルディスの姿に気がついて、俯いて微笑んだ。
 おばあさんの家は多分ひとり暮らしには広いが、大人数で歓談するには少し手狭だ。
「本当だね。攻性植物の事件は終わるまで分からないから、気が気じゃなかったよね」
 西の空に掛かった雲が夕日に染められて赤く輝いて見える。
 東の空は濃い青へと向かうグラデーションが出来ている。地上の風景は、陰影を濃くし始めている。
 難しい仕事を終えた、精神的な疲労を労うように、エリザベスとフェルディスは、あらためて「おつかれさま」と頭を下げ合って、そして微笑みあった。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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