元パティシエの鳥さんがビュッフェを!?

作者:星垣えん

●大掛かりがすぎる
 都心の一角。
 華やかな街の裏――奥まった路地に1軒の洋菓子屋があった。
 木目調の装飾が静かな時間を演出する、何の変哲もない洋菓子屋である。
 しかし『CLOSED』と立札が置かれた店の中では、由々しき事態が生じていた。
「ほーらスイーツで~~す」
「やったーチョコレートケーキだ~」
「マカロンもある~。パイも……あ、シュークリームも……」
 厨房から鳥さんがワゴンで菓子を運んでくるなり、万歳で出迎える信者たち。
 店内は、スイーツで溢れかえっていた。
 甘やかなチョコが香るホールケーキ、見るだけで楽しいパステルのマカロン、旬の苺がたっぷり乗っかったパイや山と積まれたシュークリーム……ほかにもティラミスやプリン、ババロアやバウムクーヘンと数えれば手足の指を総動員しても足りない。
 そんな夢の園で、真っ白いコックコートに身を包んだ鳥さんは笑った。
「どれも私が腕によりをかけて作ったスイーツだぞぉ~。さあ食べなさい。好きなだけ腹一杯に食べなさ~い」
「やったぁーー!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
 鳥さんのお許しに涙すら流し、スイーツに見とれていた信者たちががっつく。
 彼らがその顔をクリームで汚し、頬をパンパンに膨らませるのを眺めて、鳥さんは満足そうに頷いた。
 頷きながら、たい焼きを取り出した。
 ――いやよく見ればそれはたい焼きではない。
 ガワは紛うことなきたい焼きだが、口からクリームやバナナが飛び出しているそれは。
「思うまま食べなさい。そして最後にこのたい焼きパフェを食べるのだぁ~!!」
「たい焼きパフェ!?」
「見た目グロいと評判のあの!?」
「イエス! ウィーアー!」
 びしっ、と信者を指差す鳥パティシエ。答えがアレなのは愛嬌ってやつ。
「私は20年のパティシエ人生の末に気づいた……たい焼きパフェこそが至高にして唯一のスイーツであると。甘味に甘味をぶちこむ……そのパワープレーの極致ともいえる発想は全スイーツ民に夢と喜びを与えるものであると!」
「なるほど……」
「強者と強者が合わされば……最強!!」
 トリシエの演説に、魅入られたように首を縦に振る信者たち。
「私がこうしてスイーツビュッフェを催したのも、すべてはたい焼きパフェの優位性をきみたちに教えるためなんだよ……食べ比べれば一発でわかるからね!」
「す、すごいです隊長!」
「美味い……たい焼きパフェ美味い~!!」
 褒められていい気になったトリシエがHAHAHAと笑い、信者たちにたい焼きパフェを手渡ししてゆく。たい焼きパフェに齧りついた信者は恍惚の表情を浮かべた。
 たい焼きパフェに素晴らしさを証明するためのビュッフェ形式。
 いやあ、本当に由々しき事態ですよ。

●ケルベロス一行ご招待
「それでは王子さん、行きましょう」
「待て待て。まだ説明していない」
「――!!」
「夏雪。強引にヘリオンに乗るとするな」
 招集を受けた猟犬たちがヘリポートに上ると、朔望・月(桜月・e03199)とそのシャーマンズゴースト『夏雪』がザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)とヘリオンのそばで格闘を繰りひろげていた。
 勇んでヘリオンに乗りこもうとする月と夏雪。それをディフェンスする王子。
 いったい何が起こっているっていうんだ。
 猟犬たちがそう思いつつ眺めていると、気づいた王子が(タックルしてくる夏雪を制しながら)振り向いた。
「来てくれたか、実はな……」
 ちょっと息を切らしながら事情を説明する王子。
 パティシエだった男が、たい焼きパフェの可能性に気づいてビルシャナったこと。
 たい焼きパフェの良さを広めるため、なぜかスイーツビュッフェを開催していること。
 とりあえず殺ってきてほしいこと。
 すべてを知った猟犬たちは、悟った。
『スイーツ食べ放題だなコレ……』
 と。
「信者さんは10人ぐらいいますけど、それはどうとでもなりますよね」
「ただスイーツが食べたくてビルシャナの下にいる程度だからな。たい焼きとパフェを同時に食べればいいだろうとか言えばすぐ目を覚まして……やめろ月、まだ出発しないぞ」
 夏雪を抱え上げた王子の脇をすり抜けようとした月を、王子が脚を上げてストップ。
 なるほど信者はチョロいらしい。
 ではやっぱりスイーツを食べに行く仕事でいいんだな、と一同が目で訴えると、王子は月たちを防ぎ止めたままため息をついた。
「まあ……そうなるな」
 拳を突き上げて、猟犬たちは勝鬨を上げた。
 まだ何に勝ったわけでもないけど勝鬨を上げました。
「スイーツを好きなだけ食べるためには、パティシエである鳥さんには生きててもらう必要があると思います……だから今回はスイーツを食べたあとに鳥さんを倒しましょう!」
「――!!」
 王子に小脇に抱えられながら、ガッツポする月と夏雪。
 かくして、猟犬たちは鳥さん印のスイーツビュッフェを訪ねるのだった。


参加者
ティアン・バ(誰そ伽藍・e00040)
朔望・月(桜月・e03199)
小柳・玲央(剣扇・e26293)
オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)
エレコ・レムグランデ(小さな小さな子象・e34229)
朱桜院・梢子(葉桜・e56552)

■リプレイ

●DRAEM
「ふぅああぁぁ……!」
 店内に入るなり、甘い匂いに包まれた空間にアリャリァリャ・ロートクロム(悪食・e35846)が蕩けた声をあげる。
 右を見ても左を見ても、菓子、菓子、菓子。
「扉をくぐればそこは夢の国、ビルシャナすいーつランド……」
「わーい、スイーツ食べ放題なのです!」
 見るものすべてにふらふらと吸い寄せられるアリャリァリャ。朔望・月(桜月・e03199)は夏雪(シャーマンズゴースト)と一緒に「何を食べましょう」と物色を始めている。
「あ、ショートケーキです。こっちはオペラですね!」
「――!」
 そして秒で菓子を選び、手近な席に座って存分にその味を堪能していた。ふわふわスポンジにきめ細かくもったりしたクリームがあしらわれたケーキは説明するまでもなく美味であり、瞬時に顔が蕩けてしまう。
 その光景は、パティシエにとっては喜ばしいものだろう。
 しかし鳥パティシエは思った。
「……誰~??」
 ワゴンで菓子供給にやってきたトリシエが、おもっくそ首を傾げる。
 いきなり客が増えてるんだもん。そらしゃーない。
「へえ、このチョコレートケーキ……オレンジソースが良い味を出してるね。これを新しく作ってきてもらっていいかな?」
「いきなり図々しいなこの人……別にいいけどね!」
 目についた菓子を味見していた小柳・玲央(剣扇・e26293)が、小さなチョコケーキをトリシエに所望する。頼まれる断れない系のトリシエはグッと手羽を立てて奥へ引っ込んでいった。
 一方、店の真ん中では、少女が迷子のようにきょろきょろ。
「スイーツビュッフェ! ビュッフェなのパオ!」
 エレコ・レムグランデ(小さな小さな子象・e34229)は自身を包囲する菓子の山に昂揚していた。
「すごい! たっくさんあるのパオ……! あ! プリン・ア・ラ・モードもあるのパオ!」
 トピアリウス(テレビウム)を伴い、あれはこれはと覗きまくる。
 と、そのとき、聞きなれた声がエレコを呼んだ。
「エレコ、ほらこっち来なさい! タルトタタンがあるわよ!」
「エディちゃん?」
 ちょいちょいと手招きするエディス・ポランスキー(銀鎖・e19178)へと、てってけ駆けてゆくエレコ。遠き故郷の菓子を切り分けたエディスは、それをエレコにあーんしてあげた。
「美味しいパオ!」
「そうでしょ。タルトタタンまで用意してるなんて……今回のトリシエはなかなかのやり手だわ」
 緊迫した口調と裏腹に、ぱくっとタルトタタンを食べるエディス。
 突然にやってきた猟犬たちのはしゃぎようを見ていた信者たちは、くわえたフォークをぷらぷらと振った。
「浮かれてやがるぜ……」
「まあ仕方ないか。どれも美味いもんな」
「うん、どれも素敵だから……仕方ない、よね」
「ああ。でもおまえもすごい浮かれっぷりだからな!」
 信者たちがビシッと指を向けたのは、普通に紛れ込んでチーズケーキ食ってるオリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)である。
「まったく少しは節度を保って……」
「あ、あっちのプリンアラモードもフルーツいっぱい……地デジ、あっちも見てこよう」
「聞けぇぇーーー!!」
 地デジ(テレビウム)を連れて颯爽とテーブルを離れるオリヴン。
 彼がささーっと足元を過ぎてゆくのを朱桜院・梢子(葉桜・e56552)はひらりとかわした。
 両手に菓子の皿を抱え、夢見心地で天井を見上げながら。
「天国って此処にあったのね……!」
 今日は食べるわ、とか固い決意の言葉を発する梢子。
 そんな妻を、葉介(ビハインド)はなんかもう諦めた顔で見つめながら、ひとり隅っこで紅茶を啜るのだった。

●スイーツパーリナイ(昼)
 死んだ鯛が泡を吹いている。
 口にクリームをぶちこまれたたい焼きを、ティアン・バ(誰そ伽藍・e00040)は30秒ぐらい見つめていた。
「……ティアン、『たいやき』というのはザルバルク(魚型死神)のこどもだとひとから聞いていたんだが、これはちがうのか?」
 つんつん、とスプーンでたい焼きパフェをつつくティアン。その隣でトピアリウスは首を傾げた。
 梢子もまた、むむっとたい焼きパフェを凝視する。
「これがたいやきパフェーなのね。生くりぃむが口から溢れそう……こんなにすいーつを詰め込まれて……ああ、私はこの鯛になりたい!」
「梢子。何を言っている」
「ハッ! ……鯛になり鯛! 駄洒落ができてしまったわ! あははは!!」
「梢子。帰ってこい」
 テーブルをバンバン叩いて大笑いする梢子さんを、ティアンはただただ見つめた。しかし一向に梢子さんのバカウケが止まらないので、もう諦めてたい焼きパフェを口にしようとする。
 そのとき。
「あれ、みんな何食べてるのパオ?」
 ふらりやってきたエレコが、ティアンたちの手元を覗きこんだ。
「あ、それがたい焼きパフェ?」
「そうだ。エレコも食べるか」
「うん! 食べてみるのパオ!」
「はいこれ~」
「ありがとうパオ! 鳥さん!」
 ティアンに頷いたエレコの手元に、一瞬でやってくるたい焼きパフェ。
「これは!! 美味しいのパオ!! 生クリームとあんこがすっごい合うし、生地がもっちもちで美味しいのパオ!」
「確かに、味は美味しい」
 むぐむぐと食べていたティアンも、飲み下すなり首を沈める。トピアリウスもなんかたい焼きパフェを上げ下げしてるからたぶん気に入ってる。
 けれど、横で見ていたアリャリァリャは懐疑的だった。
「確かに見た目おいしそうダケド、たい焼きの口からパフェが生えタくらいでそんナ……」
 まぐっ、と一口齧るアリャリァリャ。
 数秒の咀嚼ののち、その身に電撃が奔った。
「!! コ、コレはァ!? クリームと餡子のマッチは予想の範囲、ケドほろ苦いチョコソースがおいしさを何倍にも引き上げて……クレープ的な要素やワッフルぽい食感も搭載……デモ食べタ満足感はパフェ! それでいてたい焼きの軽さで何個でも食べラれるゥ!」
「ふふっ、そうでしょ~う」
「あ、コッチの苺ソースとバニラのヤツもウマッ」
 べた褒めしながら怒涛の勢いで食いまくるアリャリァリャに、トリシエは誇らしげに言った。言いながらわんこそばみてーにたい焼きパフェを渡しまくった。
「さすがねトリシエ……一番に勧めてくるだけはあるわ」
「たいやきって割と何にでも合うものね!」
 エディスも口周りにクリームつけながら格好良さげに頷き、笑いが収まった梢子さんもぺろりと完食していた。
 ……しかし、である。
 エディスは口元を拭うと、トリシエの胸倉を掴み上げた。
「色々なお菓子があると甲乙つけがたいわ。たい焼きパフェ以外でおすすめは何かしら? 他の品だって自信はあるんでしょ。トリシエの中で二番手はどれ」
「ダイナミック恫喝!!」
 眼光鋭く迫るエディス。浮いた足をばたつかせるトリシエ。
 クリームパイを献上して何とかエディスから解放されたトリシエは、ぜぇぜぇと荒い息をついてその場に崩れた。
「なんてモンスター客や……」
「ねぇビルシャナさん、ちょっといいかしら?」
 現代社会の脅威にさらされたトリシエが顔を上げると、そこには梢子が。
「私あれが食べたいの、あの……中にちょこれいとが入ってて、切るととろ~って溢れ出てくるちょこれいとけぇき……」
「フォンダンショコラ?」
「そう、それよ!」
「仕方ない……ちょっと待ってて」
 体を起こし、厨房へ戻ってゆくトリシエ。優しみ。
 一方、月は夏雪と一緒にほくほくしていた。
「抹茶ケーキも美味しいのです……夏雪もチョコミントパフェ三昧で満足ですよねっ」
「――!」
 にこにこと笑う月に、サムズアップする夏雪。
「次はどうしましょう……モンブランもいいですね。でもミルフィーユも捨てがたいです……」
「迷いどころだな」
 静かな瞳で、月を見るティアン。
 彼女の前では、フルーツたっぷりのホールケーキが半円状になっている。その横には木苺のムースケーキがあり、紅茶が湯気を立てるティーカップも置かれている。
 これ全然迷ってないよね。
 潔く堪能しちゃってる絵面だよね。
「木苺のケーキ……美味しそうですね」
「ココナッツのプリンもやってくる予定だ」
「あの、よろしければ少し交換……」
「いいだろう。ティアンもミルフィーユとか食べたい」
「シェア……いいですね!」
 交渉成立させた月とティアンの間に、にゅっと顔を出すオリヴン。
 彼の手元には、メープルシロップと蜂蜜がしみしみになったパンケーキ。チョコソースがたっぷりと盛られたそれは見ているだけで舌が疼くインパクトである。
「ぼくも、いろいろ食べたいので、ぜひシェアを……抹茶ソフトと栗の甘露煮がいっぱいのたい焼きパフェもあります!」
「いいですね! シェアしましょう、シェア!」
「今日は宴、だな」
 わぁわぁ、と静かに盛り上がる3人。やがて他の仲間たちも耳ざとく駆けつけて参戦したことで、シェアパーティーの勢いは留まるところを知らなかった。
 ――ところで、である。
 そこに玲央の姿はなかった。
 トリシエの厨房にまで押し入っていたからである。
「あ、あのう、ここで何を……」
「これはキャラメルのタルトかな? うん、美味しいね」
 生クリームを泡立てていた手を止めて尋ねてきたトリシエの周囲を回り、調理台に置かれていたタルトを味見する玲央。蕩ける甘味とほんのりした苦味が口の中を満たし、思わず表情も緩んでしまう。
 しかし、玲央はかぶりを振った。
「君の作るたい焼きパフェも素晴らしい。けれど、たい焼きは緑茶だしパフェは紅茶だろ? 私の淹れる珈琲にあうスイーツとは言える気がしない……だからね?」
「だから……?」
 ぐっ、とトリシエの懐まで迫る玲央。
「私の珈琲にあうたい焼きパフェを作ってもらおうか♪ たい焼きパフェを信じる君ならできるんだろ?」
「……ふっ、いいとも。珈琲とベストマッチなたい焼きパフェを作ってあげよう~」
「よかった♪ それじゃ私が淹れた珈琲の味をしっかり覚えてもらうからね?」
「えっ」
 何かウキウキした空気を発しながら、てきぱきとドリッパーやら準備する玲央。
「いや別に飲む必要は……」
「日々精進しているつもりだけど、今の一番はこれかな♪ キリマンジャロとコロンビアブレンド♪」
「もう話を聞いてない!」
 玲央にたらふく珈琲を飲まされたトリシエは、しばらく動けなくなったとか。

●遺品
「美味しかったわね」
「美味しかったパオ」
 かちゃり、と紅茶を置くエディスとエレコ。
 あれこれ食べた2人は、呼びつけた鳥さんの前で優雅なティータイムを展開していた。
「あのぉ、何の用でしょう……」
 珈琲の飲みすぎで少し黒くなったトリシエが問うと、2人は立ち上がった。
「お菓子に順位をつける事がそもそも愚行! 今日の気分的なもので食べたいものだってかわるのよ!」
「そうパオ! スイーツはどれもおいしいのパオ!! いちばんなんて決められないのパオ!!」
『えええええっ!!?』
 エディスとエレコのスーパー掌返しに、トリシエと信者たちがビビり散らす。
「どうしてだ! たい焼きパフェが一番だろう!」
「そうだ! たい焼きパフェさえあれば他のスイーツなど……」
「エ? イラネーノカ? じゃあウチがもらウー!」
「あーーっ!」
 風のように現れ、嵐のように菓子をばくばくと食い散らすアリャリァリャ。
 人間掃除機と言っても差し支えないレプリカント少女は、ズゴゴゴとか効果音が似合いそうな食いっぷりで洋菓子を腹に収めてゆく。
「フルーツもりもりサクサクタルトもとろけるババロアも絶品! カスタードプリンはシンプルダケド……愛を感じルナ。流石の腕ダ。レシピ教えて欲しイナ」
「いや図々しいな!」
「店の味を盗もうとか、犯行が大胆すぎるよ!」
「まあまあ皆さん、落ち着いて下さい」
 アリャリァリャに声を荒らげたトリシエと信者を、どうどうと静める月。
 彼女の手元には、たい焼きパフェがあった。それを見て気をよくした鳥は一転してニッコニコになり「しょうがないなぁ」とレシピを書きはじめる。
 そのおかげで、彼は月が信者たちにひそひそ話しかけたのに気づかなかった。
「ところでこれ、頭から食べるんです?」
「えっ、さあどうなんだろ……」
「まあ頭からじゃね?」
「僕、頭派なので問題ないですけど、ぱくっと一気に食べたい派でもあるんです。でも口がこんなに開いてたらちょっと食べ辛いのです……口からスプーンつっこんでお腹ぐりぐりしなきゃだめなのです?」
「あー……」
 月の指摘に一定の理解を示す信者たち。
 するとそこに、すすすっとティアンも近づいてきた。
「問題はそれだけじゃないぞ。ティアンは甘味を堪能するうちに気付いてしまった」
「気づいた……?」
「何に?」
「これだ」
 両手を見せるティアン。
 右手にはスプーン、左手にはたい焼きパフェ。
「小さなケーキやパイなら、両手に一つずつ確保して食べられるが、たいやきパフェはスプーンで片手が塞がるからそうもいかない。これはゆゆしき問題ではなかろうか」
「確かに手が塞がるのは面倒だな……」
「でもスイーツ両手持ちって行儀悪くない?」
「行儀が悪い? おいしい物は時に奪い合いになるから急がないといけないんだぞ。ティアンはおいしい物はひとと分け合って食べたい派だが、実際にそういう場面に出くわした事も無い訳じゃない」
 ティアンの話を聞いた信者たちが、唸った。
 いつのまにか話の輪に加わっていたオリヴンも、こくこくと首を振る。
「あと、これ、たい焼きなんですけど……」
 さくっと、たい焼きを頬張るオリヴン。
「たい焼きパフェもおいしいけど、普通のたいやきって何だかほっとします、ね……?」
「あーまあ、わかるかな」
「素朴で、しかも、アツアツなの。やっぱりこれが食べたくなっちゃう時って、あるよねー?」
「あるある」
 口をそろえて、信者たちがオリヴンに賛同した。
 さらにそこへ、むぐむぐとフォンダンショコラを食べながら梢子も入ってくる。
「私、パフェーも単品で食べたほうがいい気がするのよね。見た目の美しさが違うもの……生くりぃむやら果物やらの美しい層が見られるのは器に入ったパフェーの特権よ」
「確かにビジュアルはなー……」
 どんどん、今度は信者たちが掌を返しだした。
 そこへ、熱い珈琲の香りが漂う。
 顔を上げると、珈琲といくつかの菓子を携えた玲央が、微笑んでいた。
「スイーツはたい焼きパフェだけじゃない。君たちの本当の好みの味がきっと他に見つかると思うんだよね。ほらこれとか美味しかったんだけど君はどう思う?」
「どれどれ……あ、美味え!」
「たい焼きパフェよりずっといいな!」
「お気に召したようで何よりだよ♪」
 玲央の勧めたスイーツセットで、信者たちは一人残らず目を覚ますのだった。

 それから、猟犬たちはトリシエがレシピを書き終わるのを見届けるや、さくっと葬ってあげたそうです。

作者:星垣えん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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