梅花の城下町

作者:坂本ピエロギ

 とある御城のお膝元に、梅の並木が彩る明媚な城下町がある。
 一月も上旬を過ぎたこの日、梅の蕾は例年よりも一足早く開き始めていた。
 白と紅の花々に挟まれた道を散策すれば、和菓子屋の軒先で梅味の餡を用いた大福に舌鼓を打つ者、梅をあしらった麩を浮かべた梅茶をカフェで楽しむ者、そして往来の梅花をのんびり眺める者達の賑わいが途切れることなく続く。
 温かい日差しを浴びる梅花の眺めに、道行く人々の笑顔も綻んだ。今年もきっとよい一年になることだろうと。
 しかし――。
「お、おい! なんだあれは!?」
『ヴヴヴ……殺……す……』
 梅の並木道を吹き抜ける冷たい風と共に現れたのは、エインヘリアルの大男。
 彼は手にした血塗れのルーンアックスで、傍にいた男女を叩き斬るや、
『地球人! グラビティ・チェイン、よこせえぇぇ!!』
 獣のごとき咆哮をあげ、逃げ惑う人々を次々に殺戮していくのだった。

「和の景観を保つ城下町が、デウスエクスに襲われる未来が予知された」
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)はヘリポートに集ったケルベロスを見回して、依頼の説明を開始した。
 それを聞いた翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)は、憂いを帯びた顔で俯く。
「そうですか……私の調査依頼が的中したという事ですね」
「うむ。だが今から向かえば、悲劇は防げよう」
 事件を起こすのは、アスガルドから放逐された罪人エインヘリアルの男だ。虐殺を許せば人々のグラビティ・チェインは奪われ、恐怖と憎悪によってデウスエクスの定命化も遅らせてしまうことも考えられる。
 そのような事態を防ぐためにも、確実な撃破が必要だと王子は言った。
「敵は城下町の十字路に出現する。道には十分な幅があるゆえ、周囲の建物が被害を受ける心配はあるまい。市民の避難誘導は警察に任せ、戦闘に専念して貰いたい」
 エインヘリアルはルーンアックスを装備した1体のみ。捨て駒で送り込まれた敵のため、不利になっても撤退することはない。油断せず臨めば撃破は難しくないだろう。
 そうして説明を終えた王子の話は、戦いを終えた後のことに及んだ。
「平和が戻れば、町もすぐに賑わいを取り戻すはずだ。折角の機会ゆえ、城下を巡ってみるのも良いかもしれぬな」
 城下町には古民家を改装したカフェや甘味処などが軒を連ね、梅を扱った品々が人気だという。お茶をお供にのんびりと過ごすも良し、大福や団子などの甘味に舌鼓を打つも良し。青空の下で咲く紅白の梅を眺めて散策するも良いだろう。
 現場は春を感じる陽気らしい。きっと素敵な時間が過ごせるはずだ。
 それを聞いたフリージア・フィンブルヴェトル(アイスエルフの巫術士・en0306)は、期待に胸を躍らせるように微笑んだ。
「梅の花々が咲く並木道……明媚な景色なのでしょうね」
「ええ、とても楽しみです。――頑張ろうね、シャティレ」
 フリージアに頷く風音の傍で、彼女の箱竜が同意するように「ぴゃう」と元気に吠える。
 そうして王子はヘリオンの発進準備を整えると、話の最後を締めくくった。
「では出発しようか。憩いの一時のためにも、確実な撃破を頼むぞ!」


参加者
ヴィ・セルリアンブルー(青嵐の甲冑騎士・e02187)
ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
愛澤・心恋(夢幻の煌き・e34053)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
灰山・恭介(地球人のブレイズキャリバー・e40079)
煉獄寺・カナ(地球人の巫術士・e40151)

■リプレイ

●一
 ヘリオンを降下したケルベロスたちは、城下町の一角へと到着した。
 十字路を為す並木道に花開くのは、鮮やかな紅白の梅。
 これから戦いが始まるとは思えない、空気の澄んだ爽やかな気配にクラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)は思わず感嘆の吐息を漏らす。
「やっぱり、日本の四季って綺麗だなぁ」
 景色を彩る梅の花々にクラリスが感じるのは、新たな季節の息吹。
 自分が生まれる遥か昔から、町の人々はこの営みと共に生きてきたのだ――そう思うと、静かな感動を覚えずにはいられない。
「梅の花に、それを愛でる人々……穏やかな時間が流れているのを感じますね」
 陽気を感じる風に微笑むのは、翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)。
 ほんのり日なたの匂いが漂う通りへと目を向ければ、梅見や軒先でのんびり過ごす人々の姿が、まざまざと浮かんでくるようだ。
「この地の営みがこれからも続くように。……頑張りましょう、皆さん」
 風音の横で、ボクスドラゴン『シャティレ』が頷くように吠える。
 予知の時刻は間もなくだ。ヴィ・セルリアンブルー(青嵐の甲冑騎士・e02187)は周囲をざっと巡回し、逃げ遅れた人がいないことを確かめると、迎撃の準備を粛々と進めていく。
「もう梅の花の季節か。昔ながらの城下町なんて素敵だよね」
 緊張感を保ちながら辺りを伺いつつ、ヴィはそれとなく「戦いの後」にも心を向ける。
 巡回の際にちらと見た感じでは、どの店も良い甘味が揃っていると見えた。まんじゅうに和菓子、そして団子。どれも外れがなさそうだ。
「けど、まずは戦いに集中だ。邪魔者にはちゃっちゃと御退場願おう」
 気持ちを引き締めるヴィの後ろで、煉獄寺・カナ(地球人の巫術士・e40151)が注意を促したのはその時だった。
「皆さん、注意を。……来たようです」
 カナが指さす先、空の彼方から『人の形をした何か』が十字路の中央に降り立った。
 並外れた巨躯の大男。担ぐは血塗れの大斧。エインヘリアルに間違いない。
『ヴヴ……殺す……』
「待てケダモノ! 俺たちが相手だ!」
 灰山・恭介(地球人のブレイズキャリバー・e40079)が飛ばす制止の声に、大男の血走る目がぎょろりと視線を返した。負けじと恭介も真正面から睨み返し、不敵に笑う。
「どうした? ケルベロスを相手にするのは怖いか?」
 野獣の如き唸り声をあげ、大斧を構えるエインヘリアル。対するケルベロスも次々に武器を構え、戦闘準備を完了する。
 舞台演出用の爆破スイッチを手に取るのは愛澤・心恋(夢幻の煌き・e34053)。そんな彼女の肩を、ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)がぽんと叩く。
「背中は任せた」
「はい、承りました。お守りします、ゼノアさん」
 恭介の横、最前列のクラッシャーに立つゼノア。心恋はその隣にテレビウムのメロディを送る。仲間を、そしてゼノアを守れるように。
 そうして大男を取り囲んだケルベロスたちは、じりじりと彼我の間合いを詰め始めた。
「悪いね。生憎だけど、お前の分の花は一輪も無いんだ」
 装着したケルベロスチェインを地面に展開しながら、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)は言った。
 ケチだなどとは言わせない。他者の命を食い散らすエインヘリアルに差し出すものなど、この地にはひとつだって存在しないのだから。
「さあ、罪人。ケルベロスに葬られて逝くといい」
 静かに、そして冷徹に。
 カロンの描く魔法陣が、戦いの火蓋を切る。

●二
 エインヘリアルの咆哮が轟く。血濡れの斧がルーンの光を宿し、ケルベロスに迫る。
『オオオオォォッ!!』
「フォーマルハウト、ガブリングだ!」
 カロンは魔法陣の守護で前衛を包むと、同時に大男へ妨害を仕掛けた。
 大口を開けて大男の足に食らいつくのは、カロンのミミック。しかし大男は捕縛で動きが鈍るのも構わず、ゼノアめがけ突進してきた。
「させるか!」
 そこへ割り込んだヴィが片手半剣で斧を受け止め、返す刃で大男と切り結び始める。
 大斧の一撃は確かに重い。だが一度火力を奪えば、それを戻す術を敵は持たない。
「だったら、これでどうだ!」
 ヴィは渾身の力で得物砕きを叩きつけ、斧の刃を砕く。
 火力を損じ、たたらを踏む大男。そこを狙い定め、袖口をゆらりと翻すのはゼノアだ。
「縛り、逃さず、絡みつけ」
 袖口の死角から飛び出した鎖状のエネルギーが標的を捉え、大木の如き足首を拘束。傷口から麻痺の毒を送り込む。
 対する大男は負けじと歯を食いしばり、破壊のルーンで傷を癒しにかかった。斧に宿すは破剣のルーン。それを察知したクラリスは、風音と視線を交わして即座に動く。
「……ほら、お月さんが見ているよ」
「風精よ、彼の者の元に集え。奏でる旋律の元で舞い躍り、夢幻の舞台へ彼の者を誘え」
 そうして戦場を包むのは、クラリスと風音が奏でる二つの旋律だ。
 クラリスが歌う『まんまるまんげつ』の童歌は後衛の仲間を癒し、敵の加護を砕く力を。
 風音が歌う『風精の幻想曲』は聞く者の足を留める風を。伴奏を務めるシャティレの属性ブレスが、敵の足を更なる泥濘へと誘う。
「この場所に殺戮は似合いません。貴方にはここでご退場願いましょう」
 風音の歌声に悶える大男。それと同時、心恋とフリージアが仲間の支援を開始する。
「フリージアさん、回復を急ぎましょう」
「承知しました。雪の精よ、癒しと妨害の力を!」
 心恋の手で爆破スイッチが起爆され、ブレイブマインが前衛を包む。カラフル煙幕は味方の勇気を鼓舞し、斧に破られたヴィの服も修復していった。
 続くメロディの応援動画、そしてフリージアの雪精による力で、ヴィの傷は十分なレベルにまで癒える。
 今こそ好機。恭介は敵の間合いへ飛び込むと、昂る心のままに音速の拳を振るった。
「その力を吹き飛ばす!」
 最前列から繰り出される一撃を大男は捌ききれず、正拳突きを叩きこまれ悶絶。ブレイク効果によって、その身に宿した破壊のルーンも砕かれた。
『グオオオオ! ケルベロス、殺す……!』
「隙ありだぜ、エインヘリアル!」
 そこへ相馬・泰地が旋風斬鉄脚を放ち、更なる追撃を浴びせる。
 鋭い回し蹴りを浴びた大男が体勢を崩すのを見逃さず、カナはカラフルな煙幕で後衛の背を彩り、その士気を高めていくのだった。

●三
 番犬と罪人。ぶつかり合う剣戟の音が、城下町に響く。
 戦闘開始から数分、荒れ狂うエインヘリアルは、次第に動きに精彩を欠きはじめた。
 捕縛に足止めに武器封じ。そしてパラライズによる行動阻害。破壊のルーンで得た力は、破剣とブレイクの攻撃で瞬く間に打ち壊される。
「もう少しです。頑張りましょう」
「任せて。さっさとやっつけちゃおう!」
 カロンの魔法陣に守られたクラリスが、万華鏡を模した光線銃を構える。大男は狙いを逃れようと抵抗するが、足止めと捕縛を受け続けた今、もはや悪あがきに過ぎない。
 ヴィめがけて振り下ろされた斧は空を切り、撃ち返された地獄炎弾が大男に命中する。
「その生命力、貰った!」
 ヴィはフレイムグリードの力で傷を癒しながら、中衛のクラリスを振り返った。
 今こそ好機、攻める時だと。
「絶対当ててみせる!」
 機敏さを減じられた敵。支援を受けたクラリス。両者の効果が相まって、クラリスの命中はいまや必中を確保して余りある数値を叩き出している。
 これならば外さない、そう確信できた。
「行けっ、ゼログラビトン!」
 仲間たちの支援に感謝を捧げ、発射。エネルギーの光弾が鮮やかな螺旋を描いて命中し、グラビティ中和効果で大男の怪力を瞬く間に奪い去っていく。
「城下町も梅の花も人々も、どれも護るべきもの。壊させるわけには参りません」
 決然と告げる排除の言葉と共に、風音のフェアリーレイピアから放たれた花の嵐は、残る戦闘意欲を完膚なきまでに挫いた。
 大男はなおも斧を振るうが、心恋が歌うラブソング『貴方の為に奏でる愛情歌』と、カナがケルベロスチェインで描いた魔法陣は、男が与えた傷をすぐに塞いでしまう。
 決着の時が近づいていた。恭介は日本刀を構えると、全身を血に濡らし、息も絶え絶えとなったエインヘリアルを睨み据える。
「貴様の骨一つ……いや、肉片一片たりとも残さん!」
 左目から迸る紅蓮の地獄炎。それは瞬く間に獰猛な竜へと姿を変えていく。
 狙うは心臓。恭介が残像剣でつけた傷跡だ。
「全て焼き尽くしてやる!!」
 巨大な体躯を包み込むのは『地獄炎竜・煉獄追炎葬』の炎。しかしエインヘリアルは最後の力を振り絞り、斧を手に突っ込んできた。
『オオオォッ!!』
「捨て駒にされた哀れな罪人。終わりを教えるこの爪がせめてもの慈悲になろう」
 そこに迫るのは日本刀『glacer』を抜き放つゼノアだ。
「此処にはお前に与える餌など何もない……諦めて逝け」
 音もなく放たれる月光斬。その一撃が、とどめとなった。
 心臓にグラビティを撃ち込まれたエインヘリアルは地響きを立てて斃れ、そのまま溶けるように消滅していった。

●四
 現場のヒールが完了して程なく、町には再び日常が戻った。
 笑いながら元気に駆ける子供たち。甘味処から漂う和菓子の香り。そして、暖かな風に揺れる梅の花。和の景観が残る城下町を、ケルベロスたちはぶらりと散策する。
「暖かくて、気持ちの良い天気ですね」
 紅梅の眺めを楽しみながら、風音は頬を綻ばせた。
 すうっと深呼吸をすれば、梅の清々しい匂いが体を満たす。上品、高潔、忍耐……まさに梅の花言葉を感じさせる香りだと思った。
(「きっと、寒さを耐え忍ぶ努力があっての事なのでしょうね」)
 この木も厳しい冬の寒さに耐えて、梅の花々を咲かせたのだろう。美しくも逞しい自然の息吹に、胸が満たされる思いがする。
(「どうか貴方が、良い春を迎えられるように」)
 梅の木に静かな祈りを捧げ、風音は微笑んだ。
 一方ヴィは、香坂・雪斗と「お疲れ様」のハイタッチを交わす。戦いを終えた後、無事を祝う恒例の挨拶である。
「流石だね、ヴィく~ん!」
「ありがとう、雪斗ー!」
 皆と揃って城下町を巡りつつ、梅の花を眺め、古民家を巡り、憩いの時を過ごす二人。
 歴史を感じる風景にどこか懐かしい感じを覚えながら、町のあちこちをそぞろ歩くうち、ふいに雪斗が耳打ちした。
「ヴィくん。お花を堪能したら、お団子も欲しいと思わへん?」
「花より団子かなー? 実はねー、俺もそう思ってた」
 頷くヴィに、雪斗は「やっぱりー」と破顔する。
「甘いもの好きやもんね、ヴィくん」
「まあね。せっかくのいい天気の一日、思う存分楽しまなくっちゃ」
 そんな二人の先では、ちょうどカロンが甘味処を探している最中だった。
 目に入るあちこちの店を伺うカロン。それに合わせフォーマルハウトも、きょろきょろと左右を眺めるのに忙しい。
(「皆さん甘味処をご所望のようですし、そこまで深い拘りもないですからね」)
 とはいえ、せっかくの時間を過ごすならば妥協はしたくない。
 景色が綺麗で、梅の花がよく見えて、フォーマルハウトと同伴できて……。きっと素敵なひと時になるだろう。
(「正直、ちょっと楽しみですね。……ちょっと、ですからね?」)
 丁度良い甘味処をカロンが見つけたのは、それから程なくの事だった。

 小路でひとり梅を眺めていると、聞きなれた声に名を呼ばれた。
「ヨ・ハ・ン~♪」
「わっ!? ……ク、クラリスさん」
 大切な人にそっと背中をつつかれ、驚いて飛び上がったのはヨハン・バルトルト。彼は寂れた小路に咲いた梅を、ひとり静かに愛でていたのだ。
「奇遇だね、びっくり。ヨハンも梅を見に来たの?」
「バレてしまいましたか。ええ、実は」
 重石を転がすような低音ヴォイスで、囁くようにヨハンは言う。
 自分が花好きであること。勇猛で名を馳せたサムライも、自分のように花を愛していたのだろうか……そんな事を考えながら、ひとり花を眺めていたことを。
「ふふっ。私は素敵だと思うな」
「それは……とても嬉しいです」
 クラリスが微笑んで言った一言に、ヨハンの頬が紅梅のように赤くなった。
「最高に嬉しいです、クラリスさん。男がお花好きでも良いのですね……!」
「もちろんだよ! ね、折角だから一緒にお散歩して帰ろう!」
「喜んで。さっき綺麗に咲いている梅の木を見つけたんです。見に行きましょう」
 そうしてヨハンが差し出す手を、クラリスはそっと握る。岩のように大きな、頑丈で暖かい手を。冬風に晒されて冷えたはずの体が、胸の奥から温まるのを感じた。
「今とっても幸せだよ、ヨハン。私もお花は好きだから……」
「ええ。僕も幸せです、クラリスさん」
 二人の過ごす静かな時間を、梅の花々が静かに見守っていた。

「梅の花、綺麗ですね。ゼノアさん」
「ああ、そうだな」
 心恋の後を気儘な足取りで追いながら、ゼノアは不愛想に返した。
 二人は今、梅の花を眺めつつ、見回りを兼ねて城下町を散策している。幸いなことに敵が残した被害の痕跡はなく、懸念は杞憂に終わってくれそうだった。
(「花、か」)
 ゼノアの視界には、いま梅の花が収まっている。そして、それを愛でる心恋も。
 声をかければ失われてしまいそうな一瞬。そんな言葉が似合う情景だった。
(「……ふむ」)
 悪戯を仕掛ける黒猫さながらに、ゼノアはスマホに手を伸ばす。
 そして、パシャリ。シャッターの音に振り向いた心恋は赤面しながら、満更でもない様子で抗議する。
「と、撮る時は一声掛けてください……」
「……良い絵は残さんとな」
 とても映えると思ったんだと、悪びれずに返すゼノア。そうしてほんの少し気恥ずかしい空気を払うように、彼はぽつりと呟いた。
「腹が減ったな」
「そうですね。一休みしましょう、ゼノアさん」
 二人は近くの茶店に立ち寄って、小腹を満たすことにした。
 梅餡を練りこんだ大福はずっしり重く、温かいお茶との相性も実によい。
「美味い。仕事後の菓子は格別だな」
「はい。とっても美味しいですね」
 そうして心恋がのんびりとお茶を飲んでいると、隣で大福を齧っていたゼノアが、小さく千切った一切れを口元へ差し出した。
「折角だ。お前も食ってみろ」
「ふふっ。あ~ん」
 ほんのり頬を染め、相伴に預かる心恋。和菓子のように甘いひと時を分かち合いながら、二人は長閑なひと時をのんびりと過ごすのだった。
「いい年になると良いな」
「はい。今年もよろしくお願いしますね、ゼノアさん……」

●五
「7人でお願いします。サーヴァントも同伴で」
 その頃カロンたちはというと、甘味処で憩いのひと時を過ごしている最中だった。
 店はまさしくカロンの理想を描いたような店で、席に面した窓からは城下の街並みと、道に並んだ梅花がよく見える。
「ふふっ。やっぱり雪斗はこれだよね」
「流石ヴィくん! 俺の好みをよぉ理解してくれてるなぁ」
 軽口を叩き合いながら、ヴィと雪斗が手を伸ばすのはみたらし団子。きつね色に焦げ目のついた団子に、甘いみたらしをかけた逸品だ。
 美味しい和菓子に舌鼓を打ち、何気ない日常の時間がゆっくり流れていく。
「幸せって、こういう時を言うのかもね」
「そやね。本当に平和が一番や」
 今年もまた、この季節を一緒に迎えられた幸せを、二人はじっくり噛み締める。願わくば来年も、そのまた来年も、こんな時間を一緒に過ごしたいと思いながら。
「また来ようね、雪斗」
「うん。楽しみやね!」
 いっぽう恭介はといえば、注文したぜんざいに舌鼓の真っ最中。戦いを終えた後の甘味は格別に美味い。仲間たちと一緒であれば猶更だ。
「ふむ。これはなかなか乙な味だな、煉獄寺……!?」
 そう言ってカナに視線を向け、恭介は絶句した。
 団子に餅にぜんざいに最中に……山のような甘味に手を伸ばし、満悦至極の微笑みで舌鼓を打つカナが目に入ったからだ。
「どれも美味しい! すみません、これお土産に包んで下さい!」
 凛とした振舞いで戦場に立つカナは、戦いを終えれば年頃の子供を思わせる爛漫な女性に変わる。卓の皿を軒並み空にすると、彼女はそこで恭介の視線に気付いた。
「どうしたんですか灰山さん、口を開けて?」
「……気にするな、何でもない」
 そんなに食いすぎて、太っても知らんぞ――喉まで出かけた言葉を飲み込み、そそくさと茶をすする恭介。
 その横ではフリージアとカロンが話に花を咲かせていた。
「カロン様。この梅ようかん、とても美味しいです」
「良かったです。フリージアさん、地球の生活には慣れましたか?」
「はい。皆様のお陰で、少しずつですが……」
 目覚めたばかりの頃、地球の人々は温かいものを飲むのだと知って、ずいぶん驚いたものです――そう言ってフリージアは、のんびりお茶をすする。
 定命化からじき1年。アイスエルフの彼女も、少しずつ地球に馴染んでいるようだ。
「風音様も、どうぞ今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ。今年も様々な戦いがありましょうが……穏やかな時を護りたいですね」
 梅餡を求肥で包んだ和菓子をお供に微笑む風音。食べるのが少し勿体なく感じる程に聖地な菓子をフリージアと摘みながら談笑する。
(「今日も良い一日になりそうですね」)
 お菓子に夢中のシャティレを優しく撫で、風音は窓越しに咲いた梅の花々を仰ぐ。
 そこには平和な日常と共に、雲の晴れた空がどこまでも広がっていた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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