神様だって無礼講

作者:東公彦

 白河市において昨年十一月に開催された白河新酒鑑評会。出そろった新酒の中から金賞を獲った日本酒を大元神社ご本尊の前に飾ったのが一月一日のことである。
 そして一月十五日、神仏によって十分に楽しまれた御神酒は、その膝元から下げられ参拝客に振る舞われるのが通例であった。
 酒樽のタガが音を立てて落ちる。ヒビの入った上タガにバールを差し入れて、ぐっと力を込めると、満月は欠けて半月となり酒の芳香が本殿に漂った。
「酒だっ、酒! これこそ人生の甘露じゃよ。生きる導じゃて!」
 突然に人混みの中から男が躍り出た。宮司が止める間もなく男は手水舎の柄杓を手に、樽の中へ差し入れてがぶりと飲みだした。体にむしゃぶりつく制止の手など眼中になく男は叫んだ。
「ワォっ、百薬の長じゃ。美味い! やはり酒は良いものじゃよ」
 男の体が輝きを放つ。光が収束した時、新たに誕生したビルシャナは既に千鳥足であった。
「わしは神様じゃぞ。もっと酒よこせぇ~」


「え~と、正月の御神酒好きな男性が度を越してビルシャナ化しちゃうみたいだね。なんていうか酒飲みってのはまったく……」
 正太郎はぶつくさ文句を吐きながら額に手をやった。
「放置すると信者をどんどん作りだしちゃうから、早くに倒さなきゃいけないんだけどね。この個体がさ、どうも酔っぱらってるみたいなんだ。布教のこと頭にないのか、もしくはそれを体現してるつもりなのかな?」
 疑問符を頭上に浮かべてつぶやく。そんなこと知るか、と言わんばかりの視線に気づいて頬をかいた。
「いや、ごめんごめん。えっと、つまり僕が言いたいのは『個体はお酒で完全に酔っぱらってる』から戦闘になれば1分もたないんじゃないかなぁ、ってこと。戦闘とよべるような大仰なことはないかもね」
 正太郎は革の鞄をあさりながら「えーと、神社に図面は」とひとりごちて屈みこんだ。寂しくなってきた頭頂部があらわになると、冬の木枯らしは一層身にしみた。
「あったあった。神社は白河市でも有名な所でそこそこ大きいんだよ。みんなには境内の中で待機してもらうよ。参拝者も多いから避難するなら手がいるけど……まぁ、ビルシャナをパパッと片づけちゃえば問題ないんだけどね」
 片手間の言葉を口にしながら、ヘリオンの扉を開く。
「そーだ、済ませてない人は初詣でもしたらどうかな? 色んなご利益があるみたいだよ」
 厳めしい顔をちんくしゃにして正太郎が笑った。


参加者
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)
ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)
嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)
セナ・グランディオーソ(いつかどこかの・e84733)
ミーティア・ドラーグ(自称異星人・e85254)

■リプレイ

「大元明王は鎮護国家・外敵降伏の神。転じて勝負事にご利益……か」
 勝負の帰結は神に祈るような事ではないとも思ったが、嵯峨野・槐(目隠し鬼・e84290)はひとまず賽銭をして手を叩いた。牡丹をあしらった絹地の袷は上品で参拝の仕草も手慣れた感がある。それもそのはず作法の下調べは済ませていた。
 一たび決めたら手抜きをしない主義の槐は、神社の歴史から末社に至るまで知識を蓄えていた。神仏習合以来、神道と仏教はより深く結びついたので情報は多岐に渡ったが不思議と苦ではなかった。槐は摂社、末社に至るまでぐるりと境内を回り、用意した五円玉を一枚ずつ供えては丁寧に頭を下げた。問題はさして願うことがないという点か。
 本殿背面の彫刻に目を奪われて歩いていると、境内の外れ土の盛られて小高くなった場所に石が立っていた。近づいてみればそれが地蔵だとわかる。地蔵の額からは角が生え出ており足で何かを踏みつけていた。
「これは……」
 首を捻る。下調べにはなかったが……。ひとまず槐は社務所へ戻った。
「ああ、それは隠地蔵ですね」
 社務所で年嵩の社司が言った。槐は聞き返す「隠地蔵?」
「隠(おぬ)と読むんです。つまり鬼ですな。目に見えぬ人力を超えた強い力が隠とよばれ、転じて姿を獲て鬼となったわけです。ほら角があって金棒を持ってるあの」
 社司の説明を聞き終えた槐は、境内にあって誰も立ち入らぬような一角に佇む鬼の姿を思い出した。
「鬼か」
 一抹の寂寥感にかられたまま、引いたばかりのおみくじを開く。『吉 不言実行也』最初に目に飛び込んできた文字に槐は決意を固めた。

 お酒にはものによってそれぞれ違った楽しみ方、作法がある。そういった部分も腹に落としてこそ本当の酒好きと言えるのだろうな……。
 捧げ持った杯に酒が満ちてゆくのを見ながらハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)は思った。一口含んで味を楽しみ、二口めで豊かな芳香を感じる。三口で杯を空にすると、喉に落ちるさい僅かに風味が甦った。押しつけがましくないのに去り際の印象が強烈、まるで見返り美人のような酒だ。
「美味いな」
 ハルが口にすると若い社司が顔をほころばせた。
「あっ、でしたら一本いかがですか?」
「いいのか?」
「ええ、厄介なお客様に対処して頂きましたし」
「……では、お言葉に甘えさせてもらう」
 微笑を浮かべただけで辺りから溜め息がもれた。美青年という生物は生まれながらにして得なものである。
 さて酒瓶を引っ提げて予定より遥かに余った時間をどうしようかと悩んでいると「ハル、頼みがある」
 息を切らして槐が駆け込んできた。ハルが首をかしげてみせると彼女は小さく声にした。
「……酒をくれないか?」
 ハルは絶句した。
「いいか槐。君は確か13、あと7年ほど経たなければ酒は――」
「説明するのも惜しい。こっちだ、来い」
 槐に羽織の袂を引っ張られてハルは本殿の裏側、陽の差さぬ林のなかに連れ込まれた。酒を飲みたいという少女の背伸び、それを傷つけずにどうやって宥めるか考えていると「この地蔵なんだが」と先に口火をきられた。
「地蔵?」
 ハルはよくよく辺りに目を凝らし、苔むした石くれだと思っていたものが地蔵であると気づく。
「隠地蔵と言うらしい」
 ゆっくりと槐は説明を始めた。ハルは一通り聞き終えてから小さく呟いた。
「かつて戦い、今は隠れた神か……」
 ハルはおもむろに酒瓶の栓をあけて地蔵の周囲に振り撒いた。槐が口を開こうとしたのを「いや、これでいい」と制して、瓶を空にした。屈みこんで真剣な顔で手を合わせる。
 人々を護るために傷つき、今は棄てられてしまった神にこそ清めの酒は必要だろう。戦い、やがて消えてゆく。その姿にハルは自分の標なき未来を重ねた。
「なにか、食べにいくか」
 ハルは立ち上がり踵を返した。俺もいつかはこうなるのかもしれない。だが今ではないだろう。まだ、膝を折るには早い。

 ちりんちりん、鈴が鳴ると。じゃらりじゃらり、銭が騒いだ。
「おじさん、わたあめ二つね」
 声をかけて、ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)は息苦しそうに膨らんだ財布を開けた。お詣りは二の次三の次、一言出店と聞くと胸ときめくままに『シュテルネ』と共に屋台の食べ歩きに興じていた。
 紫陽花をあしらった着物にショールを羽織ったローレライは年齢よりも大人びて落ち着いた雰囲気を漂わせていたのだが、口いっぱい頬張った豚串に目を潤ませているところなどは年齢相応の幼さが窺える。
「ん~、ジューシーだわぁ」
 わたあめを受け取ると両手は屋台の食べ物で溢れかえる。そこへ見知った影法師を認めて「セレスさーん」ローレライは咄嗟に声を張り上げた。
「あらローレ……凄い量ね」
「全部美味しそうよねぇ。折角だから一緒にお詣り行きましょうよ、はいこれ、あげる」
 神社の屋台とはしては珍しいだろうチーズハットグを手渡すと、セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)はしげしげと眺めるだけで目尻を下げている。食べたことないのかな? ローレライは首を少しだけ傾げると、自分から一口頬張ってみせた。
 にゅいーん。と擬音を引き連れそうな熱々のチーズが伸びる。驚きつつセレスティンも一口。そこで互いに目が合うと、不意におかしさが込み上げてきて二人は笑いあった。
「ええ、行きましょう。私も絵馬を下げたかったし」
 二人の足が本殿に向かうと、シュテルネの鈴が追って音を鳴らした。
「それにしても美味しそうに食べるわね。小さな体のどこにそんな入るのかしら……」
「美味しいものは大好きだもの。特に……揚げ物はね!」
 恋人の作ってくれるエビフライは。と口にするのは流石に気恥ずかしい。ローレライはそれを誤魔化すように綿菓子にかぶりついた。
「ほんとに不思議、一度腑分けしてみたいわ」
「――ぷっ、はははっ。セレスさんってほんと面白いわね!」
「……ふふっ、あなたこそ面白い人よ」
 年の離れた姉妹のように仲睦まじく喋りながら二人は本殿に立ち入った。参拝を済ませた後に社務所で破魔矢とおみくじを買ったローレライは、絵馬掛所に立つセレスティンの背中を見つける。ひょいと横から顔を出して絵馬を覗くと、そこには意外にも可愛らしい字で『家内安全』の文字が大きく書きこまれていた。
「私のイメージに合わないかしら?」
 絵馬をかける背にローレライは首を振る。
「ううん。むしろね、とっても合ってるなぁって思ったのよ。いい姉妹だもの」
 父が脳裏に浮かんだ。母と兄も。家内安全という四文字は自分にはあまりにも遠く感じて、ローレライは血がにじむほど拳を握りしめた。シュテルネが心配そうに手を包み込む。すると、
「血の繋がった……というわけじゃなくてね」セレスティンが背を向けたまま言った。
「家族のようなお付き合いの輪、それ自体や、その中にいる人達を大切にしたいの。幸せは家庭からだから。あなたもね。入ってるのよ」
 セレスティンが言った。そしてくすっと漏らして付け加える。
「それにローレは血の繋がった家族が出来るのも遠くない気がするわ」
「――っ!! もぉセレスさん、変なこと言わないでよー!」
 恋人を思い出したローレライは自分の顔が熱いことを理解すると、更に顔を赤くさせた。

 諭吉先生が笑っている「本当にいいのか?」と問いかけられているような気がしてリーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)はもう一度悩んでみた。
 旦那様や皆と仲良く健康でずっと一緒に居れますように……願い事としては大きい気がする。故に先生の出番と思ったのだが出してみるとやはり惜しくも感じて。
「なんでも神頼みは良くないな、うん! ここはやはり一葉さんに――」と言いかけた時、ぱしっと肩を叩かれた。
「やっほー、リズさんおつかれさま!」
 癒月和に悪気などなかった。仕事を終えた親友を労おうと甘酒を携えて人好きのする笑顔を浮かべている。しかしガメツイ……もとい悪戯な神様は彼女に一つの仕事を与えたのである。
「あーーっ!?」
 リーズレットが叫んだ。時すでに遅し、先生は賽銭箱の中へ滑り落ちた。人生、万事、小児の戯れ。どこかで声が聞こえた気がした。
「ど、どーかしたのリズさん?」
「はは、なごさん。なんでもないんだぞー、あははは」
 乾いた声で笑うリーズレットに甘酒を預け、和もひとまず5円玉をぽいと投げた。二人で鈴を鳴らして手を合わせる。
「みんなが元気でいられますように!」
 やけくそ気味にリーズレットが言った。和はその願い事に相好を崩しながら、目をつむった。
 リズさんの願いが叶いますように。……あと商売繁盛も。
 と、目をあければリーズレットは未だ念入りに願い事を続けている。
「リズさん随分熱心だね、偉いえらい。よしっ屋台に何か食べにいこっか、私が奢っちゃう」
「なごさん、ほんとっ、それほんと!?」
 縁日で小遣いを貰った少年のように目を輝かせるリーズレット。響が丁寧に頭を下げた『うちのがお世話になります』するとりかーがぽんと肩を叩く『まぁまぁ、頭をあげてよ』
「わたあめと、リンゴ飴と、あとチョコバナナ!」
「見事に甘いものばっかだね。ボクとしてはちょっと塩辛いものも欲しいけど……」
「さっ、なごさん。出発だぁ~~」
 はためく色とりどりの天幕へとリーズレットは意気揚々駆けだした。美味しいものを好きな人と食べる、それが彼女にとって一番のご馳走だった。

「よーしよし、これだー!」
 セナ・グランディオーソ(いつかどこかの・e84733)が声高らかに御籤箱を掲げた。威勢のわりに控えめに一本の棒が出てくる。さて、なけなしのお年玉―正味500円玉一枚―で引いたおみくじの結果は……大吉である。
「はっはっは、我も運だけは悪くないようだな!」
 これは今年に期待……いや我のことだから期待など出来んか!
 前向きな言葉を極端に後ろ向きな頭で考えながら、セナは屋台の並ぶ参道に足を運ばせた。従者として背後に控えるルーナが滑るようについてゆく。
「むぅ、ここは……」
 10歳の少年にとって屋台並ぶ参道は魔窟同然であった。ソースの香りにつられてたこ焼きに唾をのみ、柔らかな雲のようなわたがしにふらりと惹かれる。醤油の焦げる音に引っ張られるように焼きトウモロコシに目を輝かせた。
 セナはポケットをさぐり掌をひらく。動かせる兵力は300円、買えて一つきりだ。
「わたあめ、たこ焼き、焼きモロコシ……」
 魔法のランプがあれば即座に願いを叶えるものを。セナは口惜しそうに思いながらも必死に頭を巡らせた。そしてルーナへ窺うような視線を向けた。
「ちょ、ちょっとだけ手持ちが足りぬ気がするなぁ……」
 ルーナがぴくりと表情を動かした。長いこと一緒にいた姉のような存在、顔を隠していても何を感じたかはわかる。セナは急いで言葉を続けた。
「お年玉は……も、もうもらったからー……あの、来年貰える分を――」
 少年らしい望みを聞いてルーナは口元に笑みをたたえた。セナにはわかっていた、それは肯定のものではなくむしろ……。
「いたっ、いたい! わかった、わかったルーナ。が、我慢するからぁ」
 尻を叩く手を止めるとルーナはセナの手を掴んだ。そのまま帰路につくと思いきや、そっと硬貨を握らせる。そして困ったように口を曲げた。パッと一瞬でセナの顔が明るくなった。宝物のように食べ物を抱えてセナはルーナに笑いかけた。その時、
「おぉー、なごさん! これ伸びる、すごい伸びるぞ!」
「これはお酒のつまみにもいいよぉー」
 口からチーズを伸ばすリーズレットが通り過ぎると、セナは指をくわえて呟いた。
「わ、我も欲しい……」
 やれやれといった風にルーナが溜め息をついた。その後方、屋台の入り口では、
「主に何を買うべきでござろう?」
「そりゃ肉しかねえな!」
 ダー・カットとオッツ・カーレが主人に買ってゆく土産物に頭を悩ませていた。

「絶対全国ツアー!」
「気合いが入ってますね」
 神様に声を届けるような勢いで深街睦月が絵馬をかけると、手に徳利を下げたミーティア・ドラーグ(自称異星人・e85254)がにこりと微笑みかけた。
「願い事はやっぱり声にしないと」
「ふふっ。深街さんはいつも元気でステキですね」
 ミーティアが杯を渡す。一大事といった感じで睦月は杯を受け取った。今年の成人たる彼女にとって飲酒は初の体験だ。薄い琥珀の酒をジッと見つめる。
「口に合わなければ無理しちゃだめですよ」
 頷いて口をつけた。
「――美味しいっ、こんなに飲みやすいんだね!」
「良かったぁ。では僕も一口」
 ミーティアも杯に口をつけると、二人は本殿の背面の坂に向かった。
 坂道の両側には木立が迫るように群生していた。常緑樹の葉から漏れる光がまだらに模様をつくっている。美しい景色のなか、二人はえらく陽気に坂道を登っていた。
「あはははーっ、歌でも歌いたい気分だよ~」
「いいですねぇ、歌っちゃいましょ~」
 すっかり酔っぱらっている。身長差もなんのそので肩を組み千鳥足で危なげに石段を登ってゆく。周りに人影はなく、睦月はゆっくりと歌いだした。
「――――♪」
 最初こそミーティアも声を揃えていたのだが、強く澄んだ歌声に酔いも醒めんばかりに聞き惚れてしまう。自然「すごいなぁ」と呟いた。
「夢に近づくために一生懸命努力する。言うのは簡単ですけど、とっても大変でとっても素晴らしいと思います」
 顔が熱いのは酒のせいだろうか、睦月は少しだけ考えて頬を掻いた。
 頂上につくと二人は五円玉を投げて鈴を鳴らした。
「良いご縁がありますように」
 ついで不意にミーティアが稲荷社の裏手に回り込むや、
「わっ」
 と声をあげた。睦月も顔を覗かせると社の裏手からは街が一望できるようで、花をつけた一本の梅の木が植わっていた。
「なんか書きたくなってきたかも……」
 樹の根元に座り込み、スクラップに五線譜を引く。そして黙々と音符をのせていった。白桃の花弁がパーカーフードの上にひらりと落ちた。
 ミーティアはカメラを構えてシャッターを押した。一望の街、梅の花、睦月の姿を一枚に。彼女の記念になればいいなぁ。そして邪魔をせぬよう地面に腰をおろした。

 獣の姿で置物のように座り賽銭をせしめようというガデッサを見て「はぁ、ろくなこと考えないわね」セレスティンが杯を差しだした。それを肉球で器用に掴んで口に運ぶ。
「おっ、甘酒か。これはこれで温まるじゃねえか」
「そうでしょう?」
 言ってセレスティンは芝生の上に腰をおろした。淡い海色の髪がゆれた。
「化粧落としてんのか?」
「ローレがね、戦いは終わったんだから落とした方がいい、って」
 言いつつ杯を傾ける。
「一人で飲むお酒なんて寂しいわ。手酌っていうのも、ね?」彼女は話を続け「私にも注いでくれる?」艶然と笑いかけた。
「お、おう」
 どぎまぎしながら甘酒を注ぐ。
「こういうものって、いつ誰と飲むかが大切だと思うのよ」
 言葉の裏を読めるほど利口ではない。だから正直に口にすることにした。
「綺麗だな」
「えっ?」
 完璧な不意打ちに目を大きく開けて驚く顔は少女のようで。ガデッサにとって、その顔を見られたことが今日一番の成果だった。

「三口に分けて頂くんですって」
「あ、ああ」
 少し緊張した様子でウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)が答えた。杯を両手で捧げ持ち、少しずつ酒を口にふくませる。瞬間、清らかな風味が口内に広がった。
「美味しい酒だね、初めて飲むけど凄いご利益がありそうだ」
 ウリルはリュシエンヌ・ウルヴェーラに囁いた。その甘い横顔を見つめて、彼女は少し顔を赤らめて返した。
「神様の前で誓いを捧げるなんて、なんだか結婚式みたい」
 ん、小さく頷くと今度はウリルの頬が上気した。視線が交わって微笑み合う。通常の人間なら立ち入れぬ世界を形成しつつ、二人は本殿を後にした。
 リュシエンヌが御神酒の小瓶を譲ってもらえたし仕事も早く終わった。ためにウリルは帰路につこうと思ったが……屋台の賑やかな雰囲気が後ろ髪を引く。
「家で飲み直すなら……ちょっと寄っていく?」
「うん、おつまみも買って帰ろうね」
 リュシエンヌがおずおずと伸ばした手を、ウリルがしっかりと握りしめた。
「これも美味しいわねぇ。こっちも良さそう!」
「ローレライ、我にも一口、ひとくちだけっ」
「ハル、なにか名物はあったか?」
「……そういえば、あちらに南湖だんごというのがあったな」
 屋台を囃す人々の声に何故だか落ち着く。掌から伝わってくる熱が冬空の下でも心を温めてくれる。すれ違う大勢の人達それぞれに、こんな安らぎや想いや願いがあるんだろう。俺の願いが、隣のこの笑顔に在るのと同じように。
 今に感謝を。
 不意にふらりと妻の体が揺れて、ウリルは手を引いた。
「大丈夫か?」
「うん、ごめんね。ちょっとだけふらっときちゃった」
 頬を可愛らしく染めてリュシエンヌが顔をほころばせた。不意に妻の小さな体を抱き寄せたくなって、ウリルは理性を総動員させて激しい感情に抗った。
「俺たちも行こうか。今は皆で楽しんで」
「うん! それからは二人でね、うりるさん……」
 二人はもう一度熱く視線を絡ませると屋台を楽しそうに回る仲間達に駆け寄って行った。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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