課金のむこう、約束の沼

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
「なにか怪しい気配がすると思って来てみたら……『怪しい』っていうレベルじゃない奴がいたね、点心」
 逞しいゴリラが……いや、ゴリラの獣人型ウェアライダーの金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)がウイングキャットに語りかけていた。
 クリスマスの賑わいも完全に消え去った都市の一角。名もなき雑居ビルの屋上。小唄の視線の先にいるのは、人間と同じほどの体長を有した猫型のダモクレス。どことなくカプセルトイの自販機を思わせる姿をしており、半透明の腹部にはカプセルならぬクリスタルが詰まっている。
「さあ、課金するにゃあ! 課金するにゃあ! 廃人となるまで! いや、死人となるまで! かきん、かきん、かきぃ~ん!」
 猫型ダモクレスが右前足をレバーのように何度も上下させると、大きく開いた口からクリスタルが次々と吐き出され……なかった。吐き出されるのは、なんの価値もなさそうな黒い石ばかり。腹部はクリスタルで満たされているにもかかわらず。
「かきん、かきん、かき……んにゃ?」
 猫型ダモクレスは小唄に目を向けた。石を吐くデモンストレーションに夢中になり、今の今まで彼女の存在に気付いていなかったらしい。
「おまえは誰にゃ?」
「いや、あんたこそ何者なのよ?」
 小唄が睨みをきかせて詰問すると、猫型ダモクレスは排出口を兼ねた口に嫌な笑いに歪めてみせた。
「ふっふっふっ。ミーの名は『爆死にゃん』にゃ。愚かな定命者どもをソシャゲに溺れさせ、廃課金者に堕とし、その果てにある絶望からグラビティ・チェインを獲得するためにやってきたのにゃ」
「えーっと……そういう目的とか、ぺらぺらと喋っちゃっていいの?」
 鼻白む小唄であったが、猫型ダモクレスの爆死にゃんは余裕の表情。
「ミーの野望が知れ渡ったとしても、定命者どもにそれを止める手立てはないにゃ。ソシャゲは酒だの煙草だのと同じ。百害あって一利なしと判っていても、絶対にやめることはできないにゃあ」
「百害あって一利なしは言い過ぎでしょ! 本当に面白いゲームなら、三利か四利くらいは得られる! その代わり、二百害くらいあるかもしれないけど」
「ぜっんぜん、フォローになってないにゃ……」
 今度は逆に爆死にゃんのほうが鼻白んだ。
 一方、小唄は戦闘態勢を取っていた。ゴリラ特有の落ち窪んだ眼下の奥から苛烈な光を漲らせて。
「とにかく、あなたは許さない! 何度も爆死してきた恨みを晴らしてやる!」
 完全に八つ当たりである。

●音々子かく語りき
「東京都港区のビルの屋上で、金剛・小唄ちゃんと猫型ダモクレスとの死闘が始まろうとしています」
 ヘリポートに招集されたケルベロスにそう告げたのはヘリオライダーの根占・音々子。その体は小刻みに震えていた。怖いもの知らずの彼女ではあるが、今回のデウスエクスに対しては激しい恐怖を感じているらしい。
「『爆死にゃん』という名のその猫型ダモクレスはとても恐ろしい敵でして……なんと、人をソシャゲの沼への引きずりこんでしまうんですよぉ!」
 ケルベロスの反応は大きく二つに分かれた。ある者たちは『それがなに?』と目をテンにして、別の者たちは音々子と同じように『お、恐ろしい~!』と震え出している。
「しかし、どんなに恐ろしい敵といえども……いえ、恐ろしい敵だからこそ、放っておくわけにはいきません。絶対に倒してください」
 爆死にゃんが『恐ろしい敵』であるかどうかはさておき、特殊な敵であることは間違いないだろう。そして、特殊であるがゆえに一つの弱点があるらしい。
「爆死にゃんは、爆死しまくった廃課金者の絶望をグラビティ・チェインとして吸収します。しかし、生まれたばかりの新型ということもあって、キャパが小さいんですよ。もし、想定以上の絶望を吸収してしまったら、オーバーフローを起こしてダメージを受けるでしょうね」
 ソーシャルゲーム等で散財してしまった負の記憶をアピールすれば、それだけで爆死にゃんにダメージを与えることができるということだ。ソーシャルゲーム『等』であるから、ゲーム以外での散財でも構わない。また、実体験である必要もない。生々しい話のほうが効果があるだろうが……。
 すべてを語り終えると、音々子はケルベロスたちを見回し――、
「厳しい戦いになると思いますが……皆さんなら、できます!」
 ――おなじみの言葉で励ました。
 一部のケルベロスの『いや、そんな大袈裟な話か?』と首を傾げていたが。


参加者
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
ホリィ・カトレー(シャドウロック・e21409)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)
ルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)
オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)

■リプレイ

●ガチャれよ、さらば与えられん
「何度も爆死してきた恨みを晴らしてやる!」
「かきん、かきん、かきぃ~ん!」
 ビルの屋上で怒声と奇声がぶつかった。
 怒声の主はゴリラの獣人型ウェアライダーの金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)。黒い顔を怒りにしかめている。
 奇声の主は猫型ダモクレスの爆死にゃん。白い顔を嘲りに歪めている。
 そして、戦いの火蓋が……切られなかった。
 両者が動くより先に一筋の光が夜空を走り、数人の男女が屋上に現れたからだ。
 言うまでもなく、光の正体はヘリオンであり、男女はそこから降下してきたケルベロスたちである。
 かくして役者は揃い、今度こそ戦いの火蓋が……いや、まだ切られなかった。
「ん?」
 降下してきた助っ人の一人――シャドウエルフのニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)は訝しげに眉をひそめて、小唄と爆死にゃんを見比べた。
「怒るゴリラ、笑う猫……どちらが敵なんだ?」
 小唄とは初対面なのである。
「いやいや。どう見ても、あっちが敵だよね」
 サキュバスのホリィ・カトレー(シャドウロック・e21409)が爆死にゃんを指さした。彼女が小唄の危機(?)に馳せ参じたのはこれで二度目だ。
「またまた助けに来たよ、小唄ちゃん」
「ありがとうございます」
 ホリィたちに小唄は礼を述べた。だが、視線は敵に向けたまま。その双眸には鈍い光が灯っている。
「人を沼にひきずり落とすダモクレス……絶対に許せませんわ」
 呪詛するような調子で呟きながら、馬の人型ウェアライダーであるエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)が小唄の横に並んだ。長い前髪が顔の上半分を隠しているが、双眸の光までは隠し切れていない。そう、小唄のそれと同じ光。殺気に満ちた光。
「二人とも、ちょっと落ち着こう? ねえ、落ち着こう?」
 オラトリオの大弓・言葉(花冠に棘・e00431)が無理に笑顔を浮かべ、小唄とエニーケに声をかけた。天然キャラを可愛く演じることに長けた所謂『養殖』型の彼女ではあるが、二人に圧倒され、顔の引き攣りを隠すことができずにいる。
「うーむ」
 と、オウガのルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)が唸った。
「せんぱいたちをこれほどまでに怒らせるとは……ソシャゲとは恐ろしいもののようだな」
「そのとおり。とても恐ろしいにゃ。しかし、恐ろしいと判っていても――」
 爆死にゃんが胸を大きく張り、右の前足を何度も上下に動かした。
「――永遠に抜け出すことはできないにゃーん!」
 無数の石が爆死にゃんの口から吐き出された。それに合わせて、透明の腹部から見えるクリスタルが減っていく。
「なんで、クリスタルが減ってるのに石しか出てこないの?」
 足下に転がってきた無価値な石にダメージを受けつつ、言葉が得物を構えた。棘だらけの葉と赤い実で飾られたクリスマス仕様の妖精弓だ。
「もしかして、そのお腹のクリスタルって、確率ゼロなんじゃない? だとしたら、爆死云々以前に詐欺だからねー!」
「詐欺じゃないにゃ!」
 妖精弓から放たれた時空凍結弾を食らいながらも、爆死にゃんは抗弁した。
「ミーのクリスタリルの排出率はすごく良心的にゃ! なんと、0・4%にゃ!」
「そもそも、クリスタルが出たからといって――」
 兎の獣人型ウェアライダーであるカロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)が跳躍し、スターゲイザーを浴びせた。
「――なにか得があるんですか?」
 その根本的な問いを無視して(ダメージはしっかり食らってるが)、爆死にゃんは『良心的』な排出率の解説を続けた。
「しかも、課金の度合いに応じてグレードが上がると、排出率もアップ! ブロンズ会員は通常の排出率の125%! シルバー会員は150%! ゴールド会員は200%にゃーん!」
「ゴールド会員になっても、たったの0・8%か」
 ルイーゼが、花を模したガネーシャパズルから稲妻を撃ち出した。
「『たったの』は余計にゃ! 四捨五入すれば、1%にゃ!」
「にゃあ?」
 清浄の翼をはためかせて飛び回りながら、ウイングキャットのクロノワが首をかしげた。爆死にゃんの強弁を聞いているうちに数字に対する感覚が麻痺し、1%(四捨五入済み)という確率の高低がよく判らなくなってきたのだ。
 しかし、エニーケは惑わされていなかった。
「1%だろうが99%だろうが、当たらなければ同じこと! 私がゲームにつぎ込んだお金を返しなさーい!」
 八つ当たり以外のなにものでもない怒りを獣撃拳に託し、爆死にゃんに叩き込む。いや、蹴り込む。拳ではなく、足を使っているのだ。
 続いて、小唄が攻撃を仕掛けた。エニーケと同様、獣撃拳で。エニーケと同様、八つ当たりの怒号を発して。
「この前の『モバプリ2』のイベントで爆死したのは貴様のせいだ!」
「いや、ミーはあくまでも沼に引きずりこむだけで、爆死するのは自己責……」
「うるさぁーい!」
「ふにゃあーっ!?」
 巌のような拳を叩きつけられて後方に吹き飛ぶ爆死にゃん。
 それを追って、セントールのオルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)が疾走し――、
「私の生活費が枯渇しつつあるのは……あなたが一因なのね?」
 ――前脚に装着したエアシューズからグラインドファイアを放った。
「八つ当たりトリオが結成されたようだね」
 真顔で言いながら、ニュニルが宿り木の妖精弓を剣のように薙ぎ払った。カボチャの頭をした半透明の影が弓の軌跡から出現し、爆死にゃんの体を斬り裂く。
 その影が消えると同時にケルベロスたちの後方でカラフルな爆煙が巻き起こった。ホリィのブレイブマインだ。
「八つ当たりカルテットじゃなくてよかったね」
 爆発音の残響にまぎれて、ホリィの呟きが戦場に流れた。

●善人なおもて往生をとぐ、いはんや廃人をや
「この前、ボクも某ゲームにいくらか課金したんだ」
 ニュニルが弓を構え直し、ホーミングアローを放った。
「でも、お目当ての季節コーデは手に入らなかったよ。ああいうのは酷いね。顧客の期待を裏切る悪い文化だよ」
「いえ、ゲームの運営会社が利益を追い求めるのは悪いことではないと思いますよ。先立つものがなければ、経営が成り立ちませんからね」
 と、カロンがフォローした。
 当然、フォローだけでは終わらなかったが。
「とはいえ、ゲームというのは面白いからこそ、遊ぶ人がいるし、課金する人もいるわけです。ただひたすら課金を促すだけのゲームに夢中になる人なんているんですかね?」
「いるに決まってるにゃ! そういうアホどもが沢山いるからこそ、つまるところイラストカード集めでしかないクソゲーが氾濫してるのにゃー!」
 と、爆死にゃんは断言した(注:個人の意見です)。
「ゲームに面白さなど不要! ユーザーは『金をつぎ込む』という行為だけで快感を得ることができるのだからにゃ!」
「それはもうゲームとは呼べないような……」
 呆れ返りながら、カロンは『不確定性のインシデント』を発動させた。その不可思議な魔法が爆死にゃんに命中した隙を見逃すことなく、ミミックのフォーマルハウトが愚者の黄金で追撃。
「あ!? レアものにゃー!」
 爆死にゃんは目の色を変え、フォーマルハウトがばら撒いた偽物の宝をかき集め始めた。
「あさましい……ガチャの寄せ餌にまんまと引っかかるユーザーを彷彿とさせるわねー」
 辛辣な感想とブレイズクラッシュという二種の攻撃を同時にぶつける言葉。彼女はソーシャルゲーム等にあまり興味がなかった。土地成金の三代目という恵まれた生い立ちなので、興味を持ってしまったら、莫大な金額を投じていたかもしれない。
「やはり、ソシャゲというのは恐ろしいな」
 最初に抱いた認識を強固にしたのはルイーゼ。定命化して日が浅い上に過去の記憶を失っているため、彼女はソーシャルゲームのことをよく知らない。
「確かに恐ろしいかもしれない。でも、それ以上に素晴らしいのよ」
 と、ルイーゼに語りかけたのはオルティアだ。定命化して以降の時間はルイーゼよりも短いにもかかわらず、このセントールの娘は沼にはまっていた。それはもうどっぷりと。
「ソーシャルゲームを初めて知った時、私は本当に驚いた。あんな小さな機械の中にいろんな物語が溢れて……登場人物たちもまた、可愛かったり、格好よかったり……あんなの、絶対に欲しくなるに決まってる」
 無表情な上に口調も淡々としているが、その顔を見る者は、その声を聞く者は、しっかりと感じ取った。ソーシャルゲームに対する狂おしいまでの愛を。
「クリスマス限定のあれも欲しかった……でも、引けなかった」
「心中、お察ししますわ」
「オルティアさんも爆死仲間だったんですねぇ」
 オルティアを挟むようにしてエニーケと小唄が立ち、左右の肩を優しく叩く。
「きゅー!」
 と、首にスマートフォンをかけたボクスドラゴンもオルティアに近寄り、小さな頭を相手の額にこすりつけた。慰めているつもりなのだろう。
 そのボクスドラゴン――サーキュラーの主人であるホリィが言った。
「サーキュラーも、とあるソシャゲが大好きなんだ。それに出てくる金髪イケメンキャラがとくにお気に入りでね。クリスマス・バージョンを手に入れるために何十回となくガチャってた」
「当然、そのお金はホリィさんんが出してるんですよね?」
 カロンが確認すると、ホリィは寂しげに微笑んだ。
「出しているというか、いつの間にか出てるんだよ。気がつくと、財布が軽くなってるの。そして、サーキュラーの周りにリンゴの絵が描かれた青いカードとか『WM』や『B』の字が記されたカードとかがいっぱい落ちてたりするんだ」
「いくらなんでも甘やかしすぎなのでは?」
 苦笑するカロン。その足下ではフォーマルハウトが何度もジャンプして、サーキュラーのスマートフォンを覗き込もうとしている。ソーシャルゲームに興味を持ってしまったらしい。
 近日中にカロンの財布も軽くなってしまうかもしれない。

●回し回し回し回して爆死の終わりに冥し
 フォーマルハウトと違って、ボクスドラゴンのぶーちゃんはソーシャルゲームに惹かれていなかった。それどころか、恐れていた。
『爆死』なるキーワードをそのままの意味に受け取っているからだ。
 脳裏に浮かぶのは、ソーシャルゲームをやっている者たちが次々と爆発に巻き込まれて死んでいくという地獄絵図のようなイメージ。
「みんな、目を覚ましてー!」
 涙目になって震えているぶーちゃんを優しく撫でつつ、言葉が廃人予備軍(正規軍?)の仲間たちをオラトリオヴェールで癒した。
「ソシャゲのガチャなんかよりも、本物のお洋服とかで散財するほうがいいと思うの。お財布が寒くなることに変わりはないけど……ほら、欲しいものはちゃんと手に入るし」
 爆死にゃんに付与された状態異常がキュアの効果で消えた。しかし、予備軍(正規軍?)の面々はおどろおどろしいオーラを全身から立ちのぼらせている。そう、ソーシャルゲームへの欲求や爆死の怒りまでもが消えたわけではないのだ。
「言葉さんの意見ももっともだけど――」
 廃人ならぬ廃竜のサーキュラーの思いを代弁するかのようにホリィが言った。
「――課金は生活費みたいなもんなんだよ。とくに推しキャラへの課金はね。推しキャラに課金することで、生きる活力を得られるんだから」
「あるいは食費ですね」
 と、エニーケが静かに言った。
「課金とは、物欲という名の食事で心の胃を満たす行為。たとえ物理的なものが残らなくとも、一時の満腹感が得られれば、それでいいのです。しかし――」
 いきなり声を荒げて、エニーケは爆死にゃんを蹴りつけた。
「――望んだ結果にならないのは許せない! よって、このダモクレスを全力で潰ぅーす!」
「なにが『よって』なのか判らないにゃあーっ!? いいかげん、八つ当たりはやめろにゃー!」
 情けない声をあげる爆死にゃんに小さな影が襲いかかった。
 ウイングキャットの点心だ。
「点心も怒ってるんだよぉ!」
 そう叫ぶ小唄にカロンが尋ねた。
「点心もソシャゲにはまってるんですか?」
「違います。エニーケさんは食費に例えていましたけれど、私は実際に食費を削り、『モバプリ2』にお金を注ぎ込んでいたんです。だから、来る日も来る日も醤油かけごはんばかり……」
「それと点心の怒りになんの関係が?」
「私だけじゃなくて、点心のおやつ代も削ったからですよ。ほら、見てください。点心、ちょっと痩せちゃってるでしょ?」
「……」
 カロンはなにも言わなかった。この状況で誰が『痩せてるように見えない』だの『点心が恨むべきは小唄なのでは?』だのと言えよう?
 そんな彼に小唄は答えを強要せず、同種族にして同類である同胞に話を振った。
「エニーケさんなら、判ってくれますよね? 食費を削ってでも課金せずにいられない情熱を?」
「ごめんなさい。私、生活に差し支えない程度の課金しかしない主義なんです」
「えー!?」
 小唄のショックはいかばかりか。『ぜっんぜん、テスト勉強してなーい』と言っていたはずの友人が百点を取ったことを知った時のような心境だろう。
 そんな裏切り(?)のドラマが繰り広げられている横で、ルイーゼが誰にともなく語り出した。
「わたしはソシャゲに興味はないが、知り合いの知り合いが血道をあげているらしい。サーキュラーと同様、その人物にも『推し』なるキャラがいるそうだ。しかし、それは期間限定のレアなキャラなので、いまだ所持していなかったという。ある日、そのキャラが復刻されて……」
 この手の話の結末は三種類に分けられる。
 パターンA:大枚をはたいたにもかかわらず、限定キャラを一回も引き当てられなかった。
 パターンB:大枚をはたいたにもかかわらず、限定キャラを一回しか引き当てられなかった(キャラを強化するためには同じキャラを五回引き当てなくてはいけない)。
 パターンC:大枚をはたいた結果、限定キャラを何回も引き当てた。
 ルイーゼの知り合いの知り合いの場合はBだったが、ソーシャルゲームに興味のない者ならば、どの結末でも恐怖を覚えるだろう。『大枚をはたいた』という部分は変わらないのだから。
 そして、その『大枚』は尋常でない額なのだから。
 いや、ソーシャルゲームを楽しんでいる者の中にも恐怖を感じている者はいた。
「ボクが限定コーデをゲットするために失ったお金なんて微々たるものだったんだね。廃人たちが沼に投げ込んできたお金に比べれば……」
 ニュニルである。
「ああ、恐ろしい。彼らは今までにどれだけのお金と時間を費やしてきたのだろう? この先、どれだけのお金と時間を費やすのだろう? ねえ、マルコ」
 クルマのぬいぐるみの『マルコ』を抱きしめ、頭を撫でながら、問いかける。
 もちろん、マルコは無言。
 代わりに小唄が吠えた。
 爆死にゃんに拳を叩きつけながら。
「そのお腹の五つ星も! ウルトラレアも! ぜーんぶ、寄越せぇーっ!」
「にゃあぁーっ!?」
 爆死にゃんの腹が突き破られ、排出率0・4%(ゴールド会員は0・8%)のクリスタルが次々とこぼれ落ちた。
 地面に触れた瞬間、それは石ころに変わったが。

「残骸の処分は任せてくださいな」
 エニーケがアームドフォートを操作し、爆死にゃんの亡骸をナパームで焼却した。
「エニーケを見習って、私も課金のレベルを落とすべきなんでしょうね。生活に差し支えないところまで……」
 燃え上がる炎を見ながら、オルティアが呟く。定命化してから二箇月弱しか経っていないにもかかわらず、彼女はケルベロスとしての任務を三十件以上もこなしてきた。仕事が好きだからではない。ソーシャルゲームの軍資金を得るためだ。
「でも、今日は食費が浮くのね。ヴァオがおでんを奢ってくれるらしいから」
「はぁ?」
 目を剥いたのはヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)。いきなり登場したように見えるかもしれないが、戦闘中はずっと『紅瞳覚醒』を演奏して仲間たちを援護していたのである。本当だ。
「なんで、俺が奢らなくちゃいけないんだよ? そんな話、どこから出てきた!」
 気色ばむヴァオに向かって、小唄が一礼した。
「ありがとうございまーす」
「私は大根、卵、しらたきあたりをごちそうになりますわ」
 と、エニーケが笑顔を見せた。
「私はウインナーを一度たべてみたいと思っていた」
 と、ルイーゼが希望を述べた。
「大根と薩摩揚げをお願いね!」
 と、土地成金の三代目もちゃっかりと乗っかってきた。
「私もいくらか出しますよ」
 と、カロンがヴァオに助け船を出した。チーム唯一の良識人かもしれない。
「僕も大根……ん?」
 おでん談義に加わろうとしたホリィであったが、足元に目を向けた。
 サーキュラーがうなだれている。
「どうしたの?」
「きゅー」
 サーキュラーは悲しげに鳴き、スマートフォンを差し出した。
 そこに表示されていたのは、彼(彼女?)が夢中になっているゲームが一月いっぱいで終了するという告知。

 爆死にゃんは『永遠に抜け出すことはできない』と言っていたが、それは間違いだ。
 サービスが終了すれば、沼は消え去り、好むと好まざるとにかかわらず抜け出すことになる。
 すぐにまた別の沼に落ちるかもしれないが。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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