大阪市街戦~光焔万丈

作者:藍鳶カナン

●光焔万丈
 凍える夜にも多くの参拝客が訪れていた神社。
 その拝殿を、神楽殿を、参拝客達を焼く焔が、青に、浅葱の色に輝き、燃え上がる。
 焔に混じるモザイクが、この惨劇を齎した存在がドリームイーターであることを語る。
 正月の三箇日、最後の夜。初詣に訪れた参拝客で賑わっていた大阪市内の神社をその死で満たし、青とも浅葱ともつかぬ焔の輝きで彩った男は、口許を覆う黒布の裡で嘆息した。
 大阪市街への、市民への襲撃。暇潰しに引き受けた任務。
 その中で己が求めるものの片鱗でも見出せようかという期待は、空振りに終わった。
『寓話六塔に従うよりパッチワークの生き残りの誘いに乗るほうが得策かと思ったが……』
 ――つまらぬ。
 第七の魔女の招聘に応じて大阪城入りする以前なら、単独行動をしているシャイターンを襲って炎を奪う退屈しのぎに興じることもできた。なれど現状ではそうもいかぬ。大阪城のシャイターンに手を出すわけにもいくまい。
 彼が纏う焔は青に浅葱に揺らめいて、同じ色合いのモザイクがその輪郭を更に朧なものにする。それが欠損。ゆえに己にない炎を求める男は、興味も感情も褪せたかのごとき双眸を何気なく辺りへ巡らせたが、不意にその瞳へ微かな興味が萌した。
 主祭神のための拝殿でも本殿でもなく、境内に幾つか坐す摂社や末社のひとつ。
 小さな稲荷社を護る、狛犬ならぬ狐の像に、彼の眼がとまる。
『狐の神……いや、神の眷属たる狐、か? ……ふむ、そうさな』
 ――ウェアライダー。
 ふと連想したらしい男の口から、かつて神造デウスエクスであった種族の名が零れた。
 この国に狐火という言葉があったことを思い出す。
『狐か……そう、獣人ならぬ狗でも良い。我の知らぬ炎を揮うケルベロスでもいれば――』
 その炎を、炎を操る夢を奪ってくれようものを。

●宿縁邂逅
 予知情報を聴いただけ。ただそれだけのはずなのに。
 鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779)は未だ見ぬその敵の眼差しに射抜かれた心地がした。己自身というより、己が裡に息づく、銀狐巫女の秘術を。
「――もしかして、私なら……敵の気を惹く囮になれるんじゃないでしょうか?」
「そうか、紗羅沙さんの使う秘術に炎の術があるんだよね? このドリームイーターの前でその秘術を使って見せれば間違いなく、市民への襲撃を放り出して喰いついてくると思う」
 平時には物柔らかな雰囲気を纏う紗羅沙、その銀狐の耳や尻尾の先にまで凛然たる巫女の気が張り詰めていく様に、天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)は真摯な眼差しで頷き返した。
 大阪城に集う幾多のデウスエクス勢力。各勢力の上層部は大阪城周辺地域の制圧を狙い、市街への襲撃を命じていると思われる。虐殺でグラビティ・チェインを強奪するとともに、恐怖と不安を煽られた大阪市民が別地域に移住するよう仕向けるつもりなのだろう。
「だけど、この予知の敵がその任務に熱心じゃないってのと、相手が現場で襲撃を開始する寸前、まだ何ひとつ被害が出ていない段階で介入できるのが幸いでね」
 現場となる神社への到着はこちらも敵もほぼ同時。
 敵が襲撃を開始する前に戦闘を仕掛けることが可能であり、警察にも協力要請済みだが、現場にいる参拝客たちの避難が間に合わないと遥夏は語り、言を継ぐ。
 然れど――紗羅沙が、彼女に限らずともケルベロスの誰かが『我の知らぬ炎』、すなわち世界で唯ひとり己だけが揮える炎の術を件のドリームイーターに見せてやったなら。
 予知での様子から察するに、敵は参拝客を襲うよりもこちらとの戦いを優先するはずだ。
 術者を斃して、炎を奪うために。
 敵は標的を焼く破壊の焔、麻痺を齎す魔法の焔を揮い、鍵の刺突や斬撃で標的の生命力を喰らう。そのすべてが正確無比な命中精度を備えていると遥夏はケルベロス達へ告げた。
「囮になるひとはかなり危険なことになると思うけれど、あなた達なら確り敵を惹きつけ、必ず撃破して来てくれる。そうだよね?」
「ええ、危険は承知の上です。それでも、その危険で参拝客の方々の無事が買えるのなら」
 真っ向から買い取って、私達で未然に惨劇を防いでみせましょう。
 この場に集ったケルベロスの誰もが同じ気持ちだと信じて、紗羅沙は――銀狐の巫女は、仲間達を振り返って微笑んだ。


参加者
鉋原・ヒノト(焔廻・e00023)
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)
ヴィルト・クノッヘン(骨唄葬花・e29598)
鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779)

■リプレイ

●光焔万丈
 言い知れぬ胸騒ぎがした。
 凍える夜空から跳び、目指す地上の神社が迫るほどに胸の鼓動は逸って熱く脈打つのに、鮫洲・紗羅沙(ふわふわ銀狐巫女さん・e40779)の裡を流れる血潮は凍えていく心地。己に流れる血脈が、己の裡に燈る力が訴えかけてくるかのよう。
 遥か古から、あるいはもっと近い過去から。
 ――浅からぬ縁で結ばれた敵が、彼の地にいる、と。
 然れど心は波立っても迷いはしない。数多の灯籠に照らし出された神域に降り立ち、青に浅葱に揺らめく朧な焔を纏ったドリームイーター、不知火の蒐集者を藍の瞳で捉えた刹那、
「銀狐巫女が購いましょう! あなたの退屈を、この炎で!!」
『これは……この、炎は――!』
 凛と通る声とともに紗羅沙が舞えば翻るのは花浅葱と月白の装束のみならず、艶めく銀の狐耳と狐の尾。顕現された幻影の火球が爆ぜて無数の炎が奔り、己を足止めする陣を正確に織り成す様を映せば、興味も感情も褪せていた男の双眸がたちまち強い光を宿す。
 無辜のひとびとを護る囮にならんとする彼女の覚悟を尊重しつつ、
「炎を揮える狐ならここにもいるぜ!」
『こちらもか!』
 紗羅沙ひとりを危険に晒しはしないと鉋原・ヒノト(焔廻・e00023)も狐の耳と尾を露に見せ、赤水晶を戴く杖から灼熱の炎玉を撃ち放つ。威力は強大なれど精度に欠ける朱き炎は反射的に揮われた鍵に弾き飛ばされたが、最大の目的は敵の気を惹くこと。
「此処は神様が住まう場所、奪い奪われるに相応しくはありませんが――」
「我らが御相手いたそう。番犬たる我らが炎、奪ってみたくば狙うが良い」
 弾け散る朱の輝きに敵が目を奪われた一瞬で、シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)が咲かせた焔花が炎を纏って舞い綻ぶ花弁でドリームイーターを燃えあがらせたなら、巨大な縛霊手の裡から湧きあがったレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)の獄炎が青白き瞋恚の炎となって標的に怒りを刻み込む。続けざまに、
「援護は任せろ! 大阪城勢力の思惑どおりにはいかせられないからな!」
 隆々たる筋肉を『魅せる』格闘家、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が揮った逞しき腕の先から狙い澄まして撃ち込まれるのは青く輝く螺旋弾。回避を鈍らすそれが確実に敵の足を直撃したが、
『大阪城の輩など最早どうでもよい。我の求めるものが、今ここに――』
 衝撃には構わず、避難していく参拝客達に目もくれず、ドリームイーターは鋭く見据えた紗羅沙めがけて破壊の焔を解き放った。だが迸る輝きへ真っ向から跳び込む勢いで、髑髏の仮面で顔を覆う相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)が焔を引き受ける。
 精度の高さゆえに威力も跳ね上がるそれを黒き装束で大幅に殺し、
「炎が選り取り見取りって奴さ。テメエなんぞにくれてやる気は微塵もねえがな」
「暇潰しで虐殺だとか、もう考えられないようにしてあげるからね!」
「錚々たる炎の競演ってとこだねぃ。皆の炎の演舞、思いきり楽しんでくれな、旦那!」
 完璧を期すべく、輝き燃え上がる白焔を模す混沌の水を纏わす拳を敵に喰らわせた竜人を珈琲香るテレビウムが間髪容れず動画で援護。その様を視界に捉えつつ、颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)が薄花桜に色づく爆風を咲かせて後衛陣の力を高めれば、前衛陣に咲くのは蓮の花。幾重もの護りを咲かせつつ、ヴィルト・クノッヘン(骨唄葬花・e29598)は次手に意識をめぐらせた。
 速攻で敵の護りを破りたいところだが、彼独自の蓮花の盾に、フォーチュンスター、同じ理力に拠る技を続けて揮えば当然見切られる。元より己の手持ちでは最も命中率の低い技、見切られれば一手を無駄にするだけだ。
 敵は第七の魔女に『招聘』されたドリームイーター。
 地位や力で彼女に勝るわけではないだろうが――容易く斃れてくれる相手では、ない。
「盛大に燃やしちゃって、ちふゆちゃん!」
 相棒たるちはるに応えて吶喊するのは炎を纏ったライドキャリバー、後衛から狙い澄ます猛突撃を喰らった男が閃かす鍵の矛先は先程の怒りに引きずられ、命を喰らう斬撃を怯まず受けたレーグルは降魔の一撃でドリームイーターの命を喰らい返す。
 次の瞬間、敵へ襲いかかるのは野紺菊咲くシアの愛刀と、ヒノトの手で如意棒から変じた双節棍。月弧を描く斬撃に肘を裂かれ、鋭く鍵を弾いた双節棍に力を鈍らされた男へ即座に迫った紗羅沙の妖精剣から溢れだす花の嵐に彼が押されたところへ、靴の加速機構で瞬時に距離を殺した竜人が流星の蹴撃を叩き込んだ。
 跳び退って間合いを取り直した敵の眼差しは即座に紗羅沙を捉えるが、朧ながらも鮮烈な輝きで襲いくる焔をヒノトが防ぎきる。対する紗羅沙は彼の肩越しに完璧に狙いを定めて、爆発的な瞬間火力とともに顕現させた幻影の炎が正確無比な陣で標的を呑めば、
『ほう。これほど力ある銀狐を狩るとは、かくも心躍るものなのか』
 微かに瞠目したドリームイーターが零す感嘆が、虚無球を解き放つヒノトの背にぴり、と緊張を奔らせた。
「まるで、あまり力を持たない銀狐なら狩ったことがあるみたいな口振りだな」
 どくり。
 何故だろう。紗羅沙の鼓動が大きく跳ねたのは。
 何故だろう。自分が生まれて間もなく亡くなった父のことが胸に過ぎったのは。
「まさか……」
 紗羅沙が揮う銀狐巫女の秘術は彼女自身が生み出したものでなく、薄れゆく血脈に眠った失われし祖先の秘術が、突出した資質を持った紗羅沙の裡で開花したことで甦ったものだ。父が術士であったとは聞いていないが、夢魔たる母でなく、獣人たる父から受け継いだ力であるのは間違いなく。
 考えるよりも先に、紗羅沙の唇から言の葉が零れ落ちた。
 神降ろしの、天啓のごとく。
「あなたが父に眠る秘術を奪ったことで、私の、お父さんは……」
 命をも喪うに至ったのか。

●篝火狐鳴
 不知火の蒐集者の双眸が興がるように細められる。返るのは、
『さて。どうであったか』
 掴み所のない言葉と、口許を覆う黒布があってさえ見紛いようのない、意味深な笑み。
 有益な情報を与えてくれる相手でないことは初めから判っていた。
 知らぬとさえ言わぬのは、動揺を誘うためか、それとも――。
 獲物をいたぶる獣のごとき眼差しに射抜かれれば、写真でしか顔を識らぬはずの父が彼にむごたらしく夢を奪われ死に至る様が視えた気がして、胸が締め上げられる。花唇が小さく震え、喉が干上がっていく。
 相手が何か術を揮ったわけではない。
 朧なぬくもりしか覚えてない父を恋う紗羅沙の心に萌した怖れが焦らされ増幅して、自ら恐ろしい想像を生むのだろう。恐怖や混乱というものは、ときに正確な情報を与えられぬがゆえにより大きく膨らむものであるからだ。
 だが、これがもし、
 ――彼が父から奪った秘術の力が、自分の力と共鳴したものだとしたら……!!
「紗羅沙!!」
 立ち竦んだ彼女を狙って迸る魔法の焔が、迷わず盾となったヒノトに絡みつく。
 氷花が咲いた日に、焔鳥が羽ばたいた夜に、愛しく懐かしい姿を纏った死神達が己の心を翻弄せんとした記憶が胸を刺す。ヒノトは父母との想い出を胸に抱くけれど、紗羅沙には、父との想い出ひとつないのだ。
 だからきっと、より強く父親のことを識りたがっている。
 ――それが、悲劇的な死の姿であったとしても。
「身内のなりで惑わす死神も気に喰わねえが、ただ因縁を匂わせる奴も胸糞悪いんだよ!」
「縁は大切にしなきゃだけど、紗羅沙ちゃんを苦しめる因縁なんていらないんだからね!」
 彼と死神の邂逅を目の当たりにしていた竜人がいっそう殺意を膨れ上がらせた。命や力を狙うばかりか、心まで嬲ろうというのか。何処か陽炎めいた戦斧にルーンを輝かせ、苛烈な一閃で彼が敵の護りを喰い破った瞬間に、ちはるは癒し手の浄化を乗せた光の盾を指輪からヒノトの許へ顕現させる。皆で力を合わせ、紗羅沙が悪縁を断ち切れるよう。
「ったく、根性の曲がった奴だぜ!」
「生来のものであるのか、欠損を埋めんと渇望したがゆえであるのかは判らぬが」
 猛然たる勢いで閃く青は泰地が手に纏うバトルガントレット、聖なる左手で正確に捉えた敵へ思うさま己が膂力と魔力を乗せた闇の右手を叩き込み、激しい痛打を喰らわせた彼に、電光石火で閃く刃のごとき蹴撃でレーグルが続く。
 誰よりも紗羅沙へ、その炎へ執着を示す不知火の蒐集者はなおも彼女を狙わんとするが、怒りで敵を己に招くレーグルと、ヒノトに竜人、テレビウム、この層の厚い護り手達の壁を貫くのは困難で、
「熱いかな? ちょっとだけ我慢してね、すぐにその痛みも灰になるから!」
 ――忍法・燎原踏破の術。転化の法・浄火。
 螺旋状に広がる炎が大きく癒しを共鳴させて傷や苦痛を『焼き切る』ちはるの術が彼らを支え抜く。自らも癒しや敵の命を喰らう技で耐え凌ぐ護り手達が崩れることはなく、泰地がバトルガントレットの拳に凝らせた雷の霊力で標的の護りを撲ち抜けば、相手の禍を三重に深めんとするヴィルトのナイフが奔り、空の霊力と攻撃手の火力を刃に乗せたシアの愛刀がドリームイーターの傷をいっそう斬り広げて。
 真相を確かめるすべをシアは持たない。けれど、
「紗羅沙さん、あなたが宿命的な縁を感じるのなら、尚更、あなた自身の手で……!」
「そうだ紗羅沙、俺達がついてる! お父さんから受け継いだ力を護るんだ!!」
 心から彼女を気遣うシアの声音と、死神との邂逅で親から継いだ術と向き合ったヒノトの言葉が、紗羅沙の魂を奮い立たせた。
「はい……!!」
 揺るがぬ真実は、眼前のドリームイーター『不知火の蒐集者』が。
 紗羅沙が父の血脈によって受け継いだ秘術を奪わんとしていること。
 刹那、銀の軌跡が夜の神域を翔けた。
 銀狐のそれに変じた拳で紗羅沙が打ち込んだ獣撃拳、鮮烈な一撃が敵を地へと叩き伏せる様にヒノトは勢いを得て、跳ね起きた相手が体勢を整えるより速く朱き灼熱を顕現させる。灼灼たる輝きが二つに分かたれた瞬間、猛然たる炎の二連撃が不知火の蒐集者を直撃した。
 たとえ彼が、紗羅沙から父親を奪ったのだとしても。
「紗羅沙の炎も俺達の炎も、俺達自身のものだ。奪えるもんじゃない」
 ――あんた自身がわかってるはずだろ?
『それは強者のみが言える台詞だ。赤狐よ』
 強大な力を持たぬ者からは奪ったという含みがあるように紗羅沙には聴こえたけれど。
 銀狐の巫女は、もう揺らがない。

●夢幻泡影
 愛しいひとの記憶に手が届かない。想い返すことさえ叶わない。
 全てを奪われた折に愛しいひとの記憶も地獄の炎の彼方に霞んだ己と、記憶を重ねる機会そのものを奪われた紗羅沙。形こそ違えど募るばかりの渇望が胸焦がす苦しみはレーグルも痛い程に識っているから、
「今ここで炎を狙うのみならず、汝が既に鮫洲殿から父御をも奪っているのであれば」
 ――奪われしものの怒りを知れ。
 同じく地獄と化した両腕から膨れ上がる瞋恚の炎が、凄絶な輝きと威を増して大きく敵の腹を喰い破る。更に刻まれた怒りで彼へ向けられた鍵を竜人が受け、
「迂闊に火に触れば火傷する、ガキでも知ってることだろ?」
「火傷しても他人の炎が欲しいってンなら、度し難いねぃ。モザイクの飢えってのもさ」
 鼻で笑って跳ぶと同時に流星の蹴撃を喰らわせたなら、衝撃に後退った相手へ白き獄炎が燃え上がるヴィルトの刃が叩き込まれた。送別の炎を餞に、アンタにも良い夢を――とは、紗羅沙の心を慮れば口にはできなかったけれど。
 新緑の髪と純白の翼を翻したシアが愛刀で月を描く剣舞、それがドリームイーターの喉を深々と裂いたなら、舞台が整ったと感じられたから。
 さあ紗羅沙さん、
「あなたの最後のひとさしを、どうぞ存分に――魅せてさしあげて」
「心のままに、心残りがないよう舞うといいさ。鮫洲の姐さん」
 姉のような声音でシアが導いて、ヴィルトが笑って路を拓く。
「うん。良縁は大事にして、悪縁は燃やしちゃうのがいいよ」
 ――灰と散らしてすっきりと、ね!
 親しい友と呼べるほどの縁はなくとも紗羅沙と共闘した記憶は幾つもの楽しさに彩られ、だからこそ、彼女の背も心をも後押しする想いでちはるは、薄花桜の彩風を咲かせて銀狐の巫女を送りだす。懐に秘めた淡く白い何かに想いを傾けつつレーグルも頷いて、
「遂げられよ、鮫洲殿」
「すべて見届けるからな、紗羅沙」
 柘榴石の煌きが結ぶ絆も信も心も声音に籠め、ヒノトは『すべて最後まで見据える』との教えのままにまっすぐな眼差しを向けた。
「ありがとうございますね、皆さん。――参ります」
 今夜、皆さんと一緒に戦えて、本当に良かった。
 そして、この敵と対峙することよりも。
 今この時代に私が銀狐巫女の秘術にめざめたこと、それそのものが宿命であるのなら。
 ――お父さん。どうか私のこと、見守っていてください。
 心からの皆への感謝と父への祈りを胸に燈し、神域に燈る灯籠のあかりに照らし出された紗羅沙の舞が、荘厳なまでに輝く幻影の火球を顕現させる。
 月白とも花浅葱とも見ゆる、皓々たる輝きは、
「もう貴方が掠奪するものは、貴方がどんなに暴虐を尽くしても」
 ――決して手中に収まることはない事を識りなさい。
 凛然と銀狐巫女の声音が響くとともに、空恐ろしいまでに美しい炎の陣を織り上げた。
 敵を捉えて逃さぬ陣が噴き上げる炎が、芯へ収束していくかのごとくドリームイーターを呑み込んでいく。荘厳な輝きの裡から不知火の蒐集者が手を伸ばす。
『我の、不知、火……』
 然れど、伸ばした指先から彼は灰のごとき塵となって崩れ。
 叶わぬ夢そのままに、儚く消え果てた。

 凍てる夜を灯籠が照らす神域に静寂が降りれば、銀狐の巫女の姿がふつりと傾ぐ。
「紗羅沙さん!」
「紗羅沙ちゃん!!」
 糸が切れたように膝から崩れかけた彼女へ咄嗟にシアとちはるが手を伸ばすが、
「大丈夫です、ありがとうございますね」
 二人に支えられて微笑み返す紗羅沙が、傷や疲労ではなく、極度の緊張から解き放たれた事で気が緩んだだけなのだと確かめたなら、安堵したように笑って泰地は、
「よし、それなら俺はデウスエクス討伐完了って皆に報せてくるぜ!」
 大阪市民の不安を一刻も早く拭い去るべく駆けだした。ただ警察に連絡するだけでなく、隣人力を活かしながら皆に直接伝えたほうが、より不安を和らげやすくなるだろうから。
 戦いの幕が降り、日常が戻りくる様を肌で感じて、ヒノトもあたたかな笑みを燈す。
「紗羅沙なら大丈夫だって信じてたけど、本当に……無事でよかった」
 ――帰ろうぜ、一緒に。
「ええ。帰りましょう、一緒に」
 優しい陽のひかりを享けた花のごとき、いつもの柔らかな笑みをとりもどして、紗羅沙は大切な友へ頷き返した。
 一緒に帰ろう。待っていてくれるひと達の、いる場所へ。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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