地獄の石合戦

作者:東公彦

 夏に蹴躓いて出遅れた暑気が秋を経て未だに居座っているのか、今年の冬は日中大抵が穏やかで暖かい。色褪せた寒空のステージのどこにも雪の出るまくはなかった。それでも、富山県雪合戦祭りは人工の雪によって行われようとしていたのだが……。
「はっはっは、雪など降らぬでいい!」
 カーキの軍服に身を包んだビルシャナ『トム』は罵声を空に投げかけた。そして彼の旗の元に集った信者達へ見定めるような視線を向けた。
「いいか、貴様らは今日の戦いを以て蛆虫からようやくデウスエクス様の糞くらいにはなれるぞ。嬉しいか!」
「「サー、イエッサー!」」
 トムと同じ軍服を一様に着込んだ信者達は直立不動の姿勢を以て己の精強さを内外に表す。よく訓練された信者である彼らは、冬の寒風にもトム教官の教育的罵倒にも、眉一つ動かさぬ鋼の精神を持っていた。
 その姿を見てトムはさも満足そうに喉を鳴らし、手にした教鞭を信者の喉元に押し付けた。
「よし、貴様。冬は何をする!?」
「サー、石合戦であります。サー!」
「雪合戦はどうだ? どう思う!?」
「サー、くそったれであります。サー!」
「蛆虫の貴様には雪合戦がお似合いだ。ほんとは女子供のように雪合戦がしたいのだろう、どうだ!?」
「サー、違います。サー」
「貴様らもそうか? 石合戦がしたいのか野蛮人ども!!?」
「「サー、イエッサー!!」」
「よろしいっ! ならば石合戦だ!!」
 軍曹ながら将帥顔負けの号令に信者達は一斉に動き出した。雪合戦などで満足するような軟弱者は国家の憂いだ、駆逐してしまえ。非常に過激的な思考と大量の石礫を引っさげて、彼らはバラック小屋から整然と飛び出した。


「くらえっ、消える魔球デス!」
 のびやかな声がヘリポートにこだました。ケル・カブラ(グレガリボ・e68623)が投げた石礫は消えることこそしなかったが、魔球と呼ぶに相応しい速度と勢いでガデッサの顔に的中した。
「がふっ――」
 今わの際のようなうめき声を右から左へ聞こえぬものとし、正太郎はキミ達に向き直った。
「えーっと、物騒な教義を広めているビルシャナがいるみたいなんだ。石合戦、つまり石の投げあいっこだね。その石合戦こそが雪合戦にかわる健全たる日本国民の威儀や気風を重来せしめん……とかなんたらかんたらって」
「はやい話が、行く先々で雪合戦ならぬ石合戦勝負をけしかけてくるめんどくさーい連中みたいデス。普通の人達には危険なのにネー」
 手のなかで石礫をもてあそびつつケルが口にした。倒れているガデッサを見るに、彼の言葉には説得力などまったく――。
「ンッフッフー、そこのアナタ! 説得力ネーとか思いマシタネ!!」
 ケルは小さな羽をパタパタと動かしながら、なおも上機嫌でケルベロス達に指を突き付けた。
「論より証拠という言葉がありマス! つまーり」
「百聞は一見に如かず。石合戦の危険性を身をもって教えてあげればどうだろう? って考えてみたんだ。信者の人達はビルシャナといた期間が少し長かったみたいで洗脳も強くて数も多い。生半な説得じゃ届かない可能性も考えて、手加減攻撃ならぬ手加減投石で対処する……」
「仁義なき石合戦の勃発なのデス!!」
「ま、まぁ。一つの手として考えてみてね」
 正太郎の呟きなどケルの耳には入っていない。彼は元気に飛び跳ねると可愛らしい見た目に反した、やけに据わった眼をして叫んだ。
「気絶した信者だけがイイ信者デース!」


参加者
天音・迅(無銘の拳士・e11143)
ブレア・ルナメール(軍師見習い・e67443)
ケル・カブラ(グレガリボ・e68623)
狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)
オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)
天月・緋那衣(我道を貫く・e85547)

■リプレイ

 抜けるような青空の下でリーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)は汗を拭った。白昼の日差しは決して弱くない。略式でない軍装であればなおのこと熱気はこもった。
「雪があるから雪合戦をするのであって……わざわざそこいらに転がってる石で遊ぶっていうのもなぁ」
「連中の教義なんて考えてりゃ頭がイカれちまうぜ」
「うーむ、それもそうだな」
 狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)の言葉にリーズレットは頷いた。「つーかよぉ」ジグはシャベルを地面に刺した「男は穴掘りだぜ、穴掘り!」
 肉体労働の男性陣は相当に暑いのだろう。その大抵が揃いの上衣を脱ぎ捨てていた。
「ま、いいだろ」天音・迅(無銘の拳士・e11143)が頭の後ろに手を組んだ。
「女性にやらせるわけにはいかねえし」
「そ、そうです。僕たちが頑張らないと」
 女の細腕とさして変わらぬ力でブレア・ルナメール(軍師見習い・e67443)が土を持ち上げた。シャベルで穴を掘るよりも、ぬいぐるみを抱いていた方が似合いそうな美少年は既に荒く息を吐いていた。
「あんま無理すんな、ブレア」
「そーデスヨ。か弱い男の娘には無理デース」
「いや、お前は手伝えって」
 空手のケル・カブラ(グレガリボ・e68623)に、迅は呆れたような声をあげた。
「人には得手不得手がある。気にするなブレア君」
 肩に担いだ『非想槌・戒』を地面に降ろしては豪快に穴を掘る天月・緋那衣(我道を貫く・e85547)が言った。その腕は黙々と土嚢をつくるオルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)の傍ら、穴で遊ぶアリャリァリャ・ロートクロム(悪食・e35846)の首根っこも掴みあげた。
「……そんなものを食ったら腹を壊すぞ?」
「ギヒヒ、楽しミダ。待っテろ石合戦!」
 バリバリと音を立てて石を咀嚼するアリャリャリャは、額に『石』の字を浮かべながら遠足前日の小学生よろしく自らの出番を心待ちにした。
 こうしてケルベロス達は入念な準備を成し、トム率いる一軍を待ち受けるのだった。

「造雪機確認。間違いないようです」
「うむ。では進軍を始める」
 渋いバリトンボイス一つで4分隊が一斉に行動を開始した。静かに着実に浸透作戦が実行される。
 会場を目前にしたその時、部隊は突然に足を止めた。
「軍曹殿。き、奇襲です!」
 石だ。種類大小硬軟問わず、四方八方から石が小隊に降り注ぐ。
「堪えるのだ。初撃を防げば勢いは減衰する。冷静に対処しろ!」
 奇襲攻撃は見事といえたが、小隊は密集し応戦を行ないつつ、徐々に秩序を取り戻した。と、
「まずは、お見事と言っておきましょう」
 信者達の眼前に騎兵が立ちはだかった。かつての帝国将校を思わせる凛々しい姿にどよめきが起こる。
「まさかと思うけれど、合戦を謳いながら奇襲を責める。そんな軟弱な思考ではないな?」
「ふはは。いざ戦となれば夜駆闇討は武門のなすところ。貴様こそたれか!?」
「私は――私達は番犬部隊だ!」
 ナポレオンの肖像画さながらにオルティアが前脚を挙げると、彼女の左右にケルベロス達が並び立った。その誰もが石を手に信者やトムを狙っており、歴戦の古強者の威風を漂わせていた。
「とんだお笑い草だな。分隊程度の人数で我ら一個小隊を相手取る気か」
「はっ、こっちは戦場なんて慣れっこだぜ? てめぇらこそ吠え面かくんじゃねえぞ!」
「そうだそうだ! ジグさんの言う通りだぞ。ふっふっふ、予言しようじゃないか。もうすぐ思い知ることになるぞ、何故石合戦なんぞしようと思ったのか、とな!」
「よろしいっ、ならば戦争だ!!」
 リーズレットの安っぽい挑発を、トムは言い値で買った。そして信者達と共に一斉に石の投擲をはじめた。
「っと、危ねえ!」
 器用に身をかわした迅は飛来してくる石を如意棒で打ち返した。
「うぉっ」石はトムの頭をかすめて消える「ん~、おしいおしい」迅が指を鳴らして悔しがると、トムは毛を逆立ててがなり立てた。
「反撃開始ぃ!」
「撤退です。皆さん、行きましょう」
 ブレアは外套を翻した。一個小隊は追撃をしかけながら追う。しかし不意にその行軍は終わりを告げた。
「なんだ……あれは」
 前線部隊に合流したトム軍曹はそんな声を聞いた。鉄条網―キープアウトテープなのだが、想像力逞しい彼らには鉄条網としか映らなかった―の張り巡らされた雪の上には要塞がそびえていたのである。

●遠すぎた石
「鉄条網は後方以外の三方を囲んでおり、積まれた土嚢の奥には塹壕が巡っているようです」
「……そうか。下がっていい」
 トムは重苦しく返した。そして麾下の分隊に指令を下す。あの頂きへ可及的すみやかに我らの旗を立てろ、と。
 三分隊の投石は正午の鐘の音と共に始まった。空を埋め尽くすほどの石が飛来するなか工兵は腹這いに進み、鉄条網を断ち切らんと鋏を差し伸ばす。だが番犬部隊は冷静であった。
「きましたネ、やっちまえーっデス!」
 ケルが投げつけた剛速球の一擲を皮切りに、ケルベロス達はやにわ土嚢の上から身を乗り出した。近づく信者達はよい的でしかなかった。
「オラオラオラァ、死にてえ奴からかかってきやがれ!」
 ジグの投げる石は、拳で例えるならヘビー級世界王者並みの大きさで、もはや岩石と呼べる代物である。それを不釣り合いなほど巨大な右腕におさめて親の仇とばかり投げ続けた。精確という言葉とは無縁の投石ではあったが、その突破力は部隊のなかでも右に並ぶものはいないだろう剛腕である。
 骨が砕けるような音を気にしてはいけない。ここは戦場である。さて、この戦場においては一向に降る見込みのない雪に代わり、空から岩が降っていた。放物線を描いて落ちてくる岩石は大いにトム小隊を悩ませた。
「もぉひとつ!」
 緋那衣は、塹壕の中から当たりをつけずに大砲のごとく石塊を空に放った。着弾のたび土煙の柱が立ちのぼり、よもや当たればと身を震わせた信者達は戦場で右往左往するしかなかった。
「撤退だ、撤退ぃぃ!」
 トムは声を張り上げた。待ち構えていた時点で策があるとは思っていたが、番犬部隊が迫撃砲まで有していたのは慮外の事柄であった。よもや、これ以上の重火器はなかろうと考えたのだが、Aの希望的観測はBにとって付け入る隙でしかないのである。
「仰角、俯角、よろしいか?」
 すっかり軍隊調の言葉でオルティアが確かめた。リーズレットは職人さながらの険しい目付きで轟竜砲を睨み付け、ぐっと親指を立てた。こちらも染まりきっている。隣でボクスドラゴン『響』がやれやれと鳴いた。
「準備はよろしいですか?」
 砲弾は耳まで届きそうな大きな口をほころばせて、ブレアの言に答えた。
「思いっきりぶつけルがイイ!」
 次の瞬間、轟音が戦場にこだました。かくて砲弾は撤退しつつあったトムの陣に突き立ち、信者達の肝を冷やすと、にわかに叫んだ。
「わかっテネー! キサマラ石合戦をわかっテネー!」
「すわっ、生物兵器か!?」
 周りの狂騒など気にもかけず、アリャリァリャは信者の肩をがっしと掴んだ。
「石合戦に必要なモノはナニカ。答えろキサマ!」
「それはい――」
「ソウ石ダケダ! ウジ虫だのデウスエクスのフンだのに甘んじてル軟弱者はここには必要ネー! キサマラは石ダ! 石になルべき!!」
 この生物との会話は石合戦などより遥かに危険に思えた。石を投げる手すら止めて、信者達は文字通り飛来してきた災厄を凝視めた。ごくり、誰かが喉を鳴らす。すると突然「腹がへっタヤツは石を食べルがイイ!」軍服のポケットから手品のように石を取り出して信者に渡した。
 たとえ老舗の板前が隠し包丁をいれ割り下で上品に味付けしても食えるような代物ではないのだが、アリャリァリャ当人だけは美味そうに石をガリゴリ頬張っている。
「おっ、おい貴様。腹壊すぞ」
「ウチは石ダ! 石は石を食ベルんダ!」
 恐る恐る話しかけたトムの顔に唾ならぬ石屑が飛んできた。しばしこの奇怪な生物の扱いに困ったトムだったが、案外、合理的な答えが浮かんだ。
「わかった。お前は石だ、ならば我々にもお前を投げさせてくれんか?」
 全く尋常でない言葉だ。だが彼の機転は功を奏した。戦闘狂には狂言こそが真実である。
「オー、任セろ。準備OKダゾ!」
 かくして、トムを含めた数人の信者に担がれたアリャリァリャは負けず劣らずの勢いで塹壕に突き立った。
「むっ、こうなれば目には目をだ。アリャリァリャカノン、発射!」
 緋那衣の一声で再び轟竜砲が火を噴けば、
「ロートクロム砲、てぇーーっ!」
 トムの陣営で同じことが繰り返される。
『お歳暮戦争』と称される壮絶な砲撃戦はこうして幕を開いた。後に世界石合戦条約によって禁止されたこの悪魔の砲弾は、三半規管に特大の異常を起こしてようやく機能を止めた。
「ギヒヒヒ~、世界が回っテル~~」
 バレエさながらクルクルと回転して、やがてアリャリャリャは倒れた。
 両者ともに被害は甚大であった。築きあげた鉄条網も土嚢も打ち壊されてしまった番犬部隊は窮地に追いやられたといえる。綻びが生じた要塞へ向けてトムは叫んだ。
「突撃ぃぃ!」

●フォー・ザ・ストーン
 お元気でしょうかお師匠様。僕のいない台所はいつものように荒れていますか? ここは地獄です。時を問わず飛来してくる石に誰もが疲れ果てています。時折投げ込まれる石榴弾を警戒して、一睡もできません。この戦いは互いの信条をかけて始まりましたが、その信条が互いから失せようとしていても終わりは見えないのです。僕たちは戦争という泥沼に足をとられて動けない兎のようです。二人で作ろうといった手料理を一人で作らせてしまう不肖の弟子をお笑いください。どうか、お元気で……。
「伝令、伝令はいますか!」
 ブレアの声を聞きつけたテレビウム『イエロ』が鞄に手紙をしまって塹壕の外へ飛び出した。
「届くといいな」
 哨戒に立っているジグが呟いた。塹壕の中で過ごす数ヶ月にも感じられる時間―その実、十数分であるが―は彼らに多大な疲労を与えると共に信頼関係も生み出していた。
 それは近寄りがたい雰囲気をまとうオルティアをも饒舌にさせた。
「帰ったらパインサラダを食べたいな……」
「うう、私はなんでもいいから美味いものが食べたいのだ」
「こんな穴倉からはとっとと抜け出して、みんなで食べにいきマショウ!」
 ケルが元気よく言い放った。それは届かぬ夢物語であったが、いま生きる力を与える言葉であった。
「敵さんが来るぜっ」
 偵察から戻り塹壕のなかに滑り込んだ迅は急いで石を手に持った。倣って、誰もが投石姿勢をとる。残る弾薬は心もとない。だが、やるしかない。
 一穴に群がる蟻のごとく信者が塹壕めがけてひた走る。ろくな防護機能の残らぬ陣地で番犬部隊は迎え撃った。石が唸りをあげて去ってゆく、風を斬る音はさながら死神の鎌の音色か。
 そこへ飛来した一つの石が運悪くジグの腹に炸裂した。
「ぐぁっ――」
「衛生兵、エイセイヘーイ!!」すぐさまケルが叫んだ。だが待っていても拉致があかない。軍服を切り裂いて傷口を確かめ……うっと顔をしかめる。
「これは酷いデス……」
 泥だ。石に塗られた泥がべっとりと肌についていた。「なんと」オルティアが息を呑んだ。
 後世の人々に『イシドロ』と呼ばれることになる、この弾丸の最初の被害者は狼炎ジグとされている。イシドロは登場してから子供平和機構において廃絶される一年間において世界中の子供達によって使われた。石に塗る、雪に混ぜる、時にはそのまま投げつけられた。これによって生じた父母の経済損害は計り知れず、被害に笑みを溢したのはクリーニング会社と洗濯洗剤企業と噂される非道な兵器である。
「必ず助けマスカラ!」
「いや、いい」
 慎重に泥を取り除こうとするケルの手をジグは払った。
「体が石のように重い、助からねえのは自分が一番わかってるぜ。1つ、頼んでいいか?」
 持ち上げた手を迅が力強く握りしめる。
「喋るな、傷に障るぜ」
「奴らが始めた戦いのケリ、必ずつけてくれ。戦争で軍事的な指導者がどうなるか……俺が思い知らせてやりたかったんだけどなぁ」
「わかった、オレが叶えてやる。だから――」
「あばよ」
 言葉を遮るようにジグが言って、がくりと頭を垂らした。一同が苦虫を噛み潰したような顔で沈黙するなか、迅は立ち上がり、さっと身を翻して塹壕から飛び出た。
「どこへ行く!?」
「ここにいてもやられるだけだ。オレが囮になる。その間に頭を潰せ!」
 緋那衣に声を返すや否や、迅は相棒のライドキャリバー『雷』に飛び乗った。
「行こうぜ、雷!」
 一輪駆動の轍が雪上を噛みながら迂回軌道をとり、信者達に突撃する。
 残り少ない石を慮って、迅はあくまで白兵戦に努めた。車上にて石を振りかぶり、飛来する礫を蹴り弾きながら縦横無尽に駆け回る。
「彼らの意志を無駄には出来ません。行きましょう」
 ブレアは立ち上がって声にした。覚悟を決めて番犬部隊は塹壕から飛び出た。仲間の遺志を無駄にせんがために……。

●いざ征くは石の大海
 突撃を敢行した猟犬部隊の力は凄まじいものがあった。志半ばで特進を遂げた二人の意志が乗り移ったかのような気迫に信者達は気圧される。
「どけっ、道をあけろ!」
 黒髪をふり乱し金色の角を輝かせて緋那衣は両腕に石を抱いて血路を開く。そこを駆け抜けてオルティアは蹄で石を蹴飛ばしながら迫る信者を打倒した。二人の気迫は凄まじく、周囲の信者は圧倒され本陣に繋がる一本の道が出来た。
 その道を護るべく立ち塞がった緋那衣の背に幾多もの石が当たる。蹲踞してもなお巌のように動かぬその姿は弁慶の立ち往生さながらであった。
「天月さん!」
 オルティアは叫んだ。不意に飛来した石に足を打たれ、雪上に倒れる。騎兵の奮戦もここまでのようであった。
 信者が近づいてくる様に悪寒が奔った。軍服から石榴弾を取り出し、ピンに指をかけた。
「あなた達に、触れられるくらいなら……。私は死の道を選びます!」
「なっ、正気か!?」
「とにもかくにも無理です嫌ですダメなんです。私のことは放っておいてください!」
 遠くで舞い上がった雪煙に振り向いてリーズレットは首を振った。また、一人、戦友を失ったと。チラリと傍らの響を見やって、コホンと咳払いを一つ。
「えーとな、ひびちゃん一等兵よ。私は伍長であるからして、いざという時は盾に……え、ヤダ? 上官命令が聞けないのか!?」
 プイと顔をそむける響。と、不意に足を滑らせてリーズレットが雪上に転んだ。
「待ってくれぇ~」取り残されたリーズレットは間延びした声で言った。やれやれと首を振りつつも一匹の小竜が隣で石を抱えた。
「ケルさん、空しい戦いを終わらせてください」
 呟いて、ブレアは踵を返した。紅い髪の少年と蒼竜が駆けつけると途端、リーズレットは跳ね起きた。
「おぉ、ひびちゃん、ブレアさん。心の友よ! こうなれば石でも雪でも氷でも何でも投げてやるっ。徹底抗戦だぞ~!!」

 背中に声を聞きながら走り続け、ケルは遂にトムの背を捉えた。雪に身を投げ出しながら随伴する信者へと石を投げた。
「俺様が助けにき――ぶほぁ!?」
 ついでに何か余計なものも倒したが気にしてはいけない。ここは戦場だ。二人は西部劇のガンマンよろしく対峙した。ケルが僅かに身を動かしたその時、雪に足をとられ体勢を崩した。
「くっ――」
「動くなよ……。もうお前に石はない」
 すかさず投げられたトムの石は最後の礫を弾き飛ばしていた。雪上に手を膝をつき、ケルはうなだれた。
「その石でボクをミロのビーナス顔負けの美しい像にするつもりデスネ、それで薄い本みたいなことヲ――」
「するか、そんなこと! ふっ、お前らの戦いは見事だった。だがやはり最後に勝利を手にするのは我々だ」
 トムが腕を振りかぶる。ここまでか! 思ったケルの脳裏にある言葉が閃いた『石でも雪でも氷でも……』
 ケルは手中の何かを投げつけた。それはトムの石より僅かに早く、その頭を打ち抜いた。
「ば、馬鹿な」
 信じられぬといった表情で、石同然に硬くなった雪玉を見やるトム。何故、どうして女々しい雪玉がこんなにも硬いのだ!? ありありと顔に浮かぶ疑問にケルは静かに答えた。
「握力デス」
「あ、侮りがたしっ雪合戦――」
 首魁は倒れた。
 ミナサン、戦いは終わりマシタ……けど、この空しい気持ちはなんデショウ? 多くの戦友を失い、そしてボクの手は土にまみれすぎマシタ……。
 亡き友に想いを馳せる。いつからか雲を灰色の雲が覆っていた。悲劇に身を震わせながらケルは歩きだした。
「こんな時は―――あっつあつのラーメンでも食べマショー」
 ……どうも、ただ寒いだけであったらしい。
「ウチもラーメン! ウチもラーメン食べルっゾー!!」
 たらふく石を喰っても足りないらしくアリャリァリャが飛び跳ねるように後を追った。
「迷惑なビルシャナだったねぇ。ん~、味噌か塩か、悩むなぁ」
「俺も喰いまくるぜ」
「ふふ、みんなで食べましょうか」
「うむ、それが一番だ。ひびちゃんも行くぞ」
「……酒はあるか?」
「私はカウンター席で頂こう」
 思い々の事を口にしながら番犬部隊は撤収をはじめた。不意に振り返ってアリャリァリャが呟いた。
「トリガラもイイな!」
「「それはパス」」
 一同の声が重なって寒風に流れた。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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