幼子たちの聖樹

作者:天枷由良

●予知
 聖夜の夢と希望と幻想の象徴、クリスマスツリー。
 そしてクリスマスツリーと言えば、もみの木。
 様々な種類の装飾が施された大樹は、見ているだけでも楽しいものだ。
 だから――なのかは分からないが、其処には大きく立派なもみの木が植えられていた。
 穏やかな町の片隅の、ごくありふれた保育園の園庭だ。子供も大人も総出で飾り付けたのか、もはや過積載を心配するほどの外見になったそれは頂点に大きな星を冠り、まるで王者のように堂々と、けれども静かに佇んで、真なる主役の来訪を待っていた。
 そこにふらりとやってきて、一言「おはよう」と声かけたのはまだ若い男。
 主役――ではない。勤めている保育士の一人だ。うっかり園児に見られたら拙いようなサンタコスを小脇に抱えて通り過ぎた彼は、暫くするとエプロン姿の上に防寒着を纏って再び現れ、ツリーの周りから掃除を始めた。
「……クリスマス会が終わったら、お前の飾りも片付けなきゃならんのよなあ」
 大人ゆえの虚しさか。早くも幻想の先にある現実を見据える男は、苦笑しながら呟くとツリーに目を向けて――。
「……ん?」
 今、雪が見えたような――などと思った、その瞬間だった。
 不自然に伸びた枝の一つが、男の身体を絡め取る。悲鳴すら上げさせてもらえないまま、その姿は瞬く間に太い幹の中へと押し込まれていく。
 そうして宿主を得たもみの木の攻性植物は、先程よりも一回り大きくなると、寝床から這い出るようにして動き出した。
 夢でも希望でもない。数多の死と恐怖を、人々に与えるために。

●ヘリポートにて
「これは……何としても、何とかしてやらねばならんの」
 ファルマコ・ファーマシー(ドワーフの心霊治療士・en0272)が神妙な面持ちで言う。
 それに頷き、ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)も真剣な眼差しをケルベロスたちへと向けた。
「子供たちの心に、クリスマスを悲惨な事件の日として刻み込むわけにはいかないわよね。何としても攻性植物を倒して……囚われてしまった男性も、助けられるといいのだけれど」
 その為には、敵をヒールしつつ攻撃するという難儀な戦い方が必要になるのだが――。
「ケルベロスの皆なら、最善の結果を掴み取ってくれるはずよね」
 ミィルは信頼を込めて言うと、その“最善”に必要となるだろう情報を語っていく。
 事件発生は園でクリスマス会を行う日の早朝で、まだ登園する子供や保護者の気配はないこと。取り込まれた男性は意識がない状態で攻性植物と一体化しており、救出するまで何かしらの反応を得るのは難しいと思われること。
 伸びる枝だけでなく、装飾を爆ぜるように変化させて投擲したり、電飾による発光現象でも攻撃をしてくること……などなど。
 そして何より一番気をつけなければならないのは、先に述べた通り“ヒールをかけながら戦う”必要があるということだ。これを怠ったり、攻撃と治癒の配分が著しく偏ったりすれば、攻性植物を倒せたとしても、最善の結果は得られない。
「……なに、やる前から先を案じてばかりいても仕方あるまい。此度も皆で力を合わせて、ちょちょいのちょいのちょいと解決してみせようではないか」
 そして、子供たちの為に新たなツリーでも用意してやろう。
 ファルマコはそう言うと、気合を入れるかのように一つ、杖で床をコンと叩いた。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)
カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)
天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)
天月・悠姫(導きの月夜・e67360)

■リプレイ


 多くの子供達が、まだ贈り物の側で寝息を立てている頃。
 密やかに町へ降りたケルベロスは、可愛らしい動物の描かれた塀を越え、平穏を脅かす異形と対峙した。
 それは邪悪に侵された聖樹。
 保育士の男を取り込み、歪に膨れ上がった枝葉の端々で小箱や鈴やリボンを揺らして、ずるずると這うように進み始めたばかりの樅の攻性植物は、突如現れた九人の人影を前にすぐさま歩みを止め、沈黙を纏って佇む。
 不気味な雰囲気が満ちていく中、巻きつけられたままの電飾が明滅を繰り返す。
 その無邪気な煌めきを勿忘草色の瞳で見据えて、天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)は静かに短剣を抜いた。
 ――幾度、何処で芽吹こうとも必ず潰す。
 言葉無く語られた決意に光る刃は、蠢く敵でなく大地へと沈む。
 途端、浮かび上がった双子座の守護陣は暖かな光を放ち、重ねてレスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)が黒鎖の魔法陣を敷けば、その恩恵を受けられない後衛の面々には比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)が紙兵を差し向けた。
 まずは守りを固めてから――と、そんなケルベロス達の思惑を察知したか、攻性植物も動く。
 枝の一つが槍のように鋭くなって、真っ先に具現化された敵意へと伸びていく。
 戦場そのものに大穴を穿とうかとする勢いで小さな刃を砕けば、早々に闘志も折れると考えたのだろうか。
 しかし、問いかけたところで返るものなどない。
 故にタキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)は口を噤んだまま、淡々と己が身を盾にした。
 狙われた水凪の前に立ち、枝に向かって雷杖を突き出す。僅かに軌道を逸らされた樹槍は――不可解な曲がり方をして尚も伸びると二重の陣の加護を突破、白衣ごとタキオンの肩を抉っていく。
 見るからに冷静沈着という印象の青年は、ほんの少しばかり眉根を寄せた。
 だが、攻撃への反応はそれだけ。
「雷光よ、迸りなさい!」
 防御に用いて傾いた杖を握り直すと、タキオンは力強く言い放つ。
 すかさず閃いた雷は、縮んで戻ろうとする枝を避雷針のように射止めて焼き滅ぼし、そのまま本体の幹までもを痛烈に打った。
 冷たく乾き切った空気に焦げ臭さが混じる。攻性植物が大きく身体を撓らせて、炭化した木片と共に幾つかの飾りが地面へと落ちていく様は、心做しか悲しく映る。
 けれど、それは天月・悠姫(導きの月夜・e67360)の引き金を止める理由にはならない。
 此処で攻性植物を討たねば、より大きな悲しみが待ち受けていると分かっているからだ。
「わたしの狙撃からは、逃れられないわよ!」
 右へ左へと傾く巨躯に狙い定めて、悠姫は形態変化したガジェットから麻痺弾を撃つ。
 アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)も続いて黒鉄の拳銃を向ければ、二つの礫が穿った幹へとビハインド“アルベルト”が飛ばしたのは、果実の如く落ちて転がったままの装飾品。
 聖樹が邪に染まった事で、それらもまた夢と希望の欠片から凶器に変じた。遠からずケルベロス達にも投げつけられるだろう破壊のオーナメントは、しかし一足早く大樹自身に向けられて爆ぜる。
 そうして更に枝葉を振り乱す敵へ、カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)も大鎌を構えて近づき――斬りかかるかと思いきや竜の尻尾で大地を一叩き、宙空で身体を捻って強烈な回し蹴りを打った。
 どすん、と重たい音の後に鈴が鳴る。
 その軽やかな響きを耳に留めながら、ケルベロス達は敵の姿を見やる。嵐にでも弄ばれたかのような裂傷と二つの弾痕、閃雷と爆発による幾つかの焦げ目。それらが攻性植物の生命をどれほど削ったかなど正確に知る術はないが、敵を死に近づけているのは間違いない。
 このまま全力で攻め掛かれば、恐らくは町中の子供達が夢の世界から帰る前に決着をつけられるだろう。
 じっと、隙を伺う素振りで藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)は推し測る。
 そして――直刃の一振りに手を掛けたまま、静かに大樹の傷痕を睨め付ける。
 瞳に灯る淡い藤色が揺れて、また何処からか鈴の音が鳴った。
 けれども、それは先に聞こえた玩具と言わんばかりのものでなく、冬の空に染みていくような澄んだ響き。
 いつまでも心地よく耳に残りそうな音だ。その音色は一時戦場の動きを止め、漂う焼け焦げた臭いをまだ遠い春の香りへと変える。
 途端、幹に刻まれた傷が僅かな痕跡だけを残して閉じた。
 のたうち回るようだった攻性植物は俄に活力を取り戻す。
 その様を見つめながら、ゆっくりとアガサが口を開く。


「必ず助けるから」
 お世辞にも愛想が良いとは言い難い、ウェアライダーの少女の言葉。
 それは居並ぶ九人の総意だ。討ち果たすべき相手の中に囚われた無辜の生命。枝葉の合間で土気色の顔を晒す男。その救出を成さずして、此度の戦いに勝利はない。
 なればこそ、ケルベロス達は敵を傷つける一方で癒やしの術も掛ける。
 そうして生と死の狭間を行き来させる最中、積み重なる真の痛みだけが樹と男を切り離す唯一の手段。
 必然、戦いは長期化する。無心で殴り掛かれば疾うに枯れ果てたであろう大樹は、他でもないケルベロス達が与える生命の水によって生き存えながら、正しく恩を仇で返そうと邪悪な光を放ち、爆弾と化した装飾を投げ、枝を槍にして伸ばす。
 その度に傷つき、苦しむのはケルベロスも同じ。
 ファルマコ・ファーマシーの喚んだ癒やしの風が肌を撫でたのも束の間、大樹から迸る閃光にレスターとカッツェ、タキオンが立ち向かう。
 赤青白緑と刺すような鮮やかさの色合いが、本当に身体のあちこちへと刺し貫くような痛みを与えてきた。
 けれど呻くでもなくタキオンが魔砲を唸らせれば、カッツェはたっぷりと手心加えた刃で斬りかかる。
(「こういうやり方で殺されるって、もう分かってるだろうにねぇ」)
 思うだけに留めたつもりが、カッツェはニヤリと不敵な笑みを見せた。
 殺さない程度に延々と痛めつける戦いなど、攻性植物の側に立ってみれば拷問じみているとも言えよう。
 それでも懲りずに繰り返すとなれば――ひょっとすると、こいつらは傷つけられるのが好きなのではないのか……? などと、ろくでもない想像が出来るのは守りと癒やしを優先したが為に生まれた余裕の証。
 それでも油断はなく、水凪が黒鎖の陣を敷く。何層にも重ねられたそれは傷を癒やすばかりでなく、ケルベロス達の守りをより強固なものにしていく。
 そうして土台を頑丈にすれば、落ち着いて攻撃にも転じられる。
「あんたを慕ってる子供たちが待ってるんだから、諦めるな」
 繰り返し声掛けながら、アガサは今日の戦いで初めて牙を剥いた。
 縛霊手から生み出した光弾が大樹を飲み込んでいく。大軍向けであるが故に、個には見かけほどのダメージを与えないそれが過ぎ去るのを待って、景臣がまた風を喚ぶ。
 その最中に伸ばされた枝が頬を裂こうとも、景臣は自らの血を止めるより敵の傷を埋める方に全力を傾けた。
 瞬く間に癒える幹。それをアルベルトが念で縛り上げれば、アウレリアの元からは竜の姿をした稲妻が、悠姫のガジェットからは石化の魔弾が飛ぶ。勿論、囚われの男への呼び掛けも乗せて。
「もう少しだけ、頑張って頂戴」
 必ず。必ず、助けるから。
 誰もが呪文のように繰り返す誓いを、アウレリアもまた呟く。
 その声を聞き、レスターは鎖を手放した。
 右腕から銀火が溢れる。小さく、しかし滔々と流れるそれは敵に迫り、囲む。
「――さっさと吐き出せ、そいつを」
 ぐっと、拳を握った一瞬。銀色が広がり、大きな幹を包んだ。
 割れ砕ける枝が断末魔のような音を立てる。
 傾く樹の頂から、大きな星の冠が真っ逆さまに落ちていく。
 それは地面に当たって、からん、からんと微かな音を響かせて。
 跳ねて転がり、窪んだ砂場に吸い込まれて、視界から消えた。
 まるで――まるで希望が潰えたかのようだ。
 天流れる光の礫。子供達が願いを掛ける煌めきも、古には死を示す凶兆であった。
 ケルベロス達の背筋に冷たいものが走る。
 まさか、と。誰しもが思う中で真っ先にアガサが駆け寄り、潰えていく幹から吐き出されるようにして転がり落ちた男を抱え、揺さぶる。
 すぐに水凪やファルマコも雪崩れるように来て、次々にヒールを掛け始めた。
 敵と相対していた時よりも遥かに大きな緊張が場を支配する。あらゆる癒やしの術と、励ましの言葉が一点に集中していく。そして――。
「…………」
 静寂の中、小さな声を漏らしたのは誰だったか。
 それすら定かでないまま、崩れ落ちるようにしてへたり込むケルベロス達の輪の中心で、生気を失いかけていた男は熱と鼓動を取り戻しつつ、穏やかに一つ息を吐いた。


 かくして戦いは無事に終わり、ケルベロスの齎した吉報は一本の大木へと変わる。
 勿論、新たな攻性植物などではない。
 それは無垢なる夢と希望を守るため、天より遣わされたもの。
 即ち、幼子たちの聖樹(二代目)である。
「では皆の衆、園児が来る前にちょちょいのちょいのちょーいじゃ!」
 兎にも角にも、まずは二代目を初代と同じ位置に据えるところから。
 ファルマコは腕まくり、立派な樹を運ぼうと担ぎ上げ――担ぎ――担――。
「ふんぎぎぎぎ!」
「いや、さすがに一人じゃ無理だって」
 吐息混じりに言うと、アガサも幹の端に手を掛けながら周囲に目を走らせて。
「……レスター」
「ああ」
 元より手伝うつもりでいたか、仲間内で最も精悍な体躯の男が呼びつけられるまでもなく歩み寄っていくと――いやはや、身長差とはかくも惨たらしい現実である。
 一端を180cm超、一端を160cm超に支えられて大木はゆっくりと持ち上がり、その合間で顔を真赤に染めていたドワーフ(130cm)は哀れ、置物に。
「……わしの身長、低すぎ?」
「そういう種族だからしょうがないでしょ」
 込み上げる笑いを隠そうともせず、声掛けたのはカッツェ。
「それに、ファルマコにはもっと向いてる仕事があるからねー」
「はて……?」
 なんじゃろか。
 大樹の搬送を見送りつつ、考え込むファルマコ。
 一方で、カッツェの笑みは段々と悪ーい感じになっていく。
 果たして少女は何を企んでいるのやら――。

 ――と、それはともかく。
 大樹は然るべき場所に運ばれて、その頃には子供達がぽつぽつと姿を見せ始めた。
 まだまだ浮世の穢れやしがらみなどとは縁遠い、純粋無垢を絵に描いたような彼らは皆一様に聖樹(二代目)を見上げて首傾げ、殆ど叫ぶくらいの声音で同じことを言う。
「せんせー! つりーの! かざりが! ない!」
「そうだねぇ。どうしちゃったんだろうねぇ」
 すっかり回復した保育士の男が、やんわり惚けた口調で答えた。
 つい先程まで生死の境目に立たされていたとは思えない、その子供達に対する姿勢はさすがプロと言うところか。
 景臣とレスターは何故だか頷き、それから視線を交えると苦笑を漏らした。
 若葉の時期をとうに過ぎた彼らには、はしゃぐ幼子たちの姿が眩しすぎるのかもしれない。結局、何を言葉にするでもなく景臣が眼鏡を押し上げれば、レスターは懐から煙草を取り出しつつ園外へと足を向ける。
「おじさん!!」
 無遠慮な咆哮が突き刺さった。
 どっちだ? どっちの事だ?
 再び交わる視線が、共に「お前だろう」と訴える。別段張り合う理由もないのだが。
「お じ さ ん ! !」
 子供は容赦がない。
 まるで脳筋なエインヘリアルのように吼える男の子が、ずんずんと近づいてくる。
 そして、二人の服を小さな手で掴む。
 成程。そうだよね。両方おじさんだよね。うん。
「かざりつけするからてつだって!!!」
「……」
 仕方ない。他に選択肢はない。二択に見えても“はい”と“YES”だ。
 観念したレスターは煙草をしまい込む。
 それにまた苦笑しつつ、景臣は肩車まで要求し始めた少年をゆるりと担ぎ上げた。

 そうして一人が何かを得ると、途端に同じものを欲しがるのが子供。
 景臣とレスターは高所作業専用の作業台になることを強いられて、わんぱくな少年たちを代わる代わる肩に乗せる。
 本当に乗せるだけだ。うっかり「これを此処につけたら?」なんて景臣が口走った途端、おじさんださいとか“せんす”ないとか散々に言われた辺りでもう余計な口出しはしないと誓うしかなかった。
 それでも足りないか、タキオンまでもが「おにーちゃんもてつだって!」などと駆り出されていくのを、アガサは穏やかに見やる。
 やんちゃ坊主達の相手をする男共は大変だろうが、それはそれ。
 適材適所というやつだ。故に愛想に欠ける自分は飾り付けを手伝いつつも、一歩引いて見守るばかり。……子供に混じって燥ぎまわるビハインドと、それを追いかけている女性については、見なかったことにする。
 女の子の相手は――水凪と悠姫に任せよう。いや、二人共既に囲まれているけれど。
「おねーちゃんこれむすんでー」
「これか? ……よし」
「おねーちゃんこれつないでー」
「何処だ? ああ、此処か……」
「おねーちゃんこれくっつけてー」
「どれ……と、わたしではなかったか」
「ふふ、皆“おねーちゃん”で困ってしまうわね」
 何も間違っていないのだけれど、と微笑む悠姫に頷く水凪。
「やっぱりクリスマスは賑やかな方がいいわね」
「……ああ」
 言葉少なに肯定しつつ、水凪は子供達を眺めた。
 皆、笑顔だ。それは尊く何にも代え難いものであり、ケルベロス達が守りたかったものでもある。
「みなぎおねーちゃん?」
「……ん? ああいや、大丈夫だ」
 感慨に浸ってばかりはいられない。
 悠姫に名を教えてもらったのか、呼び掛けてくる子供の頭を撫でて、水凪はまた新しいリボンを結ぶ仕事に戻る。

 かくして、二代目は初代に引けを取らない厚化粧を施された。
 重みに耐えかねた枝のしなりが円錐形に不思議な丸みを帯びさせている。豪華絢爛と呼べば聞こえはいいが、しかし盛れば映える訳じゃないのだとは子供達に教える必要があるかもしれない。
 とはいえ、その子供達が至極満足げであるのだから野暮は言うまい。
「これで――完成ね」
 最後に一つ、アウレリアがアルベルトに取り付けるよう渡したのは、砂場に沈んでいた初代の夢の欠片。大きな星の冠。
 保育士達が子供の為にと用意した、その想いを少しでも汲み取れないかとするアウレリアが見つけたそれは、輝きの象徴であるが為か邪悪で侵されてはいない。
 天辺に被せてあげると、子供達は純粋な声を何十と折り重ねて響かせる。
「おねーちゃん、おにーちゃん、おじさん、ありがとう!!」
 其処はお兄さんお姉さんだけでいいじゃないとか野暮は言うまい。
 なんてったって、今日はクリスマス。
 理由はさておき素敵な一日であるべきなのだ。
 幼子達にとっても、大人達にとっても。そして、ケルベロス達にとっても。

「――じゃからといってこれはじゃな!」
「ここまできてごちゃごちゃ言わない! そのヒゲは何のために付けてるの!」
「ぐぬぬ!」
 一つ言うと二つ返ってくる。
 不利を察してファルマコは唇を噛む。それを了承だと極めて強引に解釈したか、カッツェは満を持してドワーフを表舞台へと送り込む。
「ほら、ケルベロスが保育士に負けるなんて許されないよ! はよ! はよはよ!」
「いやまだ心の準備がじゃなのわぁっ!」
 容赦など欠片もない。
 背を押されて体勢を崩し、そのまま廊下から滑り出る。
 そんなファルマコの格好は赤い服と帽子。持ち物は大きな白い袋。
「サンタクロースだー!!」
「……め、メリークリスマスじゃぞ!」
「ちっちゃーい!」
「小さいサンタもおるんじゃよ!」
 酷い。まるで目も当てられないくらいアドリブが効かない。
 しかし逃げ場はない。ファルマコはサンタ役を何とかこなそうと頭を悩ます。
 それを陰から眺めてカッツェは腹を抱えていた。
 勿論、助けるなどという選択肢はない。
(「頑張れファルマコ! 輝けファルマコ!」)
 とりあえず応援なんだか野次なんだか分からない台詞だけは投げてみる。
 サンタドワーフは一瞬だけ矢のような視線を返してきたが、後はもうひたすら子供達相手に必死の演技を披露するばかりであった。

 そうしてサンタクロースのお披露目やら、お歌の時間やらがあっという間に過ぎて。
 気付けばお日様も高く昇り、子供達も燃料補給の頃合い。
 それじゃあそろそろお暇して、洋菓子店で娘が喜びそうなケーキでも見繕おうかと景臣が腰を上げれば、去り際のケルベロス達にまたぞろぞろと園児が集まって小さな袋を渡してくる。
「めりーくりすます!」
「あら、ありがたく頂くわね」
 悠姫が丁寧に答えつつ、中をちらりと覗けばお菓子が見えた。
 可愛らしい報酬だ。
 偶にはこういうものを貰って、無垢な眼差しを向けられるのも悪くない。
 そう、悪くない。レスターは自嘲気味に笑みを浮かべる。
 そんな大人の心の複雑さなど知らない子供達は、只々最後まで純粋な瞳で、ケルベロスを見送るのだった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年1月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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