ホットカフェモカソイミルクウィズキャラメルシロップ

作者:遠藤にんし


 夜中。
 とあるカフェのブラックボードに書かれたおすすめメニューを見て、ビルシャナは静かに肩を震わせる。
「なんなんだ……このメニューは……」
 ホットカフェモカソイミルクウィズキャラメルシロップ――温かいカフェモカを豆乳で作り、そこにキャラメルシロップを掛けるというカスタムの結果として生まれたその注文は、もはや呪文。
 そして、そんな呪文こそが、このビルシャナの憎むものだった。
「許せん……メニュー名なんて四文字以内にするべきだ! 『コーヒー』! 『紅茶』! 『水』! これで十分だろう!!」
 ビルシャナの叫びに大きくうなずくのは3名の配下。
 夜の街に、彼らの長ったらしい怒りの声が響き渡る――。

「私はホットソイラテが好きだから、このビルシャナの教義が広まると困ってしまうな」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)の言葉に、確かにとうなずく小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)。
「ジュースが一通り駄目になるのは嫌だ」
「そうだね。このビルシャナの教義を広めないためにも、みんなの力を借りてもいいかな?」
 冴の問いかけにうなずくケルベロスたち。
「敵の教義は『長い名前のメニューは許さない』かな?」
 瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)の言葉に冴はうなずいて、続ける。
「その通りだ。配下がいるようだから、戦う前に説得で洗脳を解いておきたいね」
 配下の数は3名。
 いずれも何らかの事情で、長い名前のメニューを嫌っているようなので、彼らを説得する方が安心して戦えるだろう。
「このビルシャナは、とある喫茶店の前にいるようだ」
 深夜という時間帯もあり、周囲や店内には人がいない。第三者を巻き込む心配は不要だろう。
「必要であれば、その喫茶店の中の設備や食品を使うことも出来る。説得の上で、必要であれば使ってみてほしい」
 広さは充分にある喫茶店で、カスタムのためのシロップ類も充実している。
 もしも戦いの後、時間に余裕があるのであれば少し休んでいくことだって出来そうだ。
「じゃあ、そろそろ出発しよう。準備はいいかな?」
 問いかけて、冴は微笑するのだった。


参加者
三和・悠仁(憎悪の種・e00349)
清水・湖満(竜人おかえり・e25983)
小柳・玲央(剣扇・e26293)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)
エリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)
シャムロック・ラン(セントールのガジェッティア・e85456)
フィローレ・ムーア(道を疾る者・e85459)

■リプレイ


「まあ、ちょっと聞いてよ」
 深夜であろうとお構いなしに騒ぎ立てるビルシャナと配下へ、清水・湖満(竜人おかえり・e25983)は呼びかける。
 だが。
「こんな……こんなメニュー名が許されるわけがない! なんだこのホットカ……カフッ……なんとかいうやつは!」
「許せん!」
「許せん!」
 大盛り上がりの彼らの耳に届けるには、少々物足りない呼びかけだったらしい――というわけで、湖満はニュクスの鉄槌を突き付ける。
「いいから聞け」
「ハイ」
 シュッと大人しくなる配下たちへと、よろしい、とひとつうなずく湖満。
 落ち着いた彼らの前にエプロン姿で立つシャムロック・ラン(セントールのガジェッティア・e85456)は、藍色の瞳で笑って彼らに尋ねる。
「当店オススメのホットカフェモカソイミルクウィズキャラメルシロップは如何っすか?」
「……! な、長い名前!!」
 過敏に反応する配下らへ、シャムロックは首をかしげて。
「へ? 名前が長い? でも、これをさらっと言えたら格好良いしモテそうっすよ?」
「ただなあ……名前がなあ……」
 シャムロックの言葉に難色を示す配下に、湖満は首肯して。
「飲み物の名前がまどろっこしいんは、分かる。とてもめんどい、覚えらんない」
「俺も定命化した当初は結構…いや大分メニューの豊富さに戸惑ったなあ」
 瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)もかつてのことを思い出して苦笑い。気持ちは分からないではないと共感しつつも、湖満はおっとりと反論する。
「でもさー長い名前の飲み物の方が美味しいし最高の親切やと思うのよ」
 何が入ったどんな物かというのが、名前を辿ることで分かるようになっている……それは、長い名前の飲物の利点なのだ。
「コーヒー! だけやと、どこのコーヒーやとかどんないれ方したのかとかなんも分からん。長い名前ほどいちいち丁寧で詳しいし凄いやん、偉いやん」
「名前が長いのはこだわりや好きの表現の一つだぜ」
 フィローレ・ムーア(道を疾る者・e85459)はそう言って、あれだ、と鹿毛色の指を宙でくるりと回す。
「よくあるじゃん、父親の名前を子供が継いで、尊敬する人物の名前を間に入れて……って、これ海外の話?」
 金の瞳で笑いかけながら、フィローレは言う。
「そこの鳥はともかく、あんたらの好きなものなんかあるだろ。音楽でもアニメでも。それらをただの音とか色って答えられたら、なんかこうわかってねぇなこいつってならない?」
「確かにそうだな……」
「俺ならキレる」
 身近なものに置き換えての言葉に、納得の表情を浮かべる配下たち。
 そんなシャムロックの意見を補足するかのように、小柳・玲央(剣扇・e26293)は豆を挽く。
 アメリカン用に浅く焙煎した豆を、エスプレッソ用に細かく挽いて。
 同じ豆で淹れるのは紙ドリップのアメリカンと、マシンで作るエスプレッソ。
 この行為が豆への冒涜だということは玲央も承知の上――しかし、同じ豆でやらなければ意味がないのだと、白い睫毛をひそやかに伏せる。
 珈琲の準備の間に、フィローレは珈琲の缶などを示す。
「まぁ、まずはそのこだわりの名前とやらの味を知ろうや。えーとドリップ、サイフォン、フレンチプレス。あとそこらの缶コーヒーとコンビニコーヒー」
 種類の違いは豆だけでなく、疎い配下たちには無数にも感じられるほど。
 だからか配下たちは顔を見合わせるばかりで、シャムロックは八重歯を覗かせて彼らに言う。
「そもそも、茶葉やコーヒー豆にも種類があって、その上個人の好みやアレルギー等もあるのに全部短いメニュー名で統一してしまうのは横暴すぎやしません?」
 長いメニュー名にはお店側のおもてなしの心も詰まっている、とシャムロックが語る間に、二種類の珈琲が完成。
「比べてほしいな」
 二つのカップを差し出す玲央に促され、配下たちはカップに口をつけた。
「……ん?」
「これは……」
 味の違いは歴然。目を見張る配下たちへと、玲央は言葉を続ける。
「珈琲だって種類があるだろ? 豆の品種や産地、ブレンドの時の配合、焙煎時間に挽く時の粒の大きさ」
 玲央が指折り数えるそれらを淹れ方や飲み方に合わせて調整し、それぞれの店が提供しているのだ――香ばしい珈琲の湯気の中、玲央はそのように語って。
「それをすべて引っくるめて『珈琲』なんて暴言もいいところだ。長い名前だって、店の努力と客の好みを擦り合わせるための言葉なんだ」
 うなずいて、三和・悠仁(憎悪の種・e00349)は口を開く。
「皆さんが仰っている通り、長い名前だって、別に意地悪しようと付けているわけではないんです」
 より美味しくしたい、より細かな好みに合わせたい。
 そのために名前を長くすることも必要だっただけなのだ、と悠仁。
「そうだろうか……?」
 ピンと来ていない配下の様子を見て、湖満は少し考えてから。
「あんたかて、『ここは電車の駅です』て言われただけやとなんも情報入らんくて困るやろ。あんたの言うとることはそういうことよ」
 飲み物以外のたとえを出すことで、彼らに理解を促す。
「世の中短い名前だけで何でもまかり通るかて思わんことね!」
「なるほど……珈琲というものの奥の深さは分かった……」
「じゃあ次は、紅茶について紹介するよ」
 配下たちが珈琲についての理解を深めたところで、右院は今度は紅茶についての話題を出す。
「今はいいけど夏場は暑いよね。となると、アイスティーとか……」
 これは、名前が長くなったというよりは形容詞がついただけのこと。
「紅茶もストレートばっかりじゃ飽きてくるから、たまには変化させたいし……となると、例えばホットミルクティーとか、気取らず身近なフレーバーから少しずつ慣れれば良いと思います」
「本当にそうでしょうか? わたしもシンプルが一番だと思う!」
 反論は配下からではなく、エリザベス・ナイツ(焔姫・e45135)から。
「実際に飲み比べして長い名前なんて不要って事を証明しちゃいましょう。ということでメニューの紅茶を用意したよ」
 エリザベスの持つ紅茶は、ティーバッグのインスタント紅茶。
 沸かした水道水を注げばすぐに完成。あっという間に香りを立ち上らせた紅茶を、エリザベスは配下たちへ差し出した。
「さ、飲んでみてくださいっ!」
 差し出された紅茶を飲んだ配下たちは、うん、と軽くうなずく。
 決して不味くはない紅茶――だということは、紅茶に明るくないフィローレにも分かるところ。
「ふんふん、悪くねえじゃん。なんだろうな、お茶の味がするぜ」
 何か感想を言おうと絞り出すフィローレであっても、それ以上の感想は特に浮かばない様子。
 美味しいという歓声もなければ不味いという怒号もなく、辺りには沈黙が落ちる。
 そこで口を開いたのがフェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)だ。
「シンプルっていうのは結局味気ないんだよ」
 言うフェルディスの手元では、まだ空のカップが温められて湯気を立てている。
「例えば今回みたいな紅茶なんて茶葉の種類やお湯の温度、淹れ方一つで変わるんだ」
 ティーポットの中でじっくりと蒸らした茶葉を取り出して、渋みが出ないように。
 ポットを傾けて最後の一滴まで注ぎ尽くしてから、フェルディスはこっそりと『おいしくなあれ』。
「はい、どうぞ」
 フェルディス渾身の一杯を飲めば、先ほどのエリザベスの淹れた紅茶との差は歴然。
「様々な可能性をわざわざ捨てるなんて娯楽を捨てる様なもんだね。実に勿体無いね」
 そんな言葉も、フェルディスの淹れた美味しい紅茶を飲んだ後なら反論も出来ない。
 満足した表情でフェルディスの紅茶を飲み終えて、右院は。
「気取らず身近なフレーバーから少しずつ慣れれば良いと思います」
 右院がカップにミルクを注げば、広がるミルクが紅茶の味を丸くする。
「ホットミルクティーはミルク後入れですっきりだけど、こっちのロイヤルとかシチュードって言われる方はミルクで煮出すから濃厚です」
 自分でもロイヤルミルクティーを作って、どちらの味が好みかを配下たちに問いかける右院。
 彼らの意見はさまざま。こうして分かれる好みに沿った味にしていくためにも、長い名前のメニューは必要なのだと右院は説明する。
 珈琲や紅茶の種類や淹れ方、そこに添えるトッピングで、メニューはいくらでも分岐していく。
「どうしても覚え切れない、難しいと思うのでしたら……」
 それに戸惑いを覚えることを否定はせず、悠仁はメニューに書かれた長ったらしい名前をひとつ、指さして。
「『これをください』の一言だけでも、良いのですよ」
『おすすめをください』という言い方でも、きっと通用する。
「メニューから変えずとも、四文字以内にするのとさほど手間も変わらないでしょう?」
「……確かに」
「せっかく、飲んで欲しくて考えられたものなのですから……無下にするより、受け入れて楽しんで欲しいな」
「いろんな温まり方したいので、良かったら安全な店内にどうぞ! 生姜やチョコシロップも美味しいですよ」
 右院の誘いに乗って、彼らは店内へ。
「コーヒーの香りに包まれながら、好きな事について語ろうぜ」
 フィローレはそう言って、ばいばいと彼らに手を振るのだった。


 元配下たちが全員店内へ入った後は、きちんとドアを閉めて。
 それからケルベロスたちは、たった一人になったビルシャナへと向き直る。
「わ……私は絶対に認めな――!」
 突如として巻き起こる爆風に、ビルシャナの言葉が途切れる。
 エリザベスの手の中にはおまじないの護符。
「おのれ――!」
 爆風の中から顔を出すビルシャナは憤怒の形相。
 ぎょろぎょろとケルベロスたちを睨みつけて、羽を焦がしながらも声を上げる。
「水ッ!」
「何でも言うてみ、攻撃してみ」
 そんなビルシャナの眼前に立ちはだかるのは湖満。
「こみっちゃん!」
 エリザベスの声に、湖満はゆるりとうなずいて。
「ぜーんぶ、お返したるわ」
 ぶちまけられた水を受け流すのは、影竿――要は物干竿。
 受け止めた衝撃は異怖のオーラによる癒しでなかったことにして、湖満は最前線に立ちはだかる。
「こっちからもいくよ♪」
 玲央の履くエアシューズは流星の煌めきを宿してビルシャナに一撃を叩き込み、悠仁はそこへ続こうとドラゴニックハンマー『悪心』を構える。
 悠仁の傍ら、エンジン音を響かせるのはライドキャリバーのウェッジ。勢いよく駆けだすウェッジを追うように、悠仁は弾丸を放った。
 弾丸がビルシャナの身体を射抜くと同時にウェッジがビルシャナに衝突、一拍置いて炸裂の轟音が周囲を揺るがす。
 悠仁の攻撃に伴う風すら物ともせずにフェルディは疾駆。
「これがボクの銃技の極みだ!」
 ビルシャナに銃を突きつける――突き付けられた銃を叩き落そうとビルシャナが手を上げる――がら空きになった腹にミドルキックが炸裂。
「エンテラール・レボルベル!」
「フェルちゃんさすがですっ!!」
 エリザベスの歓声に、手を挙げて応えるフェルディス。
 その後もケルベロスたちは次々と攻撃を畳みかけていく。
「さぁ、派手にいくっすよ!」
 シャムロックは蹄を鳴らし、荒々しくも駆け抜ける。
 獰猛な嵐を思わせるシャムロックの連撃は、ここまでの攻撃に消耗したビルシャナには避けるすべがないもの。
 軽快な蹄の音と揺れる黒いみつあみ。
 シャムロックの軽やかさとは対照的に苛まれるビルシャナへと、フィローレはルーンアックスを突きつけ。
「そろそろ退場の時間じゃねぇか?」
 持ちうる膂力の全てを使って、思い切り斧を叩きつける。
「受けてみろよっ!」
 重い音が轟いた――赤い髪飾りを揺らして、フィローレは右院へと顔を向ける。
「終わりにしてやれ!」
「そうだね、任せてよ」
 そう返す右院が、ルーンの棍棒を振りかぶる。
 ビルシャナの側頭部に叩きつける、確かな感触が右院に伝わる。
 甲高い断末魔が響き渡る。
 ――それが、ビルシャナの最期になった。


 戦いを終え、周囲のヒールも終えた後、ケルベロスたちは喫茶店の中で休んでいくことにした。
「まずは、ホットカフェモカソイミルクウィズキャラメルシロップっすかね」
 シャムロックはてきぱきとホットカフェモカソイミルクウィズキャラメルシロップの準備を始める。
(ここのおすすめみたいなやつ、美味しいのかな)
 そんなシャムロックの隣に立って、悠仁は興味深そうな表情。
 説得の上で長い名前のメニューの良さを語りはしたものの、あまり馴染みがあるわけではない悠仁。
「……ええと、カフェモカを豆乳で……?」
「豆乳で淹れて、仕上げにキャラメルシロップっす! 思い切り入れた方が美味しいっすよ!」
 悠仁と共に手順を確認しながら作り上げた、ホットカフェモカソイミルクウィズキャラメルシロップ。
 完成したそれを飲んで、シャムロックはふうとひと息つく。
 濃厚な豆乳の味わいに、カフェモカの深み。
 更にキャラメルシロップの甘さが加わって、ゆったりとした気分になる味わいだ。
「フェルちゃんの淹れるお茶、とっても美味しいですっ!」
 にこにこと言いながら、エリザベスはティーカップを傾ける。
 エリザベスはフェルディスと一緒に紅茶を飲むことが出来て嬉しそう。フェルディスが丁寧に淹れた紅茶を見て、右院はわくわくしている。
「これはどこの茶葉なんだろう」
「これはとっておきでね――」
 そんな会話を聞いて微笑む湖満が飲むのは、そば茶。
「そば茶も美味しいな! 和食にも合いそうだぜ!」
 珈琲や紅茶をさまざまなカスタムで飲み比べていたフィローレもそば茶が気に入った様子。
 わいわいと配下たちとも語り合うフィローレの湯のみが空になったら、玲央が新しく珈琲を淹れてくれた。
「お、すっげーいい匂い!」
 目を輝かせるフィローレに、器具の洗浄をしていた玲央は微笑を返すのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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