ひかり

作者:藍鳶カナン

●ひかり
 夜明け前の雪原に、光が咲いた。
 比喩ではない。凍てる夜闇がほんのり透きとおり始める頃合、深藍の水底を思わす静謐な雪原に咲いたのは、光り輝く花だった。早春の光そのものを思わす眩い黄色の花を咲かせる福寿草。美しい光沢を持つその花弁は確かに花の芯に陽光をあつめる性質を持っていたが、夜明け前のこのときにも光を咲かせる様は、不思議で、何処か厳かで。
 時刻だけでなく時節を思えば、凛列な畏怖さえ感じさせた。
 元日草、あるいは賀正蘭、歳旦華といった別名を持つ花。
 だが、それらは福寿草が旧暦の正月、今の暦でいえば二月頃に咲き始める花であることに由来する名前。ひとの手で促成栽培されたものならともかく、自然の中で開花するにはまだ早いはずなのだ。
 新暦のこの日、一月一日は。
 暁闇――あかときやみを己が光で融かすよう、福寿草は次々と光り輝く花を咲かせて、己そのものを大きく花葉を広げた花束のごとくに変化させていく。確かにこの福寿草は神性を得たのだった。謎の胞子にとりつかれたことで、デウスエクス・ユグドラシル、すなわち、攻性植物という不死なる存在としての神性を。
 決してそれは、福寿草自身が望んだ変容ではなかったけれど。
 夜明け前にも自ら光り輝く力を得た福寿草が雪原を渡り始めれば、その遥か彼方、遠い山々の稜線のむこうに燈りはじめた、明けの光を拒むような黒が舞い降りる。
 黒衣の死神だった。彼女もまた、福寿草に望まぬ変化を強いた。
 球根めいた何かをずぶりと押し込んで、いのちを、歪めて、絶対の命令を刻んだ。
 ――さあ、お行きなさい。
『そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです』
 福寿草は『福告ぐ草』から転じた名だと言われている。
 春の花が、寿の花が、夜明け前の雪原をゆく。
 春を報せるためでなく、福を告げるためでなく。ひとびとに、死を告げるために。

●福告ぐ草
「福寿草ってたくさん別名があるの。わたしは報春花っていう名前が好き」
 春を報せる花。
 年初めのこの日、福寿草がほんとうに春を報せるために咲いてくれたのだったらどんなに好かったろう。真白・桃花(めざめ・en0142)の尻尾はやるせなさに揺れるけれど、とうの彼女自身は俯かず前を向く。それは桃花のみならず此処につどったケルベロス皆が同じで、皆を見渡した天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)は狼耳をぴんと立てた。
 為すべきことを、誰もが理解している。
「――うん。あなた達に、この福寿草の撃破をお願いする」
 黒衣の死神が福寿草の攻性植物に埋め込んだモノは、『死神の因子』。
 大量虐殺でグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されたデウスエクス――それをサルベージし、より強力な手駒を得ることが死神の目論見だと思われる。
 放置すれば福寿草は人里に至り、ひとびとの命を奪うけれど。
「そんな被害は出ない。僕がヘリオンで急行すれば福寿草が誰もいない雪原を移動している間に捕捉できるし、あなた達がそこで確実に撃破してくれる。そうだよね?」
 開けた雪原が戦場となる。
 夜明けが近く、福寿草自身も光り輝いているため、視界は良好。
 雪が積もっているが、ケルベロス達の足を妨げるほどのものではない。
「現場には誰もいないし、雪原へと向かう路も警察が封鎖してくれる。だからあなた達には福寿草の撃破に専念して欲しいんだ」
 望まぬ力を得た福寿草は、春の光と暖かさで多くを魅了しようとするだろう。暖かに輝く花粉の霧で多くを麻痺させようとするだろう。旭日を思わす金色の光で、炎を燈そうとするだろう。そして、最も厄介なのが、福寿草自身の護りの堅さ。
 ただ倒すだけでは足りないのだ。
 死神の因子を埋め込まれたこのデウスエクスを倒すと死体から彼岸花のような花が咲き、その場から消えて死神に回収されてしまうという。
「だけど、福寿草を充分に弱らせて、大ダメージを与える一撃で命を絶つことができたなら――その体内の『死神の因子』も破壊することができる」
 因子を破壊されれば死神の回収も不可能になる。
「合点承知! みんなと一緒ならそこまで為し遂げられるはずなの。その子をしっかりと、死神のくびきから解き放ってきますなの~!」
 小さくぴこんと立った桃花の竜の尾は、無事に終えられたらきっと、万感胸に迫る想いで初日の出を迎えられるよ、と結んだ遥夏の言葉で更にぴこんと跳ねた。
 雪原の遥か彼方、遠い山々の稜線を光に染めて、陽が昇る。
 初日の出。元旦だ。
 光に逢いにいこう。
 望まぬ神性を得て、更なる歪みをも得てしまった福寿草の光に。
 きっと限りなく清冽に輝くだろう、年初めの陽の光に。
 そうしてまた一歩進むのだ。
 この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた――真に自由な楽園にするために。


参加者
幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)
イェロ・カナン(赫・e00116)
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)
ルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)
霧咲・シキ(四季彩・e61704)
ローゼス・シャンパーニュ(セントールの鎧装騎兵・e85434)

■リプレイ

●ゆかり
 夜の闇が凍て緩みはじめていた。
 暁降ちの空はさながら霞がかった群青色の氷、湖を覆う氷を割る心地で空から降り立った雪原は静謐な深藍の水底を思わせて、
 ――主の愛は我らを満たし、悪しきを清める加護とならん。
 指先を添わす髪留めの十字架、その凛然たる冷たさにも心が引き締まる想いで謳い上げたルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)の受難曲、自浄の加護を授ける歌が幾重にも前衛陣へ波紋を広げ、静謐な世界に戦場という名の流れと波を喚んだ。
 深藍の暁闇を融かすのは光り輝く花を幾つも咲かせる福寿草。なれど見上げるほど大きな花束のごとき姿に変容させられた寿ぎの花ばかりでなく、雪上に描かれた星の聖域、実りを迎えた黄金の果実も昏い水底めく雪原に加護の光を燈し、デウスエクス・ユグドラシルたる神と成った福寿草の歩みを押し留めるべく、幾つもの流星が暁闇を翔ける。
 賀正蘭、歳旦華、そして報春花。
 幾つも抱いた己が別名を証するよう、旭日めく光や麗らかな春の術を次々と揮う福寿草。最も端的にその寿ぎを示す元日草という名を想えば、光の霞のごとく前衛陣を呑んだ麻痺の花粉を二重の浄化を乗せた癒しの歌声で押し返すエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)の胸裡に前の年明けに見た幻想の福寿草が咲いた。
 幻想に彩られた神社で奉納された友の神楽、国土を護る猛き舞。
 翻る金の扇を想起させる、眩い光までも見えたと思った、刹那。
「夜咲きのひかりってのも乙なものだと思うけど――」
「エエ。その麗しき光ガ、ひとびとヘ、地球への寿ぎであるうちニ」
 光り輝く花々から迸った金色の灼熱へ盾たるイェロ・カナン(赫・e00116)が迷わず身を挺し、エトヴァも即座に指輪から癒しを織り上げる。傍らに感じた柔らかな羽ばたきは、
「エトヴァ! 僕のカナリアも連れてって!」
「連れていきましょウ。助かりマス、ジェミ」
 癒し手として並び立つジェミ・ニア(星喰・e23256)が解き放った癒しの小鳥。光の盾と小鳥の羽に金の炎を祓われれば、中衛から広がる黄金の果実の輝きが何処か蜂蜜色に想え、
「ああやっぱり、はっちーだ」
「ええ、蜂です。みんなのお手伝い、させてくださいね」
 光を実らせた八柳・蜂(械蜂・e00563)の姿に笑んだイェロは、初手で星の聖域を描いた刃を打ち鳴らし、
 ――余所見は禁止。こっちを向いて?
 挑発めく詠唱へ咄嗟に反応した福寿草を、真っ向から刺し貫いた。
「炎には炎、攻性植物には攻性植物を、ってわけでもないんすけど、いくっすよー」
 幾葉もの葉を散らして刃から逃れた福寿草めがけて霧咲・シキ(四季彩・e61704)が翻す腕に絡むのは序盤に仲間へ光の加護を贈った球根から伸びる茎葉、その緑が抱く発火装置が煌くと同時、魔導の炎が三重に燃え上がり、
「さあシルさん、跳んでください!」
「うん。新年早々琴ちゃんと一緒に戦えるんだもん、負ける気も、失敗する気もしない!」
 鋭く狙い澄ました幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)が打ち込む縛霊手の一撃が咲かせる霊力の網が炎ごと福寿草を縛めたなら、雪よりも清冽な白銀の煌きを燈し、暁闇を貫く幾度目かの流星となったシル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)が強かに標的を打つ。
 衝撃で爆ぜた雪が落ちる間もなく躍るのは、騎兵の重突撃が巻き上げた波濤の如き雪煙。
「白き地に道を拓き征くものよ。貴様が何を求めようと叶わぬと知れ」
「求めるというか、求め『させられて』いるんです。この福寿草は……!」
 確実に狙いを定め勇壮に振り上げた重種馬もかくやの前脚、雪も地も揺るがすローゼス・シャンパーニュ(セントールの鎧装騎兵・e85434)の震脚での踏み込みが福寿草の根元をも揺るがした瞬間に、アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)が挙動の鈍った花葉へ打ち込む水龍の大槌が、滝を思わす重い凍気を奔らせた。
 騎兵は冷徹な断罪者の如く言い放ったけれど、望むはずもない攻性植物への変容、そして死神によって更に望まぬ歪みを強いられた福寿草に罪のあろうはずがない。過去には幾多のエインヘリアルを創造していたという戦乙女の声音の響きから彼女の複雑な心境を掬って、光の蝶の煌きを金の角で受けるルイーゼが雪上に足を翻す。
「うん。確り死神の因子を破壊しなきゃな。この子が死神に利用されないように」
 未来へ進むための靴の先から翔けるは幸運の星。
 輝く星が、福寿草の堅固な護りを三重に穿った。
 憂いなき『明け』を、未来を迎えるために誰もが迷わず雪原を馳せる。攻防を重ね、堅い護りを崩し、炎や氷も駆使して福寿草の命を削り、然れど一気呵成の撃破を目指すでなく、機を見逃さぬように意識を張りつめて。対する光の花は夜を朝に、冬を春に塗りかえるかの如き術でこちらを翻弄せんとする。後衛へ襲いきたのは麗らかな春の光と暖かさ、柔らかな光が優しい褥や陽だまりを思わすぬくもりで抱擁するけれど、
「報春花――成程、春の先触れの名は伊達ではないようですね」
「本当に。折角のその花を、死神に渡すわけにはいきません!」
 春の誘惑を振りきるように光を突き抜けたローゼスと、硝子めいて煌くボクスドラゴンに護られた鳳琴、鮮烈な流星と化した狙撃手ふたりの蹴撃が揺るがぬ闘志そのものめいた星の重力を福寿草へ叩き込み、
「前衛は私にお任せください。癒しの雨よ……!」
「お願いしマス! さア、桃花殿もこれデ……!」
「こころすっきりなの、合点承知! なのー!!」
 咄嗟に癒し手たるエトヴァの盾となったアクアが降らせる清らな雨と、少女の背に頷いた彼の歌声が奏でる浄化の旋律が前後衛から幻の春を洗い流せば、微睡みの誘惑からめざめた真白・桃花(めざめ・en0142)も花を見定め速撃ちの銃声を歌わせた。
 雪上にはらりと落ちる花片も光を零すかのごとき花。
 薬効を持つ反面、毒性も持つ福寿草だが、グラビティならぬ毒には害されぬ身には気にも留める必要はなく、
「白縹、この福寿草――春を報せてくれる花は、どんな味がするんだろうな」
 熟れた果実色の双眸を細めたイェロが小さな相棒へと笑いかければ、彼が花護る葉へ獄炎燃え上がる刃を叩きつけたのに続き、花食むのを好む小竜が、今試すつもりはないと言わんばかりに硝子の息吹を迸らせる。凛冽に爆ぜる氷、勢いを増す炎。
 皆の攻勢を浴びながらも光の霞めいた花粉を揮う花に更なる炎が燈れば、
「っと、そろそろ準備を始めたほうが良さげ?」
「半端に倒しては元も子もないしな。匙加減は慎重にいきたいところだ」
「けど、相手はディフェンダーっすからねー。もう少しこのままがいいかも」
 数多の葉を破られ花も茎も傷つき焦がされる福寿草の姿にイェロがそう紡ぎ、ルイーゼも術を切り替えるべく一瞬手をとめたが、無数の棘のごとき釘を纏わせて振り抜いたバールの手応えを確かめたシキが言を継ぐ。
「それじゃ、わたしは念のため控えめにして……」
「私はこのままでいきますね!」
 自陣最大火力を有する前衛の矛、その華奢な身体からは想像もつかない力を秘めたシルは蒼穹の棍に紅蓮の炎を燈し、敵陣を広く撫でる薙ぎで威力を抑えて、後衛から戦況を確実に見定めた鳳琴が瞬時に凝らせた精神の魔力が、花を爆破しその術の威力を殺ぎ落とした。
 それでもなお眩く迸る旭日の光、歳旦華の花が齎す灼熱の『明け』を、迷わず射線に跳び込んだアクアが耐え凌ぎ、縦横無尽に雪原を駆けるローゼスの突進が福寿草の後背から攻め寄せる。前方から挟撃のごとく奔ったのはイェロが繰り出す神速の稲妻、更に、
「曼珠沙華って、雷花って名前もあるんだよな」
 愛しむように呟いたルイーゼの掌中に躍るは百花を顕すパズル、少女が金色の曼珠沙華を咲かせた刹那、暁に躍り上がった雷の竜が三重の麻痺とともに福寿草を打ち据えれば、深い痺れに震えた花から今にも放たれんとした花粉が夢のようにふわりと消えた。
 新たな炎を燃え上がらせた花がそのまま雪上に落ちたなら、
「そろそろ頃合と見まシタ。終幕への仕上げにかかりますネ」
「同感です。力を託しますよ、ウィンディアさん!」
「私からも、お願いしますね、シルさん!」
 ――水よ、光よ、煌く万華鏡の様に皆に届け。
 眼力で視る命中率のごとく精密な数値では量れずとも、幾多の戦場を経て培った観察力と判断力でエトヴァが『その機』を見定めて、己の攻め手を緩めるもどかしさを覚えつつも、皆と織り上げた策を完成させるべく、ローゼスが雪原へ敷設した仕込みを起爆する。鼓舞の彩風が爆ぜれば、それに乗るように舞った万華鏡めいた煌き――前へ差し伸べた両の掌からアクアが解き放った数多のシャボン玉が虹色の煌きを踊らせ、シルの超感覚を高めていく。
 幾重もの花片が花開くように調っていく終幕の舞台。
「頼んだぞ、シルせんぱい!」
 白蝶草の花を咲かせたルイーゼのパズルからはシルの第六感を研ぎ澄ます蝶が羽ばたき、
『Der Himmel ist hoch, edel und unbegrenzt――』
 高く果てしなく、何処までも青く澄んだ空から降る光のごとき声音でエトヴァが口ずさむ旋律が可能性を開花させる。蒼風の精霊術士に、蒼穹へ羽ばたく翼を与えるよう。
「さあシルさん、決めてくださいっ!」
「任せたっすよー。こーやって、鳳琴の心も連れていくといいっす!」
 高められていく力が大切なひとの裡から光となって溢れだす、そんな光景が視えた心地で双眸を細めた鳳琴。彼女が贈る声援に眦を緩めたシキが踊らせる彩りが、シルの力を三重に強めるグラフィティを描きだした。
 約束の指輪きらめく手の甲に、鮮やかに力強く羽ばたく、鳳凰。
「わ、あ……! ありがとうシキさん、皆も!!」
 絶対に決めてみせるから!!
 応えとともに咲かせるのは、強気な笑みと、絶大な威力の輝き。
 ――炎よ、水よ。風よ、大地よ。
 ――暁と宵を告げる光と闇よ。
「六芒に集いて、全てを撃ち抜きし力となれっ!!」
 世界を構成する彩りが鮮烈な輝きとなって収束する。撃ち放たれたのは、極限をも遥かに超えたかに思える強大な光、魔力砲。嘗てそれに超新星の爆発を重ねたのは誰だったろう、あのときの威をも圧倒的に凌駕する輝きが暁の雪原を染める。
 誰もの魂を眩ませんばかりの輝きに呑まれた福寿草の花葉も茎も根も、光に融けて輝いて消えていく。死神の因子も間違いなく破壊されたと確信できるその光景を、春を報せる花が世界へ還っていく様を、イェロは最後の一瞬まで見届けた。
「折角、綺麗に咲いたんだもんな」
 花が咲かせた光を、確りと。
 己が眼と心に、灼きつけて。

●ひかり
 夜の闇が光りに融けはじめていた。
 振り仰ぐ天頂はいまだ深藍に澄むが、空の涯に瞳をめぐらせるにつれ光を透かす薄群青に融けていく。雪原の彼方で空の涯を縁取る山々と、空にかかる雲が影色に染まる様も双眸に映して、凍て緩むような大気を胸いっぱいに吸い込めば、そのつめたさに、僅かに、けれど確かに、地獄を秘めた胸の鼓動が高鳴っていくのを感じて、イェロは笑みを洩らした。
 擽ったいような、心を雪がれるような。
 世界のすべてが薄群青の濃淡で描かれたかに想えたのも僅かなひとときのこと。
 遠い山々の遥か彼方の空が桜色に染まる。薔薇色を滲ませていく。影色の雲の縁と山々の稜線が細く眩い朱金の光でなぞられる様は思うさま絵描きの魂を揺さぶって、まるでそれが響き合うようにふと眼が合ったシキとルイーゼが、深く被った猫耳ニット帽、太陽のルーン燈すマフラー、防寒ばっちりな互いの姿に笑みを交わして再び彼方へ眼差しを向けたなら。
 空が光に白む。
 白んだ空がほんのり柔い杏色の色彩をとりもどす。
 遠い山々の奥から、輝く陽が昇りくる。
 橙を透かし、眩いばかりに輝く白光が溢れだした。
「ふわぁ……とっても綺麗ですっごく幻想的だよね」
「はい。陽の光も世界の彩も、心に染み入るみたい」
 歓びと感動に瞳を輝かすシルが微笑めば、笑み返す鳳琴の唇から零れた吐息も白に色づき世界の彩を映して、きらきらと光の粒子を踊らせる。互いの瞳に映す大切なひともひときわ綺麗で、満ち足りた心地で二人は新たな誓いを胸に描くために瞳を閉じた。
 ――世界をデウスエクスの脅威より解き放たれた、真に自由な楽園に。
 心に刻む誓いは二人とも同じ。そして、心に燈す願いは。
 私の姫を、わたしの鳳凰を。
 ――誰よりも傍で、ずっと感じていられますように。
 口に出さずとも想いが重なったのは識らぬまま、目蓋を開ければ自然と眼が合って。
「シルさんは何を誓いました? 願いごともしましたか?」
「えへへ。それは流石に、なーいしょっ!」
 頬に燈る薔薇色も、ふたりで、おそろい。
 少女達のやりとりが耳に届けばシキが緩く笑み、
「今年の願いごと……オレはとりあえず、こたつでゆっくりしたいっすね」
「ふふ。それも素敵ですね」
 紡がれた言葉に笑みを綻ばせたアクアは、思いきり心を開く気持ちで清冽な陽のひかりを満たす。続けてシキが添えた、春は待ち遠しいけど冬には冬のぬくぬくがあるっす、という言葉にもう一度彼女がふふと笑って、へへ、と彼も笑った。
 その願いを叶えたら、その先で叶える願いは――そのときになったら考えよう。
 前のルイーゼの冬はリザレクト・ジェネシスから追撃戦にかけての印象が強くて、戦火の名残に心を砕いているうちに年を越したという感があった。ゆえに、こうして心がゆっくり高揚していくのを感じながら迎える、初日の出は。
「……はじめて、みた」
 宝石の眠りからめざめたオウガ達がこの星の民となったのは一昨年の二月。それでもこの星で迎えた三度目の年明けとルイーゼに感じられたのは、過去の記憶すべてが真白になった己が異国の教会でめざめたあのとき、その瞬間を『はじまり』の『明け』だと魂が認識しているからか。
 清らな聖性に満ちた小さな世界。新雪のごとくまっさらな心がそこで迎えた『明け』とはまた違う、けれど同じくらい清冽に魂を貫く、生まれたての、ひかり。
「……きれい」
 こんなにうつくしいなんて、と零れた少女の声音も、地球がひとめぐりした日ですか、とローゼスが紡いだ言葉も光に吸い込まれていくかのよう。セントールの騎士が万感胸に迫る想いで洋兜を外せば、鮮やかな赤の髪が何物に遮られることなく曙光に煌いて。
「このような区切りの日を迎えるのは……本当に、久しぶりですね」
 故郷から遥か離れた惑星の民となり、その星を照らす恒星のひかりを、こころとからだで享ける。永き宝石の眠りに入った日から、なんと遠くへ来たことか。
 距離も、時間も。
 春の陽だまりでお昼寝に誘われたみたいだったの~と春色の友が先程の花の術を語れば、感想を訊ねた蜂はそよかぜめいた笑みを零す。花の春も体験してみたかったけれど、それがなくたって。
「桃花ちゃんは私にとって、光で、春なんです」
 きらきらしてて、ぽかぽかで、傍にいるとねとっても安心するの。
 本当に、いつもありがと。といつものお返しとばかりにほっぺちゅーを贈れば、ぴゃっと嬉しげに桃花の声が跳ね、当たり前のようにお返しほっぺちゅーが蜂に贈られる。
 ――はっちーと一緒だと、わたしもこころがぽっかぽか! なの~!
 遠く聴こえた彼女達のやりとりに目許が和らいだけれども、瞬きも忘れたようにイェロは真新しいひかりが世界を照らし出していく光景に見入る。思わず眼を細めてしまいそうで、だけどそれすらも惜しくて。
 眩しいような、心を浄化されるような。
 ひかりに満たされながら、密やかに願掛けを。
 心の何処かで望むのは、ゆるやかな平穏と、些細な変化。
「……なぁ、白縹。今年も宜しくな」
 傍らで静かに羽ばたく相棒に語りかければ、普段はつれない硝子の小竜もこの時ばかりは確りイェロを見上げ、握手の代わりのように己が尾の先を、ぽん、と彼の手に乗せた。
 陽のひかりを透かす尾から、きらきら零れる、きらめき。
 誰もまだ触れていない、まっさらな雪にふたり並んで足跡を刻んでいく。
 大切な家族とごく自然に手を取りあい、遠い山々のむこうから生まれくるひかりを迎えに行く心地で歩めば、薄群青に、桜に薔薇に杏色に空や雪を染める彩りに眼を奪われ、ついに顔を覗かせた陽のひかりに、ジェミとエトヴァの足がとまる。息を呑む。
 瞳を射るような、魂を貫くようなひかり。
 満ちていく光が雪に反射し眩く踊って、光に呑み込まれる心地で互いの手を強く握る。
「凄いね――」
「ええ……すごいデス」
 互いの胸を震わせる感動、それを分かち合うのに多くを語るまでもない気がして、二人は唯それだけの言葉で心からの感嘆を溢す。広く世界を見霽かし、傍らで同じひかりを享ける家族の彩も心に燈した。エトヴァの瞳に映るは白金に輝くジェミの髪と鮮やかな光を宿す緑の瞳、ジェミの瞳に映るは蒼穹を思わすエトヴァの髪と鏡映しの如く曙光に煌く瞳。
 ひかりが真新しい歓びとなって胸に満ちていく。
 真新しい幸いを互いに燈しながら、二人でともに新しい年の幸いを祈る。
 ――光り輝く未来でありますようニ。
 ――未来がどこまでも、明るく開けていますように。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年3月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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