ミッション破壊作戦～コキュートスの涯

■リプレイ

●一
　ミッション３８－４、京葉工業地域。
　かつて終末機巧大戦の舞台となった東京湾に面するこの地は、死神達の狩場へと変わり果てて久しい。
　稼働を停止した工場群は無人のまま放置され、今も緩やかに朽ちつつある。そんな一帯を音もなく泳ぐのは、鉄の怪魚型死神『鉄還リ』の群れだ。
「ダモクレスのサルベージを目論む死神、ですか……」
　湯川・麻亜弥（大海原の守護者・e20324）は、ヘリオンの真下に広がる光景に死神達の姿を認めながら、次第に近づいてくる魔空回廊へ視線を移す。
（「地球の人々に害を為す死神……必ず葬り去ってみせましょう」）
　仲間達と共に降下準備を始める麻亜弥。その青い瞳には揺るがぬ決意が宿っていた。
「ええ加減に京葉の人らにこの場所を、平穏を返してあげたいですね」
　田津原・マリア（ドクターよ真摯を抱け・e40514）はベルベット・フロー（紅蓮嬢・e29652）と共に現地の地図を広げ、選定された離脱ルートを頭に叩き込んでいく。
　現場は大きな工場が立ち並ぶエリアだ。鉄還リが現れる前は、ここで大勢の人々が働いていたのだろう。死神の襲撃で失われたものの大きさを思うと、マリアの胸は痛んだ。
「解放したりたいですね、京葉の人らのためにも」
「ええ。あの回廊がある限り、それは誰かの何かが奪われ続けているという事ですから」
　淑やかな口調で、ステイン・カツオ（砕拳・e04948）が頷く。
　東京湾の戦いが終結した今も、この地に生きる人々の戦いは終わっていないのだ。解放の日が遅れれば、それだけ地球に刻まれる爪痕は深くなるだろう。
「ここは５度目の正直という事で、確実に破壊いたしましょう」
　あの鉄の怪魚達にくれてやるものなど、この星にはひとつもない。今度こそ死神達の回廊を破壊する決意を、ステインは固く誓う。
「さテ。もうじき降下地点に到着のようですネ」
　降下の準備を終えたエトヴァ・ヒンメルブラウエ（フェーラーノイズ・e39731）は、仲間達に折り目正しく一礼した。
「今日こそハ、吉報を携えて帰還しまショウ」
「ああ。必ず、果たしてみせよウ」
　君乃・眸（ブリキノ心臓・e22801）は静かに頷くと、相棒の尾方・広喜（量産型イロハ式ヲ型・e36130）に目を向けた。
「頼りにしていル、広喜」
「俺もだぜっ、眸！」
　満面の笑みで頷く広喜。多くの言葉を交わさずとも、二人の心は決まっている。
　――あの回廊を、必ず破壊する。
　今日ここにいる者達だけではない。これまで共に参加した全ての番犬達の想いを、広喜は己の心に感じていた。
（「待ってろ鉄還リ。俺達は前よりもっと強くなったぜ」）
　グラディウスを握りしめる広喜の頭上で、降下ポイント到着の機内放送が流れた。
　それを聞いた卜部・泰孝（ジャンクチップ・e27412）は座席から腰を上げて、開放されるハッチへと向かっていく。
「さあてと。大金星あげて、たんまりお小遣い稼ぎといこうかね」
「では参りましょう皆さん。ケルベロスに勝利を！」
　麻亜弥の言葉に頷いて、番犬達は一斉に京葉工業地域の上空へと身を躍らせる。
　光り輝くグラディウスを、その手に携えて――。

●二
　死神の回廊に向かって降下していく番犬達。
　一番槍を務める麻亜弥は、真っすぐにグラディウスを構えると、回廊を防衛する鉄還リの群れに向かって告げた。
「工業地域に居座り、ダモクレスをサルベージするとは……思惑通りにはさせませんよ」
　番犬の奇襲を察知した死神達が、迎撃態勢の準備に入ろうとするのを見逃さず、麻亜弥はグラディウスをバリアへ突き刺し、魂の叫びを込める。
「この地は多くの人々の努力によって発展した工業地域……この地を取り戻し、再び人々が戻って来れるよう、今日こそ奪還させていただきましょう」
　叫びに応えたグラディウスが爆炎を放ち、魔空回廊を飲み込み始めた。
　続けて降下してきたステインが、更なる一撃をバリアへ叩き込んだ。
「さて、それでは……リベンジと行こうじゃねえか、鉄還リ！」
　砕け散っていく鉄還リを睨みつけ、ステインは吼える。
　地球で生きる人々の場所に、いつまでも我が物顔で居座る事は許さないと。
「てめぇらの居場所なんざどこにもねぇ！　とっとと失せやがれ！！」
　巨大な雷光が轟音を伴い、魔空回廊を覆う。
　番犬達の攻撃は激しさを増し、ベルベットの隣へ降下してきたマリアが、怒りも露わに魂の叫びを剣へと込める。
「ダモクレスはあの戦争の恐怖の象徴や！　大切な場所でそれを再生させ続けられる京葉の人らの恐怖や悔しさがどれほどのもんやと思うとるんや！」
　親しんだ土地をデウスエクス達に奪われる悔しさと辛さ。それを知るマリアは、この地に居座る死神を決して許しはしない。
　もはや彼らの振舞いは、とうに許せる限度を超えているのだから。
「ぶっ壊れてまえ魔空回廊！　京葉の人らの戦争を終わらせたる！！」
　爆炎、そして雷光。降り注ぐ猛攻撃に、為す術なく砕け散っていく鉄還リの群れ。
　残るグラディウスは４本だ。泰孝は皮肉な笑みを浮かべながら、廃材で組み上げた左腕でグラディウスを握りしめ、バリアめがけて突き刺した。
「そんなに金属が欲しいか、欲張りさんめ。だがな、頑強さだけでかき集めたならそりゃあただのスクラップ。集めても使いこなせなきゃ意味がねぇ」
　持ち主次第で、機械が発揮する力はいかようにも変わりうる。
　どんなに立派なダモクレスの屍を掘り起こしても、持ち主がお前達では宝の持ち腐れだと泰孝は喝破して続けた。
「番犬もデウスエクスも、強いのは目的持って動く連中さ。ちなみにオレも強いぜ、何しろお小遣いが欲しいという欲望があるからな。つまり――」
　回廊のど真ん中を狙い定め、泰孝はグラディウスの力を解き放つ。
「テメーのワガママで集めた連中なんざ、オレの欲望で飲み込んでやるって事だ！」
　空気を揺さぶる爆発。残るは３本。降下してきたエトヴァはグラディウスを構えながら、今なお動き続ける魔空回廊をまっすぐに見据えた。
　回廊のそこかしこについた傷は、番犬達が刻み付けた魂の叫びそのものだ。彼らの想いを共に背負う覚悟で、エトヴァはいま魂の叫びを込める。
「解放に懸けてきタ、仲間達の思いが共鳴すル。住処を追われた人々の願いハ、俺の意志になル。今、この地を取り戻しタイ……望むハ、平和」
　エトヴァは願う。
　争いではなく、人々に豊かさをもたらす機械が、この地で再び生まれるように。
　願わくば、自分の意思がその一助となるようにと。
「この地に、日常と平和を取り戻し、未来を創ル最後の一振りとなりますように」
　剣から放たれた雷光は、レプリカントの青年が纏う穏やかさとは真逆の激しさを伴って、京葉工業地域の一帯に破壊の嵐をまき散らしていく。
　そして――最後に降下して来たのは、広喜と眸だ。
「へへっ。また来たぜ、鉄還リ！」
「今日この場で、貴様らの巣を破壊してやル。死に還れ」
　二人はグラディウスを握る手に力を込めて、同時にバリアへ剣を突き刺した。
「ここはヒトの営み、産業の中心地。そしてこの外にはワタシ達の家もあル」
「そうだ、俺達の帰る場所だぜ。俺の大事な場所だ」
　かつては奪う側のダモクレスであった眸と広喜。
　しかし今、彼らにとってこの場所は、骨を埋めると決めた故郷へと変わった。大事な人達との日々を送る場であり、守るべき場所へと変わった。
「故に、捨て置くわけにはいかなイのだ。閉じ込めておくだけには、もう留まれなイ」
「ここは、てめえらの帰る場所じゃねえ。ダモクレス達が還る場所でもねえ」
　ここは地球の人々が暮らす場所。死神が居座ってよい場所ではない。
　眸と広喜は、決して揺るがぬ想いと共に、魂の叫びをグラディウスに込める。
「ワタシ達は、今度こそ……」
　そう、今度こそ。
「ああ。この魔空回廊を……」
　死神が居座るこの根城を。
「「ぶち壊す！」」
　二人の叫びが巨大な爆炎となって魔空回廊を包み込んだ。
　次の瞬間、バリアが音もなく砕け散り、回廊はその威容をゆっくりと崩壊させていく。
　それは、番犬達の叫びがついに届いた瞬間だった。
「やっタな、広喜」
「おうっ。……やったぜ、眸！！」
　煙幕漂う地上へ着地すると、眸と広喜はお互いの拳を打ち合って喜びを分かち合う。
　回廊を破壊すれば、やる事は一つだ。グラディウスを回収した泰孝は、消滅した魔空回廊の跡を背に、特別なコインをトスすると、
「こいつは縁起がいい。このまま包囲網も突破出来そうだぜ」
　そう言って仲間を鼓舞し、全員でミッション地域の外へと離脱を開始するのだった。

●三
　京葉工業地域に、死神達の声なき慟哭が満ちる。
　もはや回廊は失われ、サルベージを続ける事も叶わない。これまで積み重ねてきた全てが無に帰した事への無念の嘆きだった。
　そんな中、番犬達は眸とステインを先頭に、煙幕の漂う中を急ぎ足で駆け抜けていく。
「気合をいれルぞ、皆。もうすぐダ」
「ええ。もうすぐ……でございますね」
　番犬達の周りを、冷たい殺気が包み始めた。
　敵の大物が迫りつつある事を、その場の誰もが確信する。
　そうして走ること暫し、ふいにステインが立ち止まり、後続の仲間に警戒を促した。
「ご注意を。敵の気配が致します」
「ああ、現れタな」
　眸がナックルリングを装着すると同時、その行く手に１体の死神が立ちはだかった。
　鉄と鋼で身を覆う怪魚型死神『鉄還リ』、その首魁に間違いない。
「来ルぞ。気をつけろ」
「へへっ。さあぶっ壊し合おうぜ、鉄還リ！」
　広喜が言い終えるや、鉄還リは鉄化光線を乱射しながら迫ってきた。
　そこへステインが素早く射線に割り込み、標的となったエトヴァを庇う。
「盾は引き受けます。皆様、どうぞ存分に攻撃を」
「了解だぜっ。目標補足――轟竜砲、発射！」
　広喜は腕部に装着した武装ユニットで拳を補強し、竜砲弾を撃ち込んだ。
　目の前の個体は、今まで戦ってきた鉄還リと比べて回避が非常に高い。キャスターである事はすぐに分かった。
　砲弾を浴びて動きを鈍らせる鉄還リめがけ、番犬が一斉に牙を剥いて襲い掛かる。
「この一撃で、氷漬けにしてあげますよ」
　機敏な動作に物を言わせ、ひらりひらりと攻撃を躱す鉄還リ。麻亜弥は氷結輪に意思の力を注ぎ込み、巨大な尾鰭めがけ達人の一撃を叩き込んだ。
　傷口を分厚い氷に覆われつつも、鉄還リの戦意は衰えない。眸は自身のコアエネルギーをナックルリングで増幅すると、地獄炎の針を生成して死神に突き刺した。
「貴様に、癒えぬ傷跡を残そウ」
　超高速演算を伴った地獄炎の一撃は鉄還リを分析・分解し、破壊することで、傷を癒す力を奪い去っていく。そこへビハインドのキリノが瓦礫の破片を念で飛ばし、死神の機敏な足を止めにかかった。
　続けてマリアが竜鎚を変形させ、動きを鈍らせ始めた死神へ轟竜砲を発射する。
「まずは手堅く！」
　マリアは精密な狙いで放つ竜砲弾で敵を撃ち、着実に回避能力を削いでいく。ミッション破壊作戦は時間との勝負。攻撃を回避されて時間切れに至る事は避けねばならない。
「あんたの天下も今日限りや。三途の川に送り返したる！」
『――……！』
　暴れ狂う鉄還リ。泰孝はベルベットのブレイブマインを浴びながら、取り出した百点棒を死神の大顎めがけて突き刺した。
「テメーを蝕む一本場。さあ、どこまで伸びるかね？」
　麻雀の点棒に含まれるのは、癒しを阻害する毒。眸の地獄炎と共に付与したアンチヒールは後々ものを言う事だろう。
　対する鉄還リは鉄を砕く牙を打ち鳴らして周囲に破壊をまき散らしながら、麻亜弥めがけ迫る。泰孝の翼猫が投擲するキャットリングに牙を砕かれるのも構わず、弾丸の如き勢いで突進する鉄の巨体。そこへステインは光の矢を放って挑発を浴びせる。
「どこ見てやがる！　こっちですよー！」
　じろり、と死神はステインを睨むと、機敏なＵターンで軌道を変えて突っ込んできた。
　鉄を砕く牙はステインに深い傷を刻み込むが、ベルベットと泰孝が気力溜めで傷を癒し、更にはステインも戦言葉を紡いで防御を固めていく。
「確かに強力な攻撃ですね。それなら、私の『牙』はどうです！」
　麻亜弥は袖から引き出した暗器【鮫の牙】を手に、鉄還リへと飛び掛かった。
　狙うはマリアの砲撃で吹き飛んだ尾鰭。あそこに更なる傷を刻み込んで、鉄還リの回避を封じ込めるのだ。
「海の暴君よ、その牙で敵を食い散らせ……」
　鉄還リの牙が鉄を噛み砕くナイフなら、麻亜弥の牙は鋼を引き裂く鋸刃。
　尾鰭の傷をジグザグに切り開かれた事で、死神はその回避力を失っていく。そうして一斉に襲い掛かるのは、番犬達の一斉攻撃だ。
「確実に倒せるために！」
　マリアがバスターライフルから凍結光線を発射し、鉄の怪魚を凍てつかせる。
　続くエトヴァは鉄還リと目を合わせ、視覚を介して疑似的な記憶を植え付けた。
「Verschliesse die Augen.」
　精神を深海へと引きずり込まれ、死神を構成する鉄の部品がひとりでに砕け始める。
　回復で立て直しを図ろうにも、全身に回ったアンチヒールはそれを許さない。
「二本、三本……積み棒も大分貯まったな？」
　焦らすように泰孝が言うや、鉄還リは最後の力を振り絞って鉄化光線を発射した。
「邪魔ダ、退け」
　眸はそれを受け止めると返す刃でマインドソードを叩き込み、背後で遠隔爆破を発動していた広喜を振り返る。
「ワタシの肩を使え」
「了解だぜっ、眸！」
　広喜はとびきりの笑顔を浮かべ、駆けた。
　眸の肩に飛び乗り、跳躍。狙い定めるは鉄還リの頭部だ。
「鉄還リ。てめえはすっげえ強かったぜ」
　顔なじみに語るように、しかし決して容赦はせず、広喜は拳を振り下ろす。
　腕部換装パーツ六式で補強した、進化可能性を奪う一撃を。
「でもな。俺達のほうが、もっと強え！」
『――……！！』
　その拳は鉄の頭を跡形もなく粉砕。
　ダモクレスの屍を狙う死神『鉄還リ』は、その機能を永久に停止させた。

●四
　鉄還リを撃破した番犬達は、程なくして作戦区域の離脱に成功した。
「皆様、大事はございませんか？」
「大丈夫です。グラディウスも揃うてます」
　先頭に立ち、盾として仲間を守り続けたステインに、最後尾のマリアがそう返した。
　もはやこの地が、鉄還リのサルベージに晒される事はない。
　エトヴァは今は亡きダモクレス達の安息を願いながら、鎮魂の調べを口ずさむ。
「どうか、この星で安らかにお眠り下さイ」
（「皆、やっタぞ」）
　眸の脳裏に蘇るのは今まで戦い続けた仲間達と、彼らが込めた叫び。
　しばし瞑目したのち、彼は相棒と視線を交わし頷き合う。
「行こウ、広喜」
「ああ、帰ろうぜっ！　とびっきりの報せと一緒になっ！」
　こうして鉄還リの支配する京葉工業地域は、ついにその解放を果たす。
　２０１９年、冬――年の終わりが近づく、とある夕暮れの出来事であった。

作者：坂本ピエロギ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年12月28日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 8／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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