聖夜のグランドロン救出戦~城壁の女

作者:土師三良

●音々子かく語りき
「この前の宇宙での戦いで妖精8種族のグランドロンのコギトエルゴスムをゲットできたことは御存知ですよね?」
 ヘリポートの一角。発進準備が整ったヘリオンの前でヘリオライダーの根占・音々子が語り始めた。
 もちろん、聞き手はケルベロスたちだ。
「グランドロンたちはまだコギトエルゴスムの状態ですけれど、ケルベロスの皆さんの説得を受け入れてくれたんですよー。でも、その結果を喜んでばかりもいられないんです」
 グランドロンの件は、同じ宙域にいたジュモー・エレクトリシアンとレプリゼンタ・ロキも知っている。当然、二人は大阪城に帰還した後、それをユグドラシル連合軍内の他の勢力にも伝えた。
「ユグドラシル連合軍は『こちら側が確保しているグランドロンもいつ裏切るか判らない』という警戒心を抱き、グランドロンの運用法を大きく変えました。いえ、運用法どころか、形までもを変えちゃったんです」
 ユグドラシル連合軍は四隻のグランドロンを長城へと造り変え、大阪城をぐるりと取り囲む形で配置したのだという。かつては自律的な行動が(ある程度までは)可能だったグランドロンだが、今はもう動けない。もの言わぬ純粋な城塞と化したのだ。
「どうして動けないのかというと、エインヘリアルの『第四王女レリ』が王族の威光でもって、完全に支配下に置いちゃってるからです。あの脳筋姫様ってば、あいかわらず余計なことをやってくれますよねー。とはいえ、グランドロンを助ける方法がないわけじゃありません」
 そう、王族の威光とやらで強引に従わせているのならば、その威光の主たるレリを排除すればいい。
 もちろん、簡単に排除することはできないだろう。長城と化したグランドロンにはレリだけでなく、彼女が率いる白百合騎士団や『三連斬のヘルヴォール』率いる連斬部隊がいるのだから。
「でも、こっちにも心強い仲間がいますよ。前回の戦いで説得に応じてくれたグランドロンのコギトエルゴスムたちです。彼らや彼女らの助けがあれば、人が通れる程度の抜け穴を長城化グランドロンに作ることができるはず」
 その抜け穴から長城化グランドロンに侵入し、敵の幹部たちを狙って攻撃をおこない、レリを撃破することができれば、長城化グランドロンはケルベロスの説得を受け入れてくれるだろう。

 攻撃の対象となる幹部はレリを含めて十人。
 その面々について、音々子は解説を始めた。
「一人目はレリ。この脳筋姫様を倒さないと、長城化グランドロンを解放することはできません。
 二人目は『絶影のラリグラス』。レリの親衛隊を率いています。彼女を倒さないと、対レリ戦が更に厳しいものになるかもしれません。
 三人目と四人目は『閃断のカメリア』と『墜星のリンネア』。ともに白百合騎士団の新顔の幹部でして、城内と城外の警備を担当しています。
 五人目は螺旋忍軍の『紫の四片』。一応はレリの配下ですが、第二王女ハールの息がかかっているようです。なので、彼女を倒さないと、ハールの援軍が介入してくる恐れがありますね。
 六人目は連斬部隊を率いているエインヘリアルのヘルヴォール。長城化グランドロンの副城主にして、実質的な城主です。レリと同様、彼女を倒さない限り、長城化グランドロンは解放できないと思います。
 七人目から九人目は、シャイターンの『連斬部隊員ヘルガ』『連斬部隊員フレード』『連斬部隊員オッドル』。彼女たちはヘルヴォールを守るために動くでしょう。
 最後は『連斬部隊員ヒルドル』なんですが……彼女はべつに幹部ってわけじゃないんですよー。でも、予知によると、襲撃と同じタイミングで大阪城に移動しようとしているんです。彼女を放っておくと、大阪城から早急に援軍が送られてくるかもしれません」
 ここまで詳細な予知ができた理由は判らない。もしかしたら、グランドロンのコギトエルゴスムの影響なのかもしれない。
 なんにせよ、ケルベロスにとっては有利だ。予知に従い、最適な抜け道を用意すれば、邪魔者に遭遇することなく標的を強襲できる。
 とはいえ、敵の戦力は膨大。幹部の撃破に失敗し、敵が態勢を整えてしまえば、作戦の遂行は困難となるだろう。
「今回の作戦に参加するのは十五チームです。幹部の人数よりも多いので、複数のチームで一人の幹部にあたることもできますね。どの幹部を狙うのかという選択がなによりも重要だとは思いますが、他にも考えるべきことは沢山ありますよー。隠密で大阪城に近づく方法、抜け道を使った潜入時の行動、幹部との戦闘、敵の援軍が介入してきた場合の対処、作戦に失敗した時の撤退手段……うーん。リスットアップしているうちに頭がクラクラしてきましたー」
 音々子は両のこめかみに拳をぐりぐりと押し当て、大きく息を吐いた。
 そして、改めてケルベロスたちを見やり、一礼した。
「いろいろと大変な任務だとは思いますが……頑張ってください! グランドロンを解放するために! そして、いつか大阪城を取り戻す日のためにぃーっ!」


参加者
青葉・幽(ロットアウト・e00321)
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
ルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)

■リプレイ

●暗闇から手を伸ばせ
 大阪城を取り囲む長城と化したグランドロンの中をケルベロスたちが行く。
 彼らや彼女らが辿っているのは正規の通路ではない。グランドロンのコギトエルゴスムが作り出した即席の抜け道である。
「モグラになった気分ですわね」
 曲がりくねった(無用な戦闘を避けるため、警護兵等がいるポイントは迂回しているのだ)狭い道を歩きながら、馬の獣人型ウェアライダーのエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)が呟いた。
「モグラなら、親指姫に求婚するんだろうが――」
 ニヤリと笑ったのは、同じく獣人型ウェアライダーの玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)。こちらは黒豹である。
「――俺たちが相手にする姫サマは親指どころか大木サイズなんだよな」
「だからこそ、腕が鳴るってものよ。皆で力を合わせ、大木をへし折ろう」
 ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)がレプリカントらしからぬ非機械的な腕を曲げ、力こぶを盛り上げた。
「行く手が明るくなってきた。こういう時のお約束を言ってもいいか?」
 シャドウエルフの櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)が皆にそう尋ねると、返事を待たずに『お約束』を述べた。
「城壁の長いトンネルを抜けると、そこは城主の間だった」
 そして、付け加えた。
「ちなみに原典には『そこは』はつかないんだ」
「うむ。勉強になる」
 オウガの少女――ルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)が真顔で頷き、抜け道の外に足を踏み出した。

 城壁の長いトンネルを抜けると、そこは城主の間だった。
『大木サイズ』の姫が玉座にゆったりと腰掛けている。
 第四王女のレリだ。
 彼女の周囲には何人かの白百合騎士団が控えていたが――、
「ケルベロス!?」
「いったい、どこから……」
「えーい、警備はなにをやっている!?」
 ――二十人を越える闖入者の一団を前にして、色めき立った。
 二十人を越える? そう、ここにやってきたのはエニーケたちだけではない。三つのチームがそれぞれ別の抜け道を使って移動していたのだ。
「全員、無事に辿り着けたようだな……」
 銀狼の人型ウェアライダーのリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)が他の二チームの様子を横目で素早く確認した。
「全員で無事に帰りましょう」
 レプリカントの機理原・真理(フォートレスガール・e08508)が神州技研製アームドフォートの全武装のセーフティーを解除した。
「あいつを倒してからね」
 青葉・幽(ロットアウト・e00321)が睨みつけた。
 幾度となく戦ってきたレリを。
「ねえ、レリ。アンタの理想だのなんだのをずっと『盲信』呼ばわりしてきたけど……その『盲信』はもう否定しないわ。アタシだって、盲信者みたいなもんだしね」
「なにを盲信しているんだ?」
 と、リューディガーが尋ねた。
「この地球と、そこに住む定命の人々を守らなくちゃいけない――それがアタシの『盲信』よ」
 幽はアームドフォート『Pterygotus』を操作し、砲口をレリに突きつけた。
「殿下、お退がりください」
「連斬部隊を呼ぶまでもない。我々で始末してご覧にいれましょう」
 盲信者の砲口を騎士団員が遮ったが、部下にすべてを任せて安全圏に退くようなレリではない。
「見くびってもらっては困るな。グランドロンの城主が椅子を温めるだけのお飾りではないことを――」
 大剣を手にして、第四王女は悠然と立ち上がった。
「――おまえたちにも教えてやろう」
 もっとも、『悠然』だったのは一瞬。玉座を背にして立つ姿がぼやけた残像に変わったかと思うと、他のチームの一員である白髪のブレイズキャリバーがよろけた。一気に距離を詰めたレリに大剣を叩きつけられて。
 その一撃が戦いの合図となり、騎士団員たちが次々とゾディアックミラージュのオーラを飛ばしてきた。

●限りなき戦い
「さあ! 存分に喧嘩しよっか!」
「ああ。存分にやってくれ」
 オーラから生じた氷の破片が舞い散る中、ジェミがルーンアックスを振り、陣内が『ククル』という名のマインドリングを突き出した。
 輝きを放つ斧と指輪。前者の光は破壊のルーンとなって真理に宿り、後者の光は盾となってリューディガーを守った。
「……」
 真理が無言でアームドフォートの盾を振り下ろす。しかし、打撃武器としてレリめがけて繰り出されたそれは騎士団員の一人に阻まれた。
「邪魔をするな!」
 騎士団員たちに叫びながら、マインドシールド越しに銃を撃つリューディガー。それはただの叫びではないし、ただの銃撃でもない。猛々しい咆哮と荒々しい銃声の二重奏で敵の動きを鈍らせるグラビティだ。
 その攻撃によって生まれた隙を見逃すことなく、エニーケが騎士団員たちの中に飛び込み、キャバリアランページで蹴散らした。
 もっとも、エニーケは騎士団員たちを見ていない。燃えるような眼差しはレリに向けられている。
「正直、貴方が憎くてしかたありませんでした。母島での交渉で私たちの申し出を足蹴にした時からずっと……しかし、貴方が一度は話し合いに応じ、礼節を示してくれたことも事実。ならば、今回は真剣勝負にて私たちのほうから戦いの礼節をお返しするとしましょう」
 エニーケの述懐に続いて、歌声が戦場に流れ出した。
 十字型のアリアデバイスを手にして、ルイーゼが『想捧』を歌っているのだ。
「おうおう。皆々様、熱いこと。ここで燃え尽きても上等といった面構えだな」
 女性陣の戦意の高さに気後れしている風を装いながら、千梨がくるくると回り始めた。ルイーゼの歌声とは違うテンポで。それでいて息を合わせるように。
(「だけど、本当に燃え尽きてもらっちゃ困る。帰りのことも考えておいてやらんとな」)
 その神楽のような舞いは『散幻仕奉・天呼(サンゲンシホウ・テンコ)』なるグラビティ。狩衣を模したコートの裾が何度か緩やかに翻った後、鼓の音が響いた。目に見える変化はない。だが、回復役である陣内の治癒能力が上昇している。
 レリもヒールとエンチャントのグラビティを発動させた。対象は自身ではなく、騎士団の面々。大剣の切っ先で描かれた守護星座が輝き、彼女たちから幾許かのダメージを取り除いた。

 しかし、数に勝るケルベロスたちの攻撃を一度や二度のヒールで凌げるはずもない。
「何故いつも、皆、私より先に逝ってしまうのだ……」
 戦いが始まってから五分も経たぬうちに騎士団は全滅した。
「また、私は部下を守りきれなかった……」
 怒りと悲しみを大剣に込めて、ケルベロスを攻め立てるレリ。
 だが、ケルベロスたちも負けじとグラビティを撃ち込んでいく。躱されることもあったが、防がれることはなかった。盾となってくれる者はもういないのだから。
(「部下たちの死を悲しむレリが悪い人だとは思えません。でも……」)
 心の中で呟きながら、真理がレリにスターゲイザーを浴びせた。
(「戦わなきゃいけないんですよね……」)
 手応えならぬ足応えを感じると同時に飛び退る。着地した瞬間、冷たく輝くオーラが飛来した。ゾディアックミラージュによる反撃。
 ライドキャリバーのプライド・ワンが爆音とともに真理の前に滑り込み、黒いボディでオーラを受けた。
 その横でジェミも盾となっていた。守った相手は幽。
「仲間は絶対に守る!」
 ダメージをものともせず、ジェミは笑ってみせた。
「ダモクレスだった私が今ここにいるのも……仲間との絆に恵まれたからこそだから」
「貴殿が最初に剣を取ったのも――」
 ルイーゼがレリに語りかけた。攻撃力を上昇させるグラフィティを千梨の背に描きながら。
「――誰かを守るためだったはずだ」
「知った風な口をきくな!」
 と、怒鳴るレリに千梨が突進し、シャドウリッパーの手刀を見舞った。
 囁きを添えて。
 レリだけに聞こえるように。
 ルイーゼには聞こえないように。
「そう言わずに話を聞いてやってくれよ。あの子、アンタのファンなんだから」
「……なに?」
 気勢をそがれるレリ。
 その隙に千梨は彼女の前から離れ、ルイーゼがまた語りかけた。
「しかし、今の貴殿は自らの感情をごまかしている。そんな相手と戦うのは嫌だ。私たちが決着をつけたい相手は、王族の体裁だの権謀のしがらみだのに縛れられていない……そう、第四王女ではなく、ただのレリなのだ!」
「ふざけるな!」
 レリは我に返り、『ファン』に怒声をぶつけた。
「私は常に第四王女だった! 『ただのレリ』として振る舞ったことなど一度もない! それが王族というものだ!」
「じゃあ、レインボーブリッジで『がち』で戦った時も『ただのレリ』ではなかったというのか!」
 その問いに対して、『ただのレリ』ではない第四王女は――、
「……」
 ――言葉を返す代わりに大剣を振るった。

●彼女を見ればわかること
「レリよ。おまえが最後に縋ったものが武人としての誇りであるのなら、俺はその意志も矜持もすべて受け止めよう」
 リューディガーの如意棒が伸び、レリの胸に命中した。
「勝手なことをぬかすな! これだから、男は……」
 如意棒の先端がまだ胸から離れぬうちにレリが距離を詰めた。
「最後ではないし、縋っているわけでもない! 貴様が受け止めるべきは我が斬撃よ!」
 折れんばかりにしなった如意棒越しに対峙するレリとリューディガーの間で十字の閃光が走った。星天十字撃に相当する技を前者が繰り出したのだ。
 次の瞬間、真っ直ぐの状態に戻った如意棒に弾かれるようにして(実際は星天十字撃で吹き飛ばされたのだが)リューディガーは体勢を崩した。
 彼の受けたダメージが小さくないと見て、陣内がヒールのグラテビィを発動させようとした。
(「やはり、ここは共鳴効果のあるやつを……いや、そこまでする必要はないか」)
 他のチームの回復役である壮年の竜派ドラゴニアンを一瞥すると、そのドラゴニアンも陣内を見て、すぐに前に向き直った。
 言葉を介さずに互いの意思を読み取り、ほぼ同時にリューディガーにヒールを施す二人。陣内はルナティックヒール、ドラゴニアンはウィッチオペレーション。
「にゃあ!」
 陣内のウイングキャットが飛び回り、仕上げとばかりにリューディガーを含む前衛陣に清浄の翼の恩恵を与えた。眼下のドラゴニアンに愛想よく鳴きながら。
「最初に言ったけど、アンタもアタシも盲信者。虐げられてる者を救うために戦ってるのは同じ。だから――」
 幽のフロストーレーザーがレリの体を射抜いた。
「――みっともない最期は許さないからね!」
「なにが『だから』なのか判らん。同類ならば、死に様に注文をつけることができるとでもいうのか?」
「ええ、できますとも」
 エニーケがキックを見舞った。逞しい脚を活かした『馬脚蹴撃衝(アサルトホースキック)』。
「第四王女としてではなく、一人の騎士としての誇りを抱いて死んでくださいな」
「死ぬのは貴様らのほうだ!」
 怒号とともに大剣を振るうレリ。
 だが、さすがの彼女にも疲れが見えている。今年の一月にレインボーブリッジと『がち』で戦った時よりもケルベロスたちは強くなっているのだ。
 レリは徐々に追い込まれた。
 そして、戦闘開始から十二分ほどが経過した頃――、
「レリ、あんたは強い。でも……私たちの絆はもっと強い!」
 ――ジェミがレリの側面に素早く回込み、拳を叩き込んだ。甲冑の隙間を狙った破鎧衝。
「私はあんたと同じくらい馬鹿だけど、縁はあんたよりも恵まれてきた」
 拳を引き抜くと同時に飛び退るジェミをレリは追撃しなかった。
 できるわけがなかった。
 他のケルベロスたちが間断なく攻撃を加えてきたからだ。
 自分たちの絆の強さを知らしめるように。
 自分たちが縁に恵まれていることを証明するように。
「長いこと続いた大阪城の攻防もここで終わり」
 赤毛のオラトリオの少女が黄金の槍を出現させた。いや、それは槍の形をした魔法生物であるらしい。
「返してもらうわ」
 黄金の槍がレリに食らいつく。
 間髪を容れず、別の槍がレリの腕に突き刺さった。その槍もまた魔法生物。ウェアライダーの娘が使役しているスライムだ。
 その娘が叫んだ。
「私は、あなたとは直接的な面識があるわけではありません。ですが……人々に仇なす者であるなら、私は容赦しません!」
 勝利を確信した二十余人の戦士の猛攻に次ぐ猛攻。
 それでもなお倒れぬレリめがけて――、
「ターゲット、ロック!」
 ――幽が『Pterygotus』から大量のミサイルを発射した。
 白煙を引いて乱舞するミサイル群。だが、『乱舞』と見えたのは一瞬。不規則な軌道で部屋中に拡散したはずのそれらは自らの使命を思い出したかのように標的たるレリに集束し、無数の小さな球形の閃光に変じて、彼女の体を覆い隠した。
 半秒後、すべての閃光が消失し、レリの姿がまた現れた。
 もう立ってはいない。
 床に突き刺した大剣にすがるようにして片膝をついている。
「なめるなよ、ケルベロス。絆の強さなら、私たちとて負けてはいない。もっとも、多くの者が逝ってしまったが……ミュゲット、ヴィンデ、ギアツィンス、ラーレ……」
 今は亡き部下たちの名を口にしながら、レリは再び立ち上がった。
「しかし、残された者たちは絆をより強くするはずだ。そして、いつの日か、エインヘリアルの女たちの尊厳を取り戻してくれるだろう。女である私が城主として戦い、死しても一歩も引かなかった――その事実を語り継ぎ、語り広めることによって!」
「はぁ!? バカか、あんたは!」
 幽が思わず怒鳴った。
「自分の死を美談に仕立ててんじゃないわよ!」
「……すまんな」
 意外なことにレリは謝った。寂しげな微笑を浮かべて。
 いや、謝罪の対象は幽たちではないらしい。レリの目は、床に倒れている白百合騎士団――自分を守って死んだ女たちに向けられている。
 その目がゆっくりと閉じられた。
 そして、傷だらけの巨躯が淡い光に包まれたかと思うと、塵一つ残さずに消滅した。
 主を失った大剣と甲冑が床に散らばり、派手な音を立てる。
 幽はそれを呆然と見つめていたが――、
「……」
 ――我に返り、無言で顔を手で拭った。激闘の証しである返り血を拭うために。
 だが、手に血はつかなかった。
 顔を濡らしていたのは血ではなく、涙だったから。
 真理が幽に近付き、肩に手を置こうとした。しかし、指先が触れる寸前に思い留まり、なにも言わずにまた離れた。
「にゃあ?」
 真理の代わりにウイングキャットが幽の肩に止まり、濡れた横顔を不思議そうに覗き込んだ。
 それから体を捩じり、横にいるルイーゼに目を向けた。
 幽がそうであるようにルイーゼも無反応。顔を伏せ、レリの甲冑をじっと凝視している。
 千梨はそれを見ない振りをしていた。その実、見守りながら。
 やがて、リューディガーが静かに告げた。
「任務終了だ。撤収するぞ」

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 7/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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