旨辛き深紅の暴君

作者:坂本ピエロギ

 師走の晴れた昼、その広場は大勢の人で賑わっていた。
 場内を満たすのは景気よく弾けるニンニク油と、染みるような辛い湯気。そして何より、汗を拭って激辛料理を口へと運ぶ人々の熱気だ。
 入口の横断幕に踊るのは真っ赤な唐辛子のイラスト。この日、大阪市内のとある一角で、唐辛子をメインとする激辛料理フェスが開かれていた。
 カレーに拉麺、麻婆豆腐。トムヤムクンにチョリソにホットドッグ。
 体重が気になる人には、水菜と蒸し鶏の激辛ソースがけサラダなどの一品も。
 洋の東西を問わずに、好きな料理を好きな辛さで楽しむ――そんな素敵な催しは、しかし突如として終わりを迎える事となる。
「……ん? なんだあれ?」
 客の一人が見上げる先、青空の果てから飛来したのは謎の花粉。
 それは会場内に展示された唐辛子に取りつくと、瞬く間に巨大な怪物へと変貌を遂げて、
『トウッ!』『ガラッ!』『シィィィッ!!』
「う、うわあああ!!」
 突然の事態に立ちすくむ人々へ、次々と襲い掛かるのだった。

「ええっ、本当なのダンテくん!?」
「マジっす。攻性植物の花粉が降った先で、運悪く激辛料理フェスが開かれてて……」
 花粉を浴びた唐辛子が攻性植物化してしまうのだと、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)はエヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)ら集合したケルベロスへ告げた。
 現場は会場に面した広い駐車場だ。現場の警察には避難誘導を依頼してあり、ケルベロスが到着する頃には周囲は無人になっているだろう。攻性植物は全部で3体だが、単体としての能力はさして高くない。しっかり連携を組んで挑めば、手こずる相手ではないはずだ。
「戦いが無事に済んだら、ちょうど時刻は昼頃のはずっす。皆さん体を動かしてお腹も空いてると思うっすし、イベントに参加して来るのもいいかもっすね!」
「ねえねえダンテくん、激辛フェスではどんな料理が食べられるの?」
 興味津々の表情で尋ねるエヴァリーナに、ダンテは「よくぞ聞いてくれましたっす」と胸をはり、会場のチラシから幾つか料理を挙げていく。
 地鶏腿肉と味の濃い野菜を、真っ赤な唐辛子で味付けして煮込んだ激辛カレー。
 豆板醤と一味唐辛子、香ばしい肉味噌を下味に、刻みたての赤花椒を散らした麻婆豆腐。
 ソーセージをパンで挟み、熱々のチリソースをチーズと共にコッテリ塗したチリドッグ。
 激辛唐辛子ソースを忍ばせたピッツァもある。これなどは『アタリ』を引かないように、大人数でロシアンルーレットよろしく楽しむための一品だ。
 そのほか、食事用のイートインスペースでは、甘いお茶やアイスなども注文できる。料理の辛さに参りそうな時は、これで舌や胃袋を労わっても良いだろう。
「とにかく『辛い料理』は大体揃ってると考えて良さそうっすね。唐辛子の辛さは甘口から激辛ストップ高まで自由に調整できるんで、激辛が苦手な人も安心っすよ!」
「ああ……なんか聞いてるだけでお腹が空いて来たよ! 絶対に負けられないんだよ!」
 期待に目を輝かせるエヴァリーナに、ダンテはサムズアップを返して微笑むと、
「攻性植物をぶっ飛ばして、思いっきり楽しんで来て下さいっすね。それじゃ出発っす!」
 そう言って、ヘリオンの操縦席へと駆けていった。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)
人首・ツグミ(絶対正義・e37943)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)

■リプレイ

●一
 十二月某日、晴天。
 静寂を破って轟く咆哮が、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)の耳を打った。
『トウッ!』『ガラッ!』『シィィィッ!!』
「おっ、早速のお出ましだな。腕が鳴るぜ!」
 目を向けた先、激辛フェス会場の奥からやって来るのは唐辛子の攻性植物が3体。
 人間を威嚇するように赤い実の先端から激辛粒子を吹き出す姿は、地球上のいかなる植物からもかけ離れたものだ。
「やれやれ。旨辛い唐辛子も、ああなっちゃおしまいだ」
 長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)は肩を竦めると、パシッと拳を打ち鳴らす。
 デウスエクス化した植物に番犬が出来るのはただ一つ、犠牲者を出す前に葬る事だけだ。
「さくっと手早くぶっ潰すか。んでもって飯食いたい!」
「賛成! もうお腹空いて、早く食べたくて我慢出来ないんだよ……!」
 と、やる気満々で戦闘態勢を取るのはエヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)。
 会場から漂う激辛料理の香りに、もはや辛抱たまらない――そんなエヴァリーナを、義姉であるアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)が振り返る。
「エヴァ。折角だし、戦いが終わったら3人で一緒に食べる?」
「え!? ほ、ほら、義姉さんは兄さんと水入らずがいいんじゃないかな!」
「そう……残念ね?」
 エヴァリーナに慌てて首を横に振られたアウレリアは、夫のビハインド『アルベルト』に背を任せると、瞬時に気持ちを切り替えて敵へ銃口を突きつける。
「随分と活きが良さそうだけれど、私を満足させてくれるかしら?」
「さあ来い唐辛子ども、まとめてぶっ飛ばしてやる!」
 泰地がとった筋肉流の構え『ブレイクポージング』。それが戦いの火蓋を切った。
 千翠は先手を取って氷結輪を発射し、冷気の嵐で唐辛子達を包む。
「こいつで凍りつけ!」
『トウッ!』『ガラッ!』『シィィィッ!』
 分厚い氷にも怯まず、激辛粒子の噴射態勢に入る唐辛子達。
 そこへカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)がエアシューズで加速し、勇猛果敢に突っ込んでいく。
「焼き唐辛子にしてあげますわ!」
 カトレアの摩擦熱を帯びた蹴りが、唐辛子を焼き焦がす。そこへ追い打ちを掛けるように発射されるのは、アウレリアが放つ跳弾の檻だ。
「さあ、踊りなさい。弾丸の叫喚(さけび)と共に……」
『ガラーッ!』
 反響する弾と音に囚われ、背後からもアルベルトの攻撃で傷を受けた唐辛子は、怒り狂いながら激辛粒子をアウレリアへ放つ。
 残る敵の片割れが続こうとした刹那、降り注ぐのは女神の幻影。ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)の魔法陣型ホログラムから現れた女神カーリーによる攻撃だ。
「わ・る・い・け・ど……邪魔させないよ♪」
『トゥッ!?』
 その一言に怒りを覚えた唐辛子は、残る1体と共に激辛粒子を噴射する。
 燃え盛る炎はベルベットと翼猫のビーストを焦がすも、ビーストの羽ばたきが送る清らかな風が、傷を塞いでいく。
「さてさてーぇ、今度は自分達の番ですねーぇ?」
 敵の攻撃が終わるや、人首・ツグミ(絶対正義・e37943)はゲシュタルトグレイブの『悪疾』を振り被り、敵の隊列へと飛び込んだ。
 自身が悪と認識した存在に、彼女は容赦を知らない。
「動く巨大な唐辛子ー。これはスコヴィル値が高そうですのー」
 それに続いて、独鈷状ファミリアロッドを掲げるのはフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)だ。
「では――始メ摩セウ」
 額のサークレットを展開、額の弾痕から噴き出すは地獄の炎。
 金色の瞳を開眼させた彼女は、それまでのおっとりした表情を変貌させ、獣じみた形相でロッドの先端に生じた炎を敵陣に向ける。
「焔華ヒrAク鉄ノ咢。満足サsEルニ足ルヤ否也?」
「というわけで観念して下さいねーぇ?」
 フラッタリーのファイアーボールと、ツグミのグレイブテンペスト。
 炸裂する炎弾と嵐の如き回転斬撃が、攻性植物の生命を削る。
 対する番犬側はエヴァリーナが薬液の雨を降らせ、盾役の炎を消して行く。
「義姉さん、いま回復するんだよ!」
 アウレリアはそれに有難うと返し、独り言をぽつりと漏らした。
「あの唐辛子、調味料にでも使えないかしら……」
(「な、何か嫌な予感がする……!」)
 隊列を維持する番犬。かたや綻びを見せ始める唐辛子達。
 戦いの趨勢は、少しずつ番犬側へと傾き始めていた。

●二
『トウッ!』『ガラッ!』『シィィッ!』
 積み重なるダメージに焦ったのか、敵は一斉に回復の光を浴び始めた。
 氷に炎、足止めに怒り。耐性の力で状態異常を除去しようと目論んだのだ。
 だが、それを予期しない番犬ではない。
「筋肉の力、思い知れ!」
「切り裂かれろ、唐辛子!」
 回復の光を浴びた敵群へ降り注ぐのは、破剣の力を帯びた泰地が召喚する無数の刀剣。息を合わせ、千翠がクリスタライズシュートを見舞う。
 集中砲火を受けた影響か、千翠の一撃を受けた敵の動きが鈍りだした。
「そろそろ、かしら」
「了解ですわ!」
 クイックドロウで攻撃の機を潰すアウレリアの横で、カトレアは召喚した刀剣士の青年と共に跳躍。鮮やかな紅い薔薇の剣閃で、瀕死の敵を捉える。
「その身に刻め、葬送の薔薇! バーテクルローズ!」
 斬霊刀が一閃。薔薇を散らす爆発に包まれ、唐辛子は四散した。
 すかさず次なる敵を狙い定め、スパイラルアームを突き刺すツグミ。攻性植物は表皮が弾け飛ぶ苦痛に身をよじりながら、なおも激辛粒子を噴射する。
『トウッ!』『シィィッ!』
「あ……やっぱり欠けるとそうなっちゃうんだね……」
 エヴァリーナが魔法陣から召喚した『小妖精の祝福』の光を浴びて、ベルベットは炎の勢いを弱めると、地獄炎で覆ったフレイミングオーラの拳を叩き込んだ。
「アタシさ、燃やすのは好きだけど、燃やされるのは好みじゃないの」
 太い茎をへし折られて悶絶する唐辛子を睨み、ベルベットは胸を張って告げる。
「アタシを焦がしていいのは一人だけ。お生憎様」
『トゥゥッ!』
 ならば、これはどうだとばかり、唐辛子が種子掃射の構えを取った。
 それを拘束するのは、千翠が放つ『暗黒の復讐者』だ。
「隙ありだ――絡め取れ。握り潰せ」
 実体化した呪いに捉えられ、自由を失う唐辛子。
 そこへ泰地が放つ裂帛の気合が炸裂、敵群を揺さぶる。
「一気に決めてやる! 喝ァァッ!!」
「異形nAル暴君ニ、終焉ヲ!」
 フラッタリーの獄炎を放つ大刀を重力鎖と共に叩きつけられ、敵は必死に唐辛子弾を掃射するが、それはもはや戦況を覆すだけの力を持ちえない。
 激辛の種を打たせるに任せ、ツグミが突撃。虫の息となった唐辛子を右手で抉った。
「あなたの全て。余さず残さず有効利用してあげますよーぅ♪」
 機械の手が、攻性植物を喰らい尽くす。
 知識も、技も、魂も、断末魔の悲鳴も、その全てを。
「さーてお味の方は……辛ぁーい!」
 最後に遺した真っ赤な実を一息で貪り、思わず悲鳴をあげるツグミ。
 そしてベルベットの放つカーリーレイジを浴びた最後の敵へ、アウレリアが惨殺ナイフで斬りつけた。返り血よろしく噴出する唐辛子の汁を浴び、エヴァリーナから光の紗幕による守護を受け、傷がみるみる癒えていく。
「ああ……生き返るわ。さあ決着といきましょう」
 言い終えると同時、カトレアとフラッタリーが仕掛ける。
 共に火力に優れるクラッシャーだ。唐辛子に防ぐ術はない。
「唐辛子よりも赤き剣閃、受けなさい!」
「掲ゲ摩セウ、煌々ト。種子ヨリ紡ギ出シtAル絢爛ニテ、全テgA解カレ綻ビマスヨウ」
 カトレアの刀が弧を描いて唐辛子の枝を断ち切り、続けてフラッタリーが生成した封火を得物の大刀に宿し、深紅の花火めいた爆発を叩きつける。
「紗ァ、貴方ヘ業火ノ花束ヲ!!」
『シ……シィィーッ!!』
 こうして最後の唐辛子もあわれ炭と化し、あえなく討ち取られるのだった。

●三
 戦場の修復が完了すれば、街には平和な時間が戻る。
 泰地は周辺の安全を確認すると、隣人力を駆使して警察や市民に討伐の完了を伝えた。
「皆、もう安全だ! さて、俺達も行くとするか?」
 泰地の言葉に頷くと、仲間達は激辛フェス会場へと足を運んだ。
 唐辛子のイラストが描かれた横断幕を一歩潜れば、彼らを迎え入れるのは唐辛子の鮮烈な香り。冬の寒さを吹き飛ばす熱気に誘われ、番犬達は各々の時間を過ごす。
「ふむ、俺はやはりカレーだな。どんなものが来るか楽しみだ!」
 戦いで体を動かした後だけに、空腹は一入だ。
 テーブルに着いた泰地は、運ばれて来た激辛カレーを豪快にかっ込んでいく。
「ふむ美味い。これもいける。うおっ、この辛さは……!」
 甘口から激辛ストップ高まで、すべてのカレーを徹底的に。
 あくなき食欲と探求欲に突き動かされ、泰地はおかわりを頼むのだった。

 会場はすっかり盛況を取り戻していた。
 行き交う老若男女の人混みを潜り抜け、所狭しと並ぶ屋台を巡りながら、フラッタリーは抱えた紙袋に手を伸ばす。
「いい匂いですわねー」
 取り出したのは『旨辛饅頭』。着物姿の彼女でも気軽に食せる肉まんだった。
「それではー、いただきますー」
 湯気を立てる饅頭を、はむっと頬張るフラッタリーの鼻腔を、唐辛子の刺すような辛味が豚挽肉の脂に乗って抜けていく。刻んだ筍の歯応えが丁度よいアクセントだ。
「かーらーいーでーすーのー」
 通常の味覚の外にある、辛味。
 地獄化の影響を受けた彼女の舌に、それはとびきりの刺激をもたらしてくれる。
「これは中々ー、舌に来ますわねぇー」
 時折顔を合わせる仲間と会釈を交わし、激辛フェスを堪能するフラッタリー。
 気づけば肉まんは早くも底を尽きそうだ。さあ、次はどの店に寄ろうか。

 カレーライスが二皿、テーブルの上で湯気を立てていた。
 それは、激辛カレー店の秘伝甘口カレー。家族でも食べられる料理が作りたいと相談したアウレリアに、店主が特別に教えてくれたものだ。
「いい香りね、そう思わない?」
 アウレリアの問いかけに、アルベルトは大きく頷く。
 旬の野菜をふんだんに用いたカレーが漂わせる刺激的な香りは、どんな者の食欲もたちどころに呼び起こしそうだった。
「あ、まだ待って頂戴」
 早速スプーンに手を伸ばすアルベルトを、アウレリアは制する。
 何故なら、このカレーはまだ完成していない。最後の仕上げを残しているのだ。
「昔、私にかけてくれた言葉を覚えてる?」
 そう言ってアウレリアが取り出したのは、調味用のソース。
 彼女いわく、特別な唐辛子が原料の、ちょっぴりスパイシーな隠し味だという。
「『君が心を込めて作ってくれるならなんでも美味しい』。私は今でも覚えているわ」
 店主に教わったレシピとアウレリアの真心、この二つが合わさって、初めてこのカレーは完成する。
 自分の皿にはたっぷりと。夫の皿には控えめに。
 そうして口へと運んだ一匙の味に、アウレリアは満足そうに頷いて――。
「美味しいわよ。さあ召し上がれ」
 それから彼女の伴侶がどうなったかは、また別のお話。

 激辛カレーのルウをスプーンで一杯。
「んんー、なるほど。このお味はーぁ……」
 舌の上で転がす辛味に、ツグミは思わず唸る。
 その味は刺すようで、焼き焦がすようで、体中からぶわっと汗が噴き出すようで――。
「つまりはすっごく辛いですねーぇ!!」
 ツグミは氷水を一息で飲み干す。
 ふうっと溜息をつけば、余韻に仄かな甘味と風味諸々が残った……気がしなくもない。
「あれですねーぇ。このカレーはまるで、ドス黒いアレやコレやが噴き出して、最後に希望の欠片が残っていた……そんなパンドラの箱めいたお味ですねーぇ」
 ならば、正義の味方たるツグミがすべき事はひとつしかない。
「そんな不届きなカレーさんはーぁ……残らず食べちゃいますよーぉ!」
 カレーをかきこみ、氷水を呷り、汗を拭い。気づけば皿は空っぽだ。
 椅子にもたれるツグミの胃が、カッカと燃え始める。
(「この辛さ、帰ったら発散しなきゃですねーぇ」)
 やはりドラゴニックミラージュ辺りが最適だろうか――。
 そんな事に考えを巡らせつつ、ツグミはスプーンを置いた。

 ベルベットと千翠、カトレアは3人で会場を回っていた。
「ねえふたりとも。次はどのお店に行きたい?」
「俺はラーメンがいいな。ちょうどデザートで腹もこなれたし」
「美味しそうですわね。では私もそれで」
 ベルベットの問いかけに、二人は肯定の返事を返す。
 特に、大食いだが辛さ耐性は人並みである千翠は、カレーにピザに中華料理にと、数人前を難なく平らげたにもかかわらず、
「これも味蕾と胃袋の鍛錬、ってやつだな!」
 と、第二ラウンドを始める気満々だ。
「じゃ、あそこのラーメン屋にしようか。すみませーん、ラーメン3つ下さい!」
「あ、私は小鉢でお願いいたしますわ」
 辛さお任せ、そんなリクエストに応えて店主が出したのは激辛野菜ラーメンだった。
 炒めたニラとモヤシ。丸ごと揚げたニンニク。麺が隠れるほどに山と盛られたそれらの下に、真っ赤な刻み唐辛子が絨毯よろしく敷き詰められている。
 そうして手を付けた3人の反応はというと――。
「こっ、これは辛いですわ! お茶を!」
「んー辛い! 野菜も美味しいし、いい感じに食が進む辛さだね!」
「うめぇー! すいません、おかわり大盛りで!」
 大慌てで冷えたお茶を呷るカトレア。
 火を吹きそうな辛さに悶えるベルベット。
 辛い辛いと嬉しい悲鳴を漏らし、早くも丼を空ける千翠。
 フェスの喧騒に包まれながら、3人の屋台巡りは続く。

「ふぇぇ……最高だよう、天国だよう……」
 テーブルに所狭しと敷き詰めた料理に、エヴァリーナは盛大に舌鼓を打っていた。
 カレー、ラーメン、ホットドッグ。麻婆豆腐にサラダにトムヤムクン。
 卓の料理は、どれも適度な辛さの皿が揃っている。
「これだよ、こういのがいいんだよ……」
 大盛りカレーを平らげて、お次はサラダにフォークを伸ばす。
 鼻を抜けるのはドレッシングの酸味と野菜の風味。そして最後に唐辛子の辛味が控えめに後をついて来た。麻婆豆腐は葉ニンニクの香りが最高で、白飯と組み合わせれば美味しさが何倍にも膨れ上がる。
「ふぇぇ。幸せ……」
 程なくして、タワーのように積まれた料理の山は、残らず胃袋へと収まった。
 冷たいお茶をすすり、満足の溜息をつくエヴァリーナ。
 しかし彼女の口から、ご馳走様の一言はまだ出ない。
「よしっ。次行こうっと!」
 そう、あくまでこれは前哨戦。
 彼女は今日、会場の料理を制覇する意気込みで臨んでいるのだ。
「次は何にしようかな。チョリソかな、エビチリかな、それとも……」
 エヴァリーナは地図を手に、頭に叩き込んでおいた屋台巡りのルートへと歩み出す。
 旨く辛い激辛フェスの本番が、いま始まろうとしていた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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