焦土に立つは鬼に堕ちた巫女

作者:青葉桂都

●焦土地帯の戦い
 八王子にある東京焦土地帯……デウスエクスによって焼かれ、支配されているこの土地で、戦いが起ころうとしていた。
 その原因となったのは、1人の巫女だ。
 白い水干を赤い着物の上に身につけ、赤い袴をはいている。
 その目は黒い布で覆われていたものの、彼女が歩くのには特に支障ないようだった。
 ゆっくりとした動きで、彼女は焦土地帯を歩く。
 ここが焦土地帯でなければ、まるで散歩でもしているように見えたかもしれない。
 巫女の足元には1匹の犬が歩いている。近づいてくるなにもかもすべてを敵と見なしているのか、常に周囲を威嚇していた。
 狂犬の動きを気にも留めていない様子で巫女は周囲を見回している。
 ……ゆったりとした動きが、唐突に早くなった。
 なにか目当てのものを見つけた様子で巫女と狂犬は砕けたアスファルトの上を走る。
「我が目の前に現れたのが運の尽きだ」
 行く手にいるのは巨大な、魚のような姿をした生き物たち。
 焦土地帯を徘徊していた数体の下級死神は即座に巫女を迎え撃った。
 月宮・朔耶(櫻華乱壊・e00132)の背後に、半透明の御業で生み出された巨大狼と多頭蛇が出現する。
 彼女は死神を、そして周囲にある廃墟のすべてを、打ち砕くべく暴れ始めた。

●暴走したケルベロスを取り戻せ
「何ヵ月か前に行われた竜十字島の決戦において行方不明となった月宮・朔耶さんが発見されました」
 集まったケルベロスたちに石田・芹架(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0117)は言った。
 ドラゴンウォーにおいて暴走した彼女が発見された場所は、ケルベロスたちにとってはある意味、忌まわしくも思い出深い場所、八王子にある東京焦土地帯だった。
「彼女は焦土地帯を徘徊し、出没する下級死神に攻撃をしかけようとしています」
 デウスエクス相手に暴れるだけなら問題はない……と、いうわけにはいかない。
 暴走状態で力が強くなっているからといって永遠に戦い続けられるわけではないし、このままではいつまでも朔耶は戻ってこられないままなのだから。
 朔耶を止めて、正気に戻さなければならない。
「残念ながら呼びかけるだけでは正気に戻らないので、戦うことになります。戦闘不能状態になれば正気に戻るでしょう。その際、彼女は2種類の御業を召喚して攻撃してきます」
 1種は天狼。巨大な狼型の御業に雷撃による攻撃を行わせ攻撃の威力を弱める。
 もう1種は多頭蛇だ。不快な音を発して範囲に攻撃し、麻痺させるのだ。
「他に、光の元素霊を呼び出して身に纏い、傷を癒すと共に防御力を高めることもできます」
 また単独ではなく狂ったように威嚇する犬を連れている。暴走によって高まった力で作り出したサーヴァントのようなもので、朔耶を守ろうとする。
 なお、狂犬は口にくわえた刀で斬りつけて攻撃してくるようだ。
 場合によっては狂犬を盾にして逃亡する可能性もあるので注意した方がいいだろう。
「余計な寄り道をしなければ、彼女が下級死神と遭遇する前に攻撃を行うことは可能です」
 ただし、死神に攻撃したところに割り込んで、先に死神を倒すことで朔耶を弱体化させることができるようだ。デウスエクスを倒す姿を見て、なにか心に感じるのかもしれない。
 芹架の予知では数体の下級死神に朔耶は攻撃をしかけるらしい。
 弱体化させるにしてもさせないにしても、朔耶を戦闘不能にすれば彼女は正気に戻る。
「暴走して戦い続けようとしている月宮さんですが、先程も言った通りこのまま放置しておくわけにはいきません」
 彼女を連れ戻せるのは同じケルベロスの仲間たちだけなのだと、芹架は最後に告げた。


参加者
ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
シュメルツェン・ツァオベラー(火刑の魔女・e04561)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
カタリーナ・シュナイダー(断罪者の痕・e20661)
ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)

■リプレイ

●焦土地帯へ急げ
 八王子に存在する東京焦土地帯に、ケルベロスたちは降り立った。
「さぁーて、お馬鹿さんを迎えにいかなくちゃね!」
 シュメルツェン・ツァオベラー(火刑の魔女・e04561)は、廃墟の彼方を見据えて言った。
 行方知れずとなっていたケルベロスが、この先にいるはずなのだ。
 髪に桜花を咲かせたオラトリオの言葉に応じたのは、金髪をポニーテールにした女性だ。
「デウスエクスを刈り取ってくれるだけなら大歓迎だがな、あいつが化け物になって暴れ続けられてはこちらも立つ瀬がない」
 カタリーナ・シュナイダー(断罪者の痕・e20661)も鋭い眼光を仲間がいるはずの方向へ向けていた。
「おまけにこのままではあいつの命も危ない」
 暴走し、力が増したからといって、無限に戦い続けられるわけではない。当たり前のことだ。
 廃墟と瓦礫を避けて、ケルベロスたちは彼女が出現すると予知された場所を目指す。
 やがて、ゆっくりと焦土を歩く巫女が見えた。
「見つけた! でも、すぐに出てっちゃダメなんだよね?」
 有賀・真理音(機械仕掛けの巫術士・en0225)の問いに皆がうなづく。
 数分もたたないうちに、巫女は走り出した。
 焦土地帯に潜む敵……下級死神の気配を感じ取ったのだ。
 数体の、魚のような姿をした死神たちが朔耶を囲んだ。
「朔耶さんを捕捉。オープン・コンバット」
 ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)は、言葉と共に廃墟の陰から飛び出した。
 一房だけ金色の髪が、焦土の風に揺れた。
 他のケルベロスたちも飛び出す。
「暴走したケルベロス……それも、俺の動きをよく知っている朔耶か。さて……どうすれば……」
 義妹である巫女の身のこなしを目にして、ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)は呟いた。
 思案している彼を追い抜き、死神への攻撃態勢に入った朔耶へと1人のオラトリオが語りかける。
「長期間、1人きりで戦ってきたのですね。それについては素直に凄いと思いますが、そろそろ、待っている人達の所に帰りませんか?」
 魅力的な赤い瞳に必死の色を見せ、如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)が言う。
 さらに声をかけるのは、沙耶にとって大切な人々だった。
「朔耶さんとは旅団とか依頼で幾度かすれ違う縁ですが……皆さん心配してますよ?」
 静かに告げた源・那岐(疾風の舞姫・e01215)は、盟友である沙耶をかばうように前に出た。
「朔耶さんが強いのは分かるんだけど、お留守の期間が長すぎるんじゃない?」
 源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)も義姉と肩を並べて武器を構える。
「朔耶さんが強いのは良く存じていますが、まずは待っている方々の元へ帰って頂きます。少々強引な手段になるのは、お許しを」
「那岐姉さんの言う通り。帰って来てもらうよ」
 そんな源姉弟の言葉に対して、朔耶は一瞥もしなかった。
 ケルベロスたちを無視し、まず死神に向けて御業を操ろうと身構える。
 だが、そんな状態だからこそ、きっと朔耶の目の前で死神たちを倒す必要があるのだろう。
 ケルベロスの戦いを、強さを暴走した朔耶に見せてやるのだ。
 召喚よりも早く、ヴォルフの放った気弾が死神を吹き飛ばす。
(「……殺す必要はないのか。連れ戻しに来たんだったな」)
 それを思い出しながらも、ヴォルフは義妹である朔耶を殺す方法を考え続けていた。
 相手が義妹であっても、敵に対する彼の思考は変わらないのだ。
 ケルベロスの大半が死神を狙う中、幾人かは朔耶を牽制するために武器を向ける。
「死神を交えて三つ巴の戦いか……。いや、この状況……有効的に使わせて貰おう」
 ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)は金色の瞳でバスターライフルのサイトを覗き込む。
 そして、戦いは始まった。

●死神たちを討て
「早急に決着をつけましょう。長い間、帰りを待っていた人たちのためにも」
 那岐は混戦の中で、神楽を舞った。
 大切な人を待ち続けた義弟の姿を思い出せば、朔耶の帰りを待っている者たちの想いも理解できる。
 背筋をしっかりと伸ばして、那岐は舞う。
「我が力、祝福の力となれ!! 白百合よ、我と共に舞え!!」
 風と共に、水色がかった銀の纏め髪が舞う。
 敵への道筋を示す白百合が、空の色をしたオーラと一緒に那岐の周囲で神楽に合わせて揺れ動く。
「助かるよ、那岐姉さん」
 支援を受けた瑠璃が、機龍槌アイゼンドラッヘを砲撃形態へと変化させた。
 熟練の匠の手によって鍛えられたハンマーから竜砲弾が飛び、死神の1体の動きを止める。
 後衛から一気に接近したカタリーナが、死神の1体の鱗を砕いてとどめを刺した。
 死神たちを片付けるのは、さほど難しいことではなさそうだった。
 おそらくは数分程度で全滅させられるだろう。
 だが、その間に朔耶に逃げられたり、あるいは手を出されてケルベロスたちの力を認めさせることができないようでは意味がない。
 そのため、幾人かのケルベロスは朔耶の牽制に回っていた。
「狙撃は苦手なのだがな……四の五の言っていられんか」
 ジークリットが構えたライフルから、冷凍光線が飛び出した。
 ミオリは白銀の剣を手に朔耶と対峙した。
 眼を覆う黒布により、彼女がどこを見ているのかはわからない。
 ただ、その動作からは、ケルベロスもまた、単なる障害に過ぎないと考えているように思われた。
 それは、とても悲しいことなのだけれど、悲しんでいる暇はない。
「星域結界展開」
 シロガネを振るい、乙女座の結界を描き出す。
「我の邪魔する者はすべて討つ」
 酷薄な声にまるで応えるかのように、口に刀をくわえた狂犬がミオリへ襲いかかってきた。
 本来の、朔耶のサーヴァントであるオルトロスとは似ても似つかぬ犬の剣が、ミオリの体を切り裂く。
「……他の皆さんが来るまで、耐え抜いて見せます!」
「ええ……それまで、私が支えます。力を合わせて、朔耶さんを必ず取り戻しましょう」
 沙耶がThe Teapot of March Hareから輝く盾を作り出してミオリを守ってくれた。
「狂犬はわたしが引き離します! 朔耶さんを連れ戻せるよう全力でサポートいたします!」
 霧城・ちさもミオリを回復してくれる。
「『帰りを待つ誰か』のために、俺も力を尽くそう。大事なものを失くしかけるのは、心臓が破けるほどに苦しいものだからな」
 朔耶の注意を引き付けながら、玉榮・陣内も言った。
 自分を想いながら戦うミオリたちに対して、朔耶は容赦なく天狼の雷撃や多頭蛇の音波を繰り出していた。
 シュメルツェンはそんな巫女の姿を見て、苦笑いを浮かべていた。
「なかなか帰ってこないから故郷の四国にでも行ってるのかと思ったら、まーだこんなところで寄り道してたのね」
 もっとも、そう言いながらも、シュメルツェンの声には朔耶への想いがこもっているように聞いた者には感じられただろう。
 彼女は死神と戦う側の回復役だったが、しかし精鋭が多く含まれるケルベロスたちは、下級死神にさほど苦戦はしていない。
「でも、死神が邪魔だってのは同感だけど。さぁ、満開の華を咲かせなさい!」
 真っ白な蔦と蕾の姿をした御霊をシュメルツェンは召喚した。
 数体の死神を巻き込んで、蔦はその生命力を奪って華を咲かせる。
 ボクスドラゴンのツェーレが巻き込んだうちの1体にブレスを吐いて、焦土へと叩き落とした。
 死神との戦いは、予想通りさして長くは続かなかった。ケルベロスたちの攻撃で、最初は数多くいた怪魚たちは見る間に数を減らしていく。
「……死ね」
 竜の紋様が施されたヴォルフの偃月刀が稲妻を纏ってまた1体を葬った。
 ジークリットが朔耶への牽制と支援の業を使い終えたとき、残る死神は1体のみだった。
「あと一息だ! 殲滅する!」
 残った最後の敵へと向けて、カタリーナが氷のレーザーを放つ。
 他のケルベロスたちも敵を削っていく。
 防具に装着した鞘から愛剣を抜き放って、ジークリットもその攻撃に加わった。
「剣に宿りし星辰の重力よ……その力を解放せよ!」
 剣に宿した星座の重力を増幅し、刀身へと集束する。
 刃を振るうと、重力の斬撃波は最後の死神を両断していた。
「前座は終わりだ。さあ、目を覚ましてもらうぞ」
 鞘に愛剣を納めてライフルを構え直すと、ジークリットはミオリと戦う朔耶のほうへと向き直る。
 ここからが、本番だった。

●巫女を止めろ!
 残っているのは巫女と狂犬だけだった。
「我が前に現れたのが不運だったと思え」
 わかってはいたことだが、残る相手がケルベロスだけとなっても、朔耶は動きを止めはしなかった。
 実のところ、もはやデウスエクスとそれ以外の区別すらついていないのかもしれない。
 言葉は発していても、意思は通じていない。
 今の彼女は荒ぶる鬼に過ぎないのだ。
 眼は黒布で覆われていたが、まるでケルベロスたちをながめるように朔耶は顔を左右に動かした。
 そして、剣をミオリへ向ける。天狼が出現した。
 朔耶の抑えを担っていたミオリは、この数分間でずいぶんと傷ついている。さらに天狼の一撃を受けるのは危険だ。
「させませんよ!」
 だが、玄梛・ユウマが鉄塊剣を構えてミオリをかばっていた。
「助かります。生体構成要素解析……修復実行」
 ミオリはナノマシンを用いて自らの循環系を回復する。
 その間に、死神と戦っていたケルベロスたちは朔耶の周囲へと集まってきていた。
「止めるのはこちらです。大切な人が傍にいるのがどんなに良いことか、思い出してもらいますよ、朔耶さん!」
 沙耶は巫女へと告げると、運命を示す。
「貴方の進む道に力の加護を!!」
 彼女が得意とする占いの力が、戦友たちの力を増す。
 さらに、真理音がオウガメタル粒子を散布して前衛の仲間たちの感覚を強化する。
 力と感覚を強化されたケルベロスたちは朔耶へと攻撃をしかける。
 もっとも、その前にはまず狂犬が立ちはだかっていた。忠義を尽くそうとする犬を、巫女はかえりみる様子はなかったが、それでも狂犬は朔耶を守って代わりに攻撃を受ける。
 そんな狂犬を、ヴォルフの拳がうなりをあげて吹き飛ばす。
 那岐がローズマリーの名を持つレイピアを踊らせて、虹の輝きを持つ一撃で狂犬の注意を引いた。
 主を守りながらもメチャクチャに剣を振り回して狂犬は暴れまわる。
「ミオリちゃんの回復はお願いね。他のみんなは引き受けるわ」
「わかりました。でも、手が足りないときは言ってください」
 シュメルツェンが狂犬に斬られた仲間に心霊手術を施す間に、沙耶は朔耶を抑えていて負傷しているミオリの治療を再開する。
 目の前で死神を倒して見せたことが心に、あるいは思考に影響を与えているようで、朔耶や狂犬の攻撃にも先ほどまでの威力はない。
 回復役に支えられてケルベロスたちはまず狂犬を追い詰めていく。
「さあ、邪魔な犬はこれで終わりだ」
 カタリーナは素早くライフルの引き金を引き、狂犬を撃ち抜く。
 消えていく犬の向こうにいる巫女を、赤い瞳で見つめた。
「お前は今何と戦っている? 何故戦っている?」
 問いかける言葉に朔耶は答えない。
「私は部下の仇を討つため、そして贖罪のために戦っている。『人として』な」
 教官時代、デウスエクスに殺された教え子たちの姿が、カタリーナの脳裏をかすめた。
「お前に戦わねばならん理由があるのなら、最後まで『人として』戦うべきだ」
 鋭い眼光を向けて、カタリーナは巫女へと一歩踏み出した。
 返ってきたのは冷たい笑いだけだった。
 暴走している朔耶に届くのは、言葉ではない。
 出現した多頭蛇の音波がケルベロスたちに襲いかかる。
 前衛の皆へ頭が割れるほどの音が降り注ぐ。
「でも、さっきまでの音よりはずいぶんマシです」
 ヴォルフをかばいながらミオリが言った。
「朔耶さんの心も帰る方に傾いてるってことかしらね。そうだといいんだけど」
 那岐は瑠璃の前にたちふさがっている。
「連れて帰らなくちゃね。もう会えないと思ってた人と再会できるのは、とても嬉しいことだから」
 瑠璃は一瞬だけ後方にいる沙耶に視線を向けてから、義姉の後ろから飛び出した。
 狂犬を倒す間に、すでに真理音とも協力して朔耶の足は止めている。
 その動きを完全に止めるべく、瑠璃は契約の履行を要請する。
「力借りるよ!! カーバンクル、その魔力にて停止を成せ!!」
 古の盟約に基づいて、現れるのは1体の霊獣。
 額に埋め込まれた紅玉が輝きを放ち、停止の力を持つ紅い光線が朔耶を貫いた。
 沙耶の時空凍結弾や那岐が召喚した吹雪の精霊によって巫女の足元で焦土が凍結する。
 ケルベロスたちの攻撃が、朔耶へと集中する。彼女は光の元素霊を呼んで身を守ろうとした。
「そろそろ目を覚ます時間だぞ、朔耶!」
 ジークリットが重力の斬撃波でそれを打ち砕く。
 次いで接近したカタリーナが白の絣を引き裂いて防御を弱める。
 ミオリの体が、宙を舞う。
「朔耶さんは私の事を大好きな、と言っていただきました。私も朔耶さんが大好きです。ですから」
 重力を操り、流星のごとく少女が飛び込んでいく。
「一緒に、帰りましょう」
 飛び蹴りが痛烈に命中し、焦土の地面がわずかにへこむ。
「聞こえてるんでしょお馬鹿さん」
 シュメルツェンが放った弾丸で、朔耶の体が凍結していく。
 多頭蛇を召喚しながら、朔耶が後方に飛んだ。
 逃げるつもりだ。
 だが、そこにはすでにヴォルフが回り込んでいた。
「そう動くのはわかっていた」
 戦闘中、彼は一度も朔耶に呼びかけたりはしなかった。
 どうすれば殺せるのか。
 対峙した敵に対してヴォルフが考えることは、どうすれば殺せるかどうか。
 たとえ相手が義妹の朔耶でもそれは変わらない。あるいは、変えられないのかもしれない。
 逃走しようとする気配を察して逃げ道をふさいだ、その瞬間にヴォルフは迷うことなく攻撃に移った。
 稲妻をまとった偃月刀を容赦なく朔耶へと突き出す。
 巫女の装束が焼け、その内にある肉体を刺し貫く。
 朔耶が膝をつく。
 そして、血を流しながら、焦土の地面に倒れた。
 巫女にもう戦う力がもうないのは明らかだ。
 血まみれで……凄惨な姿だったけれど、その体がわずかに動く。
「……生きてるんだったら、さっさと正気に戻りなさい」
 ヴォルフが朔耶に声をかけたのは、戦いが終わったことがわかってからだった。

●帰還
 倒れたままの朔耶へと真っ先に駆け寄ったのはミオリだった。
「無事を確認。クローズ・コンバット……良かった」
 安堵の息を吐き、彼女は朔耶を助け起こす。
 ジークリットも駆け寄り、彼女を手当てし始めた。
「どうやら、助かったみたいですね」
「うん。頑張ったかいがあったよ」
 沙耶と瑠璃が並んで見守る。
「2人も、みんなも、お疲れさま。これできっと、朔耶さんを待ってる人たちも安心するわね」
 那岐もねぎらいの言葉をかける。
「力尽きるまでひたすら戦い続けるなど、ほめられた話ではないからな」
 ライフルを納めてカタリーナも言う。
 朔耶の傷は浅くはないが、ケルベロスならば休めば治る程度だ。
 介抱する者たちの横から、シュメルツェンが朔耶に話しかけていた。
「おかえりなさい、お馬鹿さん♪ リキちゃんとポテちゃんも私達も貴女が戻ってくるのを待っていたのよ」
 まだ意識がないままの朔耶へと、楽しげに待っている者たちのことを話す。
「精々、きちんと反省してもらわなきゃ♪」
 そう語りかけるシュメルツェンの声は、明らかに楽しげだ。
 やがて、朔耶の目を覆っていた黒布がほどけて、彼女はゆっくりと薄目を開けた。
「俺は……どうなって……たんじゃ?」
「夢を見ていたのさ。悪い……夢をな」
 介抱を続けながらジークリットが言う。
「そうか……夢、か」
 安心したように、朔耶が寝息をたて始める。
 もはや、巫女の冷たい表情は、面影さえ残っていなかった。

作者:青葉桂都 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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