冬空のカレイドスコープ

作者:崎田航輝

 高空に綿のような白雲が漂う初冬。
 風の温度が冷たくなってきたその日、人々の顔に温かな笑顔の花が咲いていた。
 街の一角、草花も咲く明媚な広場ではマーケットが開かれている。
 そこに並ぶのは精緻な細工や美しい色彩の筒に鏡を閉じ込めたカレイドスコープ──万華鏡だった。
 円柱型だけではなく、陶器や瓶を模した千差万別の筒が見目にも美しく──それを覗き込めば、夢幻の華が廻り踊る世界が垣間見える。
 花吹雪が散る景色、蒼い世界に星が踊る宇宙の眺望、蒼空に白い鳥が舞う光景。
 一つとして同じものの無い世界に、人々は立ち止まり、巡る色彩を楽しんで。どれを買って帰ろうかと心を踊らせていた。
 けれどそんな市に──招かれざる巨躯の男が一人。
「嗚呼、寒い──」
 頭までを覆う無骨な鎧を着込んで、地を踏みしめて。寒風に冷えた鋭い剣を握りしめ、瞳に淀んだ殺意を浮かべる──エインヘリアル。
「熱い血が要る……生きた、真っ赤な、鮮血が」
 その温度で俺を温めてくれ、と。
 広場へ踏み込んだエインヘリアルは、剣を振るって人々を切り裂く。寒空に血煙が立つと、その罪人は兜の隙間に恍惚とした眼光を覗かせていた。

「まあ、万華鏡のマーケットですの?」
 冬風の吹き始めたヘリポート。
 とある広場で催されるという市の話に、シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)は可憐な笑みを零していた。
「はい。色も形も見える景色も、色々な種類があって人気だという話ですよ」
 そう応えるのはイマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)。ただ、その声音は困ったことがあるようでもある。
「そこに、デウスエクスが現れる事が判ったのです」
 出現するのはエインヘリアル。
 アスガルドで重罪を犯した犯罪者で──コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれるという、その新たな一人だろうということだった。
「看過しておくことは、出来ませんわね」
「ええ。是非、力を貸してください」
 イマジネイターは頷いて説明を続けた。
 現場は街の一角にある広場。多くの人々が訪れ、買い物を楽しんでいる。
「ただ、今回は警察と消防の協力で避難が行われる事になっています。こちらが到着する頃には、現場の人々は丁度逃げ終わっていることでしょう」
 敵は広場の外から現れる。こちらは到着後、敵を迎え討つことに専念すればいいと言った。
「周りに被害を及ぼさず終わらせることもできるはずですので……無事勝利できた暁には、皆さんもマーケットに寄っていっては如何でしょう」
 カレイドスコープ──万華鏡は見目も、中に見える世界も様々だ。
 置物や飾り物としても美しいものが多く、眺めて回るだけでも楽しいはずだという。
「自分に合った形や、世界を探してみるのもいいかも知れませんね」
 皆さんの見る世界はどんな色をしているでしょうか、と。
 その言葉にシアは期待感を交えて頷く。
「そのために、守るべきものを守りましょう」
「是非、頑張ってください。健闘を、お祈りしていますね」
 イマジネイターはそう言葉を結んだ。


参加者
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
天音・迅(無銘の拳士・e11143)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
リィナ・アイリス(もふきゅばす・e28939)
心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)
オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)

■リプレイ

●冬風
 清涼な空気が満ちる広場を、色とりどりの円筒達が飾る。
 その美しき品々を見回し、天音・迅(無銘の拳士・e11143)は感心の面持ちだった。
「カレイドスコープ、か」
「お手軽に綺麗な世界を堪能できて素敵よねー」
 ゆるりとした声音に期待感を込めて、心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)も視線を巡らせる。
 事実それは外目にも綺羅びやかで、今は退避している人々の、その賑わいさえ想起させた。
 だからリィナ・アイリス(もふきゅばす・e28939)も、ん、と頷いて。
「……マーケット、楽しみにしてる人も、いるから……。何としても、食い止めないと、ねっ!」
 自身も楽しみにしている自覚があるから、ぐっと手を握り気合を込める。
 括もええ、と頷いて。
「こんな素敵な物がある場所で悪さをする子には「めっ!」ってしてあげないとね!」
 云って視線を向ける先。
 広場の入口に現れる、巨躯の姿が垣間見えていた。
 それは分厚い鎧を着た罪人──エインヘリアル。嗚呼、寒い、と。刃を握り、生き血を求めて歩み入っていた。
 けれど無論、その剣が無辜の命を見つけるより早く。
「お寒いのならば私達がお付き合いしましょう」
 春花がそよぐよう、甘く穏やかな声が響く。
 空より舞い降りるシア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)。
「──きっと、ようく熱くなれると思うわ」
 風舞う花弁のようにひらりと翻り、霊力纏う刃で一閃、巨体の腱を切り裂いていた。
 僅かに傾ぎながらも、罪人は戦意を滲ませ剣を構える。
「……、お前達が、血をくれるのか」
「他人の血潮で暖めてもらえるような価値が、お前に有る訳ないだろ」
 と、心を一層冷ます、夜天の温度を孕んだ声がした。
 背後に立って包囲陣を作る、ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)。
「自分の血飛沫被ってそのまま凍えてろ」
 瞬間、濡羽の髪を揺らして燦めく星屑を零し──杖から解き放つ同胞に巨躯を切り裂かせていく。
 鎧の間から朱い滴を零しながらも、罪人は抗するように刃を振り上げた。
「人の生きた血でなければ、意味がない、寒さは消えない……」
「安心しな」
 と、そこへ奔り跳ぶ精悍なシルエットが一つ。
 白銀毛を冬陽に反射させ、眩く脚を撓らすランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)。
「寒くとも、すぐに感じなくしてやるぜ。なんにも、な」
 言に違わず蹴り下ろし、感覚を奪う程脳天を揺さぶってみせる。
 罪人はよろけながらも、剣から寒波を放った。けれどリィナが前面に出れば──。
「補助させてもらうな」
 迅が『時読の藤花』──赤毛を縁取る髪花を揺らし、刹那の未来をリィナに示す。
 リィナがそれを活かして上手く防御すれば、括が『癒しの抱擁』。温かなオーラを乗せた包帯で包み治癒していた。
 残る前衛の傷には、リィナ自身が癒やしの芳香を漂わせる。
 皆を守るという想いから生まれるピュアな甘い香りと──大人びた色香を含むフェロモン。二つが相まった『ハジメテの想い』は、芳しく皆へと溶け込んで傷を拭い、守りの加護を与えていた。
「……これで、みんな大丈夫、なのー。……攻撃は、お願い、するね」
「──ええ」
 応えた霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)は、既に敵へ直走る。
 静謐の視線は冷静に巨体の隙を見通して。
 相貌は一切崩さず、狙うのは鋭い攻撃のみ。
 瞬間、羽撃くように衣を棚引かすと一撃、コンバットブーツで靭やかな蹴りを叩き込み巨体を大きく後退させていた。
 和希は素早く飛び退き、反撃すら許さない。
 揺らぐ罪人は呻きを零していた。それでも、声には喜色すら滲んでいる。
「お前達の血は、温かそうだ。……全てをその朱で染めたい」
「……どうしてわざわざ、綺麗な世界が溢れる中に凄惨な光景を作ろうとする、のか……」
 オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)は目を伏せて、声を零す。
「寒いなら、寒いまま、勝手に凍えていればいいのに。……とても、無粋」
 けれど言葉で通じぬことは知っている。
 だから奔りながら槌を構えて。
「熱を求めるのなら、あげる。好きなだけ温まればいい」
 刹那、砲撃で爆炎を上げながら、蹄で跳んで蹴撃。焔を宿した一撃で巨体を烈しく灼いていく。

●焔散
 火の粉の舞う中で罪人は苦悶を響かせる。
 それでもゆらりと手を伸ばすのは、焔に灼かれても未だ血を求むからか。
「まだ血が欲しいか。もうちょいマシな暖房方法思いつかねえモンかねえ……」
 ランドルフは呆れ声を零す。
 傍らで、ノチユはただ声音を鋭くしていた。
「死ぬほど寒いなら死ねばいい」
 同族めいたものを感じて、余計に腹が立つのだろうか。尖る心を自覚しながら──ノチユは瞳を見開く。
「こっちを視ろよ、罪人。“私”が呼んでいるんだから」
「──!」
 刹那、巨躯が視たのは翠に浮かぶ赫い眸のひかり。
 聞こえるのは唇から紡がれる、救いを乞う女の声。『神呼び』──そこに誰かの影を視て、罪人は心を凍らせ立ち竦む。
 生まれた隙を逃さず、和希は煌めく白と艶のない漆黒、二つの銃身を向けていた。放つ光線は交わって着弾し、氷晶を散らせて巨体の脚を凍らせる。
「私も行くわねー」
 と、そこへ括がふわりと跳んで包帯を振るう。すると籠められたグラビティの塊が射出され、煌めく尾を引いて巨体を穿っていった。
 罪人は斃れず氷を纏う刃を振り下ろす。が、迅のライドキャリバーの雷が奔り出すと、ドリフトしながら車体側面で防御。
「よし、すぐに治すからな」
 直後には迅が藤色に輝くオーラを形成。優しい温かさを与えて雷を治癒していた。
「私も、おてつだい、するね……」
 リィナは指先を輝かせ、宙に色を乗せ始める。
 鮮やかで、それでいて可愛らしい紋様を描くそれは治癒のグラフィティ。宙に揺蕩い雷の機体に触れると、負傷を吸い取るように修復していった。
「あの少し、なのー」
「それじゃあ、お願いね」
 と、括の言葉に応えて飛ぶのは翼猫のソウ。治癒の風を吹かせて傷を余さず払っていた。
 罪人は未だ殺意を失わず奔り来る、故に。
「虐殺好きの剣士は──必ず仕留めるぜ」
 迅が渦巻く氷気を魔弾として発射。一直線に巨躯の腹部を貫く。
 罪人は慟哭を轟かせながら、それでも退かなかった。
「……血を……」
「赤に塗れるのはあなただけで十分よ」
 シアは否定するように首を振る。
「血潮は身の内をめぐってこそ、あたたかいのだもの」
「それでも血も望むと、言うのなら。浴びさせてあげよう」
 あなた自身のそれを、存分に、と。
 オルティアが奔り抜けながら駆動剣で連閃。巨躯の足、胸部、肩を裂いていく。
 罪人が下がれば、その後方へ張っておいた感知魔術による不随意の連撃。『蹂躙戦技:舌鼓雨斬』──より強力な斬線を描いて巨体を刻んだ。
 自らの血に滴りながらも、罪人は決死で刃を暴れさせる。
 が、制すようにシアがそっと手をのべていた。
「此処には繊細なものたちが沢山いるの。だからお静かに──」
 そして速やかに終わらせましょう、ね、と。
 巨躯の足元から『菫花』を芽吹かせると、散った跡が魔法陣となって輝いて。眩さと色彩、清浄な力で罪人の魂を削っていた。
 倒れ込む罪人は、最後まで命を求めるように這いずる。
 見下ろす和希はその瞳に慈悲を浮かべなかった。
「誰も、死にはしない。そしてここはお前の在るべき場所じゃない」
 お引き取り願おうか、と。
 滲むのはデウスエクスに対する狂気。躊躇わぬ戦意と、容赦のない殺意。
 瞬間、招来する『黒白の精霊』は闇と光の軌跡を描きながら宙を翔け、巨躯を暗色に包んで命を砕いていく。
 同時、ランドルフは白銀のリボルバー銃から弾丸を放っていた。
「年末に向けて、物騒な輩の掃除といくぜ。喰らって爆ぜろ! 寒がり野郎ッ!」
 バレットエクスプロージョン──着弾と共に強烈に爆ぜる特殊弾が、白色に染まる程の焔を起こして巨体を飲み込んでいく。
「罪人ならあの世は業火で迎えてくれるさ。良かったな、これでもう寒くねえぞ、永遠にな」
 ランドルフが銃を収める頃には、罪人は完全に消滅していた。

●色彩の輪
 冬空に愉しげな声が響く。
 戦いの傷痕を綺麗に直した後、すぐに市は再開されていた。人々にも店にも被害は及ばず、訪れた平和に皆が笑顔を見せている。
「私達ももちろん、寄っていくわよ!」
 そんな中、括も上機嫌に歩み出すと──シアも笑顔で同道。店々に並ぶ個性豊かな円筒形達を眺め始めていた。
「まあ、まあまあ!」
 シアは視線を迷わせながらも瞳を輝かせる。
 筒の見目が美しい程、その中に期待が及ぶから。
「万華鏡は覗いてみるまで、どんな世界か分からないのが魅力的ですよねえ……!」
 こんな機会だからこそ沢山見させて頂いちゃいましょう、と。気になったものを手にとって覗いてみていた。
 一つは昏い背景に光の粒が輝く、銀河を閉じ込めた景色。
 一つは様々な青が集まった、空のようでも海中のようでもある世界。
「どれも、鮮やかですわね……!」
「そうねー。あ、これ綺麗!」
 寒風にマフラーを巻き直しながら、括は細かいカットの入った筒に目を留める。
 幾つもの色が組み合わさった、お洒落なステンドグラスのようで──中を覗くと多くの色彩が巡ってきらきらと鮮麗だった。
「シアちゃん見て見て! こっちのは花柄みたいで素敵よ!」
「まあ、本当……!」
 次の品をシアも見てみると、回転させる程に花が咲いては散って、季節の巡りを感じる景色が見える。
 と、隣の店に巫山・幽子の姿を見つけて括は歩み寄った。
「どんなかんじのを見てるのかしらー?」
「私は、見つけたものを順に……」
 ぺこりと挨拶しつつ、幽子は空や花園の万華鏡を示す。
 シアもその辺りを眺めると──ふとその中に惹かれるものを見つけた。
 それはかんらん石と琥珀が入った、何処か和の雰囲気がする世界が見える一品。優しい色合いで、いつまででも見ていられるものだ。
「うん、これにしましょう」
「いいわねー。それじゃあ私も」
 と、括も自身も何か買おうと決めて、見つけた中から選ぶ。
 買ったものを改めて一緒に眺めると、冬の澄んだ空気から差し込んだ光が美しく──暫し皆で色彩の世界を楽しんでいた。

 マーケットと呼ぶに相応しい賑やかさの中を、迅は歩んでいく。
 芸術品のようなカレイドスコープが、左右の店に並ぶ景色。迅自身、見てみたいという思いも少なからずあったけれど……。
 ふと目を向けるのは、隣をゆるゆると徐行する雷。
「せっかくだし、見せてやるのも良いかも知れないな」
 呟き、足を止めて幾つか見てみることにした。
「今は色んなモンがあるな」
 形状も色も、中の鏡の張り方も自由な発想の品が多い。手にとって覗いてみると、オブジェクトが常に変遷し続けて美しい。
「割と見ていて飽きないもんだよな。見るか?」
 と、雷に差し出したのは、藤の花が見える一品。背景が空と木々になっていて、廻ると花がそよぎ、風に舞うように見えるものだ。
 雷はそれを見てパネルに驚きと、次にきらりとした輝きの絵文字を浮かべる。どうやら美しさを実感したようだ。
「それじゃあ、買っていくか……と」
 そこで迅が目を向けると、見つけたのはリィナの姿。迅は笑顔で挨拶した。
「お疲れ。リィナ嬢も見て回ってるのか?」
「あ、迅くん……。そう、だよー」
 リィナは柔らかに微笑んで頷く。
 丁度リィナも、今からマーケットを巡ろうとしているところ。
 元より少し、否、結構気になっていたのだ。可愛らしいものから美麗なものまで、沢山の筒を目にするとわぁ、と目元を和らげた。
「中も、綺麗なのかなぁ」
 早速一つ覗き込んでみると、リィナはまた感嘆の声を零す。見えたのは幻想的に色彩が移り変わり、景色がグラデーションを起こす世界。
「……キラキラ……キラキラ、してる」
 次に手にとったのは、桃色のデザインが可憐な一品。全体的に丸みを帯びたシルエットで──覗くとリボンとハートと羽が舞い踊る景色が見えた。
 淡い色合いもファンシーで、そして美しい。
「カレイドスコープの中だけ、異次元だったり、して……」
 そんな実感と共に選んでいる、と。
「……あ、和希くん」
 視線の先に、和希の姿。
 和希もまた、気ままに市を歩いているところ。小さく頭を下げて挨拶する和希に、リィナも応えて声をかけた。
「何か、いいもの、あった……?」
「ええ、今、色々見ているところです」
 和希は言って品を手に取る。
 普段はそうそう目にすることもないけれど、見て回ると少しずつ興味も出てきていた。
「これは、回る場所が二箇所あるんですね──」
 店の者から気になったものの説明を受けると一層、どれかを買おうという気になる。
 たまには親しい相手へのお土産というのも、と。
「……そう機会がある訳でもありませんし、こういうのも悪くありませんよね」
 夜天に白雪が煌めく世界、深い碧色と藍色が輝く世界。
 魅力的な品は数多くあるけれど──幾つかの中から逡巡した末、特に気に入ったものを選んで二つ買った。
 一つは勿論、自分で眺めて楽しむように。
 そしてもう一つは……。
「良い買い物が出来ました」
 静かに呟き、和希は包んで貰ったそれをお土産にして。満足した気持ちで、また暫し二人と見て回っていった。

 淡く差し込む陽光を反射して、円筒が輝いている。
 ランドルフはそれを見やりながら、店から店へ歩んでいた。
 止まって手にとり、覗いてみると確かに綺羅びやかで美しい。
(「綺麗なモンだ」)
 そう思う心に嘘はなく、興味はある。
 だからこそこうして迷っているけれど。
(「アイツへの土産にしたい処だが……いくら綺麗でも一緒に見られねえからなあ」)
 筒を下げれば世界は見えなくなる。
 同じ眺めを同時に共有出来ないのは、確かに万華鏡の唯一の欠点と言えるのかも知れなかった。
「……まあ、それでも」
 買って困ることは無い、とも思う。
 或いは喜んでもらえるかも知れないと思えば、買って帰る価値はある気がした。
「kaleidoscope、か」
 心模様も同じだけ、目まぐるしく変わる。
 自分とその人の心も、いつも美しくあればいいと思いながら──ランドルフはそれを買って歩み出した。

 幽子を見つけて誘い、ノチユはマーケットを歩みゆく。
 人ごみがあると見れば、迷子にならぬよう、それとなく抜けながら。二人で隣り合ってゆっくりと品々を眺め始めていた。
「沢山、ありますね……」
 呟く幽子は興味深げ。その顔を見やりつつ、ノチユもまた並ぶ色彩に惹かれていた。
 元々、話を聞いた時点で少し……いや、結構楽しみだったのだ。
(「万華鏡は、すきだから」)
 子供の頃──病弱な自分が見ていい景色だったから。
 手にとって覗いてくるくる回すと、色が巡って光が交叉する。
 一つの万華鏡でも同じ景色がひとつもなくて。
 そういう景色が掌に収まるのが、少し嬉しい。
(「昔からそうだったな」)
 少し目元を優しくして。隣で同じように筒を見ている幽子へ声をかけた。
「幽子さんはこういうのすき?」
「……はい。ちゃんと見たのは、初めてですが……綺麗で、楽しくて、好きです……」
 幽子が瞳を見て応えると、ノチユは、ん、と返して。目に留めていた品を手渡す。
「これとかかなり綺麗だよ」
 それは星屑が光り、夜空が見える一品。幽子は覗くと、瞳を仄かに輝かせた。
「星空みたいで、素敵です……」
「良かった。他も、見ていこうか」
 こくりと頷く幽子はほんのりとした笑み。
 あまり表情を見せない幽子が向けてくれるそんな顔が、ひどく尊いものに思えて──ノチユはまたゆったり歩み出す。
 そうして夜空の他に、花風の景色など気に入ったものを幾つか買うと……ひとつは後で渡そう、とノチユは決める。喜んでくれるといいけれど、と思いながら。
「少し休もうか。奢るね」
 その後、休憩にと飲食店に誘うと、幽子はまた嬉しそうに頷いて。二人で並んで冬空の下を歩んでいった。

 艶めく陶器、或いは澄んだ瓶。
 世界を内包した様々な形が並ぶ間を、オルティアは歩み始めていた。
 仄かにわくわくとしているのは──。
(「……キラキラした世界が見えると、聞くけれど」)
 でも聞いただけじゃ分からない。何よりこの目で実際に見たかったから──とても楽しみでならなかったのだ。
 だから気になったものがあれば早速、覗いてみる。
 垣間見えるのは、蒼空にカモメが飛ぶ平和な景色。清らかな海で魚達が泳ぐ世界。
 他にもファンタジックな背景に魔法の光が舞う眺めもあって──外見のデザインと中に広がる模様は、無限の可能性を見せてくれるようだった。
「本当にいろいろ……」
 こうなればどれか買いたい、けれど。
(「とても迷う……」)
 全て美しいからこそ、中々これと決められない。
「何か、決め手になりそうなもの……は……」
 と、そこで本能的に足を止める。
 見つけたのは、猫をモチーフにしたゆるいぬいぐるみだった。
「……これ、は……」
 万華鏡としては珍しい形。けれどその目を覗くとしっかりと世界が広がっていて──ゆるい子猫がいっぱいに見えた。
「……かわいい! 買います!」
 運命的な可愛さを感じて、迷いも消えるくらいに即決。
 事前の期待を超える、満たされた心持ちと共に──オルティアは大事そうにそれを手に、帰路についていった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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