ミッション破壊作戦～ふるさとに帰りたい人たちがいる

■リプレイ

●轟く叫び　
　降下を開始した時、魔空回廊は小さな豆粒ほどにしか見えなかったが、それを魔空回廊であると認めた瞬間、副島・二郎（不屈の破片・e56537）は胸を何かで締め付けられるような圧迫感を覚えた。
「……また来たぞ」
　２０１０がもうすぐ終わる。
「この地にあるべきものは人々の営み、デウスエクスの我儘放題ではない」
　時間は午前７時を間もなく回ろうとしている。東の水平線に太陽が煌めきはじめている。
　大気は透明で澄み切っていたが、落下の加速に比例して空気の抵抗も急速に大きくなって行く。まともに目を開けているのが苦痛になるほど。
「それに……あのロキの企みだというのなら猶更」
　デウスエクスに奪われた身体の部位が疼くような気がした。故郷を追われた人たちは心に空白が出来たようだと語るが似ているのかも知れない。
「何が何でも叩き潰して、ここを取り返してやりたくなった」
　今回の攻撃でも開放出来なければ、ここ苫小牧を追われた人たちは年末年始も避難生活を強いられたまま。
　家に帰れないまま既に命を落としてしまった人も少なくないだろう。
　少しの間、閉じていた瞼を開けば、魔空回廊は間近に迫っていた。
　数秒の間にそれは朝の空を映す巨大な鏡と錯覚するほどの存在と変わる。
「さあ、今回こそ潰してやる」
　二郎はバリアに映る自分自身を目がけてグラディウスの刃を突き出した。
　水平線から昇り始めた太陽と呼応するように、青白い光が爆ぜ、続けて白い閃光が広がった。
　閃光の余韻を残すなか、轟音に大気が揺さぶられた。
「ケルベロスライブ、いえ、ミッション破壊作戦スタートなのデス！」
　シィカ・セィカ（デッドオアライブ・e00612）の眼下で、橙色の火球が膨らみ始めているのが見えた。
　それがこの地に苛烈な破壊をもたらすものだと理解してなお、グラディウスの行使に迷いは無い。
「ここももう占領されてから随分と経ったのデス……」
　苫小牧漁港は、年間一億トンの貨物を取扱う苫小牧港の入口付近に位置する。
　故郷と言う意味だけではなく、経済的にも失われ続けているものは多い。
「これはすべての地域を解放するためのロックな一歩デス！」
　瞬間、あらゆる物を焼き尽くす爆炎が２つに裂ける。それはグラィウスを真下に構え、落下を続けるシィカに進路を示すようにも見える。
「ロキも早く倒さなきゃいけないデスし、手がかりはひとつでも多くゲットなのデス！」
　左右に開けた炎の壁の先に橙の輝きを映すバリアの壁が見える。
「漁師さんたちが安心して魚を獲れる場所を取り戻して、美味しいお魚を頂くのデスよ、そうロックに！」
　この地を開放出来れば、取り戻せるものは大きい。抱く確信を握りしめる手に込めて、グラディウスを突き出した。
「レッツ、ロック！　ボクの歌を聴けぇぇデェェェス！！」
　この日二度目の閃光が爆ぜる。
　重なる火球の生み出す高熱が海水を瞬く間に沸騰させ、強烈な上昇気流を作りだした。
　塩分や瓦礫を含む炎と煙が立ち昇って来るなか、ジュスティシア・ファーレル（シャドウエルフの鎧装騎兵・e63719）もまた、そこに出来た裂け目に沿って、一直線に落下を続ける。
「海からの収穫、そして流通。命そのものが奪われなくても、糧となる仕事が奪われるのは辛いこと」
　そして、この苫小牧にしかない海の幸が好きだった人たちだって悲しいはずだ。
（「あなたもあの猿モドキの犠牲者なのかもしれませんが」）
　急速に近づいてくるバリアに向けて、グラディウスの切っ先を向ける、ジュスティシア。
　今は煙と炎に遮られて、地表や海の様子は見えないが、ひどい破壊がもたらされていることは想像出来る。
　グラディウスの先端がバリアに触れる刹那、叫びと共に力を込める。
「苫小牧の住民の為、倒させてもらう。猿モドキと我々、どちらを恨んでくれても構わない！」
　衝撃が身体を突き抜ける。硝子の割れるような澄んだ音が体内を突き抜けて行く気がした。
　強烈な閃光が煌めく中、衝撃から来る激痛が時が止まったと錯覚する静けさをもたらした。
　突撃姿勢に入った、燈家・陽葉（光響射て・e02459）の下方で、弾き飛ばされた、ジュスティシアが爆煙の中に沈んで行く様が見えた。
「ロキ……まったく、相変わらず逃げ足の速いやつ。……獣型巨人も、あるいはロキの犠牲者なのかもしれないけれど」
　ほんの僅かの時間に、様々な思いや記憶が、陽葉の中で巡った。
（「それがどうした」）
　複雑になりかけた思いを振り払うように小さく首を左右に振り、二度、三度と、瞬きを繰り返して、陽葉は刃に込める思いを整理する。
「ここは人々が暮らすための場所だよ。お前たちに蹂躙されていい場所じゃないんだ」
　思いと共に刃を叩きつける。そして凄まじい衝撃に抗いながら、さらに力を込めた。
「だから、ロキの企みごと打ち砕いて、取り返させてもらう」
　地上から巻き上げられたありとあらゆる物が、枝分かれする血管の如くに伸びる雷光に貫かれて、次々と塵と消えて行く。凄まじい上昇気流に揺れる爆煙に出来る隙間からは時折、干上がった港や破壊されて打ち棄てられた巨大船の残骸のようなものも見える。
　シルディ・ガード（平和への祈り・e05020）は戦いのもたらす現実をひとつひとつ噛みしめながら、グラディウスを構えて、攻撃目標のバリアへ向けると、瞼を閉じ呼吸を整えた。
　髪の毛にざらざらとした塩のような粒が吹き出てくるよう気がした。
「ロキは命あるものを送り出していることに、まるで頓着がないみたいだよね」
　目的も、生きる為の重力鎖収集でもなく……。
　しかも　ケルベロスの影を見て、投入した巨人をそのままにして姿を消した。
　シルディは腑に落ちなかった。もし自分が同じ立場ならばこのような無駄なことはしないと思うから。
「ボクは地球を守る為に戦うけど、いたずらに命を刈り取りたいわけじゃない」
　自己主張も不平を言うことも許されないまま、掃き清められるごみのように消されて行く存在であても繋がっている者がいて、大切に思っている者がいると考え出せば、敵の命を奪うことなど誰が出来るだろうか。
「もしできるなら重力鎖の問題を解消し、共に生きていきたいと思っているんだ」
　複雑な思いに心を揺らしながらも、シルディは変えなければいけない現実に目をむける。
「きっと巨人たちの望みでもない……この特攻を終わりにするよ！」
　突き立てた刃が火花を散らし、内に蓄えたグラビティ・チェインを放出し尽くすまでの短い時間、シルディは声に上げる。瞬間、澄んだ高音と共に、細く微かな光の筋が、蜘蛛の巣の目のように広がって行く。
　バリアに生じた異変は、野々宮・くるる（紅葉舞・e38038）にもすぐに分かった。
「ロキが残していったコレクションか、どんな思惑であれ、人々の命を脅かしてはいけないよね」
　短い言葉に、私欲の為に行動を起こしたロキへの憤り、ロキに利用されてケルベロスに殺され続ける巨人達の運命への複雑な思いが巡る。
「こんな巨人なんかに、街を破壊させる訳にはいかないんだから！」
　この無意味で悲劇的な戦いに終止符を打ち、すべてが元通りになることを願い、くるるはグラディウスを叩き付けた。
「崩壊を始めている、のデショウカ？」
　先に攻撃を終えて、地上、正確に言えば、海水を飛ばされて剥き出しとなった湾の底に降り立った、シィカやジュスティシア、二郎の方が魔空回廊の異変を強く感じていた。
「恐らくはそうでしょうが……」
「見た目はな。まだ破壊できたわけじゃない」
　前向きな言葉を言いたいところだが、頭上にある圧迫感はまだ健在。
　どんなに見た目がボロボロになって壊れているように見えたとしても、その見た目は誠実に結果に反映されない。完全に破壊されたと判断するのは、機能が失われる時ということは、経験を積んだ者ならば、身に染みて分かっていることだ。
　グラディウスを確りと握りしめると、帰天・翔（地球人のワイルドブリンガー・e45004）の表情は普段の温厚さとは違う好戦的ものと変わっている。
「攻性植物……人ん家に土足で踏み入って、好き勝手、滅茶苦茶にして、挙句の果てに滅ぼす！」
　それが初めてのミッション破壊作戦、高空からの降下攻撃から来る気持ちの昂ぶりによるものなのか、戦いによって誰かを守り、救いたい願いから来るものか、デウスエクスへの復讐心からか、あるいはその全てなのか、ハッキリとしたことは言いにくいが、あらゆることに対して普段よりも乱暴になっていた。
「ふざけんな！」
　上手く言い表せないもどかしさを短い罵声に込めてグラディウスを前に向ける。
　しかし衝突にはまだ数秒の距離がある。
　ひびの入った鏡の如きバリアの表面に沢山の自分——グラディウスを突き出す翔自身の姿が映っていた。
「ここにどれだけの人間が住んでたと思う！　それをてめぇらは……てめぇらは踏み躙った！」
　瞬間、縄かベルトで胸を締め付けられるような圧迫感……その理由はわからない。
「今度はてめぇらが同じ目に遭いな！　くたばりやがれ！」
　目の前に映る自分自身の像に向かって、叫び、そして満身の力と共にグラディウスを突き立てた。
　崩壊の様相を見せはじめているバリア。
　収縮を繰り返し、目に見える異変を表している魔空回廊。
　壊れているように見えても、それをもって破壊に至ったことにはならない。
　先に着地した、シィカたちが、祈るような目線を、この日最後の攻撃を掛けようとしている、アルケイア・ナトラ（セントールのワイルドブリンガー・e85437）の方に向けているのに気がついて、くるるもシルディも即座に状況を把握できた。
「こんな戦いはもう、終わりにしたいよね」
　熱と気流により海水は飛ばされて、湾内の海底は今、剥き出しの焦土と化している。
　偶々、手番が最後になっただけだ。ここで破壊に至らなかったとしても、アルケイアには何の落ち度もないが、それでも期待は掛かってしまうし、本人もそれを自覚する。
「私は定命化して間もないけれど。人間も動植物も定められた時間の中での営みは、尊くいとおしいと感じます」
　定命化を受け入れてから日々に考えた思考が走馬灯のように駆け巡る。人間の命の時間は長くとも１００年程度と限られているものの、芸術、科学、たくさんの哲学などという形で数千年前の思考や技術が受け継がれている。命が終わり、死ぬ——という発想がなければ、生まれなかったものを目にして、理解しようとしたからこそ、価値観は変わる。
「こんなにたくさんの動物と融合？」
　違う価値観を理解したからこそ、生命やそこにある心を弄ぶ行為は異質かつ不快なものに感じた。
「命を踏み躙る者共は決して許さない。犠牲になった存在の無念も、この一撃に叩きつける！」
　これから先、今まで生きてきた時間よりも、ずっと短い時間しか生きられないかも知れない。だからこそ、アルケイアは限られた力の全てグラディウスに込めて叩きつけた。
　青白い閃光が爆ぜる。
　直後、目の前に広がっていたバリアと魔空回廊は、スイッチを切った電灯が消えるようにして、瞬きをするほどの間に消滅してしまった。

●命を懸けて撤退
　数秒の後、アルケイアは、まだ爆炎に曝された熱の残る海底に降り立った。
　グラディウスの余波である爆煙（スモーク）が霧のように立ちこめていたが、破壊成功を笑顔で迎えてくれる戦友たちの姿を、認めることは問題無くすぐに出来た。
「海水が戻ってきているのかな？　急ぐよ！　グラディウスをなくした人も居ないよね？」
　シルディの沖の方から海水が押し寄せてくる音がするよと、くるるが指摘し、シィカが言葉を継ぐ。
「ボクはダイジョウブなのデース！　みんなもダイジョウブデショウカ？」
　当然、全員がグラディウスを確保しており何の問題も無い。
　従って経路の把握はしていると言う、ジュスティシアの言葉を信じて一行は撤退を開始する。
　港から市街地までの距離自体は長いものではないが、それは平時での話。ミッション破壊作戦が初めての、アルケイアと翔を、念のために隊列の中ほどに配して、爆炎の高熱に曝されて焼け爛れた海底を走った。
　数分を待たずして「謎の獣型巨人」は埠頭の岸壁を登り終えた場所で、待ち構えていたかのように襲いかかって来た。数は１体。
　シルディが突き出された角による攻撃を受け止める。
「この飛び蹴りを、見切れるかな？」
　その機に乗じて、空高く跳び上がったくるるの跳び蹴りが、強かに巨人を打ち据える。
　不意をついたつもりが、全く通用しなかった巨人の表情が焦りの色を帯びる中、二郎の繰り出すカラフルな爆発の煙とジュスティシアのメタリックバーストの銀光とシルディの解き放った光の蝶が広がって行く。
「これで皆さんの力になるでしょうか？」
　アルケイアの放った数え切れないほどの紙兵が一回で三つ重ねの加護をもたらす。
「レッツ、ロックンロール！　ケルベロスライブ、スタートデス！」
　出鼻を挫いた絶好機のタイミングは外してしまったが、シィカの振り抜いたドラゴニックハンマーの生み出す超重の一撃が巨人を打ち据えて、その未来の可能性を奪い去った。
　全身を刃の如き氷の結晶に覆われて、巨人はよろめくように身体を傾けて片膝を着く。
「こいつはいい武器だぜぇ！　ぶっ飛びな！」
　笑うような翔の声と共に山なりの曲線を描いて飛翔した竜砲弾が巨人の頭上で炸裂する。爆炎の輝きが消えた後には頭部の半分が抉れたように消し飛んでいて、石榴のように見えた。
「響け、大地の音色」
　陽葉が銀色に輝く弦を鳴らすと、巨人の足元が崩れて傾きかけていた身体が前のめりに倒れる。
　しかし、瀕死とも言える状態にも関わらず、巨人はシルディを狙う。
「だいじょうぶだよ。ボクに構わないで、時間が勿体ない、早く——ごめん。今は生きて帰らなければいけないんだ」
　敵の一撃に目の前が真っ赤になるが、しかし倒れる程では無い。
　そして傷の苦痛よりも、この巨人の正気を取り戻させるチャンスが無かったことの方が無性に悲しく感じられた。
「合点承知なのデース！」
　果たして、シィカ、くるる、翔たちの猛攻によって、巨人は為す術もなく打ち倒された。
　スモークの濃度は未だ撤退可能な程度であるが、かなり薄くなってきている。
「急ぎましょう！　あと少しで市街地に抜けられます」
　ジュスティシアを先頭にして、焼け野原と化した平地を進んでしばらく、一行はミッション攻略中のケルベロスたちに出会い、回廊破壊成功を伝える。
「これで苫小牧も復興に向かえますね。本当にありがとう。お疲れ様でした」
　初めて出会ったケルベロスからの一言であったが、これをもって一行はようやく魔空回廊を破壊して、ミッション地域を開放をやり遂げたことを実感した。

作者：ほむらもやし	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年12月18日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 2／キャラが大事にされていた 0
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