生きるために

作者:八幡

●生きるか死ぬか
 赤、青、白……様々な色のイルミネーションで彩られるアウトレットモールの中。
 モールの中央付近にあるモミの木は一際立派で、何か目的をもってこの場所に来ている人も、ただ何となく歩いていた人も、思わず足を止めるほど。
「ねぇ、ママ! おっきなクリスマスツリーがあるよ!」
 そんなモミの木を見つけた一人の少女もまた目を輝かせてモミの木へと駆け寄り――その根元にたどり着くと、「見て見て!」と自分とモミの木の大きさの違いを見せるように母親に向かって両手を振る。
 両手を振る自分を見て母親は何時ものように優しく微笑みかけてくれるだろうと、そんな期待とともに。
「危ない!」
 だが、少女の期待が叶えられることは無い。
 振り返った少女が見たものは、必死な形相で駆け寄ってくる母の姿。
 突然の母親の行動を理解できない少女は、思わず「どうしたの?」と問いかけようとするも……少女が問いかけるよりも早く、轟音が鳴り響き、何か大きなものが地面にぶつかり甲高い音と共に砕け散った。
 甲高い音が聞こえると同時に、自分に覆いかぶさった母親の体が震え、ほんの少しの間を空けて生暖かいものが少女の体に伝わってくる。
 そして徐々に強くなる母親の重みを感じながらも少女が呆然と上空を見上げれば、
「はっはっは、逃げろ逃げろ、逃げまどえ!」
 そこにはタールの翼をもつデウスエクスが両手から炎の玉を無差別に放っていて……周囲は建物が壊れる音と、人々の悲鳴で満ちていた。

「邪魔だろ! どけよ!」
 人々の悲鳴をどこか遠くに聞いていた少女だが、その横を走り抜けようとした男が邪魔だと母親の体を押しのけると、母親の体は力なく地面に横たわる。
 当然、少女は横たわる母親にふらふらと近づいていくが……そんな少女に一瞥をくれることもなく男は走る。
 助けを求める手を払いのけ、目の前にいる子供を押しのけて走る。全てを押しのけ、自分ひとりが助かるために。
 そしてその結果。男はついに出口へとたどり着く。
 助かった。そう確信する男だが――男がアウトレットモールの外へ飛び出そうとした瞬間、出口のアーチが崩壊し、男の頭上に降り注ぐ。
「……クソが! こんなところで……!」
 かろうじて頭部への直撃を避けた男だが、胴体を瓦礫に押し潰され地面に這いつくばる形となる。
 瓦礫の重さのせいか、上手く息をすることも出来ず男は荒い呼吸を繰り返すばかりだが、それでも生き残るのだと外へ向かって手を伸ばす。
「いいよ、いいよぉ。さっきから見ていたが、お前は実にいいねぇ、よし決めたぞ。お前に力をやろう!」
 すると、その手の先に翼をもつデウスエクス、シャイターンが現れて……シャイターンは実に楽しそうに濁った目を細め、剣を男の背中へ突き立てた。
 ゾディアックソードを突き立てられた男の体が一瞬だけ跳ねる。
 その様子を見たシャイターンは一瞬何かを期待するように目を見開くも、それ以上男の体が動くことはなかった。
「あーあ、死んじまったか……まぁ、また探せばいいや」
 動かなくなった男から剣を引き抜いたシャイターンは、へらへらと笑いながら翼を広げて……どこかへと飛び去って行ったのだった。

●導くもの
「アウトレットモールがシャイターンに襲われちゃうんだよ!」
 ケルベロスたちの前に現れた、小金井・透子(シャドウエルフのヘリオライダー・en0227)が話を始める。
「シャイターンは、アウトレットモールを崩壊させて、死にかけた人を殺すことでエインヘリアルに導こうとしているみたいなんだよ」
 シャイターンの目的。
 それは死の導き手たるヴァルキュリアに代わり、人をエインヘリアルに導くこと。そして今回、目的を果たすための手段としてアウトレットモールを破壊する……と言うことらしい。
「では、アウトレットモールが壊される前にシャイターンを討つのですね」
 手段まで分かっているのならばと、斬宮・紅緒(憧憬の雪路・en0267)はシャイターンが動き出す前に止めるのですねと透子に訊ねるが……紅緒に尋ねられた透子は、何かを考えるように視線を下げる。
「それは……ダメなんだよ。壊されるアウトレットモールは予知できているんだけど、事前に止めたり、一般の人たちを避難させたりすると別の場所が襲われてもっと被害が大きくなっちゃうんだ」
 それから真っ直ぐに紅緒を見つめ返して答える。
 予知と変えてしまえば被害はより大きくなる。それは当然のことだが……被害を抑えたい、誰にも死んでほしくない。そう考えるのもまた当然のことだろう。
 それ故に、その手段はないのかと、ケルベロスたちが透子へ視線を向ければ、
「シャイターンは選別をする直前に止めれば良いんだ。それに、それまでは一般人に紛れて選別される人以外を助ければ、きっとみんなを助けられるはずだよ!」
 その視線を受けた透子は、方法はあると頷き、そのための方法について話し始める。
「シャイターンは最初にモミの木の上で無差別に炎を放って周りの壁とかを壊した後、出口に移動して選別するべき人にあたりを付け始めるんだ」
「直接人を狙ってはこないのでしょうか?」
 無差別に炎を放つ……その炎が人に向くことは無いのかと紅緒が問うと、透子は小さく頷き、
「狙うのは建物だけだよ。人々が必死になるような状況を作って、その中で他の人を押しのけてでも助かろうとする人を選別するみたいだよ」
 透子ははっきりと人は狙わないと断言する。
 無差別に人を狙うよりも、追い詰められた状況下で自分だけ助かろうとする魂の持ち主をあぶりだそうとすると言うのだ。
 その説明に少し考えこむ紅緒に、「自分の命が大切なのは間違いないから、男の人を責めないでね」と透子は小さく頭を振る。
「今回狙われる男の人は、子供を守った母親を押しのけたことで目を付けられるから……それまで我慢すれば、その後は一般の人たちを助けられるよ!」
 そして、シャイターンの目が男性に向いた後であれば、そこまで我慢すれば一般人を救出できるのだと力強く説明する。
 もちろん人々を救うための、あるいは危険から遠ざける手段が必要ではあるが……何を契機に行動を始められるのかが分かるのと分からないのでは、行動が大きく違うだろう。
「それでシャイターンが男の人に剣を向けたら、もう予知が変わることは無いから、シャイターンを倒してほしいんだよ!」
 そしてシャイターンが男性の前に姿を現してからなら戦闘を開始できると透子は言う。
 戦闘さえ始められれば後はシャイターンを倒すだけ……その部分に置いてはケルベロスの力を疑うまでもないだろう。
 全ての説明を終えた透子は、ケルベロスたちを真直ぐに見つめ、
「考えなくちゃいけないことが多いと思うけど……みんななら成し遂げられると思うんだよ!」
 両手をぐっと握りしめると、あとのことをケルベロスたちに託した。


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
深月・雨音(小熊猫・e00887)
楡金・澄華(氷刃・e01056)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
香月・渚(群青聖女・e35380)
ティニア・フォリウム(タイタニアのブラックウィザード・e84652)

■リプレイ


 寄せては返す波の音のように、人々の声のざわめきが聞こえる。
「こんなに平和なのに」
 ベンチに腰を掛け、目を閉じて人々の営みの音を聞いていた、シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)が、その目をゆっくりと開く。開かれた青い瞳に映るは行き交う人々の楽し気な笑顔。
 だが人々の笑顔はこれから訪れる無粋な侵略者によって凍り付く事だろう……その事を思いシヴィルは拳を握りしめる。
 告げられた予知を外す事ができない以上、自分が出来るのは事件発生後に被害を減らす事だけなのだと言い聞かせるように。
「大丈夫にゃ。作戦通りにやればうまくいくにゃ!」
 握りしめられたシヴィルの拳に視線を向けて、その隣に座っていた少女、深月・雨音(小熊猫・e00887)は無邪気に笑う。
 恐ろしい思いをしたとしても命さえあれば必ず立ち上がれる。だから、この場において被害を減らすと言う事は全てを救うに等しいのだと。持ち前の前向きな考えを信じて疑わない。
「皆で協力して戦えば、必ず救えるよ」
 言ってから膝の上に乗せた自慢の尻尾を櫛で手入れを始めた雨音に倣うようにボクスドラゴンのドラちゃんを膝の上に抱え、香月・渚(群青聖女・e35380)も言う。
 渚の、その紫色の瞳が見据えるものは今を生きる人々の笑顔。そして、これから起こる試練の先にこそある笑顔。雨音と渚の笑顔を見たシヴィルは再び行き交う人々へと視線を向ける。
 ほんの一時でも人々の身に危険が及ぶ事に対する歯がゆさは消えない……けれど、
「ああ、必ず救って見せよう」
 最善への道は示されている。ならば成し遂げて見せようとシヴィルは大きく頷いた。

「何か気になるものでも見つけたの?」
 まるで待ち合わせでもしているかのように並んでベンチに座っている雨音達をぼんやりと見つめていた、エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)は、自分に声をかけてきた人物へと視線を向ける。
「ううん……それより地図は確認できた?」
 エヴァリーナが視線を向けた先には春を思わせる少女、天司・桜子(桜花絢爛・e20368)が小首を傾げて……そんな桜子につられる様に自身も小首を傾げながらエヴァリーナが問い返せば、
「色んなお店があるみたいだね。最短ルートもばっちりだよ」
 桜子は、ばっちりだよと胸を張る。今回は敵が現れるまで何もできない。だが、その分、事前に避難経路などを確定しておくと言った行動がとりやすい。避難経路の確定のために何が必要なのかと言えば、やはり地図と言う事だろう。
「それじゃ桜子は、そろそろ配置につくよ」
 実際それで最短経路を割り出した桜子は、後は事の起こりを待つのみだよと柔和な表情を見せて、
「私は、もう少し周りを見てくるね」
 エヴァリーナは桜子の言葉に頷きつつも念のため要となる場所などを確認してくると桜子に伝えた。

 人の流れに混じって揺れる長い桜色の髪を見送ったエヴァリーナが、そのままアーチ付近へ目をやれば、アーチの傍にある物陰に居た、ティニア・フォリウム(タイタニアのブラックウィザード・e84652)の姿を見つける。
 ティニアの姿は、よほど注意深く見ていなければ見つからなかっただろうが……注意深く色々見ていた産物だろう。
 何をしているのかとエヴァリーナがティニアを見ていれば、ティニアは周囲を警戒するようにあちこちを見ては時折硝子細工の小物店や華やかに彩られたモールの装飾に目を止めて、
「いけないいけない」
 ぶんぶんと頭を振って意識を任務へと戻す。あの装飾で自分の羽を飾ったら綺麗だろう? とか、そんな事をついつい思ってしまうのだろう。
「あちらは問題なかった」
 ティニアが集中集中と小さく息を吐くと不意に真横から声が聞こえる。ティニアが声のした方へと目を向ければ、そこには、楡金・澄華(氷刃・e01056)の姿があった。澄華はアーチ付近の探索と避難経路を一通り確認し終えて戻ってきたようだ。だが何時からそこに? と、自分を見上げるティニアの視線を受けた澄華はほんの少しだけ目を細めて、
「まだ暫しの時間はありそうだ」
 モール中央付近のモミの木を見つめる。敵の出現場所は分かっているのだ、ならばそれまでの間であれば自由にしていても問題はない。ティニアは澄華と同じようにモミの木を見つめる。
「あとの楽しみにするよ」
 それからほんの少し微笑んで、楽しみはとっておくと答えた。

 澄華からアーチ付近の情報を受け取ったエヴァリーナが、モミの木へと戻る途中。
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)と、比嘉・アガサの姿を見つける。陣内とアガサは仲の良い兄弟のような距離感で装飾品店でアクセサリーを物色しているようだ。
「たまにはこういうのも着けてみればいいのに。元はいいんだから」
 物色したアクセサリーの一つを手に持った陣内は、それをまじまじと見つめてからアガサをまじまじと見つめる。元はいいんだからなんて言われれば大抵の人は嬉しそうにするものだが……アガサは無表情に陣内を見つめ返す。
「そろそろ、なにもしなくてもかわいいってトーー」
 それから紡がれた言葉を言い終わらぬうちに陣内の尻を蹴り上げた。丁度良い角度で蹴り上げてやった。余計な一言を加えるだろうと分かっていたのだ。
「――ちょ、ここで蹴るんじゃない」
 蹴られた陣内はちょっと嫌そうだったけれど、周囲の反応は仲睦まじい兄妹を見るものだったので気にする事もないだろう。

 陣内達を後ろをそっと抜けたエヴァリーナがモミの木付近まで戻ってくると、正面から歩いてくる母娘の姿を見つける。
「あの……お店を探しているのだけれど」
 その姿を見とめたエヴァリーナは近くにいた二人組の男に声をかける。よほど急いででも居ない限り道を聞かれた大抵の人は足は止める。ましてやそれがエヴァリーナのような美しい容姿であれば、その確率は上がるだろう。
 フードコートにある店の名前を伝えたエヴァリーナに、足を止めた男達はそれならと場所を指で示そうとして――、
「危ない!」
 唐突に響いた女性の声に動きを止める。そして次の瞬間には周囲に何かが爆ぜる音と、その音が力となったかのような衝撃が体に響く。何ごとかと周囲を見回す男達を他所にエヴァリーナがモミの木へと視線を向ければ少女をかばった女性の頭上から割れたガラスの破片が落ちてくるところだった。ガラスの破片は女性の体を傷つけ、床に当たって甲高い音共に細かく砕け散る。
「はっはっは、逃げろ逃げろ、逃げまどえ!」
 そしてその音を合図にしたかのようにモミの木の上に現れた敵が黒い炎を周囲に撒き散らし……人々は恐怖と混乱の渦中へ呑み込まれて行くのだった。


 人々の混乱は続く。だが、それも束の間の事。
「手伝って」
 呆然と座り込む少女の真横を通り抜けた男が、通り抜け様に母親の体を突き飛ばすのを見たエヴァリーナは先ほど声を掛けた男達を連れて倒れた母親のもとへと駆け寄る。
「皆、大丈夫だよ。桜子達はケルベロスだよ。必ず皆助けてみせるからね」
 エヴァリーナが動くのと同時に桜子が避難経路の入り口で両手を頭上に掲げて「こっちだよ!」と人々を招く。桜子はアイズフォンで地図を表示させつつアーチとは逆側の出口へと人々を誘導する。
「念には念を入れておかないとね」
 そして敵の炎によって傷つけられた柱に手を添えると桜の花を付けた枝が柱に巻き付くように伸びて……伸びきったところで黄金の果物を宿す。黄金の果物から放たれる聖なる光によって柱の傷はみるみるふさがり、桜の花びらのような模様を付けた形で固定された。エヴァリーナから人々の避難を手伝うように言われていた斬宮・紅緒(憧憬の雪路・en0267)は、その柱を目印に人々を誘導し、
「大丈夫だから、私達ケルベロスに任せておいてね」
 その間に倒れる母親に近づいたエヴァリーナは、泣きじゃくる少女の頭に手で触れる。涙ぐんだ目で自分を見つめる女の子に小さく頷いてから、両手でアンクを支えるように持ち……自分と母親と大自然を霊的につないで母親の体へと力を流す。流された力はすぐさま効果を発揮し、母親の傷を癒す。
「これで良いかな。後はお願いね」
 その姿に安心したのかぼろぼろと泣き出した少女に微笑んでから、エヴァリーナは連れてきた男達に母娘の事を任せると、自分は周囲にさらなる被害者が居ないかを探し始めた。

 ふらふらと走ってきた男が、アウトレットモールの外へと飛び出そうとした瞬間、出口のアーチが崩壊する。
 頭上から降り注ぐ瓦礫に気付いた男は慌てて踵を返すも無数の瓦礫を避ける事はできず、そのまま瓦礫に埋もれてしまう。しかし運よく頭部への直撃を免れた男には辛うじて息があるようで……そんな男の前に敵が降り立つ。
「いいよ――」
 敵は厭らしい笑みを浮かべて男へ語り掛けるが――唐突にその目の前に菊の花が現れる。何ごとかとその菊の花へ焦点を合わせようとするも、それは一瞬にして砕け散り、それと同時に心の奥底を鷲掴みにされるような、触れられたくない何かに触れられたような、心の底から沸き起こる不快感に敵は己の顔を押さえる。
「さあ。お前の恨み辛み、苛立ちを臓腑ひっくり返して吐き出せ。少しは楽になるだろう」
 続いて聞こえてきた声へと視線を向ければ、そこには陣内の姿があり……お前の仕業かと敵は怒りに満ちた目を向ける。
「ようやく火元らしくなったな――さあ、消火活動を始めようか」
 敵の怒りを見た陣内は眉一つ動かさずに言い放つ。火元はそこで転がっている男じゃない。お前だと。自ら火をつけておいて「見ろ、これがクズだ」とわざわざ炙り出す。お前のやり口が気に入らないのだと。陣内の真意が伝わったかは不明だが、敵の目は完全に陣内に釘付けになっている。
「貴様の相手はこの私だ!」
 そして、この場に居るのは陣内だけではない。空中でもう一度空を蹴り、大きく飛び上がったシヴィルは陣内を見つめる敵の真上から飛来すると、掌を敵の頭へと叩きつけようとする。シヴィルの掌が頭に当たる寸前、敵は左腕で頭部を守りつつ後ろへ跳び……高速演算にて構造的弱点を見抜いた一撃は敵の腕をかすめるにとどまる。
「こんな卑劣な手が、私達ケルベロスに通用する事はない!」
 余った勢いで地面を軽く削りながらも、片膝をついて着地したシヴィルは後ろに飛びつつも自分を睨む敵を睨み返す。数年前から繰り返される事件。こんな手が通用しないのだと今回も教えてやると。そんなシヴィルの視界の端に蒼く輝く光が見えたかと思えば、次の瞬間その蒼き輝きは敵の真横に現れ、
「相も変わらず下衆な連中だ、さっさと退場してもらおう」
 音も無く近づいた澄華の持つ雪のような波紋を持つ蒼き大太刀は着地したばかりの敵の脇腹に突き刺さり、刃から伝わる呪詛が敵の魂を蝕む。貫かれた痛みと蝕まれる苦痛に顔を歪ませながらも敵は腕を真横に振るって澄華を退けようとするが、その腕は澄華の毛一つ捉える事はできない。仰向けに倒れるように体を倒した澄華はそのまま背中を床につけてから、倒れた勢いと腕の力を使って体を持ち上げる。
「さぁ、行くよドラちゃん。サポートは任せたからね!」
 腕の力で飛び上がり、空中で反転する澄華と入れ替わる様に駆けよった渚はドラちゃんに指示しつつ自分は右足を振り上げて、
「業火に焼かれて、燃え尽きろー!」
 ローラーダッシュの摩擦を利用して炎を纏った蹴りを放つと、地を這うように放射状に延びた炎は敵の足にぶつかり、そのまま足から体を包み込む。
「ほらほら、あなたの相手はこっちだよ!」
 さらに燃え上がる炎を避けるように地を蹴り、ひらひらと羽ばたきつつ敵に近づいたティニア。
 ティニアは渚の炎に包まれて思わず身を屈めた敵の目の前で大きく飛び上がると同時に羽を打ち、一瞬だけ身を浮かせ反動で沈み込む体で踵落とし気味に蹴りを放つ。流星の煌めきと重力を宿したその蹴りを、敵は両腕で受け止めるが……殺し切れない威力によって、そのまま後ろに吹っ飛ばされるのだった。


 転がる敵から目を離さず、羽を打ち……ふわりとティニアは着地する。
「生きてるにゃ? 聞こえていれば目をぱちぱちしてにゃ!」
 そんなティニアの後ろで雨音がひょいひょいと瓦礫を除けながら男へと声をかける。
(「助けを求める手を払い除けて自分だけ助かろうだなんて、その男も身勝手だね」)
 雨音の呼びかけに男は苦しな呻きを返すだけだが、まだ息はあるようだ。そんな男を視界の端で捉えながら、渚は男のやった事を身勝手だと断じるが、
(「だけど、ボクにとっては人の命は皆平等、その男も見殺しには出来ないよ」)
 見殺しにはしないと再び敵へ意識を集中させる。
「もう少しにゃ、頑張るにゃ!」
 見る間に瓦礫を撤去した雨音が米を担ぐかのように男を担ぎ上げ――その姿を見た敵は、身を包む炎を振り払いつつ雨音へと駆ける。
「貴様の相手はこの私だと、言っただろう!」
 だが、シヴィルが雨音と敵の間に入り込み、振り下ろされる剣の一撃を黒天で受け止め、そのシヴィルの頭上に出現した陣内のウイングキャットである猫が尻尾の輪を飛ばす。猫の輪を横に飛んで避ける敵だが、そこを狙ったようにククルから具現化した光の剣を手に陣内が踏み込み、
「凍雲、仕事だ……!」
 陣内が光の剣を振り下ろすのと同時に、敵の背後に出現した澄華が下段に構えた蒼き大太刀をそのまま振り上げる。正面からの一撃に身を仰け反らしていた敵に、背後の一撃を避ける術はなく……冷気を纏った空の如く、容赦ない斬撃が敵の背中を大きく切り裂いた。
「この飛び蹴り、見切れるかな?」
 背中を裂かれ思わず悲鳴を上げた敵に、陣内の脇を抜けて接近した渚が流星の煌めきを帯びた飛び蹴りを放てば、その蹴りは敵の顔面に直撃する。渚の蹴りを受けた敵は顔面から地面に叩きつけられて、そのまま転がり、
「咲き誇れ、オダマキ。愚か者を捕らえあげよ!」
 そんな敵にティニアが手を差し出せば、敵の周囲に大量の苧環の花が咲き乱れ、絡みつくように急成長した苧環はその蔦によって敵の体を引き裂いてゆくのだった。


 敵の攻撃の悉くをシヴィルと渚が受け止める。
 受けた傷はすかさずドラちゃんが癒し、その隙に陣内とティニアで敵を削り、澄華が抉る。ケルベロス達は手堅く確実に敵を追い詰め、
「待たせたにゃ! 今すぐ行きますにゃ!」
「桜子達の到着だよ」
 走り寄ってくる雨音と桜子、それから両手を天井へと向けるエヴァリーナが合流した事により勝敗は決したと言っても良かった。

 エヴァリーナが作り出した薬液の雨の中を雨音は駆け、勢いに任せた飛び蹴りをぶちかます。流星の煌めきを纏う雨音の跳び蹴りを敵は剣で受け止めるが、雨音が空中でくるりと捻りを加えれば、捻られた剣が弾かれる。
「桜の花々よ」
 強制的に万歳をする形となった敵の視界を、さらに雨音のふわふわした尻尾が敵の視界を遮り、桜の花弁が周囲を包み込む、
「紅き炎となりて、かの者を焼き尽くせ」
 それから雨音が「にゃ!」と敵の頭を蹴ってそのまま後方へ飛ぶのと同時に、桜の花弁は紅蓮の炎へと変化して、敵の体を焼き払う。燃え盛る炎の中で苦痛にもだえながら敵が正面を見据えれば、そこには両手を突き出した桜子の姿があり、
「良く燃えるじゃないか、消してやれなくて悪いな」
 桜子に意識を向けた次の瞬間には、陣内の稲妻を帯びた超高速の突きと、雪さえも退く凍気を纏わせた渚のパイルバンカーが突き刺さる。腹を貫かれ、思わず体をくの字に曲げた敵の周囲に輝く粉が舞い降りる。危険を察した敵がぐっと正面を見据えれば、そこには羽を震わせるティニアの姿と、太陽の騎士団制式銃を構えるシヴィルの姿があった。
 思わず横に動こうとする敵だが、陣内と渚がそれを許さず……シヴィルが放った凍結光線は違わず敵の顔面に直撃し、その熱を奪って行く。
「プレゼントだ。受け取れ。クリスマスには早いかもだがな」
 ぐらりと体を揺らす敵の耳元で、澄華は囁き――斬撃が蒼く美しい弧を描けば、敵の頭は胴体から切り離されたのだった。

 光の粒となって消えて行く敵を背に、澄華が大太刀を収める。
「年末年始位は敵も休めば良いものを!」
 忙しい時期に現れた敵にシヴィルが怒りを表し……その後ろ姿を見ていた陣内は、ヒールの準備を始めるエヴァリーナに視線を移す。
「避難は無事に?」
「うん」
 エヴァリーナや雨音は駆けつける間にも助けを求める人が居ないかを見て回っていたのだ。その甲斐もあって、大きな怪我をした人も出ないで済んでいる。
「手伝うにゃ!」
 陣内に短く答えてからエヴァリーナは壊れた壁などのヒールを始め、それを見た雨音も壊れた個所を直して回る。
「綺麗なお店が多いよね」
 さらにティニアも続こうとして、黒く美しい羽を震わせながらそんな事を呟けば、
「美味しそうなお店も」
 エヴァリーナもお腹を押さえながら美味しそうなお店が沢山あったなと返す。
「あ、そういえばおすすめのお店の情報を見つけたよ」
 先ほど避難経路を調べている時に色々と情報を仕入れたらしい桜子は、そんな二人にあれとこれとと情報を共有して――、
「それじゃ、頑張ってヒールしよっか」
 桜子達の様子を見た渚が微笑みながら言えば、一行は大きく頷くのだった。

作者:八幡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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