イルミネーションに何の恨みが

作者:砂浦俊一


 そのショッピングモールの中央通路はガレリアになっていた。
 ここでは毎年クリスマスの一ヶ月前からクリスマスツリーを置いており、ガレリア中央に置かれた大きなツリーでは無数の電飾が輝きを放っている。
 ツリーのイルミネーションは各店舗の閉店後も深夜12時まで続き、恋人たちの夜の待ち合わせ場所や撮影スポットとしても人気が高い。この日もツリーの撮影や、静かに寄り添いイルミネーションを見ている恋人たちの姿が見える。
 そうして静かに夜は更けていく――そのはずだった。
「イルミネーションなぞ眩しいだけのニセモノではないか!」
 突然、全身に羽毛を生やした身長2メートル近い巨漢がガレリアに姿を現した。
「至高の輝き、それは太陽光! ニセモノの光に見惚れて浮かれるバカ者どもめ! そんなにキラキラチカチカした光を見たいのなら、もっと派手なものを見せてくれる!」
 正体不明の巨漢、いいやビルシャナがツリーめがけて強烈な閃光を放つ。
 眩いビルシャナ閃光の直撃に電飾は弾け飛び、ツリーは半分に折れて倒れていく。
 人々は降り注ぐ電飾の破片や倒れるツリーから逃げ惑うことしかできない。
「イルミネーションも、イルミネーションに浮かれる人間どもも世の中には不要! やってしまえい!」
 号令が下され、ビルシャナの背後、暗闇の向こうから10人ほどの男が現れた。
 男たちはビルシャナの信者、彼らはガレリアに置かれたテーブルやベンチを破壊して凶器にすると、逃げ惑う人々に襲いかかった。


「ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)さんから情報提供を受けたのですが、どうやらこのビルシャナは『太陽光こそ素晴らしい。イルミネーションなどという眩しいだけのニセモノに浮かれる人間は許さない!』という考えの持ち主のようです」
 シャドウエルフのヘリオライダー、セリカ・リュミエールから事件の説明を聞いたケルベロスたちは、頭の痛くなる思いだった。
 確かにクリスマスツリーの美しいイルミネーションに見惚れる人は多い。
 しかし一方的に悪者扱いして暴力事件を起こされてはたまらない。
「ビルシャナたちは夜の9時30分にクリスマスツリーの置かれたガレリアに現れます。攻撃手段も光輝くものにこだわっており、ビルシャナ閃光、孔雀炎、清めの光を使います。信者の数は10人、戦闘時はビルシャナの配下としてガレリアに置かれたベンチやテーブルを破壊して凶器にします」
 現地のガレリアは中央にツリーがあり、周辺にテーブルやベンチが置かれている。それらが障害物になる点を除けば、戦闘には充分な広さがある。ただし戦闘の余波でツリーの電飾が割れてガラス片が散ったり、切れたケーブルで感電する恐れもあるだろう。
「信者たちはビルシャナの教えを一応は信じています。ですが戦闘前にビルシャナの主張を覆すようなインパクトのある主張をすれば、信者の目も覚めて敵の数が減る可能性もあります。もし効果がなくても、ビルシャナさえ倒せば配下の信者たちは元に戻るので救出できます。生死は問いませんので、救出できたら良い程度に考えてほしいのです」
 信者たちはビルシャナの影響下にある。理屈だけの説得は難しいだろう。
 重要なのはインパクト、そのための演出を考えてみるの良策だ。
「ビルシャナ化した人間は救うことはできませんが、どうか事件の解決をお願いします」
 セリカがケルベロスたちに頭を下げる。
 おかしな混乱が拡大しないように、それと人々の憩いの場を守るために、ケルベロスたちは出立する。


参加者
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)
武蔵野・大和(大魔神・e50884)
オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)
シャムロック・ラン(セントールのガジェッティア・e85456)
 

■リプレイ


 夜のショッピングモールのガレリアを、ビルシャナと10名の信者たちが闊歩していた。
 モール内の大半の店舗は営業を終了しており、通路を歩くのは彼らのみ。
 目指す先には大きなクリスマスツリー。無数の電飾が輝きを放っている。
 周囲には写真を撮るなどしている見物客の姿があった。
「ニセモノの光で浮かれるバカ者どもめ! イルミネーションなぞ眩しいだけの紛い物の輝きだ!」
 大股で近づいたビルシャナは見物客たちへ罵声を浴びせた。
「最も素晴らしい光、それは太陽光! 夜中にこんなものを眺める暇があるなら、早寝早起きして朝陽を拝み、健康のために乾布摩擦でもせんか!」
 罵声に見物客たちは振り返ったが、ビルシャナの姿には驚くことはなかった。
 そこにいたのは、ビルシャナ退治に来たケルベロスなのだから。
「早寝早起き……?」
「乾布摩擦まで提案されるとはね」
 オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)とローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)は、ビルシャナの言葉に目を丸くしていた。
「朝陽を浴びるのは健康に良いそうね。まあ私は夜が好きなのだけど。だって夜の方がイルミネーションも映えるでしょう?」
 漆黒の喪服姿のセレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)が信者たちに問いかける。
「昼間の太陽の方が素晴らしい!」
「太陽光は生きる活力を与えてくれる!」
 しかし返ってきたのは、つれない言葉ばかり。
「こんなに美しいイルミネーションを拒否するなんて……ちょっと信じられない」
 リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)は呆れ顔になってしまう。
「確かに太陽光は凄いっすけど、夜もあんなに眩しかったら眠れないっすよ? それに世の中には太陽よりも素晴らしい輝きを放つものがあるって、御存知っすか?」
「それは何か。言ってみよ!」
 シャムロック・ラン(セントールのガジェッティア・e85456)の言葉を挑発と受け取ったか、ビルシャの眦が吊り上がった。
 応じるように武蔵野・大和(大魔神・e50884)が一歩前に出る。
「太陽光こそ素晴らしい、いい考えですね。だけど、太陽の輝きは世界で二番目の輝きです」
「このスイッチだったわね」
 氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)が手にした遠隔操作コントローラーのボタンを押し、ツリーのイルミネーションを消した直後――大和の両手が強烈な光を放った。
「うわっ、眩しい!」
「これは地上の太陽か!」
 信者たちはあまりの眩しさに眼前を手で覆ってしまう。


「イルミネーションや太陽光よりも素晴らしい輝きはただ一人……この僕、武蔵野大和です!」
 パーフェクトボディ。光は全身に広がり、大和自身が美しく光輝く。
「太陽光より崇高なのは神様の後光ですよ。きっと、このような輝きでしょうね」
 リュセフィーが大和の輝きを讃えるが、太陽光一筋のビルシャナには当然、面白くない。
「古来より太陽そのものが神格化されてきたのだ。ならば太陽光は神の後光そのもの!」
 ビルシャナ化して強烈な光にも耐性があるのか、ビルシャナは瞳を閉じることなく睨みつけてくる。
「ねぇ、太陽光ってイルミネーションとは比較にならないほど強いけど、その目でちゃんと見て眩しくないって言えるの? 眩しくて見れないんじゃ、太陽光が最高かどうかなんてわからないわ。それに太陽を我慢して見続けても目を痛めるだけよ」
「確か人間の目には強烈であろう。だからこそ崇高で、畏れ敬うもの。それに皆が我と同じ体になれば太陽光を見続けても問題ない!」
 かぐらの問いに、ビルシャナが即座に言い返した。
「太陽光の良さは肉体的な暖かさだけど、イルミネーションは心があったまるもの。なぜなら一緒に眺める大切な人がいるからよ! あなたたちにもそんな人たちがいるでしょう?」
「自分も夜はイルミネーションの方が良いと思うっすよ。色や明るさを自由に調整して楽しめますし、寒い夜道を照らす幻想的な光は心の中も明るくあったかくしてくれる気がするし、今の時期は雪が降ったらさらにロマンティックになりそうだし……イルミネーションを見ながら愛の告白ってのも良いんじゃないすか?」
 頑固なビルシャナは無視して、ローレライとシャムロックは信者たちに語りかけた。
 しかし信者たちは言い淀み、返答がない。
「真っ黒な帳に星明かり、そんな素朴さが好きだからイルミネーションが眩しい、と言うのなら、わからなくもないわ。でもあなたたちが本当に眩しいと言っているのはそこに集まるカップルじゃなくて? あっ、見当違いだったらごめんなさい。でもほら、男性しかいないみたいだし……」
 そのセレスティンの指摘は、信者たちの胸を強烈に抉った。
「そ、そそそそんなことはないっ」
「クリスマスに独り身が寂しいわけでもないっ」
「カップルを妬んだことなんて、あるわけないっ」
 口々に否定する信者たちだが、狼狽は隠せず、涙目になっている者もいた。
「イルミネーションは場所や物、出来事、記念日……他の何かを引き立てるための雰囲気作りにだって、なる。あなたたちも、きっと、その雰囲気に浸ればわかってくれると、思う……」
 アイテムポケットからサンタ袋を取り出し、帽子をかぶって白い髭まで付けると、オルティアは半馬形態になった。そして咳払いの後で彼女は信者たちを見回した。
「んん、ん……ほっほっほ、メリークリスマス! 諸君がこれから良い子であるなら、プレゼントを贈ろう!」
 信者たちは言葉も忘れて、呆気にとられている。
「セントール、だからトナカイとサンタが合体した、みたいな。だから、ええと……これ、どうぞ」
 オルティアは信者たちにピカピカと輝くクリスマスリース型のバッジを配っていく。
 サンタクロースからのプレゼント。この雰囲気を盛り上げるために、かぐらはイルミネーションのスイッチを入れて再びツリーを輝かせた。
 この光景に、ビルシャナは黙したまま全身を震わせていた。


「こういう小物も、立派なイルミネーション。クリスマスを感じさせてくれる、大事な一要素。そうは、思えない?」
 手作りのため市販品よりはもちろん拙いが、その分、気持ちのこもった感じが出ている。
「あ、ありがとうございます、サンタさん……」
 突然のクリスマスプレゼントを信者たちは受け取っていくが、不意に、羽毛を逆立たせたビルシャナが信者の手からバッジを奪い取った。
「こんなもので篭絡する気か!」
 ビルシャナは取り上げたバッジを床に叩きつけ、さらには足で踏みつける。
 無惨な光景に場が凍りつく。冬の寒さよりも凍てつく空気だった。
 表情にこそ出さなかったが、この仕打ちにオルティアは泣きそうなほどショックを受け、その胸中を察した仲間たちは沸々と怒りを滾らせた。
「教祖さま、それはあんまりです!」
「サンタさんからのプレゼントになんてことを!」
 一部の信者たちが抗議したが、彼らを威嚇するようにビルシャナはガレリア周辺の店舗へビルシャナ閃光を放った。閉店時間を過ぎたため従業員はいなかったが、店内は軽トラックでも突っ込んだかのような惨状だ。
「我に従う者は残れ! 従わぬ者は我が光で焼き尽くすぞ!」
 ビルシャナの怒りに恐れをなした者たちが逃げ去り、残る信者は3人。
「我を愚弄した罰、彼奴らに与えよ!」
 配下となった信者たちはツリー周辺に置かれた椅子やテーブルを壊し、木片を凶器にした。
「イルミネーションを理解しない無粋な殿方ね。さあ夜の美しさに目覚めなさい」
「年末で忙しいんだから、静かにしていてもらえると嬉しいわ」
 襲ってくる配下の1人をセレスティンはドラゴニックハンマーの柄で小突いて昏倒させ、かぐらはイルミネーション仕様のドローンを飛ばして守りを固める。
 大和はビルシャナの懐へ飛び込むと、その眼前へ掌を突き付けた。
「僕の手の体温は常人よりも高めで、フランスでは太陽の手と呼びます。僕が思う太陽はもっと温かで、優しく包み込むもの。でも貴方の思う太陽は眩しすぎて、それにギラギラしていて、まるで真夏の太陽のようです」
「ならば我が灼熱の輝きに焼かれよ!」
「なら競ってみます? 貴方の偽物の光と僕の心の太陽、どちらがより輝いているか!」
 憤激するビルシャナが掌を払いのけるが、大和は地獄を宿した脚から旋刃脚を繰り出した。
「教祖さ――あうっ」
「余所見してるからよ」
 ビルシャナの方を向いてガラ空きになった後頭部へと、ローレライの手刀が浴びせられる。その脇をオルティアが駆け抜けていった。
「さっきのは、傷つき、ましたっ」
 痛烈な背蹄脚の一撃にビルシャナは仰け反り、後ずさった。残る配下がビルシャナの加勢に向かおうと駆けたが、これはリュセフィーが手加減攻撃で沈黙させた。
「あとは鳥が一羽」
「さあ、派手にいくっすよ!」
 そしてシャムロックがビルシャナへ突撃、鳴り響く蹄の音とともに嵐が巻き起こる。


 シャムロックの草原の走者<feroce>を浴びたビルシャナだが、負けじと反撃に転じた。
「ツリーもろとも倒れてしまえ!」
 放たれた強烈な閃光、ケルベロスたちは盾になりツリーを守る。
 倒れてもヒールで直せるとはいえ、ここでビルシャナにツリーを倒されるのは癪に障る。
「ドローン起動。集中モードで展開」
「夜を照らす為に人類が考え抜いて作り出した光をニセモノだと言われるのは悲しいっすよ。これは人が作りし本物の光なんすから」
 閃光の直撃をくらった者へかぐらがヒールドローンCを送り、シャムロックは鋭い稲妻突きでビルシャナの態勢を崩した。
「おのれぃ!」
 ビルシャナの体が温かな光に包まれた。体力を回復させる気か。しかし光は唐突に消え失せ、ビルシャナは激しく吐血する。
「させませんよ」
 リュセフィーの送った殺神ウィルスがビルシャナの全身に広がり、蝕んでいた。
「イルミネーションにはイルミネーションの、太陽には太陽の良さがある。イルミネーションに何の恨みがあるのよ」
 ローレライの斬撃を受け止めたビルシャナは、苦しみ喘ぎながらも、こう叫んだ。
「自宅の向かいの家……家屋全体をクリスマスのイルミネーションで飾って夜中までチカチカさせて、眩しくて眠れやしなかった! 早寝早起きで朝陽を拝む我の生活を乱しおって! 近所迷惑だと怒鳴りこんだら警察を呼ばれ……イルミネーションなぞ光害だ!」
 その喉の奥には、煌々と輝く炎。
「も、もっと平和的な解決が、あった、はず」
「その結果が今の有様なら――僕の太陽の前に、燃え尽きろ!」
 炎を吐かれる前に討つ。オルティアの穿群蛮馬に続き大和の太陽の手が炸裂、怒涛の連撃と太陽の如き光熱にビルシャナは倒れる。
 全身を殴打され、焼け焦げても、なおビルシャナの息はあった。
 そこへセレスティンが歩み寄る。
「私の一番のイルミネーションはキャンドルナイト。揺らめく炎に髑髏の影が美しい……さあ私の恋人、死神があなたを迎えに来たわ」
 青白き月影の調べ。蒼白い光で体現されたそれが、ビルシャナに死の眠りを与えた。

 戦いが終わり、ケルベロスたちは周辺のヒールと気絶した信者たちの手当てを始める。
「大丈夫? 気分の悪い人、いる?」
「お家の中も飾れば気分が盛り上がるじゃない。この世は楽しんだもの勝ち。これで心を暖かくしてくださいね」
 目覚めた信者たちをかぐらが介抱し、セレスティンは優しく微笑みながらキャンドルを手渡していく。
「よかった……これでイルミネーションを楽しめますね」
 ヒールの途中でリュセフィーは色彩豊かに輝くツリーを見上げ、今年のクリスマスの平穏無事を願った。
「冬はこれくらいのキラキラな光が一番ですね」
「太陽の光も、人が作り出した光も、どれも違う眩しさで、どれも綺麗っす」
 椅子やテーブルを所定の位置に戻す大和とシャムロックも、ツリーのイルミネーションに感慨深い顔だ。
 オルティアはぽつんと佇みツリーを見上げていたが、そこへローレライがやって来た。
「これ。さっき踏まれちゃったやつ。もう直ってるから」
 その手にはヒールで修復されたバッジ。
 受け取ったオルティアは慈しむようにバッジを両手で包む。
「あ、ありがとう、ございます」
 普段は他者との触れ合いが苦手な彼女も、この時は精一杯の笑顔を見せた。
 メリークリスマス。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月15日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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