千李の誕生日~秋の恵みをご一緒に

作者:波多蜜花

●秋の醍醐味
 秋と言えば何を思い浮かべるだろうか? 読書の秋、音楽の秋、芸術の秋、それから――。
「秋と言えば食欲だと俺は思うんだけど、どう思う?」
 そこは音楽って言うところでは? と、思わず足を止めた者は思ったが、猫塚・千李(三味を爪弾く三毛猫・en0224)が段ボール一杯の秋の味覚を持っていたこともあって、大人しく頷く。秋の味覚に人は逆らえないのだ。
「だろう? そしてここには大量の秋の味覚がある」
 詳しく聞けば、人助けをしたお礼にと一人ではとても食べ切れない程の量を貰ったのだと言う。担いでいたいくつかの段ボールを下ろして、千李が改めて中を見せる。中には食べ応えのありそうなしっかりとしたさつま芋と、艶々の栗、小振りながらも中身が詰まっていそうな栗南瓜。
「で、だ。皆で焼き芋でもしねぇ?」
 焼き芋、焼き栗、焼き南瓜、どれもシンプル極まりないが、間違いなく美味しいだろう。場所はありがたい事にとある公園の一画の使用許可が下りていて、落ち葉掃除も兼ねて火を使う許可なども下りていると千李が言う。
「コンロを持ち込んで、さつま芋ご飯とか南瓜の味噌汁ってのもありだぜ」
 飲み物なども自分達で持ち込んでもいいし、ドワーフ以外の成人済みであればアルコール類も大丈夫とのこと。もちろん公共良俗に反するような真似はご法度なので、節度を持って楽しんでくれればいいと千李が頷く。
「バケツとホイルとかゴミ袋とかはこっちで用意するから、あとは好きに持ち寄るってことで」
 秋の味覚は山ほどあるから、見掛けた知り合い誘って来てもいいぜと床に置いた段ボールを千李が担ぎ直す。
「それじゃ、現地集合で!」
 現地集合現地解散、ケルベロスなら慣れたものだろ? と笑って千李が尻尾を揺らした。


■リプレイ

●まずは落ち葉を集めよう
 焼き芋をしよう、と誘われたその日は天気も良く、風も強くない、そんな絶好の日和。指定された公園は落ち葉や枯れ枝が多く落ちていて、焚き火をするにも最適な場所のようだった。
 そして、公園の中心部にはテンションも高く吠えるチロ・リンデンバウム(ゴマすりクソわんこ・e12915)の姿が――!
「なんて??」
 マリオン・フォーレ(野良オラトリオ・e01022)の唇からぽろりと零れ落ちた言葉に、チロが高らかに宣言する。
「貴様らー! 潜れば暖かく、登れば楽しい、チロの最高の寝床たる落ち葉さんを燃やそうとは! 鬼畜! まさに鬼畜の所業……! それでも血の通った人間か!」
 落ち葉の上でジャンプしても楽しいんだぞ! と小山のような落ち葉の上でチロがぴょんぴょんと跳ねた。
「死ぬほど楽しそうですね!?」
「楽しい! めっちゃ楽しい! 悪の波動が目覚める感じだ!」
「何よりです! あとそれお腹が空いてきたのでは? ちなみにここでの焚き火は公園の管理人さんから許可が下りていますからね、合法です」
 え? という顔でチロが動きを止める。それから首をうんと傾げて、限界以上にまで傾げてから言った。
「公園管理人に許可を貰った? そんな連中、チロの愉快な住民台帳には載っておらん!」
「お前の落丁だらけの住民台帳に載っていないだけで、その管理人って人は一応この区画の最高権力者だからな?」
 そもそも、その住民台帳に載ってるのは近所の可愛い犬とか猫とか鳥なのでは?
「ええーい! そんなのチロには関係ないからな! 今すぐここから立ち去れい……! さもなくば、狂犬病の注射をしていないこの番犬が、お前らの腕にガブっとかぶりつくぞ……!」
「はいはい、今すぐ動物病院につれて行かれたくなければその上から下りてくださいね。あと、かぶりつくなら腕じゃなくて焼き芋にしませんか?」
「えっ? 焼き芋? 焼いた芋とは、あの甘くてねっとり濃厚かつまろやかな味わいを醸し出す、わんこ垂涎のあの焼き芋のことか?」
「それ以外に焼き芋があるんですか?」
「ないな! 焼き芋食べる!」
 こうしてチロの公園の落ち葉独占君主は終わりを告げた。だがしかし、そのすぐ後ろにはルル・サルティーナ(タンスとか勝手に開けるアレ・e03571)の魔の手が迫っていた。

●燃えろー燃えろよー
「野良ちゃん……ここいらの落ち葉は全て、猛る狂犬・チロベロスに掌握されちゃったんだよ……」
「いえ、さっきの私とチロちゃんのやり取りは見てましたよね? 真後ろで見てましたよね?」
「無事に帰ってきたチロベロスは元気に落ち葉を独り占めなんだよ! そこでだよ野良ちゃん! 落ち葉がないならすげぇよく燃える紙の束を燃やせばいいんだよ!」
「落ち葉は有るので、そのすげぇよく燃える紙の束をちょっと私に見せてくれませんか?」
「圧がすごいんだよ……」
 笑顔のままマリオンがルルに迫るが、そんなことでへこたれるようなルルではない。
「これはただのすげぇよく燃える紙の束だよ! お芋でも栗でも南瓜でも、跡形もなく綺麗に燃やせる、よく燃える紙の束だよ!」
 跡形もなく綺麗にお芋たちが消し炭になるのは困るのだが、ルルが燃やしたいのは隠蔽したいその紙束だ。
「偽装工作が不十分ですよ、ちびっこ。冊子の隙間から見え隠れするその薄い紙は、帰っておうちの人に見せなさいと言われたテストという名の重要文書じゃありませんかね? 私、見せてもらった記憶が無いんですが?」
「チィッ」
 バレてしまっては仕方がないとばかりに、ルルが敵前逃亡を図る。
「あっこら! 待ちなさい!」
「野良ちゃん焼き芋、焼き芋はまだか! この落ち葉の山とか使っていいんで、早く!」
 その一瞬の隙を突いて、ルルは見事マリオンからの脱走をキメたのだった。
 ルルが逃亡を図った先に居たのは猫塚・千李(三味を爪弾く三毛猫・en0224)で、黙々と地面に向かって何かを拾っているところにルルが声を掛けた。
「あ、猫さん! お誕生日おめでとー」
 落ち葉の中からズボッと現れたルルに一瞬構え掛けたが、その姿を認識して千李がふっと笑みを浮かべてルルの髪に付いた落ち葉を取ってやる。
「おう、ありがとな」
「猫さんは何してるの、どんぐりでも拾ってるのかな?」
「いんや、焚き火用の枝をな」
 焚き火をするには枯葉だけでは上手くいかないのだと、千李がルルに教えながら小枝や太めの枝を拾っていく。
「ルルは何してるんだ?」
「ルルはねぇ、テストは絶対保護者に見せぬーん活動、略してヌン活中なんだよ」
「ヌン活気に入りすぎじゃねぇか? 夏休みの宿題はどうした」
「夏休みの宿題はもうないんだよ!」
 物理的に、という言葉が千李の頭を過ぎるが、気付かずルルが続ける。
「追っ手を撒いてせんぷく中なんだけど、猫さんの尻尾が見えたから、お祝いを言いに来ました!」
 ゆらりと揺れる千李の尻尾は、見事にルルを釣り上げたらしい。そのまま、焚き火の肝となる火床を作って、あとは小枝に火を点けて落ち葉を燃やし、熾火を作るぞというところでルルを呼ぶマリオンの声が響いた。
「あ、やっべ、野良ちゃん来たわ」
「焼き芋が焼けたら戻って来いよ」
「うん!! それじゃ、またあとでねー」
 ズボっとその辺の落ち葉に潜り込み、ルルが姿を消すとマリオンがチロを連れて千李の元にやって来る。
「あ、千李さん。お誕生日おめでとうございます」
「ありがとな、ルルなら逃げたが焼き芋が焼ける頃には戻ってくるぜ」
「焼き芋! あ、落ち葉ならあそこにチロが集めたのがありますんで! 何だったらもっと集めますんで!」
「お、助かるぜ。火を起こしたら持ってきてくれるか?」
 合点承知とばかりにチロが集めた落ち葉を持って来ると、いい感じに燃える火の中に加減しながら落ち葉を放り込んでいく。
「ケヒヒ、焼き芋はまだですかね?」
 揉み手でもしそうな勢いで、チロが千李に尋ねる。
「熾火にしてからだな。じゃないと生焼けの焼き芋になっちまう」
「もうちょっと掛かるんですね? ではこいつら纏めて叱り飛ばしたら、旅団から持ってきた美味しいバターでスイートポテトを作りますので、宜しければご賞味くださいね」
 それでは少し失礼します、とマリオンがチロの手を取り立ち上がる。そして、オラァ! とばかりにルルを追い掛ける為に再び走り出したのだった。

●焼き芋焼けた?
 さて、その一部始終を木の上から見ていたルイス・メルクリオ(キノコムシャムシャくん・e12907)はといえば、千李がさつま芋や栗をホイルに包みだした辺りで木から下りてそっと梯子を片付けると、何食わぬ顔をして千李の横で飯盒を吊るす為に石を積み上げていた。
「飯盒はお焦げになった部分が美味いんだよな」
「そうだな、香ばしい感じが美味いと俺も思うぜ」
 だろ? と頷きながらルイスが器用に積み上げた石と石の間に、研いだ米と角切りした薩摩芋、少しの醤油と日本酒、そしてみりんで味付けしたものを飯盒に入れ、それを吊るした棒を固定して置く。上手い具合に飯盒の底に火が当たるように調整すると、一仕事終えたとばかりに伸びをした。
「ルイスはあいつらと一緒に来たんだろ?」
「は? 見ての通りおひとり様ですけど」
「いや、あそこのあいつら」
「え? 知らない人たちですねぇ」
 息をするように知らぬ振りをするルイスに、千李もそれ以上追及するのを止めた。だってどんなに他人の振りをしたところで、あの三人が知らぬ振りをしてくれるわけがない。暫しの間の平穏を大事にするのは悪くない、多分。
「栗、手伝うよ」
「お、助かる」
 男二人で栗に包丁を入れ、切れ目を下にしてホイルで包む。いくつかそれを作ると、さつま芋を入れた場所と反対の場所へ突っ込んだ。
「これだけやってんのにさ」
 南瓜を薄く切り始めたルイスが、ぽつりと言う。
「あいつらに全部食われるんだろうなぁ……」
 まだ落ち葉を巻き上げて走る三人娘の姿を見て、ルイスが遠い目をした。
「まぁ、それも悪くねぇなって思うんだろ?」
「……ノーコメントで。まぁ、あいつらに食われる前に猫さん先に食っとけよ」
 大きめのスープジャーに入れてきた、毎朝ひそかに集めていた銀杏と、三つ葉が入ったお吸い物をカップに入れてルイスが千李に渡す。
「貰っとく、ありがとな」
 美味い、と零した千李にルイスが最高の賛辞だな、と唇の端を持ち上げた。

●みんな揃っていただきます!
「あら、ちょっと出遅れたでしょうか?」
 両手に大量の持ち込み品と、背にアウトドアベンチを背負ったミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)がパチパチといい音を立てる焚き火の前で荷物を下ろす。
「いんや、まだまだ間に合うぜ」
「良かった、色々持ってきたんです♪」
 背負っていたアウトドアベンチをさっと開いて焚き火の前に設置すると、手際よく持ってきた飯盒を吊るしていく。
「うーん、焚き火一つじゃ足りないでしょうか」
「もう一つ作るか?」
「そうしましょう!」
 千李の提案に、ミリムが笑顔で頷いた。ミリムが竹箒でざかざかと落ち葉を集めている間に、千李が余っていた小枝で再び火床を作り火を起こす。
「落ち葉はこれくらいで大丈夫です?」
「充分な量だと思うぜ。よし、こっちも準備はバッチリだ」
 ミリムが舞い散らぬよう気を付けながら、落ち葉を火の上に落としていく。パチパチと爆ぜる炎の音が楽しくて、思わず笑みが零れた。
「焚き火、楽しいです!」
「暖も取れて、美味しいものも食えちまうからな」
「その通りです! 今日はとっておきもあるのです♪」
 ミリムが何やらホイルに包んだものを取り出していると、先に炊いていた飯盒が仕上がったようでルイスが飯盒を取り外して美味しく食べる為の準備をしている。
「焼き芋も丁度いい頃合いだな」
 トングで放り込んでいた焼き芋を取り出し、千李が一つ様子を見る為に中を割ると綺麗な黄金色がそこにあった。
「美味しそうです……!」
「あ、こりゃあいつらが来るな……」
 ミリムがキラキラとした声を上げると、ルイスが何かを察知したように呟く。
「他にもご一緒できる人がいるんです?」
「不本意ながら」
 ルイスの返事に、それなら急いで焼いてしまわないと、とミリムがホイルを焚き火へと突っ込んでいく。そうしている間に、匂いを嗅ぎつけたのかチロが一番乗りでやってきた。
「焼き芋!」
 無言でルイスがチロの口へ焼き芋を押し付ける。ちゃんと割って冷ましてあるやつだ、小さな優しさだ。
「ルルにも! 焼き芋を寄越すのだよ!」
「あ、やっぱり来てたんですね」
 焼き芋を欲するルルと、どこかにやついたマリオンの口にもルイスが焼き芋を突っ込む。
「んまい!」
「あっつぅ!! おま、これ何で私のだけ熱、あっづ!」
 マリオンだけ熱さに悶絶する中、チロは黙って焼き芋を貪り、ルルは美味しいと満面の笑みだ。カオスじゃん、そうは思ったが顔には出さず、千李はそっとマリオンに水を手渡した。
「九死に一生」
「やったのはテメェだからなァァ!!」
 火に油を注ぐようなルイスの言葉にマリオンが吠える。いつものやつですので、とルルがミリムに言うと、仲が良いのはとっても素敵なことです! とミリムが笑った。
 焼き芋を一本食べ終わる頃にはルイスの炊き込みご飯が食べごろで、これも全員で分けて食べる。あっという間になくなって、ミリムが持ち込んだ飯盒の栗ご飯とさつま芋ご飯も瞬殺だった。
 ほくほくの焼き栗も、薄く切った南瓜を焼いて塩とオリーブオイルを垂らしたものも、綺麗に全員の胃袋の中へと消えていく。
「食べた……めちゃめちゃ食べたんだよ」
「これ多分お夕飯とかいらないんじゃないです?」
「そう言って食べるのが野良ちゃんだよ」
「わかる、野良ちゃんはきっちり夕飯も食べるんだよ」
「底なしに食べるチロちゃんには言われたくないですし、ルルちゃんも食べるでしょうが……」
 もっもっもっ、と焼き芋を食べるチロを見ながらマリオンが溜息を零す。
「もうお腹いっぱいです? もう一つ、いいものがあるんですが」
 ミリムが軍手をはめた手に、アルミホイルの包みを持って言う。
「まさか、この香りは……!?」
「そうです、なんと松茸です! お醤油をかけて、これも皆さんで食べましょう!」
 はい、どうぞ! と、ミリムが全員のお皿に松茸を配る。おおお、これが松茸……! と慄く者、この香りだけでご飯三杯いけるんじゃないかと考える者、何も考えずに口の中に入れる者、その三人を見て他人の振りをする者、それを楽しそうに笑って見る者……それぞれ感じ方も思うことも様々だが、松茸に対する感想は美味しい、の一つだけだった。

 天高く馬肥ゆる秋、そんな諺がピッタリと当てはまるような、秋晴れのなんてことのない日常の一日。それでもそれは、ケルベロス達にとって心に残る一日であった。

作者:波多蜜花 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月7日
難度:易しい
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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