赤い畔、からりころり。

作者:七凪臣

●『赤』
 常はひっそりと静まり返っている深い山間が、人で賑わうのは秋だからだ。
 色付いた山が、小さな湖まで同じ色に染める。
 晴れた空ごと写し取った鏡像だけでなく、楓や椛、シャラにヒメシャラ、銀杏。赤に黄にと彩を華やかにした木の葉が舞い落ち、凪いだ水面をゆらりゆらりと游ぐのだ。
 そしてもう一つ、都会の喧騒を忘れたい人々へのご褒美がある。
 からり、ころり。
 それは畔に構える社の名物。銀杏の実を模した素焼きの鈴の、素朴な音色。
 水に浮かべても、風に波に転がされたら、水が沁み入るまでの暫しの間、謳い続けてくれる。
 趣深さを求め訪れる人は、山が燃える間はひっきりなし――けれど。

『赤い、赤い、赤いなァ!』
 吹き上がる炎にも似る真紅の髪を振り乱し、巨躯の狂戦士が血濡れの斧を振るう。
 一閃に、か弱い女性の首が飛んだ。
 二閃に、逃げ遅れた老翁が頭から潰された。
 三閃、四閃、五閃、六閃。
 凶刃が振るわれる度に、骸が積み上がる。積み上がって、血を垂れ流して、湖を赤く染める。
『いいねぇ、いいねぇ! もっともっと、赤くなろうや!』

●ねがいひとつ
 そのエインヘリアルはアスガルドに置いても重罪人だった。
 然して長き年月をコギトエルゴスム化して過ごしたそのエインヘリアルは、使い捨ての戦力として地球に解き放たれた。
 狙われるのは、秋の盛りに興じる人々。場所は山間だが、鮮やかな色付きゆえに相応の人出があるからだ。
「皆さんには現場へ赴いて頂きます」
 悲劇を予見したリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は、無辜の人らの命を救う為に、そして人々に恐怖と憎悪を根付かせない為にとケルベロス達を急かす。
 山間とはいえ観光を楽しめるだけ整備されているお陰で、足場などに問題はない。茂る木々には多少の損害が出るだろうが、気にして後手に回るよりもエインヘリアルを早急に仕留める方が周囲への影響は軽くで済むだろう。
「不埒な輩へは、この手で一撃与えたくもありますが。私は巻き込まれた方々の避難にあたりましょう」
 肉弾戦も得意ですが、朗らかに振る舞うのも苦手ではないのですよ、と。仲間たちが存分に戦うことが出来るよう避難誘導役に手を挙げたラクシュミ・プラブータ(オウガの光輪拳士・en0283)へ、リザベッタも「宜しくお願いします」と頷く。
 時間は正午を過ぎた頃。
 森が割れる音が敵の接近を知らせる為、先手を打たれる心配はない。そしてケルベロス達が迎え撃つ間に、観光客らはラクシュミが上手く逃がしてくれる筈だ――猟犬たちが敗北しない限り。
「無事に倒す事が出来たら、安全確認を兼ねて紅葉を楽しんでくるのも良いかもしれませんね」
 一頻り話し終え落ち着きを取り戻したのか、リザベッタの表情が和らぐ。
「近くのお社で、銀杏鈴という素焼きの鈴を売っているようです。お守りとして持ち帰るのも良いですが、願掛けとしても使えるそうです」
 願いを込めた銀杏鈴を湖へ転がり落とし、水が沁みきってしまう前に、三度以上鳴ったら願いは叶う――という謂れがあるのだとか。
「地球には面白い風習がたくさんあるのですね」
 出逢っても出逢っても、次々に新しい顔をみせる地球の姿にラクシュミは目を細め、その時を楽しむ為にも参りましょう、とヘリオンへと歩み出す。
 ――どうか皆さま無事でありますよう。
 願いは、ひとつ。


参加者
連城・最中(隠逸花・e01567)
ネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)
小柳・玲央(剣扇・e26293)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)
ニコ・モートン(イルミネイト・e46175)

■リプレイ


 高い秋空を、炎の如き光翅が羽搏いた。
(「愚かなエインヘリアルがまた、この星に来たか」)
 鮮やかに染まった眼下を見渡すレイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)の赤瞳は、熱の彩に反して冷えている。
 罪を繰り返す粗暴極まりない輩なぞ、生かしておくわけにはいかなかった。ケルベロスとして――そして彼らを生み出し得たヴァルキュリアとしても。
 静かな怒りに、五感が研ぎ澄まされる。そしてその聴覚が木々を押し倒す音を捕らえた。
「西、距離300!」
 接敵を待つ必要はない。森も命。守れる命は、少しでも多い方が良い。
「わかったわ!」
 届いたレイリアの声にアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が加速する。周囲の景色が、走馬燈のように流れた。記憶に残るのは、温かな赤だ。
(「自然に染まる赤を楽しめば良いものを」)
 木々の狭間に捕らえた巨躯の影に、アリシスフェイルの纏う気配が、日常に在る娘のものから、傭兵としてのそれに転じる。
「ラクシュミさん、よろしくお願いするね」
「はい、必ずやお役にたってみせます」
 小柳・玲央(剣扇・e26293)の信に応えるよう、ラクシュミが一同から離脱していくのを連城・最中(隠逸花・e01567)は見送り、眼鏡を外して内ポケットへ仕舞う。
 ひらけた視界に、力任せに割り込んできたのは巨躯の男。
『なんか居たな?』
 ケルベロス達との遭遇に舌舐めずらんばかりの男――狂赤をニコ・モートン(イルミネイト・e46175)は色褪せたマリンキャップのツバを上げて見遣る。
 見るからに、自然を慈しむ雅を解せぬ男だった。
「紅葉は趣をもって楽しむもの。その荒れた様子で別の『紅』を求めても、ここには存在しませんよ」
 ――もっとも僕達があなた自身をその色で染め上げてしまうかもしれませんけど、ね。
 ニコの明らかな挑発の台詞に、ネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)は同意を口遊む。
「鮮やかな紅葉を観にきた……と言うには少し煩い方のようだしね。まあいいよ。ここまで来てしまったのであれば……遊んであげる」
 すらりとした指を唇に当てた天使の微笑に、まだ血濡れぬ斧を携えた狂戦士が真紅の髪を振り乱す。
『遊んであげる、だぁ? そりゃあ、こっちの台詞だぜ、美人さんよ。山諸共、真っ赤に染め上げて吹き飛ばしてやる』
「そんなの絶対させないんだよ!」
 下卑た男の悪辣な言い様に、七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)はピンク色の双眸を凛と輝かせ、真っ向から立ち向かう。
「命も風情も無碍にする無粋な赤にはご退場願うんだよ!」
 瑪璃瑠の決意は、ケルベロス達の総意。
「瑪璃瑠に賛同」
 枯葉を巻いて滑り込んだ戦場で、是を唱えた款冬・冰(冬の兵士・e42446)は姿勢を整える間もなく、随伴したアームドフォートの装甲版をノックする。
「風流を赤で……まして血で塗り潰すなど、言語道断」
 ――全兵装、ロック解除。
 抑揚に乏しい声音で、レプリカントの幼子が戦端を開く。
「ケルベロス、交戦開始」


 枯葉と土埃の合間を縫い、狂赤の真横を取った冰は折紙型ナノマシンで構築された柄を両手で握り、身体ごと振り被る。
「全門斉射……Feuer」
 放った竜の轟砲の行方を追わず――息を荒げる横っ面に直撃するのは解っていたから――冰は灰の髪を靡かせる森の民へ警鐘を鳴らす。
「アリシスフェイル、落葉が来る」
 落葉とは、血に濡れた戦斧の刃のこと。風のように足元に纏わりつく女を邪魔だと思ったのか、はたまた金が縁取る深緑の装いに狙いを定めたのか。狂赤はアリシスフェイルに的を絞っていたからだ。
 だが蝶のように、蜂のように走る女にとって、それはむしろ好都合。己は盾を担う者。他へ累が及ばぬならば願ったり叶ったりである――しかし。
『ちっ、優男が!』
 捕らえたと思った獲物との間に割り込み、刃で刃を受け止めた最中を狂赤が罵り、縦の軌道を力づくで横へとスライドさせた。
 首を狙う閃きを、最中は左腕を犠牲に凌ぐ。
「全てを負わす訳にはいきませんので」
「ありがとうなのよ、――天石から金に至り、潔癖たる境界は堅固であれ」
 一人で戦っているのではない事を知る女は短く礼を告げると、殲滅の魔女の物語の一節を唱え始める。
 足元に、灰と黄で描かれた六芒星の光がぼんやりと浮かぶ。
「海原沈み深き底、天空昇り遥か果、累ねた涯の青を鏤める――蒼界の玻片」
 節の終いに力が湧き起こる。最中を含めた最前線に立つ者らへ、癒しと共に盾の守りが授けられた。そこへ「それにね、」と瑪璃瑠が後方から声を上げる。
「無事を願われたんだよ。ならその願い、叶えないわけがないんだよ!」
 ライオンラビットの毛並が如き柔らか気な髪を気迫に揺らし、生きたくて、生かしたくて戦う事を選んだ少女は、己と周囲の木々らとを霊的に接続することで得た大いなる回復力を最中へ注ぐ。途端、半ば千切れかけていた左腕が原型を取り戻した。
『小賢しい連中だな』
(「赤、」)
 頭上で溢された苛立ちを、最中は振り仰ぐ。
(「……その色は、一番嫌いだ」)
『さっさとキレーな赤を寄越せよ!』
「遠慮します。足りぬというのなら、貴方の色を貰いましょう」
 右手で抜刀し、違和感の一つも残っていない左手を添え。最中は雷帯びた鋭利な切っ先を巨木の幹を思わす腿に突き立てた。
『ぃってーんだよ! チクショウ、なんも上手くいかねぇっ』
 吐き捨てた狂赤はニコと玲央を睨みつける。一方的に虐殺するはずが、そうなっていないのはケルベロス達の守りが固いからだ。無論、幾度も砕こうと試みはした。が、その度にニコと玲央が魔を破る力で邪魔してくる。
「言いましたよね、僕達があなたを赤に染めると」
 八重歯をちらりと覗かせ、ニコが楽観的に笑う。だが敵を侮るわけではない青年は、猫の俊敏さで後方からの間合いを一気に詰めると、重力を味方につけた爪で赤の脛を切り刻む。
 万難を排した猟犬たちの布陣と策は完璧だった。戦い始めた時と山に落ちる影の形が変わらぬ間に、命運は決しかけている。
 体格では明らかに劣るケルベロスに翻弄される巨躯を、ネーロは冴え冴えと見た。いや、うっすらと微笑んでいた。戦況を具に確認する為、最後方に陣取る彼の表情を窺う者は誰もいない。だからこそ顕わらになるそれは、弑逆を愉悦とするのではなく、戦いに興じる狂気にも似たもの。
「では俺も一花、咲かせようか」
 然して背筋が凍えるほどに綺麗な笑顔のまま、ネーロは怨念寄り付くナイフを片手に狂赤の足元へ走って――タクトを振り上げるよう跳ねた。
 ヴァイオリンの弓を引くしなやかさで、狂赤に刻まれた傷が抉じ開けられて血を飛沫かせる。その一連の流れを継ぎ、玲央が重量を感じさせぬ仕草で鉄塊剣を薙いだ。
「命の赤は好きだけど、失わせてまで花を咲かせるなんて趣味じゃないんだよ」
 斬りかかる為ではなく、優美な旋律を体現するかの如く玲央は剣に舞い。
「血が通っているから、生きているから、自然で美しいんだからね――さぁ、釘付けにしてあげる♪」
 両手から吹き上がるものと同じ炎で作り上げた爆竹が、剣舞に合わせて炸裂する。散った青い炎は美しく狂赤の目を奪い、行進曲を思わす発破音が耳を狂わせた。
『くそぅ、くそぅ!』
 よろめき鑪を踏んで歯噛みするエインヘリアルをレイリアは氷のような一瞥で観る。
 猟犬たちが撒いた毒や炎に塗れた男は、動き一つに苦痛を覚えている筈だ。内心は屈辱に塗れているに違いない。威勢よく現れながら、何一つ為せていないのだから。
 同郷ともいえる男。そしてレイリアも赤を冠し、赤を耳に飾る身。されどレイリアに一切の同情はない。
 むしろヴァルキュリアとして、彼を生み出した同胞の罪を雪がんと冷気を纏う銀槍を構える。
 空さえ絶つ突撃に、狂赤を蝕む猟犬の力の断片が一気に膨れ上がった。

 僅かな凹凸を足場に樹を駆け上がったアリシスフェイルは、紅葉と共に狂赤の頭上に振り落ちる。光の剣に肩を削がれた巨躯が、気迫負けしたように尻をついた。
 ずぅんと低く地が哭き、毒の回った青い顔が醜く歪む。
『くそったれ!』
「夢は傍ら、現の果てまで」
 もう癒しは不要と判断した瑪璃瑠が、三者に存在を分かち走り出す。
「「「――零を番えて無限と成せ。零夢現六花白蓮ッッッ!!!」」」
 ピタリと重なる声に儚くも美しい雪の華の軌跡を光刃が描き、三位一体の斬撃となって狂赤の腹を裂いた。
(「万全ですね」)
 森の五線譜から奏で紡いだ音色で仲間に自浄の加護を授けていたニコは、何一つ損なわれていない皆の様子に安堵しつつ、緑の霊弾で悪鬼を仰け反らす。
「悔い改めて、逝け――貴様を、冥府へ送ってやろう」
 灯にも似る翅を結晶状の氷と化したレイリアが、鮮やかな紅に輝く程の魔力で象る氷槍を投擲する。過たず喉を貫かれた男が赤い血を吐いた。
 苦痛を呻くことしか出来ない狂赤は、今際の際だ。分かった上で玲央は見せつけるように軽やかに踊って轟竜砲を撃つ。
 針の筵な男の貌が、嘲りに口の端を上げたのは、最中が虹色の爆風を巻き起こした時だ。
『なんだぁ、そりゃ。痛くも痒くも……』
「最中の風は、冰たちを鼓舞するもの。だから――全機、突撃……いざゆけ、遥かレアヒの麓まで」
 狂赤の見当違いを短く否定した冰が、両腕を広げた。その肘から、無数のナノマシンが飛び立つ。まるで折り鶴の乱舞だ。和む姿に反し、凛と羽搏いたそれらは爆撃で、銃撃で狂赤を文字通り蹂躙する。
 ――そして。
「ネーロ、追撃を」
「承ったよ」
 ほんの一筋、消え残った命の灯を吹き消す役目を託されたネーロは、ただ静かに立つ。
 得物は不要。必要なのは声ひとつ。
「……苦しい? もう応えられないね。じゃあ、本物の終わりをあげよう。イスラーフィールの奏でる音色はすぐそこに」
 おやすみなさい、と添えて。ネーロは高らかに謳うが如き声で、裁きの光を天より招く。
 最後の詩は最後の審判。下された狂赤は、遠くにラッパの音色を耳にしながら、赤く燃える山に散り消え逝った。


 紅葉を一望できる山の斜面に舞い降りたレイリアは光翅を休ませ、素朴な鈴を掌中でころりと転がした。
 上空から確認した山への被害は、接敵が早かったお陰で最小限。それもヒールで癒され、不思議と秋の風景に調和していた。
(「私の願い?」)
 からころり。乾いた音色に、鈴の謂れが思い出される。
 願いは、無い。だが――。
(「望みならばある」)
 それは、己が創造してきた、そして狂赤のような地球に害成すエインヘリアルを全て滅する事。
 しかしこれは願掛けするようなものではない。
(「ならば、この手で叶えられない事は――」)
 刹那浮かんだ何かを、レイリアは気付かぬフリで意識の奥へ沈める。ただ、空いた手は耳の赤に触れていた。

 産業革命等で失われたが、英国もかつては森林豊かな国であったという。
 目に映る風景と、育った国を脳裏で重ねたニコは、銀杏鈴を足元の水辺へそっと転がす。
(「このまま安心して暮らしていきたい」)
 からん。
 ころん。
 から、ん。
 三つ聞こえた気がする鈴音に、ニコは安堵の息を円く吐き――半ばで詰める。
(「油断は出来ません」)
 ニコのケルベロスとしての直感は、縁深い敵との遭遇を告げていた。

 労いと怪我を案じた影士の優しさに、玲央はワルツの拍子で胸を躍らせ、二人並ぶ湖畔の散歩道を足取り軽くゆく。
「この燃える様な紅は俺は好きだよ。玲央はどうだい?」
 色付く木々を見上げる影士の問いに、玲央は高い空から近くの紅、そして影士の順に視線を移して表情を和らげた。
「親しみ深いのは青だけど、紅も好きだよ。最近は特にね」
「――最近?」
 何かあったかなと首を傾げる男を他所に、女は影士こそが生み出す炎の色を思い浮かべて笑みを深める。
 つまりは、そういうこと。
 春の心地で秋を二人で愛でる。舞い落ちてきた紅葉を一葉捉まえて、影士は玲央の髪に「似合うね」飾り。内心、気障を男は照れて。様々な感嘆で胸を彩った女は、思い出を栞として残す事を誓う。
「ね、手を繋いでもいい?」
 伸ばしたのは、浮かれ気分の玲央から。驚きこそすれ、影士に否やはあろうはずがない。
 握りこむのは影士が先。解けぬよう、しっかりと。
「じゃあ、少しゆっくり歩こうか」
 細まる影士の眼差しに、とくりと玲央の鼓動が跳ねて、僅かに頬に朱が差す。そうして玲央は、今日一番の笑顔を花開かせた。
「この時間が少し長くなるなら歓迎だよ」
 深まる秋に、影士と玲央の絆もまた深まる。

 手を繋ぎ、熱は交わしているのに。アリシスフェイルと奏多の間には、秋の風が揺れて吹く。
 始まりは春の夜。女は『光』と邂逅を果たし、男は己だけの宝の様に口にしていた名を呼ばなくなった。
 先をゆき、アリシスフェイルを導くのは奏多だ。でも、でも。始める時からあった不安の芽は、アリシスフェイルの内で今にも弾けそうなくらい育っている。
 本当に望んでいるのは何方? 想いは何処?
「何をお願いしたの?」
 奏多だけが先人に倣った銀杏鈴。確かに三度鳴った気がして、アリシスフェイルは堪らず尋ねた。だが応えは予想通と違わぬもの。
「秘密。だってそっちも秘密だろう?」
 みっつめの響きに自嘲を重ねた奏多は、己が応えさえ予想通りであったろうと苦さを飲む。
 ――今でも。先も。私の事を愛してる? 愛させてくれる?
 ――俺の裡を、願いを知って。君は、それでも。『叶えて』くれるのか。
 女は不安に、男は自身の無さに、黙してただ交わす。
 奏多は淡く柔く、全てを潜めた笑みを。アリシスフェイルは不安をぎこちなく隠す、困った様な笑みを。


「……二人で自撮り、やってみる?」
「はい!」
 戦いも大事だが、思い出作りも大事だとスマホのカメラを構えた冰はラクシュミを誘い、奥深き秋の景色にも勝るとも劣らぬ笑顔に出逢う。
 見慣れた物も、場所と見方を変えれば特別に。
「持ち方は……そう。角度は――」
「今の角度です冰さん!」
 色付く畔に女二人が華やぎ。そのままの勢いで銀杏鈴に挑めば、奇跡の六鳴り。
「凄いです!」
「……これは、想像以上」
 友人らの縁祈願の結果に、寡黙な冰も瞳を輝かせる。

「……嗚呼、好きな色だ」
 広い視界に、秋の色付きと鏡の湖面を映し、最中は眼鏡をかけ直す。
 買い求めた銀杏鈴は二つ。一つは幼馴染への土産。もう一つは――。
 畔に立ち尽くし、最中の心は細波を立てる。
(「願い事が苦手なのは、自分と向き合えていないせい……なんだろう」)
 苛烈な中では冴える緑眸を今は静かに沈ませ、最中はそろりと鈴を水面に転がす。
 ――いつか、それを見つけられるように。
 一度、二度、三度鳴った気がする素朴な音色。
 気のせいかもと思う事こそ、自分の中の答。

「兄様、兄様! 真っ赤なんだよ、綺麗なんだよ!」
 ピンク色の瞳を大きく円めた瑪璃瑠が、赤く染まった空を見上げくるりくるりとはしゃぐ姿に、イサギは暫し見惚れる。
 一仕事終えた後だが、怪我もなければ疲れた様子もない。
(「さすが最愛の義妹、私の淑女」)
 改めて感じる成長ぶりに義兄は目を細め、そんなイサギの手を引き瑪璃瑠は水辺へ急ぐ。
 山と湖、鏡写しに秋に染まる景色は息を飲むほど美しい。自分たちが護ったと思えば誇らしくも思える。胸に溢れる歓喜に、瑪璃瑠は近くの柵から身を乗り出した。翼ある義兄と同じ彩を見てみたかったのだ。だがイサギが柔く引き戻し、同じ目線で見るからこそ紅葉は一層綺麗だと蕩けるように微笑んだ。
「昔、君と出会う前。私にもなにもなかったんだ」
 でも今は違う。大切なものがいくつも出来た――イサギの感謝は、瑪璃瑠の感激。
「ボクたちはね、兄様と出会ってからずっとずっと幸せだよ!」
 銀杏鈴への願掛けは、大切な人が幸せであり続ける事を願うイサギが鳴らず。でも瑪璃瑠が6回。
「ボクが兄様の分も叶えたんだよ。だって願いは同じ……ううん、もっと贅沢!」
 ――ボクたちも兄様もずっともっと幸せになり続けますように!

 どれだけ齢を重ねても、頑張った弟の頭を撫でたくなるのは兄の性――というか、癖。
 一頻り、ルーチェにされるが侭になっていたネーロは、色付く紅葉に父を思い浮かべる。
「父さんの保護色は秋の色だと、母さん言っていたね」
 紅葉の前は金木犀。まさに父の季節だと、赤い瞳をルーチェは此れ迄より誇る気持ちで瞬かせ、ネーロの青を見た。
 青は、極薄く透かすと雪に似る。そして雪は母の色。
「この季節はいいね、父さんと母さんに会えるみたいで」
 言いながら、ネーロは降り来た紅い一葉を手に取り、目を細める。
「また星の子に、父さんと母さんの話をしてあげないとね」
 弟の慈しみに満ちた笑みに、兄もまた、彼にだけ見せる穏やかな笑みを返した。
 星の子。近頃再会した妹。彼女の為にも――。
「……ならば、今年は早めに故郷へ帰ろう」
 兄の提案に弟は嬉しそうに頷く。日本は馴染み深い場所になったが、遠い異国であることに変わりはなく。故にこそ、秋に愛する故郷を想うは必然。
 頬を撫でる風に微かに混じる冬の足音。
 季節の移ろいを共に楽しめる幸福を、兄と弟は噛み締める。
 木漏れ日さえも紅葉に色付く昼下がり、静寂と平穏にネーロとルーチェは胸にまたひとつ光を灯す。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。