月光の標

作者:崎田航輝

 静かで深い、蒼色の夜。
 昏くとも景色が仄かに輝いているのは、夜天に雲がなく月灯りが遮られないからだった。
 淡い金色の光が宵を照らす中、川の流れが夜風の合間に聞こえる。しじまと澄んだ夜気に包まれた世界は美しく、明媚でもあった。
 けれど、その中を歩む人影は──景色に見惚れるより、ただ真っ直ぐに歩む。
 それは嫋やかな衣と柔らかな翼を持つ死神だった。
 穏やかで、優しい相貌でありながら──その内に哀しさと、何かを強く求める心があると思わせる。
 明滅するのは二色のオーブ。その中に、超常的な程の光を湛えて。
「ユア──」
 この先に居るの、と。
 ひとり問うように、瞳を向けるのは目の前にある市街地。
 そこへと歩み入ると、誰かを探すように、そして命を求めるように──死を運ぶ光を輝かせ、死を生む唄を響かせ始めていた。

「集まって頂きありがとうございます」
 優しい月明かりが差す夜。
 冬の始めの温度を含んだ風が吹く中で、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達に説明を始めていた。
「本日出現が予知されたのは、死神です」
 エインヘリアルの要塞である磨羯宮『ブレイザブリク』が出現した事件。
 それによって、東京焦土地帯に居た死神達の一部が市街に現れていること──今回のこともその一件なのだろうという。
 現れた死神は川の流れる近くを進み、市街の中心へと向かっている。
 このままでは、人々に危機が及ぶ可能性もある。
「現場に急行し──その討伐をお願いいたします」
 死神が目指す市街には無論、人々が多くいる。けれどその中心地までは未だ距離があり、こちらはその手前で遭遇することが可能だ。
「川に近いその一帯は、夜半でもありひとけはありません」
 一般人の流入の心配などは無いだろうという。
「皆さんはヘリオンで到着後、戦闘に専念してください」
 周囲に被害を及ぼさず倒すことも可能だろうと言った。
「死神は、『月暈』という名を持っていることが判っています」
 詳しい正体など不明な部分も多いが──誰かを探しているようでもあるという。
 強い後悔を抱くように、或いは強い執着を抱くように。
「……少なくとも、この死神も強力であることは確かです。警戒をもって当たってください」
 皆さんならば勝てるはずですから、と。
「さあ、行きましょう」
 イマジネイターはそう夜風に声を交じらせていた。


参加者
天崎・祇音(忘却の霹靂神・e00948)
月原・煌介(白砂月閃・e09504)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
クレーエ・スクラーヴェ(明ける星月染まる万色の・e11631)
月岡・ユア(幽世ノ双月・e33389)
安海・藤子(終端の夢・e36211)
ステラ・フラグメント(天の光・e44779)

■リプレイ

●蒼の夜
 宵に溶ける月灯りが一層眩しくて、一層美しく思える。
 それは懐かしさと、愛しく切ない感情が心を疼かせているからなのかも知れなかった。
「僕は此処だよ」
 光柱のような淡い月光の下。月岡・ユア(幽世ノ双月・e33389)は静かに舞い降りて、ただそのひとを見つめる。
 死神──月暈は息を止めたように驚いていた。
 そして僅かに唇を震わせてから、慈愛を浮かべる。
「ユアなのね」
 声音は幸福さの中に、寂しさが滲んだ不思議なものだった。そして月暈は一歩近づくと──死の匂いに満ちた幻想で一帯を包み込んでくる。
 それは命を殺せる凶器。
 ユアはそれでも目を逸らさず聞いた。
「……何故、僕を探していたの?」
 聞いてしまったら後悔するかも知れない、と思う。
 けれど聞かない選択肢も無かった。
 多分、何処かで判っていたのだ。
 双子妹のユエがそっと寄り添って来ているから。そして渦巻く死の力の中に、確かに明滅する月の魔力を感じたから。
「私が、あなたの母だから」
 返った答えに、偽りは感じられなかった。
 ユアにはそれが本能で理解できる。
 尊い月の魔力と唄の力を持った月岡家の人がいると知っていた。その人は、綺麗な月色の髪と澄んだ夜色の瞳をしていたと。
(「そして、僕を産み落とした刹那、死んでしまった人。──僕が死の力を持って生まれた為に」)
 ユアは瞳を伏せる。月暈はその心の動きを知るように一歩踏み寄った。
「私は、ここにいる。あなたに逢うために」
 そこに在るのは執着にも似た深すぎる愛。
 けれど抱きしめたいと思う心が死の薫りとなり、声の一つ一つが刃となって、全てがユアの命を蝕んでくる。
 ユアは刃を振るってユエと共に抗った。
 それでも月暈の力は二人を凌ぎ、死に近づけさせる、が──。
「そこまでだよ、素敵な死神さん」
 星屑の如き花弁が舞って、煌きと共に幻界が晴れてゆく。
 こつんと靴音を鳴らし、ステップするように癒やしを与えるステラ・フラグメント(天の光・e44779)。
「俺の歌姫様に目をつけるってのはお目が高いね。ただごめんな。彼女に、死を運ばせるわけにはいかない」
 軽妙に、けれど真っ直ぐに。夢幻を霧散させていた。
 ユアは月灯りの還った視界を見渡し瞳を向ける。
「ありがとう」
「死神が一体何を考えておるかは知らぬが」
 と、着物の袖を縛り紐で纏めるのは天崎・祇音(忘却の霹靂神・e00948)。
 気合を込めると地を蹴って、ユアの横を走り抜けて──。
「ユア殿はしっかりと守らねばならぬからな」
 瞬間、雷光弾ける刃を現出させて。眩き衝撃で幻の残滓を消し飛ばしながら、月暈へも傷を刻んで猶予を作る。
 その間隙に黒竜のレイジが治癒の霊力を瞬かせれば、ステラの翼猫のノッテも風で傷を薙いでユアを治していた。
 深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)はユアの隣に降りて月暈を見据える。
(「あれが、ユアとユエのお母さんの姿……」)
 意識するほどに、纏う魔力も、面影も、確かにユアと繋がったものを感じた。
 けれどそれが死神であるのならばルティエは迷わない。
「彼女達は渡さない」
「ええ、もちろん」
 と、頷くのは安海・藤子(終端の夢・e36211)。
「素敵な月の歌姫と星の怪盗が主演の舞台を──整えてあげるわね」
 そして、楽しませてもらうわ、と。
 面を外した顔に戦意に満ちた笑みを浮かべ、星剣を踊らせて光の護りを施していく。
「皆も頼むぜ」
「うん、加護を、与えるよ……」
 穏やかな声音で応えて、聖樹の杖に月の光を宿すのは月原・煌介(白砂月閃・e09504)。
 火花の代わりに光の花弁を舞わせながら、空間に敷くのは護りの魔力。淡く耀くベルベットのように、煌く壁で仲間を覆っていった。
「後ろの方は任せてな」
 夜闇に光を差し込ませるよう、優しく輝く精霊を降ろすのはリーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)。
 『どうかアナタに幸せな結末を』と願うよう、燦めく鱗粉で魔に抗う聖なる力を後衛にまで広げていく。
「これで万全だぞ」
 そうして皆がユアの元に居並べば、月暈はほんの微かだけ、瞳を和らげていた。
「ユア。沢山のお友達がいるのね」
 それを嬉しいと思うように、愛しいと思うように。そしてユアの事をその命ごと抱きしめようとするように──月暈は歩み寄る。
 けれどそこに鋭く弾ける光が奔り、その手を阻む。
 腕を伸ばし、雷の残滓を薄く瞬かせるクレーエ・スクラーヴェ(明ける星月染まる万色の・e11631)。
 クレーエは肉親の情や、それに臨む気持ちも理解しきれないという自覚がある。
 それでも。
「ユア、大丈夫? ……戦える?」
「──うん」
 大事なにゃんともが頷いて、そう応えるなら、自分は協力することを厭わないのだと。真っ直ぐ奔りながら視線を横へ。
「ルティエ、行こう」
「勿論」
 同時、並ぶルティエが緋刃を抜いて足元を斬り裂けば──クレーエも追随して連撃。稲妻を突き抜けさせるよう、鋭い刺突でその死神を穿っていく。

●金の月
 月暈は決して夜陰へ退きはしなかった。
 月彩の灯りを浴びながら、過日に置き去りにした時間と愛を、今ここで全て抱いてみせるというように。
「私はあなたの敵。けれどこの手で、抱きしめたいの」
 云いながら、それでも同時に別の感情も浮かべる。
 それは言葉に戦いの意志を返す──そんなユアの姿を喜んでいるような表情。
「ユア、あなたは生きたいのね」
「……僕は」
 ユアは微かにはっとして眼を開く。
 その瞳に映るのは、月暈が持つ蒼と金のオーブだった。月暈は二彩の色が入り交じる、鮮やかな幻で景色を包む。
「この先も生きる事を望むなら、選ばなければいけないわ。“犠牲を成して命を掴む”か、“命短くても生き続ける”か」
 そうでなければ私の抱擁と共に死へ堕ちていくでしょう、と。
「──」
 ユアは見つめながら、それがただ死へいざなう言葉ではないと思った。
(「アレは偽りの宝珠じゃない」)
 自分の命の一欠片に違いないのだ、と。
 その背を静かに、煌介は見据えている。
 ユアがまるでタロットの“金貨の2”──二つの間で揺らぐ波のようで。けれどメビウスの輪のように無限の力を描いてもいる。
 もし月暈の言葉が正しいのなら、二つは二律背反。けれどリーズレットには、その金色が一層眩しく映った。
 それはユアの瞳の色にとても似ていて、温かなものを感じるから。
(「彼女は、本当はユアさんを生かしてあげたいのではないかな……」)
 ふとそんな考えがもたげてしまう程に。
 或いはそれは、自分の願いなのかも知れないけれど。
 もし、そうだとしても。目の前の月暈を斃さねばならないことだけは真実だから──ユアは真っ直ぐに視線を返していた。
「僕は、此処で死にはしない」
 それは先ず何より、死の選択肢を切り落とす言葉。月暈を倒し、過去を清算して、そして命の在処を選ばないといけないのだと。
 なれば、ルティエも刃を握り直し頷く。
 ユアがそうであるなら、自身は傍で護り支えるだけ。何よりもユアは、漸く一歩進み始めたところなのだから。
 刹那、鋭くも鮮烈なルティエの拳が月暈に圧を与えれば──藤子が鎖を操り魔力の魔法陣を描いていた。
 立ち上る治癒の力が幻を吹き飛ばしていくと、同時に空より降りるのは星の輝き。
 ステラの『Amore per Diva』。ユアへの愛を捧げたその具現が、眩く優しい光となって傷を癒やしていた。
「彼女の事も、彼女の大切な仲間の事も守るさ。だって俺は──ユアを愛しているもの」
 それに、とステラは月暈も見つめる。
「これ以上、貴女に死を齎させるわけにもいかないぜ」
「そうだね」
 と、声と共に月暈へ直走るのはクレーエだった。
 実の兄の姿をしたモノと戦ったときも家族との決別の辛さはわからなかった。
 だから、判っていたことだけれど。大事な友人が母親との決別を覚悟して戦っている、それを知ってもその気持ちが理解できないのが少し悲しかった。
 でも、この力で、友に手を貸すことは出来る。
 故に止まらずに。凪の中に風を描くよう、艷やかでいながら強烈な剣閃を奔らせて月暈の膚を刻んでいく。
 月暈はそれに対し、唄を歌った。
 それは優しく温かで、惹かれてしまいそうになる調べ。けれど死を運ぶ力に満ちた旋律で、確かに此方の命を削り取っていた。
 が、直後にはリーズレットが七彩のヴェールを煌かせて皆を護る。
 リーズレットとルティエ、二人の箱竜の響と紅蓮が蒼と紅の光を注いで治癒を進めれば──煌介は眼を閉じる。
 ──梟の瞳よ来たれ。
 刹那、夜闇に顕れるのは金色の梟だった。『夜梟流翔』──羽毛の六花は涼として傷を拭い、心を澄み渡らせていく。
「幽子も、お願いするよ……」
 言葉にこくりと頷く巫山・幽子は、気力で治療を補助。そこへ加勢するイッパイアッテナ・ルドルフが『猛言葉』を加護を降臨させれば、皆は万全だった。
「さて、反撃に行くぞ」
 と、藤子の声に地を駆けるのはクロス。
 いの一番に飛び出るのは、己を省みぬ藤子を慮っているからでもある。主が戦いにのめり込もうとする前に、自身が先に出て代わりに月暈に斬撃を見舞っていく。
 月暈はそれでも唄を響かせようとしていた。
 川のせせらぎと共に流れてくる歌は心地よく、身を委ねてしまいそうになる。けれどリーズレットは小さく瞑目する。
 やはり自分はユアの歌の方が好きだ、と。
(「優しく、力強い、彼女の歌声が──」)
「ならば止めねばなるまいな」
 志を同じく、その拳に雷が輝く流体を纏わせるのは祇音だった。
 ユアも頷く。
「月暈の元は唄は、きっと人の命を愛した歌だった」
 けれど今はもう、死の色に染まってしまったから。
「これ以上貴方に死を歌わせない。死は──僕の償えない罪の証だから」
 黒翼で羽ばたき、触れるような蹴撃でその声を遮った。
 月暈は眩い光を放ってその躰を縛り止めようとする。けれど、祇音はそれを許すことは出来なかった。
「そこまでじゃ」
 暗雲も出ていないのに、空が瞬いたと空目する。
 それは祇音の雷が余りに強く閃いていたからだ。
 刹那、踏み込みと共に打ち出す拳は閃光のように。眼に留まることのない疾さで月暈を穿っていく。

●選択
 月が翳り、雲間からいでて明滅を繰り返す。
 揺らぐ灯りの中で、月暈はそっと胸に手を当てていた。
「ユア。私を越えて行くのね──」
 既に声に力はなく。それは判っていたことを確認するようでも、哀しみに訴えるようでも在ったろう。
 煌介はそれでもそっと唇を開く。
「母は子を慈しみ、そして阻み、飲み込まんとする月……」
 柔らかな声音は慈愛と、優しさと。そして誰かの苦しみを労うようでも在った。
「ユアは……自分で確かに幸せを掴む。だから、もう良いんだよ」
「……私は」
 月暈は一度俯きながら、しかし死の光を生み出している。
 自身が朽ちる事を恐れているのではない。或いは唯一の望みを果たそうとする、純粋な心の表れ。
 けれど煌介は梟が宙を舞うように、素早く光を回避。逆に月光を注がせるよう、燦めく魔力を放って命を削っていた。
 皆も弛まず攻勢へ。リーズレットは駆けながらダークブルーの鎖を操り、夜闇に踊らせるように奔らせていく。
 その一端が月暈の躰を捕らえると、声を響かせた。
「今だ!」
「──うん」
 応えるクレーエは、浅く腕を広げて氷気を漂わす。
 揺蕩う氷晶と共に解き放たれたのは雪の精だった。Sict《Gutta Sapphirus》──温もりに焦がれるそれは月暈を抱擁し、魂までもを凍てつかせ始めていく。
 そこへ滾るのがルティエの獄炎だった。
 焔棚引く刃を握るルティエは、斬撃で躰を抉って地獄を解き放つ。
「我牙、我刃となりて、悪しきモノを縛り、その罪を裁け……紅月牙狼・雷梅香」
 瞬間、獄炎は梅香を纏う大狼へ変化。月暈へ食らいつきその命の一端を食い破っていた。
 魂の残滓を零しながら、月暈はよろめく。
 藤子は決して慈悲を与えず、自身の周囲に氷雪にも似た冷気を喚び起こしていた。
 ──我が言の葉に従い、この場に顕現せよ。
 ──そは静かなる冴の化身。
 ──全てを誘い、静謐の檻へ閉ざせ。その憂い晴れるその時まで……。
 刹那、現れる『蒼銀の冴・馮龍』は宙を畝り。まるで怒り狂うように翔けると月暈へ牙を突き立てていた。
 月暈が行動を止められた一瞬に、祇音は自身の体に別の神を降ろしている。
 浮かび上がる黒い紋様は罪であり、穢れの証。
 天津罪──それが齎すものは凄絶なまでの神力。繰り出した打撃は月暈の体の一端を消失させる程だった。
 ふらついたところへ、ステラが拳の一撃を加えれば──月暈は地に手をついている。
 煌介はその姿を見下ろして、言った。
「ユアとユエをこの世に──有難う」
 月暈が顔を上げる。その先に、ユアが歩み寄っていた。
 リーズレットはその背を見つめて、願う。どうか彼女が幸せの欠片を掴み取れますように、と。
 ユアは短い間、彼女とオーブを見つめていた。
 きっとどちらを選んだとしても、自分は生きるために何かを失うのだと。
 けれどこうも思う。生きる事を望んだ自分に、母は奇跡を運ぼうとしたのだろう。前を、向く為に。
「貴方は僕に会えて幸せだった?」
 ユアは最期にそう聞いた。
 月暈はじっと見つめてから、仄かに優しい顔でええ、と頷いた。それから聞き返す。
「あなたは、後悔していない? 私の子であることを」
 ううん、とユアは首を振った。
「僕は、生まれてきてよかった。この世界に、僕は好きな人できたよ」
 それは心からの言葉。
 月暈はそれを聞いて、良かった、と微笑む。
 だからユアは終わりの時を告げる。
「……貴方の愛を忘れない為に疵を残すよ」
 現出させたのは、彼女と己の心の痛みを刃に換えたもの。
 それを手にしてユアは月暈を抱きしめた。
「ありがとう、逢いに来てくれて。“母さん”」
 一滴、頬に涙が流れる。
 創傷、終焉刻──そのまま振るった一撃は余りに鋭くて、苦しみも無かったことだろう。
 刃は静かな表情の月暈を貫いて、命を散らせていった。

 月の欠片になっていくように、月暈は眩く消え始めていく。
 ユアはその躰を最期まで抱きしめ続けていた。
 その内に、その姿は影すらもなくなって、オーブだけを残して完全に消滅する。ステラは空に昇る煌きを見送ると──白いカーネーションを捧げて弔った。
「ユア。大丈夫かい?」
「……うん」
 ぽたりと、雫が月灯りを反射していたけれど。それでもユアは頷いて、声を返していた。
 そうしてオーブに視線を向ける、と。
「ユエ……」
 その一つを拾ったのは妹だった。
 瞬く光は、月のような金。
 残った蒼い宝珠はすぐに消えていって──それを見たユアは静かに頷く。
「──そうだね。君は選ぶと思ってたよ」
 ルティエはそんな二人を、少しだけ離れて見守りながら問うた。
「答えは……出た?」
「ん、選んだ。ユエと決めた」
 そうして真っ直ぐ、皆を見つめる。
「僕は……これからも皆と生きるよ」
「一緒に、生きて、いけるのか」
 ステラは微かに信じられぬように呟いて。それでもユアが頷くと、俯く。彼女からその言葉を聞けたのが嬉しくて、涙が零れそうだった。
 煌介はそんなユア達を見ながらふと物思う。自身の始まり、数年前の事を。
 生の実感も希薄な茫洋たる日々。それを少しずつ眩い月に変えたのは──。
「ありがとう」
 と、ユアは皆に礼の言葉をかけていた。
 煌介は表情を和らげる。
「ユアは……いつも礼を言ってくれる、けど。俺も、有難うと……何度でも、君に……皆に伝えるよ」
 皆と関わり名を呼ばれ、自身を形作っていく事が出来たとそう思うから。
 それはきっとユアにそうなってほしいと思うように。自分として、幸せを掴む事なのかも知れない。
 気づけば月が眩しくて。母たる月光が、ユア達を包む愛おしい光景を見守ると──自分の母は何処にと、思いが生まれる。
 それも知るべきなのだろう、と。煌介は静かに目を伏せてそう思った。
 藤子はユア達を見ながら、顔を再び面で覆う。
「歌姫が望んだ結末を、手に入れられたかしら?」
「……」
 祇音はただ静かに、距離を置いた場所から皆を眺めていた。ただ、その表情は少し寂しげでもあったろうか。
 その視線の先で──リーズレットがユアに歩み寄る。
「ユアが無事で、良かったよ」
 この先にどんな未来があるのかはわからない。けれど今ここにユアがいること、それが嬉しいのは確かだったから。
 或いは、何かが失われることもあるだろう。ステラは少しだけそれを感じ取ったように、ユエの方を見る──それでも。
「……どんな選択肢だったとしても、俺はそばにいるよ」
 二人をぎゅっと、抱きしめていた。
 クレーエはそんなステラ達を見守っている。
 自分にできることは多くない。
 ただ、それでも友達が辛いときは傍に居たいとは願っていたから──ユア達が歩み出せば、自分もそこに並んで歩いた。
 ユアは皆にまたお礼を言って、夜の中を帰っていく。
 空を仰ぐと一層月灯りが眩しい。風は冷たいのに、その光が温かくて──まるで優しく抱きしめられているみたいだった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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