ミッション破壊作戦～デスバレスの水底から

■リプレイ

●一
　京葉工業地域――。
　ケルベロスの間ではミッション３８－４という名称でも知られるこのエリアは、その日も不気味な静寂に包まれていた。
　冷たい潮風に曝され、錆の浮いたパイプが走るコンビナート群。そこへヘリオンの窓から視線を落とせば、エリアのあちこちを漂う怪魚型怪魚『鉄還リ』の姿が見える。
「何だか、この空に来ルのも慣れタものだな」
　次第に近づいてくる魔空回廊を眺め、君乃・眸（ブリキノ心臓・e22801）は言う。
　８月のミッション発令以来、此処への襲撃は今日で４回目。ケルベロスの度重なる攻撃に耐えた回廊は、今も機械の亡骸をサルベージする死神の拠点であり続けている。
「今日こそは、勝ちたイものダ」
「ええ。俺も全力を尽くす所存デス」
　青色の長髪を揺らすエトヴァ・ヒンメルブラウエ（フェーラーノイズ・e39731）が、光剣グラディウスを手に呟いた。
「いずれあの死神達ガ、人々の地に攻め込まない保証はないのですかラ」
「んぅ。かなしいがいっぱいになる前に、どかーん、する」
　レプリカントである伏見・勇名（鯨鯢の滓・e00099）は、同族である眸やエトヴァの言葉にこくりと頷きを返す。
　勇名が在処を探す「こころ」が、今日もグラディウスに力を与えてくれるよう願って。
「誰一人欠けることなく帰りたいですね。よろしくお願いします、皆さん」
　用意した資料を元に情報を共有し合うのは、筐・恭志郎（白鞘・e19690）だ。彼は振舞われたトーストと珈琲を口へ運びながら、てきぱき準備を進めていく。
「良ければウォーレンさんもどうぞ。前回までの経路をまとめたものです」
「助かるよ。活用させてもらうね」
　資料を受け取って、ウォーレン・ホリィウッド（ホーリーロック・e00813）は微笑んだ。離脱は時間との勝負だけに、恭志郎の情報はとても心強い。
（「死神、か」）
　回廊が近づくにつれて、ウォーレンは妙な違和感を覚えていた。頭に霞がかかったようなぼんやりした感覚。確か、前回の作戦でもそうだった。
　この感覚は、何なのだろう――。
　そんなウォーレンの思考を、ステイン・カツオ（砕拳・e04948）の言葉が遮る。
「死神ですか。彼らのゲートは未だ見つかっていませんが、『その時』に備えて此処は破壊させていただきましょう」
「ああ、奴らにはさっさとお引き取り願おう。冬の東京湾ですら温い、冥府の川にな」
　ナザク・ジェイド（とおり雨・e46641）は座席から身を起こすと、次第に近付いて来る魔空回廊を睨み据えて言う。
　撤退ルートは頭に叩き込んだ。離脱はこれまでと異なる経路で行う予定ではいるが、それでも回廊の主は自分達を捉えてくる事だろう。
　望むところだ、とナザクは思う。
「どこからでも来るがいい。何度でもスクラップにしてやろうじゃないか」
「おうっ。皆、今日もよろしくなっ！」
　降下ポイント到着のアナウンスが流れ、尾方・広喜（量産型イロハ式ヲ型・e36130）は開放されていくハッチへ仲間達と歩き出す。
「へへ。今日こそ派手にぶっ壊して、引導を渡してやろうぜっ」
「んぅ。ぼくも、がんばるー」
「マナ、ヒロキ。頼りにしていマス」
　こうして仲間達が回廊へ降下を開始する中、広喜は一度だけ機内を振り返って、
「いってくるぜーっ」
　ヘリオライダーのムッカに届けと笑顔で手を振りながら、降下を開始するのだった。

●二
　稼働を続ける回廊のバリアを、８名の番犬達が強襲する。
「ミッション破壊作戦……かれこれ１年以上はご無沙汰しておりましたが……」
　メイド衣装をはためかせ、一番槍で突っ込んでいくのはステインだ。
　敵を視界に捉えるや、彼女の口調と淑やかな空気は一変した。
「眠ってるダモクレス供を、いちいち起こすなや。死に物狂いで守り切って、さぁこれからだって時に邪魔しに来やがったんだ。恨まれまくって当然だよな？」
　ひとたび戦いとなれば、ステインはその凶悪な一面を隠さない。
　まして相手がイケメンでもない、色気も何もない鉄の魚とくれば猶更だ。
「ここは鋼鉄で生命の未来を支えるすげえ場所なんだぜ？　生命を弄ぶ連中には不釣り合いだろうが！　消し飛びやがれくそったれが！！」
　ステインの咆哮とともに、怒りの爆炎が回廊を包んだ。
　衝撃で振動する空気を切り裂いて、勇名と恭志郎が降下してくる。
「おさかなには、だれも、なにも、あげない」
　勇名が込めるのは、決意。
　命を落としたダモクレスの尊厳を守り、傷つく人々を増やさないことへの想いだ。
「だれかがモヤモヤや、カラコロするのはイヤだなって。それが、ぼくのこころ、なー」
「宣言通り、また来ましたよ。勝って帰るまで、何度だって挑みます」
　恭志郎が込めるのは、怒り。
　人々の暮らしを踏みにじる、異星の侵略者達へ向ける排除の意思だ。
「生きてる人、亡くなった人。そして此処で倒れたダモクレス……彼らを傷つけてまでやる事が、死神勢力の拡大なんですか？　そんな事絶対に許しません」
　二人の叫びは雷光となって回廊を貫き、鉄還リの群れを粉々に打ち砕く。
　次々と死んでいく死神達。しかし彼らの同胞はまるで怯える様子もなく、悠然と回廊の周りを泳ぐのみ。死への恐怖というものが欠落したような者達に、ナザクは淡々とした口調をもって告げた。
「正直な所、お前達の顔も見飽きた。だが――」
　ここで引き下がるほど、俺は「物わかりのいい男」ではない。
　気怠そうにそう呟くと、ナザクは光剣をバリアへ突き刺し、魂の叫びを込めていく。
「レプリカントに、この星に、ダモクレスにも降りかかる災厄があるのならば。脅かす者があるのならば、振り払うだけのこと」
　元より価値観を共有できる相手とは思っていない。
　死神には死神の、彼らだけの矜持と価値観があるのだろう。ナザクはそれを承知の上で、グラディウスの力を解き放つ。
「全部、叩き割ってやる」
　爆炎が夕空に咲き乱れ、東京湾の黄昏を眩しく照らす。
　回廊は傷を増やしながらも、なお稼働を止めようとしない。
（「残るは４本……か」）
　ちらとナザクが空を仰ぐと、エトヴァとウォーレンが降下してきた。
「この地を取り戻す、熱い気持ちが俺たちにはありマス。役目を終えた機械たちにハ、穏やかな眠りヲ」
　人々がこの地で生み出した鋼と鉄。それらを、己の力へと変える事しかしない鉄還リへ、エトヴァは言う。
「鋼鉄に宿るのハ、あたたかな人の心。人の手ガ、鋼たちを活かす未来を描くため」
　ゆえにエトヴァは続ける。
　この地に人々の日常が戻るまで、挑み続けると。
「そウ、何度だって来るのデス。俺たちハ、諦めたりしまセン」
「定命の身だけど、僕らの想いは君達の身体より強い。今こそそれを証明してみせる」
　ウォーレンもまた、グラディウスをバリアへと突き刺した。
　回廊が近づくにつれ頭の中を覆う霞はますます強くなっていく。彼はそれを振り払うと、剣に叫びを込める。地球という惑星のために戦う、ケルベロスとして。
「東京湾マキナクロス。リザレクトジェネシス――戦いを、勝利を、穢させはしない。この地に平和を、笑顔を取り戻すんだ！」
　二人の叫びは回廊とその周辺に徹底的な破壊を撒き散らす。
　雷光と爆炎に包まれた工業地帯に、うっすらと立ち込め始めるのは、グラディウスの力によって生じた煙幕だ。
　最後の攻撃が完了する頃には、ちょうど撤退に利用できる濃度に達するだろう。
　そう、眸と広喜の攻撃が完了する頃には。
「行こウか、広喜」
「おうっ、眸！」
　同時に振り下ろされる、光の剣。
　眸は緑色の瞳で回廊を睥睨し、告げる。
「最早、地球が貴様等に占領される時は終わっタ。後は、残る拠点を潰していくだけだ」
　この惑星に、異形なる盗掘者達の居場所はない。
　この場所は、ヒトの営みを支える大事な場所だ。
「だからワタシ達は守ル。人々の生活ヲ、この力で」
「なあ鉄還リ、分かるか？　お前等が一度も勝てねえ理由が」
　広喜は青い瞳で死神を睨みつけ、言う。
　数え切れぬほどの鉄還リをグラディウスで爆砕し、回廊の主すらも３度に渡って破壊した力の源。それを広喜は鉄還リに向かって高らかに告げる。
「それはな、俺達が皆一緒だからだ。一人の力じゃねえ、皆で支え合うからだ。てめえらがどれだけ硬え体を手に入れたって、そんなもの俺達が全部砕いてやるぜ！」
　最後の叫びが、グラディウスに込められた。
　二振りの剣先に緑と青の光が収束し、二筋の光となって回廊を捉える。
「てめえが弱えって思ってる生体の皆が。いれものだって思ってる俺達が！　いま魔空回廊もろともぶち壊しにいくぜ、鉄還リ！」
　降り注ぐ雷鳴は、二つ。聞こえた轟きは、一つ。
　光を失ったグラディウスを携えて、番犬達は地上へと降下していく。
　完全な静寂が支配する京葉工業地域、その一角にナザクは着地すると、立ち込める煙幕の奥を凝視する。
「さあ……どうだ」
　息を呑む音さえ聞こえそうな沈黙の中、彼の視界に映ったのは――。
　なおも動き続ける魔空回廊の姿だった。
「……４度めにして破壊ならず、か。いけると思ったが」
「きっと次こそは果たせますわ、ジェイド様」
　ステインはグラディウスを収容しながら、耳打ちするように言う。
「私など、６度目にしてようやく破壊出来た回廊もありますゆえ」
「ああ、そうだな。引きずっている暇はない」
　ナザクはほんの少し落とした肩を上げ、グラディウスを収納する。こうしている間にも、次の戦いはもう始まっているのだ。
「よし行こう。スモークが晴れる前に」
「切り替えテ行くぞ。皆、脱出ダ！」
　ミッション地域の外を目指し、番犬達は眸を先頭に離脱を開始した。

●三
　ミッション地域は、死んだような静けさに包まれていた。
　時おり聞こえるのは、煙幕に紛れて疾駆するケルベロスの足音と、散発的な抵抗によって生じる断続的な戦闘音のみ。
　事前に選定したルートをひたすらに駆け続けること数分、巨大なガントリークレーンを望む海沿いの道へと到達した時、その敵は現れた。
「皆さん……」
「ええ。来たようですネ」
　エトヴァが恭志郎に頷きを返した時には、もう８名は陣形を組み終えていた。
　直後、クレーンの先から身を躍らせ降下してくるのは巨大な鉄の怪魚。
　鉄還リ、回廊の主である。
『……――』
「てめぇが親玉か。上等だ、来やがれ骨魚野郎！」
　バトルオーラを一動作で纏うとステインはエトヴァの前に割り込み、鉄の咀嚼を浴びた。
「ぐうぅっ！」
　脇腹から溢れる血が、メイド衣装を真っ赤な色で汚す。
　笑える程に高い火力は、ディフェンダーの守りさえも容易く貫通するようだ。エトヴァは入れ替わるように死神へ飛び掛かると、エクスカリバールを振り下ろす。
「この星に眠るかつての同胞達ヲ、どうか安らかに眠らせてあげてくだサイ」
　地球は、鋼にも魂を宿す星だから。
　そんなエトヴァの言葉を嘲笑うように口を開けた鉄還リの顎が、ふいに鈍く光った。
「光の雨がここに降るから――ずっと僕のことだけ見ていて？」
　それは霧雨を帯びたウォーレンが放つ、『悪魔の嫁入り』。死神の目が怒りに燃え、顎に触れたウォーレンへ向く。
「くらいやがれ！」
　気を引きつけた鉄還リの横っ面を思いきり叩くのは、広喜の轟竜砲。ぐら、とよろめいた死神を凝視しながら、眸はマインドリングを掲げた。
「あの死神、クラッシャーか」
「ああ。間違いねえ」
　ステインをマインドシールドで包み込む眸に、広喜が笑って返す。
「面白え、全力で壊し合えそうだぜっ！」
「ふむ。短期決戦になりそうだな」
「あいつに教えてやりましょう。俺達は、あの時よりも強いって」
　ナザクのブレイブマイン。恭志郎のメタリックバースト。ケルベロスは流れるような動作で攻撃態勢を整え、死神を屠る刃を研ぎ始める。
「うごくなー、ずどーん」
「こちとら腐ってもドワーフだ。そんなナマクラの牙で倒せると思わねえ事だな！」
　宙で身を翻し、更なる攻撃態勢を取る鉄還リ。
　それを勇名の発射する小型ミサイルの爆撃が弾幕で包み、回避力を封じ込める。戦言葉で更に守りを強化するステイン。直後、怪魚の光線がウォーレンを貫いた。
「く……！」
「Verschliesse die Augen.」
　体を強張らせるウォーレンから注意を逸らすように、エトヴァの視線が鉄還リの青い目を射抜く。捉えた者を海の底へと沈める、偽りの記憶をもたらす視線で。
『……――！』
「ウォーレン、今回復する」
　傷を重ね、暴れ狂う鉄還リ。
　ナザクは傷ついたウォーレンの背に手を添え、『紫百合の邂逅』を発動する。
「切り拓くための力を。」
　平行世界から召喚された【彼女】との同調を果たすナザク。その身を満たすのは、失われた治療者としての力だ。癒しの雷を注ぎ込まれたウォーレンは、みなぎる活力に身を任せ、螺旋掌を構えて死神へ迫る。
「あの戦いからそろそろ一年。少しは……地球を好きになってくれた？」
　鉄還リはその問いに、打ち鳴らす歯をもって返した。
　ウォーレンは「そう……」と寂し気な表情を浮かべ、螺旋の力を叩き込む。
「ならせめて、送ってあげる。暗く冷たい冥府の海へ」
『――……！』
「燃え尽きる迄、」
　声なき絶叫を上げてのたうつ怪魚めがけ、恭志郎が刃を振るう。
　白い焔を帯びた一閃が、肉なき魚の骨を焦がし、癒しを防ぐ呪いをもたらす。
「終わりダ、死神。怒りと憎悪に焼かれ、冥府に沈め」
　地獄炎を帯びた火力式機械剣が、眸の膂力をもって振り下ろされる。
　バールで生じた亀裂めがけて叩き込まれた一撃に悶絶する鉄還リ。そこへステインが、怒りをもたらす怪光線を浴びせて挑発を加える。
「こっちですよ、骨魚野郎！」
「すきありー、とりゃー」
　怒りに悶える死神を眺めながら、勇名は簒奪者の鎌を投擲した。それと同時、広喜がよじ登ったガントリークレーンから身を躍らせる。
　怪魚の頭を狙い定め、腕に装着するは如意棒――腕部換装パーツ肆式だ。
「鉄還リ。てめえは勝てねえ、そう言ったろ？」
『――……！！』
　頭骨の装甲を吹き飛ばす、勇名の鎌。
　一直線に降下する広喜。
　大口を開けて天を睨み、迫るレプリカントを砕かんと唸る鉄還リを、
「じゃあな。楽しかったぜ」
　穏やかな声で振り下ろされた直突きが、跡形も残らず粉砕した。

●四
「んぅー。ここまでくれば、だいじょぶー」
　全員の脱出を確認し、勇名は仲間達に告げた。
　重傷者なし。紛失したグラディウスなし。回廊の破壊こそ叶わなかったが、回廊には確実な傷を刻み付けた事だろう。
「皆さん無事でよかったです。本当に」
　想定した最悪の結末が杞憂に終わった事に胸をなでおろし、恭志郎はふっと息をつく。
　そんな彼の視線の先、晴れゆくスモークの彼方には、再び蠢き始める鉄還リの群れ。
　次こそは、必ずこの地を取り戻す――。
　誰ともなく呟いたその言葉を胸に刻み、８名のケルベロスは帰還していくのだった。

作者：坂本ピエロギ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年12月2日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。