クッキー・クッキーキラー

作者:坂本ピエロギ

 街角の一角にある大広場は、大勢の人々で賑わっていた。
 そこで開かれているのは、クッキーマーケット――クッキーを扱う催しである。
 会場のアーチを潜れば、広場には焼いたクッキーの香りが立ち上り、エディブルフラワーの匂いと重なり合う。店先には可愛らしくラッピングされた品や、何十種類というクッキーを詰めた綺麗なガラスの瓶が並び、見ているだけでも飽きる事はない。
 作成コーナーでは生地を型取りして楽しむ子供達や、オリジナルクッキーの焼き上がりに会心の笑みを浮かべる少女の姿もある。広場の一角では、夫婦と思しき老年の男女が、お茶と一緒に戦利品のクッキーを楽しんでいた。幾つかは、家族へのお土産だ。
 そこにあるのは、のどかな秋の一日。
 だが、間もなくこの広場が惨劇の舞台へ変わる事を、彼らは一人として知らない。
 広場を外れた空き家の物置で、今まさに誕生した怪物の存在を。
 廃棄されたクッキー用オーブンの中へと入り込み、四脚型殺人オーブンへと生まれ変わったダモクレスが、この会場へと向かっている事を……!

「皆さんは、『クッキーマーケット』というイベントをご存知っすか?」
 世界中から沢山のクッキーが集まる、とっても大きなイベントらしいっす――ヘリポートに集まったケルベロス達に、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)はそう言って話を切り出した。
「実は、その会場がダモクレスに襲撃される未来が予知されて……」
 皆さんの手で事件を防いで欲しいっすと、ダンテは続ける。
 現場は広場付近にある空き家の物置だ。今から現場に急行すれば、ダモクレスの出現前には到着できるだろう。物置のある庭は戦闘に支障のない広さを備えており、周囲に被害が出ることはない。現地に着く頃には、周囲の避難も完了している。
「敵はクッキー用オーブンのダモクレスで、熱線を放射したりクッキーの幻影で押し潰そうとしてくるっす。皆さんが力を合わせれば、割と楽勝なレベルの相手っす!」
 そうしてダンテは依頼の説明を終え、戦いが終わった後の事について付け加える。
「現場から歩いて数分の場所で、クッキーマーケットが開催されてるっす。戦いに無事勝利できたら、帰りに寄って行くのもいいかなー、なんて思うっす!」
 クッキーマーケットではお店を巡ってクッキーを買ったり、オリジナルのクッキーを作成する事が出来る。『戦利品』は会場で食べても良いし、もちろん持って帰っても構わない。
「こんがり焼けるのは、美味しいクッキーだけで十分っす。それじゃあ皆さん、ダモクレスの撃破はお任せしたっすよ!」
 ダンテは話を締めくくると、ヘリオンの操縦席へ駆けていった。


参加者
月隠・三日月(暁の番犬・e03347)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
月岡・ユア(幽世ノ双月・e33389)
朱桜院・梢子(葉桜・e56552)
紺野・雅雪(緋桜の吹雪・e76839)

■リプレイ

●一
 暖かい北風が吹く、よく晴れた日のこと。
 大広場の方角から漂ってくる焼けたクッキーの匂いに胸を弾ませながら、ケルベロス達は空き家の庭へと辿り着いた。
「ああ、チョコにココナッツにシナモンの香り……楽しみですね」
 ゴスロリの衣装に身を包んだミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)は、心なしかそわそわした面持ちで戦いの支度に取り掛かった。
 空き家の周辺は避難誘導も完了して、シンと静まり返っている。幾つか屋根を跨いだ先に見えるクッキーマーケット会場も、もうすぐ避難が終わる頃だろう。
「素敵な催しを、台無しにする訳にはいきませんね」
「ああ。クッキーを焼くだけの敵なら良かったんだけどな」
 人を襲うなら放置は出来ないと肩を竦め、紺野・雅雪(緋桜の吹雪・e76839)は片隅の物置へ視線を投げる。
「どんなに相手がユニークでも、油断は禁物だ」
「ああ。全力で葬るのみだ」
 螺旋忍者の月隠・三日月(暁の番犬・e03347)が、静かな口調で頷いた。
 忍者は平穏な世界における黒子のようなもの。戦いは静かで、短いほどいい。
「どうやらダモクレスも、支度を終えたようだしな」
 三日月が言い終えるや、ふいに物置が激しく揺れ始めた。
 ピンと張り詰める空気。直後、物置から巨大な怪物が躍り出る。
『クッキィィィィィ!』
 クッキー・クッキーキラー。クッキーを焼く鋳鉄オーブンのダモクレスだ。
 赤々と熱を湛えたボディを支えるのは、先端が尖った四本脚。美味しいクッキーを焼き続けた家具の面影は、最早どこにもない。
「四脚殺人オーブンね……どこぞのB級映画なら良かったんだが」
「あら。小麦のいい香りがするわね、葉介?」
 ダモクレスの前を塞ぐように立つのは、白熊のウェアライダーである笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)と、許嫁のビハインドを連れた朱桜院・梢子(葉桜・e56552)。
「ダモクレスさん! あなたのビスケット、残らず平らげて見せるわよ!」
『クッキィ!?』
 ――ビスケット!? クッキーだっつーの!!
 現代文化に疎い梢子の言葉に憤慨したように、地面を踏みしめて怒るダモクレス。そんな敵をカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は悲しみに満ちた目で見つめて言う。
「どうして幻影なんですか。焼きまくるのがクッキーなら、皆が幸せだったのに……!」
「そうだよ……そしたら、いくらでも食べられたのに……!」
 カルナの隣で、深い同意を示すのはエヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)。そんな二人の言葉になおも怒り狂うダモクレスへ、月岡・ユア(幽世ノ双月・e33389)は悪戯っ子を叱るお姉さんのような口調で言う。
「こら! クッキー作るオーブンが、クッキーのイベントを邪魔しちゃダメでしょー!」
 ダモクレスの怒りは、なおも収まる気配がないようだ。
 もしかして、クッキーのお祭りに参加できずに寂しいのだろうか……ふとそんな考えが、ユアの頭をよぎる。
 もしそうなら、可哀そうとは思うけど――。
「クッキーを楽しむ人たちのために、君は退場しないといけないんだよ」
 ユアは、ビハインドのユエに背中を任せる。
 愛用のエアシューズを装着し、そして――どこか晴れやかな笑顔を浮かべて。
「さあ行こう。ユエ」
『クッキィィィィィィ!!』
 それを見たダモクレス『クッキー・クッキーキラー』は、邪魔なケルベロス達をクッキーで圧し潰してやると言わんばかりに襲い掛かって来るのだった。

●二
 ぱかりと開いたダモクレスの口から、真っ赤な熱線が放射された。
 即座に動いたのは鐐と梢子。灼熱の吐息に身をさらし、ユアとミントの盾となる。
「君が望むものを、焼かせるわけにはいかないのでね……!」
「皆! 私達に構わず、行って!」
 2人の両脇を風のように滑走するのは、ミントとユア、そしてカルナ。ケルベロスの火力を担うメンバーだ。
「そちらのオーブンより、熱い炎を差し上げましょう」
 先陣を切ったのは、魔力宿した茨の靴で駆けるミント。
 紅蓮の炎をまとう蹴りを鼻っ面めがけて叩き込み、ダモクレスを火達磨に変える。
「余所見は、いけないよ♪」
 大きな弧を描いて庭を滑走したユアは、三日月の光蝶で第六感を研ぎ澄ませ、よろめく敵の脚めがけて流星蹴りを放った。
 ぐらりと態勢を崩すダモクレス。視界の前方からエアシューズで突進してくるカルナの蹴りを防ごうと構えた刹那、その体が耳障りな金属音を立てて強張った。ユエの金縛りを背後から浴びたのだ。
『オーブゥゥン!!』
「逃がしません!」
 跳躍と同時に放たれるカルナの蹴攻は、亀裂が生じていた四脚の一本を完全に粉砕した。
「回復は任せて。サポートで支援させてもらうよ」
「明燦、ダモクレスにお返しだ!」
 熱線を浴びて炎上する前衛に回復の光を照射するのは、攻性植物に黄金の果実を結ばせたクレーエ・スクラーヴェ。続く鐐が爆破スイッチに指をかけ、起爆。カラフルな煙幕に鼓舞された鐐の箱竜が、属性ブレスでダモクレスの脚の亀裂をジグザグに砕く。
『クッキィィィ!』
 悲鳴を上げるダモクレス。一方のケルベロス側は、メディックの2名が更なる回復を前衛に施し、速やかに鎮火を図る。
 エヴァリーナはエクトプラズムで作成した疑似霊体、雅雪は攻性植物が結んだ果実が放つ聖なる光。それを浴びた梢子が、短冊に書き上げた和歌をしめやかに披講する。
「夕立の まだ晴れやらぬ 雲間より おなじ空とも  見えぬ月かな」
 具現化した歌の情景が美しいイマジネーションを伴ってグラビティに変換され、炎をかき消した。Vサインを掲げる梢子。そこへダモクレスがオーブンの大口を開く。
 葉介のポルターガイストを浴びるのも構わず、敵の体から溢れ出たのは――。
『クッキィィィィィィィ!』
 クッキーだった。
 メレンゲ、ジンジャー、アイシング。
 プレーン、チョコ、マーブル、シナモン、バニラ、クランチ、ハニー。
 視界を埋め尽くす怒涛のごときクッキー、クッキー、クッキー、クッキー、クッキー。
「な……っ!?」
「おお、これは美味そ……いやいや、あぶない三日月殿!」
 標的となった三日月が、天を仰いでたじろいだ直後、鐐が白熊とは思えぬ敏捷さで地面を蹴り、降り注ぐクッキーを身代わりに浴びた。
「ああ幸せだ……いててて! だ、だが幸せだ!」
「む、無念だわ……!」
 鐐が泳ぐクッキーの海を見つめ、梢子は筆を取る。
「手を伸ばし 霞と消える ビスケット 那由多の星ぞ 涙に滲む」
 幻影クッキーは香りまでもが焼き立てのそれだ。カルナは召還したドラゴンの幻を掌から放ち、ダモクレスを炎で焦がす。
「これ以上焼き上がる前に倒しちゃえばいいんですよね。どんどん焼いていきますよ!」
「ちょっ、待って! その前にこの一撃で殴らせて!」
 言い終えるが早いか、エヴァリーナがアニミズムアンクを握りしめて跳躍。
 エヴァリーナの飢え(と、肉食獣の霊気)を込めた一撃を、敵めがけ叩きつける。
「これまで美味しいクッキー焼いてくれてありがとう。でも幻なのは許せない……!」
 一撃、二撃。
 獣の噛み傷を刻まれて悲鳴をあげるダモクレスに、ミントはドラゴニアンの女性を召喚すると、銃撃と槍のコンボで苛烈な攻撃を見舞う。
「大空に咲く華の如き連携を、その身に受けてみなさい!」
 突きつける銃口から、全てのクッキーを砕かんばかりの勢いで銃弾をばらまくミント。
 槍の刺突をもろに受け、悶絶するダモクレス。
 クッキーの海をかき分けるように泳ぎながら、鐐が妖精の靴で幸せの舞を踊る。
「さあ! 皆に届け、この幸せ!」
「くっ……な、なんだこの微妙な口惜しさは……!」
 三日月が星辰剣で描く守護星座、そして雅雪とクレーエの攻性植物が放つ聖なる光は、鐐の花弁のオーラと共に、前中後衛にあまねく保護をもたらした。
 支援体制は万全だ。それからもダモクレスはあがき続けるが、時すでに遅し。ケルベロスの猛攻の前にじわじわと体力を減らし、そして――。
『クッキィィィ!』
「来たわね。待っていたわ、この時を!」
 梢子はダモクレスに突き刺した血装刺突法の包帯槍を引き抜くと、葉介めがけて放たれた那由他の星を身代わりとなって浴びる。
「ああ素敵……最高だわ、楽園だわ!」
 恍惚の表情を浮かべてクッキーの幻影に揉まれる梢子。
 ユアは名残惜しそうな笑顔を浮かべつつ、エアシューズで終わりの音を刻み始める。
「これは君の為の一曲。さぁ、お手を拝借」
 降り注ぐクッキーの幻影と、踊るユエとをバックに月の光を纏い、『死戯曲―幕間―』の踊りを死出に捧げる舞となす。
「さぁ、おいで? 魅せてあげる。クッキーが舞う甘美なる死の世界を……」
 響き渡る断末魔。それと同時に消滅する那由他の星。
 かくしてダモクレス『クッキー・クッキーキラー』は撃破された。

 数分ほどして――。
「ああ、デウスエクスは倒した。もう安全だ」
「葉介、体は平気?」
 マーケット会場へ入れた三日月の連絡を最後に、現場の後片付けは完了した。
 葉介の口元を拭ってやった梢子をはじめ、ケルベロスが一人また一人と撤収を始める中、ユアは庭の片隅に片づけられたオーブンの残骸にそっと手を合わせ、
「お疲れ様」
 弔いの言葉を捧げると、仲間の後を追いかけていった。

●三
 人々で賑わうクッキーマーケットの一角、手作りクッキーのコーナーにて。
「ユアとユエ!」
「クレーエの!」
「「クッキー・クッキング~!」」
 ユアとクレーエの弾む声と、ユエの拍手が響く。
 調理台の準備は既に整い、3人もエプロンに三角巾姿。慣れた手つきで生地を伸ばしていくクレーエに比べ、ユアはやや緊張気味だ。
「大丈夫、ユア?」
「うん。お料理は苦手だけど……が、がんばるの!」
 クレーエとユエが見守る中、ユアは不器用ながらもクッキー作りを進めていく。
 手から麺棒がすっぽ抜けたり、手が滑って粉を撒き散らしたり、その辺りはご愛敬。
 ときに励まされ、ときにアドバイスを受けて悪戦苦闘を続けることしばし、ついにユアのクッキーが焼き上がった。
「やった、できた!」
「おめでとうユア。美味しそうだ」
 ユアが焼いたのは、猫と星のクッキー。
 精魂と真心を込めて作った一品だけに、その喜びも一入だ。
「そういえば、クレーエが贈る相手は、やっぱり……?」
「正解」
 クレーエが焼いたのは猫と小鳥、そしてデフォルメした女性を象ったクッキー。
 愛する妻への贈り物だという。
「奥さん、喜んでくれるといいけど」
「ふふ、喜んでくれるよ。君が作ったのだもん。ね、ユエ?」
 笑うユア。こくこくと頷くユエ。
 何でもない日常は、こうしてゆっくりと過ぎていく。

 ちょうど同じ頃、他の面子はマーケットに足を運んでいた。
 ミントと雅雪の二人は、店先に並ぶクッキーをあれこれと吟味している最中だ。
「ふむ。これなど良さそうです」
 ミントが目に留めたのは、エディブルフラワーを練り込んだクッキー。ここ最近は冷える日も多く、温かいお茶だけでは少し寂しかったところだ。
「温かい飲み物が恋しい日には、クッキーがあると嬉しいのです」
「ふむ、俺はどうしよう。目移りするな」
 雅雪もまた、店先の品をあれこれと見比べるのに忙しい。
 小麦粉だけで焼いたシンプルなクッキーもあれば、香草を練り込んだものもあり、ジャム入りの洒落たものもあり……。
「よし、これにしよう」
 悩んだ末、雅雪が選んだのはチョコチップクッキー。
 大粒のチョコをたっぷり混ぜて焼いた、甘くほろ苦い一品だ。
「私はもう少し見て回りますが、紺野さんは?」
「俺も行こう。他の店も気になるし」
 美味しいクッキーがあれば、仲間とのお茶の席も盛り上がる事だろう。
 余裕があれば、少し多めに買っていくか……そんな事を考えつつ、旅団仲間でもある二人は人の波へと混じっていった。

「すごいお店の数ですね。これは1日では回り切れないかも」
 カルナは一人、のんびりと会場の店先を回っていた。
 スノーボール、ラングドシャ、シガー型クッキー……ファミリアや友人と共に過ごす一時を思い浮かべ、カルナは頬を綻ばす。
 クリスマスも迫るこの時期、やはり温かい飲み物のお供が欲しい。
 ナッツをふんだんに混ぜたザクザクなクッキーは、珈琲と一緒に飲んでみようか。
 溶かしチョコを片面に浸した大麦クッキーは、ホットミルクがいいか。
 ラムレーズンサンドは、紅茶がいいだろうか……。
「えっ、試食出来るんですか?」
 思い悩むカルナを見かねたように、お店の人がくれた助け舟。それにカルナは喜んで乗る事に決めるのだった。
「ありがとうございます! じゃあまずはミルククッキー、次はバタークッキーを……」
 カルナの買い物袋がずっしり重くなるのは、もう少し先の話。

「ビスケットも色々種類があるのね……!」
 初めて目にする焼き菓子の数々に、梢子は目を奪われた。
 香ばしく焼けた小麦粉の匂いがする。そこに混じるのは、ジャムやカカオの甘い香り。
 お洒落な模様のブリキ缶に詰められた菓子の説明は、聞いているだけでも全く飽きる事はない。葉介も口こそ開かないが、とても楽しんでいるようだ。
「人型のやつは生姜が入ってるのね。体によさそう」
 手のひらサイズのジンジャークッキーや、
「ねえ葉介、あれを見て。白くて丸くて雪みたい!」
 美味しそうなスノーボール、など、など。
 気づけば好奇心の赴くままにお店の全種類を買い込んだ梢子は、会場内の喫食スペースで葉介と戦利品を分け合う。お供をするのは、お茶を注いだ紅白梅のペアカップだ。
「さくさく、しっとり、ほろほろ……色々口当たりも違って美味しいわね」
 葉介との一時を、梢子は優雅に過ごす。

 少し離れた席では、鐐もまた戦利品を堪能するところだった。
「ふっふっふ。さてと」
 木で組んだ頑丈な椅子に腰掛けて、テーブルにドスッと載せたのは、バーボン樽に丸々収まりそうな大量のクッキー。もっとも鐐と明燦にかかれば、ほんのおつまみ程度だ。
「さあ、いただこうか」
 温かい紅茶で胃袋を温め、まずはプレーンを熊の手でひとつかみ。
「うん、美味い!」
 お次は全粒粉で焼いたココナッツクッキー。
 向かいに座る明燦も、クッキーをご機嫌で口に放り込む。
「これも美味そうだ!」
 次はバニラをきかせたクランベリークッキー。
 山と積まれたクッキーが、あれよあれよと二人の胃に消えていく。
「さてさて、次はどれにしようかな?」
 ウォルナットを混ぜた方か、レーズンたっぷりの方か。それとも、それとも――。
 贅沢な悩みを、ふたりはのんびり楽しむ。

「おーい、エリオット殿」
 少し待たせてしまったかなと思いつつ、三日月は小走りでエリオット・シャルトリューと合流した。
「よっ、お疲れさん。無事に終わって何よりだ」
「ありがとう、エリオット殿」
 労いの言葉に三日月は微笑むと、二人でマーケットに向かう。バニラやレモンの香りに胸を満たし、辿り着いたのはイギリスのクッキーを扱う店だ。
 店先に並ぶのは可愛らしく個性的なクッキーの数々。手裏剣みたいなもの、煙玉みたいなもの。特に目を引いたのは、旅団で見かける黄色い箱の携帯食料に似たものだ。
「エリオット殿。この穴開きクッキーは何と言うんだ?」
「お、ショートブレッドか。いい香りだねぇ」
「しょーとぶれっど……では、この穀物を固めた瓦のようなものは?」
「それはフラップジャックだな。紅茶とよく合うんだ」
「紅茶……か」
 ふいに三日月の目が、キラリと輝いた。
「エリオット殿。私はイギリスのクッキーにあまり詳しくないのだが、その……」
 三日月は、良ければここのクッキーと一緒に、と前置きしたうえで、
「エリオット殿の淹れた紅茶も飲んでみたいなー、なんて」
「ああ、いいとも」
 にこやかな笑みを浮かべ、エリオットは頷く。
「買って帰ったら、とっておきを用意しようじゃないか。楽しみにしとくれ」
「ありがとうエリオット殿! そうと決まれば、素敵なクッキーを選ばねば!」
 今日は、とても素敵な日になりそうだ。

「ええっ、展示用!? そんなあ……」
 店員から告げられた無情な一言に、エヴァリーナはがくりと肩を落とした。
 視線の先に映るのは、超巨大なジンジャーマンクッキー。
 クリスマスツリー並に大きなそれを食べられないと知って、エヴァリーナの爆上げだったテンションはすっかり落ちる――。
 と思いきや。
「宜しければ、こちらはいかがです? 型落ち品ですから多少おまけしますよ」
「本当に? ありがとう!」
 エヴァリーナはほくほく顔でクッキーを袋に詰めた。
 プレーン、チョコ、マーブル。見た目こそ不揃いだが、どれも焼き立てで美味そうだ。
 戦利品を手に、マーケット中のクッキーを制覇する勢いで店を回るエヴァリーナ。
 そんな彼女が大事に握るのは、綺麗に放送されたクッキーの小箱だ。
(「ふふっ、喜んでくれるかな」)
 彼女は今頃、どこにいるだろう……そう思って会場を見回していると、人ごみの中に煌く氷をまとった女性の姿が見えた。
「あっ、フリージアちゃん。おーい!」
「エヴァリーナ様?」
 振り向くフリージアに、エヴァリーナは手を振って駆けていく。
 依頼のお礼と共に手渡すのはアイシングクッキーを詰めた箱。
 そうしてこの日、フリージアの大好きなお菓子がまた一つ増えたのだった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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