レイン・ヴェールの街

■リプレイ

●游雨
　キャンバスに描いたような、雨濡れの街並み。
　しとしとと注ぐ雫は絵の具に潤いを含ませるように、景色に艶やかさを与えていた。
「雨、だね……」
　頬に当たる雨滴の優しさに、北見・燈（冬幻燈・e85469）はマフラーにそっと触れる。
　少し冷たくて少し寒い、なのに何処か楽しさを覚えさせる光景で──頷く花見里・綾奈（閃光の魔法剣士・e29677）はぱしゃりと、水の張った道を踏んでいた。
「雨の中は、普段と違った感じの散歩が出来て楽しい、ですよね」
　ですが、と。
　そこで雨空を仰ぐ。
「エインヘリアルがやってくるとなると、放ってはおけません」
　雨のカーテンの向こう。
　高台の上に、巨躯の影があるのが垣間見えていた。
　深緋・ルティエ（紅月を継ぎし銀狼・e10812）はその端正なおもてからひとつ息をつく。
「随分と空気の読めないやつが来ましたね」
「この風情ある景色での殺戮を──止めなければなりませんね」
　そっと声を継ぐのは翡翠・風音（森と水を謳う者・e15525）。碧竜のシャティレが腕に触れてくると、頷きを返していた。
　敵を見据える真赭の瞳は、雨滴を映して真っ直ぐに輝いて。護るという決意をそこに顕しながら、風音は道を奔り始めていた。
　皆も同道して、開けた場所へ移る。
　敢えて視界が通る場へと出たのは勿論、隙を晒すためではなく──。
「高い所で優越感に、浸っているとは、愚かですね」
　敵の目につく場所で、綾奈は挑発の声を響かせていた。
　巨躯──罪人エインヘリアルはおやと視線を下げる。
「君は……」
「こんにちは。あなたも散歩しませんか？」
　ひらりと坂を跳び、目立つ場所へと立って。燈も誘いの言葉をかけていた。
　低地から歩み出るように、天原・俊輝（偽りの銀・e28879）も頷いて。雨に溶けるようで、それでいて確かに耳朶を打つ声を聞かせる。
「お遊びをしたいのならば暫しお付き合いしますよ」
「そういうことだ！　俺達を殺してみろ！　どうした？　怖いか？」
　灰山・恭介（地球人のブレイズキャリバー・e40079）も刀を抜いて声を投げていた。
　来ないならこの遊びは、俺達の不戦勝だな、と。
　猶予を与えず重ねられる誘い文句に、罪人は眉根を動かす。
「……面白いじゃないか」
「興が乗りましたか？　ならば──あなたの得意の狩りを始めましょう？」
　僕は、ここにいますよ、と。
　隠密から姿を現したのはブレア・ルナメール（魔術師見習い・e67443）。コートをふわりと揺らがせて、罪人の傍から低地へと導くように下がっていく。
　罪人は最早迷わず、槍を握って地面へと追いかけてきた。
　その全てが、番犬の作戦通り。
　景臣が華やかな紅い花火を散らせ、仲間を強化すると──。
「行きますよ、夢幻。一緒に頑張りましょうね……！」
　綾奈は翼猫と頷き合うと、聖なる煌きを光の粒子にして拡散していた。
「オウガ粒子よ、仲間の感覚を覚醒させて、下さい……」
　輝きは仲間へと宿り、知覚力を高めて戦闘態勢を整えさせる。
　それを合図に俊輝は刃を振り抜いて、罪人の足元を炸裂させた。同時に美雨──娘たるビハインドも風を吹かせて巨躯の体勢を崩させた。
　僅かに鈍った動きを逃さず、恭介も一閃。深く踏み込んで狐月の斬撃を閃かせ、血潮を散らせていく。
　罪人はよろめきながらも斬風を放ってくる、が。
「清らかなる、風を」
　風音が振るった鎖で翠の魔法陣を描き、爽風を生み出して前衛を回復防護。
　シャティレが陽光の如き治癒の煌きを重ねると、まるで天気雨のような輝きが仲間を万全とした。
　油断できぬと悟ってだろう、罪人は一度空へ飛び退ろうとする、が。
「游びに来たんじゃないのか？」
　それとも怖じ気づいたか、と。ルティエが声を投げれば、罪人は僅かに脚を止め、怒りを滲ませる。
　その一瞬があればルティエには十分。
　跳んで縦に廻り、流麗に撓らせた脚で蹴り落としを叩き込むと──小竜の紅蓮にも焔の息を見舞わせて傷を刻んだ。
　ブレアも低く跳んで、魔力を纏った蹴撃。テレビウムのイエロにも打撃を加えさせて巨体を揺らがせる。
「後はお願いします」
「判りました」
　応えた燈が飛び蹴りで巨躯を傾がせれば──綾奈は雷光を宿した戦斧で刺突。弾ける光と共に罪人を下がらせる。
　罪人は槍を握り直し刺突を返そうとするが──その眼前に朧な紅焔が棚引いた。
　それは滑り込んで刀を抜き放つ、藤守・景臣（ウィスタリア・e00069）。
「させはしませんよ」
　眼鏡の外れた瞳は、藤色に淡く耀いて。
　見据える視線は美しくも鋭い。瞬間、その眼が敵の隙を捉えると──雨中に燦めく直刃の一閃で巨体の腹部を貫いた。

●雨中の刃
　薄っすらとした水鏡の地面に、一層大きな波紋が広がる。
　罪人は地に手をつき、苦悶を零していた。
「……参ったね。折角の雨天に、自分が血を流すとは」
「雨に何かを感じる所までは、同意できるのですがね」
　俊輝が小さく呟くと、風音も頷いている。
「それが命を刈り取る衝動となるのならば、私達は止めるまでです」
「……、雨に、血が混じるのもいいものだよ」
　罪人は抗うように言って立ち上がり、槍を握っていた。
　けれど恭介は毅然と首を振っている。
　雨は肌寒さを感じるが、不思議と落ち着いた気持ちにもなれる。その情緒と、趣きと、快さを実感する自分がいる。
　故にこそ。
「血の雨にそんな趣はない！　そんな雨など降らせるものか！」
　疾駆すると一撃、氷気の斬撃で血潮すら凍らせる。
　ふらつく巨躯は間合いを開けようとするが──激しく降りしきる雨滴がそれを許さない。
　俊輝の『洪霖』。注ぐ雫は絹糸のように美しくも、刃の如き鋭利さで巨躯を縫い止めた。
「今のうちに攻撃を」
「ああ」
　踊る銀の髪に、雫を鮮やかに弾かせて。ルティエは走り込むと同時に獄炎纏う黒刃を振るい、弾けた地獄を紅の飛電へ変えた。
　紅月牙狼・雷梅香。大狼となった煌きは、罪人の膚を食い破り、骨をも噛砕する。
　血を吐く罪人は、堪らず屋根上へ跳んだ。
　けれど景臣は惑わず声を放つ。
「そんな所に立っておられては遊ぶに遊べませんよ？　それとも──貴方は安全な場所からしか攻撃出来ない臆病者ですか？」
「……言ってくれるね」
　罪人は再び跳んで、槍で突き下ろす。が、景臣は厭わずそれを受け止めると、凍える紅炎を渦巻かせていた。
　放つ反撃は『終焉』。罪人の運命を告げて見せるよう、苛烈な斬撃が胸部を裂いていく。
　景臣の傷も浅くはない。けれど、晩秋の雨天にふと春の風が吹き抜けた。
　──春を謳う命の想いと共に響け。
　響くのは歌声。
　魂を濯う、風音の『花と春の二重唱』。花と春の女神が歌い踊る様を描く旋律が、降り注ぐ雫を慈雨に変えて景臣を癒やした。
　綾奈の傍から飛び立つ夢幻が羽で撫でれば、傷は万全。綾奈自身は素早く攻勢に映り、戦斧を雷で煌かせていた。
　罪人は槍で斬り込んでくる。けれど綾奈は怯まず打ち合って。
「退き、ません。負けられない、ですから……！」
　風をも刃に巻き込んで、光の嵐の如き斬撃で巨体の傷を抉ってゆく。
　滂沱の血潮を零しつつも、罪人は下がらない。最早逃げることも無駄と悟ったのだろう。
　故に殺意は一層深く見えたが──ブレアの相貌に恐怖の色はない。
「此方ですよ」
　命を懸けた鬼ごっこも心の底ではどこか嬉々として。戦いも、敵の心にも興味を抱いて止まぬよう、あしらいながら鋭い斬打を喰らわせていた。
　巨躯は朦朧としながらも刃を振り回す。それは遊戯ではなく、最早本能だけで行う獰猛な狩り──故にこそ燈は、譲らない。
「斬られないよ」
　襲いかかってくる刺突を、刃で弾き返して。
　どこまでも静かな空気を湛えたまま──繰り出す剣閃は鮮烈に。光耀く刃を真っ直ぐに突き出し巨躯の胸部を貫通する。
　血煙の中で罪人は命を手放すまいと、腕を泳がせる。
　けれどそこに慈悲を与える恭介ではなく。
「息の根を、止めてやる」
　風を取り残す速度で罪人のゼロ距離へ。
　振り抜いた『我流剣技・神速斬』が、名の如く。死を実感する暇すら与えずに、罪人の命を両断した。

●雨の散策
　さらさらと、透明な雫が街に注いでいる。
　戦いの痕を癒やすと、すぐに景色は元通り。剣呑な空気も雨に流れていったように、長閑な雨音が昼下がりを彩っていた。
「これで、やるべきことは出来ましたね」
　ブレアは街並みを見渡す。
　道には人通りも戻り、遠くには子供のはしゃぎ声も響く。そこにあるのは何処までも平和な光景だった。
　皆がそれぞれに歩み出していくと、ブレアもまた歩く。初めて訪れた街ならば、勿論興味を持たないではいられないからだ。
「少し眺めながら、帰ろうかな」
　呟くと、足元にイエロも駆け寄って。共に雨の中を進んでいった。

　小さな粒で降る雨は、地に触れる音も優しく穏やかだ。
　景臣は耳障りの良い音色の中、その足取りを花園へ向けていた。
「濡れそぼつ自然は、さぞや美しい事でしょうね──」
　静やかな庭園に入ると、広がるのは期待に違わぬ景色。花々が透明の色彩を帯びて、淡く光を反射している。
　そんな静かに咲む子等を眺めていると──。
「おや」
　視線の先には小さな鳥の巣。数羽が雨に降られそうな位置にいた。
「凍えてしまっては大変ですね」
　景臣は持ってきた傘をその上に乗せて、雫から避けさせてあげる。するとちゅん、ちゅんと小鳥が鳴いて、お礼を言っているようだった。
　微笑む景臣の方は、凍えるような雫で身を冷やしてしまうけれど──それが何処か心地好くも感じられて。
「はは、これで風邪なんて引いたら怒られそうですね」
　声音は優しいままで。ゆっくりとその場から歩いていった。

　肌に触れる雫も、何処か快い。
　ぱたぱたと羽ばたく紅蓮と共に、ルティエは散歩している。
　丁度目の前は花園で──秋桜に秋薔薇と、開花期を過ぎて落ち着いた花々が、淑やかな景色を形作っていた。
「いい匂い──」
　雨の薫りに、仄かに花の芳香が交じって、漂うのは清らかで甘い風。
　何より雨粒が地面と花弁を優しく叩く音が、まるで音楽のように耳朶を撫でて。それが心を安らがせて足取りも少し軽くなる。
　艶めく銀髪を、雫が伝ってぽたりと落ちる。そのひんやりした感触も、こんな景色の中だと心地良くて。
「雨に濡れながらの散歩もたまにはいいね」
　のんびりと歩みながら言えば、紅蓮も同意するようにひとつ鳴き声を零すから。
　ルティエはやわく笑んでまた雨の中を歩んでいく。

「さて、少し街を見て帰りますか、美雨」
　建物のひさしから空を覗き、俊輝が言えば──美雨は嬉しそうに頷いていた。
　雨は決して弱くは無いけれど、細糸のような雫は立てる音も柔らかだ。だから耳にも楽しくて──早速俊輝は傘を差して、二人並んで進み出す。
　晩秋の風は少し冷たいけれど、雨の潤いはどこまでも肌に優しかった。
　それに──。
「……ああ、海が近いのですね」
　俊輝はふと実感するように遠くの方向に視線をやる。
　感じられるのは、雨の中に混じる潮のかおり。鼻先を擽るそれが、遥か遠方の景色まで想起させるようで。
「これもまた趣がありますね」
　俊輝が呟けば、美雨も肯定を示すように仄かな笑みを見せていた。
　そうしてその芳香を辿るように暫し進みながら──ゆったりと二人は帰路へついていく。

　家並みが雨のヴェールに覆われて、描きたての絵のように美しい。
　眺める全てが雫色を帯びる──そんな景色を風音は歩んでいく。
　鮮やかなのは建物ばかりではなく。街路樹も雨滴を浴びて生き生きと翠を息づかせ、その色味を映えさせていた。
「雨は天の恵み、ですね」
　穏やかな笑みで呟くと、ぴゃう、と声が聞こえる。
　見ればふわりと羽ばたくシャティレが花園を眺めていた。
　そこには秋の花に交じり、咲き始めた山茶花やパンジーまでもが雨に艶めいている。
　花が潤い、自然が喜んでいるのが判る。だから何となくシャティレも嬉しそうで──それを見る風音も同じ気持ちになった。
「こういう雨は落ち着いて、綺麗で……私も好きです」
　響く雨音も、その雫も。
　元気な自然も全てが好きだから。シャティレが再び寄り添ってくると、風音は優しく撫でながら──また、一緒に歩んでいく。

「雨、とても綺麗、ですね……」
　綾奈は道を進んで散歩に出始めていた。
　雨に濡れないように、しっかりと傘は準備してある。広げたその中に、夢幻も入れてあげて──共に真っ直ぐ歩いていた。
　眩い陽射しの日に比べると、雨の街は昼下がりでも明度は低い。
　けれど空気は決して暗くはなく、水音を上げて走っていく子供達は笑顔だ。
「平和、です……」
　綾奈はそんな実感と共に歩む。
　静かになっても、雨音が傘に触れるぽつぽつという音が途切れず、無音にはならない。それが長閑な空気を運ぶようで、街全体が和やかに思えた。
　大きな水たまりがあれば、それを避けて歩いて。花々も雨にそよいで踊っているようだ。
　眺めるほどに、晴天とは違う景色が見られる。
「雨の中の散歩。楽しい、ですね……」
　すると夢幻が小さく鳴き声を返す。綾奈はもう少し、散歩を続けよう、と──道を変えてまた歩いていく。

　少しだけ、雨が強くなってきたろうか。
　雨の模様も一瞬たりとも同じ瞬間はなく、時に強まって時に弱まる。
　少し勢いが増すと、全身が快い冷たさに満たされるようで──恭介は一人その中を歩んでいた。
「まだまだ、降りそうだな」
　髪から軽く水を払って、恭介は空を仰ぐ。
　今は、雨粒を除けてもすぐに濡れてしまうほどの勢いだけれど……不思議と不快な感覚は無かった。
　この雫は何処までも澄んでいる気がする。
「この雨と共に、世の中の悲しみが洗い流されてくれるといいものだな……」
　だから恭介はそう祈った。
　世界にある嫌な想いや、辛い気持ち。それをこの雫が落としてくれればいい、と。
「……」
　願いが天に届けばいい。
　それでも、もしまた敵が現れて人々を苦しめるなら──自分が力を賭そう、と。そう思って視線を下ろし、恭介は去っていく。

　マフラーを巻き直して、風から首元を守る。
　燈はそれをしっかりと確認してから散歩に歩み出ていた。
　雪ほどではないけれど、雨を含んだ空気もよく冷える。増して冬も近づく時分、時間ごとに温度は下がっているのは確かだった。
　そんな街を燈は眺めながら進んでいく。
　雨天だから閑静だけれど、閑散とはしていない。緩やかな静けさ、或いは快い微睡みのようにも感じられるだろうか。
「たまには、こういう散歩もいいかも──」
　ゆったり寛ぐというのはまた違うけれど、心が休まる気もする。
　だからもう暫し歩いて行こう、と。燈は高台への坂へ登った。
　すると街を一望できて、美しい。
　高い場所だと雨に少し距離が近づいたような気もして──燈は空も眺めてから、坂を下りて帰り道へ進んでいった。

作者：崎田航輝	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年11月29日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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