忘れられた楽園

作者:四季乃

●Accident
「いくら繁茂力が高いって言ったって、こりゃあ無いでしょうよ」
 黒いウィンドブレーカーに両手を突っ込んで仁王立ちするのは、まだ幾らか幼さが窺える10代後半の少年だった。目付きの悪い三白眼は今や厭きれを含み「参ったなぁ」「どうすっかなぁ」などと独り言が零れて落ちていく。
 少年の目の前には一面の葉っぱが生い茂っていた。正確にはマメ科クズ属つる性の多年草――葛である。
 この広大な庭園は元々少年の祖父が所有していた物なのだが、亡くなった折に庭園の所有者が宙に浮いてしまった。父母が相続を突っぱねてしまったのだ。そのため叔父夫婦が跡を継いだものの、思いのほか手入れなどが煩わしかったのか、あるいは利益を得られないと思ったのか、今や見捨てられてしまい植物が謳歌する荒れ地となっている。
「じっちゃんが見たら悲しむだろ、これ」
 大きなため息を吐きながら、少年はバッグに視線を落とす。雑草を引き抜けば少しは見栄えが良くなるのでは――そんな風に思いついた自分の考えが、実に甘かったことを目の当たりにして、ほんのちょっぴりあったやる気がすっかりマイナスに振り切ってしまっている。
 こういう土仕事は嫌いだ。でもじっちゃんは好きだ。葛餅も好きだ。でも疲れることは嫌いだ。
「あーあ、なんでじっちゃん死んじゃったんだよ」
 今ごろ空の上でたらふく酒を飲んでいるだろう祖父の笑い顔を思いだし、少年はまた、溜め息を吐いた。
「しゃーねぇ。ぐちぐち言っても終わんねぇわな」
 とりあえずやってみっか。
 ウィンドブレーカーの袖をまくりあげ、両手に軍手をはめる。さぁ引っこ抜くぞ、と手を伸ばした葛の葉が、さわさわっと揺れた。
「おん?」
 実に奇妙なことに、風もないのにその葛の葉は動いていた。少年が掴もうとすると、逆に”掴まれて”しまうではないか。手首にぐるりと巻き付いたつるが螺旋を描くように這いあがってきて、あっという間に首に絡む。
「うわ、なんだやめっ――」
 一瞬で少年の声が、消えた。

●Caution
「葛には”恋の溜め息”っていう花言葉があるそうですよ」
 素敵ですねぇ。セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は頬に掌を当ててうっとりした。けれど傍らに立っていた比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)にツンツンと肘で突かれてハッとする。
「ンン……ええとですね、実はこの葛の攻性植物が確認されたのです」
 なんらかの胞子を受け入れてしまった葛の葉が変質しただけでなく、たまたま場に居合わせた少年に襲い掛かり、宿主にしてしまったらしい。

 攻性植物は一体で、配下といったものはない。
 取り込んだ一般人は十九歳の少年だそうだ。一体化してしまっているので、普通に攻性植物を倒すと、彼も命を落としてしまうだろう。だから今回は相手にヒールをかけながら戦う必要がある。ヒールグラビティを敵にかけても、ヒール不能ダメージは少しずつ蓄積するので、粘り強く攻性植物を攻撃して倒す、という作戦だ。
「取り込まれていた少年を救出できる可能性が少しでもあるなら、助けてあげてほしい」
 アガサの言葉に頷いたセリカは、古いパンフレットを取り出した。どうやらそれは、現場の庭園のものらしい。開くと地図が載っていた。
「場所は丁度この辺り……屋敷の裏側ですね。ただ葛は繁茂力が高いため、とても広い範囲に渡って増殖しています」
「もし花が咲く頃だったら、匂いがすごいことになってたかもね」
 花言葉の「恋の溜め息」というのは、その甘い芳香から来ているらしいのだ。「どんな香りなんでしょうねぇ」思案するセリカの言葉に、アガサがちいさくフッと吐息を漏らす。
「少年は元々辺りの葛を処分するつもりだったみたいだから、あまり過敏にならなくてもいいと思う」
 きちんと取捨選択はしているらしい。
 だから人に害を成す前に、この庭園で終わらせてあげてほしいのだ。
「寄生されてしまった少年を救うのは大変だと思いますが、きっと皆さんなら救出してくれると信じています」
「くれぐれも、油断しないように。……まぁ、そんな心配、必要ないかな」
 セリカとアガサの激励に顔を見合わせたケルベロスたちは、表情を引き締めて強く頷き合った。


参加者
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)
ブレア・ルナメール(魔術師見習い・e67443)
アルセリナ・エミロル(ネクロシーカー・e67444)
オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)

■リプレイ


 鎌首を擡げた葛の葉がそよぐ。
 四肢に絡み付いた蔓は、宝物を隠す子どものような仕草で奥へ奥へと少年を仕舞い込むと「さて次は」とでも言うかのように”足”を踏み出した。
 ――パンッ!
 その時だ。意思を持って揺らめく葛の葉の触手が、根元から削がれた。ボトリ、と意外にも鈍い音を立てて一塊が落ちる。
「どこにも行かせないわよ」
 リボルバー銃・Thanatosの引き金から指を離したアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)に気が付いて、葛の葉が反射とも思える素早さで蔓をしならせる。しかしそれは、ちょうど着地と同時に攻撃態勢に入っていたアルセリナ・エミロル(ネクロシーカー・e67444)の躯体を目掛けていた。
 大きなうねりが落ちてくる――そうと思われた矢庭に振り下ろされたのは、昼日なかにも関わらず眩く煌めくルーンアックスだ。
「大丈夫ですか、お師匠様!」
 空から降下する勢いのままに叩き切った弟子ブレア・ルナメール(魔術師見習い・e67443)の呼びかけに、悠然と頷きを一つ返したアルセリナの表情は常と変わらない。
「この手の依頼はかなり久しいわね。上手くやっていきましょう」
 大地を蹴ってその懐に潜り込むように間合いを詰めた彼女は、葛の葉の巨体を真下から蹴り飛ばす。周囲の同類を巻き込んで全身を投げ出した葛の葉、その下肢から伸びて束になった太い触手が今度こそ肉を打った。
「つぅっ……!」
 ブラックスライムを捕食モードに切り替えていたオルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)は、身に奔る痛みに碧眼を眇めたものの、テレビウムのイエロに励まされすぐさま癒しを得る。眼前でおちょくるように右へ左へ揺れる蔓に向かい、今度こそレゾナンスグリードを放った。
 がぱり、と大きな口を開けて喰らい尽くそうとするブラックスライムを見て、葛の葉も触手の先に密集させた葉で疑似口を作る。真正面から対抗する双方の牙が喰らい、喰らわれ、声無き断末魔が鼓膜の奥で震えた気がした。
 アニミズムアンク・Hummingを振り上げて、敵に向かって大自然の護りを起こしたのはクラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)。クラリスの身体と葛の葉を結ぶ、透明できらきらと瞬く霊的な糸を一瞥した比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)は、アウレリアたち前衛に向かって紙兵を放った。
「花言葉は『恋の溜息』だとか。このわっさり繁殖した様子じゃ溜息どころか百年の恋も冷めるんじゃないの?」
 一斉に飛び立つ紙兵たちは柔らかな風を伴っている。その清浄なる息吹は夜朱によって齎された純白の一陣だ。途中で分かたれた風はクラリスと千翠を包み込んだ。
「そんなことよりも、このわっさりもっさりを倒してイブキを助けてやらなくちゃね。じっちゃんの為にも」
「うわぁ……すげえなこの、こうもなるかぁ……」
 抜かりのない回復を横目に見ていた瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)は、改めて蔓延る葛の葉の海に少し瞠目していた。のびのびと荒れた敷地は足の踏み場がないほどで。荒れまくりな庭の手入れは灰も経験があるために、その面倒臭さが良く分かる。
 けれど、思い出の庭を放っておけなくて、自分から動いた彼に敬意を表する。
「しっかり掃除してやるよ」
 まだ見えぬ少年イブキに向かい、呼びかける。
 ――ケルベロスが助けに来たのだ、と。
「多少痛いだろうがそこは耐えてくれ」
 掌に乗せたガネーシャパズルが発光した。その輝き満ちる光の奥から現れたるは、怒れる女神だ。カーリーの幻影が葛の葉の巨体を叩き付けるような気迫を以て射抜いたかと思えば、その光ごと飲みこむように、自分の輝きにさえしてしまった黄金に輝く満月。
「満たせ。盛りを映せ」
 ただ葛の葉だけを照らす月、その幻影は望月の宴。
 長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)の仕草一つで出づる月光は、総身の傷を瞬く間に癒していく。その霏々として落ちる眩しさに目を細めていたアウレリアは、アルベルトがアケディアと共にどさくさに紛れて挟撃を仕掛けたのを見計らい、竜を象った稲妻を呼び起こす。
「辛いでしょうけれど、絶対に助けるからもう少し頑張って」
「大丈夫、心配ない。ケルベロスは諦めを知らない、あなたが犠牲になることも決して良しとしない」
 具現化した光の剣を手にしたオルティアは、強く後ろ脚を蹴り上げたかと思うと、次の瞬間、アウレリアが解き放った稲妻と並走。
「だからどうか、安心して」
 振り下ろされる鞭を見上げつつ、払われたマインドソードの切っ先が葛の葉のおよそ腹部とも呼べる辺りを切り開く。背面へと貫く稲妻が空に奔ると、強い発光によって仄暗さに隠れた葛の葉の深層が照らし出された。
 ほんの一瞬だった。
 青白い、生気が抜けたようにぐったりとする少年イブキの顔が、微かに見えたのだ。
 アガサがクラリスと千翠らに紙兵を散布してくれるので、じっくりと攻性植物の観察に勤しむことが出来ていたブレアは、敵の背後と思しき方向に回り込むと、味方を打ち付ける蔓に向かいシャドウリッパーを叩き込む。
「攻性植物は、今回のレプリゼンタも含めて興味深い実験対象です」
「大阪城の主だった種族なわけだし興味は尽きないわ。死骸はどうせすぐに消えてしまうだろうから解剖なんてことは出来ないでしょうけど」
 アルセリナの言う通り、切り落とされた体の一部は、地に落ちると瞬く間に霞になるか、朽ちて粉々になるかのどちらかであった。
「ほら、ブレア。アンタも考えなさい。なぜ敵は地球上の植物にそっくりなのかを。もしかしたらそういう所にヒントがあるかもしれないわよ」
「はい! お師匠様」
 弟子の元気な返事にゆるく瞬きを零したアルセリナは、大きなセントールランスを両手で回転、構えると同時に素早い動きで葛の葉の下肢を穿つ。一部、陽に褪せた紙のように色がくすんでいるのを見つけた千翠は、
「よし、一度回復を入れるぞ」
 そう言って、再び巨大な満月の幻影を呼び出した。
 攻撃されて、でも回復されて。一体何をされているのかと不思議そうに蠢く葛の葉、その奥で苦痛を浮かべるイブキに向かい、千翠は呼びかける。
「取り戻したいものがあるなら、尚更助かってもらわねーと困るよな。全力を尽くすから、少しだけ根性見せろよ……!」
 その時だ、ゴゴゴと大地が揺れたかと思えば、周囲の葛の葉が一斉に津波のように襲い掛かってきたのは。
「夜朱、頼んだぞ」
 ケルベロスなぞ簡単に呑み込んでしまえる大きな怒涛、ゾディアックソードを斜に構えて苛烈を受け止めた灰は、共に攻撃を庇い受けたちいさきものを見やる。身に奔る痛烈な鋭さに目を眇める灰を見て、常盤緑色の目をしたサバトラ猫は鷹揚に頷くと、その場でくるりと飛翔。邪を祓う風は傷付いた肉体を癒し、イエロによる応援も相まって皆の活力は更に高まっていく。
 灰はそのまま、クラリスへと向かう触手に向かい刀身を振り下ろす。真っ直ぐ、迷い無く落ちた刃が蔓を叩き斬ると、アルベルトの金縛りが葛の葉を捕らえた。クラリスはアケディアと共に敵へとヒールを行うと、その青々とした葛の葉の色が褪せた写真のようなセピア色に成るのを見た。
「大事な人から受け継いだもの、守りたいものがあるって、とても素敵なことだよね」
 撫子色の瞳が少年を追う。その青白く抜けていた表情に、ほんのりとした熱が灯る色を見つけた。
「……折角の葛がこうなってしまったのは残念だけど、イブキさんの命とその尊い想いが潰えてしまうのが一番つらいから」
「哀しみの光景ではなく、貴方の手で彩りを取り戻したこの園を空の上のお爺さんに見せてあげましょう」
 一歩、前に出たアウレリアが言葉を継ぐ。
 悪戯に戦いを長引かせ過ぎぬように、堅実に仲間と声を掛け合うことで攻撃と回復を調整しつつ、アウレリアはThanatosの銃口を持ち上げる。狙いを定められていると分かった葛の葉が、大きな口を形作って威嚇のような気迫を見せた折、颯爽と彼女の前に出て身を挺した灰が黒光を照射。すぐさま飛び退くと、引いた瞬間を狙って撃ち出されたクイックドロウの弾丸が、その大口の中央に孔を開けた。瞬間、葛の葉の口、その根元から断ち切る稲妻突きが奔れば、高々と跳び上がったアルセリナが反対の触手を叩き割る。
「長久さん、回復をお願いします」
 ゲシュタルトグレイブからルーンアックスへ持ち替えながら、敵の仔細を窺っていたブレアが名を呼ばう。
「はいよ、任せときな」
 千翠から放たれる煌々とした望月の宴に満ちた葛の葉の総身が癒えていく。けれど、確実にその姿は小さくなっていた。当の攻性植物は、そんなことに気が付いていない様子で猛威を奮っているつもりらしい。
 ブレアたち後衛を一絡げにした葉津波に対し、アガサと夜朱がすぐさま紙兵散布に絡めた清浄の翼にて回復に当たると、翼のように大きく葉を広げた葛に向かいオルティアの四つ脚が大地を蹴る。
「庭園の思い出を、あとで聞かせて。今は聞こえてなくても、約束。約束を破るような人じゃないと、勝手だけれど――信じるから」
 一気に駆け出したオルティアの片手に握られたバスタードソードが陽の下で閃く。高く飛び跳ね、太陽の影から姿を現した彼女の一閃が右方の葛の葉一帯を切り落とすと、アケディアとアルベルトが一緒になって左方の葛の葉を削いで見せた。
 ”恋の溜め息”と聞けば、そわそわとして胸がくすぐったい。少し前まではこんな気持ちになんてならなかったのに、何だか不思議な感じがする。
(「人の心も植物も、一度芽吹き始めたら止まらないのかな」)
 クラリスは子供から徐々に変わりつつある自分を自覚しながら、
「焦がれる気持ちは止まらない。ハートが送る電気信号で、今夜私だけに教えて、夢の中逢いに来て」
 と歌を唇に乗せる。それに、家族のことが大好きなのは自分も同じ。
「イブキさんとおじいさんを繋ぐこの場所で、悲劇は起こさせないよ……!」
 瞬間、エレクトロ調のサウンドと重く響くビートにも似た振動が葛の葉の爪先から頭の天辺にまで駆け巡る。
 すぐ傍では、イエロがぴょんこぴょんこと飛び跳ねながら応援動画を流していて、ケルベロス側の回復は十分だ。ゆえにかイブキ少年が今にも葛の葉から零れ落ちそうなほどに姿を現した刹那には、少し気が急いてしまった。
「焦りは禁物、ですね。あともう一息です、皆さん頑張りましょう」
 ブレアの呼び掛けに、しっかりとした頷きが返ってくる。
 焦らず、けれど確実に。長引かせることなく、的確に。ケルベロスたちは一斉に動き出す。
 活路は見えた。
「すぐ、終わらせる」
 それは癒しの青。
 アガサの指先から揺蕩う白群が傷付いた灰の肉体を癒すと、彼は片手を挙げることで感謝を示し、そのままカーリーレイジで攻撃。狂乱に陥る葛の葉に向かい疾走するオルティアのマインドソードが下肢を払い、クラリスが自分と対象と、そして大自然とを霊的に接続。頃合いを見計らったアウレリアが、金縛りで全身を絡め取るアルベルトの傍らからマルチプルミサイルを発射すると、押されに押されてよろけた敵へと千翠が最後の宴を披露する。
 その左右から飛び掛かったアルセリナとブレアが、イブキの身体に絡み付く蔓をダブルスカルブレイカーで根本から削ぎ落とすと、まるで張り詰めた糸が切れたように葛の葉が崩れ落ちた。内より転がり落ちる少年の身体を受け止めた師弟が攻性植物を仰ぐ。
 それは、冷たい木枯らしに吹かれると、ほろほろとした屑となって一瞬で崩れた。


「良い事? 葛を甘く見てはいけないわ。数は膨大で根は深く、手で掘れる位置にある根は此方の目を欺くダミーよ。地下深くにある本丸を討たなくては殲滅できず、中途半端に刈り取れば更に頑健さと生育速度を増して再生してくる。連中と本気で戦うのであれば薬剤か草刈り機を使いなさい」
 婚家の古い日本家屋で雑草と闘う歴戦の闘士――もとい主婦の顔をして至極真面目に言葉を連ねる彼女の様子に、少年の背筋が伸びる。
「なるほど……草刈り機」
「これだけの敷地を一人で手入れするのは骨が折れるわな。じいさんも大変だっただろう」
 灰の言葉に「どうだったっけかなぁ」と空を見上げるイブキの顔色はとても良好だ。複数人で念入りにヒールを施せば、あれだけの戦闘がまるで嘘みたいに元通りになってしまった。少年にしてみれば、夢を視ていたくらいのものだろう。
「庭のお手入れ、私にも手伝わせて」
 両の掌を合わせてにこりと笑ったクラリスが進言すると、イブキは一人臨んでうっかり攻性植物に巻き込まれてしまったのが恥ずかしいとでも言うかのように、後頭部をガシガシ掻いた。
「何か、悪いな。でも、あー、正直助かり、マス」
「この辺りはもう根こそぎやっちまってもいいのか?」
 袖をまくり上げた千翠が、裏庭に蔓延る葛の葉と雑草を指差すと、イブキは頷いた。どうやら葛の葉は元々表に少しだけ生えていたもので、それが年月を経て裏庭にまで回り込んでしまったというのだから、驚きだ。
「んじゃ、遠慮なくやらせてもらうぜ」
 怪力王者を発揮して、草むらに手を突っ込んだ千翠は根元を引っ掴むと、おらーと一気に力を籠める。まるで一本釣りのようにぶちぶちと連なって引っこ抜ける葛の葉を見上げ、アルセリナとブレア師弟はパチパチ拍手。
「。地道に抜こうとしてた俺ってやっぱりバカなんじゃ?」
 口端を引き攣らせながら、それでも楽しそうに笑みを零すイブキ少年。その顔を、ズイと覗き込んだアガサは目を細める。思わずと言ったように、まじまじとその顔をガン見するアガサの迫力に、少年が大きく仰け反る。
「な、なに……」
 どこかで見たような目つきの悪さ。でもアガサは沖縄生まれの沖縄育ち。
(「このあたりに親戚はいないはず……はずなんだけど」)
 何となく生まれた親近感、でもそれを知らぬイブキは「?」をいっぱい飛ばしている。
「……まぁ、無事でよかった。ついでに葛も何とかなったみたいだし」
 するりと目を逸らし、すれ違いざまその肩を叩く。一人完結する彼女を視線で見送り、イブキは大きく頸を傾げてみせた。その隣にそっと肩を並べたオルティアは、庭が徐々に広々とした姿を取り戻す様を見て、相好を少しだけ、和らげる。
「かつてはさぞ立派だったと、それは私にも見て取れる、けど。本来の姿は、私が想像するよりも……きっと、一入に。だから、教えてほしい。どんな光景だったか、と……ダメ、です?」
 それはきっと、戦いが終わったあとの安心から零れた僅かな素顔。
 きょとん、と目を丸くしたイブキは、庭を見渡し、あちらこちらで藹々とするケルベロスにかつての賑やかさを重ねて見る。
「聞いてくれたら、じっちゃんも喜ぶよ」
 草むしりしながらね。
 イブキはそう言って、今日一番の笑みを見せた。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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