忘却の赫

作者:四季乃

●Accident
「わ、綺麗……」
 それはまるで誘うように、導くように。帰路に着いていた君影・流華(ウタカタノウタウタイ・e32040)の眼前に現れた。十五センチほどに切られた竹の中に蝋燭が立てられていて、宵闇もとうに紛れた夜半を仄かに照らしている。何かの祭りでもあったのか、あるいは行事ゆえか。少し先に見える、竹林の先に構えたお寺まで、それは続いているようだった。
 耳を澄ませば、祭囃子が聞こえてくる。何だか気持ちが浮き立つような気がした。ふよふよと顔の近くで飛んでいたボクスドラゴンのセラフも、ひくひくと鼻先を鳴らしたりして、興味津々だ。
「行って、みる?」
 セラフを腕に抱きこみながら流華が問うたとき。
「あら、お祭りでもあるの?」
 知らぬ女の声がした。
 咄嗟に背後を振り返り警戒態勢を取った流華は、左右に連なる竹灯籠の小道、その奥に一人のドラゴニアンが立っているのを見た。なぜ種族が分かったのかと言えば、彼女の背中から生える両翼が自分の翼とよく似ていたからだ。覚えのあるシルエットに、一瞬気を抜きかけた。しかし。
「セラフ……?」
 喉を鳴らして牙を剥くセラフの様子に、ただ事ではない状況を知る。そっと前方の人物を窺いながら、すぐにでも駆け出せるように、戦えるように心の準備と体勢を整えていると、
「見ぃつけた」
 至極嬉しそうな、笑い声がした。
 背筋に氷が走ったような悪寒に身が硬直する。からん、ころんと辺りに響く下駄の音がやけに耳についた。どきどきと跳ね上がる心臓、知らず浅くなる呼気のせいで息苦しい。
「アナタ、誰……?」
 やっとの思いで出した声は掠れていた。
 掌にじんわりと浮かぶ汗、小刻みに揺れる膝。何故だろう、ワタシは”あれ”を知らないのに、どうしてこんなにも身体が反応するのだろう。ゆっくりと近付いて来る女性から目が離せない。そうして唐突に、流華は理解した。
「ふふ、だぁれだ?」
 あれはドラゴニアンではない。
 ドラグナーだ。
 自分に向かって振り払われる真っ赤に血濡れた刀を見上げて、流華は瞠目した。

●Caution
「君影・流華さんがデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました」
 それなのに、流華と連絡が取れずにいる。セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は両手を固く握りしめ、強い眼差しでケルベロスを見上げた。

 宿敵の名は死音。
 ドラゴニアンばかりを狙うドラグナーで、性格は残虐非道。相手を徹底的にいたぶり殺害する加虐性を持っている。救援に向かわなければ、流華は恐ろしい目に遭ってしまうだろう。説明するセリカの口調も、いささか早い。
「流華さんはドラゴニアンですから、運悪く死音のターゲットにされてしまったのかもしれません。他にも何か理由があるのかもしれませんが、今のところ目的は分かっていないんです」
 現場は郊外、とある竹林の小道だそうだ。
 その小道は大きな林を挟んでいる寺と住宅街を繋ぐための道で、祭りや行事がある際は斜めに切り口が作られた竹筒の中に蝋燭を灯して、道しるべのように置かれているのだとか。夜間はそのおかげで足元が明るいので、祭り気分を味わう人だけでなく、小道をショートカットに利用する人たちに有り難く思われているらしい。
「道幅は五メートルもなさそうですね……ただ塀や柵などは設けられていないので、林の方に入り込むことも出来そうです」
 竹は点在しているものの、そこまで密度がある訳ではない。敵は日本刀を所持していることから、長物を振り回すという点を鑑みれば動きづらいことは確かだ。更に現場は敵の能力によって人払いがされている。一般人の避難誘導の必要がないため、戦いに集中できることだろう。
「どうか皆さん、流華さんの救出をお願いいたします」
 そう言って、セリカは深く頭を下げた。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
落内・眠堂(指切り・e01178)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
君影・流華(ウタカタノウタウタイ・e32040)

■リプレイ


 鼻腔を突く鉄の匂いに眦が霞む。
 閃く鋼が己の膚を裂こうとする意思を感じ、君影・流華(ウタカタノウタウタイ・e32040)は咄嗟に掴んだゲシュタルトグレイブで凶刃を受け止めた。
「やるぅ」
 至近で交えた瞳は眼球を血液に浸したかのように赤く、じっと見つめられたら胸の内を見透かされてしまうような、ともすれば遠い在りし日までもが探られるような気配がした。何か、嫌なことを知ってしまいそうな、そんな予感。
(「初めて会うのに怖い。この人のことを、知ってる気がする」)
 赤い羽ばたきが視界を覆い、流華の華奢な身体を包み込もうとする。羽が触れる寸前、昏い夜空に光が奔った。空が瞬きをしたような刹那の折に、天より出づる雷が死音の肩口を真上から貫く。
「彼女に刃を向けたくば、先ずは我々を斃して御覧なさい」
「何の用かは知らないけど、彼女を傷つけるなら容赦しないよ」
 藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)の一撃を受けて怯んだ死音の身体に、朱が奔る。馴染みのある穏やかな声に腕を引かれ、流華が己の背後を振り仰ぐとゼレフ・スティガル(雲・e00179)が眩い青銀の炎纏う剣で薙いだままの姿で、こちらを見下ろしていた。
「なに、アンタ達……一体どこから」
「流華さん、大丈夫っ!」
 独語のような呟きに重なった声は明るかった。闇すら照らしてしまえるような快活な言葉と共に、流華と死音の間に割り込んだシル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)は、地面に着地するなり強く踏み込んで、敵へと真っ直ぐ駆け出していく。
「わたし達が来たからには……好き勝手にはさせないからっ! 友達を傷つけることは許さないからねっ!」
 そんな意気込みを全部脚に込めて、タン、と軽やかに飛び上がったシルは、
「闇夜を切り裂く流星の煌めき、受けてみてっ!」
 刀を構える腕ごと躯体を蹴り飛ばす。斜めに向けた刀身で蹴撃を防御した死音であったが、しかし。
「どこの誰だか知らねえけど――知らねえやつなら尚更。流華に手出しはさせねえよ」
 奏されし詞に喚ばるるは荒魂の真なる髄。護符のましろを彩るは覡に縁りて至らしむる”奇蹟”を兆す壁雲である。
「恩返し、なんてコジンテキで複雑なお話は後にしよう。とにかく今は、俺がお前の助けになる番だ」
 落内・眠堂(指切り・e01178)の言に乗せ、盛りの花を散らすが如き、あかしまなる嵐が吹き荒れる。突如ガクリと膝を突いた。どうやら息つく暇のない連撃に、呼気が乱れてしまった様子。
(「過去と、自分と向き合おうとしてるヒトを放ってはおけないしネ。目一杯支えるさ」)
 後方から戦況を見渡していたキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)が、まず前衛を担うことになった景臣とゼレフ、それから流華へとシールドを張るシィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)へと黒鎖の魔方陣で援護に入ると、フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)もまた、小型アメジスト・シールドを一斉に放つことで仲間を守る。
 金髪執事のアレックスがポルターガイストを起こし、死音の気を引く動きを見せると、すかさずセラフが流華に自分の属性を注入。その仕草はまるで彼女の背中を押すようにも、励ますようにも感じられた。
 想いを感じ、ゲシュタルトグレイブをきつく握り締めた流華は、死音が空いた手を超硬化してシィラに襲い掛かろうとする間際を見計らい、稲妻突きを繰り出した。
「どうして、ワタシを、狙うの?」
 穂先を喰い止める竜の爪。槍を圧し折ってしまえそうなほどギチギチと掴む死音は、問いかけに対し双眸を細くする。笑っているらしい。
「小さい頃の記憶が、ないけど、そのことを、知ってるの?」
 すると、器用に片眉を吊り上げた死音が小さく頸を傾いだ。何か思い出すような仕草で空を見上げ――。
「殺した相手なんて一々覚えちゃいないけど。でももしかしたら」
 そっと流華の耳元に寄せた唇が、大きな弧を描く。
「殺したかもね――アンタの親とか、さ」
 酷く楽しげに囁かれ、動揺のあまり身が竦んだ。
「そん、な……だから、ワタシは記憶を……」
 動けなくなった流華の掌から、槍が落ちそうになった。
 思い出すのは焼けた村に倒れる人、自分を守る両親。
 何故忘れていたのか不思議なほど鮮明に、遠い過去が押し寄せてくる。その様子を至近で目の当たりにして、にんまりと狂気に笑む死音。だが表情を見せぬように、その広い背中で姿を遮ったゼレフは振り返らず、ただ背中越しに呼び掛けた。
「だいじょうぶ、一人にはしないよ」
「貴女は我々が守ります。たとえこの命に代えても」
 景臣は、サイコフォースを放つゼレフと肩を並べ、斬霊刀・此咲に空の霊力を纏わせるなり死音へと絶空斬を叩き込む。
「――けれど、貴女はそれを許さないでしょう? ならば、御立ちなさい」
 頸だけで振り返った景臣の藤色に淡く光る視線で促され、青い瞳に生気が戻って来る。
「わたし達がついています、流華さん。だから……大丈夫」
 踵鳴らした夢見るような三拍子。コッペリアめいた舞、誘うように遊ぶシィラの指先に光が触れる。
「怖いことがあっても…。今は、一人じゃないんだよ。乗り越えるための力がいるなら、わたし達が力になるっ!」
 具現化された光の剣を両手に掴み、駆け出したシルが捉われた死音の上体を大きく斬り付けた。スゥ、と唇が空気を吸う。その仕草に覚えのある景臣は、シィラと連携して味方への被弾を減らすために率先して庇いに走る。その隙に、敵への攻撃に専念する眠堂が禁縄禁縛呪を放てば、炎を喰らい負傷した前衛たちへキソラのサークリットチェインが展開。
「君影さんを想うご友人達が傍にいること、仲間も駆け付けたこと。どうか、目に見えるものを信じてください」
 立ち止まる彼女に向けて、フローネのやさしい声音が背中を押した。
「そうだ……ワタシにはみんなが、セラフが、今のお父さんと、お母さんがいる」
 流華の言葉に呼応するように、セラフが刀を振り上げる死音へとブレスを吐きかけた。青い炎にまかれた死音は数歩よろめき、片手で顔を覆う。ちらちらとした火の欠片を零しつつ、指の隙間からこちらを射抜く視線は鋭く冷たい。
「みんな、ありがとう、もう、怖くないから……!」
 その時だった。
 流華の背中からドラゴニアンの翼が、尾てい骨からは尻尾が突如現れた。まるで花が一気に咲いたように姿を露にしたそれに動じることなく、流華は片手を竜の爪に変じていく。フローネはしっかりとした足取りで敵へと立ち向かう彼女の背中を追い、テイルスイングを振り払う一撃に乗せるように得物砕きで追撃に掛かる。
「綺麗な爪してるじゃない」
 月の光を受けてきらきら照り返すそれを見つけ、死音は口端に滲んだ血を手の甲で拭いながら笑みを深める。太い尻尾がゆらゆら揺れて、まるでいつ飛び掛かってやろうかと企む獣のよう。その、無防備な背後にするりと現れたアレックスは、赤い羽が生える根元に銃口を突き付ける。
 ゴリ、という冷たくも硬い感触に気付いた時には既に遅く、乾いた音が死音を貫いた。死音は鋭い視線で背後を振り返りながら、尾を振り払い、アレックスを打ち据える。投げ出された肢体が激突し、派手な音を立てたがシィラはそれに構わず、精神を極限にまで集中。
「シィ、一緒にやるか」
 眠堂の呼び掛けに、口元に淡い微笑を浮かべたシィラが鷹揚として頷く。
「ええ、共に参りましょう」
 二人はそれぞれ高めた精神を、内から破裂させるようなイメージで敵へと放出。瞬間、間合いを詰めたゼレフへと刀を振り下ろしていた死音の肉体が、突如激しい音を立てて爆発した。
「ガッ……」
 苦しげに咳き込む死音、吐き出された血痰が暗がりの中でもよく見えるほど地面に沁みを作る。双眸を歪めた死音は、死角から飛び込んできたシルの飛び蹴りを喰らっってしまい、衝撃で体勢を崩してしまうことで逆にゼレフに迫られてしまい、彼の蹴りを甘んじて受ける事となってしまった。鳩尾にめり込む強靭な脚が、容易く彼女を吹き飛ばす。
 だが宙でひらりと一回転し、飛翔をした死音は上空からブレスを吐き出した。空を焦がさんとする勢いの気迫に塗れた炎はケルベロスの膚を、肉を灼き、僅かな躊躇いすら微塵もない。
「皆、大丈夫っ!?」
 シルは皆の方を振り返ると、アッと息を呑んだ。夜空を照らす真っ赤な炎。流華が目にしたのは全てを焼き払うこんな炎だったのではないか、そうと思える光景であった。
「性格悪い人って、ほんとにいるんだね。いたぶってからだなんて……。それじゃ…ここで、そんなことは終わりにさせてもらうからね」
 しかし。
 流華は立っている。真っ直ぐに宿敵を見据えて、庇ってくれた景臣の背中から飛び出し大きな尻尾で死音の身体を薙ぎ払っている。
 彼女を信じていた。
 だから。
(「わたしは前に前に、突き進むだけっ!」)
 一方キソラは、呼気と共にちらちらと炎を揺らす死音を視線のみで見上げていた。その尻尾が大きく唸りを上げると、すかさず前に出たシィラが庇い、受け止める。
「貴女の思い通りにはさせません」
 一見すれば繊細に見えるのに、本当に彼女は随分と大胆だ。
「回復はオレに任せて、思い切りやってくれていいヨ」
 凛として背筋を正すシィラの総身を、淡く眩い朝焼けの靄が包み込む。内に仄かささめく虹の雫、色彩が描く光が彼女の傷を瞬く間に癒していく。
(「君影自身の表情もグっと良くなった。これは負ける気がしないってネ」)
 キソラの爪先がトントンと地面を叩く。
 次の回復にはすぐ入れる。その行動に感謝の念を抱きながらも、景臣は雷の霊力を此咲に纏わせ、呼気するような軽やかさで神速の突きを繰り出した。
「流華さんの大切なものを奪ったというならば、それは僕にとっても許し難い敵であると同義です」
 死音はすかさず竜の爪でその刃を受け止めにかかった。寸前で鋭い爪に遮られた、その筈、だったのに。
「――斬られる覚悟は宜しいですか?」
 ググ、と押し込まれた力を跳ねのけられなかった。
 ハ、と短く呼気を漏らした死音は、己の爪と爪の間に食い込む刃を見て危機を察したが、退こうとした背面に強い衝撃が走り、それが更に肉へと食い込ませる結果となってしまった。
「クソッ!」
 尻目に見やれば、そこには紫眼を以て真っ直ぐこちらを見据えたフローネが構えを解くところであり、彼女の痛烈な一撃を寄越されたことを知る。破鎧衝――フローネが叩き込んだその一撃により、死音の刀を持たぬ右手がざっくりと引き裂かれることとなった。
「片手を落としたくらいで勝ったつもり?」
 ボクスタックルで攻撃を仕掛けるセラフを尻尾ではたき落とし、アレックスのポルターガイストで周囲に渦巻く木片、それらを刃で斬り捨て、死音は吼える。
「君は知らないだろうけど、ここにいる皆、怒らせるとすごく怖いんだよ」
 逆手に握ったゼレフの惨殺ナイフ・冬浪が舞う。
 羽を傷付けられ上手く飛べなかったのか、地に膝を突いた死音の全身に、突如凍える紅炎が膨らんだ。操る炎は朧げな紅、悉く肉叢の熱を奪うその名は”終焉”――。
「お加減は、如何です?」
「皆、って言っただろう?」
 小首を傾げた景臣の問い、ゼレフの言に、ギリィっと悔しげに歯を噛み締める。死音はすかさず炎を吐き出しケルベロスたちを一絡げに屠ろうとしたのだが、
「わたしの最大の魔法、簡単に防げるとは思わないでねっ!」
 聞こえてきたシルの言葉に、ハッと息を呑む。
「闇夜を照らす炎よ、命育む水よ、悠久を舞う風よ、母なる大地よ、暁と宵を告げる光と闇よ……。六芒に集いて、全てを撃ち抜きし力となれっ!」
 口付けをしたプロミスリングから六芒精霊収束砲が撃ち出される。巨大な魔力砲を真正面から喰らい、胸を押さえて崩れ落ちた死音を見やり、フローネはアームドフォートにアメジスト・シールド発生装置を連結。
「トパーズ・キャノンには、こういう使い方もあります」
 二門の砲口からアメジストとトパーズによるグラビティ中和を行う光が放たれた。すかさず眠堂とシィラは左右から死音へと颶風招来とリボルバーから撃ち出された氷の礫による挟撃を仕掛け、その戦意を根こそぎ削ぎ落とし、羽を落とし、刀を折る。
「きっと、ワタシ一人じゃ、飛べなかった」
 純白の竜翼を広げた流華はセラフと共に飛び上がる。
 自分を守り散った亡き両親の想い、自分を大事にしてくれる今の両親の愛情、友達と作ったたくさんの思い出、そしていつも傍にいてくれているセラフとの絆。その全てを翼に乗せて、少女は天を翔ける竜となる。
「でも、皆がいてくれたから、ワタシは、飛べる――!」
 セラフが決死の思いで激突すると、死音の身体が仰向けに倒れ込む。天を仰ぐその懐へと光の速さで飛び込むと、彼女は竜の爪で真っ直ぐ、貫いた。
「ワタシは、まだ死にたくないから。本当のお父さんと、お母さんが、生きてって願ってくれたから、あなたに、この命はあげられない」
 刺し違えるつもりだったのか、折れた刀身で流華の頬を斬りつけた死音の傷が、キソラからなる朝霧の光涙に触れて、癒えていく。
 死音は数瞬ほど瞬きを繰り返していたが「あーあ」溜め息を零した。
「うちの子を渡すわけにはいかないってもんさ」
 ゼレフの飄々とした言に、瞼が落ちる。
「アンタを狙ったのが運の尽き、かぁ」


「さぞ怖かったでしょう……良く頑張りましたね」
 目線を合わせ、微笑を湛える景臣の言葉に触れて、張り詰めていた糸が今、弛んだ。
 じっと死音が朽ちた場所を見つめていた流華は、呆然と立ち尽くしたまま滂沱の涙を流す。本当の両親を想い流れる涙は止めどなく、しとどに頬を濡らしていく。シィラはその細い肩に掌を宛がい、やさしく撫ぜた。
「識りたいことを、識ることができるように。お前の心のままに問い掛けられたなら良かった」
 だって、流華は優しくて強い子だ。
 眠堂のあたたかな笑みが、じんわりと胸に広がっていく。
 自分の意思で記憶を消せるレプリカントだからこそ、記憶の大切さは、とても分かるつもりだ。だからフローネは、彼女がそれを取り戻す為の、一助となれるように力を尽くせたことに、ただただ安堵する。

 良きも悪しきも、縁だけど。今はこの繋がりを手繰って帰ろう。
『祭りの音を聞きながら皆と過ごしたい』
 その願いを叶えるべく、ゼレフは皆とお喋りに興じる流華やシルたちを後ろから見守りつつ、景臣と互いを労いあっていた。
 声が聞こえてきたのは、そんな時だ。
「あ、あれ……? 羽とかどうやって、しまうんだろう?」
「オレは地球人だから、ちょっと分かんないカナ? 何だろう、気合い?」
 キソラの適当な返事を真に受けて、一生懸命気合いで仕舞おうとする流華の姿が、暫く見れたとか。
 夜はそんな風に、穏やかに更けていく。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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