ミッション破壊作戦～死出でる海神の歌

■リプレイ

●喚ぶ聲
「相変わらず胸くそ悪い」
　富山県高岡市の遙か上空。ヘリオンの飛ぶ遙か空からは、豆粒のように見える施設を見下ろし、グーウィ・デュール（黄金の照らす運命・e01159）は静かな怒りを口にする。
　作戦行動まで間がない刻限。火蓋が切って落とされようとするその時を、今か今かと待ち望むことなどそう有りはしないだろう。
「気持ちは分かる」
　短い一言で、彼女のそれを肯定したのはアルベルト・ディートリヒ（レプリカントの刀剣士・e65950）その人だった。
　あの施設の中で行われ、繰り返される惨劇。
　そこにまつわる死神の妄執。
　それを外道の所業と断ずるのであれば、そこに逸る気持ちを何故否定出来ようか。
「よくもまぁ、『多くは望みません』なんて言えたもんやなぁ」
　志は同じだと田津原・マリア（ドクターよ真摯を抱け・e40514）は己が口にした台詞を唾棄する。
　施設に蠢く存在は、夜の呼び聲の名を抱く死神だ。それが行った、否、今も行い続けているおぞましき所業を思えば、温厚な彼女であれど、その怒りは至極真っ当に思えた。
　家族の絆を破壊し、己が欲望を満たす行為など、許されるはずもない――。
「んじゃ、行こうか」
　無数の航空写真を比較しながら、退路を確認していたアンヴァル・ニアークティック（バケツがガジェット・e46173）が戦いの開始を宣言する。
　怒りに震えるのは彼女も同じ。だが、それでもこれはあくまで作戦――ミッション破壊のための作戦行動なのだ。
　真下に見える魔空回廊へグラディウスを用いた攻撃を行い、その後、離脱。
　一撃で破壊出来れば快挙だが、一度も攻撃が為されていないこの地において、その成就は奇跡と言う他無い。
　ならば、万が一の逃走経路を確立しておくのも、自身らの仕事であった。
「ああ。そうだな」
　にっと笑って応じる卜部・泰孝（ジャンクチップ・e27412）の手からは、一枚のコインが飛び出す。
　自身の運命を占うコイントス。その結果は――。
「――ちっ」
　期待との乖離に思わず舌打ちをしてしまう。
（「まぁ、当たるも八卦当たらぬも八卦って言うからな」）
　最悪の結果だけ避けることが出来ればそれでいい。
　そう思うことにした。

　やがて、時刻はその時を告げる。
　同時に6つ――5人と1体の影がヘリオンから飛び立つ。
　目指すは富山県高岡市。そこに位置する施設に隠された魔空回廊。
　空で彼らが身構えると同時に。
　5つの小剣が、まるで花びらの如く、光を放出していく。

●死出る海神の歌
「メンタル追い込んで自分からチップにさせるたぁ、いい趣味だな」
　口火を切ったのは泰孝だった。蠢く死神へ、ノウナシと呼ばれる配下の中、山の大将を気取っている夜の呼び聲へと叫びをぶつける。
「だがそれもここまでだ、テメーをもう一度泳げるようにはしねぇ。今まで血肉にした連中の恨み苦しみがオレのチップだ。全賭けで行くぜ！」
「子どもの味方を奪い、心を追い込み、その命を差し出させようとするなんて……」
　アンヴァルの嘆きは、夜の呼び聲によって追い詰められた少年に向けられた物。
　虐待に苦しみ、ようやく解放された彼に、しかし、真の黒幕の存在は何卒する物か。
「たったひとりでいい？　お前がやってることは……誰かひとりを狙い撃ちにして、追い込んで苦しめて、楽しんでるだけだ！」
　だから嘆く。だから叫ぶ。だから怒る。
　無力な一般人の代わりに。
　その代行者。それこそが、自分達、地獄の番犬ケルベロスに他ならないのだ！
「それに気づかない……いや、気づいててやってるお前こそが、本物のノウナシだ！　誰も……お前には渡さない！！」
　そして、嫌悪の言葉はアルベルトからも紡がれる。
「死神より下衆い種族はいたっけ？　オークは虫の息だもんな」
　高潔も下劣も。如何なるデウスエクスもその双方を抱いていた。だが、下衆と断ずる所業のみを行う物はそう多くない。
「ただでさえ子供の虐待は胸糞悪い上に、それを死神がやらせるのか！　子供はもちろん、虐待をやらされてる親だって、さぞ魂が悲鳴を上げてるだろうよ！」
　虐待そのものは否定も肯定も出来ない。如何に否定したくとも、虐待そのものが存在する事実は認めざる得ない。
　だが、それでも、『虐待を扇動されている』ことは、許しがたい事実だ。
　故に誓う。それが、自身の役割だと。
「お前らの存在自体が消滅するまで何度でもぶった斬ってやるさ！」
「親子を死神の力で引き離した挙げ句、子供の命を狙うやなんて厚かましいにも程があるわ！」
　マリアの叫びは空を、大地を、そして空間そのものを震わせる。
　怒り心頭。それ以上、今の彼女を的確に表す言葉は存在しなかった。
「しかも今まで多くの人らを異形に変えて侍らせて強欲なんにも限度っちゅうもんがあるやろ！　そないな所業許せる訳がないわ！　今日でその悪行終わらせたる！！」
「子供を自分の餌にするために親洗脳して虐待させて死にたくさせて……ですかい。まあなんとも回りくどくて頭の悪い作戦ですこと」
　そしてグーウィの叫びは否定だった。
　揶揄し嘲笑し、そして、怒髪する。
　それが彼女の在り方。彼女が死神に――夜の呼び聲に向ける怒りだった。
「そうですね、もっといい作戦を教えてあげましょう。……てめぇがくたばりゃ親も子供もお前に関わった人間皆ちったあ救われんだよこのノウナシ死神！」
　そして光があふれ出す。
　五つの叫びは五つの光に。光は槍と化し、それは交わり、束なり、やがて、一つの巨大な力へと変貌していく。
「全ての家族を守るために！！　吹き飛べ魔空回廊！！」
　光の槍が魔空回廊を貫く。
　爆炎が、雷鳴が、ありとあらゆる破壊の力が駆け巡り、魔空回廊を蹂躙していく。
　黒き煙が充満する大地へと降り立ったケルベロス達は、そして天を仰ぐ。
　崩壊の兆しを見る為に。崩壊の音を聞く為に。
　だが、しかし。
　そこにそれは起きえない物であった。
　崩壊の音は響かない。何故ならば――。
「――ちっ。仕方ないな」
　占いの通りになっちまったと、泰孝が零す。
　彼らの視線の先に、無傷の魔空回廊が聳え立っていた。

●この歌が届くまで
　グラディウスの攻撃は為された。だが、魔空回廊の破壊は成されなかった。
　だが、だからと言って作戦が終わる訳ではない。
（「これは、次への礎だ……」）
　成されずとも、為せたことはある。アルベルトの独白は負け惜しみなどではない。その為の一刀であれば、悔悟はないと、本心から思う。
　そう。自分らが成せずとも、次に続く誰かがいる。そしていずれ、ここの魔空回廊は破壊されるだろう。
　戦いは続くのだ。この思いが届くまで――。
「さぁ、来ぃや。いてこましたるわ」
　マリアの挑発は、沸き立つノウナシら、そして、その中心に立つ死神に向けられていた。
「地獄の番犬風情が……」
　その響きは悲哀のようにも、憤怒のようにも思えた。――伏せられた目からは、何も感情を読み取ることが出来なかったけれども。
　そして、その嘆きは叫びとなり、ケルベロスへと降り注ぐ。
　声が向かった先は泰孝達前衛であった。
「へっ！　ご苦労なことだな。その嘆きは誰に向けたものやら！」
　皮肉気な主人の台詞にマリアを庇ったなけなしの良心――ウイングキャットの名だ――が胡乱気な視線を送る。抗議とも賞賛とも言い難い視線に、康孝もまた、口元を歪めて応じるのだった。
「まずは手堅く！」
　そして轟音が響き渡る。
　マリアの放つ竜砲弾はノウナシを吹き飛ばしながら、夜の呼び聲の身体を梳って行く。
「速攻で片を付けるっ！」
　全てはこの爆炎と雷光が覆う間まで。
　故にアルベルトはオウガ粒子を放出し、仲間の集中力を高めていく。一手一手が大切になるこの戦い、それは当然の選択でもあった。
「テメーを蝕む一本場。さあ、どこまで伸びるかね？」
　詠唱とともに、康孝が投擲したものは、苦無の如く放たれた百点棒だった。
　傷口を広げていく痛みに身悶えする死神を尻目に、なけなしの良心は清涼な風で前衛を癒やしていく。
「ありがとうございます。……それと」
　ほぼ間断なく、同時に動いたのはグーウィだった。
　即座に黄金の鶴嘴を組み替えた彼女は、竜砲弾にて夜の呼び聲を穿っていく。梳られ、穿たれ、砕かれ。夜の呼び聲の悲鳴が辺りに木霊する。
「カードは４枚。貴方に降り注ぐ運命はどれでしょうかね」
　にぃっと笑うそれは、凄惨な笑みを形成していた。
　足止め、プレッシャー、武器封じ、そして服破り。夜の呼び聲を苦しめるべく携えたバッドステータスはごまんとある。其のいずれかが彼女を蝕むことが、彼女が与えた痛みに対する報いとなるか。
（「ま、結局全部食らわすんですけどね」）
　あるいは、其の全てを叩きつけることが、か。
「早くトンズラしなきゃ、なんですよ」
　小気味よく、揶揄を交えながらアンヴィルがオウガ粒子を放出する。
　アルベルトと重なり、十重二十重と強化されていくケルベロスたちの耳に届いたのは、忌々しげな死神の舌打ちであった。

　歌声が響く。
　痛みも悲しみも、全て内包したそれは、夜の呼び聲が奏でる叫びであった。
　怒号が、糾弾が、排斥の声が響く。
　それは毅然とした番犬たちの怒り。夜の呼び聲を――侵略者、デウスエクスを排する地球人の叫びだった。
　二重に相反する声は、しかし、次第に片方の勢いに押され、呑まれていく。
　やがて、傾きすぎた天秤が崩壊を示すように。
　歌声は、ゆるりと壊れていった。

「地獄の番犬如きが、犬如きが、犬如きが、犬如きがっ！！」
　配下のノウナシを蹴散らされ、己が身体を梳られ、そして歌声すらも削られた死神に残されたのは、罵倒の言葉だけだった。
「言い残す言葉は終わった？」
　竜を象った稲妻を呼び起こしたアンヴィルは、コロコロとその言葉を口にする。
　何処か愉悦すら感じるそれに、くぐもった音が重なる。――それは何処か、呻き声にも似て。
「へっ。余裕がなくなったらそんなものかよ」
　傷つき、叫ぶ夜の呼び聲を、泰孝のナイフが追い詰めていく。その切っ先が皮膚を抉る都度、絹を裂くような悲鳴が辺りに響き渡った。
「働いて返せ、ヴィゴラス！」
　少女の姿をした何かが死神を梳っていく。
　その幻影の正体を彼女は知らない。それを知るのはその使役者――グーヴィのみ。
　故に、再度、夜の呼び聲は悲鳴を上げる。それは、今の自身を認められない――現在の否定の絶叫であった。
「その歌声を、叫びを、止めます！！」
　故にマリアは宣言する。
　同時に奔る光弾は死神の身体を穿ち、蝕み、そこに麻痺を与えていく。
　幾度となく叩き込んだ対デウスエクス用の麻酔弾は此度も、死神から自由を奪っていく。――否、自由は疎か、永劫の生すら奪っていく凶弾と化していた。
　そして、トドメとなったのは、紡がれた氷の切っ先であった。
「そこを動くなよ」
　アルベルトの振り下ろした戦鎚は死神の胸を抉り、背中まで刃を届かせる。
　それが終局だった。
「――――ッ？！」
　叫びが紡がれ、そして消えていく。
　その口から二度と歌声が紡がれないことを、誰もに知らしめながら、やがて、夜の呼び聲の身体は、光の粒子へと、溶けていった。

●歌うように、囁くように
　歌声が聞こえる。
　ヘリオンのロータリー音にまぎれて聞こえるそれは、まさしく夜の呼び聲が奏でる歌に違いなかった。
「ま、魔空回廊の破壊が成されなかったものな」
　しぶてぇと、康孝は唾棄する。
　猟犬の牙はその喉笛を食いちぎり、心臓に死を刻印したはずだ。だが、それでも、ここが魔空回廊と言う特異な場所のためか、それともそれが彼奴の特性なのか。滅ぼすまでに至らなかったようだ。
「それでも、いずれか」
「ああ。この地を取り戻さなければならないよね」
　アンヴィルの言葉に強く頷くグーウィ。
　またこの地をグラディウスの力が貫く日が来るだろう。次のそれが、トドメの一撃とならないとも限らないのだ。
「今はまだ、成されなかった。それだけの話だ」
　肩をすくめ、アルベルトは空を見上げる。
　次第に近づいてくるヘリオンに馳せる思いは、次の誰かに届けば良いと、ただそれを願って。
「……『夜の呼び聲』……」
　マリアは一度だけ、後方を振り返る。
　今まだそびえ立つ魔空回廊と、それを取り巻く施設に、あの悪鬼が跳梁跋扈している。
　それにとどめを刺すことは出来なかった。それは今の自分たちが成せなかったこと。
　だが、それも……。
　今は成せずとも、いずれ。
　だからこそ、思う。
　悪鬼の存在を赦すのは現在ばかり、と。

作者：秋月きり	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2019年12月4日 難度：普通 参加：5人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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