誰が母ちゃんをこんなにしたんだ

作者:ほむらもやし

●いったい誰が悪いのか
「母ちゃんが死ぬなんてウソつきやがって、これは許されない罪だよなあ!!」
 鳥人間型の異形、ビルシャナは一方的に言い放つと蹴倒した男性医師をを足蹴にする。
「ギャッ!!」
 何か嫌な音がして、男性医師は口から血の塊のようなものを吐き出し、腹を抱えるようにして膝を突く。
「ステージIV? なんのゲームだよステージとか、わけわかんねえよ! 腰痛の検査でなんで?! すい臓癌ってなんだよ。お前のようなインチキ野郎は罰せられなければいかんなあ……ひゃははは」
 ビルシャナは罵りの言葉を浴びせながら、断罪と称して男性医師を嬲り続ける。
 ビルシャナとなった青年の母親が腰の痛みに耐えかねて県立病院に運び込まれた。
 青年はゲームに関するのクリエイターを夢見る21歳で、アルバイトをしながら専門学校に通っている。
 母親からのメッセージアプリでギックリ腰で入院していると聞いた。
 特別な心構えもせず、軽い気持ちで病院に来てみたら、別室で深刻な病状を告げられた。

●ヘリポートにて
 という、予知をした、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は依頼の説明を始める。
「母親が深刻な病気になったのは誰のせいでも無い。誰かのせいにして、その恨みを晴らさなければ生きていることが辛くてしょうがないということもあるのも理解できる。でもだからといって、殺人を見過ごすことは出来ないし、ビルシャナを放置することも許されない」
 現場は佐賀県佐賀市にある県立病院の敷地内の歩道と一体となったオープンスペース。
 自動販売機が備えられていて、男性医師は駐車場に向かう前に一服しているところを襲われた。
「急いで現地には向かうけれど、到着時にはもう、男性医師は襲われている。襲われる前には辿りつけないことは予め承知して欲しい」
 今回の事件ではビルシャナと融合した青年は、今の段階では完全にビルシャナになっていないので、説得によって元の人間に戻すことも、出来るか出来ないかで言えば、可能だ。
「但し、青年を人間に戻すには、『死にたくない』と言う様な、打算からでは無く、真に『復讐を諦め契約を解除する』と願い、宣言した場合だけだ」
 突然に大切な人の余命が一ヶ月だと告げられれば、誰でも動転もするだろう。
 信じたくない気持ち。
 間違いだと思いたい気持ち。
 自分のしたいことばかり追いかけて、何もお返しが出来ていない後悔もあるかも知れない。
 青年の抱いている気持ちまでは予知出来ないから、想像するしかないけれど……。
 戦闘となれば、ビルシャナは不思議な光や祈り、炎を駆使して戦う。戦闘力はさほどではないから、余程のことが無い限り、ケルベロスが敗北することは無いだろう。
 そこまで言って、ケンジは遠くを見つめた。
「医師に落ち度は無い。診断結果は偽りなく家族に伝えなければならない。いきなり本人には伝えず、家族の意向を確認してからという手順も正しい。ただ青年は誰もが抱くかも知れない理不尽な憤りを抑えきれずに、暴発させてしまった——」
 未熟な青年の精神と、それを後押しするビルシャナとの出会いがこの事件を引き起こした。
「とても辛い事件だれど、見過ごしてはいけないと思うんだ。すまないけれど、手を貸してくれないかな?」
 ケンジは丁寧に頭を下げた。


参加者
長月・春臣(勇気の鎖・e03714)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
カタリーナ・シュナイダー(断罪者の痕・e20661)
秦野・清嗣(白金之翼・e41590)
彼者誰・落暉(ウィッチドクターと心霊治療士・e41593)
ブレア・ルナメール(魔術師見習い・e67443)

■リプレイ

●真夜中の凶行現場
「そこの君、待ちなさい」
 彼者誰・落暉(ウィッチドクターと心霊治療士・e41593)の呼び掛けに、まずビルシャナは驚いた。次いで声のした方を見て何人ものケルベロスがいることを知る。そして最悪の行動に出た。
「邪魔するな! こいつだ。こいつが全部悪いんだ。殺すんだぁぁ!!」
 鋭い声と共にビルシャナは羽根を開いた。
 孔雀が威嚇するように大きく広げた羽根の先が光を帯びて剃刀のように鋭くなった。
「いけません——」
 その鋭い羽根が倒された医師の首筋を目がけて振り下ろされる。もう誰も助けられないと思われた瞬間、医師の命を守ろうと、突っ込んでいった、長月・春臣(勇気の鎖・e03714)とブレア・ルナメール(魔術師見習い・e67443)の2名のうち春臣がビルシャナに衝突する。
「くうっ!」
 そして狙いの狂った、光を帯びた羽根先が、まず春臣の上腕を浅く、続けてブレアの肩の後ろから腰にかけてを深々と切り裂いた。
 勢いよく噴き散った血液が、ビルシャナの白い羽毛に赤い模様を染みつける。
「辛いのも、寂しいのも、貴方だけでは、無いです」
 春臣の言葉と共に、刺股の如き形状を作った鎖が飛び行く。
 どこでボタンを掛け違えたのか、それとも最初からそう言う気質だったのか、もはや落ち着いて説得することはかなわないのだろうか?
 次いで、カタリーナ・シュナイダー(断罪者の痕・e20661)の放った光条がビルシャナを直撃する。強烈な冷気によるダメージに耐えかねて、ビルシャナはその巨体をふらふらと後ずさりさせる。
 直後、背中側にあった飲料の自販機がグシャリと音を立てて、大きくへこんだ。
「愚劣で醜悪な井の中の蛙が……筋違いもいいところだ」
 自販機の防犯ブザーがけたたましく鳴り響く中、カタリーナは言い放つ。
「医者が直接母親に癌細胞を植え付けたわけでもなかろう」
 県立病院に勤める医師が研究のために犯罪的な行為に手を染めても何一つメリットは無い。
「なら、誰のせいだ! お前らのせいか?」
 カタリーナの正論に対してビルシャナは、向けどころの無い怒りを燃え上がらせながら足を前に踏み出す。自販機にめり込んでいた背中が抜けて、電気がショートする破裂音して火花が散った。警報音は止んだ。
 目は真っ赤に血走っていて頭の上に湯気が上がっている様子はどうみても正気では無い。
(「なんてことだ。今のお前の行動は現実を受け入れず、無知と衝動のままに暴れ回っているのか。まったくもって、始末に負えん」)
 話をするには落ち着かせるのが先決だ。しかし頭の中に浮かぶのはきつい言葉ばかり、故にカタリーナは思ったままの言葉を飲みこんだ。
「……病気の原因などすぐに、分かるわけもあるまい。母親が大事ならもっと建設的な行動を考えるのだな」
 生活習慣のせいか、放射能のせいか、有害化学物質のせいか、遺伝のせいか、心の問題か、或いは呪いや病魔のせいか。直接原因を特定しろというのは無茶振りである。ケルベロスが答えられる内容でもない。
「もう何もかも終わりなんだあ——ッ?!」
 秦野・清嗣(白金之翼・e41590)の発動した、嘉留太の札の一枚の効果が、荒ぶるビルシャナ眼前に青い光を浮かび上がらせる。そこに何が映っているかはよく見えないが、そのダメージはビルシャナに死を意識させる程だった。
「ごふっごふっ、くそう。くそう。くやしいよう——なんで僕、こんなに弱いんだよ、どういうことだよ?! ビルシャナ!!」
 青年の人格からの問いかけに、融合したビルシャナは沈黙という答えで応じた。
 ビルシャナは医師を殺すという復讐を果たさせるために契約し合体したのだ。戦闘のスペックについて問いただされても答えようがない。

●説得
 ビルシャナの意識が何も語らないので、青年の意識と記憶に由来する、特にここ数時間で思い悩んだ気持ちが、ビルシャナの内部で急速に割合を増した。
 なぜそうなるのか? 難しくて理解できなかった。
 すべてに論理的に話す医師に対して何も言い返せなかった。
 わからないところを、問い返す知識も、聞くことを思案する気持ちの余力もなかった。
 ビルシャナの態度に小さな変化があらわれ、それに気がついた、ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)が口を開く。
「あなたは此処でこんなことをしている場合では無いのではありませんか? 認めたくない自分の母に限ってそんなの絶対あるわけがない。そう思いたい気持ちもわかります。けど恨むべきは医師ではなく病気です!」
「うるさい、もう、なにもかも無茶苦茶なんだよ——」
 身も蓋もない言い方をすれば、21歳で世の中の定義としては成人しているのに、現時点の青年にとって母親は命綱であり、頼らなければ、日常生活を維持できない。
 父親はいない。母親の他に頼れる者はいない。
 頭から上がっていた湯気は収まって行く。
 警戒は緩めないが、機を逃さずに、倒れている医師、そして傷を負ったブレアにもヒールを掛ける。
「不公平だ! どうにもできないじゃないか?!」
 どうすればいいのか。お葬式は、お墓は、役所への手続きは? 専門学校を修了できるのか?
 不安しかない状況でビルシャナに声を掛けられれば誰だって受け入れてしまいそうだ。
「僕たちは君を助けに来たんだよ。これ以上やり合うというなら、殺すしかないけれど、ここは落ち着いて話をしてみないかい? 柴田、勝利(かつとし)くん」
 清嗣は戦闘での勝ち目はないと告げると、避難対応する仲間との打ち合わせ通りに、四対の大きな翼を広げて、被害者の姿を隠しながら呼びかけた。直後、ビルシャナの動きが止まる。
 予知でわかる情報は限られているから追加での情報が得られないことが多い。しかし名前や生い立ちなど、予知の内容から類推、推理して調査することで判明することもある。
 春臣がゆっくりとした動きで、ビルシャナが被害者に向ける攻撃を想定し、その射線を阻む位置に布陣する。
「なんなんだよ、この人生。不公平だよ、あは、はははは」
 ビルシャナとなったから——復讐を果たせる。そのあとは極楽に違いない。
 高揚感がもたらす満ち足りた錯覚から醒まされたビルシャナは春臣のほうを見る。
「嫌なことを告げる医師が憎く見える気持ちは分からないでもないけど、一ヶ月しかないんだよ。今際の際に、実は癌だったと知ったほうが良かったのかい?」
「良いわけないだろ!」
「なら医師の診断結果が納得出来ないからと殺めてどうする? もっと不公平だ。こんな夜遅くまで患者の病気を良くしようと働き続けて、悪い事実だって正直に伝えないといけないのだぞ」
 このようなケースではかなり心情に配慮した上で医師は伝えるはずだと、落暉は指摘する。
 毎日、病に蝕まれた患者に向き合う医師が病について、治療の為の研究や情報収集をしていないことはあり得ない。そこには今回のような難しいケースも含まれている。
 それでも悪い事実を伝えたということは根拠があってのことだろう。
 説得さえ上手くいけば、青年を助けられる。自分たちだって、助けたいと思い知恵を絞ったのだから。
「そうだよねぇ。だったら、八つ当たりで気を晴らしている場合か?」
 偽りとならない言葉を選びながら、落暉も青年の母親を大切に思う気持ちを呼び起こそうと話を振る。母親との残された時間をビルシャナとしてではなく、人間として、後悔が無いように生きて欲しいと願うから。
「だったら、どうすればいいんだよ?!」
 理不尽な理由から、ビルシャナになった者への対処はひどい風邪に罹った子どもへの対応と似ている。
 体力を奪う熱や咳などの症状を緩和して体力や患者の治癒力を高める。
 次に薬のリスクに患者が耐えられるかの判断をした上で病気の鎮圧を試みる。
(「そうですね。自身を偽らず目を背けず、前を向けとか言っても、唐突で無神経です。今すぐ全て受け入れろ——なんて、分かってもらえるはずもありません」)
 ビルシャナを過激な復讐に駆り立てる現象は風邪で言えば発熱などの症状にあたる。
 冷えたタオルで身体を拭いたり、首の周りを冷やしてあげたりするような、体温を下げるに相当する行動が必要なはず。
「不安があるのでしょう。話してみませんか? 一人で抱え込んでいるだけでは、誰も手を差し伸べてくれませんよ」
「う、う、う、かあちゃん、かあちゃん……どうすればいいんだよ」
 どうしたら良いか分からない。医師への怒りを取り除いたあとの青年には不安と困惑しかなかった。
 崖から落ちようとしているのに、自分から助けを求めることを知らない者には、誰かが気がついて手を差し伸べてあげないと、すぐにその人は崖底に転落してしまう。
「そうでしたか。辛かったのでしょう。気づかずにすみません」
 膝を突くビルシャナの前でしゃがんで、ブレアは正面からビルシャナの顔を見つめる。
 迷いを口にするビルシャナの外見をした青年は、ビルシャナの口癖の『悟り』の辞書的な意味とはかけ離れた、世の中に数多といる弱い立場の人間と同じような問題に苦しんでいるように見えた。
「ひとつずつ、何とかして生きましょう——もう医師への復讐はやめてくれますか?」
 ブレアの問いかけに、ビルシャナは頷きで応じた。
「それじゃあ、こんなことをしている場合ではない。元の人間の姿に戻れるかは君の気持ち次第だよ」
 まずは人間に戻ってお母さんと話しをしよう。
 お母さんと話を出来る状態になったら、どうして良いか分からない今後のことを相談すれば良い。
 清嗣は漠然とでも気持ちが前向になれるよう、未来を開く鍵は君の中にあると告げる。
「そうだね。化け物に変身したあげく、何も出来ずに討たれたなんて聞いたら、かあちゃん、悲しむよね……僕はほんとにダメな子だ」
(「目を、そらしても、駄目、ですよ。悲しくても、辛くても、とても頑張って、少し、伸ばせる位です」)
 春臣は言おうとして、言葉を胸の中にしまい込んだ。
 少しの幸せを得るために、とても沢山の努力が必要だなんて、対価としては高すぎる。言葉にしようとするまでは気づかなかったが、彼もまた不公平な境遇にあったのかも知れない。

●終わりのはじまり
「決心はついたか、勝利君。『復讐を諦め契約を解除する』と願い宣言すれば、人間に戻れるはずだ。出来るよな?」
「それだけで、本当に?」
 落暉の言葉に少し驚いた風な表情をしながらも、ビルシャナは教えられた通りに言った。
 しかし、それだけでは人間には戻るには足りなかった。
 目の前の復讐が間違ったことだと気がついても、母に経済的な負担を掛けていた罪悪感、救えない状況への苦悩、そして自身の境遇に対する社会への漠然とした不平等感。人間に戻れても大丈夫なことはない。
「どうして? 言われた通りにしたのに」
「まだ気持ちが揺れているのだろう」
 心の底から願っていないと責め立てれば、間違い無くで最悪の展開となることは予想できる。
 薄氷を踏む思いで落暉は言葉を継ぐが、なんとも言えないもどかしい気持ちになる。
(「本当にお母様の事を考えたら、どうすべきか解る筈だ。なぜ分からない?」)
「人間に、もどっても、辛いことばかり、わかるよ。でも、辛い選択を、することも、大事だよ」
 春臣はかつて想いをもらった人たちを思い浮かべながら言葉を継いだ。
 人間は誰かに助けられたり、助けたりしながら、生きている。
 厳しい言い方をすれば、最期の時が近づいている母親のために、今まで助けてもらった恩返しをしなければならない。いつまでもビルシャナのままじゃあいけない。
「SNSのメッセージでは分からないこともありますよ。今すぐに痛みに耐えているお母さんの傍に寄り添ってあげなさい。それに悩みや苦しみも言葉にして相談してみれば、答えが見つかるかもかも知れません」
 ミリムは下を向くビルシャナの背中を叩く。デウスエクスの背中を叩いて励ますなんて変な気分もしたが、細かいことを気にしている場合では無い。病気のこと学校のこと就職のこと、青年自身の問題ばかりだが、お母さんと話しておかなければいけないことは沢山ある。
「何より悪いのは、お母さんよりも早くあなたがこの世から居なくなってしまうことじゃあありませんか?」
「ミリムさんの言うとおりです。今まで身体の痛みを黙っていたのでしょう。辛くとも泣き言も言わずに頑張ってきたお母さんなのですよ。今、そのお母さまを支えられるのはアナタしかいないと僕は思います」
「かあちゃん……ごめんなさい」
「今すぐには難しいかもしれませんが。……。どうか、その手を破壊のためではなく、いつの日か、だれかを癒すために使えるようになって下さい」
 ブレアの言葉に大きく頷き、そしてビルシャナは立ちが上がる。
 春臣とカタリーナが一歩を後ろに引いて、身構えるなか、ビルシャナとなった青年はビルシャナになる契約の解除を宣言する。
 瞬間、真っ白な光がビルシャナを起点として爆ぜる。
 眩い光の中で、世の中への不満や怒りのイメージが、母を助けたいという強い思いによって打ち消されて行くように感じられた。
 光が消えたあとには、ビルシャナは消えていなくなっており、代わりに、まだ幼さを感じさせる容姿の青年が夜空を見上げる姿勢で立っていた。
「申し訳ありません、僕はとんでもないことを……」
「あなたも、ビルシャナに取り憑かれた被害者なんだ、だから心配しないで」
 凶行に手を染めた記憶から来る罪悪感に怯える青年に春臣はゆっくりとだが、確りとした口調で告げた。
 医師は今回の件について、何も覚えていなかった。
 そしてブレアの申し出た支援によって、青年も母親も経済的な心配をする無い。
 見ず知らずの人だったのに、助けに来て力を尽くしてくれたばかりか、励まし、慰めてくれて、救いの手まで差し伸べてくれるケルベロスたちに、青年は人間に生んでもらって本当に良かったと思い、今人間として生きられることに感謝した。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月7日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 3/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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