ホーリーライト・マーケット

作者:東間

●慌てんぼうの、
 すっかり冷たくなった風に吹かれて、プレハブ小屋の脇に置かれていたトナカイから“業者連絡済み”の張り紙がひゅるりと飛んでいく。
 風に巻き上げられた白い紙が彼方に消えた後、茂みの奥から一体の小型ダモクレスが姿を現した。コギトエルゴスムをつけた小型ダモクレスは、爪を立てるようにしてトナカイの足を上っていき、腹部に空いていた穴から内部に入り込んでいく。
 誰もいないそこに、暫し機械的ヒールを施す音だけが響いて――。
『♪』
 シャンシャンシャン、シャンシャンシャン――……。
 清らかな鈴の音と共に、トナカイが動き出す。

●ホーリーライト・マーケット
 夜空の下に灯るあたたかな光。
 大きなもみの木は赤いリボンや電飾で星を纏ったように輝いて、並ぶ三角屋根の下にはクリスマスをより素敵な一日へと変えるアイテムだけが並んでいる。
「小さなツリーにクリスマスリース、オーナメント……あ、こっちはクリスマス仕様のマグカップ専門店だよ」
「サンタクロースやトナカイのぬいぐるみもありますね。? 屋台も出ているんですか?」
 まさか七面鳥がと呟いた壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)に、一緒にタブレットを覗いていたラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)は笑顔で頷く。ヨーロッパのクリスマスマーケットではホットワインやホットチョコレート――食べ物も色々と売っているのだ。
「ドイツのシュトレンも外せない。最近じゃ、日本でも普通に見るようになったね」
 そう言ったラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)はタブレットを受け取ると「食べたくなってきた」と笑い、ラウルの予感が当たったのだと告げる。
 とあるクリスマスマーケット会場の奥。スタッフ専用エリアに置かれていた故障中のトナカイがダモクレスと化し、煌めく会場に乱入してしまうのだ。
「タイミングの悪い事に会場内は人々で大賑わいだ。ただし、トナカイが会場入りする前に君たちがトナカイに接触すれば、トナカイは君たちに夢中になる」
 つまり、人々を巻き込む心配は無くなるという事。
 故障していたトナカイは業者の回収待ちだった事もあり、スタッフ専用エリアの搬入口近く、広々とした場所に置かれていた。そこには街灯があるので視界良好。存分に戦えるだろう。
「スタッフの方は俺が警察に連絡を入れて避難してもらうよう手配する。君たちは戦闘に集中してくれるかい?」
 トナカイは赤い鼻からはビーム、立派な角からはエネルギー光線、そして腹部からクリスマスらしさ溢れる小型ミサイル群を放ってくる。しかし、ケルベロスたちが一丸となってかかれば、決して負けはしないだろう。
「で、だ。終わったら一足早くクリスマス気分を満喫しておいで」
 折角のマーケット、行かないなんて勿体ない。
 ニヤリと笑ったラシードに、ラウルは薄縹色の双眸をふんわり細め、頷いた。
 冬の夕方は真っ暗な空に冷たい空気となかなか厳しいものの、会場内はそれを打ち消す賑わいで満ちているのだろう。聖夜を彩るアイテムやファッション、雑貨。スイーツにホットワイン、ホットチョコレート、チュロス――。
「あたたかな煌めきを絶やすわけにはいかないね」
 灯る煌めきが聖夜の後も輝き続けるように、聖なる市場へ、いざ出陣。


参加者
燈・シズネ(耿々・e01386)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)
美津羽・光流(水妖・e29827)
八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)
オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)
アルケイア・ナトラ(セントールのワイルドブリンガー・e85437)

■リプレイ

●鈴の音と共に
 塀の向こう側でほのかに浮かぶ、街灯とは別のあたたかな色。
 音楽。声。
『――♪』
 クリスマスを二週間後に控えた市場の空気に、鈴の音を零すトナカイが子ヤギのように飛び跳ねる。そのまま鈴の音響かせてあちら側へと飛び込みそうな勢い――だったが。
「あれま、修理さえされればこれから大活躍だったろうにねえ……」
 ま、こうなっちゃ仕方ない、か。その視界に飛び込んだ塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)が溜息混じりに編み上げた雷壁が眩い光を放ち、その内側を封印箱に飛び込んだ箱竜・シロが翔ていく。
 つるつるつやりとした機械のボディと封印箱。二つがぶつかる音に美津羽・光流(水妖・e29827)は一瞬顔を顰めるが、今年もトナカイがダモる季節にと呟き走った。
「早いとこ片付けて正月に備えんとな。こっち見てみい、俺がサンタや!」
 残念ながら赤いチャイナ服はサンタ判定に引っかからず――そして耳をぴんっと立てて半歩下がったトナカイの視線は、光流の胸に郷愁を生む事もなく。
 雷光めいた突きで傷と焦げ痕を刻まれたトナカイに、サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は値踏みするような笑みを向けた。
「こりゃまた異国文化の気配がプンプンすんじゃん。丁度腹も減る時分だ、なあトナカイクン」
 マジモンだったらステーキかシチュー、骨付き肉にしてディナーの列に加えてやるところ。サイガは本気とも冗談ともつかない事を言って黒鎖を奔らせ、鮮やかに響く癒しの足音にアルケイア・ナトラ(セントールのワイルドブリンガー・e85437)が溢れさせた銀の煌めきが吹雪の如く重なった。
 加護を注いだ瞬間、金の粒になって散りゆく雷壁。手元へ還る鎖の音。踊りながら降り注ぐ銀光。子ヤギのように飛び跳ねるトナカイはそれらを見て何を思っているのだろう。クリスマスに似合いの輝きに喜んでいるのか、それとも――。
「ラウル」
 肩にぽん、と乗った温もりと声。ハッとしたラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)に燈・シズネ(耿々・e01386)は八重歯を覗かせて笑う。
「クリスマスにはちと早い。もう少し、休んでてもらわねぇとだなあ」
 ああ。そうだ。すぐ傍で灯った明るい笑みに刃宿した心が笑みを返し、共に機械兵となったトナカイを捉える。
「休ませてやろう。俺達の手で」
 シズネの放った紙兵が白い風を描くように舞うのと同時、ラウルの注いだ心がトナカイの首元で盛大な爆発を引き起こした。大きく仰け反った首からギイィ、と鋼鉄軋む音がしてすぐ、オルティア・レオガルデ(遠方の風・e85433)の放った一撃が更なる音を響かせて。
 ――シャンシャン、シャン!
 一瞬途切れた鈴の音がハッキリ響く中、トナカイの腹部にパカパカパカッと穴が開いた。

●トナカイ・ライト
「お」
「危ねえ!」
 一斉に放たれた“クリスマス”にサイガとシズネが反射的に地を蹴り、盾となる。
 煙の尾を引いてちゅどどどんッ! と降り注いだのは、天辺に星を戴いたツリー、大きな袋を担いだサンタ、色んな表情のジンジャーマン。ミサイルであるそれは想像以上に可愛らしくて少し羨ま――じゃない。
「シズネ、大丈夫か?」
「ラウル今羨ましいって言わなかったか!? アレふぁんしーな割りに普通に痛かったぞ!?」
「……言ってねぇよ?」
「こらー! ちゃんとこっち見ろ!」
 むきーと怒るケルベロス一名に対し、トナカイはシャンシャン鳴らしながら左右に飛び跳ねる。サンタさんがいなくてもプレゼントは配れるんだい、とでも言いたげに胸も張って鼻をピカピカリ。
 だが得意げなジャンプは八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)の起こした吹雪が纏わりついて中止に追い込み、壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)がもたらした癒しの血桜とシロの“属性”がクリスマスミサイルの痛みを引かせていった。
「悪いけどね、アタシの前で重傷者は出させないよ」
 ニィと笑った翔子の手元から翔た黒鎖が守護魔法陣を描いていく。
 頼もしい言葉と癒しに、言った言ってないのやり取りは信を交わす笑みへ。
 流星と虹。二つの輝きが蹴撃となってトナカイを打ち、ばきりと生まれた亀裂から火花が飛ぶ。対し、クリスマス感溢れるミサイルの名残が一つ、綺麗に祓われて――苛立たしげに頭揺らしたトナカイの立派な角をサイガがガシリと掴んだ。
「へぇ、掴みやすいのな」
 掴んだまま回す。ただそれだけ。しかし単純無比な暴力はトナカイの体全体を回転させ、アスファルトに叩き付けた機械の体からコードをべろん、と数本飛び出させた。
『――!』
「来る!」
 継吾のオーラがシズネを癒して、すぐ。トナカイの鼻が激しく点滅しラウルが声を上げた瞬間、目に痛いほどの赤で輝いた鼻から眩い光が一直線。
 ちゅどんっ! と放たれたそれは怒りのままにサイガの腕を焼き、間近で見た光流は「危なっ」と思わず声を漏らした。
「こんなんピカピカさせたらサンタの役にも立たへんわ」
 暗闇では目立つそれが進行方向を焼くのでは、プレゼント配達どころではなくなるだろう。鈴の音も途切れ途切れになっており、雰囲気半減だ。
 ツッコミながらも器用にトナカイの傷を斬り開き――成る程、クリスマスのトナカイとは本来そういう役割を、と密かに知識を増やしたオルティアが、流星纏った蹴撃を力強く叩き込んだ。

●おやすみの花を
(「クリスマス。サンタクロース。トナカイ。地球には色々素敵な文化があるのですね」)
 オルティアと同じセントールであるアルケイアもまた、真新しい知識を抱きながら唸り声響かすチェーンソー剣を揮った。
 修理されれば再び頑張れた筈のトナカイが、今はダモクレスの一体として暴れている。その悲しみと『彼』が人々の血で汚れる前に止めるしかないという現実が不憫で、心苦しくてたまらない。
 振り下ろした刃は火花と高音を散らしながら装甲を破壊し、剥がし。紫々彦の蹴りが強烈な痛みと痺れを残す中、翔子は『金針』の先端をくるり踊らせて前に立つ仲間へと向けた。
「シロ、重ねな」
 電気ショックとシロの持つ属性。二つの癒しがサイガの傷を一気に癒したのを見て、トナカイは鼻息を荒くしながらアスファルトを幾度も蹴る。しかし苛々アピールは光流が雷光爆ぜる斬撃と共に止め、オルティアが一瞬で現した光剣で完全に断ち斬った。
『――!』
 たたらを踏んだトナカイが反撃をと踏み出すより先に、アルケイアが流れを繋ぐ。
 構えたバスターライフルから放った一発は、冬を凝縮させたような光線。刺すような痛みを孕んだ氷の膜がトナカイに刻まれた傷跡を覆って――さむ、と零れた声は、至近距離に迫っていたサイガから。
「もらいっぱなもワリィもんなあ。喰らっとけ、プレゼントだ」
 体に空いている穴に遠慮無く拳を突っ込み、破壊しながら“食べて”ごちそーさん、とニヤリ。しかしダモクレスであるトナカイは、自分が食べられるのは断固反対と言いたげにロデオの猛牛めいた動きで暴れ、距離を取った。
 ――ブゥン。
 低い音と共にトナカイの立派な角が白く輝き始めて。それが三秒と待たずに強烈な輝きとなり、攻撃エネルギーとなって放たれる。
 だがケルベロス達の攻撃によって雄々しい角には既に亀裂が入っており、シズネを狙った光線はトナカイが思ったほどの威力を持っておらず。
「これくらい、どーってことないぞ!」
 橙色の目は真っ直ぐな輝きを宿し、その隣、薄縹色が優しい色を浮かべた。
 鈴の音を零し、時に楽しげに飛び跳ねていたトナカイ。クリスマスの前に壊れてしまったこのトナカイが、来る25日を楽しみたかったのなら――。
「最後の最期まで、賑やかに楽しく、沢山輝いてみせて」
 俺が全部ちゃんと、憶えているから。
 寄り添う言葉を耳に笑んだシズネの斬撃が、トナカイの体で脈打ち、芽吹く。
 ぱらりと広がった赤が星にも花にも見える姿を現して、“祝福”謳う美しい赤色のもとへ、指先滑らせた後に生まれた万華の彩が重なっていく。
 真冬の夜に咲いた花々はトナカイの全身を覆い尽くした。
 そして――清らかな鈴の音が、ぷつりと止む。

●聖夜の種火
 戦いが終わり、現場のヒールを終えた、その数分後。
 クリスマスマーケット会場にはいくつもの輝きと温もりが戻っていた。
「うーん……」
 三角屋根の下、灯りに照らされたトナカイぬいぐるみは全てが職人による手作り。アルケイアは一つ一つ微妙に表情が違う彼らを真剣に吟味していく。
 あ、と目を留めたのは、撃破するしかなかった不憫なトナカイとよく似た子。
 他の誰かが手を伸ばす前にと購入し、腕に抱いてマーケットを行く。同じトナカイではないが、それでもこうして偲びながら一緒に屋台食べ歩きを楽しめば――届くのではないかと。そう、思ったのだ。
(「身勝手な妄想だけど……」)
 アルケイアは腕に抱いたトナカイぬいぐるみの頭をそっと撫で、抱き締める。
 目の前に広がるマーケットの風景は、確かな温もりを見せていた。

「これは毎年恒例……由来については……なるほど」
 そしてこれが『チュロス』。
 オルティアはチュロスを食べながらクリスマスについて書かれたポスターを――そこに描かれたイラストと文面に目を通していた。何でもサンタクロースという赤い衣に身を包んだ老人が、世界中にいる善良な子供にプレゼントを配るらしい。
「そんな素敵……いや、不思議な存在が……ふむふむ……」
 真面目に『クリスマス』学ぶ姿勢に徹している今、他者の介入を防ぐという目論みは100%成功しているといって良いだろう。
 ただしチュロスを頬張るその表情は笑顔。途中で見かけた硝子製の小さなサンタ帽子の前では目がキラキラ輝いて――と満喫してます感が溢れに溢れていた為、数字は順調に下がっていた。そして。
「世界中のクリスマスマグネット、こちらオススメでーす!」
(「えっ!?」)
 オススメの言葉と並ぶマグネット達の緻密さ可愛らしさに、100%という輝かしい数字は夜空の彼方。

 後片づけとスタッフへの報告。全てを終わらせた光流はウォーレンと合流し、一緒にマーケットを巡っていた。
 仕事で会えない事が多かったから、ウォーレンは“今”が嬉しい。
 ――永遠に一緒という事の難しさを、知らないわけではないけれど。折角の時間だからと、湿っぽい気持ちは輝くツリーの彼方へぽーいと放り投げる。
「良い雰囲気やな、レニ」
「うん。クリスマスマーケットは屋台が家の形で可愛いよね。マグカップもオーナメントも可愛い」
「な。お……ビール売ってるやん。美味そうや――って酒飲みに来たんとちゃうねん」
「もーしょうがないなー。好きなんだよねー? 良いよ、飲みに行こう?」
 ウォーレンはくすくす笑ってそう言ってくれるが、光流はその優しさに今日ばかりは甘えたらあかんねんと首を振り、「あー」や「うー」を繰り返す。
 どうしたの。不思議そうにするウォーレンの前で、もっと不思議な事が起きた。
「あんな」
 光流がスッ、と膝を突いて。自分を見上げている。
「今年のクリスマス迎える前に俺と家族になってくれへん?」
 差し出されたのは一つの煌めき。
「……え。良いの?」
「こんなん酔っては言えへんよ」
 がたがた震えてしまうのは寒いせいではない。ぽかんとして、それから震える瞳で指輪を見つめるウォーレンに、この決意を受け取ってもらえるだろうかという緊張と不安が押し寄せているせいだ。
(「……光流さんの未来そのものを、僕がもらってしまってもいいのかな」)
 ウォーレンの内に確かに存在する、悩む心。
 しかし“自分の未来を全部あげたい”という想いも、確かに在ったから。
 返事は一つ――“ありがとう”の、言葉だけ。

「おつかれさん」
 軽く手を挙げた俊輝に翔子も手を挙げる。ただし後者は若干申し訳ないという表情で。
「や、呼び出してごめんよ。今年のクリスマスツリーに良さげなオーナメントでも探してみようって思ってさ」
「ああ、オーナメント、なるほどな」
 クリスマス一色のここなら、ぶらぶら歩くだけでも良い物と出逢えるだろう。例えば――早速見つけたホットワインとか。いいねえ、と呟いた俊輝の行動は早く、労いも兼ねての奢りだというそれを翔子は喜んで受けた。
 しかし。
「いやいや、そんなん買ってどうすんのさ。元の場所に戻してきなさい」
 必要のないものにはしっかり“駄目”のサイン。
 そうこうしながら最期に見つけたのは、スパイスとドライフラワーで作られたオーナメントセット。緑や茶色、自然が生んだ素材によるそれを、俊輝にもよく見えるよう手に取ってみる。
「どう?」
「いいと思うよ」
「じゃ、買って帰ろうか。すいません、これを」
 聖夜に彩り添える品を確保したら、お次は――と、口から零れた吐息は真っ白で。
「あーすっかり冷えたね。あっちのスープ屋でも覗いて帰る?」
「賛成」
 ホットワイン。オーナメント。そして次は温かな美味を求め、二人は行く。

「おっつかれー、ドッチにする?」
 キソラは赤と白のホットワインを掲げてニヤリ。陣取っていた屋台のテーブルにはぷりぷりとしたソーセージや牛肉が顔を覗かせるシチューといった肉料理が並んでおり、どかっと座ったサイガも頷きながらニヤリ顔。
「ハッ、随分と気が利くこって。……口ん端ついてんぞ」
「や、まだ食ってナイってホント……え、ウソ」
「嘘でぇす」
 口元拭う様に笑い、赤ワインをぶん取るようにして受け取り、ぐいっ。しかし口から喉へと一気に過ぎた熱さで黒目はギョッと見開かれ、今度はキソラがどこかドヤ顔で笑んだ。
「カクテルの一種だよ、果物も入ってるし嫌いじゃねぇでしょ。あ、温かいのは元からネ」
 好みも考慮してのチョイスに、サイガはすん、と赤ワインを嗅ぐ。
「ふうん……悪かない」
 ちびちび味わい始めた姿を目に、キソラはそのワインにゃこっちの肉料理が合うからと勧めながら次の料理を探して目をうろうろ。アイスバイン、ガレット、ステーキにラクレットと、目に入る看板の名を片っ端から「どうよ」と伝えていく。
(「技みてえな横文字ばっか」)
「チーズ食うだろ? あ、ムール貝は? 胃袋は全然平気だよネ」
「たりめえよレアは制覇。オッサンが羨ましがるレベルで食うからな」
 手元から奪っては食べ、奪っては食べ。自分のが無くなっちゃたまらんとキソラもソーセージに歯を立て、ぷつりと溢れた肉汁を味わいながら、そうそう、とシュトレンを挙げる。
「あーオッサン言ってたヤツ」
「何でもクリスマスまで少しずつ食うンだって。ゲームみたいで楽しいじゃん」
 土産分も一緒にさ。
 ニッと笑う空色に黒色もフン、と楽しげに笑む。
 少しずつ、なんて言って当日までに食い尽くすこと必至だ。
「一番デカくてうまそうなヤツ探すぞ」
 いざ、第二のクリスマス・ミッションへ。

 見えるもの。聞こえる音。周りに溢れる全てが、シズネに聖夜を思わせる。
 初めて見る食べ物系屋台は当然「何だあれ!」とラウルを引っ張って一つ一つチェックして。そのさなか見つけた一匹のトナカイぬいぐるみを持ち上げる。
「こいつも鼻がピカピカ光って、ビームが出るのか?」
「そのトナカイさんはビーム出ないと思うよ」
 鼻は赤いけどねと笑いながら、“幸せな聖夜”に一役買ってくれそうなトナカイの蜜蝋を手に取って――あ、と視線が合ったのは、丁度通りかかった継吾だった。
「七面鳥は見つかった?」
「いえ。ですがチキンならありました」
「えっ、チキン!?」
「はい。スパイスがきいていて、肉厚ジューシーで……美味しかったです」
「なあ、ラウル……!」
「ふふ、後で買いに行こうか。あ、焼きたてのトゥルデルニークもお勧めだよ」
 笑顔で差し出したその次にトナカイぬいぐるみも加えて別れた後、屋台の食べ物抱え幸せいっぱいのシズネと、揚げたてライプクーヘン頬張るラウルが出来上がる。
「楽しいね」
 上機嫌な姿に眦緩めるラウルの手には、冠のように生クリームを天辺に乗せたアイヤープンシュ。クリームだけでなく淡い黄宿した酒も何だか甘そう――なだけでなく、一口飲んだラウルを立派なもこもこ髭蓄えたケルベロスサンタに変身させるから、シズネは思わず「ぷ」と噴き出していた。
「まだクリスマスじゃねぇのに、サンタクロースがいるな」
「えっどこに居るの?」
 優しい甘さ浮かべた幸せな心地に飛び込んだ驚きのニュースに、自分がそのサンタだと知らないラウルは辺りを見回すばかり。くつくつ笑っていたシズネには、それが可愛らしくて、余計におかしくて。
(「オレだけのサンタクロースは、あわてんぼうだなあ」)
 シズネが浮かべていた柔らかな色は自然と深まっていく。
 首を傾げていたラウルは、嬉しそうな姿に心がぽかぽかするのを感じながら微笑んだ。
 幸せを運んでくれるサンタクロースは、トナカイに負けず劣らずのあわてんぼうだ。
 だって――聖夜を迎えるよりずっとずっと前から、隣にいる。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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