第三回浅櫻酒会~朱色の一日~

作者:ふじもりみきや


 とある地方、とある山奥にあるそこでは、丁度今頃美しい紅葉が見頃を迎えていた。
 紅葉に灯台躑躅にと朱い色だけを揃えた美しい景色に惹かれて山を訪れる者も多く、この時期はあちこちからにぎやかな声が聞こえてきている。
「……というわけで諸君。酒を飲……じゃなかった。紅葉でも見に行かないか。もちろん酒も持って。たまには外の宴会もいいだろう?」
 浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)はそういって上機嫌で人差し指を立てた。本音を飲み込んだ月子であったが、割と周囲から見ればその本音が駄々洩れである。まあ、いつものことである。
「この時期、月子さんの家にはお酒が多いですからね」
「待て。その私が酒にしか興味がないような物言いは何だろうか」
 萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)の言葉に、心外だとばかりに月子は瞬きを一つ、する。確かにこの時期は何かと物をもらう時期で、そして月子は酒好きだということはよく知られているので、「じゃあ酒を選んでおけば確かだろう」という理由から家には大量の酒が届けられるのだが、酒にしか興味がないわけではもちろん、ない。
 正確にいうと月子は酒が好きなのではなく、「酒の席で人と笑いあったり酔っ払いをからかうのが好き」なので、別段酒豪というわけではない。ていうかそこまで飲めないし、限界を超えた酒は飲まない。
 だが、贈り物の「これを送っておけば外れないだろう」は結構怖い。そうと知られれば贈る側が頭を悩ます必要もないので、それしか送られてこないからだ。
 というわけで、月子はこの時期自然と大量の酒と、アイスクリームと、紅茶類と、ミカンという非常に雑然とした贈り物に悩まされることになる。
 なので、せっかくなのでそれも一緒に消費してくれるとありがたいよ、と、さらりと月子は付け加えた。
「山の中にな。知り合いの洒落た料理屋があるのでそこの場所を借りた。そこに行こうと思う。定休日だから、台所は好きに使って構わないし、酒の持ち込みも、食べ物の持ち込みももちろん可能だ。……こんな感じで」
 そういって、月子はパンフレットを一つ、差し出す。
 それは、美しい紅葉の広がる座敷であった。上品なの和風の、料亭というよりは和室のような様相である。畳敷きで、面白いのは四方の壁を取り払い、縁側とともに開放しているところだ。そこから惜しみなく美しい紅葉が見られるし、また紅葉が落ちてくる。
「それに、この下は川なんだ。縁側まで出れば、美しい紅葉が流れる川の景色を拝むこともできるぞ」
 夜も、若干寒いが周囲の景色がライトアップされるので、それもまた風情があるのだと月子は言った。それに寒いなら火鉢に火を入れればいい。と月子は写真の隅にある火鉢を指さす。必要とあらば店の物置にあるので好きに持ってきていいという。ちなみにわたしは使い方は知らない。などと無駄に胸をはっていた。
「日がな一日畳に座って酒を飲みながら紅葉を見る。贅沢じゃないか」
 なお、充分な広さがあるので、畳の上に寝転がっていてもかまわない。
 店自体は定休日なので、程度はあるが多少騒いでも大丈夫だろう。
「この時期はドウダンツツジの紅葉と、そして山茶花が見頃だそうだ。このあたりはな、拘っているのか朱く紅葉する木しか植えていないんだ。其処に朱の山茶花と来れば……それはもう一つの世界として、見事だぞ」
 そいつがどんどん降ってくるのだから、さぞ楽しいだろうと月子は笑った。
「折角だ、思う存分ゆっくりしようじゃないか」
「そうですね……。山茶花って、この花ですか?」
 雪継はパンフレットに描かれた花をしげしげと眺めた。紅葉と同時に朱い花が描かれている。月子は頷く。
「あぁ。椿とは少し違うだろう。コレも見事らしい」
「へぇ……」
「というわけだ。飲んでも、飲まなくても。それはどっちでも構わない。せっかくだから、ゆっくり紅い色を眺めに行こうじゃないか」
 感心したように鼻をのぞき込む雪継に、私は飲むがな。と月子は笑って話を締めくくるのであった。


■リプレイ


「まぁじに活躍する日がくるたあな」
 七輪使いながらのサイガの言葉にティアンは物思いを中断させた。みんなでワイワイしている間はなんだか大丈夫な気がする。
「役立って何より」
 ティアンが言った傍ではアイヴォリーが酒を片手に大人の笑みを浮かべていた。それを見ながらも、夜も少し微笑んで、
「さぁさ、紅葉酒と洒落込もうでは無いか」
「ええ。赤に黄にあざやかに粧う秋の山こそ、風情ある酒の肴というものでしょう? ああ。今日のわたくしは一味違う雅な大人――」
 言いかけて。なんとも美味しそうな匂いが流れてきた。もちろん隣からである。
「脂乗った魚とーあとバター醤油といや……」
「炙ったエイヒレというものがイチミショウユマヨで……」
 その言葉にサイガが歌うように言い出したので、ティアンも乗る。
「……おや天使サマ?  今日は腹の調子でも悪いんで?」
「くっ、貝にバター醤油とは小癪な真似を! でも負けませんから……っ」
 なんだか遊ばれている気がする。わかってはいる。アイヴォリーはプルプルしながらみやびさを維持して酒を飲み干す。私は我慢するわよ、という顔をアイヴォリーはしていて、
 夜は楽しげに微笑みながら、彼女の桝に二杯目をそっと注いだ。
「ああ……雨水が地に沁み込むかのよう。芯から潤う心地だね」
 つまみもいい。なんてティアンの肴に手を伸ばす。上機嫌な様子の夜に、
「だろう。どれもこれもいい匂いでおいしそうだ。サイガ、少し交換しないか。……ほら、アイヴォリーもお腹空いたままお酒飲むと……」
 酔いが早いぞと言いかけてティアンは言葉を失う。
「大丈夫ですよティアン、全然酔っていません。七輪が二つあるように見えるだけです。ふふ、見て、エイヒレが倍! すてき! これでもっとたくさん呑めますねえ!!」
 遅かった。
「出来上がんの早……」
 サイガが七輪から焼いた肉をつまみながらぼそりとつぶやいていた。
「ああ。これ、は……。まあいざとなったら夜が……」
 なんとかできるのか? と、ティアンが思わず目だけで問うと、夜は微笑んで頷いた。いざとなったら共に眠りの淵に落ちれば良いさと。口にまではしなかったが、
「ん……。きれい、です……」
 目を細めたアイヴォリーが、そっと夜の肩に頭をのせて目を閉じたので。ね? と夜は目だけでいうと、なるほど。とティアンも小さく頷いた。
「んじゃ」
 そして静かな寝息が聞こえたころ、炙った紅葉の端を軽く齧ってサイガは立ち上がる。
「そうだな、お散歩と洒落こみますか」
「お散歩、ティアンもいく」
 立ち上がるサイガを、ティアンが追う。未だ、夜は終わらなさそうだ。


「褐也は赤の彩りが似合うよね。いつか彼女にも見せてあげたら?」
 梅酒を掲げて柔らかく笑うラウルに、褐也は紅に染まる景色から親友へと視線を変えた。
「そうやな。……こりゃ見事やわ。彼女にも見せたかったなあ……」
 ふっと緩むような一呼吸。褐也は面白そうに笑う。
「ほな、飲もや。せっかくの景色やさかえ。飲まな損やで」
「景色とお酒は関係あるのだろうか。でも、うん。俺は結構、飲めるよ」
 その笑顔に、ラウルは何となく主張した。煽るようにぐいーっと梅酒を喉に流し込んだ。

「ほら、お酒強いだろ?」
 どや顔で告げたラウルは、既に真っ赤な顔をしていた。
「さよか、まだまだ行けるかー。……顔赤くなってへん?」
「気のせい。気のせい。俺はまだまだいけるんだから」
「いやあ……そうなんか……」
 うぅんと言葉を濁す褐也。なしてそんな弱いんに、強いと思い込んどるんや……。と心の声が表情に駄々洩れていたがそれすらもラウルは気づかない。
「そろそろジュースとか紅茶挟もや、な?」
「そっかぁ? じゃあ紅茶飲もうかなぁ……」
 言った途端ラウルの体が傾いた。とんと畳の上に寝転がる。
「おーいラウル、ラウルー」
 返事はない。ただの酔っぱらいのようだ。
 苦笑して褐也は立ち上がる。まあ、介抱するのも多分、醍醐味だろう。……きっと。


「人は何故お酒を呑むのか?」
 さくらはものすごくまじめな顔をしていた。
「そこにお酒があるから呑むのよーっ!」
 どーん!! と勢い込んで拳を掲げたさくらに、早苗が挙手して、
「ふふふー、わしが持ってきたのはこちら!『誕生日にさくらからもらったやつ』ー!」
「わぁ!早苗ちゃん、アレ持ってきてくれたの? 嬉しいっ」
「えへへ、折角じゃからさくらと一緒に飲もうと思ってたのでな!」
 どーん!! とさらに続いた早苗に、千夜は真面目にうなずいた。
「酒とアイスと紅茶と蜜柑……定番だガ不思議な組み合わせだナ。でハ私からは……」
 定番のスモークチーズの提供を。そして、
「ほらほら、千夜ちゃんも茜ちゃんももっとこっちにおいでおいでーっ。一緒に乾杯しましょ♪」
「うむ、なんだかすでにさくらが出来上がっている気がするのじゃ! とってもいいことじゃな」
「ふふ。じゃあわたしもいただきます~」
 楽しげなさくらと早苗に、茜も笑う。一緒にテンションを上げているが、手にしているのはジュースである。雰囲気酔いだろうか。と一人真面目に三人を見ていた小夜がふと何かを思い出したように微笑んだ。
「そういえばアイスクリームと酒と聞いて思い出したのだガ、アイスクリームにほんの少しウィスキーをかけると美味しいと聞いたことがあル」
 小夜は記憶を引っ張り出して、
「試してみて美味しいようなら早苗やさくらにも勧めて……」
 確認しようと小夜がアイスクリームを取ってきたら、
「聞いたことはあるが試したことはないのじゃ……是非分けて欲しいのじゃ!」
「うわっ、千夜さんのそれ、美味しそうな雰囲気のやつっ! いいなー……いや、食べませんけど、いいなーっ!」
「アイスにお酒……!! わたしも、わたしもっ」
 早苗、茜、さくら。と三人してかしこく並んで座って待ての姿勢をしていた。とても確認とか言っていられる状況ではないことを、三人のキラキラした目で、小夜は悟った。

 そして。
 程よく飲んで、転がって。
「どうじゃぁ茜ー、飲んどるかー? 皆で飲むのはたのしーのじゃ!」
「飲んでますよっサイダーですけど!」
「あ、茜ちゃん茜ちゃーんわたし、明日は二日酔いで休むから明日のわたしの分の仕事おねがーい……」
「うむうむー。帰りに歩けなくなったら茜におぶってもらおうかのー?」
「何人でも運んで帰りますが仕事の代打はダメですからねっ!?」
「えー? だめー? こんなにお願いしてるのにー」
 転がる酔っ払い二人に茜のはしっかりきっぱりお断り。
「茜……」
「駄目ですよ。絆されちゃ」
 小夜の言葉に茜が腰に手を当てて。さくらと早苗がおかしげに笑う。
 美しい紅葉が、静かに四人に降り注いだ。


 持ち込むのは、真っ赤なリキュール。
 去年、二人で漬けた苺のお酒。
 人のいないところであかりと陣内はひっそりと。陣内のくゆらせる煙草の煙の中で。
「はい……どうぞ」
 あかりが酒を注ぐ。飲めないけれどもおつまみも広げておもてなし体制万全だ。
 最初はストレートで。次は……。と様々な角度から楽しんで。
 間に別の酒も飲めば、ずいぶんと心地もよくて。
「今年も紅葉がやってきたよ、竜田姫」
 ふと雪のように振る紅葉に。陣内が戯れをのせると。
「――あの秋はいつの頃だったかな、比古神さま――」
 あかりもそっと微笑んだ。その赤を掬ってひらひらと。彼の酒の上に落とせば。陣内はそれをグラスで受け止める。
 その色を見ながら、陣内は目を細める。四年前の言葉は、今年も色褪せてはいない。
「俺の隣に、いてくれないか」
 もう四年、あと十年。その先も。
「俺が骨になって土に還ったその後も……愛しているよ、あかり」
 その言葉に、あかりも息をつく。なんというか、思わず言葉に詰まったのだ。
「あの日の紅葉ではないけれど……。あの日の誓いは、今も変わらず僕の胸に。僕も……」
 少し視線をさまよわせる。陣内は微笑んだまま、あかりの顔を見ていた。何やら期待しているように、取れなくもない。
「愛してるよ」
 ――それはきっと、二人の間だけで伝わる秘密の合言葉。


「わぁ……」
「これは、想像以上だな」
 目の前に広がる赤色に、リュシエンヌが声を上げて、ウリルも頷いた。
 圧倒的な景色に固まること数秒。
「うりるさん、あそこはどう?」
「っと、そうだった。うん、あの辺りなら二人でゆっくり過ごせそうだ」
 縁側あたりを選んで二人移動する。座り込めば用意したのは赤ワインだ。
「改めて、おめでとう、ルル。ルルの特別な日だから、この景色と共にどうしても祝いたかったんだ」
 ワイングラスを二人手に。リュシエンヌは嬉しそうにグラスを光に透かした。赤い色が美しい。
「素敵な場所を選んでくれて、ありがとう。ルルの初めてのお酒は旦那様との乾杯で始まるの」
 乾杯、とグラスを合わせて。
「ついにこうして、一緒に酒を飲める日がきたね。……初めての味は、どう?」
 感想が聞きたそうなウリルの目。リュシエンヌはそれを感じながらそっとワインを口に含む。
 味わう、というには経験が足りないリュシエンヌであったが、
「おいしい!」
 隣にウリルがいる。それだけでおいしくなる。で、
「……ほっぺが真っ赤になっても、笑わないでね?」
「笑わないさ」
 なんて言うリュシエンヌにそっとウリルは彼女を抱き寄せて、その耳元で囁くのであった。
「ルルが真っ赤になったら、それはそれで可愛いと思うよ」


「みかんみかん……♪」
「エリヤ~、みかんをあんまり食べると指が黄色くなるぞ」
 みかんの皮がつまれている。その犯人エリヤにエリオット言ったが、ゆるふわ~っとしたその言葉には注意の意味があるのか。
 お酒を貰い、ちびちびとエリオットは飲んでいた。そして何だかものすごくにこにこしていた。
「ローシャー」
 エリオットに呼ばれて、足元をゆっくりと流れる美しい赤色に、目を細めてのんびり酒飲みしていたロストークも顔を上げる。顔を上げた彼に気付いてエリヤも笑う。
「ローシャくん、ほら。おみかん、おいしいよ。たくさん食べちゃった。ローシャ君も、食べる?」
「みかんおいしいんだ。あはは、随分食べたねえ」
「そうだよ。おいしいからいいもんねぇ」
 一つもらおうかなとロストークも手を伸ばす。
「ローシャローシャ」
「はいはい」
 皮をむいてエリオットの口にもみかんを放りこむ、エリオットは日向で目を細める猫のような顔になって。みかんとお酒をちびちび口にした。
「それ多分アイスと一緒に飲むとおいしいやつ」
 そんなエリオットを優しく見守っていたロストークはお酒に気付く。エリヤがそわっとした。
「この後、アイスも食べようかなぁ」
 ふわふわ楽しそうにお酒お追加貰ってこよう立ち上がるエリヤ。その後……、

「えへへ、ほんとだ。おいしいねぇ」
「ああ。……」
 ゆらり頭を揺らすエリオット。どうやら頷いているようだった。そこで、
「あれっ、にいさんお顔が赤いような気がするけど……」
 エリヤはエリオットの異変に気付く。
「うん。ええと……」
 ロストークが酒を確認する。どうやら酒の度数は思っていたより高いようであった。
「……お酒、強かったかな?」
 はて、とロストークは首をかしげた。彼自身は全く酔う様子はなかったけれども、
「……強かったかも?」
 エリヤも首をかしげた。その顔がなんだかふわーっとしていた。その平和な酔い方を、ロストークはうれし気に目を細め、飽きることなく二人を見つめているのであった……。


「紅葉を見ながらアイスもミカンも食べ放題だなんて! ふっふっふ。アイスは別腹ですから、いくらでも食べれますよ。……あ」
 そんなカルナがすれ違ったのは、
「エエ、こちらは酒の肴を、ト……。簡単なものなら作れマス」
 料理を持ったエトヴァだ。おいしそうだ。
「さあ、こっちよこっち! お誕生日おめでとう、ってことで飲みましょう!」
 ご機嫌な梢子と月子が、片手を上げて振っている。カルナとエトヴァもそちらへ向かう。
「月子殿、お誕生日おめでとうございマス。ご同席頂ければ幸いデス」
「勿論、どうぞ」
「でハ、佳景を肴に一献……」
 楽しそうな梢子の隣で、ビハインドの葉介は紅茶をすすってる。月子は微笑んで、エトヴァのおつまみを貰い、
「旨い。君はいい料理人になれるな」
「料理はマダマダですガ、俺はこの星の住人になれた事、幸福に思いマス」
「はっ。思い出した!!」
 唐突にお酒を飲んでいた梢子が声を上げる。今度は何を言うのか。月子が面白そうに眼をやると、
「ばにらあいすに焼酎かけるのが美味しいって聞いてねぇ」
 そして……、
「こ、これは……すっごく美味しいわ! 月子さんもやってみて! 試してみる価値大ありよ!」
 二人も試してみる。
「おや、旨い」
「ナカナカ……」
 結構、いけた。
「うーん。おいしそうですねえ」
 そんな三人にカルナも嬉しそうである。将来自分もそこにいることを思うと楽しい。
「ふっふっふ。大人の楽しみ方だからねー」
 あげないよー。なんて梢子は冗談めかして、
「僕だって、クッキーを持ってきましたから」
 アイスを挟むんです、とカルナはすまし顔だ。そして。
「星を愛すハ、人々を愛することと申しましたガ……。俺も、この星に、愛されているのかな」
 ぽつんとエトヴァが呟いて。ぐいと杯を煽った。その上も紅葉は降り注ぐ。
「僕にはそう見えますよ」
 目を閉じるエトヴァに、カルナがそっという。そして、
「あ、アイスお替り」
 カルナはぶれなかった。
「『紅葉を見にいこうよう』なんて!アハハ!」
 梢子もぶれなかった。

 宴会から少し離れた場所で晟も一息ついていた。
 バニラアイスに焼酎をかけ、みかんを口にする。
 酔っぱらうまで飲むようなことはしないが、ちょうどいい休憩だ。
「紅茶があるなら、それをモヒートに入れてもいいな……」
 そういう性分である。ここぞというときに動けなくなっては困るのだ。
「……よし」
 というわけで、晟は小さく頷く。だからといって飲めないわけでは全くない。酒はそれなりに飲めるので……、
「バニラアイスと酒を追加注文だ」
 ウイスキー、梅酒、ブランデー、……。とりあえず行けそうな組み合わせを一通り楽しむか。どれから手を付けようかと心も弾む晟であった……。


 赤い雨が降ってくる。
 葡萄色の地に黄金の糸菊の和装のエルスが視線を紅葉から戻すと、
「お料理……。志苑様、すごいです……っ!」
 嬉しそうな顔をする。志苑も微笑んだ。志苑が腕によりをかけて料理を用意したのだ。薄黄色地に葡萄色暈し着物が揺れる。
「秋らしいお品書きでしょう? 林檎ドリンクや林檎パイもありますよ。この時季は林檎もおいしいですから」
「林檎もいいですね。けれど今日の私は蜜柑むきわんこです。お酌もしますよー」
 拳を固めたのは茶柴っぽい和装のリリィだ。楽しみだなと笑う月子の肩に、
「では、俺からはこれを」
 ふわりと老竹色の襦袢に洗柿色の長着姿の清士朗が赤墨地に紅葉の散る打掛を月子の肩にかけた。
「誕生日おめでとう。思った通り、お前が羽織ると、この地に赤く染まった竜田川が現れる」
「ありがとう。そういえば今日は皆和装だな。仲間に入れて貰えて嬉しいよ」
 片目を瞑る月子。今日の皆は和装にそれぞれ羽織も重ねて、とても風情がある。

「僭越ながら余興を務めさせていただきます」
 さて。食事も終えたころに志苑が立ち上がると、
「ならば引き続き」
 清士朗が三味線を爪弾いた。今までとてもいい声でバースデーソングを歌っていたのだ。
「清士朗。君は私を笑い殺すつもりだろうか」
「なかなか上手かっただろう? なに」
 彼女の舞に無粋なことはしないという。志苑の日舞いは美しく、優雅に一礼すれば、
「あら、都都逸?」
 三味線はそれで終わらなかった。清士朗のそれに合わせて、
「♪ 紅葉色づく季節になると酒と蜜柑が山のよう」
「っ、なんだそれは」
 酒を注ぎつつ、リリィが歌うので。月子は思わず噴き出した。
「おや、月子は知らないのか」
「実はな。私は割と、諸々のことに適当なんだ」
「うん、それは知っていた」
「私も分からないのです……」
 あっさり清士朗に言われて、けろっと笑う月子。隣でエルスが頭を抱えている。
「♪ つつゥじーさいィたーかー、もみィじィはーまァだかーいな。こんな感じで……」
「ふむ。ではエルス」
 リリィが月子に解説していて、志苑は頷き言葉を添えている。今だと清士朗はエルスに吹き込んだ。
「んん、やめてもみじよ、さかぬでおくれ……」
 残りもたどたどしく読み上げたエルスに、思わずリリィも志苑も顔を上げた。
「……兄様、お酒の席とはいえお戯れを」
「清士朗さん……貴方いま何を耳打ちしたんです?」
 志苑もリリィも視線が冷たいが清士朗が全く意に介さず、
「竜の躯から流れる血をこの赤に見立てたわけだな」
 なんて言う。意味の分からぬエルスが首を傾げる。そっと志苑に耳打ちされて、真っ赤になって俯いた。愛らしいと志苑が思ったのは秘密のうち。リリィも清士朗の笑顔には微笑むしかない。
「ではトリは月子頼む」
「この酔っぱらいに、なかなか無茶を言うな?」
 さて、頭を捻るか。なんて肩をすくめる月子。できねばできるまで宴が終わらないな。なんて清士朗はそう言って。三味線を弾いた。
 いろにそめてよ、あなたのいろに。
 かおのいろには、だせぬけど。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月28日
難度:易しい
参加:25人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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