●困ったこと
「あれえー! ぼくのお店が……無茶苦茶……だ!」
竜巻でも通ったかのように破壊され尽くした商店街を目の前に、ジャージ姿の青年が途方にくれたように突っ立っている。
この青年は最近までプロのゲーマーを自称していて、家に籠もっていたが、いろいろあって働かないといけないと自分でお店を開いたばかり。
「ひとりで出来ないゲームを、お金を貰って一緒に遊ぶって、良い商売だったのになあ」
再びニートに戻る危機かも知れない。
「長野県の北部にある、飯山市の商店街がデウスエクスの襲撃を受け壊滅した」
ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は少し辛そうな表情で告げた。
被害を受けたのは、市内を縦断する千曲川の西側にある繁華街、不幸中の幸いと言うべきか、深夜の襲撃であったために、死傷者は発生しなかった。
「被害を受けた商店街は、南北に300メートルほどの道路の両側に面している。真っ直ぐの通りだから、ヒール作業には手間取らないと思うけれど——よかったら手を貸してくれないかな?」
飯山は人口二万人ほどの山間の小さな街だから、商店街もこじんまりとした印象を受けるが、蕎麦やさん寿司店、喫茶店、精肉店や青果店……食べることに関するお店が多めで地元の人もよく利用している。
それから、『ゲームを一いっしょしてあげる屋さん』、ニートとみなされていた青年が、ゲームを遊びながら稼ぐにはどうしたら良いかを考えて始めたと言われている。
一人では遊べないボードゲームなどが、そのお店に行けば、いつでも遊べると言うのが評判となっているそうだ。
「自分の好きなことをして生きて行く方法というのは意外にあるのかも知れないね。こんなことを言うと仕事は大変なものなんだって怒る人もいるかも知れないけれど」
人は皆同じでは無い。人の数だけ考え方があるのだから、多少の違いは大目に見ようと、そして見て貰おうと、ケンジは目を細める。
「ヒールが終わった後は、お店に遊びに行くのも、美味しそうなものを食べ歩くのも自由にして良いから——そういえば今の時季はりんごもすごいよね」
冬を間近に控えた飯山市、ヒールの作業を終えた後、一日をどのように過ごすかは、あなたがどう考えて行動するか次第。
あなたにも楽しいものが見つかりますように。
●まずはお仕事
通りに面した商店街は刈った草を道の隅に掃き寄せたような破壊されていた。
「あぁ……通りがめちゃくちゃなのです」
肥後守・鬼灯(青空好きの少年・e66615)は驚いたような声をあげる。ここに来るまでの街並みは至って普通だったのに、角を曲がった途端に廃墟が広がっていた。そしてひとだかりもある。
「だいじょうぶだよ。私は仕事はきちんとするから——しかし、電柱だけ壊さないとか几帳面なデウスエクスだったのかな?」
地面に落ちていた羽毛のようなごみを拾いあげながら、ルカ・ローセフ(戦火の子・e08274)は、集まっていた飯山市民、店舗や家を壊された被害者に声をかける。
「頼りにしてるずら。しかしこんなに早く来て貰えるなんて助かるずら」
「新しく始められたお店だったのですか?」
之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)はひとりの青年に声をかけた。
「ええまあ、借りた空き家でゲームをしたり、されたりするだけのお店です」
青年はプロのゲーマーを目指していたそうだが、それが叶いそうもないとなんとなく分かってきて、それから別のアルバイトをしたり、いろいろあって、空き家のスペースを使わせてもらって、ひとりで遊べないゲームを誰とでもいっしょにしてあげることを思いついたという。
「そうですか。つまり自宅警備員から空き家の警備員にクラスチェンジしたということですね」
「無理に警備員にしなくてもいいと思うんですけど」
儲けは大きくないけれど、特別な趣味などを持たないお年寄りや、小さな子どもが時間をつぶせる場として、また商店街に人を呼び戻す場としても、役立つ存在になりつつあるらしい。
「こほん。いつまでも話ばかりしていないで、ヒールを頑張りませんと」
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)がツッコミをいれる。まだ朝だからヒールで商店街を復旧させれば、お昼時には無理でも、午後から夕方にかけての開店に間に合うだろう。
「終わったあとは、もちろんゲームを楽しみましょう。時間はいくらでもあるはずですわね?」
「ええ営業時間に定めがあるわけじゃあないですから」
青年の言葉に、カトレアはとても満足したように微笑みで返すと、すぐに凜とした表情で瓦礫の方に向き直ってヒールを掛け始める。
さらに大変よい子であったルカのがんばりもあり、ヒール作業は順調に進む。300メートルという意外に長い通りであったが、左右に分かれてまっすぐにヒールを進めて見ると、意外なほどに時間は掛からなかった。
「ありがとうずら。ケルベロスさん」
「なんというか、前よりもスッキリしたような、どことなく観光地みたいになったような気がするよ」
元の風景を覚えていなければ、想像で補う部分もある。それと同じ様な理由からヒールで修復したものには何かしらの幻想が混じり込むのかも知れない。
●ゲームで遊んであげる屋さん
「そういえば、みんなはお腹は空かないのかな?」
とても存在感の薄かった、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)が言った。
「……つまり、あなたはお腹が空いたから、何か食べたいというわけかな?」
直球で意図を問い返してくるルカ。今は食べることよりも遊ぶことの方に興味の中心があるようだ。
「食事は重要だと思うよ。その土地でしか食べられないものだってあるし」
目で見て肌で感じるだけでなく、舌で味わい五臓六腑に染み渡らせるのも大事と妙にこだわるケンジ。
「あ、ルカさん、飯山はお蕎麦やお寿司も美味しいそうですね。つなぎにオヤマボクチを使った独特の食感が絶品の富倉そばに、上杉謙信も食べたと言われる笹ずし。笹の上に酢飯をおいて、ゼンマイ、シイタケ、鬼グルミをのせた山の幸だそうです」
鬼灯が何気に手に入れたまち歩き案内チラシに書いてある内容を紹介する。
「なにそれ。絶対美味しそうなやつだね」
そんな風に言われると、ルカもお腹が空いているような気がしてくる。チラシも目を通さなければただの紙くずだが、読んでみると役立つことが書いてある。
「近くのお店のメニューなら、たいていは出前で注文できるよ」
店主の青年が告げる。沢山注文が入れば、少しばかりのリベートも貰えるらしい。
「でしたら、飲食物の持ち込みも可能ですわね? 持ち込みなら軽減税率の対象になりますわ」
美味しい紅茶や眠気冷ましのコーヒーについて多少気にしていたカトレアが、すかさず質問する。
「出前でも税率は8%ですので、お好みで良いですよ。ゴミの分別はよろしくお願いします」
「いきあたりばったりのように見えましたが、さまざま思案されているのですね」
しおんが感心したように店主の顔を見る。
何がきっかけだったにしても、周囲の手助けもあったにしても、ニートのような生活をやめて、自分の気持ちに折り合いをつけられる新しい仕事を作って、短い時間ながらも、思い通りにならない状況を変えられるように工夫したり考えたりしたのだろう。そしてそれは誰かに指示されたことをやらされるのとは違う。
「なんですか。意外にうまく立ち回っていらっしゃるようですね。もしお時間があれば海外のゲームの翻訳などしていただければ、ゲームをつくる方にも参加できるのですが」
「え、そんなこともできるの?!」
「はい。もちろん作るだけでは、誰も目に留めてくれませんので、ゲームのマーケットで発表したりする必要はあります」
にっこりと目を細めると、連られたように店主の青年も笑顔になる。
「しおんさんは、本当にいろんなことを知っているんだね。ありがとう!」
そうこうしているうちに、近所のおじいちゃんがヒールしてもらったお祝いだと木箱に入ったりんごをもってきたり。お母さんが美容院に行く間、子どもと遊んでいてくれと、預けに来たりする。一見ふざけたようなお店のような印象だが、町の人たちにとってはかゆいところに手が届く便利な存在らしい。
——心配しすぎでしたね。いろんな人に頼りにされいるのですね。切っ掛けさえつかめれば、あんなに頼りなさそうでしたのに、独り立ちできるのですね。
「ところで、しおんは囲碁も得意だそうですが、チェスはどのくらい出来るのでしょうか?」
しおんがしみじみとしていた所にカトレアが問いかけて来る。やけに威勢が良くやる気に満ち溢れている。
「はい。普通に楽しむ程度にはできると思いますよ」
「本当ですか!? それでは、しおん、さぁ私とチェスで勝負ですわよ!」
「時間はいくらでもあります——と言いたいところですが、時間をきめた方が安全ですね——3分切れ負けとかいかがですか?」
「3分切れ負け?! 一手あたりの持ち時間ですの?」
「合計の持ち時間が3分でしたら、すぐ無くなってしまいますよ」
「それもそうですわね。——では早速、あの窓際のテーブルちょうど良さそうですわ」
こうしてしおんとカトレアのチェス対局が始まる。
実はチェスの勝敗または引き分けまでの平均的な手数は40手前後(将棋風にカウントすると80手)と言われる。もし最大限に持ち時間を使うとすれば、1局あたり4時間(240分)ぐらい。展開によっては200手(400手)を越えるケースもあるとか。
どうやら、しおんとカトレアの対局ように、店長の青年がいっしょに遊ばなくても、店にいる人同士が勝手に遊ぶような流れが出来ていて、店に来れば誰も暇にはならない感じになっている。
他に誰もいないときは店長が、誰もが初めてみるようなゲームが持ち込まれたとしても、店長がやり方を覚えながら一緒に遊ぶ。仕事はしないけど、遊ぶためならなんだってするらしい。
「僕はまだ初心者なのですが、いろんなボードゲームもあるのですね」
収納棚に並べてあるゲームのパッケージを眺めていた、鬼灯が感心した様子で言う。
「それ……近所の木工会社の社長さんが、ややこしそうなのをわざわざ持ってきてくれるんだ。何故かドイツ語の表記も多いし」
大きなベンツに乗っていたりと、やたらとドイツが好きな社長だと店主は苦笑いを浮かべる。
「無茶ぶりでも遊ぶのですか。すごいですね」
「いっしょに遊ぶお店だから、何でも遊ぶよ。——分からなくても何とかするよ」
「全然分からない時はどうするのでしょうか?」
「そんたんびに、なんとかする」
分からないときは良い感じに先に進めるらしい。なにせゲームなのだから遊べればいい。正確にするために悩むよりも、多少違っていても遊べるようにするほうが良いときもある。
「それじゃあ、どのゲームで遊んでみる?」
ゲームを選ぶ段になると、俄然テンションが上がったルカが手を上げた。
「そこにある、クトゥルフ神話のTRPG的なボードゲームをしたいな」
「これ……理不尽な理由ですぐにキャラクタが発狂するゲームだよ」
「理不尽なくらい追い詰めたり、追い詰められたり——する。それが良いんだよね」
「ルカさんが選んだそれで遊んでみましょう。お手柔らかにお願いしますね」
こうしてゲームキーパーは立候補したルカに任せて、鬼灯の他に、店長や、出前で取った笹ずしを食べようとしていたケンジが巻き込まれてゲームが始まった。
「では始めます。……あなた方は行方不明になった友達を探すため、退廃的な雰囲気を持つホテルに着きました。……因みにホテルの名前は、オールド・オターニ」
「ホテルに着いたところなんだね」
ケンジが状況を確認する。
「時間は午後5時くらいだ。もう夕刻だから辺りは暗い。フロントは薄暗くてカウンターの奥には老人が座っている」
「ちゃんとしたホテルなんですね。ならフロントで行方不明の友達のことを聞けませんか?」
宿泊しているなら取り次ぎぐらいはしてくれるかも知れない。普通なら。
「と、言うわけで、鬼灯さん。不審者と見なされたので、ホテルの警備員3人との戦闘だよ」
「えっ! なんですかこれ。まってください。僕は怪しいものではありません」
「退廃的だから、きっと道徳的に乱れていたんだね」
果たして、大きな犠牲を払ったが、何とか警備員とフロントの老人を倒すことができた。
「いきなりキャラロストとは災難だったね。まだ続けたいかな?」
「フロントに到着しただけゲームで終了では、ちょっと寂しいですから、続けましょう」
嫌な予感はするが、始めたばかりでリタイアというのも悔しい気がした。
一方、カトレアとしおんのチェスのほうはかなり熱くなっていた。
「しおんも、なかなか上手いですわね、ところでこの勝負は何時まで続くのでしょうか……」
いつの間にかに日が暮れて、お店に来ていた子どもは皆、帰ってしまった。残っているのはケルベロスと店主の青年、ケルベロスたちの遊びっぷりを観戦しようという野次馬の人たちが十数人。
「決着が付きづらい展開です。引き分けを狙うのも良手かもしれませんが、長くなりそうです」
3分で時間切れになってしまうルールを設定しているため、飲み物を取りに行くちょっとした離席にも一苦労する状況。
「お嬢さま方。だいぶ遅くなってきたようだし、明日にしたらどうですか?」
良い香りのするコーヒーを持ってきてくれたおっちゃんが労うように言った。
「ありがとうございます。生き返るようですわ——そう。勝負は知力体力時の運、技術が互角なら、体力勝負になるのも、織り込み済みですわ。そうでしょう、しおん」
「はい。勝負はまだ中盤と攻防でしょう。中断などありえません」
実はチェスの勝敗または引き分けまでの平均的な手数は40手前後(将棋風にカウントすると80手)程度と言われる。最大限に持ち時間を使うとすれば、1局あたり4時間(240分)程度で済むが、展開によってはその5倍の200手(400手)を越えるケースもあるらしい。
ルカが仕切るゲームの方は、何人ものキャラクタが葬り去られていた。
「またですか?! ちょっとは大目に見てくれないのですか? そのほうがゲームバランス的に……」
「鬼灯さん、何を言っているのかな? 手を抜いたらゲームが白けてしまうよね。ゲームは頭脳を使っての真剣勝負。全力でやらなければだめだよ。……大丈夫。……専用のキャラクターシートは100枚以上——まだ108枚もある」
しかし野次馬で見に来ていた近所の人たち、差し入れを残して、櫛の歯が抜けるように居なくなって行く。
「あとどのくらいで、見つけることができるのでしょうか?」
「どうなのかな? では、気を取り直して。古びた扉は軽く押しただけで開いた。下に続く階段が見える」
「うーん。どこに続いているか進んでみたいですね——今度こそ」
なんだかんだ言っても、次の展開が始まると、先が気になる。ルカは多少厳しい判定をしながらも、初心者だと言う鬼灯たちが楽しめるように懸命に考えている。
「今度こそ成功したいです」
店主はもちろん、ケンジも、このゲームの最後まで付き合うつもりだ。
夜はさらに更けて、日付も変わる。
カトレアとしおんのチェスも、それが何回目で何手目であるのかを数えるのが嫌になるくらい続いていた。
「うう、眠いですわ……ですが勝負に負ける訳には……!」
「カトレアさんもまだまだです。これくらいなら余裕でしょう」
「くっ。私も指しましたわよ。しおんの番ですよ……?!」
「そうきましたか、なら私は……むにゃむにゃ」
次の瞬間、盤面から視線を上げたカトレアが見たのは、呟きながら崩れるように首を傾けるしおん。
冷めてしまったコーヒーに口をつけつつ、ルカや鬼灯の方に視線を向ければ、ゲームは盛り上がっているらしく、ずっと寝ていないとは思えないほどに生き生きと遊んでいた。
「やはり、ゲームは一日一時間までとルールを決めませんと、危険ですわ」
気温が急速に下がっていた。寝静まって真っ暗になった、飯山の街並みに、雪混じりの風が吹いていた。
作者:ほむらもやし |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年11月30日
難度:易しい
参加:4人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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