贄からの一歩

作者:星垣えん

●神と贄
 人もまばらな夜の街は、自分の足音が響いて聞こえるぐらい静かだった。
 喧騒もなければ賑わいもない。そんな中を、仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)はちょこちょこと走っていた。
「いっぽ、揺れますけど我慢してくださいね!」
 背負ったランドセルもといミミックの『いっぽ』を盛大に横揺れさせながら、幼き子供は家路を急ぐ。ケルベロスとしての依頼が舞いこんだおかげで、いつもよりだいぶ帰るのが遅れてしまっていた。
「ケルベロスも大変なおしごとなのです。でもせいぎのみかたとして! みんなのためにがんばらないとですからね!」
 張りきるかりんの背中で、ぐったりしたいっぽ(横揺れで酔った)がエクトプラズムの腕をひょろっと上げる。
 半ば放り出される形で、かりんが都会にやってきてからもう随分と経つ。
 最初は幾分か戸惑ったし困ったが、今はすっかり落ち着いて楽しい日々だった。友達もたくさんできたし、色々教えてもらえる頼もしい人たちにも恵まれた。
 もっともっと、これからもたくさんの人に出会って、そしていつか、強くてかっこいい『せいぎのみかた』になるのです。
 眩しい未来を想像して少し笑いながら、かりんは角を曲がる。
 ――その瞬間、少女の足は止まった。
「そんなに急いでどこに行くというんだい?」
 かりんの行く手には、人……と呼ぶにはあまりに異形なモノが立ち塞がっていた。
 彼女に声をかけたのは、その背に桃の木を生やした、どことなく優美な男だった。
 だが彼が人間でないことは明確にわかる。
 その下半身は、獣人めいた男の背中と一体化していたからである。その背に異形を宿す男は苦悶の極致にでもいるのだろうか、胸をかきむしり、虚ろな瞳からは止まらぬ涙が零れつづけている。
 デウスエクスの襲撃だと、かりんは一瞬で理解した。
 だが、彼女の意識は、完全に別のことに奪われていた。
「……にい……さま……!!?」
「ウァ……ァ……」
 かりんが『兄様』と呼んだ土台の男は、言葉にならぬ声で呻く。彼にとって他者の言葉はもはや単なる音でしかないのか、その目には何の反応も示されなかった。
 代わりに、答えたのは桃の木の男。
「まったくおまえは手間をかけさせる。私に悪いとは思わないのか?」
「……あなたが、かみさまですか……?」
「それは知らんよ。確かなのは、おまえが贄であるということだ」
「……!」
 射竦めるような桃の木の男の視線に、なぜだか体が固まってしまうかりん。相手に逆らってはいけないという本能的な何かが、彼女の動きを止めてしまった。
 しかし、次の瞬間、かりんはかぶりを振っていた。
「……ちがいます! ぼくは、ぼくは……せいぎのみかたになるのです!」
 心を奮い立たせて武器を取るかりん。背負われていたいっぽもポーンとかりんの前に出るやエクトプラズムで武装を作り、桃の木の男を威嚇する。
 けれど、桃の木の男はその気概を受けると、自身の『土台』の頭をポンと叩いた。
「その武器でどうする。私を討とうというのかい? 私を討てば、私が寄生するコレの体も朽ちるというのにかい?」
「! ……にいさまも……!」
 決然と輝いていたかりんの眼差しが、揺れる。
 わずかに武器を握る手が緩むのを見ながら、桃の木の男は愉快そうに笑った。
「どうするのだい? 正義の味方は、こいつも構わず壊すつもりなのかい?」
「ぼくは……ぼくは…………」
 何も言えず、答えられず、かりんは俯いた。
 その隙に桃の木の男が動き出し――。
 投げられた妖しき桃をいっぽが受け止めて苦しげに悶えても――。
 かりんは、俯いたまま動けなかった。

●ヘリポートにて
「かりんが、デウスエクスの襲撃を受ける」
 駆けつけた猟犬たちの前で、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は静かに口をひらいた。
 夜の街中で襲われる――その未来を伝えようにも、かりんとは連絡がつかないという。
「言うまでもなく不味い状況だ。しかし今から急げば、かりんの加勢には間に合うだろう。だからおまえたちには、すぐに救援に向かってほしいのだ」
 王子の要請に、猟犬たちは一様に頷いた。
 かりんとデウスエクスが邂逅するのは、街中の小さな通りだという。夜とはいえそれほど深くない時間帯だが、敵が人払いでもしているのか周囲に人の気配はないらしい。つまりかりんの救援、敵の撃破に専心して何ら問題はない。
「かりんを襲撃する敵は攻性植物だ。
 その名を『オオカムヅミ』……生贄から養分を得ることで、特殊な果実を実らせる力があるらしい。現在も養分となる男に寄生したまま活動しているようだな」
 なぜかりんを襲ってきたかまでは、王子もわからなかった。
 だが、確実にわかることが、ひとつだけあった。
「かりんはおまえたちの助けを必要としている。だから――」
 頼んだぞ。
 そう無言のうちに告げて、王子は皆をヘリオンに導くのだった。


参加者
ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)
一之瀬・白(龍醒掌・e31651)
水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)
朧・遊鬼(火車・e36891)
夜歩・燈火(ランプオートマトン・e40528)
仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)
ムフタール・ラヒム(熱砂と歩む黒狗・e44354)

■リプレイ

●皆がその背に
 重く静かな闇夜の中。
 仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)は、苦悶に喘ぐ青年が背負う神様――オオカムヅミを見上げていた。
「……ぼくを『にえ』ではなく、『かりん』と呼んでくれました。兄様のお陰で、ぼくはいっぽや皆と会えたのです」
 声音に、いつもの元気はない。
「優しい兄様は、正しい事をしたのに、どうして、かみさまは兄様を苦しめるのですか? 兄様がそうなったのは……ぼくの、せいですか?」
「さあ、どうだろうね?」
 くすくすと、オオカムヅミは微笑む。
「ぼくがそうなったら、兄様を、助けてくれますか?」
「……助かるかも、しれないね」
 笑みをいっそう歪めて、オオカムヅミの体から木の根が伸びる。
 かりんの小さな足の爪先に、根の先が触れた。
 ――その刹那だ。
「かりんちゃんに触るな!」
「仁江さんから、離れて下さい」
「!?」
 はるか遠くから飛んできた2つの軌跡――ベルベット・フロー(紅蓮嬢・e29652)と霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)がかりんの頭を飛び越えて、オオカムヅミの胴体を真正面から蹴り飛ばした。
「皆……」
「無事ですか、仁江さん」
「もう大丈夫だよ! かりんちゃんのファン、たっくさん連れてきてるから!」
「ふぁん……?」
 豪快に親指を立てるベルベットに、首を傾げるかりん。
 するとその疑問に答えるかのように、次々に力強いグラビティが巻き起こる。
「無事か、カリン!」
 聞こえたのは朧・遊鬼(火車・e36891)の声。かりんがそれに振り向くと、すれ違いに砲弾が轟音ともに通り過ぎ、オオカムヅミに命中して爆風を巻き上げる。
 そしてその爆風へ、上空から一之瀬・白(龍醒掌・e31651)が突っこんだ。
「かりんさんをやらせは……しない!」
 その手に籠る怪力でオオカムヅミの腕を掴み、引き裂く白。
 仲間の記憶を喪失した彼はかりんのことも憶えてはいない。だがそんな自分にもかりんは変わらず笑いかけてくれた。それだけで命を懸けるには十分だ。
 さらに、雨嵐のように砲撃が降りそそぎ、爆撃よろしくアスファルトが砕け散る。
 地面が隆起するほどの火力を撃ちこんだのは――水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101)。彼女はかりんのそばに降り立つと、そのもふもふの頭を撫でた。
「和奏……」
「仁江さんは、何も悪くないです。悪いのは……」
 キッ、と刺すような目でオオカムヅミを睨みつける和奏。
「かみさまを名乗って好き勝手やってる、あのデウスエクスですから」
「……やれやれ。血の気の多い連中だね」
 陥没した地面の下から、のっそりと這い出てくるオオカムヅミは、けろりとしている。
 オオカムヅミはじろりと、かりんを見やる。
「おまえの連れかい? お節介な連中だね?」
「ええ。僕たちはお節介ですよ」
 オオカムヅミの胸を、オーラの弾丸が弾く。ぐらりと体を傾げさせられた神が、上体を持ち直すと、顔をランプに挿げ替えたような少年――夜歩・燈火(ランプオートマトン・e40528)が立っていた。
「僕のお友達を傷つけることは許しませんよ」
「そうだな。かりんが傷つくのを黙って見ていることはできない」
 かりんを守るように前に立った燈火。その後ろで、ムフタール・ラヒム(熱砂と歩む黒狗・e44354)の放つオウガ粒子の輝きが立ち昇る。
 集結してくれた、仲間。
 それを背中に感じたかりんは、ちょっとだけ、心に力が湧いた気がした。

●品性
「数が増えると面倒だね。さっさと消えてくれないかい?」
 中空に舞う毒々しき黒い桃。飛ばされた果実は燈火やかりん、ビースト(ウイングキャット)やベルベットの肉体を蝕んだ。
 狂おしいほどの苦痛が、胸の奥で疼く。
 だが、それぐらいで倒れるか。
 ベルベットは軽快な靴音を響かせた。仲間から借り受けたフェアリーシューズ『蓮花』がステップを踏むと、純白の花弁が舞い上がり、ビーストの翼が生む風に乗って仲間の苦しみを取り去ってゆく。
「お前……いっち番嫌いなタイプ! アタシがいる限り大事な仲間は誰一人倒れさせやしないよ。ざまあみろ!」
「おや、品がないね」
「うっさい!」
 ぼうっ、と炎を爆ぜさせるベルベット。オオカムヅミを見ていると、かつて倒したクソッタレが思い出されて、怒りが渦巻いて仕方ないのだ。
 だが、それをぶつけはしない。
 オオカムヅミの下の青年を見るたび、かりんの瞳が揺れるからだ。
「ぼく、クリスマスのサンタさんのプレゼントも、お誕生日のケーキも一生我慢します! だから兄様をこれ以上苦しませないように、皆の力を、貸して下さい」
 まるで欲しい物をねだるような、かりんの言葉。
「勿論です、仁江さん。出来る限りのお手伝いをさせてもらいます」
「僕も、かりんさんとお兄さんのために、頑張ります」
「友のため、力を尽くす。ビスミッラー」
 和希と燈火が頷き、ムフタールも毅然と神に誓う。
 それを受けてかりんの表情が和らぐのを横目に見て微笑んだ白は、前を向いてオオカムヅミを見つめる。
 ――その下の『兄様』を。
「かりんさんのお兄さん、解放しないとね」
「……やっつけましょう。あいつを、やっつけちゃいましょう」
 こくりと首肯した和奏が、早業の弾丸をオオカムヅミに撃ちこむ。弾丸は木に実った果実たちを枝から撃ち落とし、地面に毒液がまき散らされた。
 オオカムヅミが眉を跳ねさせる。
「質は悪いが、いちおう私の果実なのだがね。少し敬意が足りないのではないか?」
「敬意が必要ですか? あなたのような存在に」
 横に回りこんでいた和希が、冷徹に告げ、周囲の空間を歪ませる。
 その歪みから産み堕とされるように現れたのは、蒼き剣の群れだ。揺らめく刀身はオオカムヅミに殺到し、斬りつけては染み出す呪詛で侵食する。
 オオカムヅミはその妖しき斬撃を受けて、後退した。
「あまり安全な戦いではなさそうだ。早く贄を持ち帰るに限るな」
「それは……!?」
 オオカムヅミの枝がしなり、実っていた白桃をかりんに投擲する。得体の知れない桃が迫る中、かりんは襲いくるダメージに備えて身構えた。
 だが、白桃は当たらない。
 割りこんできた燈火が、その体で白桃を受け止めていた。
「燈火!」
「大丈夫です。僕は全然、へっちゃらですよ」
「僕もいる。そう心配するな、かりん」
 ぴょんぴょんとその場で跳ねた燈火に、ムフタールが大自然のエネルギーを送る。そうしていっそうの活力を得た燈火はオオカムヅミへ突撃し、稲妻突き叩きこんだ。
 オオカムヅミの眉が、不機嫌そうに歪む。
「なぜそうも守る……ただの贄ではないか」
「贄? 違うな。カリンもイッポも……俺達の大切な仲間だ」
 遊鬼がかぶりを振り、ルーナ(ナノナノ)がその遊鬼の心を代弁するように光線を撃ちこむ。ハートの光に穿たれたオオカムヅミは大きく吹き飛ばされる。
「ぐっ……!?」
「よくやった、ルーナ!」
「遊鬼さん、頼む!」
「ああ、任せろ!」
 ルーナの頭を乱暴に撫でた遊鬼が、氷鏡の欠片を輝かせて光の蝶を生み、オオカムヅミへ跳躍して飛びこむ白へと放つ。
 研ぎ澄まされる第六感。
 それに体を従わせて、白はオオカムヅミ本体の鳩尾へ如意棒を突きこんだ。
 衝撃が肉を通り、『神様』の顔が苦悶に歪む。
「この……下等種どもが……ッ!」
「それがおまえの本性か? 品がないぞ?」
 にやりと笑う白を睨み、オオカムヅミは苛立ちに歯を噛みしめた。

●願い
 戦いの中、過ぎた時間は長くない。
 だが、短くもなかった。
「いつまで私に刃向かう……いい加減に地にひれ伏せッ!!」
「お断りだね! 意地でも倒れてやるもんか!」
 体を締め上げてくる木の根をちぎり飛ばして、咆哮を発するベルベット。己を鼓舞して、倒れたくなる脚を繋ぎとめる。
「みんな……あと一息……だ! 頑張ろう!」
「もう少し……もう少しです!」
 仲間たちへ声をかける白と和奏も、肩は呼吸で上下し、言葉も切れ切れだ。
 消耗しているのは理由がある。
 猟犬たちはオオカムヅミを攻めつつ、しかし彼が弱りはじめた頃合いからヒールをかけつづけていたのだ。まるで攻性植物に囚われた者を救い出そうとするかのように。
 ――オオカムヅミに寄生され、苦しみもがく青年を救いたいかのように。
「お兄さん……少しだけ我慢して……!」
 アームドフォートから浮遊砲台を展開し、無数の砲撃を浴びせる和奏。殺到する砲撃はしかし狙いが正確で、下の青年に当たることなく全弾がオオカムヅミ本体に命中する。
 それだけ精密な攻撃ができるのは、ムフタールと遊鬼が最大限の援護で力を高めてくれたからにほかならない。
 『兄様』を傷つけたくない、それはこの場にいる全員の想いだった。
「なぜ……私が……追い詰められる……!!」
「ヴアアッ……」
「まだ倒れるなよ……持ちこたえてくれ!」
 ぐらり、とふらつくオオカムヅミと青年。遊鬼はそこに温かな緑の鬼火を撃ちこみ、かりんは駆け寄って青年の顔を覗きこむ。
「兄様。ぼくはもう泣き虫じゃないですから安心して下さい。ぼくは兄様みたいな、優しくて正しいせいぎのみかたになりますから!」
「ヴウ……オオッ……!」
「兄様……!」
 ただ苦しげに呻く『兄様』を見て、悲しげに俯くかりん。
 その落ちこむ肩を強く掴んで、ムフタールは青年に大自然の護りを与える。
「生きているならば、アッラーはお慈悲を下さるだろう。
 諦めるな、挫けるな。それが力になる」
「ムフタール……」
 見上げるかりんにうっすらと笑むムフタール。その脳裏に浮かぶのは今は亡き兄だ。
 今一度会いたいと思っても、それは叶わぬ兄。
 しかしかりんはまだ間に合う。そう思えばこそ、ムフタールは癒しの力を強めた。
 だが。
「ふざけるな……朽ちてたまるものか!!」
「ヴアアアアアアアアアッ!!」
 激昂したオオカムヅミが自身の傷を癒やし、同時に青年が苦悶の声を強める。
 それを止める術は猟犬にはない。
 だがもう、青年の命も持ちそうにない。
 和希と白は視線を交わし、互いに頷いた。
「やるしかありませんね」
「うん……2人を切り離すんだ!」
 動き出す2人。
 それを見た燈火は最後の援護。その体に溜めた気力に願いを込めて、青年へと放出する。
「お兄さん! もうちょっとですからね!」
 燈火の声が響いた――瞬間。
「そろそろ、眠ってもらいます」
 オオカムヅミの懐に滑りこんだ和希が、オウガメタル『イクス』を纏わせた拳で痛打を打ち込んだ。全身のグラビティ・チェインがイクスを伝わり、オオカムヅミの体に残る守護を破壊する。
 衝撃でのけ反り、天を仰ぐオオカムヅミ。
 その四肢を、翠色の鎖が捕らえる。
 白である。
「一刀で……終わらせる!」
 背後に浮かぶ文様――その内にある少女の幻影から飛ばされた無数の鎖でオオカムヅミを引き倒し、四つん這いに拘束すると、白はその手に魂魄で形成された戦斧をまとい、振り下ろした。
 手刀は、切断する。
 オオカムヅミと『兄様』との間を、癒着を、余さず寸断していた。
「バ……カな……!」
「アア、ア……」
 分離されて転がる『神様』と『兄様』。
 それを見て安堵しながら、しかし白は後ろを振り返る。
「今のは……何故だろう、知らない筈なのに懐かしい気がする……」

「私は……こんなところで……」
 宿主から剥がされ、上半身のみとなって地を這うオオカムヅミ。
 だが彼の行く手は遮られる。
 小さな足が、立っていた。
「……贄……」
「いいえ、ちがうのです」
 首だけを動かして見上げてくるオオカムヅミへ、かりんは首を振った。
「『かみさまのにえ』は、今日で卒業です」
 かつて。
 だれかのごはんでしかなかった少女の、小さな拳が、偽りの神を葬った。

●兄と妹
「兄様!」
 すべてが決着するなり、かりんはバタバタと、力なく転がる青年に駆け寄った。
 しかし、青年の意識はない。
 命が尽きようとしているのは明らかだった。
「兄様……」
 どうすれば、と俯くかりん。
 ――そのとき、彼女の背後でいくつも、温かな力が生じ、どんどんと青年に送られた。
「まだ、まだだ……頑張ってくれ、お兄さん……!」
 光り輝く掌をかざす白。
「せめて少しでも……」
 なけなしのオーラをかき集めて注ぐ燈火。
「数秒でも良い……頼む!!」
 柔らかな鬼火で温める遊鬼、懸命にハート型のバリアを作るルーナ。
「本当に神様がいるのなら……一瞬でも奇跡を起こしてくれたっていいでしょう……!?」
 祈るような表情でオーラを送りこむ和奏。
「このような状態とはいえ、未だこの世に留まっている。アッラーよ、お慈悲を……」
 神へと祈りつつ、青年の体に手を添えるムフタール。
 そしてベルベットは、拳に溜めたオーラを、訴えかけるように叩きつけた。
「聞こえる? かりんちゃんが頑張ってたの見てたでしょ! 君の一言だけが、かりんちゃんの後悔を濯げるの。生きる支えになるかもしれないの!」
 まるで叱りつけるように、ベルベットは青年の胸を叩く。
「だから、もう少しだけ踏んばって妹の想いに応えてあげてよ……お兄ちゃんでしょ!」
「ベルベット……皆……」
 自分のために心を痛めてくれるベルベットを、仲間たちを見て、言葉が見つからないかりん。
 沈黙が流れた。
 ――そのとき、だった。
「……うぅ……」
「兄様!? 兄様!!」
 死に瀕していた青年が、薄く眼を開けた。
 それに気づくやかりんは青年の手をぎゅっと握りしめる。
「兄様のおかげで、友達がたくさん出来ましたよ!」
「兄様、ぼくを助けてくれてありがとうです。世界を教えてくれてありがとうです。皆に逢わせてくれてありがとうです!」
 心に湧き上がるまま、かりんは嬉しそうに語りつづけた。
 だが、返事はなかった。
 握った手を握り返してはくれなかった。
 しかしそれでも、かりんは手を握りつづける。
「兄様、ぼくは大丈夫なので。だから心配しないで下さいね。できたらぼくを待っててくれたらうれしいです。うんと時間が経ったら、行きますから」
 大好きです、兄様。
 そう言って、そう伝えて、かりんは青年の手を彼の胸に乗せた。
 ――その瞬間、小さく、青年の指が動いた。
「!?」
「――」
 青年は、かりんの驚いた顔を見た。
 それから見守ってくれている仲間たちを見た。
 最後に、自分の手に触れていた『いっぽ』の手を握りしめた。
 ――そして次の瞬間、その体は灰になって、夜風に溶けて去っていった。
「兄様……」
「仁江さん……」
 和希は奥歯を噛みしめて、天を仰ぐ。
 救えぬ結末に拳を握りしめながら、天へ消えた青年に黙祷を捧げた。
 かりんは茫然とする。
 その袖を、いっぽがくいくいと引っ張った。
 見ると、エクトプラズムの手に、小さな花が乗っている。
 お日様のように温かいピンク色の花の髪飾り。青年が頭につけていた花飾りが。
 それを手に取ったかりんは、声もなく、肩を揺するのだった。

作者:星垣えん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 7/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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