魔女のオルゴール

作者:四季乃

●Accident
 それは、森の木々に抱き締められるように小ぢんまりと佇んでいた。
 ”魔女の本屋さん”――麓の人は、皆そう呼んだ。実際、店主である妙齢の女性は、いつも白いフリルブラウスに黒のロングスカート、寒くなれば外套を羽織るので三角帽子を被れば魔女に見えなくもない。天井からぶら下がるハーブに、瓶詰めされた硝子玉。あちらこちらに六芒星や月が描かれたモビールやクッションが沢山並べられている。
 けれどここは雑貨屋さんではない。それらすべては彼女の私物。彼女が売っているのは、本棚にぎっしりと詰まった世界各地の絵本であった。中には彼女が翻訳したものまで売っている。
「さぁ今日も開店ですよ」
 窓を大きく開けて紅く色付く山々を見上げたとき。
「ラ・ラ・ラ~」
 どこからか歌声が聞こえてきた。しかも、人の声、というよりはどこか機械的で。
「あら?」
 不思議に思い、背後を振り返る。
 すると、ちょうど店の奥――倉庫に繋がる裏の一室から、白い陶器で出来た人形が、ぎこちない動きで姿を現した。歌声は、その桃色の唇から、漏れていた。

●Caution
「そのまま訳も分からず店長さんは襲われてしまい、魔女の本屋さんもめちゃくちゃになってしまったのです……」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそう締め括った。隣で静かに話しを聞いていた隠・キカ(輝る翳・e03014)は、おもちゃのキキをぎゅうっと抱き締める。
「魔女の本屋さん、何年か前まで店内でオルゴールを鳴らしていたらしいの」
 この本屋では、いつもその日の気分やお客のリクエストに応じて、各種様々なオルゴールを鳴らしていたらしい。絵本のみを取り扱うこともあって、客層はそのほとんどが子どもを占めており、あちらこちらで色んな音色が聞こえてそれは賑やかだったそうだ。静かに楽しみたいなら、森のテラスで読むことも出来るのだとか。
「でも、数年前にそのオルゴールが煩いと苦情が出て、少し騒ぎになったことがあるようなんです」
 それ以来、オルゴールは店内から消えてしまった。どうやらその全てのオルゴールが魔女の本屋さんの倉庫にずっと眠っていたのだろう。それが、ダモクレスになってしまったのだ。

 出現するダモクレスは、陶器で出来たお姫様のオルゴール。所々変形してしまい、スカートの下から蜘蛛の足のような機械が生えてしまったり、背中から伸びていたりといじくられた姿になってしまっている。
「オルゴールの思念のようなものが残っているのか、音楽を奏でたい……この女の子からしてみれば”歌いたい”や”踊りたい”という気持ちが強くあるようなんです」
 小さな森の家、陽だまりが落ちる中で子どもたちの絵本を読む声に合わせて、歌いたい、踊りたい。そんなあたたかな残留思念が、ダモクレスの中に深く深く、根付いている。
「とはいえ、攻撃もしっかりと行いますので、油断しないようにお気を付け下さいね」
「お姫様、踊りながら蹴ったり、歌声が光線になったり、花びらを撃って来たりするみたい」
 すごいね? キキの顔を覗き込むように、キカはちょっと目をまん丸とした。
 あまり強くはないようだが、放っておけば被害がじわじわと広がっていくことが目に見えている。また、ダモクレスが姿を現すのは家の奥だが、幸い魔女の本屋さんは森の中にあるので、外へと連れ出すことが出来れば障害物を気にせず戦うことが出来るだろう。
「お姫様だから、王子様がお迎えに来たら、喜んでくれるかな? それとも、絵本を持った子どもの方がいいかな?」
 思い出補正なのか、子どもに対してむやみやたらと攻撃することはなさそうなので、上手く利用できるかもしれない。
「魔女の本屋さんは地元の人に愛される本屋さんです。どうか皆さんで、ダモクレスを喰い止めてください」
「お願い、できる?」
 ちょこんと首を傾げたキカに微笑みを見せたケルベロスは、大きく頷いた。


参加者
隠・キカ(輝る翳・e03014)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
歌枕・めろ(よるをかけるつばめ・e28166)
曽我・小町(大空魔少女・e35148)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)

■リプレイ


 金糸の刺繍が施されたバロック調ドレスは深海の色をしていた。ゆえにか肌の白さが浮き立つようで、その美しさを一層際立たせているのではないかと機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は刹那に思う。
 細い腕を引くと同時に、膨らんだドレスの下から蜘蛛のような機械脚が伸び、空を掻いた。頬に走る一瞬の冷たさに赤眼を細めるも、真理はプライド・ワンと共に魔女を背に庇う。
 お姫様の蒼い瞳が本棚を巡り、ぱちぱちと熾火が爆ぜる暖炉を見、それから真理たちの方を向く。
「舞踏会で逢いましょう」
 その時だ。
「あなたのダンスは世界一。くるりららら」
 やさしいメロディーの歌声が、聞こえてきた。
「どうか歌ってお姫様。どうか踊ってお姫様」
 玩具のロボ・キキを両腕に抱き締めた、淡い白金に虹色が光る髪をした隠・キカ(輝る翳・e03014)が、ふわふわ綿菓子のような微笑を湛えて入り口に立っていた。
「お歌上手、もっと聞かせて」
 するりと森へ歩もうとするキカのあとに続くリリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)が手を打つと、頸だけで振り返っていたお姫様が身体ごとそちらを向く。
 ――こほん。
「僕と踊って戴けませんか、お姫様」
 靴音を鳴らしながら現れたのは、眼前で跪いた火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)であった。王子様がその白い指先に己のものをそっと重ねると、その背後で風切羽の袂が舞う。
「……もう少々。ダモクレス相手でも舞踊に手は抜けないと判断」
 羽撃くように椿の花柄をひらひらと躍らせる款冬・冰(冬の兵士・e42446)の古式舞踊が、問いの言葉を待つ王子様が、お姫様の凍てた心にぬくもりを灯す。
「……さあさこちらにお姫様」
 軽やかに舞いながら店外へと誘う冰を視線で見送って、それから立ち上がったひなみくが優しく指先を引くと、
「こちらへようこそ、お姫様」
 曽我・小町(大空魔少女・e35148)が恭しくお辞儀した。
「これから幕を開けるのは、あなたへ届ける、物語」
 絵本が好きな子たちを見守る事に、歌う事。
「あなたがやってきたこと、やりたいことでしょう?」
 キカの歌声に合わせて継ぐように奏でられると、それはダンスの合図。
「足を踏んでも大丈夫。僕は頑丈なんですよ」
 くるくる、ひらひら。
 陶器でなければドレスのドレープはきっとふんわりとしたシルエットを描いただろう。ひなみくのリードに合わせて踊るお姫様の白皙に、ほんのりと色が付いたような気がして、膝の上にパンドラを乗せて絵本を読み聞かせていた歌枕・めろ(よるをかけるつばめ・e28166)は飴色の瞳をやさしげに細くする。
「冰ちゃん、早く早く! 絵本の朗読会、始まっちゃうよ!」
「……ん。メロ、お待たせ」
 日当たりの良い森のテラスに陽射しが落ちる。きらきらした光の粒に溢れた日の中で大きく手招きするのは七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)であった。まるで時計うさぎのごとく駆け出して、大判の絵本を広げるめろの正面に行儀よくちょこんと座ったりなぞして、見ているこちらまでわくわくが伝わってきそう。
「ここは私たちに任せるですよ」
 窓からテラスの様子を窺っていた真理は、プライド・ワンに乗せた魔女を見上げてその背中を押した。

 金糸雀は歌う。
「これは愚かな鳥が見た夢、いつか忘れられる物語」
 それは夢、それは愛、全ては幻。金糸雀の夢想曲。めろの言葉につられて、くるりとターンをしたお姫様。鈍った足首が上手く回らなくて。
 ああ、でも。
 絵本を読み上げるのに併せてギターを爪弾く小町の音色に、逸る心が止まらない。
「歌いたいのに歌えないのも、表に出して貰えないのも、寂しかったわね――だから、一緒に歌いましょう!」
 奏でられるのは前向きな気迫を込めた励ましの歌声。小町の強く美しき応援歌をたっぷりと浴びた冰が、冴え冴えとした月光を放つ。
「歌舞と物語を、貴女に提供」
 機械脚を一本失ってしまっても、くるくる、ひらり。
 その場でダブルジャンプをしたリリエッタは、眼下に見えるお姫様、その背面から伸びた機械脚を狙い、星型のオーラを蹴り込んだ。ばきり、と音を立ててまた一本、脚が取れる。
 なるべくオルゴールの本体を傷付けぬように、歪に伸びたそれだけを重点的に。
「お姫様、さみしかったね。だいじょうぶ、きぃ達がおくってあげるから」
 おおきなドラゴニックハンマーを持ち上げて、えいっと振り被る。それはお姫様のターンに合わせて襲い掛かってきた機械脚を打ち砕くアイスエイジインパクト、一本、一本、薔薇の棘を削ぐように、彼女たちは慎重を欠かさない。
 ちょうどそこで、ぼふんと爆発が起こった。それは緑豊かな森の中に彩りを添えるように、場を明るく色付けるように。
(「ちょっとフシギな形になっちゃったお姫様だけど、お姫様はお姫様だもんね! 頑張ってエスコートするんだよ!」)
 白魚のような指先を取って大きくターン。ブレイブマインの鮮やかな煙は、まるでスポットライトのように主役を導く光となる。ひなみくと一緒に、くるくる踊るお姫様、そのドレスの下から伸びてきた機械脚に向かって、タカラバコががぶり。黒い尻尾を閃かせたグリのリングが脚を根元から断ち切った。
 けれど、脚の一本一本に意思でもあるかのように、別の脚が共に踊るひなみくに向かい、襲い掛かったのだ。キリキリと嫌な音を立てて腿を貫いた機械脚が血を浴びる。その一瞬、お姫様の動きが静止した。まるで、ダモクレスが我に返ったかのように。
 瞬間。瑪璃瑠は夢と現を重ね、存在強度を底上げする術式を展開。澄んだピンク色の双眸がひなみくを捉えた。
「――術式限定駆動承認。夢現を束ねて太極と成せ!」
 夢現共鳴――瑪璃瑠から齎された夢の中の自分を垣間見みて、ひなみくは小さく吐息した。その様子を窺い、それからくるくる踊りながら花びらを散らすお姫様を見る。
(「むぃー。積極的に攻撃してこない相手を一方的に攻撃するのは気が引けちゃうけど、でも」)
 夢は泡沫、現も刹那。
「子どもたちが悲しい顔してるのは、きっとオルゴールさんも悲しいだろうから」
「私たちで終止符を打ってあげるです」
 傍らを駆け抜けていったのは、木枯らしを連れた真理。
「シンリ、お疲れ様。こちらは上々」
 冰の言葉に、大きく頷く。
 昼ひなかにも関わらず、流星の煌めきが瞬いている。海を属性に持つパンドラの属性インストールを受けながら、お姫様の花びら舞を掻い潜った真理の脚より放たれた蹴りが、鋭く突き出された機械脚を圧し折った。曲がらぬ方へと打ち砕かれた脚が地に落ちると、ビタンビタンと気味悪くのたうちまわる。お姫様はハッ、として瞬いたが、優雅に舞って漸うその唇を開いた。
 鼓膜を震わせる、甘く耳朶を噛む音色だった。子守唄のような、ともすれば恋人へ贈るラブソングにも思えるあまやかな声。慈愛に満ちた母にも似たやわらかな歌が身を貫く。火でも点いたかの如し熱を感じ、真理はお姫様から後方へ飛び退き、距離を取る。
 耳を押さえ、眼裏にまで巡り込んでくる歌声に瞼を閉じかけたときだ。エンジンを吹かして割り込んできたプライド・ワンが炎を纏った駆体でお姫様へと突撃していったのだ。チカチカと黄色に点滅するヘッドライトを見て、口端に笑みを乗せる。
「そうですね。警戒、するですよ」
 彼女たちの想いもあってか、お姫様から生えた機械脚は徐々に数を減らしていた。ドレスの下から新しい脚が生えているようにも見受けられたが、襲い掛かるそれをリリエッタが旋刃脚で圧し折ると、何だかお姫様の動きが少しずつ鈍くなってきているように感じられるのだ。
「むぅ、魔女さんの大事に仕舞っていたオルゴールにとりつくなんて許せないよ」
 もしかしたら魔女の手によって再び表に出られる未来があったかもしれない、こんな、悲しい舞台ではなくて。
 至近に迫った冰が、ブラックスライムで下肢を捕食した際、思わず、と言った風に背中から新たに伸びた機械脚で彼女の華奢な躯体を穿とうとしたお姫様が、ぴたりと静止する。恐らくこの場で最も幼い冰の姿を目にして、思いとどまったのだろう。
「変わり果てた姿になっても、歌や踊りが好きで子供を見守るお姫様。本当にこの場所が好きだったのね」
 ファミリアロッドを銀の燕に変じためろは、掌から飛び立つちいさきものに魔力を籠めながら囁いた。
 決して場を荒らすのではなく、めろが片手に開く絵本を傷付けるのではなく。ただ、心の奥底に願った想いを、燻らせている。
「貴女の最後のステージ、心ゆくまで踊りましょう、歌いましょう」
 せめて最後は華やかに、悔いを残すことなく果てられるように。
 羽ばたく銀の燕が機械脚をまた一本、砕いた。歌いながら飛翔する小町は、ステージを飛び交う蝶のように舞って、グラインドファイアの炎で彩ると、火の粉の奥から飛び出してきたキカがスパイラルアームでお姫様の背中から生えた最後の一本を破壊する。
「たくさん歌っておどってね。あなたが満足するまで」
 よろよろ、くらくら。
 少し覚束ない足取りでふらりとするお姫様に呼び掛けると、キカの言葉に応じたのか、歌が始まった。今度は魂を眠らせるような、静かな音色。
 瑪璃瑠はまず、負傷している真理へと、夢現共鳴を試みた。歌声に合わせて舞い上がる花びら、その吹雪を受けて膚に紅が咲く。くらり、と眩暈のような感覚が走ったのか、その動きにぎこちなさを感じたひなみくがオーロラのような光を天から降らすと、辺りは荘厳な空気に包まれた。癒えていく傷、正常に戻る意識に、安堵の吐息が重なった。
 その様子を上空から見下ろしていたグリは、黄金色の両翼を羽ばたかせて邪を祓う。常の感覚を取り戻した真理は、激しいスピンでお姫様の歪を引き潰すプライド・ワンに搭乗した状態から、破鎧衝を繰り出した。
「あら……?」
 衝撃で、お姫様がころりと転倒した。
 そこへ飛び掛かったタカラバコがエクトプラズムで具現化したキャンディでぺしぺしぺしっと機械脚を叩き折ると、パンドラのタックルでぽぉんと脚が吹き飛んでいく。
「わわっ、お姫さま大丈夫?」
 ひなみくの手に引かれて立ち上がったお姫さまに向かってリリエッタが問うと、彼女はふんわりと口元に微笑を浮かべて花を散らす。
 それはお姫様の意思だったのか、ダモクレスの意思であったのか。もはや誰にも分からないけれど。
 駆け寄ったリリエッタへと迫る蹴りを、交差させた両腕で庇い受けた真理は、すかさず構えたアームドフォートの主砲を一斉発射。
「届け、届け、音にも聞け。癒せ、癒せ、目にも見よ」
 四翼から一枚ずつ取った羽根にグラビティを纏わせ、ひなみくが矢を放つ。離れていても真理を癒す四翼の祝福に、お姫様の双眸がゆるく微笑んだ。突如、吹き荒れた花嵐に目を眇めた瑪璃瑠は、ワイルドインベイジョンを散らし、幻想的な雫を齎した。
「力を貸して!」
 瞬間、リリエッタはここには居ない絆を呼ぶ。
 循環する魔力、ほんの一瞬、限界以上の魔力を込めた魔弾を射出すれば、それは死ヲ運ブ荊棘ノ弾丸となってお姫様の歪を貫いた。迷いがあれば複雑になってしまうから、躊躇いなく一気に。
 リリエッタの最高火力を一瞥し、冰は魔法で氷の剣を生する。小町の「真剣・魔法・声援!」のメロディに絡み合うように奏でられるめろの金糸雀の夢想曲。まるで泡沫の夢のような空間に満ち充ちる。
 ス、と一歩前に出たキカは、眩い閃光のような幻覚をお姫様の脳内へと侵入させる。無数の光の槍が機械脚を刺し貫く妄想を見ているのか、その身体が硬直する。
「一刀にて、積もる歌舞を月並みとする」
 舞を、歌声を。メモリーに確と刻み、剣を振るう。
 冰の冬影「乱れ雪月華」。それは雪崩のように冷厳に斬り下ろし、冬月のように円形に鋭く斬り裂き、氷華を散らすが如く。

 踊りに合わせた歌を、花弁のような炎を、煌めく雪を。
「お歌、とっても綺麗だったよ」
 瑪璃瑠が微笑みかけると、静止したお姫様がゆっくりと、お辞儀した。そのまま膝から崩れ落ちたオルゴールを、キカたちが支えるように受け止める。そっと覗き込んだ顔は、どこか幸せそうで。
「おやすみなさいだよ」
 踊りつかれたお姫様は、長い眠りについたらしい。


「あらあら、まぁまぁ……」
 修繕されたオルゴールを抱えて戻ってきたケルベロスたちの言葉を聞いて、魔女はおっとりと目を丸くした。
 出来るだけ皆が見えるところに置いて欲しい。きっとその要望は、彼女たちが初めてではなかったことが、様子で窺える。
「まだ歌えるならお店の中でだけでも、歌わせてあげられないかしら?」
 小町が問うと魔女は笑い皺を深くして、やさしい手つきでオルゴールを受け取ると、木製棚から小さな星色のクッションを取り出し、カウンターにちょこんと座らせてくれた。そこは、目を輝かせて魔女の家をあちこち見て回る瑪璃瑠の様子がよく見える――つまりは、店内を一望できる場所であった。
「魔女、六芒星、お月さま……えへへ、そういうの大好きなボクだったり!」
 聞こえてくる瑪璃瑠の言葉に、お姫様の微笑みも何だか優しく見えた。

「リリエッタ、その本は?」
 カーペットにぺたんと座り、リリエッタが広げる大きな絵本を覗き込みながら冰がドリンクをちゅうと啜る。文章はあまり多くなかったのと、クレヨンタッチのイラストが実に表情豊かなので、言葉が分からなくても何となく意味が通じる気がする。
「結構ためになるお話がいっぱい、勉強になるね」
 絵本を読んだことが無いリリエッタは、何だか気恥ずかしそうに頬を染めて笑みを零した。
 ちょうどそんな二人の脇を通って行っためろは、腕に抱えたパンドラが抱いている絵本のタイトルに視線を落とし、それから妹と読むのだととても嬉しそうな表情を見やり、ふんわりと笑みを刷く。
「……え? グラビア雑誌? メッ!!」
 ごちん、と何だか痛そうな音が聞こえて振り返ると、ひなみくの拳骨がタカラバコの頭上に深くめり込んでいる。おかしいな、先ほどは「タカラバコちゃん、お疲れ様! よく頑張りました~!」となでなでされていたはずなのに。
 ご褒美に買ってあげると言っているのに、絵本ではなくグラビア雑誌であったら、確かにちょっと怒るかもしれない。棚から絵本を抜こうとしていた真理も、くすくすと笑っている。
「キキ、見える? 読んであげるね」
 あったかいミルクティーをクッキーと一緒に。魔女から教えてもらった異国の絵本を大きく広げて絵本をじっくり読むキカの心はわくわくに溢れている。今からすてきな魔法にかかるんだって、そう思うとページをめくる指先がちょっと震えてしまう。
 気に入った一冊も買っちゃおう。
 きっとこのあたたかな空間で手に入れた一冊は、特別になるはずだから。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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