やがて水に孵る

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
 頭頂部から長い耳を垂らした青年が夜の砂浜に佇んでいた。
 白ウサギの人型ウェアライダーの因幡・白兎(因幡のゲス兎・e05145)である。
「海原を見る白いウサギが一羽。ワニの群れでも現れたら、因幡の白ウサギの神話を再現できるかもしれないなあ」
「きゅおーん」
 と、どこからか悲しげな声が聞こえきた。
「ん?」
 沈みゆく上弦の月の明かりを頼りにして、声の主を探す白兎。
 すぐに見つかった。小さなシャチらしきものが波打ち際に横たわっている。陸に打ち上げられた座礁シャチ……ではないらしい。
 ゆっくりと立ち上がったのだから。
 それは頭からシャチを生やした異形の存在だった。人型と言えなくもないが、腕があるべき位置には大きな鰭があり、吸盤がびっしりとついた何本もの触手が両足の周囲で蠢いている。
「うわー。これは屍隷兵ってヤツかな?」
 恐れ気もなく、屍隷兵を見上げる白兎。『見上げる』ということからも判るように、その屍隷兵は大柄だった。背丈は白兎のそれの倍近くもある。
「きゅおーん」
 再度、屍隷兵はシャチ型の頭部から悲しげな声を絞り出した。素材として使われた動物の意思が僅かながらも残っており、必死に救いを求めているのかもしれない。
 だが、その意思は肉体を制御できるほどの力を有してはいないらしい。デウスエクスに植え付けられたであろうプログラム従い、屍隷兵は腕代わりの鰭を上げ、下半身の触手をより激しく蠢かせた。目の前に立つ者――白兎を倒すために。
「きゅおーん」
「ごめんねー。キミを助けてあげることはできないんだ」
 虚ろに微笑みながら、白兎は武器を構えた。
「せめて楽に殺してあげたいけど……上手くいくかなぁ?」

●音々子かく語りき
「複数の水棲生物を継ぎ接ぎしたかのような姿の屍隷兵が鳥取市の砂浜に現れるんですよー」
 と、ヘリポートに召集されたケルベロスたちに告げたのはヘリオライダーの根占・音々子。
「どこの勢力が生み出した屍隷兵なのかは判りません。その勢力が滅びたのか、もしくはその勢力に廃棄されたのか……今は『野良屍隷兵』と呼ぶべきものになっているようですね。まあ、野良だろうがなんだろうが、危険な存在であることに変わりはないんですが」
 幸いなことに屍隷兵が出現した場所に一般人はいない。
 しかし、一般人でない者がいるという。
 ケルベロスの因幡・白兎だ。
「その屍隷兵は自分よりも弱い個体を捕獲もしくは殺害するために作られたものであるらしく、戦闘能力はさして高くありません。とはいえ、白兎くん一人の力で相手にするのはちょっと厳しいかもしれませんねー」
 そこまで話したところで、音々子はグルグル眼鏡の上の眉を悲しげに八の字にした。
「ちなみに屍隷兵の素材にされた動物のうちの一体もしくは複数には生前の意思がちょっぴり残っている上に、改造の段階で発声器官を取り付けられているらしいんですよー。だもんで、戦闘中はずっと『きゅおーん、きゅおーん』という悲痛な声を聞き続けることになると思います。辛いとは思いますが――」
 屍隷兵にされた者たちを代表するかのように音々子は頭をさげた。
「――動物たちを楽にしてあげてください」


参加者
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)
因幡・白兎(因幡のゲス兎・e05145)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)
ジュスティシア・ファーレル(シャドウエルフの鎧装騎兵・e63719)

■リプレイ

●闇に落ち
「きゅおーん! きゅおーん! きゅおーん!」
 悲痛な声が海辺に響く。
 人ならざる者が鳴いているのだ。
 あるいは泣いているのだ。
 それは水棲生物の集合体のごとき異形の屍隷兵。シャチの子供が首に植え付けられ、腕のように細長い鰭が両肩から伸び、タコかイカのものらしき触手が何本も下半身で蠢いている。
 ウサギの人型ウェアライダーの因幡・白兎(因幡のゲス兎・e05145)が、その醜くも哀れな屍隷兵と対峙していた。
 数秒前までは、たった一人で。
 今は仲間たちとともに。
「どーも、どーも。助かったよ」
 ヘリオンから降下してきた仲間たちに白兎は礼を述べた。
「正直、一人では手に余る相手だからね。いろんな意味でさ」
「……ん」
 と、言葉少なに頷いたのは比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)。イリオモテヤマネコの人型ウェアライダーである。
 彼女が装着している縛霊手から無数の紙兵の吹き上がり、前衛陣へと降り注いでいく。
 それらは黄金の煌めきを帯びていた。
 ほぼ同時にオウガ粒子が放出されたからだ。
 夜の砂浜で無数の紙兵が光の粒子群とともに舞い散る様は幻想的だっが、当然のことながら、その光景に酔う者は一人もいなかった。
「……この子たちにいったい、なんの罪があったというの?」
 オウガ粒子を放出したシャドウエルフ――ジュスティシア・ファーレル(シャドウエルフの鎧装騎兵・e63719)が怒りの独白を漏らした。悲しみに満ちた目で屍隷兵を見ながら。
「もちろん、なんの罪もないよ。罪深いのは――」
『この子たち』を素材にして生み出された屍隷兵めがけて、白兎が獣撃拳を叩き込んだ。
 ゴムのような感触の体表が裂け、血が弾け飛ぶ。
 青緑の血。
「――これを作った奴らだよね」
「きゅおぉぉぉーん!」
 屍隷兵が絶叫した。痛覚は残されているらしい。
「ごめんね。できるだけ苦しまないようにするから……」
 謝りながら、シャドウエルフのシル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)が跳躍した。夜空でスターゲイザーの弧線を描き、翼の意匠を持つエアシューズの踵を屍隷兵の肩に打ち込む。
「きゅおーん!」
『できるだけ』の努力は報われず、屍隷兵は再び絶叫した。しかも、今度はただ泣き叫ぶだけでは終わらず、鰭を振って反撃してきた。
 鰭の先にいたのは白兎だったが――、
「……っ!?」
 ――それを受けて微かに苦鳴を漏らしたのは源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)。オラトリオの翼をはためかせ、両者の間に割り込んだのだ。
「何度か屍隷兵依頼にかかわってきたけど……これだけ酷いのは見たことないなあ」
 ドラゴニックハンマーの『アイゼンドラッヘ』を振り下ろす瑠璃。鎚が唸りをあげて風を切り、時空凍結弾が飛んだ。
 その青白い軌跡と平行して、人派ドラゴニアンの壮年が走った。
 鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)である。
「まったく、ふざけたことする輩もいたもんだぜ」
 屍隷兵に時空凍結弾が命中し、弾痕から氷の薄膜が広がっていく。
 その薄膜の一部を、白く輝く杭が突き破った。道弘のパイルバンカー『ヴァイスドライバー』だ。グラビティはイガルカストライク。白い杭が黄色に変わり、そこから新たな氷の薄膜が生じた。
「挙げ句、その責任も取りやがらねえと来もんだ。癪にさわってしかたねぇ!」
「きゅおーん!」
「あー、もう! そんな風に泣くなよ。俺たちゃあ、おまえに怒ってるわけじゃねえんだ……なんつっても、判りゃあしねえか」
 杭が勢いよく引き抜かれると、氷の薄膜が砕かれ、無数の小片が舞い散った。凍りついた青緑の血の滴とともに。
 それらが地に落ちるよりも早く後退する道弘。
 入れ代わるようにして、屍隷兵に肉迫する三人の少女。
 一人は、ライオンラビットの人型ウェアライダーの七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)だ。
 そして、残りの二人も瑪璃瑠だ。
 グラビティ『零夢現六花白蓮(ゼロムゲン・アスタリスク)』を発動させて、一時的に分身したのである。
「複数の生命体から合成された屍隷兵……」
 緋色の瞳を有する瑪璃瑠が獣の爪で屍隷兵を斬り裂いた。
「マスタービーストの被造物たるウェアライダーのボクたちにとって……」
 続いて、金色の瞳を有する瑪璃瑠も。
「他人事ではないけれど……」
 そして、三人目の瑪璃瑠も。
 斬撃を浴びる度に『きゅおーん!』と叫ぶ屍隷兵。
 瑪璃瑠たちが離れても、その悲鳴は途絶えなかった。
 足下から何本もの槍が突き出し、異形の体を刺し貫いたからだ。
「きゅおーん! きゅおぉぉぉぉぉーぅぅぅんっ!」
「……死体を……こんな風にして……」
 青緑の血に塗れて悶え苦しむを見据えて、人派ドラゴニアンの空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)が呟いた。槍で攻撃したのは彼女である。『摩天槍楼(マテンソウロウ)』という名のグラビティを使ったのだ。
「惨いものだね……でも、あなたに殺されてはやらないし……誰も殺させてあげない……せめて、無垢なままで逝って」
「恨みたければ、恨んでいい。呪いたければ、いくらでも呪ってくれて構わない」
 と、一人に戻った瑪璃瑠が屍隷兵に語りかけた。
「ただ、その悲しみだけは置いてって……」
 もちろん、皆の言葉や想いが屍隷兵に通じるはずもなかった。
 彼(彼女?)からすれば、ケルベロスたちは自分を虐げる者なのだ。容赦なく次々とグラビティを浴びせてくる敵なのだ。
「きゅおーん!」
 屍隷兵はケルベロスたちに反撃した。
 胸が締め付けられるような鳴き声を発しながら。

●影に哭き
 命と尊厳を奪われた屍隷兵。
 死を与えることで、それを救おうとしているケルベロス。
 加害者不在の悲しい戦いが続くうちに――、
「きゅおーん! きゅおーん!」
 ――シャチの声の調子が微妙に変化した。
「……鳴き方が……ちょっと変わった?」
 訝しげな顔をする無月であったが、攻撃の手は休めていない。愛刀の『蒼龍』で月光斬を見舞っている。
「さっきまでは痛みに悲鳴をあげていたみたいですけど――」
 盾役を務めている瑠璃にジュスティシアが緊急処置(という名のヒール系グラビティである)を施した。
 涙を必死に堪えながら。
「――おそらく、今は慈悲を乞うために鳴いているのでしょう。私たちに向かって。許して、と……苛めないで、と……」
「なんだか、悪い飼い主から理不尽な暴力を受けてるワンちゃんみたいだね」
 瑠璃が『アイゼンドラッヘ』を構え、屍隷兵に轟竜砲を撃ち込んだ。
「本当のワンちゃんなら、頭を伏せて尻尾を丸めているんだろうけど、この屍隷兵の場合は……おっと!」
 砲弾の直撃を受けながらも、屍隷兵が新たな動きを見せた。
 もちろん、頭を伏せたわけでもなければ、尻尾を丸めたわけでもない。下半身から生えているものとは別種の触手(上半身から生え、鰭/腕に半ば巻き付いていた)を叩きつけてきたのだ。
 その間も頭部のシャチは――、
「きゅおーん!」
 ――と、許しを請うように鳴き続けている。肉体の制御は意識とは別の部分がおこなっているのだろう。
 その『別の部分』が操る上半身の触手に打擲されたのは道弘。
 接触部で激しい火花が散り、ダメージとともに麻痺の状態異常がもたらされた。電気ウナギの因子でも組み込まれているのかもしれない。
「……ちっ!」
「大丈夫、先生?」
 舌打ちした道弘にアガサが声をかけた。『先生』という呼称の所以は、道弘の職業が塾の講師だからだ。
「まあ、なんとかな。気力溜めを頼んますよ、ヴァオさん」
「おー……」
 もう一人の『先生』であるところの(元・中学教師なのである)ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)が道弘を気力溜めで癒した。もっとも、当人は気力がちっとも漲っていないが。
 そんな彼に白兎が言った。
「ヴァオさんってば、いつになくローテンションだね」
「だって、ハイテンションになれるわけないじゃん。自分が置かれてる立場も理解できずに『きゅおーん、きゅおーん』って鳴いてる動物を殺さなくちゃいけないんだからよぉ」
「うん。まあ、気持ちは判るよ。僕も、こーゆー悪意の残滓っていうか、そういったもの犠牲者みたいなのの相手は苦手だからさ」
 白兎は屍隷兵の懐に飛び込み、チェーンソー剣を縦横無尽に振るった。
「悪意の主にして犠牲者を生んだ奴……そう、自分が周りよりも優れていると勘違いしているゲスいデウスエクスの鼻っ柱をへし折ったりするのは得意だし、大好きなんだけどね」
「俺としては鼻っ柱よりも――」
 道弘が鮮やかながらもコンパクトな投球フォームを披露した。
 その手から放たれたのは、白い無数の破片。握りつぶされたチョークだ(投球フォームがコンパクトだったのは、職業柄、黒板と教卓に挟まれた狭い空間で繰り出すことが多いからだろう)。
「――首根っこをへし折ってやりたいぜぇ!」
 散弾のごとく飛散した破片群は屍隷兵を直撃し、あるいは砂地に当たって勢いよく跳ね上がった後で命中し、ジグザグ効果で状態異常を悪化させた。
「きゅおぉーぅん!」
「だから、そんな風に鳴くなって……」
「もしかしたら、あの子たちを作ったデウスエクスは――」
 いたたまれない顔をする道弘の横で、今度は瑪璃瑠が投球フォームを披露した。
「――生前の意識が残ってることを知って、あえて発声器官を付けたのかな? だとしたら、とても悪趣味なんだよ」
 投げられたのはルナティックヒールの光球。
 それを背に受けて、シルが屍隷兵に突進した。
「命を弄ぶな! デウスエクスッ!」
 怒号とともに拳が突き出されると、六色の宝石に飾られた指輪からマインドソードが伸び、抉り抜いた。
 怒号の対象であるデウスエクスではなく、目の前にいる罪なき者の胸板を。
「きゅおーん!」
「リルの言うとおり、悪趣味だよね」
 屍隷兵の悲しすぎる声を無表情に受け止めて、アガサが間合いを詰めていく。
「どこのどいつがこんなことをしでかしたのか知らないけどさ」
「どこの誰だろうと、絶対に許せない! 絶対に許さない!」
「うん。許せないね。でも、だからといって――」
 シルの怒声に頷きながら、アガサは『氷華(ヒョウカ)』なるグラビティを屍隷兵に叩きつけた。その名が示す通り、命中箇所を氷結させる技だ。
「――こいつを見逃してあげるわけにはいかないんだよね」
「きゅおぉぉぉぉぉーぅん」
「……」
 アガサはまだ無表情だった。
 心の内では、耳を塞ぎたい衝動を必死に抑えつけていたが。

●夜に消ゆ
 やがて、屍隷兵の悲しげな鳴き声は聞こえなくなった。
 力尽きたわけでもなければ、潔く死を受け入れたわけでもない。発声器官がダメージを受けて、声が出なくなっただけだ。
 頭部のシャチはまだ鳴いているつもりらしく、口の開閉を虚しく繰り返し、声の代わりに喘鳴をひゅうひゅうと吐き出している。
「あの鳴き声を……聞き続けるのは……辛かったけど……」
 ゲシュタルトグレイブ『星天鎗アザヤ』を手にした無月が稲妻突きを繰り出した。
「ひゅうひゅう息を吐いているだけってのも、これはこれでキツいな。クソッ!」
 後を引き取りながら、道弘が惨殺ナイフ『スキューチズル』で屍隷兵を斬り刻む。
「――!?」
 シャチの口から、声なき悲鳴とともに青緑の血が吐き出された。
 それを浴びて顔が斑に染まった(が、拭おうとはしなかった)道弘めがけて、触手が伸びる。電撃の火花を散らしながら。
 しかし、アガサが素早く動き、己が身を盾にした。
 すかさず、獣撃拳を叩き込む。
 道弘と同様、アガサも返り血を浴びた。
 道弘と同様、それを拭わなかった。
「光をもって、すべての因果を断ち斬れっ!」
 やりきれぬ思いに顔を歪めながら、シルが光の剣で屍隷兵に斬りつけた。振り抜いた直後にもう一本の光の剣で追撃。どちらの剣もマインドソードではない。『六芒精霊収束斬(ヘキサドライブ・エレメンタルスラッシュ)』なるグラビティによって生み出された、剣状のエネルギーである。
 生憎と因果も命も断ち切られなかったが、屍隷兵が大きなダメージを受けたことは間違いなかった。何本かの触手は完全に力を失い、だらりと垂れ下がっている。
「――!」
 傷だらけの胸を反らし気味にして、屍隷兵は今まで以上に口を大きく開けた。無音の絶叫。
 それに瑪璃瑠が答えた。
 いや、瑪璃瑠『たち』が答えた。
 またもや『零夢現六花白蓮』を使ったのである。
「ユメは泡沫、ウツツも刹那」
「刹那であったろう君たちのウツツに憐れみを」
「せめてウツツの先の悪いユメを泡沫とせん!」
 三人の瑪璃瑠から続け様に斬撃を食らい、屍隷兵は身をよじらせた。
「もう苦しまなくていいんだ。おやすみ」
 と、語りかけたのは瑠璃。その足下には、額に紅玉を有した雷獣がいる。グラビティを用いて召喚したのだ。
 雷獣の紅玉から光線が一直線に伸び、屍隷兵の体を刺し貫いた。
 それが無数の粒子に変じて散る間もなく、第二の光線――フロストレーザーが伸びた。
 ずっと癒し手を務めていたジュスティシアが地に這い、対物狙撃銃型のバスターライフルを伏射したのである。
 レーザーが命中するのを見届けた瞬間、今までに戦ってきた屍隷兵たちの姿がジュスティシアの脳裏でフラッシュバックした。『無垢の死神』イアイラの犠牲者、仲間を襲った様々な屍隷兵、各地の強襲型魔空回廊に出現したローレライハーピーや屍隷哀女やエッグヘッドやゾンビドライバー……そして、自分の恋人だった男。
 苦い記憶の奔流に耐えながら、屍隷兵を作り出す者たちを誰よりも憎む女は叫んだ。
「白兎さん!」
「うん」
 白兎が答え、屍隷兵に迫る。
 屍隷兵は回避か反撃の動きを見せようとしたものの、体をよろめかせるだけに終わった。
「これ以上、苦しまないように――」
 白兎が右腕の肘を引くと、掌の前で光が螺旋状に渦巻き、瞬く間に球体と化した。使い手がウェアライダーということもあって、その光球は見る者に満月を思わせ、またルナティックヒールのそれも思わせた。
 だが、ルナティックヒールではない。
「――最大火力で一気に!」
 白兎は跳躍して掌を突き出し、屍隷兵の首の付け根に光球をぶつけ、そして、捻じ込んだ。
 次の瞬間、光球が爆発。
 シャチが屍隷兵の本体から千切れ、くるくると回って血と肉片を撒き散らしながら、砂浜に落ちた。
「――! ――!」
 声になっていない声を口から吐き続けながら、シャチは苦しげにのたうち回った。いや、海に向かって這い進んでいるのか?
 本体のほうはぐらりと体を傾げ、千鳥足で何歩か後退して、波打ち際に向かって背中から倒れ込んだ。
 偶然なのか、あるいは分断された後もなんらかの形で命が繋がっていたのか、本体が倒れ伏すと同時にシャチも動かなくなった。
 両者の傷口から青緑の血が流れ落ち、寄せては返す波に混じり合っていく。
 やがて、それらは夜の海と同じ色になり、完全に溶け消えた。

「よし。点火してくれや、イヌマル」
「がおー!」
 道弘に促され、バセットハウンド型のオルトロスのイヌマルが吠えた。
 神器の瞳が輝き、大小二つに分かれた屍隷兵の死体が炎に包まれる。
「事前に根回しして、火葬の許可をとっといたんだ。屍隷兵とはいえ、勝手に燃やしちまうのは問題あるもしれねえからよ」
 と、道弘が語っている間に炎が消えた。
 後に残されたのは、大量の白い灰。
 そのうちの半分は波に浚われた。
 残された半分が冷えたところで――、
「やっぱり、海に還してあげるべきかな」
 ――白兎が掴み取り、海原めがけて撒いた。
「うん。海に還るのが、水の中に生きてた動物にとっての自然な死の形……なんだろうね」
 瑪璃瑠も灰を撒き始めた。
 シルが、無月が、瑠璃が、アガサが、道弘が、ジュスティシアが、ヴァオがそれに倣った。
 そして、暫しの間、黙祷を捧げた。
「これくらいしかできなくて、ごめんね」
 瑠璃が黙祷を終え、海へと消えた者たちに詫びた。
 その横でシルが静かに歌い出す。
 鎮魂歌だ。
「ヴァオもなにか弾くいてやってよ」
 と、アガサが言った。
「あいつが心安らかに眠れるように……せめてもの手向けにさ」
「んー」
 涙で目を腫らしたヴァオが力なく頷き、シルの歌声に合わせてバイオレンスギターを奏で始める。
 それを聞きながら、夜の海を見据えて、アガサは再び黙祷を捧げた。
(「ニライカナイへ行けるように……」)
 ジュスティシアもまた海を見ながら、心の中で呟いていた。
(「屍隷兵とは何度戦っても慣れない。でも、慣れるつもりもない。きっと――」)
 ずっと堪えていた涙が溢れ出し、視界がぼやけた。
(「――この無念を忘れずに戦い続けることが私たちの責務だから」)

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年12月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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