和菓子の古都

作者:四季乃

●Accident
 ぱくぱく、むしゃむしゃ。
 小さな練り切りを鷲掴みにして頬張る男の右手には、和栗を使った串団子が握られている。器用に指の間に挟んで四本も。金平糖もザラザラと口に流し込んで、バリバリと噛み砕くさまはまるで飢えた獣のようだ。実質、頬や胸、指先を真っ赤に血で染めているのだから肉食獣と大差ない。
「何かこう、もっとドカーンとでっかいやつの方が腹に溜まるんだがなァ」
 手の甲でグイと返り血を拭った男は、ちんまりとした和菓子を見下ろして唇をひん曲げた。例えばホールケーキを丸ごと齧り付く、とか。カステラを一本まるっと頬張る、とか。
「いや、あのカステラはふわふわしてて食べた気になんねェな。美味かったケド」
 ちいさな湯呑みをぐいと傾け、口の中をさっぱりさせる。
 どこからか聞こえてくる和楽器の音色は実に風流で、けれど男に雅など分からない。分かるはずもないのだ。
「さぁて次は何を食べるかなァ。”すあま”ってのが気になってんだけど、あれどこだっけ?」
 彼が歩むのは血の海。
 己が殺した人間の血で彩られた古都の道に人々の笑顔はない。あるのは苦悶に満ちた夥しい骸と、狂人に奪われた和菓子だけ。

●Caution
「なんとたったの二千円で、老舗和菓子店のスイーツが食べ放題なのです」
 これは事件です。
 フライヤーを両手で掲げるセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、至極真面目で真剣な眼差しで集まったケルベロスを迎えてくれた。聞けば老舗和菓子店が連なる古都で、参加費二千円を払えば二十店舗近くもある和菓子店の菓子が食べ放題なイベントが開かれるのだという。
「一つ一つは小さいものらしいんだけどね。それでもこの価格はとってもお得だと思うの」
 そう言って微笑したのは、クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)であった。ここまで聞けば和菓子食べ放題のお誘いかな? と思うが、そうでないことくらいケルベロスたちももう分かっている。
「会場にデウスエクスの出現が予知されました。人々を虐殺するだけでなく、あろうことか古都の菓子を全部食べ尽くすという悪行まで成し遂げてしまうのです……!」
 ぐぐ、と拳を握りしめたセリカは伏せていた睫毛を持ち上げた。
「このデウスエクスを倒して欲しいのです」

 出現するのは罪人エインヘリアルで、得物はセントールランスに類似した槍を扱うらしい。「疲れた時には甘い物」という主義らしく、加えて大食漢。過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者らしい、知能には少々翳りのある男だ。
「現場は和菓子店が並ぶ古都の中心、つまりは大通りになります。道幅は六、七メートルといったところでしょうか……幸い道路に出店のような形で出店している訳ではないようですので、一般人さえ退避できれば戦う分には問題がないでしょう」
 フライヤーの裏側に記された地図を見ながら、セリカは補足した。
「なんかこのエインヘリアル、甘い物大好きみたいだし、そういうのでつれないかな?」
 もちろんケルベロスが登場したとあらば戦うに越したことはない、と思うだろうが、意識をこちらにより向けさせる手段があれば人々も逃げやすくなるだろう。
 ちなみに和菓子店には一報を入れているので、戦闘になれば店内に避難させたり、あるいは誘導などの助力をしてもらえることになっている。ケルベロスが動きやすいように、戦いやすいように協力してくれることだろう。なんとか建物や和菓子を傷付けることなく、完遂したい。
「お団子、饅頭、大福に羊羹……どら焼き、桜餅に最中……職人さんの手でひとつひとつ丁寧に作られた芸術品とも呼べる和菓子。それを楽しみにしていた人々を、どうか守ってください!」
「きっちりしっかり倒したら、運動のあとに甘い物ってね。和菓子、堪能しちゃおうよ」
 セリカとクラリスは目配せすると、なんだかとっても幸せそうに笑いあった。


参加者
楡金・澄華(氷刃・e01056)
スバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)
輝島・華(夢見花・e11960)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
プルトーネ・アルマース(夢見る金魚・e27908)
ヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
シャムロック・ラン(セントールのガジェッティア・e85456)

■リプレイ


 連なる町屋造りの瓦屋根を伝い、本能が指し示すままに駆けていたエインヘリアルは、ふわりと鼻先を掠めた香ばしい匂いに、たたらを踏んで立ち止まった。屋根の上から通りを覗き込むと、紅い毛氈の敷かれた長椅子に腰掛けて談笑する者たちが居る。
「あっ、このどら焼きめっちゃ美味い」
 どらやきを頬張るスバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)が目を輝かせる横で、楡金・澄華(氷刃・e01056)が持参した高級な茶を手ずから振る舞っており、シャムロック・ラン(セントールのガジェッティア・e85456)は皆が食す和菓子に興味津々のようだった。つぶあんの串団子を美味しそうに咀嚼する輝島・華(夢見花・e11960)の隣では、プルトーネ・アルマース(夢見る金魚・e27908)が、至福の表情でわらび餅を頬張っている。
「もっちり甘くて美味しい!」
「……すあま、もちもちだ」
 ジェミ・ニア(星喰・e23256)の感嘆に頷いたクラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)、そんな彼女の様子を正面から窺っていたヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)は、淡い微笑を浮かべている。
 ふと、焔の如き虹彩が空を仰いだ。
「すあまの他にも和菓子には色々な種類があるのですが、品性の無い乱暴者には差し上げられませんね」
 エインヘリアルを視軸に捉え、すあまを一口。心地の良い重低音で問い掛けながら、ヨハンはもぐもぐ、見せつけるように咀嚼する。
 途端。
 強い踏み込みで跳躍した巨体が降りてきた。背中から噴き出すオーラが翼のように羽ばたき、構えられたランスの穂先が肉を抉ると共に炎が舞い上がる。刹那、物陰に潜んでいたテレビウムのいちまるとライドキャリバーのブルームが、サークリットチェインを展開しながら防御にあたるヨハンと共に一般市民への飛び火を受け止めに走った。
「良いもの喰ってるジャン?」
 片手で回転させたランスを大地に突いたエインヘリアルが、そんな風に笑った。
「あなたにこれを差し上げる訳にはいきませんので、奪いたくばお得意の力づくでどうぞ?」
 手に持った串団子をひらひらさせて華が紫眼を細めると、エインヘリアルの真っ赤な舌が唇を舐めた。
「上等」
 そうと聞こえるや否や、恐ろしく素早い動きでランスが突き出された。先端から噴出した紅いオーラが至近に居た華の華奢な躯体を穿つ。
「私の甘味タイムを邪魔したのだ、生きて帰れると思うなよ」
 ――否。
 切っ先、その真横から割り込むように姿を現した澄華が抜刀。
「凍雲、仕事だ……!」
 言うなり、解放された蒼い力は、冷気を纏った空の如く。呼気すら凍りそうな一閃、エインヘリアルの肉体を容赦なく斬り刻む斬撃が鼓膜を震わせる。いきなり高火力を叩き込まれ、さしものエインヘリアルも驚愕したのだろう、その動きが一瞬だけ硬直したように見えた。
 すかさずブルームが花びらを散らしながらスピンで突撃するので、その隙に華はライトニングウォールを構築、クラリスもアリアデバイスを片手にして想捧を歌い始める。
「いちまる、頑張ろうね」
 美しい音色に包まれた雷壁、その恩恵に与ったいちまるは、時空凍結弾を放つプルトーネの鼓舞に大きく頷くと、大きな金フォークを頭上に掲げてダッシュ。そのままえいやっと罪人の脚を突き刺して見せたのだ。
「イッッタ!!」
 ぴょんと片脚で飛び上がったエインヘリアルは「このやろっ」と、ランスをスウィング。弧を描いてぽぉんと吹き飛ぶいちまるを見上げ、割り込みヴォイスで周囲の人々へ避難を呼びかけていたシャムロックはぎょっとする。
「危なっ」
 しかし、軌道を読んだスバルがキャッチ。エインヘリアルは思った通りに行かなかったのが面白くないのか、唇をひん曲げて不満顔だ。でもその鋭い眼差しが、ふわふわもちもちしたすあまを頬張るジェミの姿を射止めた。
「この上品な甘さが何とも……」
「すあま、美味しいよね、わかるー!」
 そこでスバルも加わると、もう止められない。
 寄越せ、と大きく踏み込んだ巨体がランスで穿つ。しかしジェミの前に出て愛用の鎖・昏星をピンと張って攻撃を受け止めたのはスバルであった。
「痛っ……でも平気だぞ」
 肩口からダラダラと流れ落ちる血を一瞥したのち、それでも決して痛みを感じさせない表情でちょこまかと駆け出せば、巨体もついてくる。
「ねぇ、今までどんな菓子食べてきた?」
「今まで喰ってきた中で一番最高だったのはロクムだな!」
 スバルが問答するのを聞きながら、ジェミは後方を尻目に見やり頬張ったすあまを嚥下する。そしてくるりと軸足で背後を振り返り、
「刻印『蛇』」
 指を躍らせ、宙に蛇の文様を描く。
「あ?」
 眉をしかめたエインヘリアルの視界に、金色が飛び込んできた。瞼を閉じても眼裏を突き刺すような輝くそれは、ジェミの指し示す方を忠実に這い、四肢に絡み付く。作りだされた無防備な背面、その中央へと降魔の一撃を叩き込んだスバルの真拳が、敵の息をほんの僅かに奪った。
「今のは効いた」
 口端から血を滲ませながら振り返ったエインヘリアルがニィと笑う。
「人も街もお菓子も傷付けさせない! しっかり倒して和菓子は俺達が正しく美味しくいただく!」
「こにオレも混ぜてくれよ」
 スバルの言葉にそのように返す姿を見て、まだ余力があるらしい事を窺い知り、シャムロックは前足で石畳を掻くと、美味しそうなつぶあんの和菓子を片手に、一気に駆け出した。
「へへーん、この和菓子は自分が全部食っちまうっすよ!」
 視界の端で、脚の悪い老夫婦がようやく店内に避難したのを確認し、シャムロックはその和菓子をぱくり。
(「ただの和菓子好きなら、一緒に美味いモンを堪能したいっすが、無闇矢鱈と命を奪うようなおっかないヤツは野放しにゃ出来ないっすね」)
 あの肉体、ランスは凶悪だ。
 だから。
「地球での初仕事、頑張らせて頂くっすよ」
 両手で構えたゲシュタルトグレイブが、パリパリと小気味良い音を立てる。瞬間、後ろ脚を強く蹴りだして前へと踏み込んだシャムロックは、稲妻を帯びたその穂先を敵の脇腹目掛けて突き出した。超高速の槍が飛来するのを気配で察したエインヘリアルもまたランスを翻し、その切っ先を滑らせて軌道をズラそうとするのだが――。
「させるかっ!」
 無数の霊体を憑依させた刀身が下から突き上げられた。
 いつの間にか間合いに踏み込んでいた澄華の憑霊弧月によって、試みを崩されたエインヘリアルは、胸部から腹にかけて大きく斬り付けられる。舞い上がる血飛沫、その雫の奥からシャムロックの槍が左胸を真っ直ぐ、突いた。
「クッソ、姉ちゃんその威力反則だわー」
 口の中に溜まった血をペッと吐き捨てる。石畳を飛び跳ねた血が、和菓子屋の暖簾に濃い沁みを作ったのを見、クラリスはスッと眼差しを細くした。
「あなたが地球を愛してくれてたら、私達と友達になって、一緒にお菓子を食べて――そんな未来もあり得たかもしれないのに」
 前衛を焼き払う炎の一陣を放つエインヘリアルにその言葉は届かない。形のよい唇を小さく噛んだクラリスは、傍らに居る華の方を振り返った。心得たとばかりに一つ頷いた華は自身を含めた後衛に向けてライトニングウォールを、クラリスは癒やしの風を巻き起こして、仲間たちの肉体に群がる炎を掻き消してゆく。
 エインヘリアルの意識が自分たちから逸れぬように意識しながら、派手な動きでパイルバンカーを持ち上げたヨハンは、ジェット噴射にて突撃。巨体の腹に大きな孔を作ると、逆手に握られたランスが降ってきた。
 まるで大地が落ちてきたような迫力・威力に奥歯を噛み締めて堪えたヨハン。その場から距離を取らせようと、後方から雷を散らした花の嵐が吹き荒れた。ライトニングボルトを帯びたフラワージェイルが巨躯を喰らえば、プルトーネとジェミの気転により生み出された一瞬の隙。ヨハンが後退する、入れ違いに前へと踏み込んだスバルが、
「いくぞ!」
 鳩尾に旋刃脚を叩き込んだ。
 ぐえ、と苦しげに声を漏らしたエインヘリアルはしかし、よろけながらもランスを回転、突き出したその先端からオーラを噴出させれば血の花が咲く。寸前で盾となったブルームは辛そうに花びらを散らしているけれど、身を奮い立たせるように内臓したガトリング砲で敵へのダメージを稼いで奮戦。
「和菓子の良さも堪能せずいたずらに命を奪うエインヘリアル……。その暴挙をここで必ず止めてみせます」
 華の言に同調するように、一つの頷きを返したシャムロックはいちまるがヨハンに向けて応援動画で鼓舞するのを一瞥し、敵へと向かう。その手には具現化された光の剣、セントールの疾走が解放されると、それはまるで光の如く。
 眼を眇めたエインヘリアルが、ランスを持った腕で眼を覆う。隙間から正面を窺い見るが、その時には既に光剣の切っ先が深く腹を突いていた。
「目を閉じてる場合じゃないっすよ」
「奇跡は、確かにここにありますの」
 エインヘリアルの眼前に華の青い薔薇がひらひら舞う。まるで蜜に吸い寄せられる蝶のように巨体を取り囲む花弁、その一片ひとひらに、エインヘリアルが初めてよろけた。
「吼えろ、天の狼!」
 瞬間、敵の一挙一動を視線で捉えていたスバルが、狼の形にした闘気を放つ。駆ける天狼が牙を剥き、闇をも切り裂く名の通り罪人の肉を断つ。呻き声を上げて、未だ舞う青い薔薇を、そして天狼をランスで薙ぎ払うエインヘリアル、その広い背面にジェミの残像剣が躍り狂う。
 息つく暇のない連撃に、目が半開きになっている。肩で呼吸をする躯体もボロボロで、もう真っ直ぐに立つのが辛そうだ。何とかランスを大回転してケルベロスたちを一絡げに屠ろうとする気迫はあるものの、シャムロックとプルトーネが同時に鳩尾へと背蹄脚とハウリングフィストの打撃を与えれば、膝から崩れ落ちてしまった。
「ちょっと甘いもん喰いたかっただけなんだがなァ」
「その代償が大勢の人の命だとは言わせない」
 膝を突く巨体の眼前で歩を止めた澄華は抜き身の凍雲を霞の構えにし、そのへらへらとした笑い顔に突き付ける。
「季節先取りだ、遠慮なく受けとれ」
 ハッと鼻を鳴らすような笑いが立った。刹那、澄華はその剣先を翻し男の胸部へと真っ直ぐ振り払う。エインヘリアルもまたランスを突き出し彼女の躯体へと一撃を見舞ったが――。
「ひとつ、ふたつ。繋いで、結んで」
 吐息に似た歌声は、傷に優しく、優しく触れる。
 澄華のその背後。指先から生まれる小さな光たちが、まるで星座を描くようににして澄華の傷口を縫合する。圧倒的な数の力を前にして、エインヘリアルはそのまま、仰向けに倒れた。
「地球の甘い物がお好きなら、僕達の仲間になりませんか?」
 ちくり、と針が刺さった。
 聞こえた言葉に視線を持ち上げると、顔の横で膝を突いてこちらを見下ろすヨハンが居て。エインヘリアルはゆっくりと、言葉を咀嚼する。
「ははッ。ジョーダン」
 それが出来たら刑罰なんか受けてなかったぜ。
 言葉に反応した竜人の血と魔力で精製された水晶針は、癒しを与えることなく体内で弾けた。


「食べ放題とか夢のようだ」
 というのは澄華の言であった。
 こし餡の和菓子を端から順に、コンプリートしたらお次はつぶ餡を戴いていく澄華の所作は洗練されていて、長椅子に腰掛けて食すその挙措は古都によく馴染んでいた。
 彼女の隣の長椅子では、小さなお皿の上にぎっしり並べられた和菓子を、きらきらした目で見つめているジェミが居て、最初の一口をどれにするか迷っている。
「こんなに小さくて、綺麗で、しかも美味しい。和菓子は……芸術品です!」
 やはり、ここは季節柄、栗やお芋を使ったものを食べるべき?
 わくわくした面持ちで一つを摘み、小さく齧って良く咀嚼する。
「ほっこりお芋のきんとんに、ほろりとほどける栗しぐれ」
 まさに絶品。
 金瞳の相好を崩して、うっとりするジェミの横顔に小さな笑い声が重なった。
「その顔を見たら、絶対美味いって分かるっすよ」
 シャムロックはまだ地球のことに疎く、和菓子も皆にあれこれと教えてもらいながら大福、お団子、きんつば、栗饅頭、芋羊羹と順調に購入。お世話になっている旅団のお姉さま方もこれで満足してくれるだろう。
「一つ貰ってもいいっすか?」
「どうぞどうぞ」
「どら焼きも美味しいよ!」
 プルトーネが差し出してくれたのは、ホイップクリーム入りのものだった。勿論あんこと栗の入った馴染みのあるものもあって、どら焼きと一口に言っても様々な種類があるのだなぁと感服する。
「それは芋っすか?」
 シャムロックが指差したのは、彼女が食べている大学芋である。普段は母が作ってくれるのだが、お店で作ったものが食べたかったらしく、ひとくちサイズの可愛らしいものがころころしていた。
 ポケットの中に忍ばせていた二千円は、まだ九歳のプルトーネにとっては大金だ。ここだけの話、子供料金で半額だったので、何だかお得感があって一層彼女の心をわくわくさせた。
「こんなに小っちゃいと、コンプリートも楽勝だな!」
「動いた後の甘いものはまた格別ですね。皆様お疲れ様でした!」
 そう言って、黒塗りの盆にいっぱいの和菓子を乗せて戻ってきたスバルと華は、ほくほく顔だった。華は食べ損ねたすあまを持っていて、指先でふにふにしながら笑みを綻ばせている。
「皆様と一緒にここを守れて良かったです」
 華の言葉に、大福を頬張るスバルがうんうんと大きく頷く。
 丁度そのとき、通りを往くヨハンとクラリスを見つけた。ヨハンは餡団子と醤油団子を、クラリスは最中を購入したらしい。
「見て見て。この最中、猫の顔の形してるよ。こっちは鈴と小判かな?」
 両手で最中を見せるクラリスの様子が見えて、スバルは「明るくなったから良かったなぁ」と笑みを零した。その笑顔に、自分の大切な彼女の笑みが重なる。お土産に和菓子、買って帰ろうかな。
「見てください、シド君にそっくりですよ」
 そんな風に思われているとも露知らず、お月見中な黒兎の練り切りを指差したヨハンは最中の猫に鈴、上生菓子の菊や秋桜の柔らかな色彩に見惚れていた。
「わわ、ほんとだ。シドそっくりのお菓子……かわいすぎる!」
「和菓子とはどれも愛らしい形ですね……ひと口、いかがでしょう」
 団子を差し出すと、クラリスはそのままはむっと齧りついた。口いっぱいに広がるあまじょっぱさに幸せな気持ちが膨らんでいく。だから今度はクラリスが最中を差し出すと、ヨハンは少し瞠目して、それから暴れ出す鼓動を押さえながらそっと一口。
 なんだかお腹の底があったかくて、くすぐったくて。それでいてとっても美味しくて。
 きっといま撮影した記念写真の二人の表情は、幸せの色をしているのだろうな。ふわふわした気持ちで、二人は笑いあった。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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