紅の蔭りに

作者:黒塚婁

●梢の錦
 茜が舞う。紅と黄が混ざって、緋色の紗が掛かる。
 蘇芳がすぱりと断ち割られ、葡萄色の涙を流す――風情を知らぬ暴徒が、力の儘に暴れ行く。
「赤、赤、赤――」
 忽然と現れ、紅葉の寺院を狂瀾で染め上げたエインヘリアルは、呻くように言う。
 その目は血走り、表情は強ばり、兎角、正気の色が無い。
「赤は嫌いだ。ああ、赤い……」
 自分の手を染める赤を忌々しそうに拭い、大地を染める朱に悶える。
 折り重なる骸は、方々に助けを求めたのだろう。嘆く形で腕を伸ばし、事切れている。
 いずれもエインヘリアルの斧にかち割られ、生々しき酸漿色を晒していた。
 ああ、どの世界も。何処まで行っても、赤い。赤が追いかけて来る――。
「狩り尽くす――」
 ゆえに男は狂うのだ。永遠に終わらぬ闘争と共に。

●狩り
「本当に迷惑ですよね、罪人を送り込んでくるなんて」
 今に始まったことじゃないですけど――カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が惘れ混じりに零す。
「全く……ここは処刑場でも斎場でもない」
 それを引き継いで、雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)が深く頷く。
「さて、エインヘリアルの罪人の襲撃が予知された。奴らは一般人を襲うことで、エインヘリアルへの恐怖と増悪をもたらし、果てに、定命化を遅らせる一手とすることを目論んでいる」
 送り込まれるのは過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者――アスガルド側は後腐れの無い人材で、罪人も人の命を摘むことを何とも思わぬ気質。
 死出の旅であるならば、少しでも多く暴れてやろうと考える者どもだ。
「ゆえ、早々に討伐してもらいたい」
 今回、襲撃が予知されたのは紅葉が見事な寺院である。遊歩道を構えた大きな庭があり、池に映る紅葉なども有名だ。
 いよいよ紅葉の時期となり、多くの人々が訪れ始めている――。
 これも毎度の事ではあるが――襲撃される地点に存在する人々を、事前に避難させることはできぬ。エインヘリアルは人が集まっているゆえに其処へ送られる。これを変えるのは、予知を変えるに等しい。
「心苦しいが、疾く避難させ、被害が及ばぬよう計らって貰いたい」
 辰砂はひとたび目を瞑ると、問題のエインヘリアルだが、と続けた。
 得物はルーンアックス。重量のある鎧を纏いながら、全身で跳び、叩きつける一刀は強力だという。元々理性らしいものは見えぬようだが、妙に赤を嫌う気質で――怖れるのではなく、狂気を増し、一心不乱と襲い掛かってくるらしい。
「まあ、それを利用するもしないも自由……貴様らの判断に任せる。だが必ず仕留めろ。私からはそれだけだ」
 彼がそう締めくくると、カルナがのんびりと口にした。
「折角の紅葉を荒らされたくないですしね」


参加者
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)

■リプレイ

●紅繚乱
 微かな風が木の葉を揺らす――見事な朱の漣がたち、人々の目を引きつける。
 ゆえに、その唐突な巨躯の男に誰も気付かぬ。
 重い金属の鎧を纏い、見上げるほどの体躯。それに見合う斧を担いだ、死の匂いしかせぬ戦士。誰がどう見てもエインヘリアルという異物は、大きく息を吐くと、斧を高く掲げた。
 そこへ、
「ここは心を落ち着けて紅葉を楽しむ場所――狼藉を働くなら容赦はしません」
 カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)がさらりと告げる。
 さり気なく添える赤いハンカチを見せつけながら。
 ――赤。赤だ。
 兜と乱れた髪に隠れたエインヘリアル――マヌの瞳がそれを捉えて、ぎらつくのを見逃さず。
「――紅に惹かれるモ、狂うも、色彩の成せる業でショウカ」
 蒼穹の髪の下、エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)は銀の瞳をやや伏せて零す。
 コートの下は赤いセーターを身につけ、耳元には深紅玉を密かに輝かせていた。
 彼らはさっと人々と男の間に入って庇う――周囲で無闇な悲鳴や混乱が生じぬのは、カルナとエトヴァ、彼らの凛とした所作の影響だ。
「紅葉狩りって、こういう事じゃないんだよな」
 イチイの実が躍る意匠の白いコートをひらり翻し、赤いシャツを覗かせた櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)が告げる。
 まあ紅葉狩りに来たわけではないのは解っているが。
 なれば、そんな無法者には退場してもらおうと冷徹に放つは、赤い襟巻を纏った御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)だった。
「見事な紅葉だ。散らすには惜しい……お前には早々に消えてもらう」
 その傍らの四国犬に似たオルトロス――空木が退魔神器咥え、赤い双眸で睨み据える。
「紅葉の紅は無粋に散らすものではありません、静かに愛でるものです――どうか、お引き取りを」
 彼とマヌを挟んで対峙するように、凛乎と愛刀構え告げるは蓮水・志苑(六出花・e14436)――片手で赤いハンカチを広げ、視線を遮るように揺らし、招く。
「ここは神聖な祈りの場よ、憩いの場よ――憎しみを祈る人もいるかもしれないけれど……少なくともあなたは相応しく無い」
 セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)の長い耳を彩る耳飾りは全て赤い。
 戦士の殺気が膨れていく――。
「来やがったなイカレ野郎……! 闘牛じみたふざけた真似しやがって。全身血で真っ赤に染めてやらぁ!」
 負けず劣らぬ殺意を滾らせた狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)は言い放ち――その前の一仕事があったと振り返ると、怒鳴るように声を上げた。
「エインヘリアルのクソが出たぜ! 頭蓋から真っ二つになりたくねぇなら全員あわてふためいて逃げな!」
 殊更憎いエインヘリアルを前に、逸る心はある――それでも、赤く燃える異形の腕が相手を刺激せぬよう隠し、逃げろと触れ回る。
「さあ、皆さん。こちらからです」
 冷静な声音を上げて誘導するは、フードを被って髪を隠した機理原・真理(フォートレスガール・e08508)――本来なら赤い双眸も今は黒かった。
「プライド・ワン、頼んだですよ」
 言い残し、避難誘導のために二人が離脱する――男が人々へと向かわぬか、その瞬間の緊張は、杞憂に終わる。
 狩る――男は短く告げると、最短でケルベロス達へ仕掛けて来たからだ。

●狂い
 ルーンの輝きが垂直に刻まれる――空木が駆って、合わせる。火花が散るは刹那、大地が割れるほどの衝撃と共に叩きつけられたそれを案じつつも、ケルベロス達は踏み込む。
「サァ、開宴デス――」
 奮起の旋律をエトヴァが滑らかに奏でれば、
「繰る糸は、糸桜か糸薄。或いは哀しき、業の糸」
 密やかに千梨の指先より御業で紡がれた半透明の糸――否、赤く瞬いて、その存在を知らしめる。
 朱色のそれを、マヌは壊さずにはおられぬ。
 衝動の儘に踏み込む敵を見やり、千梨は糸を軽く弾く。震える糸が奏でる音は高く、確りとそれを捉えたと報せてくれる。
「いやいや、憎むが故に捕らわれるとは、何とも因果な事だなあと」
 解って仕掛けているとはいえ、思わずそう呟く。
 更に、カルナがスイッチを起動させれば、色鮮やかな風が爆ぜて彼らを高める。その中にも当然、赤もある。
「赤は気持ちを高揚させる事もあるみたいですね。炎、命、力強さ……」
 ふと自分の装いを見下ろせば、赤いハンカチに目が留まる。
 青を好むカルナにとっては珍しい差し色だ――存外悪くはないとは、思いつつ。
 その色へと狂気を向ける敵へ、素直な眼差しを向ける。
「どうして狂ってしまったのかは最早分かりませんが――その狂気、ここで断ち切ってしまいましょう」
 鼓舞を受け取った蓮が、降ろした御業でマヌを掴もうと挑めば、自然と呼吸を合わせるように、志苑が空より飛来する。
 流星の輝きと重力の圧、横より掬う半透明の腕。
 裂帛の雄叫びを上げて、マヌは斧を振るった。重力の力などさして籠もらぬ、ただ力任せな連撃は、彼らの攻撃とぶつかりあい、退ける。
 続けて踏み込もうとした男へ、影を帯びた髪を靡かせ、セレスティンが両腕を広げた。
「どうぞこの華を越えていらしてください。」
 誘う言葉にはたと向き合えば、炎にも似た赤い華が開花する――毒を含む根を大地に巡らせ、咲き誇る真紅の中、彼女は問い掛ける。
「貴方が憎んでいるものはこの中にある?」
 挑発に答えるは言葉にならぬ哮り。くしゃりと華を踏みつぶし、斧を振るうそれへ、横から炎を纏ったプライド・ワンが突進した。
 炎が幻を灼いていく――赤赤と揺らめく光景に、マヌは蹈鞴を踏みながら、奥歯を噛んだ。
「……狩る!」
 そこに一貫した憎悪を除いて、意味をもつ何かは読み取れぬ。
 志苑は微かに眉を寄せた。彼にわざわざ寄り添う心はないが――痛ましい。ふとそう思った。

 荒ぶる斧の一閃を、今度は蓮が受けた。花が散るように、縛霊手と刃の間で鬩ぎ合う。主の肩を越えて、空木が神器でマヌへ斬りつける。
 僅かな朱がそれの肩から零れると、彼はより膂力を増した。
 弾かれた蓮を庇うように千梨が前へと駆って、マインドリングから光の盾を具現化すれば、エトヴァがすぐさま吟ず。
「Das Zauberwort heisst――」
 空気を揺らす高い歌声が耳を打つなり、心地好い青空のヴィジョンを蓮は見た――幻影が過ぎ去ったとき、彼の視界内でマヌが急に振り返った。
 狙い澄ました砲撃が、男の眼前で爆ぜる。
 俯きながら、アームドフォートを展開した真理が貌を上げる――避難誘導時までその容貌を包んでいたフードは取り去り、元の赤い瞳と一筋の赤い髪が顕わになる。
 彼女へと視線を投げたままのマヌの至近で、風が薙ぐ音がした。
 高らかにジグの脚が、其れを捉える距離で強烈な一撃を叩きつける。
「避難終了だぜ! さてと……これで心置きなくてめぇをぶん殴れるって訳だぁ!」
 もう一蹴りくれてやったけどよ、にやりと笑い、彼は次の攻撃に備え、低く構えた。

●朱に隠れ
 戦力が揃ったことで、護りから一転、仕留めるべく攻め込む動きへと移行する。
 マヌの斧が凄まじい破壊力を以て襲い掛かるを、真理と蓮、空木が代わる代わるに引き受け、丁寧にエトヴァが癒やす。
 強烈ではあるが、対一の技。千梨の力が確りと支え、共鳴し合う癒しの術は充分にその本領を見せた。
 カルナが放った白い梟が、男の傷へ魔力を叩き込み、呪縛を更に深める――彼を筆頭に、自由を阻むグラビティは確実にマヌを蝕んでいだ。
 何より、皆がちらちらと見せる赤に、その集中は切れ切れとなっていた。無論、元々深く集中して獲物を追うタイプではなかったが。
 強く地を蹴って、距離を詰めながらジグは唇を歪めた。
「高火力グラビティ圧縮完了。つまり当たったらてめえの体に流れている赤いものも残らず蒸発して、最悪死ぬからそのつもりで。アディオス!」
 告げ――大きく息を吸って、
「俺の願望!俺の夢想!理不尽に奪われた奴等の嘆きを聞け!。叫び散らせ亡者共。生命史すら焼却し、無限に再帰する究極の絶滅を!!」
 吐く。体内で極限まで圧縮したグラビティをブレスに変じ、マヌへと吐きつける。それは傷口より身を貪る慈悲無き牙。ただひたすらの憎悪を変換した、癒しの力を、毒と変える力。
 ――さすれば、あとは皆で全力の攻撃を撃ち込んでいくだけだ。
 吹きつけた炎に怯んだマヌへ、好機を見たか、赤くヘッドライトを明滅させプライド・ワンが飛び込んでくる。
 純粋に熱の赤を持つ炎がマヌを包む――逃れようのない赤に、男が斧を振り回しながら跳躍しそうな気配を見――させないのです、と真理が飛び込んだ。
 合わせ差し出した片腕に、プラズマ武器が携行される。光の盾に守られ乍ら、彼女は厭わずその刃の前へと躍る。
「私は赤、好きなのです。この髪も目も、誇りなのですよ」
 光の剣で合わせながら、語りかける。
 マヌが大上段より振り下ろす斧が、彼女の立つ地を割った――剣に添えた両腕が痺れる程の衝撃。身を支えるアームドフォートが軋む。
 だが、信じている――この武器も躰も、こんなものに負けぬと。
 彼と彼女が得物を結ぶ間に、長き深淵の髪を揺らし黒いドレス纏う淑女がハンマーを軽々と振り上げた。
「この位置からって別に奥手なわけじゃぁ、無いのよ」
 後詰め、というのも正しくはないが、ずっと後方で控えて射撃と援護を試みていたセレスティンは悪戯めいた笑みを湛えると、しなやかに踏み込む。
 高々と掲げたハンマーが急加速して、二倍はある体躯の戦士を脇から吹き飛ばす。
「あら、失礼」
 大胆に踏み出した脚を戻しながら、上品な笑みを送った。
 解き放たれた真理の無事を視線を交わすことで確認しながら、エトヴァはマヌが踏みとどまる地点を読んで駆ける。
「紅ハ、感情を呼び起こすものなのですネ……あなたも、瞼を閉じれバ、秋を楽しめたかモ」
 銀を伏せて、エトヴァが憐れを零し――拳を振るった。オーラに包まれた拳は音速を超え、衝撃と共にマヌを迎えた。
 ぐらりと揺らぎ、体勢を崩したマヌへ詰め寄るはカルナ。
「穿て、幻魔の剣よ」
 彼の魔力を圧縮して精製された不可視の魔剣が、マヌの腕を貫く。
 生じた風に、ふわりと髪を浮かせながら、翡翠の瞳がそれの向こう側の仲間を見やる。
 赤い双眸を鋭く細め空木が瘴気を呼ぶ――それに紛れるように距離を測りつつ、つと蓮は問うた。
「赤が嫌いか。流れるそれが己の逃れられない罪を思い起こさせるからか……?」
 いらえはない。きっととうの昔に忘れてしまったのだろう。
 代わり、半身を自らの赤で染めた巨躯の男は、奥歯を軋ませた。
 沈黙が落ちたのは刹那のこと。
 ――風がざわめく。
 連なる朱が揺れているのを遠目に見やり、千梨がささめく。
「まあ忌む者も否定はしない。紅葉には鬼が潜み――彼岸花も櫟も、毒がある」
 首から下げた大茴香がふわりと香る。杖に御業を降ろして差し向ければ、半透明の腕が男の脚を掴んだ。
 赤は血の色であり、心に熱を与え、毒を孕む――そして、季節の狭間、一時燃えるように染まる紅葉。
「白に閉ざされる前の燃えるような赤は、命の炎のようだ――そんな赤を散らすなど無粋だと思わないか……?」
 狂う男に、斯様な言葉は響かぬと知れども。
 蓮は言葉を重ねた。
「そう……この赤は違うんでな――お前は然るべき場所へと逝くんだ」
 古書を手繰りて、彼は黒瞳を静かに閉ざした。
「くれてやる…行け」
 蓮が喚びしは、影より出でる鬼。マヌの落とす大きな影から、姿を現した鬼は屈強な爪で男を掴む。御業と、鬼と。
 身じろぎ出来ぬ相手を斬れぬは剣士の名折れ――そっと瞬き、志苑は居抜く。
 柄も氷のように青白い、清浄なる氷の霊力を纏う刀がその美を顕わとす――。
「散り行く命の花、刹那の終焉へお連れします。逝く先は安らかであれ」
 白い世界が、場に満ちた。
 虚空より舞い落ちる雪花が積もり、咲き誇る氷雪の花。呼気すら輝くほどの世界の中で、彼女は深く薙いだ。
 一閃から、ひとつ間をおいて。
 世界は再び赤で染まる。氷雪華を朱で染め上げるよう、志苑は素早く刃を返して、納める。鋭くも静かな所作を終えた時、巨体は地に崩れ落ちた。

 ――赤は破壊の色だ。誰かが言ったように、罪を重ねた色だ。
 戦士として永遠を生きるには男は心が弱すぎたのかも知れぬ。いつから犯罪者と呼ばれるようになったのかは定かでないが。
 消えてくれなかった赤が――漸くそれが、暗転する。
 見届け、セレスティンは微かに嘆息した。
 真理は持っていた黒いタオルで男の顔を覆う。僅かな間だけれども――、
「……黒が好きかは、分かんないですが」
 帳を降ろすように。

●刹那の艶に
「あー……やっぱ紅葉ってのはいいもんだなぁ」
 先程までの殺気は何処へやら、ジグが遠くを眺めて零す。
「この景色が楽しめないのは、少しだけ可哀想だったかもですね」
 彼の言葉に肯きつつ、ヘッドライトを穏やかな色に変えたプライド・ワンを労って、真理も少しだけ表情を柔らかくした。
「ええ、本当に」
 形の良い紅葉をひとつまみ、くるくる回して、セレスティンは静かに微笑する。いつしかその髪は穏やかな水色を取り戻し、耳飾りも白く戻っている。
「鮮やかな木々、地には絨毯のように……水面にも浮かぶ様は紅の世界ですね」
 志苑が口元に指を当てて、微笑む。
 さらりと流れる黒髪に、ひらりと落ちる紅葉がある。空木を傍らに、腕組み眺めていた蓮が遠くも近くも、鮮やかなものだと密かに思う。
 ――けれど時折吹く風の冷たさに、冬の訪れも感じる。
 五感で感じる季節の移ろいを志苑は心から楽しんでいる。その横顔に焦がれる思いを、朱に向けつつ。
「……美しいな」
 蓮がそっと零す。彼女に聞こえたか、聞こえぬか――どちらでもいいように。

「雅な場所をよく見つけて来るよな」
 千梨の賛辞へ、カルナは少し自慢げに、素直な笑みを返す。
 眺める先では、湖面を落ちた紅葉がゆっくりと流れていく。浮いたままゆらゆら揺れるのも、何となくいじらしい。
「紅葉って不思議ですよね。落ちてしまう葉なのに、こんなに鮮やかで――最後の最後まで美しく生きていると主張してるみたいです」
 彼の朗らかな声音に釣られ顔を上げれば、エトヴァの銀の瞳に、紅が差し込む。
「古刹に映える紅……秋の美しさハ、詩趣に富んでいマス」
 そんな彼をしげしげと見つめ、そうか、と千梨は気付く。
「しかし若干、妙な心持ちがすると思ったら……赤い服を着るのは相当珍しいよな」
「そうデスネ。変でショウカ?」
 いやいや大丈夫――二人のやりとりを眺めるカルナの尾は楽しげに揺れていた。
 そして二人に倣うように千梨は紅葉へと視線を向けた。
「実に見事な紅だ」
 そしてこっそり――実は戦闘中もずっと紅葉が気になっていたのだと白状するのだった。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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