モリモリの森のもり

作者:東公彦

 福島県西郷村の『ブナの原生林』は四季を通して人々の目を喜ばせる名所である。森の中心部には数百年を生育に費やした巨大な一樹がそそり立っており、かかる幽邃な大自然の生命力を誇示していた。
 そこは森に棲む動物達の住まいであり、その実は動物達の貴重な食糧である。冬の雪解け水が地表にしみこんで遠く山野に川をつくるからして、ブナ林はこの一帯の自然生命の循環、その根幹を成していたと言っても過言ではないだろう。
 しかしある日、ブナ林は姿を変えた。元々巨大であったブナの樹々は縦に横に枝木を伸ばし、深緑を天幕にして原生林に暗闇をもたらした。立ち入った全ての生物から意識を刈りとり、心地よい眠りにいざなう。それが永遠の眠りとなることを、誰が知るだろうか……。


「ブナの大樹に攻性植物の胞子が融着しちゃったみたいなんだ」
 正太郎が原生林の写真を広げた。なるほど攻性植物によって大いに繁殖してしまったブナは日本に馴染みのない密林の様相を呈している。
「攻性植物は中央のブナの大樹に融着の後、根を這わせて付近の樹々も支配下においちゃったみたい。本来ならこれだけの攻性植物と戦うのは相当に骨が折れるんだろうけど……この攻性植物においては戦闘能力はほとんどないみたいなんだよねぇ」
 正太郎は言葉の後に書類をひもといた。
「ただ、この攻性植物の特徴は『眠り』みたいでね。森にはいって10分もしないうちに眠ってしまうみたいなんだ。その後、この個体は隅々まで伸ばした根で眠った人のグラビティを吸い取る。なんだか茨姫みたいだよね」
 写真にマーカーで円を描きつつ、
「森の入り口は東と西、内部は迷路のように入り組んでいるみたいだよ。森の外周は密集したブナの樹々で壁のようになっているし、空から降下しようにも『眠り』の力は中央に行くにつれて強くなるわけで……下手したらヘリオンごと墜落なんてなりかねないんだよねぇ。皆には地道に入り口から入ってもらうしかないんだ。ああ、うん。森ごと燃やせって意見もあったんだけど……指定記念物だし、なによりもうさ、人が森のなかに入っちゃってるみたいなんだよね。だから皆には内部を進んで、元となっている攻性植物の胞子を取り除いてもらいたいんだ。胞子は赤い果実のようにブナに実っているから、すぐにわかるはずだよ。それを潰すなり切り落とすなりすれば、仕事は無事成功だね」
 そんな風に正太郎は話を結んだ。かに見えたが、思い出したように口を開く。
「そうだ、この攻性植物が見せる夢は様々みたいで、時には他者の夢と意識が繋がったりするみたい。こっちでどうこう出来ることじゃないと思うけど、いちおう、頭にいれておいてよ」


参加者
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
四方堂・幽梨(義狂剣鬼・e25168)
天月・悠姫(導きの月夜・e67360)
ブレア・ルナメール(魔術師見習い・e67443)
ミーティア・ドラーグ(自称異星人・e85254)
水原・沙耶(地球人の妖剣士・e85256)

■リプレイ

 茂る枝葉を淡い灯が照らす。彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)と天月・悠姫(導きの月夜・e67360)はライトを四方へ這わせた。
 縦横無尽に枝を伸ばす樹々。それらは複雑に絡み合い、根元がどの一樹かわからぬほど混合として招かれざる客に悪魔のごとく手を伸ばしていた。
「森の精霊さん、私たちにその道を譲って下さいませ」
 紫が踏み出せば天使の光を恐れてか悪魔の手はさっと身をよじる。それでも居座る頑迷な枝木を払いながら一向は森の迷路を進んだ。
「12:00(ひとふたまるまる)、作戦を実行中」
 敬礼こそしなかったものの、神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)は軍隊時代の言葉でひとりごちた。ナビゲーターはそのすぐ後ろをついていたのだが……。
 掠れた呼吸音を晟の耳が敏感に拾う。紫も後ろを振り返りたくて堪らない。並んで歩く悠姫はむしろ、まざまざとその人物が目に入るたび怪訝そうに顔をしかめた。
 後頭部までを覆うゴーグルに防塵煙マスク、極めつきの森林迷彩コート。百人が百人こう思うだろう。どこの軍内の特殊部隊か、と。突き刺さる視線をうけて迷彩服をまとったアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)は首を傾げた。
「どうかしたのかしら?」
「い、いえ。なんでもありませんわ」
 急いでかぶりをふる紫。次いでアウレリアが悠姫に顔を向けると、彼女はうっと怯んで咄嗟に話を変えた。
「そ、それより。方角は合ってるの?」
「ええ、合っているわよ。そのまま逸れないでね」
「了解」
 反射的に額に向かう握り拳をいさめつつ、晟は横木の壁をぐっと拓いた。

●森、東部戦線異状あり
 一方、東から森の中枢を目指していた4人は早くも危機の最中にあった。
「何故ですかね。涙が止まらないんですが」
 接着剤でまぶたをくっつけた男――これは比喩表現でなく私はこのような状況を比喩するほどの表現力を持ち合わせていない――が目を充血させて滝のような涙を流している。
 危機の問題はひとえに人選にあったと言えよう。この行為が足を引っ張るわけではないし、ミーティア・ドラーグ(自称異星人・e85254)に悪意はなかった。問題は並外れた常識のなさか。
「あのね、ドラちゃん。接着剤でまぶたくっつけたら普通そうなるのよ」
 拷問じみた処置を自らに施しているミーティアへ一顧だの慈悲も投げかけることなく水原・沙耶(地球人の妖剣士・e85256)が言い捨てた。彼女の正鵠を得る言葉に付け加えるものなど何一つないのだが、
「あのぅ……映像を止めましょうか?」
 ブレア・ルナメール(魔術師見習い・e67443)は優しさ添えておずおずと尋ねた。
 しかし両者頑なに提案を拒否する。退屈な景色のなか襲いくる眠気を覚ますに動画ほど適したものはあろうか!
 テレビウム『イエロ』は度重なるチャンネル紛争にぐったりと元気がなく、二人の争いは留まるどころか激化しつつある。
「あわわわ……四方堂さん、お二人を止めないと」
 名を呼ばれた四方堂・幽梨(義狂剣鬼・e25168)は、一瞥の後にうんうん唸り、やがてジャージの前ぐりを開けると自分の胸元を指さした。無地のシャツにはでかでかと『ボケ殺しやめろよ!!』とのメッセージ。
「ま、そういうことだから」
「どういうことですか!?」
 このままではいけない。ブレアは二人の間にはいってイエロの画面を切った。落胆の声があがったが、負けじブレアは二人に問いかける。
「折角ですからお話ししましょう! えっと……私は尊敬する師匠の元で魔術の勉強をしているのですけど」
「私はただの大学生よ。4年目だからサボり放題。仕事はもう決まってるしね」
「えっと、ミーティアさんは――」
「異星人ですよ」
 彼は声の尾を待たずに答えた。沙耶が特大の溜め息をつく。ブレアの頭は疑問符だらけで、振り向いた先の幽梨に助けを求めるごとく目を向けたが。
「これね」
 やはり彼女はシャツに指をやるだけであった。
 前途多難の行程はまだ始まったばかりである……。

●森、順調?
 その存在は男の瞳に焼き付いて離れなかった。男は最初、それを死の女神であると錯覚した。流れるような黒髪を空虚な闇に漂わせ、血で染めあげたドレスをまとう。おぞましくも美しい幻想に生きる者だと。だが男は真紅の瞳を輝かせて女に触れようと手を……。
「……。その話、まだ続くの?」
「まだ序幕よ」悠姫のげんなりとした口調に対し、生き生きとした口様でアウレリアは告げる「そして夫は私の髪に触れたわ。命を奪うことしか知らなかった私にとってそれが初めての――」
 眠気ざましに話しでもする? あの言葉がまずかった。彼女は思った。過去に戻れるならば自分に言いたい。口を開いてはいけないわよ。
 かれこれ数十分、アウレリアは喋り通しである。それはもう徹頭徹尾、夫との馴れ初め話であり、話している本人はまだしも興味のない人間にとってこれほど甘く眠気を誘うものもない。自分で促した手前、止めることも躊躇われて悠姫は懸命に瞳をこすった。
「でも私にはまだ恋愛の話ってはや――」
「来たるいつかのために、私とアルベルトの話を聞いておいて損はないはず……そのはずよ」
 彼女の伴侶たるビハインド『アルベルト』も微笑のまま頷いた。何を言っても返される鉄壁の如き備えは、かぼそい溜め息程度ではびくともしないようだ。
「後ろは色々と大変そうだが……眠気はどうだ彩咲君?」
 晟は後方へ向けていた顔を戻し、紫に問いかけた。
「ええ、少し眠いですけど。まだまだ眠気になんて負けてはいられませんわ」
 にこりと笑うも少女は目をしょぼしょぼとさせて、夜更かしをする子供のように必死にまぶたをあけている。
「ならば私達も少し話をするか」
「お話……お話しですわね」
 とはいえ。紫は一回りも年上の男性と盛り上がる話の種など頭のどこを探してもなく、晟も提案したはいいものの令嬢然とした少女を熱中させるような話など思い浮かばなかった。
 護衛艦の――いや、後ろの二の舞になりかねん。
 お花の話――なんて幼すぎるでしょうか?
「「………」」
 きっかけを掴めぬまま不思議な緊張感と共に二人は藪を踏み越えた。その妙な緊張感のせいか眠気が一旦思考の外へ追いやられたことを二人は気づいていない。

●森、誤算の香り
「そろそろ眠くなってきたわよね? 任せて、激辛カレーを作ってきたから」
 沙耶が胸をはるもブレアに去来したのは悪い予感ばかりであった。
 外面を判断の基準とすることがいかに浅慮であるか、ブレアは度々自分に言い聞かせたが、やはり沙耶が料理得手であるようには見えない。とかく才人は世間的な常識や能力が欠けていることが多々ある、17年の年月を以て知る経験則だ。
 試しにルーを口に運ぶと「……っ、これは」その怪奇につき複雑な味にブレアは閉口するしかなかった。
「うん。ある意味、眠気は覚める味だね」
 幽梨が呟いた。言葉の裏を感じて眉をあげつつ、沙耶も一口自信作を頬張る。すると「――うっ!!?」かつてこれほど正体をひた隠しにした辛味以外の『味』なるものがあるだろうか。漫然茫漠とした刺激が口内を駆け巡った。
「惜しいね。こいつはさ、味がまとまってないんだよ。壊滅的に不味くはないんだけど……まぁ、魔除けくらいの役にしか立たないかもね」
「わっ、私の自信作が――」
 がくり、膝を落とす沙耶。
 と、幽梨はぽんと手を叩いた後「ちょっと貸してみな」鍋を火にかけなおした。すぐさまコートから取り出したスパイス類を繊細な手付きで振りかけ、皿によそる。
「ほい。食べてみてよ」
 香りからして別の品となったそれを口に運んで「あれ? 美味しいですね」ミーティアは驚きの声をあげた。
「あ、ほんとですね! さっきのとは違って――あ、いえ。さっきのが不味いというわけではなくですね……」
「い、いいわよ。私だって自分の出来が悪いのはわかってるんだから!」
 弁解を重ねるからこそ起こる悲しさもある。沙耶はやけになってカレーを食べるついで口をひらいた「けど、どうしてこんなに味が変わったの?」
「人間の脳が香りや色で味を判断することはよくあるんだよ。だからちょっとスパイスで臭みとりに香りつけ、あと差し味をしただけ。大したことじゃないって」
「四方堂さんって料理に詳しいのね……」
「数少ない趣味だからね」
 手を止めることなくカレーライスを食べ終えた4人。と、ふいに思いついてミーティアが口にした。
「ですけど、よくスパイスなんて持ってましたね」
「あれは眠気覚ま……し」
 途端、幽梨は固まった。そしてついと顔を逸らした。
「ま、なんとかなるよね」
 眠気覚ましのためのカレーは単に遅めの昼食として彼女達の腹におさまった。途方もない眠気が彼女達に襲いかかるに、あと30分ほどの時間を要したのであった……。

●森、天使の陽だまり
 中枢に近づいている実感はあった。枝木は空間を塗りつぶすようにひしめいており、尋常でない眠気も押し寄せている。
「眠気、辛くなってきたわね。皆、大丈夫?」
「思っていたより骨が折れるものだな」
 まったく、帰ったら甘いものでも食べたいところだ。晟がひとりごちると「神崎様は甘いものがお好きですの?」疲労の色を濃くした顔で紫が聞いた。悠姫が目を丸くする。
「少し意外ね」
「その体格でなどと、よく揶揄される」
「あら、そんなことありませんわ。甘いものは誰だって好きですもの。この前に食べたアップルパイと紅茶、美味しかったですわぁ」
「アップルパイ。生クリームをちょっとのせて……はぁ、美味しそうね」
「私ならコーヒーだな。うむ、とても美味そうだ」
 まるで実際に味わっているような口調。それがおかしくて三人は声を揃えて笑った。
「あら。辛いものも良いのに」
 そんな中でアウレリアはひとり、真っ赤な液体をごくり。唇をなめた。
「あの、アウレリア様、それは……」
「激辛ソースよ。眠気覚ましに持ってきたのだけど……私には美味しいだけね」
「……どれくらい辛いの?」
 興味本意で悠姫が聞く。すると、さも当然というように「そうね……ハバネロの4倍くらいかしら」アウレリアは答えた。
「想像もつかんな……」
 絶体絶命のその時まで飲むことが躊躇われる代物である。いや、飲んでしまったら絶体絶命の危機に陥るような代物か。
 突如アラームがけたたましく鳴った。アウレリアが音を止め、ふっと息をはく「もう1時間ちかく経つのね」
「あの……眠気を解消できるかはわかりませんけれど、ヒールをかけてみるのはいかがですの?」
「ヒール……そうね。効果のほどはわからないけれど、お願いできるかしら?」
 紫がおずおずとした問いかけにアウレリアが頷くと、彼女は満面の笑みをつくった。
「はい、私にお任せください!」
 鬱蒼とした森のなかでは邪魔になるだろうとしまっていた純白の翼。それが光を帯びると、闇を照らしだす光のオーロラが生まれる。オラトリオが持つ癒しの力、その暖かさがケルベロス達の体を包みこむ。紫の髪に咲くラベンダーの香が微かにかおって、彼らの緊張を解きほぐし……。
「これはっ――いか……ん……」
「み、皆様!?」
 その心地よさに耐えきれず全員が地面に倒れ込んだ。
「嗚呼。私、なにか失敗してしまったみたいですわ」
 常ならば彼女の長所である陽だまりのようなほがらかさも今回ばかりは仇となってしまったわけである。
「で、でも諦めませんわ! ラグナル様、手伝って頂けますか?」
「ガゥ!」
 ひとり光から距離をとっていたボクスドラゴン『ラグナル』が綺麗に敬礼を返した。

●森、剣鬼の記憶
 いわゆる『まどろみの世界』に腰までつかって幽梨はそれでも最低限の体の機能と思考だけは止めなかった。彼女は夢遊病を罹患した者のように、森のなかを歩いた。
 ふと過去のことが思い出される。幽邃であるがゆえに人を寄せ付けぬ山の懐に抱かれ、刃を友として生きていた日々のことを。
 かくり、頭が落ちたはずみに眼鏡も地面へ。拾う気力もなく視線だけ下へ向けた時、珍しいものを幽梨の目がとらえた。
 山伏茸……天然ものは滅多にお目にかかれない珍味だ。途端、鈍い頭に亀の歩みのようにじんわりと閃きがやってきた。
 被害者はコレを取りに来たんじゃないか? それなら……。
 夢想と現実の狭間で幽梨は神経を研ぎ澄ました。さもすれば眠りの世界に落ちてしまうような危ういバランスのなかで、しかし手に取るように生命の鼓動を感じる。途轍もない眠気がもたらした偶発的な無の境地にあって、幽梨は気配のある先に刃を振るった。
 白鞘をきって白刃が煌めく。大樹の瘤が切り裂かれ、そこには深い眠りをむさぼる男の姿があった。
「見つけたよ」
 呟いて、最後の気力を振り絞り、ミーティアの懐から拝借した爆竹に火をつける。そこで彼女の意識は途絶えた。

●森、???
「これ、どういうことなの?」
 悠姫が額に手をやった。なるほど、夢は繋がると言われていたが、流石にごちゃ混ぜにすぎた。
「よし、全艦回頭。神崎ターンを実行せよ!!」
「あいあいさーです!」
 晟が艦橋で叫ぶように指示を飛ばす。水兵服のブレア達がちょこまかと動き回り、アップルパイの艦隊は一斉に方向転回をした。一方で、戦艦の行く手にあるのは装飾華美の豪華客船であり甲板に残るは二つの影のみ。これまた、まったく突拍子もない。
「アルベルト。この艦に残ったのはもう私達だけよ」
 二人は海の泡になる。永遠にわかたれることなくね。
 真紅の瞳にはアウレリアしか映っていない、彼女の瞳にもまた銀髪の青年の姿だけがあった。
「あなたの瞳を見て、体に触れて……私は幸せ者ね。愛しているわ、永遠に」
 アウレリアが口づけを交わす、その寸前。
「カットカットー。ちょっとアングルを変えた方がいいわね」
 沙耶が腕組みをして告げた。ミーティアはせこせことカメラを動かして抱き合う二人を再びレンズにおさめた。うんうん。いいわね。沙耶がひとりごちる。
「それじゃ……アクション!」
「撃てーー!!」
 声が重なり戦艦の主砲が生クリーム弾を発射する。パン! パパン!
 ずいぶん軽い音ね。悠姫は上空から騒ぎを見下ろしつつ、妙に肉感的な艦砲射撃の音を聞いていた。そして空に吸い込まれるように一気に急上昇して、
「――ッ、……ここは?」
 意識を取り戻した。
 悠姫は辺りを見回す。艦砲射撃はまだ続いて――いや、爆竹の音がどこかで鳴っている。東の誰かが一般人を見つけたのね。悠姫は思い当たって、立ち上がった。自分以外の誰もが深い眠りについているようである。
 紫とラグナルは懸命に皆を引っ張ってきたらしい。疲れ果てたように眠る一人と一匹にコートをかけてやり、悠姫は地図とGPSを拾った。
 視てみれば森の中央は目と鼻の先だ。しかし行く手を遮る樹木は更に密度を増して要塞くらいには形容できる代物である。加えて、本体に近いだけあって強い眠気が押し寄せてきている。
 一人では手が余るわ、こうなれば一か八か。
 悠姫は思いついて激辛ソースの瓶を手に取ると、
「ごめんなさい」
 先んじて謝った後に激辛ソースを晟の口に流し込んだ。
「おおおおおおぉ!!?」
 雄叫びをあげる蒼竜。如何に冷静な彼であっても、甘味好きの舌が受けた衝撃たるや計り知れず、深い眠りもなんのその意識は弾かれるように覚醒した。
「う、鱗が……鱗がっ、はがれる……」
「えっと……手荒な方法で起こしてごめんなさいね神崎さん。起きてそうそうに悪いけれど、これ、見てもらえるかしら?」
「う、む? 中枢は目前か」
 こくり。首を縦にした悠姫が遮る樹木の要塞を見やる。意図を察して晟は立ち上がった。
「了解した。私に任せてもらおう!」
 晟は空気を肺いっぱいに吸い込み、ひりひりと焼け付く口内から『旋焔』を吐きだした。ソースの影響だろうか、その勢いは凄まじいものがある。口を引き絞ると蒼炎は放射状に広がらず一点を焼き尽くす業火の塊となった。
 重なり合う枝木はもちろんのこと丸太のような幹々であっても、大火の前に成す術なく焼き払われる。瞬間、悠姫の目に赤い果実が飛び込んできた。
「あれがこの地に巣食う攻性植物ね!」
 拓いた道を駆け抜けながら、彼女はガジェットを形態変化させて銃のように構えた。
「あなた、思っていたより厄介だったわ」
 照準のなかに果実をおさめて、悠姫は引金をひいた。
 果実が炸裂する。すると途端、異常なほど繁殖していたブナの一部が力なく空気に溶けて一陣の風に舞った。ブナの森の隅々までを清涼な風が赤い葉を伴って吹き抜ける。
「綺麗……これも夢、ですの?」
 目を覚ました紫が最初に見たのは、冬の到来によって遠く空へ去りゆく秋の色、いや秋そのものにさえ感じられた。

●森、外にて
「あなた、白髪なのね」
 後ろから声をかけられて振り向くとガデッサの眼前にはアウレリアがいた。仕事を終えて帰ってきたらしい。
「おう。なんだ? 新手のナンパか?」
「私の夫が言っていたわ。君は髪が黒いからお婆さんになったら目立つ、自分は銀髪だから大丈夫だ。なんて笑ってね」
「あ~……なに言ってんだ?」
「色々と教えてあげるわ、ついてきなさい」
 美女の誘いにのってしまったガデッサを待っていたのは夜明けまで続く、舌が痺れるような惚気話の数々。
「もう、無理……」
 皮肉にもその救いは眠りのみであった……。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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