セリカの誕生日~まっしろつやつやおいしいごはん

作者:猫目みなも

「先日、知人から新米をたくさんいただいたんです」
 やけに真剣な風に、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそう口を開いた。どことなく眉尻が下がっていることを指摘されれば、彼女は首を傾げつつ微笑を浮かべて。
「ええ、それが……たくさん、と言うのが本当にたくさんでして。私一人では、少々持て余してしまいそうなんです」
 勿論毎日少しずつ食べていけば困りはしないものとは言え、そうしているうちに新米が古くなっていってしまうのももったいない。つまり、だ。
「よければ……なのですが、一緒に新米パーティでもしてみませんか? お米とお茶は私が用意しますので、皆さんにはご飯に合うお料理や食材を何でも一品持ち込んでいただけたら楽しいかな、と」
 ご飯のおかずナンバーワン決定戦と言うわけでもないが、それぞれ思うままにご飯に合うものを持ち寄り合えば、きっと素敵な食卓が出来上がるに違いない。
 公民館の一室を借りるため、会場の広さは心配しなくていい。存分に机を並べて、美味しいものをいくらでも広げるとしよう。
「やっぱり、大人数で囲むご飯というのは楽しいものですから。それに、皆さんのおすすめ、是非教えていただけると嬉しいです」
 そう言って、セリカはケルベロスたちにはにかむような笑みを向けるのだった。


■リプレイ

 大きな炊飯器の蓋を開ければ、立ち上るのは真っ白い湯気とほのかに甘いお米の香り。それを深々吸い込んで、摩琴はきらきら目を輝かせる。
「ん~、このほっこりあったかい炊き立てゴハンのにおい♪ こ、これはお腹がすいちゃう……っ!!」
 いかにも食欲をそそる香りに誘われ、今にも鳴り出しそうなお腹をばっと押さえる友達の姿に、マイヤが自分もだと言わんばかりに頷いて。
「お米が立ってるって言うんでしょ? ……意味はよく判らないけど、美味しそうなのは判るよ。わたし、朝ごはん抜いてきたんだ」
「え、気合入ってるね! ボクはピクルスと野菜ジュースでたくさん食べれる様に胃の調子を整えてきたよ!」
 どうやらお互い準備は万端のようで、お腹の方もとっくにご飯を迎え入れる態勢のようで。ならば、やるべきことはただひとつ――早く食べよう!
 茶碗にたっぷりよそったご飯の隣にもうひとつお椀を並べて、摩琴は早速自分の持ち込んだ容器の蓋を開ける。ふわりと広がった芳醇な匂いは、具材も様々な味噌汁のものだ。
「彼氏にも褒められた一品だよ!」
「彼氏さんの好きなやつ??」
 日本の味にも惹かれつつ、摩琴の恋愛話にも興味津々といった体で身を乗り出してくるマイヤに照れたように笑って、うん、と摩琴はひとつ頷いた。求められるままに彼氏とのエピソードをいくつか話した後、はっと我に返ったように赤くなった摩琴は、頬を緩めっぱなしの友人に話を振り返す。
「ね、ねえ! マイヤは何持ってきたの、そろそろ教えてよ!」
「うん、悩んだんだけどね……ふふふ、これ!」
 じゃじゃーん、と掲げられたランチボックスの中身は、挽肉と野菜の入ったふっくらオムレツ。少し温めた後にナイフで真ん中から切り分ければ、とろけたチーズの絡んだジャガイモがごろりと黄色の中から零れ出た。ふわぁ、と涎の混じりそうな溜息をついて、摩琴が両手を握り締める。
「お野菜チーズいっぱいですっごくおいしそう! これ、手作り?」
「うんうん、手作りなの。これとボルシチだけは得意なの」
「わぁ、もう待ちきれないっ! ねえ、セリカもおいでよ!」
 お味噌汁もオムレツもたくさんあるからと誘えば、それではと微笑んだセリカがふたりの近くに腰を下ろす。重なる『いただきます』の声に合わせるように上蓋をぱくぱくさせた相箱のザラキに小さく笑って、イッパイアッテナは机の上に赤色が透ける小瓶をことりと置いた。
「こちらは?」
「酒盗ですよ。いい名前だと思いませんか?」
 セリカの問いに答えつつ蓋を捻れば、顔を出すのは様々な魚介の内臓を漬け込んだ塩辛だ。酒を盗んででも飲みたくさせる食べ物とも、盗まれたように酒が減っていく食べ物とも称されるそれが、日本酒の原料でもあるお米に合わないわけがない!
 自らもご飯の上にそれをひとつまみ載せて頬張りつつ、イッパイアッテナはセリカの方へ視線を向ける。シャキシャキぷちぷちもりもりと変化に富んだ酒盗の食感を楽しんでいるらしい彼女の邪魔はしないよう一度温かいお茶を飲み干して、そうして彼は改めて口を開く。
「何でも一品……なんて楽しくも悩ましいものでしょうね」
「ケルベロスには、本当に色々な方がいらっしゃいますから。色々な人のお勧めが集まったら楽しいだろうな、と思ってしまったんです」
 そう言うセリカの表情は本当に楽しそうで、幸せそうで。そのことに何よりの楽しみを覚えるイッパイアッテナの隣で、ザラキが両足でぴょんぴょん跳ねた。何かを主張するような相箱の挙動に釣られて振り向いて――ははあ、と彼は顎を擦る。
「成程、あれはまた美味しそうな……」
「真っ白いご飯には、鮭が似合うって聞いたから……持ってきたよ」
 どどんと置かれた巨大な鮭の丸焼きを前に、そう頷くのはリリエッタ。朝一番で買ってきて炭火でじっくり焼き上げたのだというそれは、なるほどご飯のお供としては間違いなく最強の一角を占めるだろう。
「こちらも沢山持って来ましたので、よろしければお裾分けしますわね」
 クーラーボックスから取り出した鮭のルイベ漬けの瓶詰めを他のケルベロスにも配って回りつつ、ルーシィドがセリカに微笑みかける。
「それと、セリカ様にはこれもプレゼントですわ。お忙しい時にもさっとご飯を美味しく食べられる品です」
「あ、リリも、お誕生日プレゼント……使ってもらえたら、嬉しいな」
「わぁ……お二人のプレゼント、一緒に使えそうですね。嬉しいです!」
 鮭茶漬けのパックと可愛らしいナノナノ柄の茶碗を受け取ったセリカのはにかむようなお礼に、ルーシィドとリリエッタは顔を見合わせて笑み交わす。先に唇を開いたのは、ルーシィドの方だった。
「さ、私たちも頂きましょう? リリちゃんのお話を聞いた時から、頭の中が鮭尽くしですの」
「そうなの……? それじゃ、一緒に食べよ?」
 並んでお行儀よく手を合わせたら、早速ご飯茶碗を手に取って、次は魚に手を伸ばして。口の中でふわりとほぐれる米の上に鮭の塩気と旨味が重なれば、もう箸が止まることなどありえない! 表情ひとつ変えぬまま、それでも無心にご飯とおかずを順繰りにせっせと口へ運ぶリリエッタの横顔にくすりと笑いそうになったルーシィドの目が、ふと僅かに見開かれた。
「……はっ! リリちゃん!」
「あれ、ルー? どうしたの?」
「ちょっと、ちょーっとだけ……じっとしていて下さいませね」
 そっと伸ばした指先が、リリエッタの頬からご飯粒を掬い取る。たった一粒のそれを幸せそうにそのまま自分の口へ運ぶルーシィドに、リリエッタはこてりと首を傾げた。
「日本食といったらお米だね。エトヴァはすっかり食べなれたかな?」
「ほかほかごはんに、美味しいお供……ハイ、もうすっかり大好きに」
 ジェミの問いに、エトヴァはどこか感慨深く頷きを返す。そっか、とやはり想いを馳せるように微笑んで、ジェミはぱかりと鍋の蓋を取った。その中を覗き込んだエトヴァが、ほう、と柔らかな息をつく。
「……良い香り」
「鯖のみそ煮だよ。初めて作ったけど、上手くできたかな」
「鯖……お魚サン?」
「そう」
 濃い目の甘じょっぱい味噌が魚の旨味を引き立てる傍ら、添えた生姜は魚独特の臭みを消しつつ爽やかな後味も加えてくれて、白いご飯が進むこと間違いなし。そんな自身の目論見通りにものの数分でご飯のお代わりに立ったエトヴァに、ジェミは思い出したように問うてみる。
「エトヴァは何を作ったのかな?」
「あ、そうでシタ……つい、夢中に」
 照れたように目を細めた後、彼は温めていた器をいそいそと持ってきた。取られた蓋の下を覗き込んで、はっとジェミは息を呑む。
「これは……もしやエトヴァの創作料理? 凄い!」
「七色の幸せごはん、ちょこっと創作デス」
 絹ごし豆腐とアボカドにオリーブオイルと醤油で味をつけ、チーズと七味唐辛子を振りかけて、オーブンで焦げ目を。和洋折衷、彩りも豊かな幸せおかずは、ジェミの好物をぎゅっと詰め込んだ一品だ。待ちきれないとばかりに頬張れば熱々とろとろのチーズが舌に絡んで火傷しそうになるけれど、冷たい水でこの味を薄めてしまうのは勿体ない! はふはふと湯気混じりの息をつきながら掻き込んだご飯にも舌鼓を打つジェミに、エトヴァは緩やかに首を傾けてみせる。
「お味は如何デショウ?」
 名残を惜しむようにご飯とおかずの味わいをまとめて飲み下し、そのままジェミは深く頷く。そうして、心からの感想が確かに零れた。
「最高」
 さて、ところ変わって給湯室では、晟が大鍋を前に腕組みしていた。そろそろなくなりそうなお茶を沸かしに来たセリカの姿を認めて、彼は軽く片手を上げる。
「米のおかずは米ではないのか?」
「えっ? た、確かに、美味しいお米はそれだけで美味しいとも言いますが」
「……というのはまぁ、冗談として」
 慌て気味ながらもそんな風に返してくるヘリオライダーの生真面目ぶりにくつりと笑って、晟は鍋に向き直る。そろそろいい感じに温まり切ってきたその中を覗いたセリカが、わぁ、と感嘆の声を上げた。
「これは……カレーですね!」
「ああ、米と言ったらやはりカレーだ」
 一口にカレーと言っても色々あるが――そしてこの辺りは解説し出すととてもとても長くなるため、一旦晟本人も口を閉ざしたのだが――今回晟が振る舞おうとしているのは海老やイカ、貝といったシーフードを主体とするものだ。スパイスと海産物の香りを吸い込んだセリカの喉から、幸せそうな声が零れるのが確かに聞こえた。
「美味しそうですね……磯の香りが、しっかりして」
「塩のシーズニングスパイスも使っているからな」
 小皿に取ったカレーの味を確かめ、セリカの反応にも満足げに頷いて、晟は鍋の火を止める。大鍋を豪快に持ち上げてご飯パーティ会場へ歩き出しつつ、彼は楽しげに独りごちた。
「さて、随分盛り上がっているようだな。俺もあれこれ味わわせて貰うとするか」
「カレーの登場ではないか。匂いだけで食欲が湧くぞ……」
 いの一番にシーフードカレーに気付いて伸び上がった【空団】の一十に、晟は鍋を置いてから掌を向ける。
「ああ、カレーは締めに使ってくれ。お茶漬けなどよりも後に食べたほうがいい」
「そうなんですか? じゃあ、わたしのこれも最後のほうがいいんですね」
 言ってシィラが開けてみせた鍋の中身は、ケチャップと付け合わせの茹で卵で刺激を抑えたドライカレー。彩りの異なる二色のカレーに誰からともなく歓声が上がる中、じゃあじゃあ、と声を上げたのはキソラだ。
「先にこういうのどうかな。俺持ってきたんだけど」
「……? ドライカレーもそうだが、これもはじめて見た」
「焼き味噌ってんだ。味噌に葱やらの野菜と胡麻混ぜて焼いたものだよ。すごく酒が進むってヤツ」
 首を傾げるティアンにそう自分のおかずを解説しつつ、キソラは実演するようにご飯の上に焼き味噌をちょんと乗せてみせる。お酒にもご飯にも合うという理屈は、先の酒盗と同様のものだろう。
「焼き味噌は僕も初めて聞いた。お酒もご飯も進むとはなんと万能な……保存食にも良さそうだ」
「薬味がポイントかな。お酒に合いそうなの分かります……!」
 一十とシィラの言葉にもなるほどと頷き、小皿に焼き味噌を分けてもらいつつ、ティアンも自分の持ち込んだものを披露する。
「そのままでも勿論美味しい。が、ここはこれをちょっとほぐして、こうだ」
 焼き魚の身を箸でふわふわにほぐしたらご飯の上に好きなだけ乗せて、やかんのお茶でひたひたに。前に食べさせてもらったことのある鯛茶漬けの見よう見まねとティアンは言うが、中々どうして憎いチョイスだ。
「お茶漬けはインスタントの印象が強いな。自分でやるのは新鮮やも……ところでそれなら、これも足してみては?」
 言って一十が出してきたのは、王道かつシンプルなご飯のお供、味付け海苔。黒く艶やかに光るそれを目にしたキソラが、うわ、と唸って仰け反った。
「すげーしてやられた感だわ……ハズレる訳が無いだろソレ」
「初心忘るべからずということだ。説明など不要、無用であろう?」
「特に炊き立てのご飯に合いますよね」
 ふふんと胸を張る一十にシィラが同意を示せば、受け取った海苔を早速お茶漬けに加えたティアンも満足げに頷いて。
「海苔でよりほんものらしくなった、ありがとう一十。お礼……という訳でもないが、焼き魚を提供だ」
 ほぐす前の焼き魚を皿ごと差し出す彼女にでは有り難くと頭を下げて、一十は早速塩気の効いた焼き魚に箸を入れる。一口サイズに切り取った魚の身をご飯に乗せたら、更にその上から海苔を重ねて巻くようにつまんでそのままぱくり。何重にも重なる旨味を噛み締め尽くすようにしっかり咀嚼して飲み下した後、彼はしみじみと呟いた。
「この塩気とお茶の風味だけでもお米何杯でもいけそうなものだな」
「わたしもお茶漬け気になっちゃいます。真似してみてもいいかしら?」
「だって絶対美味いよね、魚のダシや塩気がさ」
 伸ばされる仲間たちの箸にどうぞどうぞと応じつつ、ティアンも小皿の焼き味噌をつまむように取ってご飯に添える。お酒のことはまだ分からないが、――成程、成人組が揃って美味しいと言うのも納得だ。
「ふぅ、沢山いただいちゃいましたね」
 軽くお腹を擦りつつ、けれどシィラはお皿片手に立ち上がる。だってまだ、とっておきの締めが残っているのだから。彼女に続いて席を立ちつつ、キソラも同じ方へ視線を向けて。
「けどさ、ちょっとくらい腹が膨れてもカレーの匂いがしたらまた食べれちゃうよな」
「む、ティアンも食べたい。まだまだたのしいことは尽きない」
 更に続いて立ち上がるティアンを引き留めるでもなく、仲間たちの背を見送りながら一十はゆるりと椅子を引く。
「おっと、……出遅れてしまったな」
 ならば自分の分は、彼らが戻ってからゆっくり頂きに向かうとしよう。そう決めて温かいお茶を飲みつつ、彼は微笑混じりに呟いた。
「いやあ……恐るべしお米の可能性、だな」
 持ち寄ることも分け合うことも、同じ『たのしい』『おいしい』を分け合うことも、何もかもが楽しくて。揺るぎなく温かく感じられるこの時間が、皆にとってはどう思えたか――なんて。
 そんなことはきっと、誰に聞くまでもない。

作者:猫目みなも 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月22日
難度:易しい
参加:12人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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