後夜祭

作者:東公彦

 一週間も過ぎればハロウィンは過去のこと、昨年の記憶に等しい価値しかもたない。こういったイベントに余熱というものは滅多になく、ハロウィンを過ぎた後に仮装などした日には人々から冷笑を以て街に迎えられるわけで。
「お菓子ください、お菓子ください!」
 くりぬいた三つの穴、青いシーツに身をくるませた小さな人影はよちよちと右へ左へ通行人に声をかけるも、一瞥されるだけでお菓子をもらえる気配は一向になかった。
「イタズラするぞ、イタズラするぞ!」
「うるせーな、どけよ」
 通行人の誰かに蹴られてゴーストは盛大に転ぶ。すると行き交う人々は仮装したオカシナ奴のアクシデントをカメラに納めて、再び何事もなかったかのように去っていった。
 それでも、一人で立ち上がったダモクレス『ゴースト』は渋谷の街を行き交う人々にお菓子を求め続けた。


「また変な事件が起こったねぇ」
 正太郎が頭を掻きつつ書類をめくる。
「ハロウィンの日に使われたおもちゃにダモクレスが寄生したみたいなんだけど……媒体が悪かったのか、数日前にあったハロウィン事件の影響か。とにかくお菓子を貰うことで頭がいっぱいになっちゃったみたいだよ」
 驚くような話だが、考えても詮無いことだと君達は感じた。デウスエクスの生態は個体により様々で、分類は多岐にわたり膨大である。先入観は禁物なのだろう。
「とはいえさ、相手はデウスエクスなわけでいつまでも渋谷の真ん中に置いておくのは物騒だし、皆に解決してほしいんだ。というわけでさ、よろしくね」
 緩み切った顔で告げて正太郎は踵を返した。と、何か思い出したのか君達の前に再び歩みよってくる。
「ごめん、ごめん。これじゃぁ流石に給料泥棒だよねぇ。えーと、ダモクレスが現れたのはかの有名な渋谷の交差点だよ。人は多いね、うん。とはいえ避難させると『お菓子をもらうために人のいる場所へ移動してしまう』かもしれないから、少なくとも避難は現地にダモクレスが現れてからになるね。戦闘力は……言わずもがなかな。シーツにくるまれてるからどんな攻撃をするかもわからないし。あっ、そうだ。特性としては『お菓子につられて移動する』みたいだよ。なんなら戦闘せずに説得して人のいない場所へ誘導するのも良いかもしれないね。仕事としては『無力化か撤退』なわけだから、そこは皆で話し合って考えてくれたらいいな」
 書類をぱらぱらとめくり、伝達していない事項があるか確かめる正太郎。ふいに顔をあげた。
「そういえば皆はハロウィンで仮装してたんだって? 服も一日二日で着なくなっちゃうのはもったいないし、今回の仕事に着ていけばどうかな。このダモクレスも同じような仮装をしている相手の言葉は素直に聞くかも……しれないよ」


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)
人首・ツグミ(絶対正義・e37943)

■リプレイ

 蓋をあけた『たからばこ』と『ザラキ』から発せられた極彩色の光が渋谷の街を彩る。光の中心にあって存分に耳目を集めた仮面の道化師はパチンと指を鳴らした。
「さぁさぁ、御覧ください。幻想の世界、一年二度目の楽しい楽しいハロウィンナイトのはじまりですわ!」
 道化師が両手を叩く。途端、センター街に薔薇の花弁が降り注ぐ。仮面を取り去ったカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)がアクロバットに着地を決めると、行き交う人達から一斉に歓声が起こった。
 そんな雑踏のなかでこっそりとゴーストに近づいた火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)は、
「ねぇ、きみはお菓子が欲しいんだよね?」
 と語り掛けた。
「でもね、ここにお菓子はないの。それにさっきみたいなイタイことが起こるかもしれないし……。私もお菓子は大好きだから二人でお菓子のお家にいかない?」
「お菓子!」
 すぐさまゴーストが首肯した。彼女は顔いっぱいの笑みを浮かべて一回転。すると瞬くほどの間に姿は一変し、黒頭巾の魔女となった。
「さ、行こう。お菓子の家に」
「あら、あなたたち、お菓子の家に行きますの? それでしたら黒い森を抜けた先にあるのですけど……夜の王にお伺いしなければなりませんわね。私が案内してあげましょうか?」
「お菓子!!」
 カトレアの提案に一も二もなく同意して、お菓子を求めるゴーストの冒険は始まったのであった。
 さて、珍しがって三人について行こうとする人々の前には二つの影が立ち塞がる。
「待たれい、待たれい。ここから先は妖怪変化が跳梁跋扈の百鬼夜行、ついて行くには危険なのじゃ!」
「ハロウィンの魔術師参上です! さぁ皆さん、今夜はもう一度ハロウィンの残り香を味わって帰ってください」
 笠地蔵の恰好をした端境・括、昔ながらの魔術師を装ったイッパイアッテナ・ルドルフは手でお菓子を掴んで放り投げた。

「はじまりましたね」
 ハロウィンが戻ってきたかのような渋谷の様子を遠くから見て、レフィナード・ルナティーク(黒翼・e39365)が呟いた。
「出番はまだ先だけど、まさかまた仮装するとは思わなかったな、レフィさん」
 もごもご。口を動かしつつ、リーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)が笑顔をつくる。彼女が持つお菓子を一つ拝借して月岡・ユアが唇をぺろり。
「ん~~、凄く美味しい! だけど、なんだか楽しくなってきたね!」
 二人の無邪気な様に相好を崩して、レフィナードは笑った。そして祈りに似た想いを星に願う。どうか、彼女達の笑顔を壊さぬような結末を……。
「俺達の出番はこの後だ。抜かりはないだろうが、しっかりとな」
 革手袋をぐっと嵌めて、宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)が立ち上がった。

●代々木公園・黒の森
 黄金色のトンネルをくぐって三人は進む。紅葉の道を踏みしめて、さくさくさくさく。くすぐったそうに葉っぱが歌う。
「お菓子~」
「おかし~」
 ゴーストの楽しげなリズムに声を合わせるひなみく。気恥ずかしくてカトレアは歌う気になれなかったが、声に合わせて踊るように歩調をすすめた。と、
 シャン。シャン――。
 夜の空気にしんと澄み渡る鈴の音。欅の並木道からすぅっと白い影が滑り出てくる。
「ひゃぅ――」
 ひなみくが噛み殺した悲鳴をあげた。
 白無垢の狐面は尋ねる。「みなさん、どちらへ行かれるのですか?」
「わたし達は夜の王様に会いにいくところで――」
「夜の王?」
 聞いた途端、狐面はすーっと歩み寄って彼女の手を包みこんだ。ひなみくは真正面に睨まれてドキリ、
「お、かし……」
 ゴーストも頭を抱えている。しかし白無垢の狐面がさっと仮面をとると、中から覗いたのは世にも恐ろしい焼けただれた――顔ではなく、きめ細やかな白い肌と冬の空のような髪の少年である。
「僕も夜の王にご挨拶へ伺うんです。一人では心細いですし、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「ど、どうかなぁ。私はいいけど、ゴーストくんが……」
 大きな紫水晶の瞳に見つめられ、ひなみくは困惑しながら告げる。すると白袖を目にやってバジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)は絞り出すように声を出した。
「お願いします、僕もハロウィンパーティーを楽しみたいだけなんです……」
 大粒の涙がぽつり、ゴーストの頭を打つ。楽しい、ハロウィン。ゴーストはじっとバジルの顔を見つめながら、
「お菓子」
 励ますように体に触れて頷いた。
「いいんですか? ありがとうございます! あっ、そうだ。これ、ゴーストくんにお礼です」
「お菓子! お菓子!」
 バジルから手渡された狐のクッキー。跳びあがらんほどに喜んでゴーストは口にしまった。
 さて新たな仲間をえた一行は更に黒の森を進んでゆく。欅の並木道を抜け、薄暗い小径に入り、不気味に梢を揺らすオリーブの森を通りがかる。その時である。
「こんな夜更けに黒の森に入ってくるとは、いただけないな」
 頭上から響いてきた声に首を巡らせ、ひなみくがあっと声をあげた。
「黒猫の王子様、どうしてここに?」
 オリーブの幹に寄りかかっていた黒猫王子こと玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は軽々、地面に脚をおろした。
「何故ここに存在するか。哲学的だな、天使のお嬢さん。まぁ、月から隠れてるだけだがね。そっちはどこへ?」
「僕たちは」とバジルがゴーストを持ち上げて「この子をお菓子の家に連れていくところなんです。でも黒の森を抜けるには夜の王様の赦しがいりますので……」
「そういうことですわ。だから道化師の私が王のところへ案内を買って出ましたの」
「そうか」
 陣内は小さく言い放ち、ゴーストに鋭く目を向けた。今はまだ、どうにかなっているようだ。
「だったら急いだ方がいい。近頃は黒の森も物騒だからな」
 呑気にゴーストと握手をしている『猫』を口笛で呼び戻すと、彼はひとっ跳びで再びオリーブの木に戻り、闇に溶けるように消えた。
「ちょっと急いだほうがいいかもしれないね」
「かしこまりましたわ。では、少しだけ風をきりましょう」
 黒いベールが揺れる。カトレアが走りだすと、裾をおさえたバジルも器用につづく。ひなみくはゴーストを頭に乗せると、二人に遅れないよう翼をはためかせた。

●月の扇が降る大通り
「大変だ、大変だー」
 月光が銀杏を煌々と染め上げる大通りで、時計を手にしたやけに露出度の高い兎が一匹、慌ただしく駆け回っている。
「どうしたのかな?」
 そのまま走り去るわけにもいかず、一同が足を止めると、月の扇と同じ色彩に光る金糸を振りつつリーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)が駆け寄ってきた。
「このままじゃ完全に遅刻だぁ~」
「えーと、どこに遅刻しそうなのかな?」
 涙目で時計を視る彼女を落ち着かせるべく、ひなみくがゆっくり言葉をつむぐ。すると彼女は早口に「夜の王のパーティーだぞ!」と一言。やがて先頭を走っていたカトレアが戻ってくると、リーズレットの顔を見るなり溜め息をひとつついた。
「時計ウサギさん、あなたまた遅刻ですの?」
「うぅ、暗い所はちょっとだけ苦手なんだ。そ、それにな、いつも夜にばっかパーティーを開くなんて王もどうかと思うぞ!」
「王は吸血鬼ですもの、仕方がありませんわ」
「頼む、私も連れていってくれ。そしたらたっぷりサービスしちゃうぞ、お菓子の山だ」
「お菓子!?」
 ゴーストがリーズレットの言葉に反応して、ひなみくの頭を飛び降りた。危うく地面にぶつかる所をキャッチして彼女が微笑む。ゴーストはリーズレットの額を撫ぜて叫ぶ。
 お菓子!
 おそらくは了承の意なのだろう。そうと決まれば立ち直りも早く、リーズレットは誰よりも元気に拳を握った。
「いざ征かん、夜の王の薔薇園へ!」
「と、とにかく。元気になって一安心ですね」
 バジルがほっと安堵した、その瞬間。黒い森の静寂を切り裂いて、猛獣が唸りをあげた。猛獣は闇夜にぎらり目を光らせてゴースト達の顔に黒煙を吐きかける。
「あれーぇ、こんなところで何をしてるんですかーぁ?」
 猛獣の背から降りた、かつて生者であった死者は機械仕掛けの右腕を軋ませながらにっこりと笑った。そのくせ、姉ゾンビの笑顔はどこか人を不安にさせる含みがありゴーストはリーズレットの胸のなかで体を縮めてしまう。
「姐さん、どうしたんです?」
 妹ゾンビの機理原・真理が『プライド・ワン』の目を閉ざして振り向いた。そう、物騒とはこの二人のことである。
 血の気のない顔に笑顔を浮かべたまま人首・ツグミ(絶対正義・e37943)はずいっと体を屈めて、ゴーストを至近から凝視た。
「くんくん。お菓子の匂いがしますねぇ。お菓子をくれないとイタズラしちゃいますよーぉ」
 カチカチカチ。鋭い爪が音を立てる。しかしゴーストは頑なに口を閉ざした。せっかくもらえたお菓子、お菓子……。
「じゃぁ、そっちの皆さんにイタズラしちゃいましょーう」
 演技とは思えぬ彼女の殺気にバジルとカトレアが身構える。まさかと思いつつ、ひなみくも剣の柄に手を伸ばした。
「お菓子、あげる」
 すると焼け付くような緊迫感のなかでゴーストが呟いた。口からクッキーを取り出して、おずおずとツグミに渡す。少しだけ目を見開いて、彼女は再び笑った。含みのない笑顔で。
「よしよし、偉いですねーぇ。それじゃぁ自分からも……はい、お菓子をあげますよーぅ」
 猛獣の背からバスケットを取り出し、飴玉をひとつ、ゴーストの口にいれる。お菓子……、怖がりつつゴーストは頭を下げた。
「あ、ですけどーぉ、トリートですから、トリックしちゃダメですよぅ。ハロウィンの決まり事、ちゃんと守れますねーぇ?」
 ゴーストが頷くとツグミは真理に声をかける「行く先は同じようですから、乗せていってあげましょうかぁ」
「はい、乗せられる限りは」
 結果、寄り添うような形でどうにか6人は体を乗せて、プライド・ワンは走りだした。
「それにしても凄い迫力でした。あれって……演技ですよね?」
「いやですねーぇ。演技に決まってるじゃないですかぁ」
 バジルの疑問に答えたツグミは、やはり微笑を顔にはりつけていた。

●夜の王の薔薇園
「あれが夜の王の薔薇園ですわ」
 カトレアが指さす先、篝火のもとには薔薇の絨毯、そして巨大なキノコが3つほど反り立っている。しかして、夜の王は椅子にかけて客人達を待ちわびていた。
「カトレア殿、道案内をありがとうございます。皆さんよく来てくれました。歓迎します」
 漆黒の闇に浮かぶ端正な顔立ち。砂漠の慈愛をうけた浅黒い肌にたおやかなオアシスの色をたたえた瞳が一同を迎えた。マントをはためかせると闇夜に隠れていた体がようやく目にはいる。ひなみくは頭に疑問符を浮かべた。
「あれ、どうしてわたし達が来ることを知ってるの?」
「彼が教えてくれたんです」とレフィナードが振り返る。そこにはキノコの軸にもたれ陣内が立っていた。
「そうだったんだ……ならお菓子の家の話も――」
「慌てては駄目ですよ魔女殿。まずはパーティーを楽しんでください」
「……此方に」
 物静かな怪物は大きな円卓を地面に降ろし、人数分の椅子を素早く用意する。顔を横断するような傷痕、頭に刺さったボルト。フランケンシュタインである双牙は無駄のない動きでテーブルクロスをかけ、燭台や食器を並べ置く。執事のユアと『ユエ』は卓上に大量のお菓子を並べた。
「お菓子ーー!!」
 ゴーストがテーブルの上で飛び跳ねる。バジルがハーブティーを注ぐと、テーブルについた一同の鼻先にしょうがの香りが漂った。静寂に包まれた星空のもとパーティーは始まった。
「さ、どうぞ。貴方のお菓子ですよ」
 大皿にマントを被せたレフィナード。一挙に翻すと、空の大皿に一瞬でお菓子の山が築かれた。山吹色のマドレーヌ、その峰々にカトレアが色とりどりの棒つきキャンデを差し込んで飴細工の森をつくる。
「良かったらお召し上がりください、可愛いゴーストさん」
「私からも、約束のお菓子の山だぞー!」
 リーズレットが白い雲のようなマシュマロを別の皿に敷き詰めて白雲の大地を作りだすと、ひなみくはそこへ粒チョコレートの雨を降らせた。
「なんか綺麗だね。ちょっと芸術的かも」
「では、僕はこちらの山に」とバジルはマドレーヌの森に狐のクッキーを差し入れて「お菓子の山にはお菓子の狐です」
「素敵ですねーぇ、それなら自分も。はーぃ、雪を降らせちゃいましょうかねぇ」
 ツグミがさっと腕を振るってお菓子の山にポン菓子を振りかける。なるほど、お菓子の山は食べてしまうのがもったいないくらいの出来上がりだ。
 するとバジルが弓を手にもち、繊細にヴァイオリンの弦に這わせた。旋律が静寂に寄り添って暗闇に流れると、
「にゃ~ぅ」
 燕尾服をオシャレに着込んだ猫が卓上のゴーストに手を差し出して踊りだす。
「ふふっ、そうね。これは舞踏会ですものね。ひなみくさん、私と踊りましょう」
「は、はい! ちょっと緊張しますね……」
 手慣れたカトレアの仕草、差し出された手をひなみくは握った。他方では既にリーズレットがユアの手を握って気分のままに跳ねまわっている。
「給仕は休憩、今は楽しまないとな!」
「不得手ですが、踊って頂けますか?」
 レフィナードの手をとってユエが頷いた。
 さて、各々が思い思いの楽しみを見つけるなか、靴を揃えて双牙は直立している。そして不意に踊り終えたゴーストと目があうと、余人に聞こえぬくらいの声でぼそり呟いた。
「……菓子を貰いたがってはいるが、食うのか?」
 壊れものに触れるように手を伸ばし、ゴーストの口元へ封をあけたクッキーを差し出す。
「一先ず食ってみろ。美味いぞ、たぶんな」
 分量は完璧に守ったのだから美味くなくては困るが。双牙は心中でひとりごちる。ゴーストは彼の言葉を素直に聞いて、南瓜クッキーを口に運ぶ。しかしすとんと、被った布の中からクッキーは落ちてしまった。
「……お菓子ぃ」
 悲しげに顔を俯かせるゴースト。しかし双牙は掌で頭を撫でてやりながら、
「味はわからなくても、嬉しい、楽しいという気持ちが理解できるなら。それも一つの幸せというものだ」
「お菓子!」
 ゴーストは嬉しそうに声をあげると、彼の体によじ登って双牙の頬に触れた。彼はびくりと体を硬直させるも、ゴーストは彼の唇に指を押し当てて、力づく微笑をつくった。
「――ああ、俺も楽しいさ」
 少し落ち着かないが、こういうのも悪くはないな。お節介焼きのダモクレスに双牙はふんわりとした微笑を浮かべるのであった。
 さて、ひとり喧噪を眺める陣内は近づく気配に顔をあげた。
「ダンスのお誘いかい?」
 軽口にツグミはくすりと笑ったが、雰囲気は剣呑そのものである。
「残念ながら、違うようだ」
「あれ、どうなりますかねぇ」
 ゴーストね。陣内はひとりごちた。無害なデウスエクスもそれはいるのだろう。しかし万が一に邪念を持ち得るのならば、斃すことを念頭においた行動は必要になってくる。だが一方で、ただの武力となりパンドラの箱を希望ごと壊すことを彼自身は良しとしなかった。
「最善を尽くす、としか言えないな」
 肩をすくめた陣内の目線の先、ついにその時は訪れようとしていた。
「ねぇ、ゴーストくん。そろそろお菓子の家に行こうか」
 ひなみくが笑顔で切りだすと、しかしゴーストは落胆するように首を振った。
「もどる」
「そこは優しい人ばかりではありませんよ。多くの人はおそらく、貴方を傷つけるでしょう。ひなみく殿の家に身を寄せては――」
「ダメ」
 ヴァイオリンの音が止まった。重苦しい沈黙のなか、ツグミが足を踏み出す。心なしか双牙がその行く手を閉ざすように体を動かした。
「幸せ、みんなに。お菓子、あげて、美味しい、笑顔!」
「皆さんに楽しさを分けてあげたいということですか?」
「お菓子!!」
 元気よくレフィナードに返答したゴースト。しかしそれは彼らの希望に沿うものではない。人の輪に入るには、まだ時代が早すぎるのだから。
「やっぱり、ダメですねーぇ」
 ツグミの目が細められる。陣内が腰をあげる、猫が悲しげに鳴いた。しかし二人より早く、レフィナードが口を開いた。
「ゴースト殿、貴方は少しだけ日にちを間違えてしまったんです。ハロウィンは10月31日、もう終わっています」
「お菓子!?」
 ゴーストは合点がいった。だから誰もお菓子をくれなかったんだと。そして体内の機能を今度こそハロウィンナイトの日に合わせると……優しい人間達に感謝をしつつ長い長い、休眠に入った。
「レフィさん……」
「差し出がましいことをして申し訳ありません。ですが……」
「最善を尽くしたんだろ?」
 陣内が白い息を吐いて言った。お優しいですねーぇ、ツグミが茶々を入れるも彼女の殺気は霧散している。
 双牙はゴーストだったものを掌に乗せて、感慨深げに眺めやりながら、お菓子のバスケットに寝かせた。それごと、ひなみくに差し出す。
「ケルベロスの監視下なら、安心だろう」
「みんな……ありがとう」
 双眸から涙を溢れさせてひなみくが返す。
「んー、まだまだ遊び足りない気分ですわ。今宵はたっぷり楽しみましょう」
 湿っぽいムードを吹き飛ばすようにカトレアが高らかに声をあげる。月灯の舞踏会は、月がまぶたを閉ざすまで続いた……。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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