置物のようなライター

作者:baron

 いまは誰も居ない農家の一室に、不似合いなシャンデリアや英語の百科事典がある。
 その部屋に置かれたテーブルの上に、これまた不似合いな大理石の置物があった。
 しかしコレは置物ではない、正確には別の物なのだ。
『グラビティ……』
 シャンデリアと違って、実は壊れていた置物に似た存在に宝石のようなナニカが入り込む。
 すると姿が変異し始め、動き出したのである。
『ラ・ラ・ラ・ライター!』
 そいつはボっと!
 強烈な炎を上げ、近くにあった英語の百科事典を燃やした。
 そればかりではない、どこに足があるのか分からないが、移動を開始する。
『グラビティを回収……』
 置物に見えた大型ライターは、近くに人間がいないことを悟ると人々を求めて町の方向へと移動したのである。


「過疎化した農村に放置された大型ライターがダモクレス化してしまうようです」
「ライターも機械には違いないけど……大型ライター?」
 セリカ・リュミエールの発した聞きなれない言葉に、ケルベロスの一つが首を傾げた。
「置物兼用で大理石などで作られるライターです。中身の機械も小型の物よりずっと複雑で、燃料もかなり入るようですね」
「ドライヤーが火を噴くよりは、まあありえるかな?」
 資料を見てみると、ちょっとした目覚まし時計よりも大きい。
 類似品に大理石の目覚まし時計もあるそうだが、誰が使うのだろうかと思ってしまう。
 しかし需要がある以上は誰かが使うのだろう。
「このダモクレスの攻撃方法は、強烈な体当たりと火炎攻撃になります」
「それはそうだろうね。大理石の置物で殴るなんて事件みたいじゃないか」
 事件と聞いて近くに居る少年や青年を避けるケルベロスが居るが、何を想像したのだろう?
 いずれにせよ敵がダモクレスとあれば倒さねばなるまい。
「今は過疎化した村で人には出会わなかったようですが、運悪ければ出合った人もいるでしょう。もちろん虐殺するデウスエクスは、許せません。その前に対処をお願いします」
 セリカが軽く頭を下げて準備に向かうと、ケルベロス達は相談を始めるのであった。


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)
颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)
湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)
香月・渚(群青聖女・e35380)

■リプレイ


 県道を郊外まで進み、農道と私道が入り混じる山間の村落に差し掛かる。
 秋も終わり冬の訪れを待つばかりだからか、畑には何も植えられていない。
「この辺りのはずですが……。ああ、確かに過疎化してますね」
 村の様子を眺めた湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)は、その様子をはっきりと悟った。
 何も植えられていないのではない、誰も植える者がいないのだ。村で歩き回る人は誰も見受けられない。
「とはいえ、誰かが居残っているとも限りません。念のためにお願いできますか?」
「そうですね。人払いをしておきましょうか」
 タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)は眼鏡を押し上げながら、源・那岐(疾風の舞姫・e01215)に万が一の対策を頼んだ。
「戦場と思われるこの周囲を起点に結界を張りました。これで大丈夫なはずです」
 那岐が殺意の結界を張ったことで、一般人では立ち入れない状態にしておく。
 もし誰かが家屋の中で寝ていたとしても、巻き込まれないうちに逃げ出すことだろう。
「よーし、これで一安心だね~」
「寝たきりの方がおられたらご家族かご友人が連れ出すでしょうし……。出ましたね」
 香月・渚(群青聖女・e35380)が敵を探そうとすると、ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)も同様に周囲を探る。
 町へと向かう道は抑えたし、後は敵を見つけて戦うのみ。
 そう思ったときに、家屋の一つが煙を上げ始めた。

 まだ焼けているのは一部なのだろうが、煙を上げていることを考えれば可燃物があるのだろう。
 そして一同がそちらに向かうと、バリンというガラスの割れる音と、ドスンと鈍い音がする。
『グラビティ……』
 周辺は土や古びたアスファルトなのに、こんな音がするとは相当に重いのだろう。
 移動するたびに後を残す姿は、アスファルトを削るゴリゴリという音まで聞こえてくるようではないか。
「大理石製の豪華なライターですか、世の中にはそういう物もあるのですわね」
「……あー。検索した通り、確かに置物兼用って感じだけど……。兼用にする意味って、その、どのあたりに……?」
 その姿を見た中でも彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)は割りと平然としていたが……。
 颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)は我が目を疑った。
 何しろゴツイ石の塊で、コイツで殴れば立派な殺人事件が起きる。螺旋忍軍よりも名探偵の出番だ。
「ライターにも色々な種類があるのですね。重くて使い辛そうですけど」
「大理石だしな。持ち運びできるもののほうが実用性は高そうだし、観賞用のちょっとお洒落なインテリアかなにかだったのだろうか?」
 麻亜弥の言葉にシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)が頷き、見たままの感想を返す。
 どうみても卓上に固定する置物で、とうてい動かす物には見えない。
「だよねー。実はなにか便利だったりするのかな? うーん……?」
 同意しつつ、ちはるは首を傾げた。
 三回傾げたら一回転しないだろうか?
「大きいと簡単に無くすことがないので、その点はなかなか便利でしょうか?」
 眼鏡を外して布で拭きながら、タキオンは冷静に答えを返す。
 ハッキリいって、ライターと置物を兼ねる意味はあまりない。
「実家にもありますけど、あれって、大きくて重くて使いづらいだけな気がしますね。まぁ、見た目が豪華ですのでその点は評価しますが」
 無理やり見つけるのであれば、彼が言うように無くさないだとか、ミントが言うように美術品としての価値を見出すほかはない。
「しかし、農村の者たちに被害がなかったのは不幸中の幸いだったな」
「ですがなぜ過疎化した農村に何故に骨董品のようなライターが? アンティーク趣味の方が居たのでしょうか?」
 シヴィルが周囲を見渡して安堵すると、那岐は頷きつつも微妙な顔をする。
「いえ……あれは結構新しい物ですよ。客間やひとまず通す部屋を誂えるのに、丁度良いんです」
 ミントが言うには『適当な部屋』を用意するのに使うそうだ。
 お客を満足させつつ、家宝など壊れてはマズイものは置かないでおく。
 要するに右から左に通す一時的なお客に、見せるためらしい。……なお、農協が全盛時には、その『見せ家具』を求める農家も居たそうである。
「では、みなさんがおっしゃるように実際使うより鑑賞用だったかもしれませんね」
「ライターは軽くて使いやすい物の方が、ボクは好きだね。ともあれ、ダモクレスとなったライターは倒してしまおうか」
 森で暮らしていた那岐にはどう考えても理解できない。
 渚に至っては、動き回るのに不便というだけでもはや考慮外だ。
「人を襲うならば私達も放ってはおきませんわ。参りましょう」
「力なき人々を守る騎士として、シヴィル・カジャス参る!」
 その言葉に紫やシヴィルたちも頷き、お互いの距離を保ちながら近づいていった。
 こうしてダモクレスとケルベロスとの戦いが始まる。


「目近で見ると本当に大きいですね。確かに置物ですし、このサイズならば打撃力や火力が高そうなのも納得です」
 注意なければなりませんねと、那岐は身構える。
 置物というからには元もと大きかったのだろうが、変異再生でちょっとした岩ほどはあった。
 見た感じ茶壷の様で、手ごろなサイズなら囲炉裏の脇に良いかもしれない。
「さぁ、行くよドラちゃん。サポートは任せたからね!」
 渚は箱竜のドラちゃんと肩を並べて、最前線まですっ飛んでいった。
 翼をたたみながら速攻を掛けようとした。
『ラ・ラ・ラ・ライター!』
 しかしながら敵の方が早い。
 彼女が鎌を構えて迎撃しようとすると、柄を握る手が痺れそうになった。
 ガツンと猛烈な勢いで、敵が体当たりを掛けて来たからだ。
「いったー! あったまきた! あっ……」
「お先に失礼しますね」
 衝撃が強過ぎて勢いを殺しきれず、地面に足をついて踏ん張ることで耐える。
 そして動こうと思った瞬間、那岐が先に攻撃したのが見えた。
「さて披露するのは我が戦舞が一つ……逃がしませんよ!!」
 那岐が舞えばそれだけで風が踊り始める。
 闘気と混じり合い朱色の風の刃が、無数の刃となって敵を襲った。
 風に紛れて渚が動き、他の仲間たちも一気に攻撃を掛ける。
「腹は立つけど先に準備と整えないとね。さぁ、皆。元気を出すんだよ!」
 渚は溢れかえる元気を仲間たちに分けてあげようと歌を唄って伝えていく。
 不思議と湧き上がる気持ちが、やれるぞと体に満ちていくのが判る。
「まずはその素早い動きを、奪ってあげますよ」
「この一撃で、氷漬けにしてあげます!」
 ミントが勢いをつけて飛び蹴りを放つと、麻亜弥は凍気をまとって碇のような大剣を叩きつけた。
 そして盾役の後ろに隠れつつ左右に分かれていく。

 ケルベロス達はダモクレスを町に進ませないため、壁を作っていたが徐々に包囲に切り替え始める。
「全てのものに恵みあれ、自然の怒りは抑える事が出来ませんわよ!」
 紫は両手を祈るように閉じた後、少しずつ開いていく掌から光を放つ。
 その光は周囲の草木を大きく成長させ、葉は刃となってダモクレスを貫いたのだ。
「雷光よ、仲間を護る壁となって下さい!」
 ここでエタキオンは雷光の結界を張り、ケルベロス達を守る壁を築くことにした。
 まずは前衛陣であるが、もし後方を狙われるようなら他にも掛けるかもしれないと油断なく構える。
「んー。これならボクはもう援護要らないかな」
「そうですね。必要になったら手を狩りますので、存分に攻撃してください」
 渚が守りを確かめて痺れる指を曲げたり延ばしたりすると、タキオンは頷いて問題ないだろうと返した。
「しかし、まだ故障した機械をダモクレスに改造する手法をとってたんだな」
「まあコギト珠だとすると、その辺に体が落ちてるようなもんだしねー。捨ててなくてもこのライターみたいに、みんな存在忘れてるモノも多いんじゃないかなー」
 シヴィルがふと漏らした言葉に、ちはるが反応する。
 何度となく戦ってきた敵だが、何しろ候補は多い。
 もちろんもっと良い候補があるのに、壊れているのが良い相手とも限らないという欠点はあるが……。
 コギト化した犯罪者を元に戻すエインヘリアルやローカストよりも、ずっと効率が良いのかもしれない。
「確かにそれを言っても仕方ないか。だが今は村の中だ、油断しないで戦おう」
 シヴィル戦場である村を横目で眺めながら、巻き込まぬよう巻き込まれぬように戦おうと注意する。
 なにしろここには燃える物がいっぱいだ。油断は禁物だとライターであるダモクレスに接近する。
 そして地面にたたきつけるように、殴りつけて装甲を叩き割りにかかった。
「んとー。思うことはまだいっぱいあるけれど、とりあえず、考え事はこれが解決してからにしよっかな! 行くよ、ちふゆちゃん!」
 ちはるは考えるのを止めた。
 というか面倒くさい。ライターなんて使う事なんか……あ、タバコ吸うときに使うや。
 まあそんなことは心の棚にしまっておいて、キャリバーのちふゆを盾に使いながら後ろから攻撃を掛ける。
 主に搭載したスライムを体当たり時にこすりつけてもらう感じである(ちふゆが溶けるかもって? 大丈夫大丈夫……なはず)。


 刃が欠けそうな打撃を食らい、あるいは主変の家屋ごと燃やし尽くさんと炎が迫る。
 だがケルベロスも負けてはいない。果敢に反撃を行い、徐々に押し返し始めた。
『ラ・ラ・ラ・ライター!』
 何度目かの豪炎が周囲を包む。
 前衛陣が炎の波に襲われ、あわや焼死しかねない勢いだ。
「必ず止めますよ」
「まっかせて!」
 那岐と渚が我が身を顧みずに炎へ立ち塞がり、その脇をサーヴァントたちが固めていく。
「熱いけど……ドラちゃん!」
「ちふゆちゃんもがんばってー!」
 凄まじい炎であろうとも、何とかなると分かっていれば耐えようとすることができる。
 盾役はボロボロになりそうになるが、防壁のおかげで火達磨になることはない。
「このまま抑えます。今のうちに回復を」
 那岐は炎を切り裂きんがら、切っ先より花を吹雪かせた。
 舞い散る花の嵐が、燃えもせずに炎に逆行していく。
 そのまま炎の入り口を、花で埋めてしまおうかという勢いだ。
「危険な方から治療します。緊急手術ですから、暫く動かないで下さいね」
「あ、ありがとーね」
 タキオンはグラビティのメスと糸を使い、渚の傷を治療した。
 火傷の痕を切除し、花のような模様で縫い治す。
 あとは時間がソレをも消してくれるだろう。次はキャリバー……ナットとボルトでも用意するべきだろうか。
「お返しだ! キミの魂を、簒奪してあげるよ!」
「雪さえも退く凍気で、その炎ごと凍らせてあげますよ」
 渚は鋭く切り裂いてグラビティを奪い、断罪を行う。
 同時にミントが突進し、鉄の杭を打ち込みながら冷気を流し込んだ。

 さしものダモクレスも、ここまで追い込まれればグラついてくる。
 内部に氷や炎が入りこみ、平然と浮かんでいたはずなのに平衡を保てない。
「確かに強力だが、大型ダモクレスほどじゃない。攻撃力も耐久力もだ」
 シヴィルは過去の苦戦を思い出しながら、軽く翼を広げて滑空した。
 そして全身を回転しそうな勢いで、刀を振り下ろして切りつける。
「このまま追い込みましょう。海の暴君よ、その牙で敵を食い散らせ……」
 麻亜弥は袖口に隠した暗器を取り出すと、サメの歯みたいな刃をダモクレスに巻き付けた。
 装甲の亀裂に挟まると、一気に引くことで全身を切り刻む。
「もう一度受けなさい」
 紫は再び光を照らし、植物の刃をもって切り裂いていく。
「飛んで火に居る秋の虫! イナゴかな? まあいいや、おいで、有象無象。餌の時間だよ。――忍法・五体剥離の術」
 ちはるは指先で印を組むと、グラビティを練りこんでダモクレスを殴りつけた。
 あっついとは思うが耐えられるレベルだ。
 そして我慢した成果があり、刻んだ印が内部より虫を発生させて食らわせていった。
 こうして多々秋は分水嶺を越え、ケルベロス達の元に勝利の天秤は傾いていく。


「ケルベロスの団結力と戦闘のために研ぎ澄ましてきた刃の前には無力と知るが良い!」
 シヴィルはそう言って気を引き締めなおした。
 そして装甲の隙間に刃を浴びせ、亀裂を広げていく。
「てい! あと著……うわっと」
 ちはるは手裏剣を投げつけダモクレスを追い込んだが、急速に飛び込んでくるダモクレスに気が付いた。
「この期に及んで見苦しいですね!」
 那岐はその攻撃をガードしながら、すれ違いざまに空間を切り裂いた。
 炎と共に突っ込んでくる敵の位置が逸れ、逆に断裂によってダメージを追ってしまう。
「どちらの火力が強いか、勝負ですよ!」
「トドメをお願いします」
 麻亜弥とミントは挟み込むように、炎をまとった蹴りを放つ。
 炎と炎が拮抗し、やがてダモクレスはスピンするように急停止。
「その身を、叩き潰してあげますわ!」
 最後に紫が鉄槌を振り下ろし、トドメを刺したのである。

「ふう、終わったみたいだね。皆、怪我とかしていないかな?」
「過疎化している地域でも、また人が戻ってくることもあるでしょうし。修復しておきましょうか」
 渚が傷を調べていくと、紫は頷いてヒールを始める。
「そうですね。過疎化した村でも、また人が訪れます様に……」
 ミントも頷き、気力を移して治療を手伝い始めた。
「ちはるちゃんは用意してないから、散らばった大理石とか方つけるね。あ、ちふゆちゃーん! 集めた破片とか、一旦仕舞わせてー!」
「なら火災ごと消しますよ。薬液の雨よ、仲間を癒して下さい!」
 ちはるがキャリバーのメット入れに残骸をしまい込もうとすると抗議のブザー。
 タキオンはため息つきながら薬剤の雨を降らせた。
 雲のない雨が火災を消して、戦いの終息を告げる。
「こんなところでしょうか?」
「終わったようですね。お疲れ様です」
 麻亜弥が歌い終え、全て終わったところで那岐がねぎらいの声を掛ける。
「ああ。だが壊してしまったのは心が痛むな。その重み、決して忘れずにデウスエクスどもとの戦いを戦い抜くとこの剣に誓おう」
 シヴィルは残骸に軽く祈りを捧げて、平和になるまで戦うことを誓うのであった。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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