月明かりに照らされて

作者:砂浦俊一


 街中で白い犬を連れて歩く人を見ると、つい視線を走らせてしまう。
 それはいつも他人の愛犬で、自分が捜している愛犬ではない。
 でも、いなくなった愛犬を誰かが保護してくれているかもしれない、そう思ってついつい見てしまう。
 あの子がいなくなってどれくらい経つのだろう、とミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)はため息を漏らす。
 首を左右に振ってミリムは歩き出すが、夕暮れの街の中で、視界の端を何かが掠めた。
 一匹の白い犬だった。その尻尾の跳ね方と動き方を、彼女は忘れたことがない。
「待って! シロなのでしょう!」
 捜している愛犬の名を叫びつつ、ミリムは駆け出した。
 しかしケルベロスである彼女の脚力でも、白い犬になかなか追いつけない。そのうちに彼女はいつしか周囲に人のいない場所へ来ていた。
 ミリムの息は上がり、肌には珠の汗が浮かんでいる。
 日も暮れて、空には月が浮かんでいた。
「クゥーン……」
 その時、近くのマンション建設現場の中から白い犬が姿を現した。尻尾を揺らして、トコトコと歩きながら、ミリムの方へ向かってくる。
「シロ! 私よ、ミリムよ。さぁ、こっちへいらっしゃい」
 愛犬を迎えいれようとミリムは屈んで両手を伸ばし――直後、彼女は月明かりの中で白い犬の右半身の毛と肌が吹き飛ぶのを見た。
 露わになったのは機械の体、そして獰猛な唸り声を上げている。
(ダモクレス!)
 驚愕に表情を歪ませるミリムへと、犬型のダモクレスは牙を剥いて襲いかかった。


「皆さん、緊急事態なのです! ミリム・ウィアテストさんがダモクレスの襲撃を受ける予知があったのです! 急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡がつかなかったのです……皆さんにはミリムさんの救援へ向かってほしいのですっ」
 ミリムの身に迫る危機に、ウェアライダーのヘリオライダーである笹島・ねむの顔は真っ青になっていた。
「ダモクレスの名はムーンライター・シロ。見た目は可愛らしいワンちゃん……あっ、犬なのですが、右半身が機械の体なのです。左半身は生身ですが、こちらも強化されていると考えられるのです。武器は鋭い牙と、本体から展開する3体の円盤型ドローンを用いたビーム攻撃なのです。ビームには催眠効果があり、拡散状と直線状の2種を使い分けてくるのです。配下はいないのですが、単独でケルベロスを襲撃するほどの敵、油断禁物なのです」
 続けてテーブル型のディスプレイに、地図と現地の写真が表示された。
「場所はマンションの建設現場なのです。建設現場の人たちは帰宅しているので避難の必要はないのです。マンションはまだ鉄骨も剥き出しで、周辺には積み重なった資材や重機があるのです。敵は攻撃を避けるためにこれらの陰に隠れたり、飛び乗って頭上から襲ってくるかもしれません。それとミリムさんとの合流が1~3分ほど遅れる可能性があることも覚えておいてほしいのです」
 見たところ街灯の少ない場所のようだ。携帯できる照明器具を用意しておくと良いかもしれない。ともかく現地に到着次第ミリムの救助と戦闘に移れるよう、準備は入念にしておきたい。
「ミリムさんを救えるのは皆さんだけ、どうかこのダモクレスを撃破して欲しいのです!」
 敵はサイボーグ犬ならぬダモクレス犬。
 ミリムの無事を祈るケルベロスたちを乗せ、ヘリオンが飛び立つ。


参加者
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)
クロエ・ルフィール(けもみみ魔術士・e62957)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)
ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)

■リプレイ


「シロ……? いえ、ダモ……クレス?」
 機械の右半身を現した白い犬に、ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は困惑する。この犬は愛犬のシロに似ている。しかしシロならどうして自分に、こんなにも獰猛な顔を向けるのか。
 だがダモクレス犬は、目の前の光景を受け止めきれないミリムへと襲いかかる。
「シロ、やめて! 家に帰りましょう!」
 ミリムは全身防御でダモクレス犬の攻撃を耐える。
 牙に肌を裂かれ、肉を噛まれても、頭をよぎるのはシロと過ごした日々のことばかり。雨の日に拾った子犬にシロと名付けたこと、育てじゃれあった毎日、嵐の夜に雷に驚き走り去る後ろ姿……あれからどれだけの月日が過ぎたのか。
「シロ……!」
 肩に牙を立てるダモクレス犬をミリムは抱きしめようとする。
 捕まると思ったのか、ダモクレス犬はミリムの胸を蹴り、後方へと飛び退いた。
「うっ……」
 蹴られた衝撃にミリムはよろけ、転んでしまう。
 起き上がろうとした彼女が見たのは、ダモクレス犬の真上に展開した3体の円盤型ドローンだった。それらは直線状に並び、直後にダモクレス犬の背中が発光した。本体からのエネルギー光を受け、砲身のようなドローンが輝き出す。
 どんな攻撃が飛んでくるのか想像がついたが、転んだ時に足を挫いたのかミリムは動くことができない。
 やられる、とミリムが直感したその時。
「させません!」
 空気を裂いて飛来した時空凍結弾がドローンを直撃した。ドローンから発射された極太のビームはミリムから逸れ、作業現場に置かれていた重機を吹き飛ばした。
 声は空から。天を仰いだミリムは、翼飛行で飛来する如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)の姿を見た。地上にはミリムのもとへと駆けてくる幾つもの光。救援に来たケルベロスたちが吊るした、ハンズフリーライトの輝き。
「ミリムさんご無事ですかっ」
「ん。助けに来た」
 源・那岐(疾風の舞姫・e01215)はサークリットチェインを、リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)はメタリックバーストを使い、ミリムを庇うようにダモクレス犬との間に割って入る。
「リリちゃんや皆さまと一緒にミリム様の救援に馳せ参じましたわ」
 ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)はミリムを伴って後方へ下がり、負傷を癒やす。この間にも、クロエ・ルフィール(けもみみ魔術士・e62957)とローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)がミリムの傷が癒えるまでの時間を稼ごうと動く。
「ケルベロスの仲間として出来る限りの事をしよう。さぁワンちゃん――」
「私たちと遊ぼうか!」
 フォーチュンスターとフォートレスキャノンが放たれる。
 ダモクレス犬は集中砲火の中を駆ける。駆け回るその姿に、ミリムはドッグランで自由に走らせていた時のシロが重なって見えてしまう。
「半分が機械で半分が生身っぽい……趣味のわりぃ犬コロだなぁ! いや機械か? はっきりしやがれ!」
 接敵と同時に温厚な口調が好戦的なものに変貌、帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)がバスターライフルを斉射した。
「凍っちまいな! ムーンライター・シロ!」
 敵を氷結させるべく撃たれたフロストレーザー。だが叫ばれたその名がミリムの胸中を凍てつかせた。


「ムーンライター……シロ? やっぱりシロなのね!」
 我を忘れてミリムはダモクレス犬へと駆け出した。
 だがドローンが三角形の配置に変わり、ダモクレス犬の放つエネルギー光を乱反射させた。それは催眠効果を伴うビームとなりケルベロスたちを襲い、苛む。ケルベロスたちが吊るしたハンズフリーライトの幾つかも破壊されて弾け飛ぶ。
「確かにムーンライター・シロという名だと聞いておりますわ。御存知なのですか?」
 催眠に苦しむ仲間を癒やしつつ、ルーシィドはミリムに問いかける。
「シロは私が飼っていた犬の名前。でもある時にいなくなってしまって、ずっと探していて、ようやく見つけたと思った……」
 彼女の言葉に仲間たちの胸中にも痛いものが走る。
「愛犬にそっくり……?」
 突進してきたダモクレス犬をドラゴニックスマッシュで退けた沙耶は振り返り、ミリムの顔を見た。彼女の顔は青ざめている。
 ローレライが指先から黒影弾を撃ち、これに合わせて那岐は風の戦乙女の戦舞・朱を舞う。影の弾丸とともに、無数の朱色の風の刃がダモクレス犬に直撃した。
「犬も家族と同然なのに……こんなの辛いし、哀しすぎる……っ」
「飼っていた犬か、それとも似た犬が改造されたのか……確認する方法はないのですか?」
「シロなら首輪に刻んだ名前がある、はず! 忘れるはずない、あれが本当にシロなら!」
 それを確かめようと得物を手にミリムが駆け、後にリリエッタが続く。
「んっ。確認、するならリリも手伝うよ」
 シロを傷つけたくはないが大切な仲間たちが傷つくのも見たくない。
 歯を食いしばるミリムは心を鬼にして得物砕きでダモクレス犬の牙を狙い、リリエッタの旋刃脚が機械仕掛けの胴へと浴びせられる。
「犬に偽装したロボットでなけりゃ、犬を改造した個体? ……可愛がっていた犬にひでぇことしやがって! 許せねぇ!」
 罪のない犬へのダモクレスの所業、翔は怒りのままにバスターライフルを乱射する。
 攻撃を受けても展開したドローンからビームを撃っていたシロだが、立て続けの被弾に怯んだのか身を翻した。撤退したわけではない。周辺に積み重ねられた資材や重機の裏に回り、闇に紛れてケルベロスたちの隙を伺うように移動しているようだ。
「大切なわんこ、丁重に対応させて頂くよ。その子は、どうしたい?」
 問うクロエは、ミリムにスターサンクチュアリの加護を施す。
(できることなら助けたい。でも皆の命まで危機に晒されるとしたら――)
 ミリムは唇を噛みしめ、思う。
「シロであっても、シロでなくても……皆さん、私に力を貸してくださいっ」
 今はそれが精一杯の答えだった。
 ミリムは目をこらし耳を澄まし、ダモクレス犬の動きを捉えようとする。


「下手に追いかけて物陰からガブっとやられたくありませんわね……ここは皆で音の場所を探りましょう」
 眠れる森の茨で味方の負傷を癒やすルーシィドが、そう提案した。
 異論は出なかった。誰もが口を閉ざし、耳を澄ます。
 光源も破壊されて少なくなり、周囲の闇も濃い。
 ダモクレス犬は重機や資材の裏など、闇に隠れて姿を見せぬようにケルベロスたちの周囲を動いている。
 その足音が、不意に止まった。積み重ねられた鉄骨の裏だ。
「捉えたっ。機械の部分をぶち壊してやるぜ!」
「鉄骨ごと吹き飛ばしてあげるわ!」
 腕を変化させた翔のキャノン砲とローレライのアームドフォートが同時に火を吹いた。
 激しい爆発と眩い閃光、鉄骨が吹っ飛び四散する。
 ダモクレス犬が鉄骨の裏から逃げた様子はなかった。
 直撃ならば致命傷でなくとも大ダメージは免れまい、誰もがそう予感した。
「グルルゥ……」
 だがケルベロスたちが見たのは、傷つきながらも直線状にドローンを並べ、砲撃態勢に入っているダモクレス犬だった。
 狙いは、ミリム。
 発射直前にローレライのサーヴァント、シュテルネがダモクレス犬の眼前に飛び込んだが、攻撃も虚しく跳ね飛ばされた。だが射線が逸れ、極太のビームは夜空を貫くように放たれた。
「今のは危なかった。これで動きを止めるよ! ライトニング・バレット!」
「あの武器は封じませんと……っ」
 リリエッタの指から圧縮された雷の弾丸が撃ち出され、沙耶の運命の導き『悪魔』は展開されたドローンを狙う。
 危機を感じたかダモクレス犬はドローンを収納しようとするも、雷に痺れて動作が遅れる。ドローンの1つが機能停止し、墜落する。
 再びダモクレス犬は駆け出し、重機の裏へ飛び込んだ。
「物陰から来ます!」
 ミリムが叫んだ直後、重機の運転席を飛び越えたダモクレス犬が襲いかかってくる。
 剥き出しの牙、狙うはミリムの首。
「……さすがに動きが鈍ってきたようですね」
 迫る牙を那岐が愛刀で受け止め、返す刀で斬りつける。
 ダモクレス犬の機械の右半身には火花を上げる箇所が見え、生身に見える左半身にも傷が増えていた。ミリムは鋼の外装を剥ぎにルーンアックスを叩きつける。
 ダモクレス犬に一撃与えるたびに、ミリムは我が身も傷つけている気分に襲われる。
 心が悲鳴を上げそうになるのを奥歯を噛みしめて堪える彼女は、この時、ダモクレス犬の目に輝くものを見た。
 それは涙。左半身の目から涙が零れているのを、彼女は見逃さなかった。
「もしもシロちゃんに『心』が残っているか、或いは持つことができれば。ダモクレスからレプリカントに――いいや、夢みたいな儚い話かな。人の夢と書いて儚いなんて。こんな字、誰が考えたんだろう。フロストシュネーヴァイス!」
 クロエの背後に魔法陣が浮かび、雲もなかった夜空から雪が降り始める。そして瞬間移動でダモクレスの背後に回った彼女が氷の礫を浴びせた。


 至近距離からの一撃にダモクレス犬は吹っ飛ばされて地面を転がったが、すぐさま起き上がって身震いした。全身に付着した氷が舞い散るが、それにはオイルと血が混ざっていた。そして重機の上に跳び乗ると残るドローンを直上に展開、エネルギー光を乱反射させて反撃に転じる。ドローンこそ減って威力は削がれたものの、催眠効果を伴う攻撃なのが厄介だ。
「ルー。皆をお願い」
「ヒーリングでダモクレスの部分を摘出して治療することができれば――いいえ、今は戦いに集中しませんとっ」
 リリエッタに促されたルーシィドは頭を左右に振り、仲間の回復に専念する。
 ダモクレス犬は直上に跳躍してリリエッタの拳を避けた。戦術超鋼拳の一撃で重機が潰される中、ダモクレス犬は直下の彼女へとドローンを向け、狙う。
「動物虐待は趣味じゃねぇんだ。いいかげん大人しく――動くな!」
 真上に跳ねて無防備な姿を晒すダモクレス犬を、翔の目は逃さない。
 美貌の呪いによって捕縛されたダモクレス犬が為す術なく地面に落ちた。だが背中は輝きを発しており、ドローンへエネルギー光は注がれている。
 地面に伏したまま、ダモクレス犬が残るドローンで攻撃を再開する。
「うっ……これくらい!」
「残り2つ……!」
 味方の盾となった那岐は負傷と催眠をシャウトで耐え、ローレライの斬撃が残るドローンを破壊した。
 なおも立ち上がったダモクレス犬だが、四肢は小刻みに震えていた。
 立つのもやっとの様子だが、獰猛な唸り声でケルベロスたちを威嚇している。
「まだ動ける? これで止まって!」
 ダモクレスとはいえミリムの愛犬かもしれない。これ以上痛めつけたくない沙耶は動きを止めようと、手にした杖から雷を放つ。それはダモクレス犬の背中を直撃し、全身がショートしたように火花が散った。
 それでもダモクレス犬は、ほとんど歩くような速度で、ミリムへ駆けていく。
(これがシロでも、シロに似た犬だとしても――)
 ミリムは、先程見たダモクレス犬の涙の意図を悟った。
(――きっとダモクレスにされた自分を止めてほしいんだ)
 唇を真一文字に結び、ミリムはダモクレス犬を見据えた。もはやその目に迷いはない。
「それがミリムさんの選択なら、あたしは全力でサポートするよ」
「来なさい、シロ!」
 クロエからのルナティックヒールを受け取り、ミリムが声高らかに叫ぶ。
「風槍よ! 穿て!」
 紋章から取り出された女王騎士の風槍が次々に投擲され――それらはダモクレス犬の右半身を貫いた。

 地面に腰を下ろしたミリムは、ダモクレス犬の残った左半身を自分の膝に乗せ、優しく撫でていた。
 生命維持に必要な機能が右半身に集中していたのか、それを失った今、もはや手の施しようもなかった。救援に来た仲間たちは沈痛な面持ちで、ある者は目を伏せ、ある者は声を殺して泣いていた。
 ミリムに何か伝えたいのか、ダモクレス犬が口をかすかに動かした。
「なぁに? 何を、言いたいの?」
 ミリムが顔を近づけると、ダモクレス犬は残った舌で彼女の頬を舐め――そして月明かりに照られる中、静かに瞳を閉じた。
「ごめんね、ごめんなさいね……っ」
 ダモクレス犬の亡骸を抱きかかえて泣きじゃくるミリムの右手は、千切れた首輪を握りしめていた――。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 5/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。