忘れ去られる手持ち扇風機

作者:baron

 フルル……と小さな音が大型プールの倉庫で鳴った。
 しかし誰もそのことに気が付かない。
 それも当然だろう、すでに十月で温水プールなどない施設であり、まして倉庫なのだ。
『グラビティ回収……』
 バンと小さな音がして、倉庫の扉をナニカが砕いた。
 これでもヒールによる変異強化で大きくなったとは、信じられないくらいのサイズだ。
 だがそれでもダモクレスには違いない。そいつは小さめではあったが、パワフルな力で扉を砕いたのである。
『グラビティ回収……』
 次にはバリンとガラスを砕き、外に飛び出すと街の方へ移動していった。


「放置された家電製品の一つがダモクレスになって暴れるようです」
 セリカ・リュミエールがパンフレットを手に説明を始める。
 どうやら大型プールのパンフレットで、今の季節、誰も行かない場所だった。
 意外と思う者も多いが、逆に言えば忘れられたら思い出す者も少ないだろう。
「このダモクレスは手持ちの扇風機がロボット化しています。ファンは小さくとも突風を起こし、体当たりを行う程度の速度は出せるようです」
 ブレードとして切り裂くことはできないが、グラビティで風を操ることはできるらしい。
「小さな機械を元にしているので、火力や阻害能力よりも、機動力が高めのようですね」
「キャスター? 面倒くさいなあ」
 体は小さくとも、宿った力には変わらないらしい。
 パワーを発揮する程度には変異強化されているので、戦闘に支障がないのも面倒だ。
「場所は大型プールの敷地ですが、幸いにもシーズンオフですので人はいません。警備員の方にも手を出さないように警告できますので、よろしくお願いします」
「それは助かりますわね。いちいち警告して歩くのも手間ですから」
 セリカが資料を置いて出発の準備に向かうと、ケルベロス達は相談を始める。


参加者
颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
燈家・彼方(星詠む剣・e23736)
八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)
セナ・グランディオーソ(いつかどこかの・e84733)
 

■リプレイ


 夏には賑わうこの区画も、秋以降はすっかり人がいない。
 それも仕方ないだろう、寒くなってしまった以上は、大型プールに行こうなんて人は稀だ。
 せめて温水プールでもあれば別なのだが、そういうのは新しい体育館に併設されて全天候型の施設になってしまっているのだから。
「どこも最近こんな感じだよね。特化型は使う時だけ、中途半端は外すと大変」
 プールに向かう中で閑散とした敷地を眺めて、颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)が呟いた。
「冷風がほとんど効かない扇風機なのか。季節外れの上に期待外れじゃないか」
「そうでもないよー。風があるだけで気分的にだいぶ楽なんだよね。仰げば尊しならぬ、扇げば尊しで体力使わないもん」
 八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)が苦笑するとエヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)が首を傾げた。
 この辺は動き回る人間と、省エネしたい人との差だろう。
 手持ち扇風機さんには夏の間はお世話になったなぁ。なんてウンウン頷いていた。
「建物も家電も、使えるだけじゃダメってのは本当にキビシー」
「そんな風に微妙だから忘れられたのか、壊れて捨てられたのか……」
 ちはるの言葉に燈家・彼方(星詠む剣・e23736)が悲しそうに頷く。
 普通なら壊れたから捨てた、捨てるべき場所でないから問題だと思うべきなのだ。
「憐れかもしれませんけど、壊さなきゃいけませんね」
 それが役に立たないから、微妙だからなんて悲しすぎる。
 彼方はそのことを自覚しながらも、人々のために戦おうと心に決めた。
「なあ、一番良いのを頼んで、あとは大切にするじゃダメなのか?」
「誰もがそうはいかんからな」
 セナ・グランディオーソ(いつかどこかの・e84733)の豪快な感想に紫々彦は苦笑いを一層深くする。
 ケルベロスは裕福な者もいるが、セナは由緒正しい生まれなので、そう思ってしまうのも仕方ない。
 だが誰もが最良の製品だけを追い求めるわけはいかないのである。
「そうなのか……」
 とはいえソレは解答例の一つで、悪い方法ではない。
 だが慣れないセナは、自分の不明に落ち込むばかりだ。
 姉のような存在であるビハインドのルーナは、どうしようかと頭を痛めていた。

「……そーいえばちょっと前まで暑い暑いって言ってたのに、もう肌寒いよね」
 気まずい雰囲気をどうにかしようと思ったのか、エヴァリーナは話を変えた。
 ちなみにアンンユイな表情ではあるが、ホットレモンとコーヒーを悩みながら自販機を眺めているだけである。
(「お芋に甘栗……。そろそろ炬燵とか恋しい季節だよね……。なら蜜柑もいーなー」)
 口には出さないもののエヴァリーナは腹の虫が気になり始める。
 そのころは既にラーメン店のポスターを眺めて、カツを乗せた排骨麺と野菜たっぷりベジタブルつけ麺で悩んでいた。
 そんな時、事態が急変し始める。
「む。現れたようだな。さっさとスクラップにしてやろう」
「迎撃に向かいましょう。苦手ですけど頑張りますよ」
 紫々彦と彼方は向かっている施設の先から、奇妙な物音を聞きつけた。
 いや、実際にはすぐそこなのだが、敵のサイズが小さいので気が付かなかったのだ。

 ダモクレスは飛ぶというよりは、浮かびながらやって来た。
 直径30cmに満たぬサイズでフワフワと、周囲に風をまき散らしながらやってくる。
「おお、思ったよりもさらに小さい……」
「んー。私が使ってたのよりずいぶん大きいね。これじゃ持ってるだけで疲れちゃう」
 ちはるは現物を知らないが、所持しているエヴァリーナとでは受け取るイメージが違う。
「ダモクレス化の前はもっと小さかったって聞いたけど、それは確かに機能も弱くなるよね」
 バランスが良いなら大丈夫だが、中途半端になるとダメらしい。
 ちはるは聞いていた知識と比べ、確かにびみょーだなー。と感じてしまう。
「弱くても炬燵やホットカーペットだとヌクヌクできるけどね~」
 エヴァリーナは周囲に一般人がいないことをもう一度確認しつつ施設内食堂の一つを見た。
 やっぱり空いていないし、あったとしてもコンビニの出張店だけだろう。早くなんとかして、お外に食べに行きたいものである。
 オデンは気が早いような気もするが、さっきのラーメン屋さんとか回転寿司で温かい物と一緒に寿司もよいかもしれない。
「ともあれ、これ良い感じだな。こいつを家中に置いておくのはどうだろう」
「いえ……このサイズは一つ壁際において、反射する風で部屋全体をかき回すものなんですよ」
 セナが面白そうに小型扇風機を眺めると、彼方がその場で注釈する。
「サーキュレーターというやつだな」
「エアコンと併用することで、僅かな冷気・暖気を部屋全体に送れると聞いたことがあります」
 紫々彦と彼方は軽口叩きながら前衛との距離を取り、間合いを計って攻撃のチャンスを待った。
 相手はフワフワしているが、右に左に動いて間合いがつかめない。
 思ったよりも素早いのだろう。
「小型化って言っても善し悪しかー……。使う人とのバランスは、やっぱり重要。ちはるちゃんとちふゆちゃんくらいベストな感じじゃないと、ね?」
 ちはるはそう言って、キャリバーのちふゆと左右に分かれた。

 ダモクレスが動き始めたので、まずは防ぎつつ道を遮るためだ。
 施設内とはいえプールは屋外施設、浮遊している小型の相手に完全封鎖とはいかないのがつらいところ。
『グラビティ回収……』
「こちらに来るか。ふ、我が火力と命中を知っているか?」
 セナは自信満々に胸を張ると、ビハインドのルーナを後方に待機させた。
「……皆無だ!!」
 ちっとも胸を張れることではない。
「しかし盾にはなれる! ウオオオ!」
 だが問題ない、彼は盾役なのだ!
 突如スピードを上げ、高速で突撃してくるダモクレスにセナは果敢に立ち向かった。
 盾役の役目は仲間を庇う事と回復の補助、攻撃力はオマケである。
 ゆえに彼は自信満々に待ち構え、ルーナに頭を抱えられることになった。
「やっぱり速いねー。長引くかもだし、耐えるの優先でいこっかな!」
 ちはるはダメージ度合いを確認し、いつもより早めにヒールすることにした。
 敵はキャリバーで動きが早く、人によっては当てられない可能性もあるだろう。
 当たるのは七割弱かなと思いつつ、掌に凍気を集めて解き放った。
「どの程度行ける?」
「当てるだけなら全然問題なし。それ以上だとさすがに難しいかな」
 紫々彦が訪ねた時、エヴァリーナはライフルの銃口を自分に向けていたところだった。
 ソレは百発百中だろうと思いながら、手の込んだ自殺ではないことに気が付く。
 そう、あのライフルはハンマーだったのです!
「動き回るなら全部叩けばいいよね。面を制圧……麺を制圧……。ラーメンじゃなくて、焼きソバもいいなあ」
 エヴァリーナはエクトプラズムを集め、霊弾を作成する。
 凝縮している弾丸が敵の周囲ではじけ、面を制圧するのだ。
「なるほど。確かにアレならば援護は要らんか。核に当てさせるのも面倒そうだ。効率を考えるならば自分でいいか」
 エヴァリーナが他愛ないことを考えている中、紫々彦は真面目に作戦を考えていた。
 攻撃が敵中心部に当たることが時折あるが、スナイパーは特にその傾向がある。
 しかし命中率を上げてまで無理に狙わせるのも効率悪かろうと、自信を強化することにした。
「出ろ」
 尋ねることもなければ紫々彦は多くを語らない。
 自分を強化するのに言葉など不要だと、鱗粉の代わりに雪をふりまく蝶をパズルから出現させた。
 そしてガイド役に当てることで、どこに撃てば良いかを判断する。
「ひとまずこのまま援護しますね。不要になったら何か考えますので」
「おお! これは心強い。ははは! 火力はともかく負荷を与える攻撃であれば我も貢献できそうだ! 当たればな!!」
 先ほどの会話を聞いた彼方は、流体金属を前衛にまき壁役たちの援護に変えた。
 オウガメタルの導きがあれば、セナたちも当てられる可能性が高まろうというものだ。
 それにしても自分が未熟だと自覚するのは良いことだが、それまで自信満々に断言しなくても良いのにと思う。
「さて。最も傷ついた者を治癒していく戦術を取ろう。……初回は我自身だがな!」
 そういってセナはパズルから蝶を出現させた。
 肩に止まらせてふんぞり返るのだが、それは胸を張っているというよりは、敵の攻撃に耐えているかのように見えた。

 周囲の圧力が強まり、風が烈風になったのはその時のことである。
 普段風が強い地区でもないことから、固定化されていないのか多いのかガタガタ揺れ始める物がある。

「わわっとー。ちふゆちゃーん行くよー」
「来るなら来っ……。ぬ、向こうか! ルーナの方が確実に当てられると知ってのことか! やらせはせんぞ!」
 その風は反射しながら後方を目指す。
 ちはるはキャリバーのちふゆと共に風を遮り、セナは防御こそ我が活躍とばかりに横っ飛び。
 相変わらず彼の表現は尊大なのか卑下しているのか良く判からない。まあ現状を把握しているのは確かであろう。
「おいで、有象無象。餌の時間だよ。――忍法・五体剥離の術」
 ちはるは印を切りながら指先にグラビティを集め、貫こうとした……。
 そして扇風機に指を突っ込んではいけませんと言われたのを思い出し、えい! とひっぱたいてこれに変える。
 すると毒虫たちが、扇風機の内側にこびりつき始めたのだ。
「雪しまき、呑まれて消える人影よ」
 紫々彦が呟くと周囲に風が起きる。
 それは流れるたびに激しい吹雪になり、周囲の空気を巻き込んで戦場を白く染める。
 仲間たちの周囲はそうでもないが、敵の近辺はそうもいかない。風とダモクレスの動きが、地面に雪の波紋を作り出す。
「うわっ寒っ……くない? じゃあ良いや。えい」
 一瞬だけエヴァリーナは首をすくめたものの、吹雪が自分たちを襲わないと知って攻撃を続けた。
 衝撃波を撃ち込んでドカンと砲撃をかけておく。
「さっきよりは大丈夫だと思いますけど、念のため、もう少し」
「よし、回復を……。むむ。不要になったのか。では攻撃だ!」
 彼方が再び流体金属を散布したことで、セナは傷が塞がっていくことを理解した。
 見渡すとみんなも許容範囲内に成ったので、当たりにくいとは知りつつ竜雷を放って攻撃する。

 こうして当たったり当たらなかったりを繰り返し、面倒くさい時間が過ぎた。
 命中を補助してなお相手は避けることがあるのだが、かといって火力が高いわけでもない。
 こちらに火力役がいないこともあり、地道に削り合うことで時間が過ぎたのである。
「もう……限界」
 主におなかの問題で。
「……機械ってね、けっこう簡単に機能不全に陥るんだよ。不凍液があったら別だけど」
 おなかすいたなぁ。エヴァリーナの我慢は限界に達した。
 ドッジボールのようにダモクレスを掴むと、仲間の方に法r投げながら凍結させていく。
「そろそろ終盤です。逃がさないようにしましょう」
 彼方は白と黒の刀で宙を切り裂き、ダモクレスを空間の断裂によって切り裂いた。
 投げられた敵が、真空の中で氷や振動をミックスされていく。
「ゆけい! あ、ルーナ、そのまま固定しておけよ。解除したら外す自信があるぞ!」
 セナは金縛りをかけさせた後、ファミリアに命じて攻撃させた。
 最後まで他人任せながら、ちゃんと命中したようだ。
『オオオーン!』
「うるさいなあ。もう!」
 ちはるはダモクレスの放った音を防御しながら、虫たちに頑張ってもらった。
 ここまで来たら後は倒すだけなのだから、余計な手間(回復)をさせないで欲しい。
「お前の行き先を教えてやろう。夢の島だ」
 紫々彦は白い杖を振りかざすと、最後まで浮かんでいたダモクレスを殴りつける。
 それは施設に相応しい大きなゴミ箱の方まで飛んだあと、僅かに及ばず手前で崩れ落ちた。
 だがその残骸の運命は同じだ、ゴミ処理島に送られて雪の下か、処理施設に送られて白い灰になるだけの差である。

「終わりましたね。ヒールして片つけましょうか」
「そうだな。傷は浅いが巻き込んだ場所もある。さっさと終わらせてしまおう」
 彼方が周囲の施設についた傷を塞ぎで回ると、紫々彦も過去の記憶をもとに周辺を修復する。
「後始末……うむ、周囲へヒールだな。うむ……でも我ちょっともう体力がないな……! がんばるが、期待はしないでほしい!!」
 セナはグデっとその場にしゃがみ込み、ビハインドにベンチに座るように促された。
 その途中でポムっと手を打ち……。
「……閃いた! これをこうすれば、我は体力を使わずともヒールできるな! ははは、たまには我も冴えて……痛ぁ!?」
 セナはその途中でイザという時のために持たされていたポーションを振りまき始めた。
 その後ろをビハインドのルーナが殴ったのは、もったいないから他の術を使えというつもりなのか、それとも最初からやれということなのか。
「んんー、なんだろ……。この季節のプールって、別に入ってなくてもなんだか寒い気分になる……!」
「寒くても暑くてもいいから、早く終わらせてナニカ食べに行こっ」
 ちはるが作業中に何か思いついたようだが、エヴァリーナはもう限界なので残骸を整理したら動きたくない。
 携帯いじって食堂探しにむちゅのようだ。
「ちふゆちゃん、デットヒートドライブって暖房レベルで使えない?? え、無理なの!?」
 ブルブルというエンジン音を聞きながら、キャリバーのちふゆに残骸整理の残りを手伝ってもらう。
「こんなところでしょうか。お疲れ様です」
「帰りに何か食べて帰ろ~。福建風やきそばってのが美味しいらしいよー」」
 全て終わったところで彼方がねぎらうと、エヴァリーナは待ってましたとばかりに画面を見せた。
 そこには餡かけ焼きそばが映し出され、寒空には美味しそうに見える。
 食事に行ったか行かなかったかは別にして、一同はダモクレスを倒し帰還していった。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年10月31日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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