宵刻の舞踏会

作者:崎田航輝

 静やかな靴音がリズムを刻み、三拍子にドレスと燕尾服が踊る。
 緩やかな弦楽のワルツは耳に美しく、自然と体を舞いに導く流麗さを持っていた。
 仄かに落とされた照明の中、催されているのは舞踏会。
 宵の帳が降りる頃、ダンスホールに人々が訪れて──踊り、時に歓談し、時に軽食を愉しんでいる。
 初めて踊りに誘われた者から、鮮やかにダンスを踊りこなす者まで。大勢が参加するダンスパーティは終始和やかだ。
 天窓からは星空が垣間見え、踊りの合間に望む景色も美しい。そんな音楽と眺めの中、ほんの少しの非日常の時間を人々は過ごしていた。
 けれど──不意に円舞曲を掻き消す破砕音が劈く。
 人々が見やったそこには、窓を破り、愉快げに歩み入る巨躯の姿があった。
「舞踏は楽しくて、美しいものだね」
 細身の鎧を纏ったその男は、穏やかな声音で云いながら──その手に鋭利な刃を握る。
「僕も舞うのは好きだよ。だから、ご一緒させてもらえるかな」
 剣が奔り、人々は為すすべもなく切り裂かれていく。響く悲鳴に、男は心地良い音楽を聞くように瞳を細め──無辜の命が絶えるまで剣舞を踊った。

「集まって頂きありがとうございます」
 日が落ちて、夜も近づき始めたヘリポート。
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へ説明を始めていた。
「本日は、エインヘリアルについての事件が予知されました」
 現れるのはアスガルドで重罪を犯した犯罪者。コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれる、その新たな一人ということだろう。
「人々の命を守るために──撃破をお願いいたしますね」
 現場状況について説明を、とイマジネイターは続ける。
「敵が出現するのは、舞踏会が開かれているホール。百人を超える人々が訪れて催しを楽しんでいるようです」
 エインヘリアルはこの只中に出現し殺戮を目論むだろう。
「今回、人々を事前に避難させてしまうと敵の標的が変わり、結果的に被害を防げなくなってしまいます」
 ホール内の参加者に事前に事件のことを告げてもパニックになり、事態が悪くなることが予想されるという。
「そこで皆さんには、舞踏会の参加者として潜入しておいて頂き……敵出現と共に避難誘導と戦闘をして頂ければと思います」
 支配人側にだけは話が通っているということで、問題なく参加出来るはずだ。互いに知らぬ者も多いパーティなので一般参加者に不審に思われることもあるまい。
「事件時は丁度、ワルツが踊られている時間帯です」
 燕尾服、またはドレスの装いをして踊りに参加しておくと、現場ですぐに対応できるだろう。
「初心者も多いパーティですから、上手く踊る必要もありません。周りに溶け込みつつ、警戒をしておいてください」
 敵が現れれば、避難誘導をしつつ戦闘をするだけだ。
「敵も弱くはない相手ですので、注意しておいてくださいね」
 無事勝利して終わることが出来れば、建物をヒールすることですぐに舞踏会は再開されるだろう。
「その暁には、皆さんも少々過ごしていってはいかがでしょうか。食事もあるようですし、ゆったり過ごせるはずです」
 そのためにも、ぜひ撃破を成功させてきてくださいね、とイマジネイターは言った。


参加者
草間・影士(焔拳・e05971)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
燈家・彼方(星詠む剣・e23736)
レヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278)
小柳・玲央(剣扇・e26293)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)
安海・藤子(終端の夢・e36211)
野々宮・くるる(紅葉舞・e38038)

■リプレイ

●宵下の舞
 ホールは艶めく旋律に彩られた踊りの世界だった。
 メロディに合わせてテールコートが揺れ、ドレスの花が咲く。
 皆がダンスに身を任せる、一夜の空間──そこへ、緋のベルベットにパールシフォンが可愛らしいドレスの少女が一人。
 野々宮・くるる(紅葉舞・e38038)。
 わぁ、と人々を朗らかに見回していた。
「みんな、上手だね。わたしも踊りの知識はあるけど──」
 それでも舞踏会と言える催しは初めてで、興味深げだ。
「こういう夜会は楽しいのよね」
 と、傍のテーブルにドリンクを運んできたのは安海・藤子(終端の夢・e36211)。清楚な給仕姿で、場に紛れ込んでいた。
「ダンスよりも音楽を楽しむのがメインかもしれないけど……こういう穏やかな時間はたまには良いもの」
「そうだね。星空の下でダンスパーティー、とってもステキ!」
 仰げば天窓が美しい夜天を透かすから──ホールの中まで淡く輝いている気がして、マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)は暁の瞳を煌めかす。
 マヒナの衣装は、オフショルダーのマーメイドドレス。
 柔らかいドレープとたっぷりとした裾が華やかで、東雲の色彩が優美。スターエメラルドのネックレスは友人から貰ったもので、可憐さに気品を添えていた。
 因みにシャーマンズゴーストのアロアロは足元、テーブルから垂れたクロスの中にいる。作戦の為、番犬だと人々に気づかれぬようにと。
(「……エインヘリアルとも一緒にダンスを楽しめるなら、それが一番いいんだけど、ね……」)
 けれどマヒナはそれが未だ願いに過ぎないと知っている。だから首を振って、人々に紛れ──警戒を続けた。
 フロアの只中にも番犬の姿がある。
 空色のドレスが美貌を飾る小柳・玲央(剣扇・e26293)。
 そしてパートナーとして傍に立つ草間・影士(焔拳・e05971)。すらりとした正装で、玲央の手を優しく握っていた。
 不自然に思われぬよう、二人はゆったりとリズムに乗ってもいる。
「一緒に基礎ステップでも、なぞってみる?」
「そうだな。教えてくれ」
 玲央が言えば影士もやわく頷いて。
 滑らかなウィスクからゆっくりとしたナチュラルターン。ヴィオラの副旋律に乗るよう、静かに踊りを続けていく。
 それでいて視線と心は警戒に向いている。それは徐々に近づきつつある気配に勘付いていたからでもあろう。
 踊りの輪の外にいたレヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278)も同じ。
 燕尾服姿で目立たぬよう、サンドイッチを手にしてテーブル傍に位置しながら──目線は窓へ向いていた。
「……来たか」
 そしてレヴィンが呟き歩み出すと同時。
 夜景を塞ぐように巨影が垣間見え、硝子が粉砕された。

 フロアに踏み入ってきたのは異星の罪人、エインヘリアル。
 刃を握るその姿に、人々は茫然としてから混乱に見舞われかける──が。
「大丈夫です」
 力強い言葉を響かせる姿が一人。
 正装にて待機していた燈家・彼方(星詠む剣・e23736)。刃を抜き放ち敵へ向かいながら、人々へ安堵させるよう声をかけていた。
「あいつは僕たちケルベロスが相手します」
「ああ、だから落ち着いて、慌てず指示に従って避難を」
 声と共に、きらりと空気に星の粒が交じる。
 それは宵色の声と共に、ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)が振り撒いた魅惑のフェロモン。
 それにあてられたように、人々は混乱を鎮めて退避し始めた。
 藤子は歩んでくる罪人を見て、軽く息をつきながら。
「折角の舞踏会、壊そうだなんて本当に風流を解さないわね……」
 ならばやるからには完膚なきまでに、と。顔を覆っていた面を取り払い、惑っている人々がいれば声をかけて背を押していく。
「宜しく頼むよ!」
 と、レヴィンが目を向ければ、御巫・かなみが「はいっ!」と明るく応えて。巫山・幽子と共に人々を外にまで導いていた。
 罪人はその光景に残念そうな色を浮かべている。
「皆、踊りを止めてしまうのかい? 共に舞う好機だというのに」
「舞いたいなら、相手はワタシ達がするよ」
 そっと言って立ちはだかるのはマヒナ。敵と決めれば心を強く持って──暁光の如きプラズムを巨躯へ撃ち当てていく。
 罪人は痛みに顔を顰めつつも、好戦的な声で刃を振り上げた。
「素晴らしいね。君達なら、最高の剣舞ができそうだ」
「最高の剣舞、か。興味はあるけど──魅入るわけにはいかないからね」
 と、ドレスを靡かせるのは玲央。しゃらりと日本刀を抜くと、一息に肉迫して──。
「止めさせてもらうよ!」
 敵の剣を弾き、体を廻して蹴撃を叩き込む。
「影士」
「──ああ」
 同時、影士が合わせて『プロミネンスヴァイパー』。魔法陣から炎の大蛇を放ち、巨体に牙を突き立たせた。
 敵が毒に蝕まれる間に、ノチユが星宿す髪を揺らがせて夜天から加護を降ろすと──くるるも赤の宝石が鮮麗な剣を空へ向けて。
「守護星座よ、仲間を守る加護の力を与えてね!」
 螺旋状に降り注ぐ光で仲間の護りを厚くしていく。
「こっちは攻撃と行くか!」
 と、レヴィンはゴーグルをかけてリボルバーで射撃。敵の刃に跳弾させて、腹部に風穴を開けていた。
 罪人も刺突を返すが、彼方が黒の刀と白の刀の二振りを交差させて受け止めると──くるるが紅色のオーラを与えてすぐに治癒する。
 その頃には藤子が星の守護と銀粒子による強化を終え、戦線を整えていた。
 彼方もまた、盾役に分身の術を施し終えると──反撃態勢。押さえていた敵の刃を振り払っている。
 罪人はその刀捌きに感心を見せた。
「君も美しい剣舞が舞えるだろうに。僕の舞を止めるのかい?」
「剣舞は良いのですが、それで一般の方を殺させるわけにはいきませんから」
 斬るのを迷いはしない、と。
 彼方は浅い構えから神速の斬撃を放つ。
 それは振り抜いたことすら知覚できないほどの一刀、『止・残風止水』。
 一粒の埃すら巻き上げず、旋風すら置き去りにする剣閃は、静謐の極限を体現するように。音もなく巨躯の胸部を深く切り裂いた。

●剣舞
 血濡れた罪人は、苦痛の呻きを零す。
 刃と言葉で自分を否定する番犬達に、憎しみの声を投げていた。
「……舞を愛す心が分かって貰えないとはね。僕はただ楽しみたいだけなのに」
「だったら、今からでも存分に楽しめよ」
 脚を折られても、文句は言うなよ──と。ノチユは歩み寄り剣を握る。
「欲しがったのはそっちなんだから」
 刹那、薙ぐ一刀で巨躯の足を抉り裂いた。
 よろけた罪人へ、彼方は風を渦巻かせた二刀で連閃。鎌鼬が舞い踊るが如き斬撃の雨を見舞い、血煙を噴かせていた。
 藤子は『蒼銀の冴・馮龍』。詠唱により氷に龍の姿を取らせて飛翔させる。
 その爪と牙が敵の膚を刻むと、藤子自身も邁進。生への執着が一層失われたせいだろう、戦いにのめり込むように刃をひたすら暴れさす。
「おっと」
 と、それでもオルトロスのクロスが引き止めれば後退。敵の反撃を上手く逃れた。
 罪人は追いすがるように舞いを繰り出してくるが、前衛が防御。アロアロが祈りで治癒すれば──。
「わたしもすぐに治すからね!」
 直後にはくるるも流麗な音楽を奏でていた。
 ワルツにも似たそれは、清廉な響きと美しいリズムを併せ持って、魂を癒すように皆の傷を拭い去ってゆく。
 くるりと小さく回って、くるるは爛漫な笑み。
「わたしの音楽、どう?」
「……悪くないよ。それで剣舞を踊るのもいいだろう」
 罪人は云いながら再度剣を振り上げた、が。
「それじゃあ、ワタシも踊るね」
 マヒナが麗しいドレスを波打たせて『陽気なフラ』。楽しげなカホロに手の動きを合わせてステップを踏んでいた。
 それは目を惹きつけながら、同時に心の棘を取り払う踊り。
 知らず剣舞を乱された罪人へ──玲央が舞を見せるよう、靴音を鳴らしリズミカルな連撃。剣を弾きながら、二の太刀で月を描き腱を断った。
「次、お願い」
「任せてくれ」
 と、影士も肉迫。敵の腕元を拳で打って反撃を制すると、赤く耀く刃で斬撃。玲央と合わせて満月を象り、巨躯の腕を切り飛ばす。
 苦悶の罪人へ、レヴィンは既に銃口を向けていた。
「逃さないぜ」
 精神の集中により齎される正確無比な一発は『精密射撃』。文字通り、一直線の弾道を描いた弾丸が罪人の胸を貫通した。
 ノチユが別れを告げるよう、『星訣』で瀕死に追い込めば──。
 彼方が走り込み至近に迫っていた。
 罪人は残った腕で剣を振り回すけれど、彼方はそれを弾き飛ばして。
「これで最後としましょう」
 直後に刀に烈しい雷光を纏わせている。
 それは命を貫く眩い光。踏み込むと共に真っ直ぐに突き出すことで罪人を一撃、魂ごと貫いて絶命させた。

●舞踏会
 ホールに沢山の靴音が戻る。
 戦いの痕を癒やせば、場は元通り。人々が帰ってきて舞踏会も再開の運びとなっていた。
「無事に終わって、良かったですね」
 彼方がほっと一息つけば、皆も頷く。
 そうして三拍子がフロアをあでやかに飾ると、人々がダンスに興じていった。
 後に残るのは自由な宵の時間。そのひとときを、番犬達も過ごし始める。

「お疲れ様」
 と、影士は玲央へと労いの声をかけていた。
 玲央は青の瞳を和らげ、うんと頷いて。
「影士もお疲れ様。怪我がなくて良かった」
 仕事の時とは少し違う、影士相手だからこそ見せる顔でそう応えていた。
 影士も笑み返すと、一度、踊る人々を見つめる。
 こうして玲央と一緒に過ごせるだけで幸せだけれど。それでも思い立ったから、改めて手を差し出した。
「一緒に踊ってくれないか?」
 仕事の為じゃない、二人の時間のための踊りを、と。
 玲央は微笑んで、ん、と応える。
「誘ってくれるなら、何度でも♪」
 自分だって影士と過ごせるならそれだけで嬉しい。だからこそ、こんな場でまたダンスをして過ごせるならもっと幸せだった。
 そうして二人は踊りの輪の中に入り、自然と手を取り合う。
 弦楽が静波のようなパッセージを奏でると、そこにそっと乗るようにワルツを舞い始めた。
 ふわりと風になるようなウィーブから、先程よりも華やかなターン。
 練習を経たからだろうか、少しだけ慣れてきた部分もあるけれど──影士は元々得意ではないことと、緊張も相まってまだまだ簡単には行かない。
「ついて行けているだろうか?」
 玲央に楽しんでもらいたいという気持ちが何より大事だったから、ふと尋ねる。
 それに玲央は大丈夫だよ、と応えた。
「次はもう少しゆったりやってみようか」
 ただ、玲央も言いながら、余裕に満ちた状態とは少しだけ違う。勿論、ダンスは得意なはずだけれど──。
(「こうして仕事も終わって、大好きな人と……なんて」)
 やっぱり照れるのは避けられないのだ。
 けれどそれが楽しくて、嬉しくもあるから。二人はワルツを踊り続けてゆく。

「平和が戻った、って感じだな」
 人々が伸び伸びと踊っている姿を、レヴィンは見ている。
 美しい音楽、皆の笑顔。それを見ると守れたという実感も湧くものだった。
 勿論、見るばかりではなく──レヴィンは人波の間にかなみの姿を見つけている。
「おーい、かなみ」
「あ、レヴィンさん! お疲れ様でした!」
 かなみは花の笑顔でぱたぱたと近づいてくる。翼猫の犬飼さんも勿論一緒だ。
 レヴィンはああと頷いてから、手を差し出す。
「こんな夜だ。オレと踊ってくれよ」
「え? ダンスですか?」
「滅多に無い機会だ。思い出、残して行こうぜ」
 その言葉に、かなみはこくりと頷いた。
「楽しそうです! 踊りましょう!」
 と、いうわけで早速二人で手を握り、体に手を添えて。ワルツに合わせて、ステップを踏み始めていく。
 艶めく音楽と、いつもより顔も近づく距離。
 それはやはり非日常の感覚で──レヴィンは心から言った。
「一緒に踊れて嬉しいぜ」
「ふふ、そうですね~、一緒にダンス楽しいですね~」
 かなみが笑顔を返すと、それもまた美しかったから。レヴィンは小さく、けれど確かに呟いた。
「キレイだよ──」
 つるん。
「──キャッ!」
「え?」
 見るとその一瞬、かなみが綺麗に足を滑らせていた。
「ってなにぃ!? お約束のやつー!!」
 レヴィンは全力で滑り込み、かなみをしっかりと受け止める。
「はわわ、レヴィンさんありがとうございます~」
「ああ、うん。……当然だ」
 結果、事なきを得て踊りを再開したが……かなみは呟きを丸ごと聞き逃していたのだった。
 レヴィンはもう一度トライしてみようとしたが──。
「キャッ!」
「うおお!! またかー!」
 何故か全く同じことが起こって中断。犬飼さんがそんなかなみの姿を、ハラハラと見守っているばかりだった。

「幽子さん」
 天窓から注ぐ星灯りの下、ノチユはそのドレス姿に声をかけた。
 振り返る幽子にノチユは声を呑む。自分の表情は保っているつもりだけれど。
(「──緊張で吐きそうだ」)
 幽子は一部が控えめなレースになっている、深い緑のロングドレス。その姿も眩しすぎて、目を逸らしそうになってしまうのだ。
 でも逸らしたら負けだと思うから。
 ノチユは悪友に教わった通りに真摯に──跪いてまっすぐ目を見て。そっと手をのべる。
「一曲、踊って、頂けますか」
 幽子はノチユを微かな時間、じっと見つめる。それから仄かに照れた表情を見せて。
「……はい」
 頷いて手を取った。
 丁度流れているのはゆったりしたワルツ。ノチユは幽子をエスコートして、緩やかにリズムに合わせ始めた。
 踊りにも自信があるわけではないけれど、なるべく堂々と。
 脚は絶対に踏まず、人波に潰されないよう手も離さずに。そして思っていること、言いたいこともちゃんと言葉にする。
「ドレス、似合ってるよ」
「ありがとう、ございます……。初めてで不安でしたけれど、良かったです……」
「髪飾りも、付けてくれて嬉しい」
「はい、これは気に入っているので……」
 幽子は微笑んで応えた。ただ暫しの踊りの後、少しだけ静まってから首を傾げた。
「私と話していること、退屈ではありませんか……」
「そんなことない」
 と、ノチユは首を振る。
「あなたが喋ると……僕には、ひかりが零れるみたいに見えるよ」
 やばい、と、直後にノチユは思った。完全に、本音が洩れたという自覚があったから。
 ただ幽子は、瞳を見返すと──柔く手を握り返した。
「嬉しいです……」
 そうして二人はまた踊る。終わると軽食へ向かい、幽子が沢山食べる姿を、ノチユは仄かに鎮まらぬ心で見つめていた。

 フロアで踊る人々を、マヒナは眺めていた。
 男女で愉しげに舞うペアが目に留まると、ふと──。
(「次は一緒に来たいな」)
 と、婚約者の顔を頭に浮かべてみたりしながら。それでもワルツの踊りが少し気になって振り返る。
「アロアロ、踊ってみる?」
 傍らのアロアロは、ちょっとテーブルに並ぶ軽食を気にしていたけれど──頷いてマヒナと共に踊りの輪の端へ歩んだ。
 そして見様見真似でホールドの姿勢を取り、リズムに合わせ始める。
 スローなテンポのワルツは乗りやすく……簡単なステップなら踏めた。ただ、ターンを含んだ複雑な振り付けはすぐにとはいかず、難しさも実感する。
 一度テーブルに戻ってから、踊りを反芻した。
「フラと似てる部分もあるけど……違うところも多いね」
 それにはアロアロも同意を浮かべるように嘴を縦に振っている。
 それからマヒナは暫し、ゆっくりと人々のダンスを見やった。ちらと隣に目をやると、アロアロは美味しそうにサンドイッチを食べている。
 人の多さにはまだ時折フルフルと震えることもあるけれど……この場では段々と慣れてきたようだ。
 それに微笑みを向けつつ、マヒナは視線を戻す。
 少しだけ、フロアで流麗に踊る姿を想像してみた。
(「今はフラしか踊れないけど、いつかは……」)
 心に呟いて、天窓を仰ぐ。
 夜空は相変わらず綺麗で、星がきらきらと瞬いていた。

「皆、楽しそうじゃない」
 呟きながら、フロアにこつんと歩む淑女が一人。
 藤子は給仕姿から着替えて──藍色のイブニングドレス姿になっていた。
 左手の甲まで伸びる稲妻状の傷を隠す為、ロングの手袋を着用しているけれど──それが上品さを加える。
 胸元にも傷があり、そちらはともすればドレスから見えそうだが、ぎりぎりで隠れていた。
 面は仮面舞踏会用の妖しくも精緻なデザイン。ドレスと合わせ、不思議な色香を演出して目を惹いてもいた。
 尤も、特定の相手を連れていないので今は壁の花。
 そこへドレス姿のくるるも歩んできたから、ふと声をかける。
「あら、お相手はいないの?」
「うん。誰か見つかればいいなーって」
 笑んで応えるくるる。
 そう、と頷いた藤子へ、くるるは思いついて手を差し出した。
「せっかくだから。お互いに相手が見つかるまで、踊ってみる?」
「あたしで良いなら、喜んで」
 そうして二人は練習がてらに、ワルツを少しばかり踊ってみた。
「あんまりダンスは得意じゃないんだけどね──」
「こうして音楽に乗ってるだけでも楽しいよ」
 くるるは笑顔でくるりとターンを誘い、藤子もそれに合わせる。そうすると以外に上手く行って美しいステップを踏めた。
 そうして暫し踊った後、二人はそれぞれに分かれて──誘ってくるものがいれば時折お相手をしつつ。
 秋の長い宵を、ゆっくりと踊りながら過ごしていく。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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