ザルバルクの群れが、八王子焦土地帯から姿を消して数日。
八王子に程近い東京都内の市街地、その一角に位置する学校に『彼ら』は現れた。
「全校生徒! 全校生徒、逃げて下さい!」
『グオオオォォォ……!』
朝礼が行われていた中学校のグラウンドに、悲鳴の混じったアナウンスが響く。
逃げ惑う生徒達を手当たり次第に食い散らかすのは、怪魚型死神ザルバルクの群れだ。
「先生、助けて!」
「早く逃げろ! 急げ――」
慌てて転んだ女子生徒を、男性教師が起こして逃がそうとする。
どうか一人でも助かってほしい、そんな彼の願いは、しかし一発の銃声に打ち砕かれた。
「ぐあっ!」
「せ、先生? 先生!」
つい先ほどまで生きていた教師の躯を、半狂乱になって揺する女子生徒。
そんな彼女も、再び響く銃声と共に心臓を貫かれ、教師に折り重なるように倒れる。
「うっ……!」
薄れゆく意識の中、彼女の視界に映ったのは、黒のリボルバー銃を手にした白髪の男。
黒い双角の片方を欠いた、ドラゴニアンと思しき青年だった。
『兄さま……一緒に……』
青年が漏らしたその声を聴いたのを最期に、少女は事切れる。
それから後に始まったのは、青年と怪魚達の演じる一方的な殺戮のみ。だがそれもすぐに終わり、グラウンドは完全な静寂に包まれた。
『返して。僕の、名前を』
血に染まったグラウンドに立ち尽くし、青年は藍紫の瞳で一人空を仰ぐ。
後にはただグラビティ・チェインを貪る死神と、屍の山が残るばかり――。
「緊急事態だ。死神の群れが、東京の市街地に出現する未来が予知された」
ヘリポートに集合したケルベロスに、ザイフリート王子は緊迫した声で説明を始めた。
魔導神殿ブレイザブリクの出現と共に、八王子焦土地帯から姿を消した死神達。その一群が東京の街に襲来するという。
「どうやら死神達はエインヘリアルによって八王子から追い出された後、東京市街のあちこちで事件を起こそうとしているらしい。時間がない、一刻も早く奴らを撃破してくれ」
「了解だ。で、敵さんのメンツは?」
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)の質問に王子は頷くと、
「うむ。これを見てもらいたい」
そう言って、敵と思しき死神の写真をタブレットに示す。
ディスプレイに映っているのは、怪魚型死神ザルバルクが3体。
そして、貴族服に軍服を着た、白髪の青年の死神だった。漆黒の竜翼と尻尾、そして頭から生える双角は、彼が生前ドラゴニアンであった事を示唆するものだ。
「――!!」
「この青年の名は『アベル』という。死神の群れの中で最も戦闘能力が高く、リボルバー銃を用いた遠距離攻撃を得意とするようだ」
王子が得た情報によれば、アベル――『優しき雪』の二つ名を持つこの死神は生前の意識が強く残りすぎた事で、失敗作として八王子に廃棄されていたのだという。
「残念ながら、彼がどのような過去を持つのかまでは、情報を得る事が出来なかった。予知の中で、彼は誰かを探しているような口ぶりだったが……」
それを聞いたアベルは一言一句を区切るように、王子に尋ねた。
「……ソイツと、ザルバルクを、倒すのが、仕事なんだな?」
「そうだ。ザルバルクは戦闘力の低い個体揃いゆえ、排除に手間はかかるまい。だが――」
死神アベルは怪魚型死神とは比べ物にならない力を持っている。
魔法を込めた酸で防御を下げる弾丸、同じく焼夷能力を持つ魔法の弾丸、そして呪的防御を破壊する弾丸を状況に応じて使い分けてくるようだ。
「お前達は現場となる学校のグラウンドへ急行し、敵が出現したところを迎撃してほしい。周辺の避難は済ませておくから、絶対に取り逃がさないよう撃破してくれ」
そう言って説明を終えた王子はアベルと他のケルベロス達を見回すと、ヘリオンの搭乗口を開放した。
「焦土地帯から逃れた死神は1体や2体ではない。恐らくは今後も、同様の事件が続くことが予想される。東京の平和を守るためにも、確実な遂行を頼んだぞ!」
ケルベロス達は王子の言葉に頷くと、急ぎヘリオンに搭乗を開始するのだった。
参加者 | |
---|---|
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512) |
藤宮・怜(白麝香撫子・e20287) |
綴喜・染(インシグニスブルー・e26980) |
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471) |
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140) |
エリアス・アンカー(鬼録を連ねる・e50581) |
交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592) |
肥後守・鬼灯(うたかたの夢・e66615) |
●一
――噫、嗚呼……本当に、来ちまったんだな。
グラウンドに降り立つ白髪の青年を見た瞬間、アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)は全てが止まる感覚を覚えた。
思考も、息遣いも、己の中に流れる時間も。
今までケルベロスとして歩んできた数年間が、すべて夢だったようにさえ感じられた。
灰燼に帰した、守るはずだった古郷。銃士として戦っていた日々。かつての頃に再び戻ったような錯覚に、アベルは包まれていた。
『兄様、久しぶり。やっと会えたね』
そう言って微笑む弟は、何ひとつ変わっていない。
雪が太陽を浴びて輝くような眩しい笑顔も、綺麗に手入れされた黒いリボルバー銃も。
すべてが、あの時のままだ。
(「お前が手を汚さんよう叶えた願い。それが穢されるなら、俺は――」)
『グオオオオオオオッ!!』
ザルバルクの咆哮が、アベルを現実に引き戻す。
過ぎ去った時は二度と戻らない。
目の前にいる青年は、死神だ。
弟の亡骸を器にしたデウスエクスであり、地球の人々を脅かす侵略者なのだと。
「……っ」
虚ろな挙動で旋刃脚の構えを取るアベル。その眼前で、状況は刻一刻と進んでいく。
「エリアスさん、ザルバルクを抑えましょう!」
「任せろ、絶対に誰も死なせねえ!」
学校のグラウンドで唸り声を上げて迫る死神ザルバルクの隊列へ、肥後守・鬼灯(うたかたの夢・e66615)が、エリアス・アンカー(鬼録を連ねる・e50581)が、臆する事無く向かって行く。焦土地帯から逃れたデウスエクス達を討ち、東京の地を守るために。
「アベルさん。どうか悔いのない決着を」
交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)が、ケルベロスコートを翻して言う。
その動きは素早く、迷いがない。
取り出したハンマーを軽々担ぐと、麗威はドラゴニックパワーの噴射でザルバルクの隊列めがけて飛んでいく。
「怪魚どもの構造的弱点は見抜いた! 染、追撃は任せる!」
「ああ了解だ。俺の流星蹴りで砕いてやるぜ」
その後を追いかけるのはバトルオーラを纏う鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)。郁に弱点を射抜かれた個体を狙い定め、エアシューズで滑走するのは綴喜・染(インシグニスブルー・e26980)だ。
「前衛を援護します。――もう大丈夫ですよ」
「潰れろザルバルク! おらあああああっ!!」
鬼灯の秘術で緑色のオーラを纏ったエリアスが、バスタービームの一射で怪魚を派手に吹き飛ばした。続けて麗威の振り下ろすハンマーが1体の頭を派手に叩き潰す。火炎と砲撃、そして衝撃が、瞬く間にグラウンドを戦場へと変えていく。
戦いの火蓋は切られた。ケルベロスの猛攻の前にザルバルク達は噛みつきで抵抗するが、歴戦のケルベロス達にとっては、まるで脅威にならない。そう間を置かぬうちに、怪魚達は残らず排除されるだろう。
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)は、氷河期の精霊でザルバルクを包みながら、視線を背後の死神へと注ぐ。
(「……あのひとが、アベルの弟」)
柔和な笑みを浮かべる死神の手には、一丁の黒い銃。フィーラはアベルのホルスターに、それとよく似た銃を見る。
『Strafe』。アベルがそれを使った所を一度も見た事がないあの銃が、どうしてかこの時のフィーラには、ひどく不吉なものに感じられた。
「このような形での再会になるとは……神様は意地悪、ですね」
そんなフィーラを、藤宮・怜(白麝香撫子・e20287)は地面に描く守護星座の力で保護していく。目の前にいる死神は、かつての幼馴染ではない――そう自分に言い聞かせて。
(「いえ、そもそも神様なんていないこと、知っていましたね」)
目を伏せる怜の前ではザルバルクが断末魔の悲鳴を上げ、1体また1体と数を減らす。
その光景を見ても、白髪の死神は微動だにしない。
集中力を研ぎ澄まし、狙撃の力を高めているのだ。彼にとって同胞たる怪魚の悲鳴など、雑音でしかないと言わんばかりに。
そして――。
最後のザルバルクが、アベルの旋刃脚に頭を砕かれて死んだ、その瞬間。
『兄様。僕と一緒に行こう?』
死神の手が、黒いリボルバー銃に命を吹き込んだ。
●二
「皆さん気を付けて、来ます!」
鬼灯がそう叫んだ瞬間、死神は何の躊躇もなく、引き金を引いた。
魔力を込めた弾が宙ではじけ、紅蓮の炎となって後衛の隊列を射抜き、焼き焦がす。その笑顔からは想像もつかない、凶悪にして精密無比な一撃だった。
「うう……っ!」
染を庇って魔法弾を浴びた郁は、たちまち燃え盛る炎に包まれた。
守護星座の力で懸命に炎を消しながら、郁は改めて理解する。あの死神は本当にアベルを殺す気なのだ。兄様と呼ぶ彼の命を奪い、連れて行く気なのだと。
ならば、自分達のすべき事はひとつしかない。
「アベルさんを傷つける気なら……容赦はしない!」
郁は火傷の痛みに耐えながら、バトルオーラの礫を発射。利き手を打たれた死神めがけ、さらにエリアスが星のオーラをバトルブーツで蹴飛ばす。
「こいつを食らいやがれ!」
死神の白い服は星に抉られ、派手に破り取られた。続けてフィーラの御業が炎弾を発射。麗威と染がエアシューズで摩擦熱を生み、燃え盛る蹴りを叩きつける。
「怜さん、回復を急ぎましょう」
「ええ。誰も倒れさせないわ」
鬼灯は玉鋼のオウガメタルを纏い、オウガ粒子を前衛に散布する。その後方で守護星座を地面に描く怜。そんな彼女が眺めるアベルの背中はどこか儚く、小さく見えた。
(「アベルさん……」)
怜は結んだ唇を噛み、そっと目を伏せた。
死神が傷つくたび、怜の心は切り裂かれるように痛む。かつて幼馴染だった彼女でさえそう感じるのだ、兄であるアベルの苦しみはどれ程だろう。
着々と築かれていくケルベロスの支援。かたや死神を蝕む武器封じに服破り、そして炎。ザルバルクなら蒸発を免れぬ猛攻にも、死神はまるで動じた様子を見せない。それどころかグラウンドを包む炎を背に、柔らかい微笑みを浮かべて言う。
『思い出さない、兄様? 家を焼いた、あの日の事を』
優しい声色で残酷な言葉を送りながら、酸の魔力を込めた弾を撃ち込む死神。
それにオーラの礫を撃ち返すアベルを見て、死神はその一言を口にした。
『兄様。――僕の名前を返して?』
「……――」
アベルのバトルオーラが、まるで冷水を浴びせられたように消える。
永遠にも感じられる沈黙の後、アベルは苦悩を浮かべ、微かに上ずった声で応えた。
「……それがお前の願いなのか?」
『そうだよ。僕は僕の名前で、兄様は兄様の名前で。昔のように、いつまでも一緒に』
死神は頷く。兄はいつだって自分の元へ戻ってくる、そう信じて疑わない笑顔で。
「そう、か」
まるで操り人形のようにふらりと歩き出すアベル。
それを見て、ケルベロスの誰もが直感した。アベルは死を選ぶ気だ。
「――、」
男のかつての名を言おうとした事に気づき、怜は頭を振って言い直す。
「アベルさん……」
それは、誰に向けた言葉だったろう。
銃を封印したケルベロスの彼にか、それとも幼馴染であった優しき雪の死神にか。
「おいアベル、嘘だろ!? いつもみたいに背中預けてくれ!」
染が螺旋射ちを射ちながら制止の言葉を向けた。アベルは僅かに歩みを止めるも、再び虚ろな足取りで歩いていく。
それを見て、染の心は揺れた。
「俺が信じてるアベルは、お前だけなんだよ! 戻ってきてくれ!」
「そうだぜ。誰が本物だとしても関係ねぇ!」
エリアスが『鬼角響鳴』の音色でアベルを包みながら言う。
「俺にとってアベルはただ一人! 飯に目がねぇ、頼もしい兄貴分のアンタだけだ!」
エリアスだけではない。
郁は小型衛生兵でアベルを回復し、麗威はドラゴニックハンマーを死神に叩き込みながら口々に呼びかけ続ける。
「戻ってくれ! 俺達は皆、アベルさんを守るためにここに来たんだ!」
「死神の声に耳を貸しては駄目です。僕達と共に戻りましょう」
仲間の言葉に後ろ髪を引かれるように、アベルの歩みは遅くなっていった。
鬼灯はサイコフォースの爆発で死神の攻撃力を損じながら、更に叱咤の言葉を飛ばす。
「しっかりしてください。あなたはケルベロスなんですよ!!」
だが、アベルの足は止まらない。バトルオーラを解いたまま、ゆっくり歩いていく。
そして、最後の一歩を踏み出そうとした瞬間――。
アベルは後ろから手を掴まれて、その歩みを止められた。
「だめ」
「フィーラ……」
フィーラは御業の力で死神を鷲掴みにすると、アベルを引き戻そうとするように、ぐいと手を引っ張った。
「いかないで。おねがい」
華奢で小さな彼女の手を、アベルは振り払う事が出来ない。
「すまん。俺は――」
「いや。だめ。そばにいて」
言いかけた言葉を、フィーラは遮って止める。
「アベルは大切だから。そばに、いてほしい」
『さあ兄様。僕の所へ来て』
死神の銃口が、アベルの心臓へと向けられた。
フィーラはアベルを庇うように進み出ると、死神の目を真っすぐに睨みつける。
「ほしいのなら、フィーラをたおしてからに、して」
死神は無言で引き金に指をかける。
一度銃弾が放たれれば、紙のように薄いフィーラの体など盾にもならないだろう。
それでもフィーラは退がらない。退がろうとしない。
「あなたにアベルはわたさない。フィーラが帰るところをうばわないで」
「帰る、ところ……」
その言葉を聞いた時、アベルの目がすっと見開かれた。
(「そうか……あの時に選んだんだっけな、お前は」)
アベルは思い出す。かつての戦いで、フィーラが自分と仲間達のところに帰る選択をした事を。その時に、自分が彼女に送った言葉を。
そして感じる。心の中に、再び灯った火の熱を。
「ふっ……ふふふ。やれやれ、敵わねぇよ」
火はたちまち炎となってドラゴニアンの心を、魂を満たす。
気づけば手の中には、愛銃が握られていた。まるでこの時が来る事を、最初から分かっていたかのように。
――ありがとなフィーラ、皆。だったら俺も貫き通す。俺の覚悟を最後まで。
雄々しい竜の翼が、フィーラを包み込んだ。
精密狙撃で発射された弾丸を翼に阻まれ、死神の顔に動揺が浮かぶ。
『兄様、どうして……?』
「悪ぃな。名前はまだ返せそうにない」
アベルはフィーラをそっと逃し、死神を真正面から見つめた。
「だから代わりに狙撃主の兄を持っていけ。今だけお前を撃てる兄貴を」
目覚めた銃士に、もはや躊躇いは無い。
あとはただ、全力で撃つだけだ。
●三
「すまねぇ。世話かけたな」
「アベル……! 気にすんな、皆待ってたぜ!」
エリアスが星形オーラを生成した。アベルを庇って死神の酸弾を浴びるも、痛みは瞬く間に高揚が塗り潰した。またアベルと共に戦えるのだ、恐れは微塵もない。
「空の果てまで、ぶっ飛びやがれ!」
星型のオーラをブーツが蹴飛ばす。死神はこれをあえて受け、再び銃に弾を込めた。狙うは最前列の郁。凝視する照準の先に、しかし標的の姿はない。
「アベルさん! 本当に心配させて!」
声が聞こえたのは、真横だった。
バトルオーラで覆った拳が音速で突き出され、死神の集中力を打ち砕く。足を止めてよろめく死神。その眼前に麗威と染が迫る。
「行きましょう、染さん。死神に終焉を」
「任せろ、跡形も残さねえ。それから……お帰り先輩!」
麗威の掌で、黒い球が脈動を繰り返して膨らんでいく。
『雷解き』。雷を纏わせた【水鞠】を漆黒の弾と為して放つ、麗威の必殺技だ。
「しっかり狙うか、敢えて外すか……全ては僕の、気分次第」
膨張しきった雷の弾が射出され、放物線を描いて死神へと着弾する。染はエアシューズで加速、グラインドファイアを叩き込んだ。
「ヒメ! エリアスを回復だ!」
染のシャーマンズゴーストが祈りを捧げる傍らでは、怜が慈悲の力を呼び、癒しの花弁でアベルを包み込む。
「――聞き届け給え、癒しの慈悲を此処に」
怜は柔らかく、どこか悲しい微笑みを浮かべながら、アベルに祈りを捧げた。
(「どうか悔いのない幕引きを。『彼』を撃てなかった私の分まで」)
「アベルさん、後は任せます!」
玉鋼を纏った鬼灯が、鋼鬼の拳を振るって純白の軍服を破る。守りを剥がれた死神を狙い定め、フィーラは指先に魔力を集中した。
「さよなら」
届いて、の一言と共に羽ばたいた『影鳥の羽』は、黒い羽根を残して死神の心臓を貫き、死の冷たさをもたらした。
『ぐう……っ!』
死神の口から溢れた赤い血が、地面を汚す。
しかし、致命打を叩き込まれてもなお、彼の指先は銃の引き金を離さない。
『嘘だ……嫌だ……! 僕は行くんだ。兄様と一緒に』
「アベル……」
『兄様に連れて行って欲しかったのに。牢獄のような我が家も、背負わされた役目もない。二人で一緒に自由な世界を、生きていけると思ったのに……』
「すまねぇ。辛い思い、させちまったな」
思えば弟は、才能に溢れ、利発な子供だった。
――アイツは大事な弟だ。アイツの為なら何だって惜しくない。
そう思った。思っていた。
けれど――最期にアイツが伝えたかった言葉に、自分は気づけなかったのか。
「いくらでも恨んでくれ。その罪も罰も、俺が全部背負う」
アベルがリボルバー銃に弾を込める。
けして来る事のない、今はもう色褪せた未来。それをこの手で摘み取るため。
「……今度こそ本当におやすみだ」
迷いを振り切った藍紫の龍は、その瞬間に雷と化した。
死神が放つ精密射撃。Strafeはアベルの完全な手足の一部となって、それを撃ち落とす。互いの瞳が交錯した時には、もう標的はゼロの距離に。
滲んだ視界の先、密着させた銃口越しに、アベルは心臓の鼓動を聞いた気がした。
「――三度目はねぇからな?」
一発のくぐもった銃声が、死闘に幕を下ろした。
光の差し込むグラウンドに、死神が崩れ落ちる。
ゆっくりと動きを止めていく弟の最期を、アベルは静かに看取るのだった。
●四
秋の涼しい風が、グラウンドを吹き抜けていった。
綺麗に修復された学校に、死闘の痕跡はもう残っていない。
校庭を照らす温かい日差しを浴びて、ゆっくりと消えていく死神の亡骸を、アベルと怜、そして6人の仲間達は静かに見送った。
「悪ぃ、染。火を貸してくれ」
染の横で紫煙を吐くと、アベルは弔いの銃砲を青空に放つ。
一発は己の銃。もう一発は弟の銃。込めたのは、罪と罰を背負って生きる意志だ。
「ん。……アベル」
「おっと。こいつは失礼、お姫様」
フィーラの差し出す手を、アベルは飄々とした態度でとる。白くて小さなその手は、柔らかい温もりに満ちていた。
「さ、帰るか」
「そうですね。お疲れ様です、皆さん!」
鬼灯はアベルに頷いて、仲間達の後を追いかける。
こうしてひとつの戦いは幕を閉じ、ケルベロス達は帰途に就くのだった。
作者:坂本ピエロギ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年9月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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